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『由加里 18』


 由加里は、帰宅するなり、風呂場に直行した。まだ、午後4時30分を回ったばかり・・・・・・・である。母である春子は驚いたが、何も言わなかった。
 びりびりという擬音は、本来、水に対してふさわしいものではないであろう。しかし、今、由加里が浴びているシャワーは、まさに、その擬音そのものだった。水が痛い。それは、汚れた少女の躰に当たって、無機的な音が木霊する。
 
「ううう・・・・ぅうううぅゥゥゥ!」
どれだけ押さえようとしても、嗚咽が零れる。同時に、熱い涙が頬を伝う。シャワーの温度は少女の躰が耐えられる限界を超えている。しかし、大きな瞳から零れる涙は、それをはるかに凌駕していた。
 思い出すのも汚らわしい記憶。それは、つい数十分前まで、彼女が体験していたことだ。同性による性行為。
 
しかし、そのことよりも、彼女に耐えられなかったのは、彼女自身の内面に係わることだった。こともあろうか、彼女の弱い部分が、似鳥かなんに膝を屈したのだ。
「ぅうううぅうう・・・・・ゥウウゥゥゥ!!」
 シャワーがタイルを叩きつける音、少のやわらかい肌を叩きつける音は、彼女の嗚咽を重なって不協和音を作った。それは悲しみの音楽である。

――――どんなに洗っても、一度付いてしまった汚れは消えない。似鳥かなんの唾液の臭いや細菌などが染みついて離れない気がした。しかも、そんな先輩を好きになってしまったのだ。当時の少女は、それを依存であるとかんがえなかった。溺れる者は藁をもつかむという感じで、しがみついた似鳥かなんだった。
 矛盾する二つの気持は、彼女を切り裂いた。
 「一体、1時間もシャワー浴びるなんて、どういうつもり?」
「ごめん・・・・・・・・」
それだけ言うと、由加里は、母親に背中を向けると階段を上がって、自室へと向かった。
「・・・・・・・・・」

 春子は、娘の背中が丸くなっていることを目撃しても何も出来なかった。あんなに、いつも胸を張って、元気だった由加里が、どうしてこんなことになってしまったのだろう?何度、自問自答しても、満足な答えは得られず、首をひねった。
 
 由加里が、部屋に入ってまず耳にしたのは、地獄からの呼び出しだった。携帯の鳴る音。それは、まず、彼女のかつての友人であることはありえない。それは、もとより、由加里が望んで止まぬことだが、すでに見果てぬ夢になっていた。
 嘘の誘いなどということもあった。約束の場所には、その友人は幾度待てども来なかった。果てに、送られてきたメールには次ぎのようなことが書かれていた。
 まさか、本当に来るとは思わなかった。あんたに友達なんているわけないじゃん。そうだよね、あんたが来るわけないよ。でも、あんたに似た女の子がいたんで、映しといたよ。よーく似ているでしょう?でも、あんたじゃないよね!でも、こんなきもい人間が、他にいるとも思えないんだ!それが不思議でね!

 
 添付された画像ファイルには、由加里がいた。哀れにも、ゲームセンターの前で、待ちぼうけを喰わされた惨めな少女が映っていた。あたかも、この世の終わりのような顔。すべてが、笑劇だった。この世の全てが笑っても、しかし、由加里だけは泣いていた。
 涙が止まらない。
 それから、誰も信じられなくなった。それから無視したメールが幾度あったか憶えていない。もしかしたら、その中に本当のメールがあったかもしれないと思うと、眠れない夜をすごすのだった。
 それには、理由がある。次ぎのようなメールもあったからだ。
 西宮さんってそういう人だったんだ。人が信じられないのね。これじゃ、友達になれないよね。とっても悲しいわ。せめて、鏡に映る自分と友達やってればいいよ。永遠に、さようなら。 もしかしたら ――――――― 一抹の希望は、一抹の不安とともにあった。

 携帯を開ける。やはり!海崎照美さん。
おそるおそるメールを開く。
 あなたって人は、約束を守ることもできないのね?親友として、恥ずかしいかぎりだわ。この際、あなたを教育する必要があると感じ入ったわ。最後のチャンスよ、これは!
あした学校の放送室に来て!もしも来なかったら、日記に書いてあったこと、全部、教室でやらせるからね。高田さんがアレ見たら、どれほど喜ぶかな?わかっているよね。それから、オナニーはやっておくんだよ。当然だけど!恥ずかしいトコロには、ケシゴムじゃなくて、ソーセージでも入れてくること。           
じゃ、あなたの親友より。

 ――――何処まで、私をいじめたら、気がすむの?もう、耐えられない!
しかし、由加里は、命令に従う以外の方法を見つけることができなかった。

 「・・・・ぁああふう!」
翌朝、6時に起きると、行為をはじめた。まるで、脅迫の通りに、男子も含めたクラスメートの目の前で、やっているかのような錯覚に襲われた。

―――どうして、私がこんなことをしなきゃいけないんだろう!?
「・・・・ぅあう!」
それでも、その行為が、少女に快感を与えることは事実だった。それがより、恥辱を感じさせる。その矛盾した思いが、かえって、少女を性欲へと誘う。膣の奥から、粘液がこぼれてくる。

 「・・・・ぅぅひィ!!ウウ・・・・」
果ててから、由加里は声を殺して泣いた。
―――私、人間じゃないみたい。人の命令で、こんなことさせられて、何も反抗できない。これじゃ、オナニーが好きだって思われても仕方がないわ。まるで、奴隷じゃない!
指を見ると、ねばねばした粘液が糸を引いている。

 「・・・・・もう、いや!」
由加里は、オナニーを終えると次ぎにやらなくてはいけないことを思い出した。それは目の前にある。ソーセージである。できるだけ小さいのは、これしかなかった。できるたけというのは、命令に制限があるからである。少なくとも、ケシゴムよりも大きい・・・というのである。
それが、このソーセージ、『マルタイの、元気になる肉棒』である。乏しいお小遣いから、320円をひねりだした。

  ちなみに彼女はロックのファンである、好きなバンドもひとつやふたつではすまない。お気に入りのCDを買い込んでしまうために、いつも「お小遣いがないない」と言っているたちなのである。それに加えて、本の虫と言われるほど、本が好きなために、常に金穴の憂き目にあっている。決して、家が貧乏だからとか、親に愛されていないから・・・ということではない。

 由加里は、その一つを自分の性器に押し当てた。そして、一気に押し込める。既にオナニーの後のために、容易に胎内まで入ってしまう。由加里はくぐもった声をあげる。それはほとんど、人語から離れている。
「るくっ!ぅああ!!」

――――食べ物をこんなことに使ってしまう。
それは、少女に少なからず罪悪感を与えた。少女が育った環境から言えば、当然のことである。両親は、少女を深い愛情の元に育てたのである。

 「あ、もう6時半!はやくいかないと」
由加里は、制服を着終わると、自室を後にした。階段を駆け下り、廊下に足を伸ばしたところで、母親の声がした。
 「忘れてないでしょうけど、今日は由加里の誕生日だからね、6時までには帰ってくるのよ、主人公がいなかったら、話しにならないわ、冴ちゃんも帰ってくるって」
一体、何処の世界に、妹の誕生日ごときで、実家に帰る大学生がいるだろうか?由加里は、周囲に愛されて育ったのである。しかし、そんな母親の声が、由加里には、重くってたまらない。深い愛情にくるまれた言葉を受け止めるには、あまりに不幸で、惨めすぎた。

  「うん、わかった」
小さい声で答えると、玄関を後にした。
涙が既に、長い睫を濡らしている。少女は、これから自分に起こることに、身震いした。照美やはるか、それに原崎有紀や、似鳥ぴあの顔が浮かぶ。いじめっ子たちの笑顔だ。それに、いやらしい笑い声が重なる。
 その中で、一番怖いのは、照美だ。しかし、はるかの押し黙ったような無表情も怖い。それに、後の二人の伴奏のような笑い声も、無視できない。それらは、ひとつの音楽を作っている。少女の好きなロックで言えば、ヴォーカルとギターが照美とはるか、そして、後のふたりがベースとドラムを担当する。

 「・・・・そんな!!」
――――大好きなロックで、いじめを表すなんて!
由加里は、まるで、ねばねばしたコールタールが覆う道を歩いているように思えた。少女が小さいころ、母親に読んでもらった絵本に、そのような内容があったのである。
絵本の中では、コールタールの中に押し込められ、身動きできない状態にされた主人公の話があった。由加里は、自分がそのような情況に追い込まれることを想像して、オナニーをしたことがある。
 その時は、よもや、将来、それも近い将来に、そのような情況に追い込まれることを想像することはできなかった。

テーマ:萌え - ジャンル:アダルト

『由加里 17』
 似鳥かなんが、選んだのは、とある空き屋だった。
「・・・・」
「何しているの、入ってきなさいよ、はやくいじってほしくてたまらないんでしょう?」
「そ、そんな・・・・・・・・」
意地悪く言うかなん。
 
 由加里は、見えない鎖に何十にも縛られているのだ。彼女を所有する、何人もの主人のうちのひとり・・・・・である海崎照美の奇麗な顔がよぎった。それでも、今は、目の前にいる主人に従わないといけない。
「空き屋のわりに奇麗でしょう?子供のころからあるのよ、ここ。秘密基地にしてたんだ。まさか、当時はこんなことで役に立つとは思わなかったけどね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 たしかに、殺伐とした外見と違って、中はわりと奇麗だった。ベッドには、比較的奇麗なシーツが掛けられている。それでも、歪んだ家具に乗せられたグラスで、コーラを飲む気にはならない。制限された陽光に照らし出されたグラスには、砂や泥が薄く付着しているからだ。
 
 「せ、先輩・・・・・・」
「どうしたの?私に、何か主張したいの?」
かなんは、激しく責めてくる。白いジャガイモみたいな容姿が真剣になると、これほど滑稽なものはないが、このような事態では、そんなことが考えていられない。
 
 「何も、言えないの?だからいじめられるのよ!」
「う!・・・・・・ゥゥ!」
思わず、痛いところをつかれ、泣き崩れる由加里。
 「ごめんね、あなたを傷付けるつもりはなかったんだ」
「・・・・ウウ・・ウウ・・うう!!」
激しく泣き続ける由加里。
「え?ィヤアア・・・・・・!」
かなんは、由加里の来ているYシャツを脱がしにかかる。ボタンを取ると、まず胸をはだけさせる。
「え!ノーブラなの?」

 「ィヤアアアアアア!見ないで!」
例え、同性だからと言って、いや、同性だからいやな感覚もあるのだ。
―――あれ?こんな小学生みたいなムネじゃそんなのいらないか。という言葉を、かなんは呑んだ。
 これ以上、侮辱したら壊れてしまうと思ったのだ。

 鎖骨の窪みに、ミルクが溜まっている。少なくとも、かなんにはそう見えた。そこに汗が溜まって、胸にむかって零れていくのだ。
「男の子みたいねムネも可愛いいわよ」
 「せ、先輩!」
たまらなくなって、そこに口を付ける。

 「うぐ・・・・・」
由加里は、一体、自分が何をされているのか理解できずに、うめき続ける。この先輩は、彼女が理解できない欲望に、身を任せているのだ。由加里は、年下の少女にこのようなことをしたいとは思えない。
「ィウゥウッゥゥ・・・・・うう!」
かなんの行為は、由加里の常識を著しく逸脱しているのだ。
「ァアア!」

 愛撫は、臍をさらに下降し、パンティまで達した。
「何これ?まるで、おもらし状態よ!おむつが必要ね、由加里チャンは」
何故か、呼び名が代わった。それもまるで、赤ちゃんが、ペットにたいして呼ぶようなニュアンスである。
 「ァアアゥ!!」
こともあろうか、濡れそぼった下着の上から、局所を舐め始めたのだ。それは、直にそうされるよりも、強い刺激にまとわりつかれる。逃げようとすると、かなんに上から押さえつけられた。
「動かないの!!」
かなんに、華奢な由加里が抵抗するのは不可能だ。

 「ァアあ!」
そして、ついに、下着は完全に脱がされてしまった。恥ずかしいところが顕わになる。
「まア!赤ちゃんみたいな・・・・・ココ、全く毛がないなんて!」
あたかも、珍しいモノを目の前にしたように、拍手をするかなん。
「いぃいやああ!み、見ないで、見ないでくださいぃい!」
「あ!出てきた!かわいらしい!」
かなんが見たものは、白いケシゴムだった。あたかも、新芽が顔を出したように見える。
「こんなもの、いつも挿入れているのかな?」

 「ち、違います!ゥウ!」
両手で、顔を覆って、激しく恥ずかしがる由加里。
「じゃあ、どうしてこんなものがあるの?わからないから、先輩に教えてくれないカナ」
高田と金江あたりの名前が頭をよぎったが、わかっていて、意地悪な質問を続ける。
「むぐうゥウ!」
「あははは、本当におもらし状態ね?」
かなんは、ケシゴムを取り出して見せた。そして、こともあろうか、舐めてみせたのである。

 「ひ、き、汚い・・・・・!」
「そんなことないわよ、可愛らしい由加里ちゃんのだもん」
「・・・・・・」
照美たちは、汚くて臭いと罵った。しかし、目の前の先輩は違う。
「・・・・・・・・」

 中2になってから、加え続けられた精神的、肉体的両面にわたる虐待の日々は、あきらかに少女から何かを奪っていた。それは、バランスの取れた思考能力だったかもしれない。
――――――――この人は、もしかして、本当に自分のことが好きなの?
「似鳥先輩・・・・・・」

 「由加里ちゃん」
かなんは、由加里の口元にいっきに、自分を近づけた。そして、唇を奪う。由加里にとっては、ファーストキスだった
 ―――――大事な、ファーストキスの相手が同性だなんて!少女の心の何処かが、そのように騒いだが、これまでのいじめの日々は、明かに少女を根本的に、変質させていた。もはや、以前の西宮由加里ではなかった。
 
 「ねえ、あたしのこと好き?」
「好きです!好きです!に、似鳥せんぱい!!ゥウウウ・・・・・アアアあああ!!」
由加里はかなんに身を委ねた。首にしがみつくと、激しく号泣しだす。本来ならば、それは、相手が違うはずだった。しかし、手軽な他人に対してそれを行ってしまったのである。
 
 母親をはじめとする家族は、由加里にとって重荷でしかない。いじめられている事実を知られたくない。それは自立の第一歩ではあったが、この場合、悪い方向にしかベクトルは示していない。いじめられている子が自殺するのは、このような自縄自縛によって自滅するのである。もしも、一歩進んで、親に身を委ねていたら、そのような事態にならなかった案件は無数だろう。
 
 「クッグ!」
 かなんの唇は、由加里の口を吸い、その舌は、少女の口腔を探検する。
いじめられっ子は、この時、ひさしぶりに人に接したような気がした。無視され、すべてを否定された少女が、そのような感覚を取り戻したのが、哀れなレズ行為とは笑うしかない。もっとも、かなんのように積極的なレズ行為ならば、それは違うだろう。しかし、由加里は違う。良い例えなのかわからないが、金持ちが道端で見つけた100円に拘るだろうか?しかし、乞食ならば、争ってそれを得ようとするに違いない。今の由加里は、惨めにも後者なのである。
 
 だから、ふつうで考えたら異常としか良いようのない、かなんの行為も、自分への愛の表現だと受け止めた。
 「ィアゥアアア・・・・・あ」
かなんは、由加里の脇の下に口を付けたのである。
「奇麗に処理してあるのね、あれ?もしかして、生えてこないの?」
「ハイ・・・・・」
恥ずかしそうに俯く由加里。
「いいのよ、可愛いわ」

 「グアアゥ・・・ゥアアあああ!!!」
右手で由加里の膣を愛撫しながら、脇の下に唇を這わす。それは、あたかも蛭のように、少女の白肌に吸い付く。ただし、吸うのは血ではない。少女のプライドである。
 「ぅうう・・・・・・・うぅ!」
 自分の脇の下を、なめ回される感覚。ほんらいならば、おぞましいはずだ。しかし、由加里は喘いだ。あきらかに、官能を感じている。官能は、麻薬よろしく、ツライ体験を忘れさせてくれる。それがかりそめだったとしても、少女が、いじめられっ子であるという惨めさから、解放してくれるのだ。
 彼女は、たった1時間あまりの快楽と情愛のために、全人格を売り払おうとしているのだ。
 「とっても良い味がしたわ」
 かなんは、さんざん由加里の脇の下を舐め尽くすと、今度は、少女の右首の付け根に背後から、口をつけた。
「るゥアぁ!」
「ふふ、何て言う声をあげるの、由加里ちゃんたら」
 完全に、幼い肢体を自分のものとすると、乳首に手を付ける。

 「むひい!」
「あそこが、過剰に敏感な子は、ココも敏感なのね・・・・・はぅ」
そして、自らの性器を由加里に尻に押しつけてピストン運動を始める。このとき、はたして、かなんは自分が男であったらいいと思ったろうか?
 それとも由加里とあくまで同性の立場で、攻めたてたいと思っているであろうか?
「ウググググ・・・・・・・あああ!!」

「イヒ・・・・ゥウウアアアあああ!!」
ふたりは、ほとんと同時に・・・・・・・・果てた。

 「大好きよ、由加里ちゃん・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・!」
 由加里は、ここに来て、はじめて自分が何をしたのか知って唖然とした。
かなんは、相変わらず由加里を食い尽くさんばかりに、しがみついてくる。その圧力に、少女は押し潰されそうだ。ふるえが止まらない。
「大好き!由加里!」
由加里は、全身をかなんに舐め尽くされ、その唾液だらけにされた。足の指の間から、それこそ、耳の中まで、至る所まで。
 それは果ててから、2時間20分も後のことだった。
 
 気が付くと、空き屋にはオレンジ色の光が差し込んでいた。
「私は帰るわね」
「・・・・・せんぱい」
由加里は、帰えろうとするかなんの背中に恐るべきことを言ったのである。
「わ、ワタシノコト・・・・好きですヵ?」
「もちろんよ、これが証拠」
「・・・・・!!」
 それは、お別れのキスだった。しかし、それほどまで上気した彼女ではなく、あくまで事務仕事をこなすような冷たさだった。
 




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『由加里16』
 
 「なあに、朝から出かけるの?休みなのに」
春子は心配になって、娘の背中に声をかけた。
「由加里姉ちゃんたら、早いのね」
妹の郁子は、眠い目を擦りながら部屋から這い出てきたばかりだ。

 由加里は、二人にろくに返事もせずに玄関に急ぐ。
 「言ってきます」
その声は、あまりに弱々しくふたりの耳に届くことはなかった。
 由加里の脳裏には、昨日、パソコンに入っていたメールが映っている。
 昨日の今日だけどさ、明日、遊んであげるから、7:00までに、うちに来てよ。住所は、わかるでしょう? そんでさ、来る前に、オナニーしてから来てよ。
 もしも調べて、やってなかったら。 うちらが見ている前で、やらせるからね。                      P.S あそこに消しゴム入れてきてよ。じゃ、待ってるからね!あなたの親友より


 親友という文字が、なぜか目の裏に焼き付いて離れない。かつては、香奈見にしか使ってこなかった言葉だ。このメールの差し出し人は言うまでもなく海崎照美だ。
―――休みの日まで、いじめようというの?だけど、もしいかなかったら、教室でクラスのみんなの前で恥ずかしいコトをさせられるかもしれない。
 これまでも、十分させられているのだけど、それは性的ないじめとはちがう。下着姿を見られるだけで、あんなに恥ずかしいのに、男子もいるばしょで、全裸にされるなんて。考えただけで、顔から火が出そう。そんなことになったら、とても生きていけない。

 「ぁ」
 時間厳守ということが頭にあるために、思わず足の動きが早まってしまう。そのために、股間の異物が蠢く。それはまるで独立して意思を持っているかのようである。
 オナニーをした上に、消しゴムを膣に押しこんでいる。
「ゥウ・・・・」
 あまりの恥ずかしさに消えたくなった。

 ―――どうして、こんな目にあわないといけないのだろう?中2になって、何度これを自問自問いしたことだろう。
 ひどい目に合うたびに、答えの出ない螺旋を急降下していくだけである。

 それでも、由加里は、先を急いだ。予め住所は調べてある。はじめて行くばしょだけど、あの当たりには、友達がいる、いや、かつての友達・・・・・・・・・だ。かつてと言わねばならないことに、由加里は、悲しくてたまらなくなる。大きな瞳が思わず潤んでしまう。
 
 学校が見えた。海崎照美の家は、この向こうだ。しかし、学校は避けねばならない。なぜならば、土曜日も部活はあるからだ。もし、部員にでも見つかったらどんなひどい目に合わされるか ―――――とにかく今は、照美の命令に従うことしか頭にない
 
 遠目に、学校の赤い塔のてっぺんが見えるころ、由加里は自分の名前が呼ばれるのに気づいた。びっくりして、そちらの方向を見る。
「似鳥先輩・・・・・・・・・」
「二宮さん」
 後輩にさん付けする優しい人だった。妹のぴあのとはだいぶ性格が違うようだ。少なくとも、このときの由加里がそう思っていた。
 「部活、こないんだ」
 「・・・・・・・」
 具合が悪くてとは言えなかった。こうして、競歩のように急いでいるのだから。それでも、何とかいい訳を捜さないといけない。
 早くしないと7:00までに照美の家につかない。
「そうよね、たまにはさぼりたいよね」
「・・・はい」
 曖昧に答えた。
「あの、先輩・・・・」
「どっかに予定があるんだ」
意味ありげに笑う似鳥。こんな顔は妹そっくりだ。

 「あの、行ってもいいですか」
おそるおそる聞いてみる。
「だめ、これからあなたの腕をつかんで連れて行っちゃう」
「・・・・・」
「でも少しだけ付き合ってくれたら、許してあげようカナ」

 このとき、由加里は相当焦っていたので。似鳥かなんの意味ありげな態度に気づかなかった。もっとも、冷静であっても気づかなかったかもしれないが。
 「じゃ、何処か行こうか冷たいものでも、おごるからさ」
「ヒッ」
 かなんに腕をつかまれた。そのなまめかしい冷たさにぞっとする。
「なあに?あたしがイヤなの?」
「いえ・・・・・・」
もはや、由加里に選択肢はなかった。

 結局、由加里は、歩いて20分ほどかかる喫茶店に連れて行かれた。
 「一番奥の席がいいわね。好きなの注文してよ」
 「じゃ、オレンジジュースを」
「あたしは。アイスコーヒーを」
マスターに注文すると、品物を持っていく。セルフサービスなのだ。
「え?」
 紗耶香は驚いた。互いに、顔を向き合って座ると思ったのだ。ところが、由加里を奥に押し込めるとその横に座ったのだ。そして、あろうことか、身体を寄せてくる。かなんの胸が押しつけられる。中学生にしては、大きめの乳房が制服の上からでも、はっきりとわかる。そんなうちに身体が火照ってくるのを感じる。
 「私服ってことは、最初から部活をさぼるつもりだったんだ」
「え?」

 由加里は、突然の質問に反応できなかった。気分をおちつけるために、何とか、ストローを銜えようとする。しかし、唇が上ずってうまくいかない。何回が試してやっと成功できた。そして、冷たい液体を喉に押し込んでも、火照った体は、冷えることはない。かなんがたえず、その身体を押しつけてくるのだ。脇の下を汗が流れるのを感じる。それが過剰な冷房によって冷やされるのが気持ち悪い。
「あ、あの・・・・・・」
「なあに?西宮さん」
かなんは、その行為がいかにも当たり前のように押しつけてくる。
「ぁ・・・・」


 その時、股間が疼いた。そう、オナニーをした上に、消しゴムを押し込められた性器。そこはもう、濡れそぼってお尻まで濡れてしまっている。ビニールシートの冷たい感触をあいまって、不快さは増大するばかりだ。
 
 もしも、こんなことが先輩にばれたりしたら・・・・・・・・・・・・・・・。

 「せ、先輩・・・、お、お願いっですから」
――――行かせてくださいとは言えなかった。ジュースをおごってもらっているのだ。
「ねえ、西宮さん、友達ってどう思う?」
 それは、由加里には残酷な質問だった。
「・・・・・・・・・・・」
「私はねえ、とても大事なものなだと思うの」

 ねっとりとした言い方が、気持ち悪くてたまらない。香水の匂いが鼻を突く。
「そもそも、香水とは体臭のきつい欧米人のためにあるものであって、日本人には不要のものだ」 とは誰の台詞だったろう。突然、その声が聞こえてきたのは、由加里の無意識に潜む自己防衛システムだったかもしれない。
 「西宮さんも、友達作ったらいいと思うな」
「・・・・!」

 わかっていっているのだろうか?かなんは、自己の身体をすりすりとゆすりながら、引き寄せてくる。微妙な身体の感覚に、虫酸が走る。この先輩は、部室でいじめられている時に、一緒にいた。どんな顔をしていたのか憶えていないけど、何もしてくれなかったのはたしかだ。
「私が口聞いてあげようか、そうだ、ぴあのはどう?性格にすこし問題ありだけど」
自分のことは棚に上げて言う。
「ひ」
 その時、右の大腿にかなんの手が触れた。そして、撫で回しはじめた。そして、スカートの中にまで入りそうな勢いだ。それだけじゃない。顔を首に押しつけてくる。
「ィいやぁ・・・・・や、やめ・・・・ウウ」
「何を止めて欲しいの?」

 かなんは、由加里の耳にふっと息を吐きかけると、囁いた。

 「ぉ、お願いですから・・・・」
「言いなさい、何を止めて欲しいの?私は友人どうしのお肌の触れあいをしているだけど?」
かなんの愛撫は、しだいに節度というものを失っていく。ついに、彼女の手は、由加里の股間に到達した。
「ぁああぅ・・・・ぃやぁ・・・!!」
「あれ?どうしたの?ココ、湿っているよ?パンツ、まだ乾いていないのカナ?だって梅雨時だもんね、仕方ないカ」
――――何もかもわかっていて、このような言いぐさだ。身体的ならぬ、精神的にも責めてくる。これじゃ、いじめっ子たちと同じだ。

 「かわいい・・・・・・そういうの好きよ」
「ぅぐう!」
 かなんはの指が、股間に食い込んだ。下着ごしだったが、かすかな異物感に、眉をひそめた。
「アレ?西宮さん、何か入れているの?生理じゃないよネ」
かなんは、恥辱の言葉を、手と同時に、休むことなく繰り出してくる。
「ぃやぁ・・・、お、オネがいですから・・・・・・ゆ、許して・・・・・クダサイ」
「じゃあ、言ってごらん、コレは何?」
「・・・・・ケ、ケシゴムです」
「どうして、そんな物を?」
「・・・・・・・・・」


 かなんは、意地悪く笑うと続けた。
「じゃあ、ここで、みんなに知らせてあげようカナ。ここに淫乱な中学生がいますって、恥ずかしいところにケシゴムを入れて、欲情しているって・・・・・」
「ひ!!お、お願いですから」
「見てみなさいよ、コレ」
 濡れた指を由加里に見せる。指を動かすと糸を引く。そして、鼻を近づけて、わざとらしく嗅いでみせる。
「ううぅ・・・」
肩を狭めて、しくしくと泣き出す由加里。あまりの恥辱のために何も言えない。二重にも、三重にも縛られているのを感じる。何処にいても、何をしていても、いじめっ子たちの手から逃げることは・・・・・できない。
「出ようか?場所を変えようか」
「ハイ・・・・・」
消え入りそうな声で、そう答えるしかなかった。すでに、魂を抜かれて、ただでさえ華奢な躰はフラフラと風に揺れていた。


 由加里が、かなんに陵辱されているそのとき、照美はどうしていたのだろう?
はたして、彼女はほとんど瞬きもせずに、テレビ画面に見入っていた。同時に両手をしきりなく動かしている。
 テレビゲームに興じていたのだ。
「ねえ、照美、西宮さん来ないんだけど」
「アレ?きっと、今日は来ないよ」
「何?」
はるかは、照美の言い方にあまり驚きを示さなかった。
「もしかしたら、来るかもしれないけど、あれの性格からして来ないね、いや来れないよ」


 似鳥ぴあのや原崎有紀は、しびれをきらして、すでに帰宅してしまった。
「何か、たくらんでいるな?」
「あんたもわかってたはずよ」
「似鳥先輩か」
「狙っていたのは知ってたんだ」
照美は、ゲームが一段落したのか、ポテチに手を突っ込んだ。
「それにしても、あの変態を使ってやるとは、そうとうあくどいな」
「やめてよ、水戸黄門みたいな言い方は」

 ポテチをがりがりとかみ砕きながら、言った。




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『由加里 15』
 「由加里!どうしたの!?」
「ママ・・・・・・」
春子は、娘の顔を両手で包んだ。そして、その顔を眺める。由加里は、思わず目をそらす。
「由加里ぃ!」
「か、母さん・・・・・あ!ああああっっぁあああ!!」
 由加里は、いきなり、母の胸に飛び込むと号泣をはじめた。
しかし、ひとしきり泣くと寝付いてしまった。

 「一体!由加里に何があったっていうの!!」
「母さん、そんなに興奮しないで」
 冴子は、母親の肩をそっと叩いた。感情を抑えるために、話題をそらそうとする。
「郁美はどうしたの」
「・・・・・・・お父さんとご飯食べてるわ」
「母さん、そんなに運転上手くないんだから、気を付けないと」
「そんなこと、まったく、頭になかったわ」

  春子は、寝付いてしまった娘を抱き上げると、冴子を促して、一緒にベッドまで連れて行った。由加里は、泣きすぎると寝てしまう癖があるのだ。その時、春子は本来なら、見てはならない物体を見てしまった。西宮家においては、本体どころか、カタログすら存在を認められない代物である。
 
 「冴子、あれ!どうしたの」
「え?ギターだよ、バンドはじめたんだよ」
 唖然とする冴子。
「お父さんが知ったらただじゃすまないわよ」
「国立の医学部に現役で入って、なお文句言うのかな?」
「それもそうね・・・・・・・・それよりも由加里のこと、一体、何があったの」
「わからない。何も言わないんだ、ただツライって」
 冴子は携帯で連絡を受けて、直で、車を飛ばしてきたのだ。1時間30分はかかるところを1時間で到着してしまった。道路は好き具合があるとはいえ、異常であることにかわりはない。

 このとき、妹が成績で悩んでいるなどと、安易に言ったら、すぐに春子は見抜いていただろう。

 「こう見えて、プライドの高い子だからねえ」
春子は、おとなしげな娘の寝顔を撫でながら言った。
「・・・・・・ねえ、母さんはもう食べたの、台所行こう」
「うん」

「母さん、憶えてる?はじめて出会ったときのこと」
「憶えてるわよ、この世でこんなに可愛らしい女の子がいるのかと思ったわ」
春子は目を閉じて笑った。
  「ふふっ」
 ――――思い出したように笑う二人。
 この間に、起こった空白は、二人、そして、父である和之の間でしか理解しあえない間合いである。
 「眉間に、ピザを投げつけられたわね」
「私は母親がいながら、母親っていうものを知らなかったのよ、だから突然、母親が現れても対応できなかったのね」

 「お前を家から出したのは今でも後悔してる。9年間、そう9年間も出会えなかった時間があるのに、そのぶんだけ一緒に暮らしたかった――――なんてね」
冴子は、舌を出して見せると、立ち上がった。そして、おもむろに、寝室に向かった。
帰ってくると、なんとギターを手にしていた。

 「あんたがギターとはね、音楽をあんなに嫌っていた、お前が」
「え?母さん?!」
冴子は驚きを隠せなかった。冴子の右手が音楽を奏で始めたからだ。その手つきは、あきらかに手慣れた動きだった。
「禁じられた遊びとは・・・・・」
「手は憶えているみたいね、あんたたちが異常に、音楽を嫌うから、やれる機会がなかったのよ」
「この曲はどう、最近、聞いた曲なんだけど名前がわからないの」
「・・・・!?」
 
 その時、春子は怒りに身を震わせた娘を目撃した。
「やめてよ!あんな女の曲なんて聴きたくない!」
「そうなんだ・・・・・・・・」
春子は、すべてを理解した顔で、娘の顔に手を持っていった。
「・・・・・!?やめてよ、もう19歳よ!」
「幾つになっても、娘は娘よ!」
先ほど、由加里にやったほうに両手で娘の顔をすっぽりと包み込んだ。
「由加里のプライドの高さは、お前とそっくり」
「ただし、直情径行すぎるって言うんでしょう」
「あははは、当たり!」
 
 そのとき、由加里がやってきた。
「もう、由加里ったら、あんたのせいでお腹スキスキよ」
春子は、内心の不安を隠すような言葉を述べた。
「ごめん」
 既に涙は乾ききったようだ。もちろん、切り裂かれた心が元に戻ることはないが、家族の愛情に接して小康を得たようだ。
 しかし、愛情が、温かいと感じられれば、感じるほど、教室での煉獄の冷たさを実感してしまうのだった。
「ほら、また暗い顔する。ママはあなたの笑顔が何よりも好きよ」
「うん」
励ますことがいけないことは、わかってはいるが、どうしてもそうしてしまう春子だった。
 

 一方、海崎家では、百合絵による音楽修行が、ようやく終わりを告げていた。
「疲れた・・・・・これじゃ3時間走らされた方がましだよ」
時計を見るとすでに午後10時を過ぎている。
「私なんて、週に二回よ。それもママの気まぐれで・・・・・・」
「百合絵ママ、仕事が不規則だもんな、暇なときでは、学校がある日でも旅行に行くって言い出すしな」
 それには、はるかも恵みを得ているのだ。百合絵には、海外にすら連れて行ってもらったこともある。それには、照美が入っていないときすらあった。
 「今回は、あんたと行きたいの」の一言ですべてが決まる。誰も、その強引さには二の句が次げない。
 「ウウウウ・・・これじゃ、ゲームやる気力もない」
 「ゲームの音楽すら不快よ、でもさ、クラシックの奴らってこれを乗り越えてやっとプロになるんだろ?考えられないよ」
 「こんなものじゃないっておばあちゃんが言ってた。だって、ママは、元クラシックのソロだったんだもん」
 
 照美も、心底疲れたという様子で、枕に顔を埋めた。奇麗な顔が形無しである。
「あした、あいつをいじめて楽しまない」
思い出したように言い出した照美。頭の中には、憎い由加里がヒイヒイ言って泣いている姿が去来している。
「あした?土曜じゃないか」
照美は、何かを押し出すように笑った。
「だから、呼び出すのよ」
「何処に?」
「ここに」
「しかし、いい加減テニス部の連中も黙っていないだろう?」

――――何を言っているの?という顔をする照美。
「そうやって、あの人たちのストレスを貯めていくのよ。そうすれば、回り回って、あいつを追い込むことになるわ。それに、ミチルとのこともあるし」
「ミチルちゃん!?」
はるかは、もちろん幼いときから、ミチルのことは知っている。いや姉妹と言ってもいい仲だ。
 
 「あの子、何故かあいつのこと聞いてくるのよ、探りを入れてくるって言っても良いわ」
「まさか、背後に高田がいるとは思わないが」
「それはないわ。何か、あいつを庇っているように思えるのよ」
「だって、先頭を切って、いじめているんじゃないのか?たしか飼育係だったよな」
「とにかく、呼び出すの、ママは仕事でいないし」
 
 はるかは、この広い家の中で、由加里をいじめることを思い浮かべた。いくらでも好きなことができそうだ。しかし、彼女は、自分でも気づかないうちに、由加里いじめに、自分が浸っていくのを感じて戦いた。
―――私たち、とんでもない泥沼にはまっていくのではないか?

 「ぴあのと有紀も呼ぶわよ、当然、あれもしたいし、これもしたい」

ウキウキしながら、踊っている親友を見ながら、ひとりだけ闇黒の世界に残されているような気してならなかった。

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『由加里 14』
 由加里が窓の外に消えてから、しばらくしてドアをノックする音がした。
「照美、来たな」
「うん」
目で合図する。
 
 原崎有紀が、鍵を開ける。
待っていたとばかり、ドアが開く。
「あ、海崎さん、西宮は?」
「いないよ」
素っ気ない声が、部屋の中から聞こえる。
「ごめんなさいね、ミチルが取りに行くはずだったのよ」
「どうして、待たしておかなかったのよ」
抗議の意思を顕わにする。
「あれは、あんたたちだけの持ち物じゃないのよ」
 それに横やりを入れたのは、はるかである。あきらかに、高田を見下した態度で、口を開く。
「でもさ、それ似合ってるよ、私よりも下手なくせに、なんでかな」
「何ですって!?」

 予期せぬ言葉に、激しく気色ばむ高田。部活中と見えて、当然のごとくテニスウェアだ。
「いやあ、ごめん、プライド傷付けちゃったな?」
鋳崎はるかは、頭をふりながら笑う。はるかは、尋常ならぬ運動神経の持ち主である。部活に打ち込んでいるせいか、成績では、叶わないがスポーツでは、完全に照美を凌駕している。よもや、高田ごときに負けることはない。先だっても、体育の授業において、高田を惨敗に追い込んだばかりだ。
 
 「そんなこと言っている場合じゃないでしょう?西宮さんを共有するっていうのは、前からの約束だったじゃない」
金江礼子である。
「だから、ミチルが取りに行ったって」
「本当なの!?」
 疑念の視線を送る。
「じゃ、私らは、帰るわ。たっぷり楽しんだし」
「ああ、はるか」
 ワナワナと震える高田を横目に、はるかは火に油を注ぐような言葉を残していった。
「あのサーヴィスじゃ、小学生だってポイントとれないぜ、せいぜい精進しな!あははははは」
「・・・・・・・!?」
 高田と金江は、二人に笑われながら部屋に残されることになった。原崎有紀と似鳥ぴあのは、できるだけ、高田と目を合わせないように、小走りに去っていった。


 その時、由加里は家路を急いでいた。
メールを見ながら、泣いている。
「公園で泣いてから帰ろう」
 太陽が、その恵みを引き払いつつある時刻。由加里は、ひとりブランコに乗った。かつて香奈見と笑いながらここにいた。とても楽しかった。それが、何十年も昔のことのように思えた。周囲のすべての物が自分から遠ざけられて、宇宙の真ん中に宙づりにされてしまったかのように思えた。

 「ミチルちゃん、ごめんね!うううっ・・・・・」
メールにはこう書かれていた。
「帰ってもいいですよ。いえ、帰ってください。もう、耐えられなくなっているのわかります。私は大丈夫ですから!高田先輩はわたしには何も出来ませんから」
 「・・・・・・・うう、どうしたらいいの?!どうしたらいいの?!あ、そうだ」
由加里は、立ち上がるなり財布の中身を確認した。


 そのころ、照美とはるかは照美の家にいた。学校をはさんで、由加里の家は、ちょうどあさっての方向にある。
「百合絵ママ、またチーズケーキ焼いたの」
「そうよ、また由紀子たちは、仕事が忙しいっていうから」
はるかは、照美の母親に言った。百合絵は、はるかとは何の血縁関係もない。血のつながっていない姪でもない。にも係わらず、百合恵に対して、はるかは準娘のようにあつかっているのだ。

 それは、照美とはるかが、常ならない友情関係に結ばれているからだろうか?二人が出会ったのは分娩室のベッドだった。たまたま、ベッドが隣同士だったのだ。
 何でも、出会ったその瞬間から、手を握りあい。友人としての契りを結んだらしい。
そのように二人は、大人たちから聞いていた。それを鵜呑みにしたわけではないが、他人から見れば、うらやむほどの友情をはぐくんできた。

 しかし、それは相手に対する過保護というマイナス点をも生み出すことになったのだ。ここまで来たら、疑似血縁というレベルを超えていた。
 両親どうしは、このとき知り合った。別に昔からの親友同士という仲ではなかった。にもかかわらず、それからは、家族ぐるみの付き合いをしているのだ
 
 だから、はるかは百合恵ママと呼び、照美は由紀子ママと呼ぶ。
「美味しい!さすが、百合恵ママ、どっかの誰かとはレベルがちがうよね」
「ふふ、由紀子ママだって美味しいよ」
照美は、けっして学校では見せない顔をしていた。あふれんばかりの優しげな笑みは、誰もクラスメートは見たことがないだろう。ただ、はるかを除いては・・・。

 それは、はるかも同じだった。学校では仏頂面しか見せていないのは、彼女こそかもしれない。
『たてもの探訪』とかいう番組があるが、このダイニングキッチンは、それに紹介されてもおかしくない豪華さを誇っている。料理をするには、広すぎるほどの面積。それは。プロの料理人が見ても、その設備は文句を言わないだろう。とうてい、ふつうの主婦では、その真価を引き出すことはできないだろうと思われた。
 
 「ねえ、ヴァイオリンは持ってきたんでしょう?はるか」
百合絵は、晩ご飯の用意をしながら言った。
「うん、照美の部屋にあるよ」
はるか、返事をしながら思った。百合絵の容姿である。そして、照美のそれを見比べる。そして、誰かの顔を想像中で横に置いてみる。
―――――似ている!似ていない!でもどうして?
「どうしたの?はるか?」
「―――ううん」
 
 気づいていないの?あいつと百合絵ママが似ていることに。気づいているから、あいつを憎んでいるんじゃないの!?
 頬から顎のライン。それは宮殿の欄干のように、優雅な曲線を描く。
「気持ち悪いわね、人の顔をじっと見て」
「いや、何でもないさ、ただクリームがついているなあと思って・・・・」
はるかは、ごまかしたが、隠しきれるものではない。
「でもさ、晩ご飯の後、覚悟してる?」
照美は、しかし、彼女の方から話題を変えた。
「ぼ、防音装置壊れてるんじゃなかったけ」
「昨日、治った」
照美は、あっけらかんと言い放つ。
 
 百合絵は、女性には珍しい作曲家である。若いころはソロでならしていたが、途中で、作曲に転じた。最近では、クラシックを離れ、ポップの世界に手を出して、かなりの成功を収めている。有名なアイドルに相当数の曲を提供している。

 「じゃ、今日、帰るわ、宿題やってないから」
「ここでやればいいじゃん、もう暗いし女の子が一人で歩いていい時間じゃないわ」
はるかは時計を見た。午後7時を回ろうとしている。
「ヴァイオリンを持ってきたのが運の尽きね、ま、楽器なんていくらでもあるだけど、何なら、ヴァイオリンじゃなくて、ママのピアノレッスン受けてみる?」
「それなら、西沢あゆみに勝つ方が楽そうだ」
「なあに、あの西沢あゆみに勝てるって?ずいぶんとテニスが上手くなったのねえ」

 百合絵は、料理を運びながら話しに割り込んできた。口元が悪意に歪んでいる。はるかは、少なくともそう受け取った。
「ところで、最近、練習しているの」
「はい・・・・」
「決まりね」
照美は、勝利者のように高らかに宣言した。
 これで、はるかは、照美の部屋で一晩中、ゲームに明け暮れるという平凡な夢を壊されることになった。代わりに与えられるのは、ヴァイオリニストになるつもりもないのに、スパルタめいた修練を積まされる長時間だった。

 一方、由加里は電車から降りたばかりだった。ここは都心の一等地。辺りは、夜のとばりが降りている。歩き出そうとしたとき、後ろから声をかけられた。
「由加里、何しているの?こんなところで」
「さ、冴子姉さん」
「もう8時は過ぎているのよ、こんなところで何をしてるの?それとも私が目当てじゃないの」
「・・・・・・・」
思わず涙ぐんでしまう由加里。
「どうしたの?またいじめられたの」
やさしく語りかける冴子。
「母さんに連絡してあるんでしょうね、え、してないの全くしょうがない子ねえ」
携帯を取り出す冴子。

 カンカンカン・・・・・・・・。高架線の下にいると聞こえるこの音。夜の闇に濡れると、それは、夏なのに、冬気色をかすかにかいま見せてくれる。それが冴子は好きだった。
「寒いね」
「何言っているのよ7月よ、まだ、夏はこれからじゃない」
「ねえ、私が癌になったら、手術してくれる?」
「自分の身内の手術は、どんな大先生でも、手が震えるってね――――ま、私は外科に進むつもりはないから、ありえないか。で、何でそんなこと聞くのよ」
わかっていて聞いた。
 「まさか、暴力とかされてないわよね」
「・・・・・・・・・」

 冴子は、急に立ち止まると、正面から長細い指で妹の髪をかき分ける。
「さ、冴子姉・・・・・ち、ちがう、そんなこと・・・・・ない」
その手の温かさに、動揺したのか。涙がこぼれた。
 「もしも、無視以上になったら母さんか私に言うのよ・・・・・別にいじめられることは恥ずかしいことじゃないんだし」
「よくわかるわね」

 由加里は、言葉に反抗の意味合いを含めた。
「あんたの言いたいことはわかるわよ」
「冴子姉さんは、どうしていじめてたの」
「ストレスかな、よくわからない、今となってはね」
「みんな、そうなのかな、教室では、私にあんなひどいことする、悪魔みたいなのに、家ではふつうの家族やってるのかな」
 「私がそうだったわね。私、あんたがいじめられているって聞いて、ショックだったわ。たった2年の間だったけど、あの時私がしてたことは消えないし。あんたが私の代わりになったような気がして・・・・」
「たった2年じゃないよ。いじめられる方にとってみれば・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」

 ―――涙が何粒も、暗い地面に落ちていく。何てことなく捨てられている煙草の吸い殻さえかわいそうに思えた。
「辛いこと、全部、私にぶつけていいんだよ」
「うん、ありがとう」
冴子は、頭を抱いてくれた。涙があふれてくる。まるで、彼女の手が涙を導いてくるように思えた。その手は、彼女の骨にまで達するように思えた。


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『由加里 13』
 「アれい?どうしたのカナ」
「いやああああ!ぁ」
 由加里は、大腿を狭めて、いじめっ子たちの視線を防ごうとした。上品なかたちの鼻梁が、恥辱に狭まる。
「西宮ったら、おもらししちゃったのかな」
ちょうど、放送委員の仕事を終えた似鳥ぴあのである。
「ぃやあ!ぃやあ!み見ないで!」

――――熱くなっている恥ずかしいところを見られてしまった。そのことで、少女は、頭の中が、真っ白になってしまった。
「ほら、よく見せなさいよ!」
「ィ、痛い!」
原崎有紀に、大腿の内側を抓られる。鋭い針で刺されたような痛みが広がる。冷や汗が脇の下に小川を作っている。
しかたなく、大腿を広げる由加里。羞恥心と恥辱ために、頬が真っ赤になる。まるで熱が出たように、頭が熱い。

 「スゴイ!お漏らしてるみたい?コレ何?コレ、何?」
有紀が騒ぐ。それはわざとじゃないみたいだ。
「何?カマトトぶっているのよ、」
「だって、わからないんだもん」
無邪気に答える有紀。精神的にも肉体的にも、同じ年代よりも2,3年幼く見える。
「ねえ、何で濡れてるの?西宮さん?」
「・・・・・・・・・・」

 顔を真っ赤にして俯く由加里。何粒も涙が床に零れる。
「答えなさいよ!」
「ィ痛い!うぐっ!」
 海崎照美の平手打ちが、由加里の頬に炸裂する。しかるのちに、長い髪を鷲づかみにされ、激しく引っ張られる。屈辱的にも、そのために顎を突き出す姿勢を強制される。

 ――――こんな恰好で、顔をさらしたくない。
 熱い涙が耳にまで流れていく。
――――私はこんなところで、何をやっているんだろう。去年の今頃は何をしていたのかな?中学に入って、落ち着いたころで、友達もたくさんできた。
 
 みんな彼女をちやほやしてくれた。もちろん、香奈見とも依然として仲が良かった。むしろ友達としての絆が強まった感がある・・・・・・ぐらいだった。
 
 それなのに、こんなところで、全裸にされて、正座させられた挙げ句、恥ずかしいところを見られて、品物みたいに品評されている。もちろん、この部屋の外にも、自分の味方はひとりもいない。そう、猫の子一匹すら、彼女に敵意を持つ。それがこの学校の常識だった。まだ、高島ミチルは彼女に救いの手を出そうとしてくれているが、まだ信用できない。

 「ほら、有紀に答えなさいよ、何で、あなたのココは濡れているの?」
「・・・・うう、こ、これは汗です」
「あはははっ!汗だって!?あはははは」
「西宮さん、汗なら当然舐められるわよね」
突然、鋳崎はるかの声が聞こえた。170センチの高見から落ちてくる声は、まるでクラシック歌手のそれのように朗々と響く。

 「なめ・・・・・・?!」
最初、はるかが何を言っているのか理解できなかった。
「ひいぃ!!」
おもむろに、リコーダーを由加里の性器に嵌め込んだ。そして、するすると動かす。
「ぁひぃ!!」
逃げようとするのをぴあのと有紀が押さえつける。

 「ほら、変態の西宮さん、本当はこうしてほしいんでしょう?逃げないの」
「ぃ!いやああ!!」
リコーダーを動かすたびに、由加里の膣口から透明な液体が噴き出してくる。
「あんた、本当に処女なの?もしかして、お父さんとやっているとか?」
「父親と?近親相姦じゃん」
「・・・そ、そんん!ぅううあ!」
否定しようにも、口がうまく動かない。
「ふふ、見てみなよ、西宮さん」
「・・・・・・・・!!」

 はるかは、まるで洗ったように濡れたリコーダーを由加里の鼻先に尽きだした。
本能的に、いやいやをする由加里。
「ほら、見なさいよ、あんたのココでこうなったんでしょう?」
ぴあのがからかう。
「どうなの?舐めてごらんなさいよ、西宮さん、汗なら舐められるでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
俯いて、ただ泣き続けるだけの由加里。
「じゃあ、汚くっていやらしいものだってこと、認めるんだよね」
「・・・・・・・・」
「答えなさいよ!」
ぴあのが、由加里の奇麗に手入れされた髪を引っ張る。
「ひ!ぃ、痛い!!」
「認めるんだな」
「・・・」

 小さく頷く由加里。しかし、はるかはそれでも許そうとしない。
「言葉で言えよ、人間だろ、それでも」
「はい・・・汚くて、いやらしい・・ぅう・・・ものです」
「もうひとつ、付け加えてよ、臭い!よ!みんな、嗅いでごらんよ、本当に臭いわ」
照美は、悪ぶれずに言う。
「ああ、本当ね、とても臭い!あははは」

 「・・ぅう!!」
惨めに泣きじゃくる由加里。そんな彼女にさらに自虐の言葉を強制しようというのだ。
「ほら、完全に言え」
「誰の何処がどうなっていて、汚くて、いやらしくて、臭いのか言うのよ」
照美が口を出した。

 「に、西宮・・・・・ゆ、ゆ、ぅう・・・由加里の、の、ぅう・・・・ココは・・・ぅうう」
「ここって?」
「・・・・でしょう!?」
「ゥウ・・・・」
背後から囁くぴあの。
「もら、もう一回、それでできなかったら教室に持ち込むわよ、男子も含めたクラスのみんなに見られたいの?西宮さんの恥ずかしい姿を」
「あはははは!もしかして、それが本音じゃない?」
「ち、違う!」
「だったら、ちゃんと言うんだよ!!」

――その時、背後でスイッチが入った音がしたが、彼女の耳には入らなかった。たとえ、入ったとしても認識できなかったのであろう。
「ぅう・・・・にし、西宮・・・・・ゆか、ゆか、ぅう・・・由加里の、お、お○んこ、が・・・・・ぬれ、ぬれ、ぅうぅぅ・・・濡れて、汚くて、ぅううう!!臭いです!あああ!」
言い終わるなり、号泣し始めた由加里。
 
 そして、満足そうに笑い合ういじめっ子たち。その中で、照美だけは笑っていなかった。いち早く笑うのをやめたはるかは、最初にそれに気づいた。しかし、すぐに作り笑いをはじめたために、あとの二人には気づかれなかった。
「ああ、おもしろかった。みんな帰ろうか」
照美が言う。
「西宮さんも楽しかったよね」
「・・・・はい、楽しかったです」
屈辱的だったが、そういうしかなかった。
「ふふっ」
照美は、満足そうに笑った。

 「そうだ、この部屋から出る方法、教えてあげる。テニス部の連中にばれないようにね。楽しませてもらったご褒美だよ」
「ほら、礼を言えよ」
「・・はい、ありがとうございます・・・でも」
「でも?」
「もう、部活に行かないと・・・・」
そうミチルたちが待っているのだ。やはり、彼女を裏切るわけにはいかない。もしも、ここで逃げたら制裁を受けるのは、彼女なのだから。
「別に、高田さんたちは高島さんたちに何もしないわよ」
「え!?」
心底、由加里は驚いた。何故ならば、彼女の心を読んだかのような言葉。
「何故って?ミチルは私の従姉妹なのよ」
「!?」
「あなた、ミチルにも可愛がってもらってるんだって?本当にプライドないの?どうしようもない子ねえ」
「・・・・・・」

 はるかは、そんな照美の耳たぶのぷるぷるを見おろしながら思った。

―――こんなに、こいつが他人に敵意を示すのは見たことがない。プライドが高いのは昔からのことだが、それにしてもおかしい。それほど、西宮がこいつのプライドを驚かす存在とは思えない。たしかにできた女だが。なら、外見か?ただこの外見が、こいつを驚かせるのか?

 「あそこの扉から行きなさい。給食室の屋根に出るから、そこから下に出られるわ」
「・・・・どうして?」
まるで小児のような目つきで、照美を見上げる。そう、犬がよくする上目遣いというヤツだ。
「奴隷がご主人さまに、質問するの」
「ど、奴隷って?!」
しかし、それはこのメンバーの中で当然の既成事実である。由加里に反論の余地があるわけはなかった。

 「・・・・ミチルちゃんに、何も」
「気安く私の従姉妹のこと、呼び捨てにしないでくれる?薄汚い変態のくせに」
「・・・・・」
「大丈夫よ、高田さんとは仲の良いお友達だから」
「ぷ!くくくく・・・・・・!!だれが、友達だって・・・・アハハ。おかしい!くくくくく!!」
はるかが腰を曲げて笑い出したのだ。
「何を笑っているのよ、このウドの大木!」
「いやあ!あはははは」
お互いに、こんなことを言い合えるのは二人の間だけである。誰が、ふたりにこんな暴言を吐けようか。
 
 「最後に、クラスにまで今日みたいなことさせるつもりはないわ、だけど、それはあくまで私たちの要求通りに動いてくれたら・・・・・・の話しだけど」
「そうだ、日記忘れるなよ」
ふたりは、窓の外に消えようとする由加里の背中に言葉を投げかけた。その背中は、最初に見た時よりも、さらに縮んでいるように思えた。

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『由加里 12』
 
 下界と隔絶した空間。ここは、まさにそのような表現がふさわしい。学校に似つかわしくないこの一室は、いじめっ子たちに、絶大の権力を与えていた。
 
 「パンの耳、美味しかった?」
「・・・・・・はい、お、美味しかったです・・・」
 由加里はそう答えるしか・・・・ない。海崎照美は、さらに質問を重ねる。
「楽しかったね」
「・・・・・」
「どうしたの?」

 由加里は、さすがにその質問に答えることに躊躇した。彼女自身、まだ、気づかない自尊心がガードしているのか?しかし・・・・・。喉元の筋肉がぴくぴく言っている。かすかに見える汗のテカリ、それを見ていると照美はイライラを押さえられなくなった。あるいは、イライラしているフリをした。
「私は、聞いているのよ!」
「はい!楽しかったです」
由加里は、涙を浮かべながら、そう言わざるを得ない。

 ここは、放送室。教師と、放送委員その他、少数の人間しか入室できない。ちなみに施錠が可能だ。似鳥ぴあのが放送委員のために、特別に使うことができているわけだ。室内は、冷暖房完備であり、パソコンとネット、そしてDVD、その他音響装置が使いたい放題だ。
 その上、防音加工までが為されている。教師たちから隠れて、何かをするためには、恰好の場所である。
 
 由加里は、屈辱的なことに全裸の上、正座で質問を受けている。由加里をいじめているのは、照美に、鋳崎はるか、そして、似鳥ぴあのと原崎有紀の4人である。
 ぴあのは、放送委員の仕事をしなければならないから、横目でいじめを鑑賞するしかない。それが口惜しかった。ちなみに、高田と金江は、健全な中学生よろしく、部活動に勤しんでいる。

 「大丈夫よ、明日から、たくさん食べさせてもらえるから、よかったわね」
「・・・・・・はい・・・・」
 さきほど、無理矢理に押し込まれたパンの耳が忘れられない。あの乾燥した、喉を切り刻むような感触は二度と味わいたくない味だ。
 
 由加里は、流れる涙に口を押さえながら、肯いた。
「かわいいよ、由加里チャン。今日は、由加里チャンがもっと、楽しくなれるように呼んだんだよ。突然キクけど。由加里チャンはオナニーって知っているよね」
「・・・・・・」
 一体、今度は何をされるかと思ったら・・・・。実は、由加里は、小学校5年のときからそれをやっていることを香奈見にだけは言ってある。もしも、彼女がそれをバラしていたら。親友の、いや、だった、彼女とは交換日記をやっていたのだ。その日記のアノことが!!

  ―――――香奈見ちゃん、嘘だよね。少しだけ、由加里を嫌いになっただけだよね、だったら、アレをばらしたりしないよね?!
 「知りません・・・・・」
あくまで言い張ろうとする由加里。
「嘘だ?」
 照美は、整いすぎた顔をステキな笑顔で包むと、鋳崎はるかを見た。目で合図する。
 はるかは一呼吸すると、口を開いた。朗々とした声が、まぶしい陽光に反射して光を放つ。

 「ねえ、香奈見ちゃん、今日もやっちゃった!・・・・・恥ずかしい。あれ!アソコを筆で、なでるの!とても気持いいんだよ!香奈見ちゃんだけには教えてあげる。あそこにね、お豆みたいのがあるの・・・・・・」
「いやあああ!!いやああ!!!あああ!!やめてっっ!!!!!」
 由加里は両耳を押さえて、泣きわめく。
「あははははは!いやらしい」

 向こうでは、原崎有紀と似鳥ぴあのが笑い転げている。

 「これって、工藤さんとの交換日記でしょう?たしか5年生の9月だよね。こんなに早くからヤッてたんだ。西宮さんって、すごいイヤラシイ女の子ね。知らなかった」
 はるかに罵られたのは、はじめてのことだ。
「違う!違うの!!」
「嘘!由加里チャンは、嘘を付けない人でしょう?あなた自身が知っているはずよね。だって、あなたが書いた日記だもん」
 由加里は愕然となった。たしかに、これは香奈見とやっていた交換日記なのだ。

――――嘘!香奈見ちゃん、ひどい!どうして!
それは完全に裏切られたことの証拠だった。あんなに仲が良かったのに、ずっと大人になっても友達だって言い合ったのに!もう再び、笑い会うことがもはや、永遠に来ないことを意味している。

 「でもはるかったら、あいかわらずすごい記憶力ね」
「これぐらい、当然」
はるかは、超然と笑っている。
「ねえ、コレさ、裁判に使おうカナ?当然、工藤さんのところは、アナタに無理矢理、書かされたってことで」
「そんな・・・・!!」
「バレちゃうよ!おとなしい由加里チャンはさ、10歳からオナニーしてたって!どうしようもない変態女じゃない!しかも、親友にそれを強要してたってことね、これっていじめじゃない!?どんな罰がアナタに必要かしら?」
「でも、それなら今になって、嫌われたわけもわかるよね」
原崎有紀が呼応するように、言い放つ。

「うう・・・ううう・・・う・うぅう!!そ、そんなのって!!ぅぅぅぅ・・・・う!!」
嗚咽を止めることができない、ひたすらに泣きじゃくる由加里。

―――――これほどの悪意と敵意がどうして生まれるのか?

 その答えを知っていながら、なお、釈然としないはるかだった。この行為が正しくないとわかっていながら、協力せざるを得ない。それは中学生の限界だろう。たとえ、身長と同じで、知的に、そして、精神的に14歳という年齢を超越していながら、所詮は子供の領域に行動を限定せざるを得ないのだ。
 身長を除けば、それは由加里や照美も同じだった。
しかし、両者はまさに渦中にいるのだ。いわば巨大嵐の中心にいるのである。一方、はるかはそれから多少はそれている。しかし、照美を親友と思う気持は、本質的に客観的思考とは根本的に性格を異にするものである。

 「あれ?否定しないってことは、私の言っていることはたしかなのね」
「・・・・・うう、もういじめないで!いじめないで!」
「こんなことで泣いてどうするの」
「だって、だって・・・・」
「由加里チャン、あなたはこれから、もっと泣く目にあうのよ、その時までに涙を取っておきなさい」

「・・・・・・!?」
 照美は、由加里の眼前で、激しく罵る。
「ぃいやああ!!」
由加里の顔を押さえている両手は、照美に握られ無惨に取り払われた。その女の子らしい柔らかい感触がしゃくに障った。
「ィ、痛い!!」
思わす強く握ってしまった。

 ちなみに、照美は、母親の薫陶があって中学生にしては、ピアノに精通している。鍵盤楽器をまともに弾く人間の手は、外見は奇麗に見えて、その握力は常人の想像をはるかに超える。

 「楽しい?とても楽しいよね、西宮さん、私があんたの気持を演奏してあげる」
何を思ったのか、はるかは部屋の隅にあったヴァイオリンを取り出した。そして、足が軽やかになるような曲を弾く。
「さすがに、はるかねえ、由加里チャン、これが、あなたの気持でしょう?」
 
 そのヴァイオリンの音は、痛いほど由加里の精神に直撃した。チゴイネルワイゼンのような哀しい曲なら、そうはならなかったろう。かえって、明るい曲だけに、由加里の絶望に火を付けてしまったのだ。
 気が付くと、はるかもいじめの魅力に取り憑かれていた。
「モールァルトか、まさに由加里チャンのいまの気持にふさわしいわね」
照美は決めつける。
「マゾの由加里チャンは、どんな風にステキないじめを受けるのか、もう、うっとりとなっているんでしょう?」

 ――――図星?

心のどこかで、由加里はどきっとなった。
なぜならば、いつものように股間が熱くなっているからだ。
 しかし、今は局所を隠す布がない!!見られちゃう!
オネガイ!気づかないで!そうしたら・・・・・・!
「あれ?どうしたの?もしかして、おもらし?」
常に冷静な照美が、驚きの声を上げた。

―――――ああ!バレちゃた!!もう終わりだ!本当の終わりだ!
―――――ああああああ!!

 由加里は、知性も何もかなぐり捨てて、泣き喚きたくなった。

テーマ:萌え - ジャンル:アダルト

『由加里 11』
 6月の陽光は、新緑にきらめいて、生命の謳歌に満ちているはずだった。しかし、どうして、こんなにねっとりしていて、気持ち悪いのだろう。由加里は、隠れていたトイレから引きずり出されて、教室に連行された。ちなみに、どうしてトイレかと言えば、そこで弁当を広げていたからである。哀れな由加里は、もはや、ここでしか昼食を取ることを許されないのだ。

 廊下を連行される最中、か細い足で、必死に抵抗したが、きゅきゅと、廊下がむなしい唄を唄うだけで、まったく無意味だった。「無駄な努力さ!」と嘲笑われているように聞こえた。

 2年3組。はじめて、この教室に入ったときは、どんな友人関係が待っているのだろう。どんな楽しいことが待っているのだろうと、わくわくしたものである。しかし、今、この教室で、彼女を待っているのは、クラスメート全体による“いじめ”という煉獄である。

 いつものように、由加里裁判が始まった。

 「で、麻生さんの事をなんて言っていたんですか」
「・・・・・・」
「似鳥さん、どうしたんです」
 似鳥ぴあの。
  病的にまでやせ細ったこの少女は、似鳥かなんの妹である。テニス部副キャプテンと言えば、思い出してもらようか。
 麻生のフルネームは、麻生珠美、由加里そして、工藤香奈見は、小学校5,6年時、同じクラスだった。
「裁判長、あまりにひどい言葉なので言えません・・・・・」
 ぴあのは消えそうな声で言った。しかし、演技が見え透いていて、あまりにわざとらしい。しかし、クラスメートの誰も、彼女を非難の目で見る者はいない。

  「じゃあ、被告人、本人に言ってもらいましょうか?」
香奈見は、いつものように教卓の上から睥睨している。その裁判長ぶりは板に付いてきたようだ。
 
 由加里は、教室の真ん中に正座させられている。ぷるぷると震えて、涙を流している。何処で手に入れたのか、両手には、手錠がかけられて、胴体とつなげられたその姿は、まさにドラマで見る刑事被告人そのものだ。テレビ界は、中学生に一泡の夢を見せたのである。彼等は、まだ現実と虚構の区別がついていない。その責任の一端が、テレビ界にあることは一目瞭然である。  

 ついでに言えば、実際の裁判においては、刑事被告人といえど、無罪推定であり、手錠や腰ひもは、裁判中においては外されるのは常である。しかし、いじめにおいてはそのようなことは無視される。
 さて、手錠に結びつけられた紐の先は、いつものように高田が握っている。さて、その日、目新しいことと言えば、検察官の役を海崎照美がやっていることだ。弁護人は、金江が引き受けている。やりなれずに戸惑っているようだ。
 
 「どうなんです?西宮さん」
 
 その“西宮さん”という言い方が気になった。記憶がないくらいに小さいころから、いつも一緒だったので、そのような言い方をされたことがない。由加里は、それが哀しくてたまらない。

 「裁判長、検察官はここで新証人を申し込もうと思います」
「誰です」
「それは、小学校時代、被告と同じだった裁判長です」
「私がです?じゃあ、ここでは証人になりましょう」
「では、証人Bさん、伺います。被告人は、麻生さんに何て言ったんですか」

 麻生珠美は、小さな机の上に座って、由加里を睨みつけている。その視線はあまりに強く、それだけで、華奢な由加里は倒れてしまいそうだ。しかし、その目つきは、何処か人と違う。俗に言うロンパリと言って、わかる人は、かなり年配だと思われる。要するに、右目と左目が違う方向を向いているのである。それに加えて、珠美の尖った顔面は、鳥に酷似している。無表情なその姿は、人には虫類めいたものを感じさせた。


 「ううう!!」
急に香奈見は泣き出した。それが虚偽であることは、クラスのだれもがわかっていた。
「どうしたんです?証人Bさん」
「私はその言葉を言うのが、あまりに苦痛です。それは、本当にひどい言い方だからです。麻生さんが可哀相です」
「・・・・・・?」

 由加里は、焦るばかりだ。このとき、もしかしたら、何か悪いことを本当に言ってしまったのではないかと思い始めている。
 焦りのせいで、涙が上品な顎を伝っていることすら気づかない。
香奈見の発言で、教室中の悪意が由加里一点に、に注がれていく。
「もういいじゃない、こいつがどれほどひどいことを言ったことは明かなんだから」
 高田が言った。照美と目が合う。火花が散る。二人は、まだ由加里いじめの主導権を巡って争っているのだ。

 「た、珠美ちゃん、わ、わたしが、なに、何を言ったの。悪いことを言ったのなら、ならあや、謝るから、お、お願い教えて・・・・・」
 嗚咽を上げながら、かつての友人にむかって懇願する由加里。腕が震えているために、手錠のチェーンがカクカクと音を立てる。

 「被告人は勝手に発言しないように」
今度は、裁判長の顔になった。
香奈見は完全に裁判長になりきっているが、高田には何も言わない。このいじめの傍聴者たるクラスメートたちも、口々に由加里を罵っているが、香奈見は一言も注意しない。

 「裁判長、あたしが言う、だってこのままじゃ珠美がかわいそうだもん、この女がどんなにひどい女で、偽善者か、みんなに知ってもらいたいもん」
 似鳥は泣き出している。ほとんど、自分の演技に酔っている。ちなみに彼女は演劇部である。しかし、将来、女優としては、脇役としても抜擢されないだろう。なぜならば、演技者として根本的な素質に欠けるからだ。泣くときは泣く、笑うときは笑う、それを完全にコントロールしなくては演技者にはなることはできない。それは、この国随一の名優である武田鉄也の言だ。
 
 間違っても似鳥に、女優なる資格はないのである。自分の演技に酔ってしまっては、だめということだ。
 「では、似鳥さんに語ってもらいましょう」
「・・・・・珠美は、やぶにらみできもいから、やぶ子ちゃんて、呼ぼうって・・・・・・・・それに鳥みたいだから、インコのエサでも啄んでいればいいって」
 このとき、おそらくは女子の一部、男子のほとんどがこみ上げてくる笑いを抑えるのに苦労したことだろう。それを許さなかったのは、照美と高田が怖いせいもあるが、もっと言えば、この三文芝居が依っているシナリオであるということができる。かれらを縛っているのは、2年3組が全体で、書いた“いじめ”という三流の演劇である。

  由加里は、ちがった。ただひとりだけ、人生という本物の芝居をやっている。
「ち、違う!私、そんなこと言っていない!!た、珠美ちゃん、どうして?!」
 由加里は、か細い肢体を必死に動かして、反抗を試みた。しかし、高田に、身体の生殺与奪をすべて奪われているのだ。無惨に、彼女に背中を踏みつけられて、無惨にも、反抗は終わりを告げた。
 
 由加里の精神は完全に、限界に突き進んでいた、それを知らせるのは、いつものように股間の熱である。あきらかに、性器が潤んでいる。もしも、彼女がこの教室なら、自らの性器に手を持って行ったであろう。しかし、今は、ここには昼休みで、全クラスメートが監視している。いや、精神的リンチを加えている。そんなことはできるはずがない。
 
 しかし、本当に怖くなったのはそんなことではない。初な由加里は、股間が熱くなっただけで、自慰をしている気分になったのだ。もしも、これがみんなにバレたらどんな目にあうだろう。由加里は生きている心地がしなかった。
 
 それよりも、彼女は自分が淫乱な変態であると思いこんでしまったことである。それを演繹すれば、自分はいじめられても仕方ないと思いこんでもまちがいない。同年齢の誰と比べても非凡な知性を持つ由加里ゆえの不幸である。あえて、比較できるなら、海崎照美が上げられるかもしれない。彼女とは奇遇な運命を共にしているのだが、もしも、別の運命を共にしていたら、いい友人同士になることができたかもしれない。

 とんとん!

 金槌が教卓を叩く。ざわついた教室を香奈見が収拾する。
「はい、ここから陪審をはじめます。みんなで話し合ってください」
香奈見は、おのれの責任を放棄した。彼女の手に余ったのである。
 
 改めて、照美と高田の間で火花が散った。いじめの主導権。二人が争っているのは、ただそれだけのことだ。人望は明かに照美が勝っている。人間そのものが違う。鋳崎(いんざき)はるかは、身長170センチの高見から、そうみなしている。
―――――この女は、あんたが本気で相手する価値のあるヤツじゃない。わかっているんだろう?このクラスのばかばかしい喜劇もだよ。何で、わからないんだよ!どうして、この子がそんなに憎いのか――――、自分の品格を下げても、それに付き合わなくちゃいけない―――――その理由だよ。私が言う前にわかってくれよ。
 
 「みんな、西宮の罪をどうする?どんな罰がいいと思う」
 照美が機先を制した。高田はぐっとなって、何も言えなくなった。照美が持つ人間性と迫力が勝ったのである。それは、高田の持つ動機がいやらしいサディズムに彩られているからだったかもしれない。一方、照美の敵意には、何処か正当性があるように見えたのである。
 
 それを最初に見抜いたのは、もちろんはるかだが、クラスの大部分も無意識のうちにそう受け取っていた。意識的に受け取っているのは、はるかと当の由加里である。こんなにひどい目にあっているにも、かかわらず、照美にたいして、他のいじめっ子たちに対するイメージとは違う色を持っている。その色が具体的にどのような色なのか、まだ彼女はつかめていなかった・・・・・・・が。

 「麻生さんに聞けばいいと思うよ、被害者なんだし」
高田が負けじと主張する。
「どう?麻生さん」
 これは、照美。
「あたし、こんな人が記憶に残っているだけでいや!記憶から消えてほしい!」
 珠美は大泣きしながら、芝居を続けた。
「そうよね!わかる、私だってこんなヤツ、大嫌いよ!」
「よく生きていられるわね、こんなに嫌われていながら!よほど、神経が図太いのね」
脇役たちが、自己を主張する。
 「あなたの気持は、この教室にいるみんなの意思よ、そうよね」
「賛成!」
「あたりまえじゃん!」

 照美は、一国の将軍で、クラスメートはその将兵のごとく動く。教室中が彼女に従っている。
 ―――――――一  ―体この圧力は何なんだろう?高田は、背中に冷や汗をかいていた。
「さ、珠美さん、みんながあなたの言うことなら、なんでも賛成するわよ、言いなさい、これにどうしてほしいの」
「インコのエサを食べてよ!こいつにはそれがお似合いだわ」
由加里を睨む。あたかも、取って殺さんばかりに。この敵意は芝居でないだろう。しかし、薄汚い嫉妬で汚れた視線である。
 
 「インコのエサって?」
「例えば、パンの耳とか、あれってさ、兔が食べるジャン、兔って何羽とか数えるじゃん。だったら鳥なんだよ」
  わけのわからない理屈は、中学生故だろうか?高田は、さらに、珠美の意思を無視して話しを進める。
 「ねえ、生物係だけど、部室にあるよ、それ」
ある少女が言った。
「・・・・・!!」
 由加里はその一言にぞっとさせられた。

 
「量がハンパじゃなくって、困っているの。越後さんから多量にもらうのはいいんだけど」
 越後さんとは、中学の近くにあるパン屋である。サンドウイッチを作るために、多量のパンの耳があまるのである。歴史的に、この中学の生物部はこの越後さんにお世話になっている。由加里の姉は、生物部に所属していた。
 
 そんなことを言っているうちに大袋に入ったパンの耳を持ってきた。
「・・・・・・・・?!」
由加里は、その量に目を見張った。とうてい食べきれる量ではない。
「やはり、今日の罰は、珠美さんにやってもらうべきだよね」
高田が言う。
「さ、あたしたちが押さえているから、罰を与えてよ」
「わかった」
「た、珠美ちゃん!」

 かつての呼び方で友達を呼んだ。しかし、その敵意剥き出しの鳥肉は、かつての麻生珠美ではなかった。
「むぐう!!」
 高田と金江に全身を押さえつけられ、照美に鼻を塞がれると、必然的に口が開く。そこにパンの耳が押し込まれる。
「あんたにはもったいないエサだよ!!」
珠美は、由加里のかわいい目が憎かった。
―――少しばかり奇麗だからっていい目みちゃって!!
 珠美の頭の中にはある光景が浮かんでいた。それは小学校6年の遠足のことだった。
そのとき、由加里と香奈見、そして珠美が同時に山頂に達しようとしていた。その時、ある男子が言った。
 「西宮、・・・・・工藤、荷物持ってやるよ、重いだろう」
「うん、ありがとう!!」
 「ありがとう」
「あれ?珠美もいたのか」
その男子は言った。

 輝いていた由加里が、ひときわ大きな声で礼を言い。香奈見は、少し遅れてから同じ事を言った。それは仕方なくという色合いが強かったからである。
 珠美を怒らせたのは、次ぎの由加里の発言である。
山頂に登った彼女は、無邪気な顔で、言ったのだ。
 
 「珠美ちゃん、荷物持ってあげるよ!」

 その可愛らしい顔は、いま、クラス全体で締め上げられて、醜く歪んでいる。涙と汗そして、彼女じしんの唾液が入り交じって微妙なにおいを発している。
口いっぱいに詰め込まれたパンの耳は、強制的に奥まで押し込まれようとしている。犠牲者は空気を求めて、あがいている。そのためには、飲み込むしかないと悟った由加里は、必死の思いで、飲み込んだ。

 その一口だけで許されるはずはない。由加里は、結果的に、5回分を飲み込むことを強要された。そして、この喜劇の最後の台詞は次ぎのような文々で締めくくられた。

「みんなに感謝しなよ、明日からはトイレで食べなくていいよ、教室で食べさせてあげる。ただし、エサはパンの耳だよ。みんなで食べさせてあげる。弁当はみんなで食べてあげるから心配しなくていいよ」

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『由加里 10』
 
 由加里は、テニス部に所属しているが、最近は出席していない。教室内のいじめが部活にまで波及しているからだ。あの下着事件以来、いじめは、先鋭化し、過激になっていた。しかし、最初の頃は、部活をある意味、避難所にしていた。部に依然として、友達がかなりいたし、みんなも彼女を護ろうともしていたからである。
 
 しかし、下着事件以来、由加里が置かれている状況は一変した。高田と金江が、部に積極的に参加するようになったのである。元々、1年生のころは、積極的に参加していたものの、二年になって脚が遠のくようになっていた。しかし、教室では小さくなっている由加里が、部活では笑っているのを見て気に入らなくなったのである。
  
 二人、ことに金江は、人を操るのがうまい。彼女の手腕で、由加里はやがて部内でさえ孤立していった。そして、あの下着事件。金江たちの吹聴によって、完全に孤立してしまった。彼女をやさしい先輩として慕っていた後輩たちでさえ、態度を変えるようなってしまった。そのせいで、6月以来、部活に足が遠のくようになった。それは、それで、高田たちにはおもしろくなかったのである。

 6月も半ばをすぎた放課後のことである。由加里は、ひとり下校しようとしていた。いつものように照美たちが主導する“裁判”が長引いたせいで、6時を超えていた。朝、登校して以来、えんえんといじめが続く。それから、ようやく解放された・・・・・・と思った。   

 しかし、校門の前に立ち尽くす高田と金江の姿は、彼女に、それが甘い考えであることを自覚させた。
 「最近、西宮は部活に出てないじゃん」
「だから、あたしたちで、やってやろうってことになったのよ、特別にね」
金江が続く。二人とも、ジャージ姿だ。
「後輩たちも、待っていてくれているんだよ」
「・・・・・・・・・」
由加里は、ただ、立ち尽くしていた。
「で、でも、もう、6時だから・・・・」
「だから?みんな待っていてくれてるのよ!?あんたのためにね」

 高田は有無を言わさない口調ですごむ。それを見たとたん、涙ぐんで震えだした。
「ぉ、お願いですから・・・・・」
「わかっているわよね」
金江が念を押す。
「はい・・・・」
消え入りそうな声が、二人に恭順の意を示した。

「あ、先輩、来た」
「待ってたんですよ、西宮先輩」
ここは女子テニス部部室。女の子特有の臭いと汗のそれが混じり合って、異様な空気を醸し出している。それに、テニス用具の石油臭が加わると、たぶん男子の面々は、もはや、まともな呼吸ができないだろう。室内はすでに薄暗い。コンクリート剥き出しの室内は、刑務所を思わせる閉塞を感じさせる。

 待ち受けていたのは、2年だけじゃなかった。1年や、一部3年生までいる。
「高田が呼んだんだけど、どういうことなのかしら?」
3年の佐藤文恵が言った。彼女は、テニス部のキャプテンである。テニスの腕なら並ぶ者はいないが、容姿は10人並であるが、自分では結構美人だと思っている。そして、恋人がいないのは、この学校には趣味の悪い男しかいないせいだと思っている。

 「先輩、最近西宮さんが部活をさぼっているんですよ」
「そんなことで、私たちを呼んだの?最後の大会を控えているんだけど」
「そのために、西宮さんがご協力したいとのことです」
高田が言っていることは、由加里には理解できない。何をさせようと言うのだろう。
「どういうこと?」
伊藤にとって、西宮由加里は、それほど印象的な子ではなかった。ただ、まじめなおとなしい子がいるという程度のことだ。テニスの技量が、特別うまいというわけではない。
「何を協力してくれるの?早くしてくれない?用があるんだけど」
「先輩の命令なら、何でも聞くっていうんですよ、ストレスの解消にどうです」
「で、何をしてくれるの」

 普段の佐藤なら、そんなくだらない提案など無視したことだろう。しかし、今の彼女は、部活や進学に関連する成績の問題で、かなり悩んでいた。だからストレスが溜まっているだろうという高田の洞察は正しい。
 「ほら」
 金江が促す。きっと、教室でやっていることを、ここで再現しろと言うのだろう。まさか、部活でまでいじめをやろうと言うのか。そう思うと情けなくなって、涙が止まらないのだった。
 「先輩ったら、泣くほど嬉しいんですね、キャプテンの役に立てることが」
1年生たちまでがはやし立てる。
 その時、高田が一枚の紙を見せた。それを見たとたん顔色が変わる。ただで、さえ白い顔がさらに色が抜けていった。
 「・・・・そんな」
高田の顔を思わず見る由加里。
 「西宮さん、私、忙しいんだけど」
「・・・・・・・・せ、先輩」
どうやら、観念したようである。こわばった口を動かしはじめた。

 「わ、わたし、に、西、西宮、ゆ、由加里は・・・・・・せ、せ、佐藤先輩のことが・・・・・・す、好きです・・・・せ、先輩は・・・・・こ、こい、恋人が・・・・・・・こ、恋人がいませんから」
「何ですって?だから、代わりになってやろうっていうの!」
「ひ!?す、すいません・・・・・・うう・・・・!」
 
 佐藤はいきり立った。彼女のコンプレクスを刺激されたからだ。しかし、この時点で、彼女はすべてに気づいていた。由加里がいじめられていることは前から知っていた。それに加えて。彼女は渡された紙を読み上げただけということを、すべて理解していた。わかっていて、それにのったのだ。いわば、半分演技ということだ。しかし、それに気づかない由加里は、泣き崩れて謝った。しかし、このとき由加里はある熱っぽい視線に気づかなかった。
 
 似鳥かなんである。佐藤と同じ3年である彼女は、副キャプテンだった。

 「で、あんたはレズの変態なわけだ。でも、私はあんたと違って変態じゃないんだけど」
「あはははは!」
部室に集まったみんなが笑い転げた。
「先輩、西宮さんたら、こんな恰好をして待っていたですよ」
「いやあああ!!」

 高田と金江は、由加里の制服を脱がしはじめる。由加里はかすかに抵抗するが、他の部員にも協力されては、どうしようもない。
「何?アレ?」
「先輩、そんな下着で学校来てるんですか?」
「ピィー!!」
「いやああああ!見ないで。見ないで!」

 由加里は、激しく首を振るが、両腕を高田と金江にそれぞれ引っ張られては隠しようがない。
「ステキな、下着ですけど、よく見えないなあ」
「本当、透明な下着なんですね?あたらしい生地なのかなあ」
「本当、小学生みたいな乳首が、かわいいですよ!あははは!」
「ぃいやああああ・・ぁ」
下着は上下とも、教室でのいじめによって奪われてしまったのである。
「ほら、下も見せるのよ」
「ひ!そこはいや!お願い、おねがぃ!!」

 しかし、由加里のせめての願いは、完全に無視される。立ち上がらされると、スカートをむしり取られた。
「ぇ?先輩、まだ生えていないんですヵ?」
由加里の無毛の三角形を見ると、小学校低学年のようにはしゃぐ1年の面々。
「あーら?小学生みたい、胸も小学生だけど、ココもそうなんですか?これで先輩面してたんですヵ」

 由加里を嘲る同級生に後輩たち。佐藤たち3年はニコりともせずに事態を見守っている。
 「佐藤、せっかく西宮が告白してくれたんだから、答えてやんなよ」
「つっても、私はこの子みたいな変態じゃないし・・・・・」
「じゃあ、はっきりと答えてあげなよ、今度、いつこんな機会があるかわからないよ」
「おい、入会!それはいいすぎだろ?」
3年だけの間に、笑いが起こる。

 「まあ、仕方ないか、ねえ、西宮さん、ごめんね。おつきあいできないの。今度は、ちゃんと調べて同じ趣味の女の子探してね」
「あはははははは!!」
周囲に嘲りの笑いが起こる。
「ううぅう!!」
 両腕は、高田と金江に両腕を取られているために、俯くことでしか、自分の体を隠すことはできない。その姿は古代の罪人の姿を思い起こさせた。涙が何粒も落ちるのが、佐藤の目にも見えた。

 実は佐藤は言ってから、かなり後悔していた。しかし、動こうとはしなかった。高田たちの想像以上に、大会と受験の問題で悩んでいるのだ。
 そもそも、キャプテンである彼女が何か言えば、事態はあそこまで悪くなることはなかったかもしれない。

 しかし、それはあくまで可能性の問題であろう。

 「西宮先輩たら、お可哀相に、失恋しちゃった!」
「みんなで、失恋パーティ開いてあげません?金江先輩」
「ステキなテニスウェアをプレゼントして差し上げるんです」
「それって、この可愛らしい下着と同じ生地じゃない?」
「さっすが!金江先輩」
「そ、そんな!?」

 察しの良い由加里は、みんなが何を言っているのか、即座に理解したようだ。
「それで、西宮先輩の練習を、手伝って差し上げるんです」
「そうね、さいきん、誰も西宮の相手してくれないもんね」
高田は、嫌みたっぷりに言った。部活中の無視は、1年に到るまで徹底している。3年生はもはや相手にしていない。部員が口を聞くのは、部活が終わるときだけである。

 「西宮、後はお願いね」
その後、由加里は泣きながらコートと部室の掃除を行う。自分では使わなかった道具たち。ラケットにボール。みんな小学生のころから大好きだった道具である。その時は、後かたづけも、つるつるになるまで磨き立てるのも楽しかった。今は、たったひとりで、自分が使わなかった。道具を磨き、片づける。それは屈辱の日々だった。自然と、部活から足が遠のくのは当然のことだった。これ以上、部活にいても惨めだけだたから。
 
 今、彼女たちは、全裸で練習をさせようというのだ。その手の練習は経験があった。
気まぐれで、高田が言う。
「今日は、西宮と練習してあげようか」

 その一言で、地獄の練習がはじまる。一方のコートに由加里、もう一方に3年の一部、そして、2年と1年のすべての部員。そういう体勢でテニスが始まるわけだ。高田の一言で一斉に、ボールが由加里目掛けて打ち込まれる。まるで蜂の巣だ。銃で行われるそれならば、死ぬことができて、すべて終わりだが、いじめは違う。倒れては、立ち上がり、倒れては立ち上がりを、ボールが無くなるまで続けられる。その日、風呂の入ると全身が痣だらけで湯に沁みた。涙ぐみながら入ったものである。
 
 最近では、帰宅部や他の部の生徒たちが、由加里いじめを見たいがためにコートに群がることもあった。そんな大勢の前で、辱めを受けるのである。これはもう、一種の見せ物と言うしかない。
それも、彼女たちの言い方では全裸でさせられようとしている。生きた心地がしない。

 「そ、そんな・・・・ゆ、許してください・・・・」
泣きながら懇願する由加里。その姿はさながら幽霊だった。
「あなた、テニス大好きなんでしょう?小学生のころから言ってたじゃない?何を血迷ったのか、西崎あゆみになりたいだなんて」
「あはははっ!こいつが?」
西崎あゆみは、日本で唯一の世界的なテニスプレイヤーである。世界ランクは3位だ。
「・・・・・・」
――――かつての友人との楽しかった会話が、こんなところで、嘲りともに回想されるなんて。その時から、私のこと嫌いだったの?
由加里は、涙を止めることができない。
 
 その時、チャイムが鳴った。6時30分。、6月とはいえ、もう夜のとばりは降りようとしてしている。
「仕方ないな、今日はこの程度で我慢してあげる。これ」
由加里が渡されたのは一枚の紙である。

 「・・・・・・さ、佐藤、せ、せんぱい・・・・、せ、せんぱいを・・・・・、わ、わたし、に、西宮、ゆ、ゆか、由加里のような・・・・変態・れ・れレズのように言って、ご、ごめんなさい!」
「もういいよ、みんなもはやく帰りな」
うわずった声で佐藤は、部室を後にした。
「私たちは最後に決めることがあるよね」
「なんです?高田先輩」
「こいつの飼育係さ、私は1年生の中から決めようと思う」
「わたしが!」
「先輩!」
「それ、私がいいな」
今、入ってきた高島ミチルである。彼女は、いときわ由加里と仲が良かった1年生である。

 「後から入ってきて、何よ」
「じゃ、ミチルと貴子にするか」
「え・私がですか?」
小池貴子は意外だったようだ・
「ミチルちゃん・・・・・ウウ・・・」
嗚咽を上げて涙を流す由加里。やっと両腕を解放された彼女は、床を剥ぎ取る勢いで、号泣を続ける。
 部員たちは、貴子とミチルを残して帰宅した。しかし、由加里の耳には、高田の最後の言葉が耳に残っていた。
「楽しみにしておきな、大好きなテニスを。これまた大好きな露出でプレイできるじゃない?きっとお客さんもたくさん来るよ!あははははは!」
 同時に、高田が言う飼育係の心得も残した。
「貴子、ミチル、あんたがショーを考えて、こいつにやらせるんだからね。おもしろくなかったら他の子に変えちゃうよ」
 高笑いを残して、部員はみんないなくなった。残されたのは、由加里と、そしてミチルと貴子である。

 「ねえ、ミチルどうする?」
「何をどうするのさ、こうまでなったのは先輩が悪いんだからさ」
ミチルは由加里を見下ろして言った。
「わ、私が何を・・・・・・」

 こんなにぼろぼろになっても、由加里は奇麗だった。同じ女ながら、ミチルはぐっときた。そして、可哀相になって抱きしめたくなった。しかし、ここは感情をぐっと押し殺す。
「先輩がプライドないからですよ」
「そ、そんなことない!!」
食ってかかる由加里。
「よかったやっぱり私の知ってる先輩だ。それを忘れないでださいよ。もっとも、ここまでひどくなったら一筋縄でいかないと思いますけど」
「ミチル」
貴子が友人を心配そうな目つきで、見つめる。
「ミチルちゃん、あなた、まさか・・・・・・・・・・」
「そのまさかですよ」
「待って、それはいいの・・・・・ミチルちゃんまでがひどいことになっちゃう・・・私はいいの!私は変態じゃない!そう思ってくれる人が一人でもいれば」
「バカ言わないでください!じゃあ、さっきの嘘だったんですか?そうなんだ。西宮由加里って人はやっぱり淫乱の変態で、プライドのない売春婦だったんだ」
「ひどい!ウウ・・・・・」
「ごめんなさい、でも、私は先輩を助けてたくてたまらないんです」
「・・・・嬉しい・・・・でも貴子ちゃんはそれでいいの?巻き込んじゃって」
「・・・はい」
今にも死にそうな顔の由加里を見て、貴子は首を縦に振らざるを得なかった。
 
――――しかし、これから始まるのである、ふつうの女子中学生、西宮由加里が味わう本当の、受難は・・・・・・・。

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『由加里 9』
「なんて、破廉恥な下着かしら」
「ぃいやああああああ!!見ないで!見ないで!!」
クラス全体がどよめいた。しかし、照美は冷静なまま話しを続ける。あたかも、予め、由加里の下着のことを知っているかのように、話し出す。
 
 由加里は、不自由な体で下着を隠そうとするが、当然のようにうまくいかない。縛られている上に、照美が脚で押さえつけているのだ。しかも、他の女子たちも協力をはじめた。由加里は、もはや身動きもままならず、されるがままになっている。そうなっては、単なる人形でしかない。声は出すので、さしずめ話す人形と言うことか。
 
 「いやらしい!これってボンデージっていうんだよな、変態さんが着ているやつ」
「エロ本で見たことがある」
「いやだ、塚本ったら、そんなの読んでるんだ」
「ふつうだろ?中2だぜ」

「いやあ!いやあ!」
「やっぱ、こいつ何処か、おかしいと思ってたんだよ、やっぱ変態だったんだよ!」
少女は抗議する機会さえ与えられずに、変態であることを決めつけられる。

「かわいい顔して、なんだい!?単なる変態じゃない!!」
 「珠希ちゃん、うぎ・・・!ぃいやあ!許して!」
その太った少女は、由加里を怒鳴りつけるなり踏みつけた。彼女は、体型に相当のコンプレクスを持っている。いま、このときこそ、それを吐き出す恰好の時だと思った。ちなみに、由加里とは小学校が同じで、何度も同じクラスになっている。由加里には、容姿の上でも成績の上でも、まったく叶わなかった。そのことの腹いせを、いまここでやろうとしているのだ。

 「ねえ、ねえ、上も脱がしてみない?」
ある少女が発した提案。クラスの女子たちは、またたくまにそれに飛びつく。
「いやあああ!!やめて、やめて!」
由加里の懇願なぞ、完璧に無視されて、制服が剥ぎ取られていく。この数週間、彼女たちはあきらかなストレス状態に置かれていた。おそらく、無視だけでは、満足できなくなっていたのだろう。
 この時点で高田は、由加里いじめのイニシアティヴを取っていたが、教室内の空気は、すでに彼女の指導力の限界を超えていた。

  そもそも、ここまで発展させるつもりはなかったのかもしれない。ただ、ひたすらに戸惑うばかりである。

「・・・・ぅう!いやああ・・・」
結果、由加里は下着姿にされてしまった。制服を脱がすために、手首の戒めは解かれたが、まだ縛り付けられてしまう。
「西宮ってこういう女だったんだ」
 男子の一人が言う。当初から、彼女に抱いていた印象が崩れていく。美人で知的だが、おとなしい子というイメージである。

「これって、SMってやつかな」
ふつうの男子中学生の知識は、この程度にすぎない。
「それにしてもすごいやらしい」
「下着もやらしれば、中身もやらしい!」
 「もう経験しているのかな」
「たぶんな、援交とかやってんじゃないのか」
「こういうハレンチな下着を着てくるやつが、まともなわけはない」

「同じ中学生だと思われたくないよね、こんなのと」
「・・・・・!」
 男子にまで、こういうことを言われるのは、由加里にとって耐え難い恥辱だった。

 一方、この裁判を取り仕切っているはずの香奈見は、どうしていいのかわからずに戸惑うばかりだ。
「裁判長、審理を続けてください」
金江が言った。彼女は、由加里の腕と胴に結びつけてある紐を最大限に引っ張って、彼女に胸を隠せないようにしている。男子は、由加里の胸に触らんばかりの勢いで、視線を送ってくる。それを女子たちは、にやにや笑いながら愉しんでいる。

「触りたいの?、こんな小さな胸」
「触ればいいじゃん。減るもんじゃないし」
「・・・・」
嘲るような女子の言葉に思わず、唾を飲む男子。もしかしたら、はじめて女の子に触れられる・・・・・・・と思ったかもしれない。

「ぃいやああ!いやあ!」
顔を振って嫌がる由加里。そんな少女に、容赦ない言葉が浴びせられる。
「ねえ、こいつ、触って、触ってって言ってるんじゃないの」
「オトコが欲しいのよ、この変態」
「いつも、何やってるんだか!」
「あたしなんて、こいつの近所だけど、この前見たもん、30歳くらいのおじさん引き入れるの」
「えー!本当?いやらしい」
 
 幼なじみの女の子である。クラスメートはみんな、その子の発言を疑いもしない。いや、真実だと決めつけているのだろう。実際はどうなのか?それは、ここではどうでもいいことだった。多数決がすべてなのである。

「裁判長、どうにかしてもらえますか?よろしければ、私が弁護をしたいのですが」
照美である。何を弁護しようというのだろうか?由加里は、もはや彼女の顔を見上げようともしない。

「問題は、これに罪があるか否かじゃないと思います。これをどう管理するかだと思います」
人間を“これ”扱いする所なぞ、由加里を罵っている女の子たちでさえ、唖然とさせられる。
 照美の由加里に対する憎しみは、太陽と水を得た植物のように繁茂していく。鋳崎はるかは、側で見ていて気が気でなかった。彼女は、その怒りの理由を知っているだけに、制御できないことを知っていたのである。見て見ぬフリというよりは、あえて見護ることにした。
 
 もっとも、由加里にしてみれば、照美の側にいつもいる大きな存在である、彼女がいるだけで、全身のふるえが止まらなくなる。

「管理とはどういうことです?」
香奈見は、好奇心を隠さずに聞いた。
「みんなで、この動物を教育して、人間にします。それか、檻でも作って閉じこめておきます」
「っっぅ・・・・」
一体、自分の上で何が行われているのだろう。クラスメートたちのやり取りを聞いていて、理解が進むどころか、頭の中が混乱していくのだった。
 
――――一 一体、この人はたちは何を話し合っているのだろう。よもや、自分のことじゃないよね。じゃあ、誰のことを言っているのかなあ、きっと、何処か違う世界にいる誰かのことだよね。
 
 それにしても、裁判の本筋はどうなったのだろう。
元々、彼女がクラスを裏切って、ボイコットしなかったことを責めていたはずだ。それが、彼女をどう管理するかに話しが進んでいる。金江と照美のどちらが検察官で弁護士なのか、わからなくなっていた。実際、裁判長である香奈見は、自分が何をやっているのかわからなくなっている。
 
 一方、高田は由加里いじめのイニシアティブを執りたがっているが、照美に良いところを取られっぱなしだ。クラスの大部分も照美を指示している。
「みなさん、どうして、これがこんなハレンチな下着をつけているの、聞いてみましょうよ」
香奈見がおもむろに切り出す。彼女までが“これ”扱いしている。
 「それは、賛成です。裁判長」
金江が最初に賛成した。
「そうですね、それがまず先でしょうね」
照美も続く

 やっと、釈明する機会が与えられたと、由加里は思ったが、クラスの空気は彼女を安易に受け入れるような状態ではない。
「お、お願いです、その前に、紐を、ゆ、ゆるめてください、痛いんです、喰いこんで」
由加里は懇願した。
「食い込んで、気もちいいですって?西宮、それは本当?」
「ち、違う!痛い、痛い!!お願い!ほどいて!」
泣きながら喚く由加里。ついに、堪忍袋の緒がキレたのだ。おっとしたお嬢さん性格の彼女だが、もはや精神の限界を超えてしまったのか。中2になって以来、二ヶ月なるが、その間、陰湿ないじめを受け続けた挙げ句に、この裁判である。こうならないほうがおかしい。

 しかし・・・。
「ねえ、こいつ、こんな目にあって、気持ちいいだって、変態じゃない」
「異常?Mってやつ?いやだ!きもい!!」
「西宮って、本当に人間じゃないよね」

 みんな、口々に由加里を罵る言葉を繰り出してくる。その一つ一つに、修復可能な傷を負っていく。しかし、その傷が心ですまない時代は、すぐ目の前に迫っていた。

 裁判が再開される。

 「みんな静かにしてください、じゃあ、被告に弁解の機会を与えたいと思います」
香奈見が、いい加減、疲れた顔で言う。
「弁護人は、それに反対します。すでに、これには、そんな能力はありません」
照美が、残酷に言い放つ。

 「お、お願いですから、言わせて・・・うう・・・ううぅ・・言わせてください・うう・・・うぅう」
あふれる涙のために、嗚咽を止めることができず、由加里の言葉は曖昧だ。
「こんな状態の被告が、まんぞくに自分のことを説明できるでしょうか?弁護人はそれを怖れます」

 そのとき、招かれざる客が来た。

「ちょっと、先生来たよ」
ドアの隙間から外を見ていた少女だ。
「早く、ほどかないと」
「ひ!痛い!」

 有無を言わせずに、無理矢理にほどこうとする。しかし、相当強く食い込んでいるためになかなか、うまくいかない。
「そうだ!ゴミ箱に捨てようコレ、どうせ、ゴミだし」
それは珠美だった。
「じゃ、はやく!」
 高田と珠美、それに数人の女の子たちが由加里を持ち上げると、縛ったままゴミ箱に放り込んだ。
「騒いだら、ただじゃおかないから」
高田は、ゴミを由加里の口に押し込めると、一言脅迫することを忘れなかった。
「はやく。ここに!」
ゴミ箱が、あるべきところに運ばれる。
その時、ドアが開いた。

 「こら、お前ら何してる?!こんな時間に、6時過ぎてんだぞ!」
下品な物言いは、多賀だった。ほぼ正方形のその体は、ブザマとしかいいようがない。ぶよぶよと、外部からでもわかるほど脂肪が浮いている。まさに最近流行のメタボというやつだろう。
「はい、これから帰ろうとしているところです」
高田は震えながら言う。
「高田か、オマエ、今度忘れたら、ただじゃすまないからな、そうだ、たしか西宮の隣だったよな」
「はい・・・」
「あいつを手本にしろ、そうすれば、少なくとも問題児にはならないだろう、じゃ、早く帰れよ!」
 
 激しく怒鳴りつけると、頭から湯気を立てながら去っていった。

 「・・・・・・・!!」
高田は、両手を握って震えだした。クラス全体を、ささくれ立った沈黙が支配する。ただならぬ高田のようすに、みんな心配そうに見守っている。
 しばらく震えていたが、カッと目を見ひらくと驚くべき行動に出た。
「ふざけるなよ!」
高田は、由加里が捨てられているゴミ箱を激しくけり出したのだ。
「ひぎ!!」
ゴミ箱から、蛙がつぶされるような音が響く。
「あんたなんか、はやく死んじゃえばいいんだよ!!どうして生きているのよォ!」
バコバコ!

 プラスティック製のゴミ箱は、高田の蹴りによって何回も撓む。その音は乾いた音で、教室中に響く。
「もう、良いって、こいつには、これからたっぷりわからせてやればいいんだよ!、ね、あみる?」
 金江は、由加里を背後から抱き上げると、さきほどとは、打って変わってやさしい声で語りかけた。
――――この人から、こんな優しい声が聞けるなんて・・・・。由加里は、何処かの世界でそう思っていた。

 「うん・・・・・ぅううう!!」
金江に抱きついて、泣きじゃくる高田あみる。みんなの同情が彼女に集まる。その時、由加里が、ゴミ箱から這い出てきた。ゴミまみれのブザマな姿。
「うう・・・うう・・うぅう!!」
同じように泣いていても、由加里に対するクラスメートの態度は、天と地ほども違う。
ゴキブリを見るような視線。
―――――――どうして、そんな目で私を見るの?!
由加里は、反論したくてしょうがなかった。一体、彼女が何をしたというのだろう。
―――――――私のやること、なんでも気にいらないんだよね。
 由加里は、縄を解かれるとブザマに転がった。もはや生きる気力はすべて失われてしまったかのようだ。

 そんな由加里に追い打ちをかけるように、少女たちは、唾を吐いて、帰っていった。
スイッチが消される音。それは、教室の一日が終わることを告げるひとつの行事だが、あたかも由加里自身の人生の終わりを告げているかのように思えた。



テーマ:萌え - ジャンル:アダルト

『由加里 8』

 「ねえ、ねえ、手錠どうするの?被告って、手錠と腰ひもで引かれてくるんだよ、犬みたいにね」
「それは、縄跳びの紐で代用しよう」

 「・・・・!?」
由加里は、ぎょっとなって、教卓の方を見た。そこには香奈見が座っている。彼女は、裁判長の役を買って出たのである。しかし、由加里は、すぐに目を背けた。とても、かつての親友を見てられなかったのである。

「これでいいよね」
「ぃ。いやあ!!」
「暴れるなよ!」高田は平手打ちを由加里に浴びせた。そして、無抵抗になった由加里の手首を縄跳びで縛ると、そのまま胴体ごと縛り上げた。

「これでいいね、罪人らしくなったよ、西宮らしく」
「お、お願い、もっとゆるめて下さい・・・・」
「ダメ、逃亡の怖れがあるわね、もっときつくてもいいぐらい」
香奈見は残酷に言い渡す。
「どうせなら、リアルに裁判やろうよ、罪人って犬みたいに引かれてくるんでしょう」
「そうね」
「ほら、はやくしな!立て!」
「ひ、痛い!」

 由加里は、まるで犬みたいに引かれた。高田の扱いは残酷だった。乱暴に引かれると廊下まで引き出された。そして、再び元に戻される。それだけのことだったが、由加里にとってみれば恥辱でしかなかった。もともと、おっとりとした性格だが、これはプライドの根源に係わる問題だった。どんなに優しい人でも唾を吐かれたら怒るに違いない。もっとも、いまの、由加里には怒るような余裕はないが。
 
「さ、裁判をはじめよう」
香奈見は、由加里を見下ろした。由加里は教室の真ん中に正座させられている。
「お、お願いですから、縄を解いてください。痛いんです」
「逃亡の怖れがあるわ、だめよね、みんな」
金江が言った。検察官を引き受けた子である。
「賛成!!」
「もっと、きつく縛っちゃえ!!」
クラス全体が、いじめに参加しているのである。由加里に有利なことを言うはずがない。結果、もっときつく縛られることになった。
 
その時、由加里は、かつての感情をむき出しにして懇願した。
「お、お願い!か、香奈見ちゃん!!助けて!!」
「ちょっと、裁判長に失礼じゃない!あんたの友達じゃないんだよ!」
「ひ!」
由加里は、背中を高田に蹴られた。紐はその手に握られているために、吹っ飛んでいくこともできない。
「ううう!」
余計な力は、すべてビニールの縄にかかってくる。彼女をより強く縛り付けられるだけだ。そして、それが高田に握られていることは、由加里のすべて、そう、生殺与奪すら握られているように思えた。あまりに惨めだった。
加えて、涙の理由は、高田の発言を否定しなかったことである。
「あんたの友達じゃないんだよ!」
大粒の涙が床に、何粒も零れる。

「さ、はじめましょう、それから、被告には失礼な言い方は許しませんから」
香奈見は嘲るように言い渡した。それは高田の発言を肯定したも、同じだった。

「被告は、返事をして下さい」
「・・・・・・はい」
由加里は消え入りそうな声でそう答えた。
香奈見は、金江を見ると言った。

「検察官は、被告の罪状を述べてください」
「この女は、みんなが決めたことを守らずに裏切りました。つまり、多賀の授業に出たのです」
金江が用意したような文章を読み上げる。こうして、清和第二中学、2年3組による裁判ごっこが始まったわけだ。

「みんなで決めたこととは、なんですか?」
「暴力教師、多賀の授業をボイコットすることです。それをみんなで決めました」
「それを破ったのですね」
「はい、この女はひとりだけ良い子になりたくってボイコットしなかったんです」
金江は、由加里を指さして言った。
クラス全体も、金江を指示している。

「被告はどうですか?」
「・・・・そんなことないです・・・」
由加里は、涙ぐみながら言った。しかし、彼女に向けられたのは、ブーイングの嵐、嵐だった。涙がかたちのいい頬を伝わる。
「はい、静粛にしてください」
「弁護人は言いたいことはないですか」
クラス全体が、この美少女に意識を集中させた。

「弁護人は、被告の責任能力を問題にしたいと思います」
「責任能力とは」
「この人間には、人間の基本的な部分が抜けていると思います。そんな人間のやったことは無罪だと思います」
 ある意味、照美の言ったことは、誰よりも辛辣だった。由加里そのものの、人間性を否定したのである。
「それじゃ、傷ついた高田さんの気持ちはどうなるのよ」
金江は言った。
「それは、みんなで何とかしないといけない。しかし、今問題なのは、この人間の責任能力の問題だ」
「・・・・・?」

 ふつうの中学生にすぎない金江やその他には、照美の言っていることが理解できなかった。
「この人間には、豚程度の人間性もない、金江さんは豚に、方程式を解けると思うか」
「納得だね」「この人は単なる豚なのね」
「でも、こいつをどうにかしなくていいのかな」
この発言は理解できたようだ。みんな照美に同意する。

しかし、すまないのは由加里だった。例え、いじめられて、萎縮しているとはいえ、もともとおっとりした性格だと言っても、照美の言い方には耐えられなかった。
「ひ、ひどい!」
由加里は、嗚咽をだして号泣をはじめた。
そのために審理が10分ほど停止してしまった。しかし、いくら泣けども、クラスメートは由加里を許さなかった。泣きやむと、審理は再開された。

「ここに、証人である高田さんがいます」
「では、高田さん、質問をします」
彼女は、わざとらしく腰をひねらして、悲しみを表現している。それはあまりにもわざとらしかったが、クラスメートはそれに、最大限の同情を示した。もう、すでに、由加里を責め立てるための舞台はできあがっているのだ。

「では質問をいたします。高田さん、あなたは多賀にぶたれましたね」
「はい」
まるで、そのことが由加里の責任であるかのような言い方だ。そして、それをクラス全体が認めている。
「では、そのとき、被告はどんな表情をしていましたか?」
「笑っていました」
「ここで、もうひとりの証人を申請します」
「田中さん、あなたは授業の後、被告と話しをしたそうですね」
「はい」
嘘!由加里は思った。みんなから無視さえて、つまはじきになっている彼女と誰が会話をするというのだろう。
「ざまあみろ!と言っていました。自分は優等生だから怒られることはないとも」
「ひどい!」
「オマエ、いい気になるなよ!!」
誰かが投げつけた黒板が、由加里の頭にぶつかった。

「裁判長、これには、人間として本質的な何かが、欠けています」
やはり、照美の声はひときわつよく響く。そして、鶴の一声のように、みんなを黙らせる力がある。
「・・・・・・・」
由加里は、何も言えずに照美の美しい顔を仰ぎ見る。なんて、冷たい顔だろう。これは、自分にたけする表情だろうか。それなら、自分は一体、どんなひどいことを彼女にしたのだろう。
 どうして、そんな美しい声で、ひどいことを言うのだろう。“これ”よばわりされた由加里は、もう何も言えなくなっていた。ただ、泣きつづけるだけである。

「・・・?!」
「立たないで!早く座りなさい」
その時、急に立ち上がった由加里。実は、股間に熱を感じたのである。同時に、恥ずかしい下着を着けていることを思い出した。
――――――――ここにいちゃいけない。みんなにバレちゃう!
 犬のように、金江に紐を握られていることを忘れて、縛られたまま逃げようとした。
「あ、こいつ!」
「ひ!!」
当然のように、由加里は転倒した。スカートがふわっと浮いた。当然、中身は見えてしまう、
「あ!すげえ!下着!」
「いやああああ!!み、見ないで!!」
思わず、スカートで下着を隠そうとするが、縛られているためにうまくいかない。結果、恥ずかしい下着をつけていることをみんなにバレてしまった。背筋が凍っていくのを感じた。それは実際に、音を立てて、感じた。
―――――――もう、終わりた。
「痛い!!」
由加里は縛られている腕に痛みを感じた。彼女を弁護するはずの照美が踏みつけているのだ。そして、スカートを無理矢理剥ぎ取った。
「や、やめて!!!やめてぇっぇ!!え!!」
泣き叫ぶ由加里。そんな少女に一片の哀れみも見せずに、みんなに向かって、何か言おうとした。
「見て下さい、これは――――――――――――――」
『由加里7』
               『由加里7』

  安閑とした教室で、由加里がたったひとりで、英語の授業を受けている。
多賀の発音は、留学経験を自慢するなりに、それなりにマトモだった。しかし、それは、彼の人格や、教師としての資質にまったく関連しない。こんな状況で、平然とした顔で、授業ができるのだ。どう考えても、まともな教師ではない。

 「・・・・・」
しかし、由加里はそんなことにかまっていられなかった。彼女が案じていたのは、これから、自分はどのような仕打ちを受けるのだろう、ということである。
 
―――――どうして、こんなことになってしまったんだろう?
いくら考えても答えは出なかった。中2になるまで、いじめられるなどということはおろか、嫌われることすらなかった。仲間はずれになるなんてことは、全くなかったのである。
 むしろ、クラスメートたちは、彼女と友達になりたがった。班分けのときなぞ、こぞって由加里と同じになろうと喧嘩になったものだ。
 それが、いまや、クラスのつまはじきにされ、あげくそれ以上のいじめを受けようとしている。

 いま、どういうことなのか、ひとりぼっちで授業を受けさせられている。お尻が冷たい。薄すぎる下着の生地のせいだ。姉である冴子の下着だ。とても恥ずかしい。少女の語彙では、そのようにしか表現できなかった。ただし、それは少女が低脳なわけではなくて、性的な分野に対して、年齢のわりに、奥手なだけである。
 その下着が、彼女をさらなる窮地に陥れる材料になること。そのことに、少女は気づいていなかったのか?いや、それについて考えたくなかっただけなのかもしれない。

 由加里にとって、それほどマイナスな条件がそろってしまったのは何故だろう。まったく運命のいたずらとしか思えなかった。

 この日のことは、後で相当の問題として扱われた。親たちは呼びだされ、厳粛な空気のなかで、校長を含めたメンバーによる話し合いが為された。クラスごと、扱われる問題とされたのである。一方、授業をボイコットしなかった由加里は、褒め称えられた。それは、彼女にとって、何の意味もないこと。いや、かえって迷惑なだけだった。陰湿ないじめをエスカレートさせるだけだったからだ。

 しかし、それよりも由加里には深刻な問題が起きていた。
 
 授業をボイコットした日の放課後のことである。クラス全員による由加里裁判が行われた。由加里は中心に正座させられ、みんなの審判を受けた。
 「おい、あんたどういうつもりよ、高田さんがドンナ目にあった知って居るんでしょう?」
ある生徒が指摘した。高田は、多賀の授業において、暴力を振るわれた少女である。そのことが原因で、クラスが団結した結果、ボイコットが成立したわけだ。
 「ひどいわよ、西宮さん、私のこと友達じゃなかったの!?」
 高田は、わざとらしく泣き真似をしていた。陰湿ないじめの先頭に、立っていながら、この態度である。
「どうなのよ、高田さんに言うことないの」
「・・・・・」
由加里は、何を言っていいのかわからずに、戸惑うばかりだ。その時、背後からひときわ響く声がした。あの海崎照美である。
「これって、裁判なんでしょう?裁判には、弁護士が必要よね、高田さん」
「え?」
 照美の発言に、疑問を持ったのは、高田だけではなかった。全クラスメートがどよめいた。みんなで、これから由加里いじめを愉しもうと思っていたところだ。それを邪魔しようとしているのである。しかし、クラスメートたちは、表だって誰も異論をはさまなかった。
 いや、はさめなかった。この美少女の存在感は、みんな無視できなかったのである。しかしながら、いままでクラスのリーダーシップを取ろうと動いたことはない。むしろ、控えめにしていたくらいだ。由加里いじめにも、表だって参加はしていなかった。

 中学生離れした美貌とただずまいは、無言で、クラスに存在感を主張していた。
 「・・・・・?仕方ないわよねえ、でもこいつの罪状はたしかじゃない?!」
高田の友人は主張した。
 「そうかしら?別に弁護士は、別に裁判で無罪を主張するだけじゃないのよ」
「・・・?!」
その言葉は、由加里の希望を完全に打ち砕いた。
-――――――――もしかしたら、私の味方をしてくれるかもしれない。
それは淡い、しかし、切実な希望だった。

 「弁護士は、真実を明らかにするためにも存在しているの。被告の味方をするだけじゃなくてね。私はこの人間の本質をあきらかにしたいの」
その言葉の何処にも好意らしきものはなかった。いや、完全なる悪意の表明だった。むしろ、高田よりも悪辣に由加里を痛めつけるもくろみが見て取れた。
 
 クラスメートたちは、知的にではなくて、本能的に、理解した。ごく2人を除いて、照美の意図を正確に理解できるものはいなかったのである。一人目、鋳崎(いんざき)はるかのことである。彼女はただ、黙って、あたかも弁慶のように照美のそばで立っている。
 そして、もうひとりは言うまでもなく、西宮由加里である。
 
 「ねえ、検察官はあたしがやるよ」
高田の友人が言った。最初に由加里を指弾した少女である。名前は金江という。
「じゃあ、裁判官は?」
「私がやる」
それは香奈見だった。
「ウソ!そんな香奈見ちゃん・・・!」
まだ彼女には、かすかな期待を持っていたのである。
「・・うう・・・ぅ」
悪意のクラスメートたちに囲まれ、泣きべそをかく美少女。すべての批判が少女に一点集中している。
 さて、こうしてクラスによる由加里裁判が始まった。それは、彼女に対するあからさまないじめの始まりを意味した。そして、出口の見えない地下トンネルが、由加里を待っていた。



 
『由加里6』
『由加里6』

「ひどい!何だろう、これは?!」
翌朝、由加里は鏡に映った自分の下着姿を見て、思った。黒いボンデージ風の下着は、あきらかに、13歳の少女には似合わない。少女は、身長は155センチで、平均からそれほど低いわけではないが、そのほっそりした肢体は、年齢よりも一つか二つほど下に見える。
「恥ずかしい!」
由加里は思わず目を覆った。その日は、彼女にとって大変な問題を抱えているのに、さらに困難を抱えるなどと・・。
 
 こんな姿で登校するなど、例え、いじめられてなくても、耐えられないことだろう。制服の下に、こんな恥ずかしい服を隠して、どうして、友人たちと笑っていられるだろう。そもそも、由加里はそのような身分ではないのだが、クラスメートから蔑まれているゆえに、こんな体を学校に持って行かねばならない恐怖は、常人の想像を絶するのである。

「由加里、遅れるわよ、はやく朝ご飯をたべなさい!」
「わかった、いまいく」
なんて、脳天気なんだろう、娘がこんな目にあっているのに、平気な顔で学校に送り出せる。親ならば、子が黙っていてもわかるはずでしょう?どれほど、子が苦しんでいるのか?どうして、わかってくれないのよ!
 由加里は密かに母親に抗議した
しかし、そんなことはオクビにも出さずに、家を出た。
「由加里、あさご飯たべないの?!」
母親は、脳天気にそう言うだけだ。

 由加里は、絶望的な心持ちで、登校した。気のせいか、通りすがる知らない子まで彼女を嘲っているように思えた。

--―――こんなこと思ったらだめ。きっと、三年生になってクラスが変わったら友達になれるかもしれないもん。

 根拠のない楽天的な未来。しかし、それはむなしいだけだった。もしかして、三年生になってもいじめられ、はては、高校に入ってからもいじめられるのではないか?もう、彼女には友達なんかできないのかもしれない。
 まさに絶望。絶望。どのように考えても、由加里に明るい未来など想像できなかった。
学校が近くなって、由加里のクラスの子たちとも出会うようになる。みんな、彼女を見ると一様に、見下した態度を取る。そして、クスクス笑って去っていく。
「・・・・・・・」
由加里は、それを意に介さないフリをして、教室を目指す。しかし、その実、同級生の冷たい態度の一つ一つに、傷ついているのだ。それは彼女自身にすら気づかれていない部分があるにちがいない。
 
そして、何よりも制服の下には、あの下着が隠されているのだ。それがバレたら・・。みんなの視線は、制服を透して見ているようにすら思えた。
「やらしい!何、あいつなんて恥ずかしい下着をしているのかしら」
「あいつ、変態だったんだ、もう処女じゃないんじゃない?」
クラスメートたちが、ヒソヒソとうわさ話をしている。由加里は、聞こえないぶん、その内容を勝手に想像してしまう。由加里は思わず耳を覆った。
 
 そうすると、ますまず、陰口はひどくなる。クラス全体が、絶えず、由加里の一挙一動を監視しているのだ。それは授業中も続く。一時間目は、国語である。担当教諭は、生徒に全く興味を示さない大久保である。彼は、一端黒板にチョークを走らせると、背後を見ようともしない。すなわち、それほど大きな声で騒いだりしなければ、好き放題というわけである。

 生徒たちは、勝手にそれぞれ漫画を読み、仮眠を取る。中には、弁当を広げる生徒もいる。だから、由加里への口撃もしほうだいという、わけだ。相変わらず、それを無視していると、後ろから蹴られたりもした。いじめは、あきらかにエスカレートしている。

どうにかしないと。由加里はパニックの中、考えた。そのせいで、まったく眠れなかった。思考が過熱すると、自慰にふけっていた。いじめのせいで、こんなことをするようになってしまったとおもうと、クラスが恨めしい。しかし、いまはそんなことを言っている場合じゃない。
 
すぐに体育の授業が始まってしまう。由加里が考える時間は、どんどん無くなっていく。
---------―――一体、どうしたらいいのだろう?完全なる孤立無援の中、ただ無駄に時間をすごすだけだった。
 
体育の授業がはじまると、考えるどころではなくなる。わざとボールをぶつけられたり、誰にも仲間に入れてくれなかったりする。ストレッチなどをするときは、数人のグループに分けられるわけだが、当然のごとく彼女は村八分にされる。
 
 この体育教師は、自分の思うとおりに授業が進まないことを何よりも嫌う。すると、その理由である由加里を激しく責めるというわけだ。実際、何が起こっているのか、知っているのか知らないのか、由加里をひどい言葉で罵る。
 ただ、彼の関心事は、生徒たちが自分の駒のように思う取りになること、だけなのだろう。
「す、すいません・・・」
ただ泣きべそをかく由加里を、クラスメートたちは悪意を込めて嘲笑う。今のところ、それを先導をしているのは高田だった。あの海崎照美は、ただ静観している。何かを計っているかのように見えた。鋳崎(いんざき)はるかは、ただ照美の側に侍っているだけである。
 
 その時、高田が投げたボールが由加里の頭を直撃した。バスケットボールである。相当の大きさがある。それがハイスピードでぶつかったのである。由加里は、嘲笑のなか、倒れ込んだ。
「何やってるんだ、オマエ、運動部だろう?さぼってるんじゃないのか?走ってこい!校庭10周だ」

 おそらく、この教師はすべて知っているのだろう。その上で見て見ぬフリをした。香奈見はそれを見て人生の生き方を真剣に考えていた。いわゆる、身の振り方、というやつである。惨めに体操服を汚して、クラスメートに罵られながら、走り出す由加里。
 
 そこに、学ぶべきことがあるとかってに確信していた。

 香奈見は、それを無感動に見つめていた。
さて、授業が終わると、由加里は教師に呼びされた。しかし、体育準備室にである。そのために、第一のもくろみは崩れてしまった。それは、みんなに付いていくというもくろみである。
高田は、別れ際、ぼろぼろになった由加里の耳に、小声で囁いた。
 「これが最後のチャンスだよ」
由加里は、体育準備室で、陰湿な叱責を浴びせられながらも、その言葉が頭の中を巡っていた。
「おい、聞いているのか?オマエは成績は優秀みたいだが、根本的なコトがなってないみたいだナ、わかるか?」
「・・いえ、わかりません」

 由加里の消え入りそうな声を聞くと、あからさまに軽蔑の目を向けた。その目はドンヨリと濁っていた。目は血走っている。目の淵の血管が気持ち悪い。
「だからだめなんだよ、おまえは、人間としての根本的な部分が抜けて居るんだよ、これは救いようがないナ、オマエみたいのを、カタワって言うんだよ。よく憶えておけ!!それにしても、おまえ、どうしてそんなに汚れてるんだ、ちゃんと洗っているのカ」
 
 とても教師とは思えない言葉の数々、由加里は無視しようとしたが、どうしても心の根本にまで突き刺さってくる。するとおかしなことに気づいた。精神が限界を超えようとすると、股間がポッと熱くなるのである。触れたくてたまらなくなる。
--――違う、私こんな変態じゃない!
許されて、廊下を歩いている最中、由加里はそんなことを考えていた。しかし、大変なことに気づいた。それは、自分の教室間近にさしかかったときのはなしだ。
 
 そうだ、遠目に体育館の裏を見てみればいいんだ。どうして、こんなことに気づかなかったんだろう。それで、いなければ、もどればいい。
しかし、その時、多賀に呼び止められたのだ。
「おい、西宮じゃないか」

由加里は、まだ体操着を着ていた。
「誰もいないんだが、どうしたんだ」
困惑した多賀が教室の前で、立ち尽くしていた。
----――終わった。と由加里は思った。教室にはもう、誰もいないのだ。体育館の裏で屯しているにちがいない。みんなを裏切ってしまった。そう思った。たしかに、暴力的な多賀には、由加里もいい印象を持っていなかった。しかし、ボイコットなどという手段が最良とはとても思えなかった。

「人間として、根本的なことが欠けているんだよ」

何故か、体育教師の言葉が頭に木霊する。それは徹底的に真実のように思えた。
「ううう・・・」
思わず、由加里は腰を曲げて泣き出してしまった。
「ど、どうしたんだ?西宮、まあ、入れ」
「・・・」
由加里は、絶望のなか、ひとりで授業を受けるしかなかった。
 その時、少女の股間はほんのりと熱くなって、いた。しかし、完全に追いつめられた少女は、そのことにすら気づいていなかった。
「オレは、教室から出ているから、はやく着替えろ」
表向きだけ優しい多賀の声など、由加里の耳には響かなかった。
ただ、惨めさだけが支配していた。
 教室にはだれもいないのに、恥ずかしい下着を見られまいと、ハイスピードで着替える。
そんな最中にも、大粒の涙が床に零れた。
 結果、由加里は、一対一で多賀とすごすという栄誉を担ったわけだ。
しかし、月桂冠の報いは、どれほどか。それは、これから、この美少女が身をもって知ることだった。

由加里とメル友とのやりとり

From: To: blue_girl@topmail.co.jp
To: peanuts@cakemail.co.jp
Subject: 聞いて!
Date: Fri, 03 APR 2008 00:25:38 +090

ピーナッツさん、聞いて、お願い!
これから書くことはみんな本当だよ。
私、今日ね、させられちゃったんだ、
わたし、もう終わり、生きていけない。
わたし、みんなの前で、全裸にさせられて・・
しちゃったの。これ以上、痛い目に遭わされるの
いやだったから・・・。変態なんて思わないでね・・ピーナッツさん

From: To:peanuts@cakemail.co.jp
To: blue_girl@topmail.co.jp
Subject: 聞いて!
Date: Fri, 03 APR 2008 00:25:38 +09

どうしたの!?ねえ、どうしたの?ブルーガールさん?


由加里とメル友のやりとり
From: peanuts@cakemail.co.jp
To: blue_girl@topmail.co.jp
Subject: RE:どんなこと言われたの?
Date: Apli, 29 Apr 2008 00:25:38 +0900

こんにちわ、ブルーガールさん!
!なんてつける気持じゃないだけど、仕方ないよ。せめて、ここだけでも、元気を出さないと。
じゃあ、これから書くのは、全部、学校で言われたことだよ。
A子「この世で、もっとも強いのは、何て言っても無神経ってことよね」
B子「そうそう、誰かじゃないけど、嫌われているってわからないヤツなんてとくにサ」
C子「そういうのさ、KYっていうの?それ以下だよ」
B子「そういうヤツ、どうしたらいいと思う?このクラスのみんなさ、同じこと思っているのにね」
A子「いるいる、それでも反応しないヤツ!ふつう、学校こないよね」
みんな「そうそう」

From: To: blue_girl@topmail.co.jp
To: peanuts@cakemail.co.jp
Subject: ひどい!
Date: Fri, 14 Nov 2008 00:25:38 +090
こんにちは、ピーナッツさん
メール読みました。ひどいね、わざと聞こえているように言うんだもんね。
私もそうだよ。でも小学校のころだから、いい加減なれたカナ。いや馴れないね。
やっぱり、きついよ。何百回言われても辛いことはツライ。もう限界カナ、ピーナッツさん。