下界と隔絶した空間。ここは、まさにそのような表現がふさわしい。学校に似つかわしくないこの一室は、いじめっ子たちに、絶大の権力を与えていた。
「パンの耳、美味しかった?」
「・・・・・・はい、お、美味しかったです・・・」
由加里はそう答えるしか・・・・ない。海崎照美は、さらに質問を重ねる。
「楽しかったね」
「・・・・・」
「どうしたの?」
由加里は、さすがにその質問に答えることに躊躇した。彼女自身、まだ、気づかない自尊心がガードしているのか?しかし・・・・・。喉元の筋肉がぴくぴく言っている。かすかに見える汗のテカリ、それを見ていると照美はイライラを押さえられなくなった。あるいは、イライラしているフリをした。
「私は、聞いているのよ!」
「はい!楽しかったです」
由加里は、涙を浮かべながら、そう言わざるを得ない。
ここは、放送室。教師と、放送委員その他、少数の人間しか入室できない。ちなみに施錠が可能だ。似鳥ぴあのが放送委員のために、特別に使うことができているわけだ。室内は、冷暖房完備であり、パソコンとネット、そしてDVD、その他音響装置が使いたい放題だ。
その上、防音加工までが為されている。教師たちから隠れて、何かをするためには、恰好の場所である。
由加里は、屈辱的なことに全裸の上、正座で質問を受けている。由加里をいじめているのは、照美に、鋳崎はるか、そして、似鳥ぴあのと原崎有紀の4人である。
ぴあのは、放送委員の仕事をしなければならないから、横目でいじめを鑑賞するしかない。それが口惜しかった。ちなみに、高田と金江は、健全な中学生よろしく、部活動に勤しんでいる。
「大丈夫よ、明日から、たくさん食べさせてもらえるから、よかったわね」
「・・・・・・はい・・・・」
さきほど、無理矢理に押し込まれたパンの耳が忘れられない。あの乾燥した、喉を切り刻むような感触は二度と味わいたくない味だ。
由加里は、流れる涙に口を押さえながら、肯いた。
「かわいいよ、由加里チャン。今日は、由加里チャンがもっと、楽しくなれるように呼んだんだよ。突然キクけど。由加里チャンはオナニーって知っているよね」
「・・・・・・」
一体、今度は何をされるかと思ったら・・・・。実は、由加里は、小学校5年のときからそれをやっていることを香奈見にだけは言ってある。もしも、彼女がそれをバラしていたら。親友の、いや、だった、彼女とは交換日記をやっていたのだ。その日記のアノことが!!
―――――香奈見ちゃん、嘘だよね。少しだけ、由加里を嫌いになっただけだよね、だったら、アレをばらしたりしないよね?!
「知りません・・・・・」
あくまで言い張ろうとする由加里。
「嘘だ?」
照美は、整いすぎた顔をステキな笑顔で包むと、鋳崎はるかを見た。目で合図する。
はるかは一呼吸すると、口を開いた。朗々とした声が、まぶしい陽光に反射して光を放つ。
「ねえ、香奈見ちゃん、今日もやっちゃった!・・・・・恥ずかしい。あれ!アソコを筆で、なでるの!とても気持いいんだよ!香奈見ちゃんだけには教えてあげる。あそこにね、お豆みたいのがあるの・・・・・・」
「いやあああ!!いやああ!!!あああ!!やめてっっ!!!!!」
由加里は両耳を押さえて、泣きわめく。
「あははははは!いやらしい」
向こうでは、原崎有紀と似鳥ぴあのが笑い転げている。
「これって、工藤さんとの交換日記でしょう?たしか5年生の9月だよね。こんなに早くからヤッてたんだ。西宮さんって、すごいイヤラシイ女の子ね。知らなかった」
はるかに罵られたのは、はじめてのことだ。
「違う!違うの!!」
「嘘!由加里チャンは、嘘を付けない人でしょう?あなた自身が知っているはずよね。だって、あなたが書いた日記だもん」
由加里は愕然となった。たしかに、これは香奈見とやっていた交換日記なのだ。
――――嘘!香奈見ちゃん、ひどい!どうして!
それは完全に裏切られたことの証拠だった。あんなに仲が良かったのに、ずっと大人になっても友達だって言い合ったのに!もう再び、笑い会うことがもはや、永遠に来ないことを意味している。
「でもはるかったら、あいかわらずすごい記憶力ね」
「これぐらい、当然」
はるかは、超然と笑っている。
「ねえ、コレさ、裁判に使おうカナ?当然、工藤さんのところは、アナタに無理矢理、書かされたってことで」
「そんな・・・・!!」
「バレちゃうよ!おとなしい由加里チャンはさ、10歳からオナニーしてたって!どうしようもない変態女じゃない!しかも、親友にそれを強要してたってことね、これっていじめじゃない!?どんな罰がアナタに必要かしら?」
「でも、それなら今になって、嫌われたわけもわかるよね」
原崎有紀が呼応するように、言い放つ。
「うう・・・ううう・・・う・うぅう!!そ、そんなのって!!ぅぅぅぅ・・・・う!!」
嗚咽を止めることができない、ひたすらに泣きじゃくる由加里。
―――――これほどの悪意と敵意がどうして生まれるのか?
その答えを知っていながら、なお、釈然としないはるかだった。この行為が正しくないとわかっていながら、協力せざるを得ない。それは中学生の限界だろう。たとえ、身長と同じで、知的に、そして、精神的に14歳という年齢を超越していながら、所詮は子供の領域に行動を限定せざるを得ないのだ。
身長を除けば、それは由加里や照美も同じだった。
しかし、両者はまさに渦中にいるのだ。いわば巨大嵐の中心にいるのである。一方、はるかはそれから多少はそれている。しかし、照美を親友と思う気持は、本質的に客観的思考とは根本的に性格を異にするものである。
「あれ?否定しないってことは、私の言っていることはたしかなのね」
「・・・・・うう、もういじめないで!いじめないで!」
「こんなことで泣いてどうするの」
「だって、だって・・・・」
「由加里チャン、あなたはこれから、もっと泣く目にあうのよ、その時までに涙を取っておきなさい」
「・・・・・・!?」
照美は、由加里の眼前で、激しく罵る。
「ぃいやああ!!」
由加里の顔を押さえている両手は、照美に握られ無惨に取り払われた。その女の子らしい柔らかい感触がしゃくに障った。
「ィ、痛い!!」
思わす強く握ってしまった。
ちなみに、照美は、母親の薫陶があって中学生にしては、ピアノに精通している。鍵盤楽器をまともに弾く人間の手は、外見は奇麗に見えて、その握力は常人の想像をはるかに超える。
「楽しい?とても楽しいよね、西宮さん、私があんたの気持を演奏してあげる」
何を思ったのか、はるかは部屋の隅にあったヴァイオリンを取り出した。そして、足が軽やかになるような曲を弾く。
「さすがに、はるかねえ、由加里チャン、これが、あなたの気持でしょう?」
そのヴァイオリンの音は、痛いほど由加里の精神に直撃した。チゴイネルワイゼンのような哀しい曲なら、そうはならなかったろう。かえって、明るい曲だけに、由加里の絶望に火を付けてしまったのだ。
気が付くと、はるかもいじめの魅力に取り憑かれていた。
「モールァルトか、まさに由加里チャンのいまの気持にふさわしいわね」
照美は決めつける。
「マゾの由加里チャンは、どんな風にステキないじめを受けるのか、もう、うっとりとなっているんでしょう?」
――――図星?
心のどこかで、由加里はどきっとなった。
なぜならば、いつものように股間が熱くなっているからだ。
しかし、今は局所を隠す布がない!!見られちゃう!
オネガイ!気づかないで!そうしたら・・・・・・!
「あれ?どうしたの?もしかして、おもらし?」
常に冷静な照美が、驚きの声を上げた。
―――――ああ!バレちゃた!!もう終わりだ!本当の終わりだ!
―――――ああああああ!!
由加里は、知性も何もかなぐり捨てて、泣き喚きたくなった。
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