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主人公はu15の少女たち。 主な内容はいじめ文学。このサイトはアダルトコンテンツを含みます。18歳以下はただちに退去してください。
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『由加里 64』
「私、どうしたら、照美さんとはるかさんに・・・・・・・・」
 とても小さな声が、少女の口から零れた。
 その空気の乱れが、人の耳に到着するまえに、語尾は、かんぜんに雲散霧消してしまった。それは、ホームランと見せて、フライにすぎなかった。
 しかし、はるかは憮然とはならない。列車の窓に映るゆららの顔が、あまりに悲しすぎたからだ。透明すぎるその容姿と表情は、はるかの心を融かしていた。一般に、ドライアイスのハートと異名を持つはるかの心は、限りなく融点に近づいていたのである。

「 ――――勝てるのか?」
 はるかは、ゆららの代わりに言葉をつなげて見せた。少女は、長身のアスリートが持つ鋭敏な洞察力に絶句した。
「そ、そんな!?」
 ゆららは、とてもそれを言葉にできる勇気をもっていなかった。あまりにも周囲から否定されつづけたせいか、少女は、自分を弁護することに、あまりにも消極的になっていた。
 はるかは、脳を頭の中で一回転させると、静かに口を開いた。
「私は、こう思うのさ。人間の能力って残酷だけど、生まれつきってものがある。それは一緒にテニスやってる子たちみればわかる ――――」
 ゆららが発見したはるかの表情は、かつて見たことがないほどに砂金に満ちていた。金の砂時計が静かに回転する。
「試合やってて、勝つんだけど、何故かおもしろくない。相手は2年も3年も先輩なんだけど、何だか本気でやってないのさ。ガキ相手にふざけてるんだって思ったね。だけど事実はちがった。試合が終わって、先輩に怒ったんだよ。そうしたら、ものすごい剣幕で睨み返された。しかも恐いことに、テニスクラブの先輩たちがみんな目をつり上げてるんだよ。正直言って、面食らったね」
 はるかは、遠い目をしていた。それは照美すら、滅多に見たことがない表情である。ゆららは黙って聞き入っている。自分のために、こんなに真剣に語ってくれる他人に、久しく出会っていない。
「むろん、コーチからは神童みたいに扱われるわけ。すると、なおさらみんなの表情が凍っていく。でも、あまりにガキだったから、私もその意味はわからなかった。自分の無神経さにも思いは到らなかったわけさ。自分の言葉がその先輩をどれほど傷付けたかもね ―――――」
「・・・・・・・・・」 
 照美も、はるかの子供を見守る母親のような顔をして、立ち尽くしている。まるで娘のお見合いにでも、居合わせているようだ。美貌を隠したマフラーは、心配そうな色で編まれていた。彼女すら知らないエピソードが含まれているのだろうか。いささか、意外そうな視線が見受けられる。
「照美を見てゴランよ」
「ちょっと、何をするの!?」
 気取った顔をいとも簡単に、破壊したのは、はるかの大きな手だった。その国宝級の陶器のような顔からは、特別な雰囲気が漂っている。それは、誰にも触れることが許されないかのようだ。しかし、はるかだけが、それを為せる。豹のような俊敏さで。彼女の背後に忍び寄ると、親友の頬を鷲づかみにした。
「ほら、こうしてやりたいほど、キレイだろ?! 腹が立たないくらいにね」
「ちょっと、離してよ!? このウド大木!!」
 
 クラスメートの中で、彼女以外が、照美のその視線をマトモに喰らったらどうなるだろう。おそらく、、あっという間に、その精神は砕け散ってしまうだろう。
 平然と笑い転げているのは、はるかくらいのものだ。
 本来、人よりも時間が多少かかっても、ゆららは、深い洞察力を持っている。この時、彼女自信気づいていないところで、はるかの言いたいことはわかっていた。
「でも、私は ――――」
「自分は何を持っていないなんて言うんじゃないんだろうな?」
「え?」
 うららの瞳が大きく開かれる。そんな屈託のない目を、はるかは快いと思った。彼女は機先を制した。
「人間が持っているものなんて、誰もわからないさ。だけど、それは努力とか目利きの良さとかいっさい、関係ないのさ」
「それは何?」
「生まれつきだな。それは運なのか、何かの巡り合わせなのか、前世の報いなのかわからないだけど、前世ってのはな ――――」
 
 目鼻の大きな造りは、彼女の性格を端的に表している。そんな顔を、おもいっきり歪ませた。
「この照美が前世に善行をしたとは、とうてい思えないんだよ」
「おい、言うに事欠いて! はるか、お前なんてよほどの悪党だったんだろう!?」
「フフフ」
 照美の美貌が変形されていく過程で、ついにゆららから笑声が零れた。それははるかの意図したことだった。
今、このとき、彼女の手は最悪の陶芸職人に成りはてていた。その犠牲者と成りはてた照美こそ、言い面の皮というものだろう。

 しかし ――――。
「あ、笑ったわね!?」
「あ、ご、ごめんなさい」
 一瞬で、春に芽吹いた新芽はその手足を閉じてしまった。

―――ああ、なんて私ったら、だめなんだろう。この人たちは、本当に私のこと思ってくれているのに・・・・。こんな顔をしたら、余計に気を遣わせちゃう・・・・。
煩悶を見せまいとすれば、するほどに二人には伝わってしまう。また、それを逆に受け取ったゆららは、また煩悶に苦しむ。まるで無間地獄である。高田や金江たちが、無邪気に投げつけた悪意の塊は、相当の傷を少女の心に負わせていたようだ。


「あら、あら、これは何かしら?どうして、こんなものがかわいらしい由加里チャンの、ここに入っていたのかしら?」
 ゆららたちが、車中の人になったころのことである。由加里は、鬼のような義母の言葉を受けていた。それは女性特有の子宮と生理に満ちていた。それは、男性にはいっさいあり得ない悪意である。 その生き物が生を営んでいるのが、地球である限り、これほどまでに悪質な感情は存在しない。子宮が排出する赤い液体は、天と大地を腐らせるものである。
「・・・・ウ・ウ・ウ・ウ・ウ?!」
 可南子の視線がCGのそれのようなに、揶揄に濡れている。デッサンは完璧なまでに、対象を描写しているといのに、不自然さを否定できない。どうしても、CGオンリーというのは受け入れがたい。1980年代の良さと温かみを知っているからだろうか。
 ヴァイブレーター。いやらしい電子音を四方に放ちながら、蠢く。蚊の鳴くような声は、一体、何を求めているのだろう。
「おかしいわねえ? どうしてこんなに濡れているのかしら?」
 可南子の指は、蠢く物体を由加里に示している。その手は手根骨から、爪の先までメンスの汚さに満ちている。腐った血がネトネトとこびり付いている。彼女の手を概観すると、異常に気づく。とてもほ乳類のそれには見えないのだ。内骨格を温かい肉と血で来るんだ生き物。
 要するに、我々と同族ではなく、外骨格と冷たい血に象徴される爬虫類や両生類に見えるのだ。それはクトゥルー神話や菊池秀行の創造する化け物のようだ。
 それは生理を象徴するようにも思える。女性は月にいちど、人間はおろか、ほ乳類ですらなくなってしまう。
 彼女の口が動くと今にも、今にも、無数の芋虫に変化しそうだ。由加里はかって、友人に菊池秀行原作のアニメを見させられたことがある。そのときは、思わず吐きそうになった。原作を試読していた由加里だったが、じっさいに、映像を目の前にすると嘔吐を止められなかった。
 しかし、今、少女が目の当たりにしているのは、アニメでも小説でもなく、実存なのである。縦と高さと奥行きだけでなく、温かみまである。
 ちなみにそれは異常な化学変化が生じせしめる偽りの温かみである。

「答えなさい、どうして濡れているの?」
「ウウ・・ウ・あお、愛液で濡れています・・・ウウ!?」
 可南子は、大いに笑いたくなったが、いかんせん、ここは静寂を制服にすべき病院である。残念ながら、悪意の笑声は、万分の一に押さえなくてはならなかった。
 しかし、それは由加里の心を傷付けるのに、十分だった。ヴェネツィアンガラスのように繊細で壊れやすい心に罅が入るには、新生児の一撃があればいい。
「このとても臭い液が、由加里ちゃんの愛液なのね、ふふふ」
「ウウ・・ウ・ウ・ウウウ!?」
 可南子は、わざとらしく顔を顰める。それが大根役者のそれだということは、わかっている、ただし、それは理性でのことだ。濁流のような感情は、それに優越しかみ砕く。しまいには、胃液で消化してしまう。いや、消化不良を起こして、精神に炎症を得るかもしれない。
 
 精神の不調は、視力を曇らせる。本来、ずば抜けた洞察力を持つ少女の視線は、かんぜんに、曇ってしまった。病室の四隅に、自分の裂かれた肉体が張り付く。しかし、赤い血は全くといっていいほどに見つけられない。見えるのは、透明な液体、少女の涙だけである。それは霧になって、病室じゅうに舞い上がっている。
 可南子の嘲る声は、少女の嗅覚を刺激する。彼女の大きな鼻が、下品な動作とともに、動物のそれのように動くと、同時に少女の上品な鼻梁を光らせる。薄く塗ったような汗のせいだ。
 自分の臭いを嗅がされる。それは、焼けただれた自分の顔に、鏡を突きつけられることに似ている。
 妖怪じみた可南子の手が、蠢くたびに、由加里の愛液が糸を引く。そのたびに、ひくひくと大きな鼻が動物めいた動きを見せる。その動作の一つ一つが、天性の上品さと磨かれつつある知性を併せ持った少女を貶め、辱める。

「ふふ、いままで、コレが入っていた穴は何? 詳しく説明してごらんなさい」
 まるで、母親然と命令を下す。
「ウウ・・・ウ・ウ・ウ、こ、ここは、いん、淫乱の、に、西宮・・・ゆ、由加里の・・ウウ・・・ウ、いやらしくて、くさ、ウウ・・ウ・・ウ? 臭、臭い、お、お、おまんこ・・・です・・・ウ・ウ・・ウウ?!」
「そうね、まるで生ごみでも、捨てるしかないくらいに汚らしい穴よね、由加里ちゃんのここは。 それにとても臭いし・・・・」
 最後の「臭い」という言葉が、余計に由加里の嗅覚を刺激した。いくら、知性が麻痺しているとはいえ、羞恥心を刺激する嗅覚は、健在なようだ。いや、余計に敏感になっているのかもしれない。少女は、部屋じゅうが赤く染まってしまうほどに、目を腫らして、泣きじゃくっている。
「じゃ、今夜もこれなしじゃ、耐えれないよね」
「ひ、お、お願いです!? それだけはゆ、許してウウ・・・ウ・ウ・ください!!」
 由加里は、残されたすべての生気を動員して、懇願した。その口調からは、辛い記憶が見え隠れする。
「そう? やせ我慢しなくてもいいのよ。せっかく、換えの電池を持ってきてあげたのに。ふふ、あなたのココ、悪臭を放ちながら、欲しがっているわよ」
 天使の白衣を纏っているとは思えない表情を湛えて、由加里を言葉で辱める。
「ウウ・・ウ・ウ・ウ・ウ?!」
 由加里は見た、口裂け女の口紅の色を。
 
 少女は、年齢的に言っても、それを知らないが、母親の実家で見つけた絵に、見いだしていたのである。
 生理の臭いが漂ってくる。それは酸味が際だった腐敗の臭い。女性のもっとも醜い姿。そして、女性ともっとも醜く形容する手段でもある。可南子を表現するのに、これほどまでに相応しい言葉はない。しかし、そのとき、少女にもそれが近づいていた。
「ァ!」
 由加里は、小さく呻いた。そして、見せた表情から淫猥で狡猾な可南子は、あることを見逃さなかった。
「アレ? どうしたの? 由加里チャン?」
 少女は羞恥とも悔恨とつかない色に、細面の顔を塗りつぶすと、深く息をした。そのとたんに、あることが、はじまってしまったのである。
「アラ? ついに腐り始めたのかしら? ものすごい臭いがするわよ。これはオペをして、引きずり出す必要があるわね」
「?」
 その隠された目的語に、由加里は好奇心の触手を伸ばした。
「子宮よ! 子宮! きっと腐ってるのよ。あなたみたいな変態が子なんて生む資格なんてあるわけないわよ。生まれても汚らわしい奇形児くらいでしょう?」

 魔女の言葉は、自分の精神が腐っていることを証明するだけだった。可南子は知らなかった。由加里が、どれほどに肉体的に痛め付けられていても、それに精神が凌駕させられても、この種の言葉に敏感に反応することを知らなかったのである。
 たとえ、肉体が引き裂かれようとも、他人の名誉を大事に思うのである。この時、由加里の目に色が戻った。出会ったこともない可哀想な人間のために、大きな瞳は、ただ成らない怒りを帯びている。
「な、何よ!その目は!?」
 居丈高に声を荒げていたが、動揺しているのは明らかだった。しかし。はじまってしまった身体の異変は、それを打ち消してしまうのに十分だった。由加里をそこまで追いつめてしまう異変とは・・・・・。
「アヒイ!」
 素人のヴァイオリンのような音が、由加里の可愛らしい唇からほとばしり出た。それは、あたかも悪魔に精神を乗っ取られてしまったかのように、外見からは見えた。
 しかし、性器からは、もっと別の液体がほとばしり出たのである。
「アハハハハ、はじまってしまったのね。アハハハ」
 自分の醜さも臭さにも、興味を示さない可南子は、人のおぞましさには異常なほどに、敏感だった。
少女の陰肉から、それを同じ色の液体が零れてきた。見方によれば、それは、液体でなくて赤いゼリー状の妖怪が、手を伸ばして、少女の性器というねぐらから、這いだしてきたかのように見えた。
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『マザーエルザの物語・終章 15』
 有希江と茉莉の違いは、ただ、ひとつのことを自覚しているか、否かにすぎない。言い換えるならば、自分が、あおいを憎んでいる。その事実に、形だけでも疑うことができるか、否かのちがいだ。
 それだけのことに尽きる。

 茉莉を自室に戻らせると、有希江はあおいを睨みつけた。少女がひるむと、柔らかく目を瞑った。まさに人間と犬どうしのやり取り。
 それに痺れを切らしたのか、少女は立ちあがろうとした。しかし ―――――。
「・・・・・・・・」
 有希江はただ、黙って掌を少女に向けた。
「・・・・・?!」
 少女は無言のうちに、その意味を理解した。
「来なさい」
 本当に久しぶりに、姉の声を聞いたような気がする。まるで10年ぶりに、再会したようだ。
 しかしながら、その顔は少女が知っている姉のそれではなかった。

 そこには真っ白な陶器があった。まるでヴェネツィアの仮面のように整った顔が、浮かんでいる。それは、あきらかに時間と空間から遊離して、ぼんやりと存在していた。

――――どうして、そんな顔をするの?
 少女は意識外のところで、姉に語りかけていた。
 
―――――お願い、本来のあなたに戻って、仮面を脱いで!
 しかし、その場所は本来の力を発揮できなかった。知識においても、精神的な体力という面に置いても、わずか10歳の心(からだ)は、彼女がその本当の能力を目覚めさせるには、あまりにも、小さすぎた。
 何処か別の次元で、小さくなった姉を抱きしめていた。しかしながら、次ぎの瞬間、それは、泡沫のようにあえなく消えてしまった。それは、子猫のような産毛に包まれた優しさに満ちていたのに、一本の毛すら残してくれなかった。

 意識が戻ると、少女は手と足を交互に動かしていた。
 あおいは、犬のように四つんばいになって、廊下を移動していたのである。有希江が具体的に命じたわけではない。ごく自然に手足が動き出した。
 自宅の廊下は、これほどまでに高かっただろうか。少女の周囲には、そそり立つような絶壁が彼女を取り囲むように。そそり立っている。彼女は、この家で生まれて、育った。
彼女が慣れ親しんだ回廊は、もはやそこになかった。まるで、大聖堂のような奥行と高さを併せ持つ。それらは、少女を押し潰さんばかりに、迫ってくるのだった。
 それは三角遠近法でなくては描けない。ちょうど、マンハッタンの摩天楼を一枚のキャンバスに収めるような技術を要求された。ただ、自分の家の廊下を歩くだけなのに・・・・・。
 それとちがうのは、青い空がないことと、二足歩行で移動することを許されていないことだけだ。

「ウウ・・・ウ・・ウ・ウウ」
 あおいは、泣き声を星図の一角、一角に押し込める。小さいころ、有希江のいたずらに加勢したことがある。いや、性格に表現するならば、させられたと使役で表現すべきだろうか。
 あおいと有希江の姉妹は、納屋から梯子を持ってくると、折り紙で作った星を、天井に貼り合わせて、昼間の天体観測と息込んだ。もっとも、その日のうちに、両親に見付かり、同じ梯子を使って、取り去ることを余儀なくされた。しかしながら、その作業はたった一名で行われた。
 有希江は、頑として、自分たけでやったと主張し、あおいを庇ったのだ。そのささやかな行為の代償はすぐに与えられた。
 「ごめんね、ゆきえ姉さん・・・・・」
有希江は、泣きながら彼女に付きまとう小さなストーカーを得たのである。
「わかったよ!もう!」
うっとおしげに、呻く有希江だったが、その実、嬉しそうに目を潤ませていた。
 ちなみに、両親は、それを察知していが、有希江のプライドを尊重して、黙っていた。
 教育的配慮を発揮したのだ。

 いま、あおいが見つめているのは、そんな牧歌的な記憶ではない。ただ、無数の氷柱が刺さった冷酷な天井である。しかも、少女の身体を貫くであろう氷柱は、今にも落ちてきそうに笑っている。
 少女は、強いられてこのような状況に追い込まれたのだろうか。
 しかし、少女はあえて自発的に従っているようにすら見える。さながら、生まれていちども立ち上がったことがないように、右、左、右、左とよつんばいを生きている。その道程は、ある意味において、しっかりしており、勝利を約束された軍団そのものだった。

 それをたった10歳の少女が行っている。

 だれか、涙なしにこの様子を見ていられるだろうか。迷宮の壁という壁は泣いたし、窓から入ってくるヘスティアの使者は、少女に主人の慈悲の意思を伝えたくらいだ。
 しかし、あおいは、そんなことを全く意に介せずに、奴隷としての生、いや、人間ですらないのだから、愛玩動物と表現した方が適当にちがいない。あおいは、謹んでその身分を甘受していた。

「ほら、お入り、あおいちゃん」
 有希江の声は、残酷だった。それは、綿菓子のように柔らかだったにも係わらず、中世の拷問師のような鉄芯が隠されていた。
 それは少女に、ある意味の引導を渡した。
 何故ならば、少女に自我の存在を呼び起こさせたからだ。もと言えば、自分が榊あおいという、小学校6年生の少女である ――――ということを思い出させてしまったのだ。
「ウウ・・・ウ・・ウ・・ウ」
 少女は、慟哭した。自分が置かれている状況に耐えられなくなったのである。人は、臭いに慣れるという。考えてみるがいい、子供のころ友だちの家に行って、「どうして、こんなに味噌臭いのだろう?」と首を捻ったことないか。
 その友人や家族たちはその臭いの中で平然と暮らしているのだ。その逆を言うなら、彼は、あなたの部屋を別の表現で異臭を感じると主張する。このようなことは、よくあることだろう。
 臭いと同じで、感情も鈍くなってしまうのかもしれない。

 あおいが慣れしたしんだ亜空間は、少女の感情を司る嗅覚をマヒさせていたにちがいない。
今、自分を取り戻した少女は、はるか遠くで雪崩が起こる音とともに、それを思いだした。
巨大な雪崩を遠くから見ると、音はたいしたことがなくても、迫力だけが伝わってくる。
少女は蘇ってきた羞恥心のせいで、全身を悶えさせた。それは、外見から見ても、セックスをしているように振動しているのがわかる。

「どうしたの? あおいちゃん」
 有希江は、それを見るとほくそ笑んだ。射すような目つきと口ぶりで、部屋に入るように促す。あおいは、それを肌で感じると、再び、行進を開始した。
姉の顎が、近づいてくる。少女はその迫力で押し潰されそうになった。まるで、自分を構成する分子が三分の一に圧縮されたような気がした。少女はたしかに痛みを音で聞き取ったのである。姉を見つめ返す瞳は、あきらかに萎縮していた。

「可愛い子・・・・・・・」
「・・・・・・・・・?!」
「何を怯えているの?」
「ヒ!?」
 有希江の指が、サクランボのような、あおいの顎を捕まえたとき、少女は確かに痛みを感じた。中枢神経が単なる触角を痛覚と間違えることは、よくあることだ。尋常ではない恐怖を感じているときは、なおさらである。
「この部屋は暖かいでしょう?」  
 しかし、この部屋は少女には熱すぎた。裸なのに、玉のような汗が噴き出す。
「あら、あら、どうしちゃったのかしら? まあ、いいわ。 あおいちゃんのために用意したのよ」
そう言って、有希江は持ってきた鞄から、弁当箱を取り出した。
「即席だから、たいしたものは作れなかったけど、栄養は満タンよ」
 自信ありげないつもの姉の口調。

「・・・・・・・・・・」
 少女が目の当たりにしたのはカツ煮だった。姉の得意料理である。よく、両親が所用にて、出かけているときに、食べさせられたものだ。
 確かに美味しいのだが、それは積み重ねられたマンネリズムの結果でもあった。どんなに料理の才能がなくても、繰り返せば、食べるに値する品がテーブルに乗るにちがいない。  
きっと冷凍庫に残っていたのだ。おそらく、それを電子レンジでチンしたのだろう。

 少女の脳裏に、中生代の記憶が蘇る。しかし、恐竜がうなりを上げているわけではない。四人姉妹という別の意味での、獣たちの呻き声である。
「有希江、またカツ煮なの?」
「徳子姉さん、何言っているのよ、長女のくせに、自分で作らないで文句たらたらって、どういうこと?」
「そうだよ! 徳子姉さんたらせっかく有希江姉さんが作ってくれたのに」
「何よ!? 手伝いもしなかったあんたに、そんなこと言う権利あると思ってるの?!」
 あおいは憮然として、文句を舌に乗せてみた。
「あおいには、学校の宿題をこなすって言う神聖な仕事があるのよ!」
「私だってそうよ! それなのに、私だけに押しつけて!きっと、私は実の子じゃないだわ」
「安心しなさい。パパとママ以外から、あなたみたいな子が生まれるとは思えないから」
「何よ! 姉さんだってそうじゃない!!」
 ちなみに、徳子を「姉さん」単称で呼ぶのは有希江だけに与えられた特権である。
「ふふ、実は、姉さんは聖母マリアさまが連れてきた天使なのよ」
「おかしいわね、天使のくせに悪魔みたいな角を生やしているのはどういうわけ? あ、しっぽまで生やしている?実に凶悪な天使もいたもんだわ」
 あおいが頭を振ると、徳子は持っていたビニールボールをあおい目掛けて投げつけた。
「ちょっと! さっきまでさんざん宿題見させたくせに! 何よその態度!?」
「姉さんたち、ぐるだったのね。きっと、それでママを説得したんでしょう? あおいの宿題を見るから、ごはん作れないって!!」
「何のことか、わかりませんね ―――え?ちょっと?!茉莉!!」
 ほんらい冷静なはずの徳子は、たった五秒の間にめまぐるしく表情を変えた。しかし、それは長女だけではなかった。次女も三女もそれにならった。
なんと、四女の茉莉が、できたばかりのカツ煮をよりわけで、小さな口でかぶりついていたのだ。

 三人とも、いつ、この末っ子がキッチンに姿を見せたのか、いっさい記憶にない。
「ちょっと、茉莉ったら、まだ切っていないのに!」
有希江の困惑する声とともに、幸せだった記憶は、あおいの脳裏からその姿を顰めてしまった。

「さ、あおい、口を開けて」
 もはや、有希江のしようとしていることは、明かである。
 有希江は自らスプーンを手にすると、カツ煮に差し込んだ。非音楽的な音が響く。
 
 ぐじゅ・・・・。
 
 それは、どう聞いても、幸せな家庭に相応しい調べではない。あえて表現するならば、ガマガエルを踏み潰すような、どんな前衛的なロックバンドでも、使用するのを躊躇うような音である。
「・・・・・・・?!」
 かつては、あのように美味しそうに見えた料理が、今や、ブタの餌に成りはてている。あおいには、そのようにしか見えない。しかし、有希江の脅迫の言葉が、彼女を単なる動物以下の存在に、貶めた。
「有希江姉さんの作った料理が食べられないの?」
「ウウ・・・」 
 あおいは、ためらいながらも小さな口を開けた。
「ちょっとい!? 何よ、その態度は!?」
「ウグ・・・!?」
 有希江の長い足が、敏捷に動いた。しかし、あおいはその美しい軌道を確認する暇もなく、自らの神経の叫びを聞いた。高圧電流を股間に押し当てられたような苦痛が、走る。

「私は、可哀想なあなたに食べさせてあげようと用意してあげたのよ」
 有希江は憐憫を声に偲ばせた。聞きようによっては、それは真実に聞こえる。あおいは屈辱とも受愛ともとれない感情に、身を焦がしている
 そして、妹を見下ろす。たった今、むごい暴力を加えたようには、とても見えない。
「ぁ。ありがとう・・・ございます!」
「何よ、その口!?食べたくないのォ!?」
「ウウ・・う」

 まるで、音楽教師の歌唱指導のように、大きな口を開ける。屈辱的な姿勢と、有希江の配置は、鳥の餌やりを彷彿とさせる。猫の額のような巣から、雛が母鳥に向けて、口を開けている。まさに、そのような光景だ。
「そんなに食べたいの? あおいちゃん?だったら。もっと大きなお口を開けなさいよ、裂けるくらいにね」 
 いとも残酷な言葉が、有希江の口からはみ出てくる。あおいは、それに答えるように、さらに口輪筋を緊張させた。顎と頬を二つに裂かされるような痛みが走る。
 しかし、あおいはすがるような思いで、口を開く。一体、何にすがろうと言うのだろう。決まっている  有希江の、愛情だ。泡沫のような姉の情愛に、すがるような思いで、期待しているのだ。おびただしい涙と涎で、目と口を汚しながら・・・・・・・・・・。
 
 中世の文筆家が、いみじくもこう書き残している。
 
 行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。
                                                       鴨長明
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『由加里 63』


 女は、鼻歌を歌っている。口笛を響かせたいと思ったが、ごく控えめに、ハミングを響かせるに留めていた。
 自分に聞かせるためならば、周囲にとどろかせる必要もない。それは、ストレスのたまることだが、あいにくとここは、野中の一軒家ではない。あるいは、ここは数万の観客を擁するコンサート会場でもない。すんでの所で、そこに立ち損ねた彼女は、余計な感傷を穿つためにここにいるわけでもない。 少なくとも、そう思いたくなかった。
 しかし、今、ここにいる以上、そんなことは眼中になかった。いや耳中になかったとでも表現すべきだろうか。
 西宮冴子は、歌い疲れたと称して、個室を抜けだしていた。別に煙草を吸う悪習もないので、灰皿を汚すこともなかった。即席の歌い手が、その喉を休ませるために設えてある。それは、心ある人間からすれば、皮肉以外のなにものにも見えないだろう。
 冴子は、それをしなやかな物腰で、否定するように避けると、ネオンサインに向かって新曲を献呈しはじめた。
 彼女のハミングは、あきらかに何かを追跡している。

―――若いわね。いや、お嬢ちゃんって呼ぶべきかしら?
 冴子は、皮肉な笑顔を浮かべると、窓にその肢体を預けた。それは、光るソファに実を横たえることを意味する。それは、数万の偽星から造られている。ネオンサインなどという代物は、しょせん張りぼての星にすぎない。それは、冴子の背景には似つかわしくなかった。彼女はもっと、光芒たるものと共演すべきなのだ。
 今、それを手に入れるべくソナーを動かしはじめたところである。まだ、手に入れるどころか、存在を見つけた時点にすぎない。相手が人間なれば、慌てることはない。いや、慌ててはならないのだ。そうすれば、彼女の手から、魚はするすると手から逃げていくだろう。それは万金の価値があるのだ。
 
 冴子がまだ片思いの食指を伸ばしていた先は、照美が歌っていた個室である。彼女が歌い終わると、個室のナンバーを確認し終わると自室に戻ろうとした。その時、タイミングよく、ドアが開いた。いっしゅん、扉が単なる物体ではなく、生きている組織めいて見えた。吐息すら感じられるようだ。
まるで思い人と出くわした小学生のように、顔を赤らめるところだった。それが彼女らしくないのは、例え、小学生のときでさえ、そのような酒に酔うことはなかったからである。
 そんな冴子を救ったのは、鈴木ゆららだった。彼女とは旧知の仲である。実は、合唱団の先輩と後輩であり、卒業生である冴子は、恩師に頼まれて音楽教師のマネゴトをすることがあった。
「ゆららちゃんじゃない」
「あ、西宮さん・・・・」
 個室から吐き出されたはるかと照美は、同時に驚きの口を作った。そう声すら出なかったのだ。
―――西宮由加里!
―――ママ!
 その人が目の前に立っていた。しかし、ゆららは動じていない。その上、二人は知り合いらしいじゃないか。いや ―――――。

 目の前の女性が、それぞれ、同定した人物でないことはすぐにわかった。映像を補正する必要があった。
「照美さん、合唱団の先輩なんです。ロックバンドやってるんですよ」
「ああ、そうなの?」
 照美は、自分の思考と反応のよさに自信を持っているはずだった。しかし、この時はオーバーラップした母親の像のせいで、いまいち、反応できないでいた。
「私は、西宮冴子、ゆららの先輩にあたる人間よ ―――」
 それに対して、照美とはるかは、しどろもどろながら、自己紹介を完遂する。
 冴子は、二人の数倍以上、冷静だった。

―――西宮?
―――そう言えば、この人が照美の家族だって気づいているってことじゃない?
 はるかは、真実を聞き出す前から、決めつけていた。
「はい、聞いています、合唱団ですか?」
 照美は、完全に混乱していた。それは、冴子に対するヴィジュアル的な面に関することである。目の前の人物はどう見ても、完全に大人に見える。社会人にしか見えない。もちろん、それは老けて見えるというのではなくて、冴子の持つ落ち着いたイメージから受け取っているのだ。だが、どう見ても若い。ただ、内面から立ち上ってくる印象が、外見とかけ離れているので、戸惑っているのだ。

――――年令よりも、若く見えるのかな? 由加里の伯母さん?するとママの妹かな?
 照美は、無邪気にもそんなふうに考えていた。
 冴子はしばらく、この美しい少女を見つめていた。しかし、再び口を開いた。
「見たところ、中学生みたいだけど、珍しい曲を知っているのね、郭・・・・・」
 冴子の発言を途絶させたのは、大阪弁だった。例の少年の声が、蛍光灯に照らされた冷たい廊下を彩る。
「リーダー! 時間でっせ。延長しますか?」
「ああ、いい、いまいく。」
 騎士然として、出現したバンドのメンバーに答えを返した。
「海崎さんだったわね ―――――」
 冴子は、品定めをするような視線を向ける。照美は、それに慣れていなかったのか、不快の色をすばやく顔に乗せた。彼女は、そんな少女に好感を得た。高い自尊心と若さのせめぎ合いからは、かつての自分を彷彿とさせるものがあった。それに、声の質から、彼女を取り込んだ歌唱が、照美のそれだと見抜いていたのである。

「今後よろしく、じゃ、ゆららちゃん ――」
「はい!」
 このうえもなく美しい声を、これまたこのうえなく元気な返事で、ゆららは応じた。
 冴子が去った後に、残されたのは、それぞれにちがう思いたちだった。それを一つに統合したのは、消えていく冴子たちの足音ではなく、はるかの声だった。少女らしくない野太い声は、あきらかに彼女が焦っていることを、自ら証明していた。
「照美、まずい! 時間だ!」
 浅黒い腕を鋭角的に曲げて、時計に見入っていた。ゆららに向けられた膝蓋骨が、騎士の甲冑のように精悍だった。
 ゆららは、幸せだった。少なくとも、彼女のなかで、砂漠化した原野に潤いの水が届きかけていた。 しかし、少女の人生とは裏腹に、不幸の深海に縛られている人間もいる。彼女は、完全に光から追放されて、その華奢な手足を、頑丈な鎖で身動きできないようにされていた。

「ウウ・ウ・・ウ・ウ!」
 そのころ、由加里は真空になった病室に向けて、くぐもった呻き声を上げていた。不自由な肢体を、くの字に曲げてどうにか身体から、心を自由にさせようとしている。はたして、その野心は成功するだろうか。心に翼をつけて、大空に羽ばたかせるという夢である。少女らしいその夢は、彼女のクラスメートたちはいとも簡単に果たしているはずである。
「ふふ、母親の前で、よくもこんなに欲情していたものね」
「ウウ・ウ・・・ウ・ウ・そ、そんな!」
 由加里は、可南子に向けて悲しみの涙を放り投げた。しかし、彼女はまったく意に介さない。むしろ、今自分が行っている行為に、自ら、正当性を与えただけである。
「ふふ・・・・・」
 可南子はほくそ笑んだ。今、彼女は非番なのである。本来ならば、簡易ベッドにてその疲れた身体を休めているはずだった。しかし、今やその代わりに精神を活性化させることにした。モルヒネで、神経をマヒさせる代わりに、覚醒剤で亢進させることにしたのである。
「お、お願いです! は、外してくださいぃ! ウグググ!!」
「何言っているのよ、ここまで、あなたを満足させてくれたモノでしょう? 義理ってものがあるんじゃない?」

 意地悪な口調で、ヤクザのようなことを言う。由加里にとって、可南子はまるで異次元の生き物だった。まるで言葉が通じない。共通理解というものがまったくない。きっと、由加里の身体で通用する物理法則は、可南子の内においては、その限りでないらしい。
「外してほしいなら、それに感謝しなさい」
 可南子は、由加里の股間を見下ろした。少女は、あられもない姿を晒している。大股で開いた大腿は、その秘所を顕わにしている。思春期の少女としては、ありえない恰好を月はどんな目で見ているのだろう。少なくとも、看護婦は無感情に見下ろしている。
彼女の視線の先には、少女のハマグリが口を閉じている。あたかも呼吸をしているように、透明な液体を吐き出している。
 しかし、ここで留意すべき点がある。
 ハマグリは、糸のようなものを銜えているのである。それは、あたかも生きているかのように、じーじーというモーターの音とともに、ひくひくと震えている。どうやら、少女はその糸を抜いてほしいと言っているようだ。

「さあ、はやく!」
 可南子は、魔女めいた声を由加里にぶつける。少女は全身の毛穴が縮み上がった。高圧電流が毛穴という毛穴に感電する。それは彼女の口腔内にも影響を与えた。
「ウグウグググ・・・・うう!」
「由加里ちゃんは、本当に赤ちゃんになっちゃったみたいね、日本語忘れたの!?」
「ムギイィ!!痛ぃ!やまて、ヤメテェエエエ!!」
 今度は魔女の杖が少女に突き刺さった。可南子は、由加里の大腿の中で、もっとも柔らかいところを抓り挙げたのである。鋼鉄の蜂に刺されたかのような痛みが、全身を貫く。
「うぐぐぐグググ!!」
 激痛のあまり腰を捻る。それは、ブリッジのように見えた。テムズ川ならぬ病室のロンドン橋は、簡単に落ちてしまった。
 由加里は、望まぬことであったが、自ら性器を刺激してしまったのだ。
「あら、あら。もう、イっちゃったの? ママの許しも得ずにね。そういう子はお仕置きをしないとね」
「ウウ・ウ・・ウ・ウウ・ウ・ウ・・ウ・・・ウ・・・うう!?」
 可南子は一体、何を言っているのだろう。由加里は、慟哭した。しかし、彼女は少女に暇を与えない。感傷に耽っている余裕を与えなかったのだ。
「う!ぐうう!?!」
 素早い手つきで、少女の股間に指を持って行くと、しかる後に、そこから何やら異物を取り出した。その間に、性的な敏感な部分に触れてしまったらしい。少女は涎を垂れ流しながら、呻いた。可南子が、少女のハマグリを見てみると、ひらひらの部分がぬらぬらとなっている。まるで、今、捌いたように、透明な液体を垂れ流している。それはあたかもエイリアンのように見えた。

「ふふ、見てゴランなさいよ、これ」
「・・・・・・・・」
 由加里は、目を背けた・
「見なさいって、言っているのよ!!ママは」
「ひぐ! 痛い! 」
 可南子の手が巨大な岩になって、少女にぶつかった。視界をスーパーノヴァが奪う。
「痛いじゃない? いいこと、ぶつほうが痛いのよ!」
 勝手なことを言って、可南子は自分の掌を見つめている。この種の人間は、平気で他人を傷付けるくせに、自分の躰が傷つくことは我慢が出来ない。そう、針の穴ほどの怪我でさえ、地球の終わりが来たような悲鳴を上げるのだ。
 由加里は、眩しさに痛む目を大きく見ひらいた。そこには、悪魔がそそり立っていた。悪魔のくせに、白い服に身を包んだ可南子は、ぶるぶると震えるものを指にはさんでいた。それは、あたかも生き物のように見えた。それは、動いている上に、濡れていたからである。あたかも子宮から飛び出た新生児のように、ぬらぬらと蠢いている。由加里は、それを見るとおもわず、失神してみたくなった。

 そのころ、三人は西沢あゆみと合流すべく時速80キロで、地上を移動していた。より正確を期するならば、そのスピードで移動する物体に寄生していた。そう表現すべきだろう。
 もしも、子供から「どうして、電車の中でジャンプしたら、取り残されないの?」と聞かれたら、未だに、論理的で明晰な解答を用意できない。それは「どうして、お空は青いの?」と聞かれて即答できないのと同じである。確か、光の波長が関係していたと思うが、確かなことは覚えていない。
 
 三人が仰いでいたのは、青空ではなくて、桎梏の夜とそれにつり下げられた星々の群れだった。
地方都市から都心に向かう電車は、そんな星空の瞬きを弱くする。それらに代わって偽りの星々、すなわちネオンサインが台頭しはじめる。鈴木ゆららの脳裏に、その変容はどのように映ったのだろうか。新しいよりいい未来を予感させただろうか。それに値する新鮮な空気が灰を満たすことがあったろうか。
 それは、ゆらら本人も理解していない。彼女は、黒を白とみなす性癖があったからだ。これまで高田や金江の類を聖人君子だと思っていたことからも、相当の重症だということが推察できるだろう。

「なにを考えているのさ」
「・・・・・・・・?!」
 ゆららは思わず、息をのんだ。とつぜん、彼女の施行に割り込んできたのは、褐色の肌だった。それは、アスリートらしく健康に輝く。しかし、青木ことりのそれとは、完全に、性格を異にする。ちょうどセリエAのサッカーとJリーグのそれのように、根本的にレベルの差があった。ことりが反射するのは、不快なテカリかもしれないが、はるかのそれは、目を清潔にしてくれる。仮に、試合に負けたとしても相手を誉めたくなる、そこまで行かなくても、口汚く非難する気にはならない。それほど清冽な反射だった。
 たとえ、その相手が高田や金江のような連中であっても・・・・・・・・・。
 ゆららは、未来の友人にどうにか、返事をすべく口を開いた。

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『マザーエルザの物語・終章 14』
――――ふっ、白昼夢?
 有希江は、苦笑を禁じ得なかった。白昼夢と言っても、常に夜のとばりは降りており、アポロンは、美女と同衾のすえ、疲れを癒やすために就寝中にちがいないのである。
 少女は、妹に、演技じみた視線を向けると、口を開いた。
「さ、お腹空いたでしょう? 有希江姉さんとごはん食べようか」
「・・・・・・・・」
 あおいは、水に浸かったお握りのような顔を姉に向けた。有希江は、彼女を見下ろしている。その目は、優しさに満ちている。
「ウウ・・ウ・ウ・・ウ・ウウ!!」
 思わず、嗚咽が漏れる。今更ながらに、自分が空腹であることを思い知らされた。ほんとうならば、満腹刺激に満たされた視床下部を、温かい布団のなかで、熟成させているはずだった。母親の提供する食事によって、身も心も温められたあおいは、幸福な夢を見ているはずだった。
 それなのに、血液から、リンパ液、果ては骨髄液まで凍らせて、絶対零度の宇宙を彷徨っている。
 それは、何故か?

「ウウ・ウ・・ウ・ウウウウ!?」
 あおいは、姉に抱き寄せられると、さらに嗚咽のトーンを上げた。全身を優しく拭かれると、気のせいかもしれないが、凍り付いた体液が、溶け始めるような気がする。そこまで行かなくても、停止した分子のひとつひとつが、動く意思を表明するように見える。そんな予感がする。
 しかし、姉の口から零れた言葉、言葉は、頑是無い少女にとって、完全に理解の範疇を越えていた。
「ふふ、これから、あおいは、自分で何もやっちゃだめだよ」
「・・・・・・・?」

 突然、降ってきた有希江の言葉は、それが錯覚にすぎないことを裏付けていた。
 一見、優しそうに見える目つきは、愛情というよりは、愛玩動物に対して向けるそれにしかすぎなかった。完全に見下したその態度は、けっして、妹に対して向けるものではなかった。いや、人間に対して発する視線ではない。
 あおいは、それに敏感に反応した。姉の視線の異様さに気づいていたのである。
 ここに、少女のプライドの萌芽を見ることができるだろう。それは、同時に成長をも意味していた。
 少女はしかし、そのことにはいっさい、気づいていなかった。
 
 有希江は、そんなあおいに、語りかける。
「まだ、泣いているの?」
「・・・・・・・・・」
 まるで、赤ちゃんにするような仕草は、少女のプライドや尊厳を踏みにじっていた。
 しかし、あおいは、それに対して、明確な態度を取ることが出来なかった。そのノウハウを持っていなかったのだ。
 できたのは、ただ口調のトーンを上げることだけだった。そのことによって、すこしでも不服の意思を見せようとしたのだ。しかし、それが、ガラスのように冷たい、有希江の頬を通過することができようか。
「う、自分で着れる ――――」
「何、言っているのよ、あおいは赤ちゃんなのよ!」
 やはり、誘蛾灯に惑わされた愚者のように、虚しく落ちていく。鈍い輝きを放つガラスの肌は、あおいの思いをはねのけるだけだった。
「だめよ!あんたは、赤ちゃんなんだから!」
 語気にまかせて、決めつけた。
 しかるのちに、有希江は、寝間着を少女の華奢な身体に通しはじめる。その姿は、まさに幼女を世話する母親のそれだった。
「おわかり? これからは、有希江姉さんが全部やってあげる。頑是無いあおいちゃんのためにね」
 
 頑是無いという単語の意味は、知らなかったが、姉の口調から、そのニュアンスは伝わってきた。本来ならば、その意味を聞いて、教養がないとやりこめられる。それが仲の良い姉妹の関係だった。外見的には、口を窄めていたあおいも、内心で満足していた。自分の立ち位置というものに納得していたのである。
 そこには対等な人間関係の萌芽が、見て取れたからである。しかし、現在の姉との関係は、完全な、人間と愛玩動物との関係に等しい。それは恥辱と屈従に満ちていた。
だが、完全な孤独への恐怖は、宇宙飛行士が恐れる闇黒へのそれに似ていた。

「完全なる黒。あえて、無と表現したくなるような ―――――」
 彼は、はじめて、宇宙遊泳を行うにあたって、それを見いだしたというのである。
 あおいは、同じような恐怖を自宅の中に見いだしていた。目の前の人物に、絶対的な屈従を誓わない限り、その中に放り込まれてしまいそうだ。
 自然と、あおいの取るべき途は決まっていた。

「ハイ・・・・・・・・」
 蚊の鳴くような声で、あおいは肯いた。さらに頬をとかすような涙がこぼれる。それは、確かに少女の精神的な成長を暗示している。有希江も、そこまでは気づくことはない。今、彼女は、ある快感に意識のすべてを集中させていた。それは、人間の生殺与奪をすべて握ることが出来るということに尽きる。
 それは人間の歴史が続く限り、普遍的な麻薬にちがいない。有形無形のすべての薬物の中で、この快感は絶品という噂である。
 他人を思い通りにできるということ。
 しかし、人を支配するのは、何も財力や武力だけに限定されない。
 人間の魅力や才能は、時として、特定の人物を縛ることがある。それは別名、愛という。この時、有希江はあおいをその名において、支配したくなったのである。
 
 しかし、それは意識的な動機から、発動した行為ではなかった。よもや、自分が、過去の怒りに突き動かされているとは思えなかった。
 有希江の記憶には、あおいを憎むような、具体的な出来事はなかった。
 それなのに、この憎しみはなんだろう。
 少女の中で、一瞬だけだが、混乱が生じた。しかし、それはすぐに消え去った。あおいの、あどけない顔をみていたら、圧倒的な憎しみが、愛情を勝った。
 しかし、この時、その記憶は大海のような過去に葬り去られて、その正体を明らかにしていなかった。
 ただ、情感だけが、蛇のように蠢いて、目の前の人物を罰せよと命じていた。
 酒好きの人は、詳しいことだと思うが、泣き上戸というのがあるが、あれは、具体的に何が哀しい対象があって、泣いているわけではないらしい。ただ、哀しくて泣いているのだ。一説によれば、酒によって柔らかくなった海馬が、哀しい記憶を小出しにしているとのこと。それは意識には昇らず、ただ哀しいという気分だけが、酔いどれを号泣させるらしい。
 その説の真偽はともかく、有希江は、自分ではコントロールできない感情の奴隷になっていた。そのベクトルは、可愛いはずの妹に向かっている。

――――裏切られた!
 そのように、まったく根拠のない記憶に基づいた感情が、少女の幼い肢体をナイロンザイルで、二重にも三重にも縛り付けている。その柔らかな肌には、あきらかな内出血が見られ、青黒い跡ができている。その様子は、痛々しく、涙を誘うのに、有希江は微笑さえ浮かべている。明かに、何者かに操られている。しかし、その本人はその自覚がない。
「成長期なのに、あれだけじゃオナカふくれないでしょう?有希江姉さんがたべさせてあげる、姉さんの部屋に戻ってなさい」
 あおいは、立ち上がると、指定された部屋へと向かった。その姿は、さながら墓場から蘇ったゾンビのようである。その手足からは、まったく生気というものが感じられない。その手足には、子供らしさというものが一切ない。か細いだけに、やけに骨のかたちだけが、目立つ。
 有希江は、妹を見送るとキッチンへと向かった。

 しかし、その狭い背中を見送ったのは、彼女だけではなかったのである。
「こんなところで、何をしているのよ!!」
 非常に攻撃的だが、無邪気な声が響いた。あおいは、びくっと全身の筋肉を震わせた。あたかも、 電流を流されたカエルのように、何度も身体を不随に動かす。
 しかし、なんとか声のする方向へと振り向くことに成功した。はたして、そこには彼女の妹である茉莉が仁王立ちになっていた。
 あおいは、ほぼ反射的に肉親の名前を口にした。それは、随意筋ではなく、不随意筋の発動だった。ごく自然に出てきたのである。それは茉莉の方でも同じだった。最初、姉を見つけたときには、別の表情を見せたのだが、次の瞬間、表情を一転させた。
意識して、般若の面を被ったのである。
―――あ、あおいお姉ちゃん・・・・いや、ちがう、これはこの家のドレイなんだわ!
これが少女に起こった感情の流れである。

「ま、茉莉・・・・・茉莉おじょうさま・・・・」
「何だって、何よ!その態度!?」
 茉莉は、あおいの呼び方に敏感な反応を見せた。自分の名前のすぐ下に、敬称がつけられなかったことに激怒したのである。
「ヒギゥイィイ!?」
 強烈な苦痛が、少女の小さな肢体を電流のように貫く。妹である茉莉の蹴りが、あおいの腰に炸裂したのだ。
「イヤ。許して!痛いッッ!!?」
 懇願の意思を即座に示すが、容赦はしない。子どもながらの残酷さを発揮して、あおいをサッカーボールに仕立てる。ちょうど、彼女は壁と挟まれているために、バウンドして帰ってきたところを、再び、蹴りつける。
 哀れな少女は、血を分けた妹によってその肉体を裂かれ、魂を焼かれる。肉体の痛みよりも魂に負った火傷のほうがより深刻だった。繰り返される暴虐の中で、少女は自分がやがて、球体に変形していくのを感じた。
 無色のはずの空気が赤く色づいていく。いや、自分こそが染まっていくのだ。やがて単なる肉の塊と化して、魂も、そしてそれに付随する意思をも消え去っていく。すると、苦痛も哀しみも恥辱も、消えていくのだ。

 幼い妹の口から零れた言葉は、あおいの想像を超えている。
「あんたなんて、死んじゃえばいいのよ!このブタ!」
「グググ・・・・!?」
 突如とした止んだ暴行と残酷な台詞が、皮肉なことに、幸せな夢想に区切りをつけた。そして、即座に柔らかな頬に、再度の暴虐が加えられる。
 そこは本来ならば、誰の足が置かれることがない場所のはずだ。本来ならば、自分の足さえ踏み入れることのできない場所。いわば、神聖不可侵な土地なのだ。
しかし、今、柔らかな牧場は、残虐な狼によって踏み荒らされている。しかも、その狼は、ついこの前まで、あおいが可愛くてたまらないと思っていた相手なのである。深窓の令嬢と言ってもいいほど、おとなしげな少女は、今やその牙に赤い血をこびりつかせていた。しかも、その血と肉は、自分のそれなのだ。

 事もあろうに、あおいは、妹に顔を踏み潰されつつある。他人に神聖不可侵な場所を侵害されるという意味においては、レイプと似ているかもしれない。
 茉莉に対しては、可愛いと思う反面、自分の思うとおりになる存在だった。少なくとも、そう見なしていた。あおいの見るところ、自分に対して服属していたはずなのである。
 しかし、そうは言っても、妹を力によって従わせるとか、いじめるということはなかった。みんな、自分の人望によって、従っていた。すなわち、自分のことが好きだから、家臣のように、寄り添っていた。そのように思っていた、いや思いたかったのかもしれない。どうやら真実は、後者だったのだろうか。
頬を不自然な形で圧迫される。そのことによって、起こる肉体的、あるは心理的な衝撃によって、あおいは、噎せ返る。

「ちょっと、家を汚さないでよ!汚いな!!」
 姉を罵るのに、べつの表現もあったろうが、あいにくと、9歳の語彙では、それが限界だった。だから、ペンの力よりは、剣のそれに頼るしかなかった。
「ゥギイィ!!!もう、あやあ、えてええええ!!やめてぇえええええェェェ!?」
 いったん、足に力を入れると、姉は、激しく泣きわめきはじめた。その勢いは、激しく、茉莉としても思わず足首を捻ってしまうほどだった。もちろん、それは錯覚にすぎない。しかし、上下が逆転した今でも、姉から受ける圧迫感は否定することはできない。それは、子どものころ父親から虐待を受けた青年が、大人になった今も、恐怖をぬぐい去れない。そのことと似ている。
 かつての父親は老人になって、目の前で寝たきりになっている。彼が、全く抵抗できないのは、理性ではわかっている。しかし、そんな父親に対して、身体に残る怯えを消し去ることができないのだ。

 茉莉は、それに似た感覚に支配されていた。しかし、あまりに幼すぎる少女は、それを認識することができなかった。どうして、自分が急に姉を憎みだしたのか、わかっていない。何やら、意味不明の衝動に駆られて、暴虐に走っているだけだ。それを止めることができたのは、彼女じしんの理性ではなく、姉の一言だった。
「茉莉ちゃん、もう寝る時間でしょう?ブタの相手をしている暇はないでしょう?」
「有希江姉ちゃん・・・・・・」
 茉莉は、そこのない優しさで、自分を見つめる姉を発見した。あおいは、頭蓋骨が破裂するような苦痛に呻きながらも、妹に嫉妬していた。そして、そんな自分を発見して、驚いていた。もしも、姉の声が聞こえるならば、自分を庇って、妹を叱ってくれるとばかり思っていたのである。




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『由加里  62』
「ママ、もう面会時間終わりが近いよ ―――」
「何よ、母親を追い出すつもり?」
 春子は、娘の言葉におもわず、鼻白んだ。自分の提案に対して、そのような返事が返ってくるとは、夢にも思わなかったのである。
―――由加里の個室は、18時を迎えようとしていた。それは、この病院の面会時間が終了する30分ほど前のことである。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
 二人は、一刻ほど睨み合った後にほぼ同時に口を開いた。しかし、正確を期すならば、いささか、母親のほうが早かった。
「由加里!」
「ママ・・・・」
 由加里も、負けじと先に声を出そうとしたのだが、惜しくも遅れを取った。
 しかし、反射神経といえば、娘のほうがはるかに、若いのだから、肉体的な面からも、母親に負けるはずはないのだが・・・・・・・。
 それは意思の欠如が、原因だったのかもしれないが、確かなことは、わからない。
 春子は、まさに大人の論理で、責め立ててくる。

「お騙りなさい。由加里、これを見てごらんなさい!」
「ぐ!?」
 春子は一冊のノートを示した。それは、少女の脊椎に迫るほどの衝撃を与えた。その見えない衝撃は、彼女の股間をも直撃していた。その無毛の逆三角形には、秘密があったのである。
 けっして、春子に知られてはならない。
 その気持ちが、最愛の母親に思いもよらないことを、吐かせたのである。心ならずも言い放ってしまった。その内容に、発言者自らが心を痛めてしまう。
 しかしながら、その気持ちを素直に表明できない。
 それは、反抗期特有の、不自然なしょうぶんが邪魔しているのかもしれない。背中の痒い場所がわかっていながら、そこに手を出すことができない。
 自分を救う方法を知っていながら、それを利用しようとしなかった。

 いわば、溺れる人藁をも摑むではなく、目の前に、慄然と存在する大陸すら拒否したということである。
 思春期特有の幼いプライドが原因だった。
 由加里は、そういう理由から、いじめの実態を母親に語ることができなかった。そもそも、それをつぶさに語ることができたならば、ここまでひどい展開を見ることはなかったかもしれない。

「見てごらんなさい、青木さんっていう子よね ―――――」
 春子は、さらにたたみかけようとする ―――――――。
「・・・・・・・・・・・!?」
 それはバイブレーターのように、少女の花芯に、緩慢な刺激を与え続ける。その絶え間ない振動は、少女の心だけではなく、体にまで影響を及ぼす。
 心の陰核は、すでにぐにゃぐにゃに、なっている。朽ち木のように、湿り気を帯びている。

 川の流れは、岩にすらその足跡を残す。柔らかいものの代表である水が硬い岩を削るのだ。それは、永年の刺激によるものだろう。緩慢だが揺るぎのない攻撃は、常識では考えられない効果をもたらす。
 春子の台詞は、由加里をさらに追い込む。

「こんなに、綺麗にノートを写してくれただけでなくて、謝罪の手紙まで、書いてくれたのよ」
「や、やめてよ!!」
 由加里は、言葉を知らなかった。自分が置かれている境遇を説明することができない。もしかしたら、今、自分が何処に立っているのかすら、理解していなかったのかもしれない。
自分でわかっていないことを、どうしたら、他者に説明することができようか。そのもどかしい思いに、全身を引き裂きたいきもちに陥った。

 春子は、気づくべきだったろうか。由加里のただならない様子から、何かを感じ取るべきだったろうか。いや、それは酷というものだろう。人間は常に疑心暗鬼の世界に生きている。たとえ、それがこの世でもっとも信頼している相手であっても、である。
 もしも、それが敵ならば、どうやって、自分を攻撃してくるのか。それを探る前に、敵がどこにいるのかを探らねばならない。
 そして、味方のばあいは、相手が何を自分に求めているのかを知らねばならない。
 不足しているのは、弾薬だろうか。それとも、食糧や薬品などの救援物質なのだろうか。相手にそれを問おうとしても、口がふさがれているばあいがあるから、ことは面倒だ。
 それが、今の由加里の状態なのだが、春子はそれさえも気づいてくれない。少女は、それが哀しくてたまらないのだ。
 もしも、自分のことを思ってくれているならば、口で言わなくても通じるはずだ。いわゆる、以心伝心というわけだ。
 それがわからないのならば、自分に対する愛情が薄い。それしか考えられない。
しかし、それは少女ゆえの浅はかさだったとも言える。
 近しい間柄ならばこそ、気づかないことがある。

 由加里は、高い知性を持っている。それは同年齢の少年少女からは、完全にかけ離れている。しかし、こと、このような範疇にあっては、ほぼ赤ん坊も同様だった。
人間の情愛の基礎とでもいうべきもの。
 それは、誰でも成長の過程において、ごく自然に潜ってきた門のはずだ。しかし、由加里は潜ることができなかったのである。それは、彼女のせいではない。この件に関しては100%冤罪である。
 それを由加里に理解しろというのは、植物に動けと命じているのに等しい。
 少女はただ、立ち止まって泣き続けることしかできない。しかも、その泣き声と涙は、外に露出するのではなく、内部にひたすら体積していくのである。
それゆえに、外部から観察する者は、事態の深刻さに気づくことはない。その気配を察知することはできるかもしれないが、その本質を摑み取ることはできない。

 春子は、それを摑み取ろうと、あえて心を鬼にすることにした。

「とにかく、早く退院できることをめざしなさい。そしたら、すぐに学校に行くの。期末テストを病院で受けられるそうだけど、それに甘えないことね。先生には、お断りの電話をしておきますから」
「そんな!? 勝手なことしないで・・・・ぐ!?ぁアア・・・ググ・・・・!」
「由加里? ばちがあたったのね、ママに逆らうから!」
 春子は、にわかに苦しみだした、娘に残酷なことを言い放った。彼女は知らなかった。由加里の下 半身にどんな秘密があるのか。もしも、知ったら拉致してでも、退院させたにちがいない。


――――ひどい、なんていうことを言うの?!
 由加里は、空気による言葉で抗議したが、当然のごとく通じなかった。ただ、母親を居丈高にしただけである。
「わかっているの? 青木さんだけじゃないわ。みんな、真摯に謝罪しているのよ」

――――ママに、何がわかるっていうの!!
 よほど、空気を物質化したくなったが、彼女の中にわだかまる何かが、それを妨害した。そして、同時に小鳥の乱暴な顔が浮かんで、さらに、少女の心を萎えさせた。
 別に、彼女が、肉食獣の顔をしているというわけではない。それどころか、小麦色に焼けた生気に満ちた顔は、春子やその他の大人たちに、好感以外のどんな印象も与えないだろう。
 部活で焦がした肌は、誰しも好感を持つ。絵に描いたようなスポーツ少女なのだ。

 しかし、その裏で、陰険な人格が蛆虫のようにうごめいているのだ。彼女は、それを大人たちや先輩、それに同級生が相手であっても、それが上位にあたる人物ならば、髪の毛の先ほどもあらわにしないだろう。たとえば、照美やはるかに対して、そのような顔を見せたことをいまだかって、観たことはない。それが、後輩や、由加里など同級生でも、あきらかに下位とわかると、態度が豹変する。

 それが、小麦色の体育系娘の本質なのだ。教師や先輩たちには、よく気がつくし、練習態度や授業態度も、常にまじめな子だと見えている。しかし、一皮向けば酷薄な子悪党にすぎない。
 少しでも、相手が下位だと見なせば、掌を返すように居丈高になる。
とにかく、そのような光景を由加里は、小学生のころから見てきた。当時の由加里は、優等生で、美少女、その上、クラスの人気者である。美少女という点においては、今日、照美という太陽がいるために、目立たないが、夜空ともなれば、月やシリウスは煌々と輝き始めるだろう。

 すなわち、照美がいない小学校は、由加里の天下だった。彼女はまさに万能の児童として、わが世の春を謳歌していた。相手を見るのに聡い小鳥が、それを見誤るはずはない。従って、少女を敵視することはなく、迎合を決め込んでいた。
 由加里は、しかし、そのことによって、少しばかり不快な気分を味わったことがある。

 クラスで上位である由加里を利用して、下位や同級の者を貶めることがあった。そのとき、勇気がない由加里は、何もできずに立ち尽くしていた。由加里は、犠牲者に憐憫の気持を持ちながら、恐怖のあまり、見て見ぬフリをしていたのである。上位である由加里が、怯えるとは不思議かもしれない。おそらく、その恐怖は、小鳥に対する感情ではなく。当時、彼女が得ていた位置を失ってしまう。そのような恐怖だったにちがいない。
ただし、不快な気分とは言っても、被害者には、まったくちがう風景が見えるだろう。
―――気持ち悪い。不快だ。
 彼らにとってみれば、傷がそのていどですんだはずはない。むしろ、小鳥ではなく由加里を恨んだ可能性すらある。いじめられっ子にしては、由加里が単なる傍観者というだけでなしに、小鳥を使嗾して、いじめに係わっているのではないか。
 知らず知らずのうちに、被害者や周囲に、そのような疑いを与えていた可能性もあるのだ。

 話を元に戻すが、今、春子が娘に示しているのは、小鳥が書き写したノートである。期末テストが近いということで、由加里にしても所望であることは否定できなかった。
 小鳥の丁寧な文字は、人知れず、由加里を恫喝することに成功していた。字の書き手と同じように、春子をはじめとする大人たちを懐柔している。しかし、由加里をだますことは不可能だった。
 いじめられっ子は、いじめっ子の一挙一動をつぶさに観察している。そして、それにいちいち反応するのだ。後者は、それがおかしくてたまらずに、前者の心を弄ぶ。
 由加里は、痛いほどにそれを思い知らされているのだ、煉獄に似た教室において・・・・。

 春子は、そんな由加里を理解することはできない。だから、つぎのようなことも平気で言える。
「由加里、せめて、面会ぐらいいいでしょう? 小鳥さんたち、家に来てくれたのよ
「え? まさか私の部屋に入れたわけじゃないでしょうね!?」
とうぜんのごとく、語尾には、抗議のスパイスが相当量、含まれていた。春子はそれをあからさまに無視して、言葉を続ける。
「心の狭いことね! 謝罪を受け入れられないなんて!」
春子は、娘がいじめられているという事実をどうしても、受け入れられずにいた。クラスの人気者で、教師の秘蔵っ子。それが、幼稚園、小学校と進むにあたって、由加里が受けていた評判だった。いちどとして春子の期待を裏切ったことはない。むしろ、そのことで気をもんだぐらいだ。

―――この子は出生の秘密を知っているのではないか。そのことで、自分に気を使っているのではないか。
 常に、そのことが春香の脳髄を支配していた。久子経由で、それが伝わってしまうということは、十分にありえたことだ。しかし、一方で、バトルの末に気づき上げた絆は、完全に信用できた。だから、その点は心配なかった。
 そのような経緯があって、由加里とはどこか、空気を介して、接しているような気分を払拭できずにいた。むしろ、心のどこかで、このような問題が起こることを期待していたきらいがある。そこを橋頭堡にして、彼女を理解できると考えたのである。
もちろん、それには罪悪感を否定できなかったが、一方、それは避けられぬこと、いずれ起こることだろうとも思っていた。
だが、それが彼女の想像を絶するような事態に、発展しているとは夢にも思っていなかったのである。
「無視される程度のこと、誰にもあるものよ」
「・・・・・・・・?!」
 春子のその一言は、おとなしい由加里の肩を怒らせるのに十分だった。しかし、それを言葉に変換することはできない。できるのは、ただ、母親を睨みつけることだけだった。だが、それも長いこと続かなかった。


「はーい、お母さん、面会時間は終わりですよ」
 唐突に、轟いた声が、母娘の論争を終わらせた。言うまでもなく、その声は、似鳥可南子である。生理中の子宮のようにねちっこい声は、不快な空気を伴ってくる。
由加里は、思わず整った顔を歪める。
 しかし、先方は、そんな由加里を意に介そうとしない。
 看護婦は、軽いノリで入ってくると、由加里に唇を使わずに接吻した。少女は、自分の頬に透明な口紅が付着したのを皮切りに、恐怖の時間が舞い戻ってきたのを感じた。
 しかし、春子は、可南子に疑念を感じている様子もない。素っ気なく言葉を置いた。
「・・・・・いいね、考えておくのよ」
「・・・・・・・」
 由加里は、そんな母親に背中を向けざるをえなかった。
―――どうせ、わかってくれないんだ!
一方、春子は、娘の狭い背中に、何故か、夫の面影を見て、ぞっとさせられた。

―――そうだ、当たり前だけど、あの二人は血がつながっているんだ。
 今更ながらに、そんな事実を目の当たりにさせられて、額を幅広の木刀でかち割られたような気分になった。
 頭が、ズワンズワンというのを聴きながら、娘に別れを告げることにした。




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