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『マザーエルザの物語・終章 32』


「ねえ、ねえ、なんでさ ――」
 帰宅中の列車の中で、あおいは啓子に話しかけていた。いつもの彼女を取り戻したように見える。密かに安堵した啓子であったが、それを簡単に表に出さないのは啓子が啓子である所以だろう。
 
 あえて、憮然とした顔を作り出して言う。
「なによ ――」
「なんで、学校の美術クラブに入らないの?」
 帰宅の途につく前に、あおいは姉である有希江と時間を共有した。数十分経ってもとの彼女が戻ってきた。あたかも入浴後のように顔をさっぱりと変化させていた。
「ちょっと気に入らないだけ」
――――みんなに知られたくないだけ。
 啓子は、本心を伏せて言った。
 脇に抱えるスケッチブックは身体に痛いほど食い込んでくる。余計な力を入れているのは彼女のせいなのに、それは目に見えない何者かによって故意に行われているような気がする。
それは、しかし、被害妄想という一言によって単純に表現しきれないのではないか。
空元気としか思えない親友を見ていると、どうしてもそのような想いに囚われる。

 ただ、そのようにはっきりと言語化が可能だったわけではない。ただ、ぼんやりとした思考の向こうに、それがひっそりと隠れていたことは確かである。
 いまの彼女は、そう想うしかなかった。
 あおいは、そんなことを全く意に介さない言った様子で、自分の言葉に風を吹かせる。
「そちらの方がいいんだ。何処にあるんだっけ ――」
「この駅の一つ先」
 たまたま出くわしたプラットホームに出会い頭のパンチでも加えてやりたくなった。何時も通過するだけの駅だが、当然のことながら、そこにも乗車下車という人の流れが存在し、人の分だけ喜怒哀楽が存在するのだろう。
 啓子は、当たり前のことを思った。
 あおいは、そんな啓子の複雑な思考を想像だにしないで、無邪気な笑顔をみせる―――あくまで啓子の主観では。
「じゃあ、明日までお別れだね ―――」
「・・・・・・?」
 さらっと言い抜けたことに、啓子は不満を憶えた。
―――何かを隠している。
 先ほどからピンとくる直感をかたちにすることにした。
「あおいちゃんも来ない?」
「だって? お金払ってないよ」
 苺のショートケーキのような顔を見ていると思わず殴りつけたくなる。それは、嘘だということが見え見えなのに。
「先生にモデルのことを話したら、連れてきなさいって ――」
「まさか、あの絵を見せたの?」
 生クリームに青みがかかるのがわかった。まるで、わざびを塗り込めたように色が変容している。本当にわかりやすい性格だと啓子はつくづく思う。
―――――こういうところは変わらない。ここは意地悪してやろう。
「センセったら、アノ絵を見てノボせてたよ」
「ちょっと、啓子ちゃん、ひどい!」
 
 あおいは、すっとんきょうな声を上げた。
 自分の思うとおりに事態が動いているのを確認すると密かにほくそ笑む。
実は、アノ絵とはあおいのヌードデッサンのことだ。最初は嫌がったものの、すったららもんだの結果、やっと納得させたのである。第三者の目に絶対に触れさせないという約束で、啓子は了承を得ることに成功した ―――はずである。
「あははは、その絵じゃないよ」
「ひどいなあ、もう!」
 河豚のように頬を膨らませて、あおいは怒りを表明する。
 はるかは、そんな彼女を心底可愛らしいと思った。できることならば、このまま時間を氷らせてデッサンできたらいいと本気で考えた。たしか、この前読んだジュブナイルにそのような話があったはずだ。
 気が付くと相当に変な顔をしていたらしい。
 あおいは、アヒルのように口を尖らせていた。
 
 異様な微笑を口に含んだ啓子を不思議さ60%、苛立ち40%の割合で睨みつける。
「なんで、そんな顔してるのよ ――」
「可愛い顔が台無しだよ」
想像だにできない言葉に対して、あおいは口をへの字に曲げざるを得ない。
「な、何よ、男の子に言われるならともかく ――」
「あおいちゃんたら、そうされたい男の子でもいるのかな?」
 クラスメートはこのような彼女の顔を思い付くこともないだろう。自分だけにそれを向けられるあおいは、心の何処かで、それを特権のように考えていた。しかし、それがさいきん、多少なりとも変容を遂げていることに、不満を憶えてもいた。
 しかし、その正体を自分ながら摑めていないことが、彼女のイライラに拍車をかけるかたちになっている。年頃の少女が第二次性徴に心がついて行けないことに似ているかもしれない。
 心の一部は確かに大人への一歩を確かに踏み入れているのだが、別の部分がそれを容認できない。子宮への回帰を模索すら意図する勢力すら残存しているのである。
 いま、開け放たれた車窓から風が入って、少女の髪があおいの顔に触れた。磨ききっていない真珠が髪によって護られているような気がする。圧倒的な脈動感が肌の上と下を通っているのがわかる。東洋医学の考えで、人体には気と名付けられるものが血液やリンパ液のように行き交っているらしい。ただし、それは目で見ることはできないし、物質のように、他の物質との化学変化によってその存在を確認することも、また不可である。
 年齢不相応の読書を敢行する啓子は、それを知っていた。祖父の書斎で埃を被っていたのを貰い受けたのである。 そのさいには、母親の不快そうな顔を引き受ける目にあったことは言うまでもない。

「・・・・・・・・・?!」
 このときあることに気づいた。いや、気づかされたと表現すべきか。
 時間を凍結することができたならば、どれほど幸福かということである。この美しいモティーフをたとえ、五分でもそれができたならば、それを描ききることができるような気がした。
しかし、それは誤りだった。
 彼女は、動いてこそ美しさを発揮するのである。顔の表面を覆う艶は、流れる気によって構成されている。それは、彼女の内面からあふれ出てくるものだ。
無尽の泉のように、それは、ある種の光を伴って流れてくる。気のように触れもしなければ、見えもしない真性の光である。
 カラカラと笑いながら空間を食いつくすこの怪物は、確かに啓子の魂をそのものにもかぶりつき、その腹にしまいこんで消化してしまいそうだ。
 そうなってもいいとプライドの高い啓子に思わせる何かをあおいにはあった。それが何なのか正体は不明だ。
 いずれにしても、それは常に動いていなければならない。身体を自在に動く気は、動いてこそ、その美しさを発揮する。凍結させてしまっては、無尽の泉も旅人の喉を潤す甘い水をほとばしることは無理だろう。
 もしかしたら、自分は喉を潤わせてもらう旅人ではなかろうかと、考えるに至っていた。突飛な考えだが、自分はあおいという太陽を回る惑星のようなものかもしれないと思った。すると彼女に振り回されている自分の気持ちが不思議なくらい説明が付く。
 啓子は太陽に対して目を細めた。
 あの日のことが現在のことのように蘇ってくる。それは先週の金曜日のことだった。放課後、誰もいない踊り場へと連れ出した。屋上へつながる空間は、半地下ならぬ半屋上とでも言うべき世界である。別の言い方を捜せば、空中庭園という言葉が適当かもしれない。大袈裟な語義とは裏腹に頼りない宮殿、まさに、啓子とあおいが置かれている状況と境遇に相応しい。
 遠くから響いてくる同級生や下級生たちの歓声は、別の世界のものように思えた。壁から窓から伝わってくるひんやりとした空気は、その思いを強くさせる。

 リノリウムの床に放り出されたあおいは、まるで貞淑を破った妻が夫の暴力を怖れるように震えていた。華奢な肩に乗った可愛らしい顔は、かつて親しんだそれとはまったく違う色をしている。
とても不思議な感覚だった。こうして、彼女を見下ろしていると怒りとも支配欲ともしれぬ気持が這い上がってくる。
 それに抗しがたい気持は、裏切られたという感覚だった。
 いずれにせよ、説明できない感情は少女の心を突き抜けて身体をも支配していた。よもや、感情が高まってあおいを殴りつけようとした自分を押さえつけたのは次のような言葉だった。
「早く、脱いで ―――」
 薄闇の中で、顔の筋肉を引きつらせて怯えるあおいの顔。
 そして ――――。
 陽光に照らし出されてあふれんばかりの笑顔を振りまくあおいの顔。
 それらが二重写しになって啓子の目の前に出現している。だから、彼女の声が思考回路に張り込む隙がなかった。

「ねえ、啓子ちゃんったら!」
 それをこじ開けるためには、同じ言葉を数回ほど繰り返さなければならかった。おそらく口角泡の一粒、二粒ぐらいが啓子の身体に降り懸かったにちがいない。
「ああ ――」
「ああ、じゃないわよ」
 憮然とした顔をして、あおいは啓子の目に語りかけた。
「どうしたの? ぼっとしちゃって」
「とにかく、これから来てよ」
「さっきの話? 塾みたいなところ?」
「塾ってより、予備校。美大受験のための。子供向きのところはおもしろくなかったから、そこを紹介してもらったの。代ゼミとかと違って個人的なところだから特別なお願いが通じたのね」
「・・・・・・・?」
 啓子の言っていることの半分もわからない。あまりに同年代の少女たちと感覚が違いすぎるのだ。あおい以外のクラスメートたちに対しては、意識して合わせている。すなわち、他人を、いや、自分をも偽っているわけだが、こと、親友を目の前にすると思わずそのタガが外れてしまう。
小説などで読み知ったことを我がことにしてしまう想像力があるだけに、代ゼミなどと言う言葉が平然と出てくるわけだ。
「あ、そうか。美大受験のための予備校に小学生が通うのはおかしいでしょう?」
  「でも前の絵の塾はどうして気に入らなかったの?」
 良いところに疑問を持ったと、まるで教師のような顔をして、啓子は説明を再開した。
「自由に描かせるだけで、人間を人間として描く方法を全然教えてくれないだもん」
「??」
 またも、あおいは首を捻らざるを得ない。
 啓子は、彼女の首から肩に掛けて造られる傾斜の美しさに気を取られながらも、同時に、説明を続けるという芸当を披露した。
「写真みたいに描きたいの」
 それは、実際の希望とかなり隔絶しているが、あおいにはそう説明するしかない。
――――いつだって、お前はそうだった。自分が美しいことに無頓着だったし、他人がそれに対してどのくらい憧れてきたか、想像だにしない・・・・え? 私は何を?
 それは突然、外部から脳に送り込まれた言葉のように思えた。啓子じしんが考えたことではない。いわば芸術に対するインスピレーションに近い。
 またもや何処か別の世界に旅立ってしまった啓子に、あおいは戸惑いを隠せない。
「どうしたの?」
「な、何でもない ―――」

 急に機嫌を害した啓子に、あおいはどうやって接したらいいのわからずに立ち尽くすばかりだ。
 ここ数ヶ月で、少女は失ってはならないものをタチ続けに失っている。ここで、啓子まで手放すわけにはいかない。だから、ぎりぎりのところで、彼女の全裸要請にも首を縦に震ったのである。
「わかったわよ、でも変なことされないんでしょうね ―――」
「大丈夫だよ。変な絵は見せてないし ――」
 変な絵が、あおい自身のヌードデッサンであることは、国語の問題を解く要領で導き出せた。
 
 曰く、波線部を文中の別の言葉で置き換えている言葉がある。それに該当する言葉をすべて書き出せ。

 楽しいはずの啓子と過ごしている時間が、さいきんでは唯一の命綱になっていることから、それが必ずしも安息になっていないような気がする。それが試験問題を解いている時間を思い浮かべる羽目にもなる。
 少女が迷い込んだ隘路は、想像したよりもはるかに複雑で、脱出するのに普通では考えられほどの努力を要求する。 
 そのことを痛いほど思い知らされた午後だった。

  親友の目の前で全裸を晒したとき、二人で風呂に入ったときよりもはるかに羞恥心を憶えた。自分だけが恥部を晒すというのは、想像以上に恥ずかしいことだったのである。互いに見せ合ったあの日とはまったく違う感情を少女の心に植え付けていた。
 しかも、啓子は窓を背にしていたために、逆光となり、彼女の顔や詳しい表情を確認できなかったことは、さらなる不安を煽り立てた。怒っているのか笑っているのか、まったくわからなかったからである。
かつて、母親が見ているドラマ中に裁判のシーンがあったが、あの被告の立ち位置を彷彿とさせた。
被告は、まだうら若い女性だったが、裁判官、検察官、弁護士、そして、裁判員や傍聴人たちに取り囲まれた様子は、まるで、世界中のすべてから責め立てられているように見えた。
 そのとき、あおいはそれを如実に感じたのである。

 いま、列車は啓子の指し示す駅のプラットホームに呑みこまれていくところだった。それが、巨大なマジックハンドに摑まれていくように思えた。





テーマ:官能小説 - ジャンル:アダルト

『由加里 81』
 照美とはるかの悪魔的な笑いにチクチクと突き刺される中、二人に対して何ら抗うことができないという事実は、由加里を奈落の底に叩き落としていた。
 由加里は、蟻地獄に捕らわれた蟻のように身体をゆっくりと、しかし、確実に喰われていくのだった。蟻は、意識が残存したまま捕食者に呑まれていくのだ。それは、ある意味、ライオンに殺されるよりも残酷である。後者のばあい、まず、喉元を咬まれたあげく、窒息により意識を奪われてのち、捕食者の胃袋に収められるからだ。
いじめとは大抵後者を指す。
 さいきんの、というよりは、戦後しばらくして受験戦争が始まってからは、そういう傾向が顕著である。
 
 いま、由加里は、照美とはるかという二人の肉食獣、しかもとてつもない美点を持った捕食者に喰われ消化されようとしている。
照美は、ピアニストのようにしなやかで優美な指を由加里の喉から顎、そして、頬へと走らせる。そして、同時に少女の耳に悪魔の歌を囁きかけた。
「さて、大親友の由加里ちゃん、見て欲しいものがあるのよ、うふふふ」
 類い希な美貌を歪めて、照美はあえて笑いの顔を造り出す。その工作過程は冷徹な憎しみに満ちていた。それが由加里には怖くて溜まらない。いっそのこと、テーブルの上に乗っている果物ナイフで顔面をずたずたにされたほうがましだった。
 だが、それ以上に残酷な出来事が由加里の身の上に起ころうとしていたのである。度重なるおいじめによって、尋常ならざる鋭敏さ養っていた彼女がそれを予見していたであろうことは想像に難くない。
 真実、それを洞察した照美が、怯える犠牲者を観察しながら楽しんでいたのである。
 由加里は、なかなか話そうとしない照美に、さらなる恐怖を憶えていた。いったい、自分に何を見せようとしているのだろう。これまで彼女たちが自分に対して行った残酷な行為。それ以上の何がその美貌の手に隠しているというのだろう。
 だから、由加里は口を開いてしまった。それは自動的に無条件降伏以外のどんな意味も持たないというのに・・・・・。

「ど、どんなも、ものですか?」
「ふふ、楽しみなの? 由加里ちゃん」
 まるで愛おしい我が娘にそうするように、由加里の髪を撫でながら言った。その美貌には、我が意を得たという自信のようなものがみなぎっていた。
 だから、こう答えるしかなかった。
「ハイ・・・・ご。ごしゅんじさま ―――」
「ごしゅじんさま? 違うでしょう? 由加里ちゃん、私たちは姉妹もどうぜんなのに」
 そのことばに、由加里は今更ながらに驚いた。それが嘘だとわかっていても、その言葉が持つ深い意味に心の何処かが動く ―――そんな自分を再発見して心底、自分が嫌になるのだった。
 そして、もうひとつ、彼女が発見したことがある。それは、はるかが一瞬だけだが、表情を曇らせたことだ。
その言葉が照美の整いすぎた唇から発せられたとき、たしかに、はるかはただでさえ怖ろしい顔に悪鬼を乗りうつらせた。
―――この二人はたしかに姉妹然とした絆で結ばれている。
 こんな時でも物事を達観する能力があるじぶんを呪った。いや、こんな能力を開発させたはるかを恨んだ。しかし、その相手は顔をまとも見られないくらいに怖いのだ。
 彼女のすこしでも動いたら自分は四散してしまうのではないかとさえ思った。いま、それが現実のものになろうとしている。
 はるかは、持参した青い色のバッグから一個のライターを取り出した。これから、自分の髪に火でもつけようというのだろうか。
 いや、違う。よく見ると、それはUSBメモリーだった。それをノートパソコンに差し込む。あらかじめ起動させてあったのである。由加里に命じてあった宿題の添削をし終わったところだったのだ。
 USBが挿入されるとき、コンピューターが奏でる警告音は、少女にとってどのように聞こえたであろうか。
 きっと、死を予告するカラスの鳴き声に聞こえたにちがいない。

 自分の死刑執行命令を読むように、モニターに目を走らせる由加里。取っては行けないと言われても瘡蓋を取ってしまうのが人間というものである。快感と苦痛のまん中に立たされたあげく、行く先を後者と定められた彼はまちがいなく苦痛を選択するのである。
「・・・・・・・こ、こんなことを、私に、させようって ―――」
 由加里は絶句した。
 そこに映し出された文字のひとつひとつを組み合わせていくと、とんでもない内容が浮かび上がってきたからである。
「アドリブは許すわ。だけど、台本を著しく逸脱するときは ―――」
 はるかの指が由加里の耳に忍び寄ると ――――。
 一も二もなく、それを握りつぶしたのである。
「ひっ、い、痛い・・・・あぅ・・・・・ウウ・ウウ・・ウ・ウ」
 筆舌に尽くしがたい苦痛のために少女のノーブルな顔は瞬く間に、歪んだ。しかし、何処までいっても、それは知性を保っていた。上流貴族の文化が追い求めたモティーフにもなりそうである。苦痛や哀しみといったマイナスのイメージも一流の文化人の手によれば、最高の芸術品にもなる。
 それを、この少女はその華奢な肉体で証明したのである。
 畳み掛けるはるか。
「わかっているわね」
「は、ハイ・・・・・・・ウ・ウ・ウウ、お、おね、おねがいですから、ゆ、ゆびをはな、はなしてください・・・・ウ」
「はるか、だめじゃない。この子は私たちの妹も同然なのよ、うふふふ」
 嗜める照美の顔は、しかし、揶揄と嘲笑に満ちていた。

 前門の虎、後門の狼。

 いちど使った表現を何回も使うというのは、本来、小説を志す者は選んでは行けない道だと言われる。しかし、あえてこの表現を選ばざるを得ない。
 
 硬で責めてくるはるか、そして、柔でそうする照美。自分に刺さっている針のどちらが鋭いのか、判断しかねる由加里だった。
 照美は、涙を流す少女を満足そうに眺めていたが、時計を見ると死刑の執行を宣告する刑務官のように冷たく宣告した。
「そろそろ時間ね。用意しないと ――」
「え? あぐうううっぅうっぅ・・・・・ググッググ・・・・!?」
 反論する余裕を照美は与えなかった。とつぜん、自分の身体に起こった異変に驚愕する由加里。
 何かを、少女の股間に照美はあてがったのである。下着をすり抜けて、それは無毛のスリットにめり込む。
―――アレ? おかしいわね。
 照美は訝しく思った。いつもよりも違う感触が指に伝わってきたからである。いつもより、柔らかい。いや、柔らかすぎる。こんな簡単に中に入ってしまうなどと・・・・・。
 実は、今朝拵えてきたゆで卵である。
 こんなことは、学校に行っているときは日常茶飯事のことだった。もう、そのころには由加里に命じて自発的に挿入させていが、さいしょのころは毎朝、登校すると無理矢理に押さえつけて、局所に埋め込んでいたものだ。
 たしかに、その時の感触よりも柔らかくなっていることは確かだろうが ――――。
 それ以外でも、由加里の局所を弄ぶことは放送室で日常的にやっていたことである。この柔らかさは明らかにおかしい。
「由加里ちゃん、神聖な病院でなんてことしてたの ――――?」
「ウウ・ウ・・ウ・・・・うう?!」
 できの悪い嫁の仕事に呆れる姑のような視線で由加里を責め続ける。なお、あからさまに不快な顔をしないのが、正しい嫁いびりのテクニックである。そして、家康のように座して果実を待つのが、正しい嫁いじめの醍醐味である。
 それはさておき。
 照美は、しかし、年齢から言ってもそのような喜びに身を浸すことができずにいた。
「一人で楽しんでいたでしょう?」
「・・・・・・?!」
 性器を弄ばれながら、その言葉が持つ陰湿さに由加里は唖然となった。まさに心をも鷲摑みにされる思いだ。
「由加里ちゃんは、本当にイケナイ子ね ―――」
 さらに畳み掛けようと唾液を装填しようとしたが ―――。毒舌を首尾良く発揮するために ―――。
 思わぬところから邪魔が入った。

「おい、照美、そこまでにしておけ。もうすぐ、ミチルたちが来るぞ!」
「え?!」
 台本を見せられて、とくと理解しているはずなのに、改めてその固有名詞を突き出されると動揺を隠せない。
「照美、はやく手と顔を洗え ――」
「そうね、私たちの役回りは、見知らぬクラスメートだったわね」
 由加里の性器を弄びながら、照美はさらりと言う。はるかの言いように何か含むところがあるように見えた。
「なんだ? 何か言いたそうに見えるが?」
「センスがないわね、この由加里ちゃんの小説の方がよほど良いわよ」
 由加里の股間から引き抜いた指を鼻に近づけてクンクンと嗅ぎながら答えた。由加里は、筆舌に尽くしがたい羞恥心のために顔を赤らめ、はるかは憮然と口をへの字にする。
「それも私の指導のたまものだとは思わないのか?」
「指導ねえ? この由加里ちゃんが骨の髄までいやらしいから、あんな小説書けたんじゃない? ためしに読んでみようか?」
 照美は、鞭のようにしなやかな指をキーボードに走らせる。
 目指すファイルを開くと声高々に読み上げる。
「 ―――由加里は、やおら立ち上がると教壇に向かって歩み寄った。そして、驚愕のために凍りつく教師を無視して、そこによじのぼる。そして、スカートを捲ると、大腿を広げた。クラスメートと教師は言葉すらなかった。なんと、少女は ―――」
「いやあ!やめてえええ!!やめてぇえぇぇ!!」
 由加里は、布団を被ると現実から逃避すべく、激しく慟哭しはじめた。しかし、皮肉なことに自らの声によって夢から引き戻されるのだった。
「照美!」
「わかっているわよ、ふふ」
 照美は、泣き叫ぶ由加里を背にしらっとした顔で洗い場で手を洗い始めた。
「西宮」
「ウウ・ウ・・ウ・ウ・・・・ど、どうして、ここまでひどいコト」
 自分の生活をここまで破壊した犯人たちを睨みつける由加里。
 なおもプライドを失わない彼女に、はるかは満足そうに笑った。
「わかっているな ――台本は頭に入っていると思うが?」
「ハイ・・・」
「はいじゃないだろう? 私たちは?」
「見知らぬクラスメート」
「だったら?」
「うん」
「そう、それでいい。それにしてもその表現、自分でも気に入らない。いい言い方はないか?」
 まるで優れた弟子を目の前にした師匠のような顔をする。
「・・・・10年間、口を聞いていない隣人どうしとか」
「そうだな、それがいい」

 こと、文芸の話になると由加里は、今の今までいじめられていたことなど忘れてしまう。それが照美には興味深く映った。
しかし、当の由加里は口惜しかった。自分の感情とは別に働いてしまう、分裂した自我の魂魄が憎くてたまらない。
「じゃあ、口を聞いていない隣人だっけ、それで頼むわね ―――」
 由加里はコクンと頭を傾けただけだったが、それは少女にとってみれば、歴史時代に行われた処刑法に思えてならない。ある意味において、白旗を挙げたことにならないだろうか。けっして、ふたりに無条件降伏したつもりはないのだ。
 しかし、人間というものは全能ではいられないようだ。由加里のそのような態度がふたりを大変面白がらせていることに気づかないようだから、さらに激しいいじめを受ける羽目になるのだ。
 それに気づくとき、この少女は呼吸をしているだろうか。
 この時、誰もそれを予知することはできなかった。

「そろそろ二時だわ」
 照美は、病室に設置されたアナログ時計を見ながら言った。
「約束にうるさい奴だからそろそろ ――――」
 言い終える前に扉が開いて、紫色の花が顔を見せた。
 ミチルと貴子がテニスウェア姿で来訪した。
 病室を見回すと、父親の友人の邸宅に招待された子供のような顔をして、口を開く。
「こんにちは、先輩! それに照美お姉ちゃんとはるかお姉ちゃん ――」
「なんだ? 私たちはおまけか?」
「当たり前でしょう? 今日の主役は先輩なんだし ――ああ、ごめんなさい、いろいろ忙しくてこれなくて」
 すまなさそうに小さな顔をせせこましくするミチル。
 由加里は、なんと言っていいのかわからずに、顔を赤らめる。その華奢な肩は小刻みに震えている。まるで数十年ぶりに再会した姉妹どうしのようだ。

「先輩、傷のようすはどうですか?」
「・・・・骨折は、かなり、くっついているのよ・・・・うう」
 そこまで言って黙りこくってしまった。
「どうしたんですか? こんなところまでいじめっ子たちが来るんですか?」
 思わず由加里に近寄るミチル。
 ミチルと違って、注意深く照美とはるかを見回すところなどは、親友と性格を異にする証左だろう。
 一方、はるかと照美は由加里の口を見ていた。はたして、台本どおりに台詞が出てくるかとうか・・・・。

「そ、そんなことないよ。宿題を持ってきてくれる子もいたりするから ――」
「良い傾向じゃないですか、きっと後悔しているんだと思います」
「ミチル、そんなこと軽々しく言うもんじゃないよ! 先輩がどんな目にあってきたか知ってるでしょう? そうだったらそんなこと言えるわけないよ!!」
 吐き捨てるように、貴子は言い放つ。
 照美とはるかは、驚いていた。普段の彼女を見ていれば、このような行動を取ることは簡単に想像できる。それなのに、自分はどうしてこんなことをしているのだろう。
 今更ながらに、常識的な反応をしている自分を再発見してさらに驚愕した。
 そうだ、本来ならばこんなことをしている自分ではない。だが、いざ、由加里を見るとそんなことは忘れて、彼女に対する敵愾心だけが雨後の竹の子のように生えてきて、サディスティックな欲望を再確認するのだった。
 だが、後ろめたい気持が消え去るわけではない。まるで姉妹のように育ってきたミチルと貴子とは別の世界に足を踏み入れてしまった ――といううら寂しい思いを心の何処かに棲まわせても、なお、羅刹の道を踏み外そうとしない。
 そうした矛盾のなか、猛禽のような鋭い視線の先には由加里だけが ―――いた。
 しかし、気になるのはやはり貴子のことだ。どちらかというと単純な傾向を持つ、ミチルに比較して何事にも敏感な彼女のこと。すでに何か気づいているのではないか。

 はるかは、慎重に言葉を選んだ。
「で、こちらが西宮さんって言うんだね ――」
「え? はるか姉さん、いっしょのクラスにいて、そんな感じなの?」
 まるで富士山麓におけるテニスコートでの出来事が蘇ってくるようだ。同じビデオを再生しているようにすら思える。
 しかし、あの時とちがうのは照美がいることと、この世界を演出し動かしているのがはるか自身だということだ。
忘れていたが、もうひとつ違うのは西沢あゆみがいないことだ。はるかのアキレス腱とでも言うべき彼女は、ここにはいない。だから、すべては彼女の思うがままに進むはずだ。しかし、念には念を入れて注意すべきは貴子の存在だ。しばらく見ないうちに注意深い性格に磨きがかかったようだ。金江や高田といった性格の悪い連中とかかわっているとこうなるのだろうか。
 さらに注意深く、事を進めようとする。ふたりにわからないように、照美に目配せした。彼女は、由加里に近づいていく。
「西宮さん、これまでごめんなさいね。忙しさにかまけて、クラスのことに無頓着で。私は人見知りする方なのよ」
「う、ううん、か、海崎さんととそれほど親しかったわけじゃないし ――それに」
しどろもどろに言葉を運ぶ由加里だが、互いにそれほど親しくないという情報は、ミチルと貴子に伝わっているから、おかしいとは考えないだろう。
 由加里は機械のような正確さで、女優ぶりを発揮する。
「いじめに参加していたことはないから ―――」

 半分は事実で、半分は嘘である。いじめが始まったころには表だって参加していた二人だが、さいきんでは、高田あみるや金江礼子がイニシアティブを執って行為に励んでいる。だから、2年3組のクラスメートは、いじめっ子は誰かと問われて、照美やはるかを真っ先に挙げる生徒は少ないだろう。
 おそらく挙げるとすれば、似鳥ぴあのと原崎有紀のふたりくらいだろう。彼女らは放送室における由加里いじめにサポートとして参加しているのだから、それも当然だと言える。
 二人はテニス部に関係していないから、その線から話が行くということもなかろう。
 はるかは、由加里を睨んだ。それは合図だった。少女はおずおずとかぶりを降ると、口を開いた。
「海崎さん、座って ―――」
「ありがとう、西宮さん。じゃ遠慮無く座らせて貰うわね」
 朗らかに笑って進められた椅子に座る由加里。
「・・・・・・・・・・」
 貴子は、困惑を隠せなかった。こんな照美を見たのは本当に久しぶりだからだ。やはり、こんな笑顔を見せられると、長いこと同じ年月を過ごしたことを思い出さずにはいられない。
 
 いっぽう、由加里もドキッとさせられていた。
 まるで大輪の花が咲いたように思える。俗にカリスマ性とでもいうのだろうか。その人物がそこにいるだけで、場の空気が変わる。それがプラスであろうがマイナスであろうとも、衆目を惹き付けてしまう。
 これまで彼女が受けた災厄を何乗倍しても追いつかないほどの苦しみを、照美のせいで蒙ってきた。しかし、それらをも忘れてもいいと思わせるくらいに彼女の笑顔は美しく見えた。はるかに強制された演技というわけでなく、ごく自然に由加里は自分のからだが動くのを感じた。
「海崎さん ――」
「何かしら?」
 照美は、優しく聞きかえした。貴子とミチルを驚かせたことに、涙ぐみながら、由加里は、言の葉を病室に漂わせた。窓から入った陽光がそれを照らし出している。病院にありがちな白いカーテンと光の協奏曲を奏でている。
病み上がりの少女の口から出てきた言葉は、かんぜんに二人の予想を反していた。
「わ、私のこときらい?」
「好きも嫌いも、クラスのことにあまり興味を感じてなかったから」
―――――照美姉ちゃんは嘘を言っていない。
 このとき、貴子はそう感じていた。しかし、彼女の目の前に展開していたのは、猿芝居にすぎなかったのである。
由加里は、憂いを含めた瞳を中空に漂わせている。それを気遣うように、照美は由加里の肩に指を、そして、次に腕を這わせた。しかる後に、軽く抱き寄せた。そして、おそるべきことを言ったのである。
「ごめんなさいね、西宮さん」
「ウウ・・・」
 嗚咽を漏らす由加里。
「そうだよね、見て見ぬフリするなんていじめをやっている子たちと同じだよね。いや、それ以下だわ。私は恥ずかしい」
―――その時、照美の指は由加里の腰に達していた。そして、布団の中に潜んだと思うと、少女の股間を探り当てていた。もちろん、貴子とミチルの角度から見えてはいない。
――――アグウウ・・・イヤ。
――――こんな時まで欲情しているのね?
 囁き交われる会話は、悪魔も裸足で逃げ出すほどに陰惨たるものだった。しかし、表だって交わされた会話は、きらめく天使の翼を透して、神さまの笑顔がみえるくらいに清らかで人倫と人徳に叶った内容だった。
「ごめんね、本当に、ごめんなさい。これからは、私たちが護ってあげるから、安心して。もう、高田さんや金江さんの思うとおりにはさせないから」
おもわず噴き出すの防ぐのにくろうしていたのは、言うまでもなく、鋳崎はるかその人である。ミチルと貴子が神話を題材にした絵画中の人物のように、重苦しい空気に包まれている中、彼女は、ただひとり、喜劇を鑑賞しているような気がした。
 別の言い方をすれば、信者でない人物がある宗教の集会場に迷い込んだような状況。そう表現すれば的確だろうか。
 異教の熱狂ほど、部外者を唖然とさせる喜劇は存在しない。
 この時も、例外ではなかった。





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『新釈氷点2009 5』

 辻口建造が自宅に足を踏み入れたとき、なぜか名状しがたい不安を覚えた。俗に虫の知らせというが、建造は意外とそのようなものを信じるほうだった。
 いわゆる経済高度成長時代の青年、しかも、医師などという職業に就いていた人間にはありうべからざる態度であろうが、時代を先取りしていたのか、その反対だったのか、周囲にいる者たちは判断しかねた。

―――何かあったのか?
 その不安は、妻の顔を見ると完全に現実化した。
「夏枝、何かあったのか?」
「あなた・・・・・・・」
 普段、温和な夫が怪訝な顔で迫ってくる。何か言うべき言葉を求めて、脳内を検索するが、何も見付からない。
「何故、目をそらす? 娘たちに何かあったのか? 薫子か陽子か?」
「・・・・・・・・・・・?!」
 建造は、的確に事実を言い当てている。そのことに、夏枝は驚きの声すら出てこない。健気にもそんな母親を救ったのは娘だった。
「パパ、帰ってきたの?」
「薫子、陽子に何かあったのか?」
 居間から飛び出してきた長女は心なしか顔色に曇ったものを感じる。母親と違って感情の起伏をあまり外に出さない彼女が、みごと、その目論みに失敗している。
「あなた ――――」
 ここまできても、夫にかける言葉を見つけられないでいる。

 外は夜のとばりが降りて、閑静な住宅街は安眠を貪ろうとしている。しかし、辻口家ではその通例に従えないような事態に見舞われていたのである。
 その事実は、家族の成員すべての心をかき乱すのに十分な災厄に満ちていた。だが、一名とその他ではその意味合いはかなり違った色合いを示していた。そして、後者のうちでも1名と2名ではまた異なる世界を彷徨っていた。
 その2名は、けっして公にできない罪をそれぞれ背負っていた。しかし、その意味合いもまた両者の間には、金星と火星ぐらいの距離があった。

 さて、この場にてもっとも理性的だったのは、薫子だということができるだろう。この件に関して、彼女は共犯ではない。ただ、気が付いたら妹が側にいただけである。おぼろげな記憶の中では、ある日、可愛らしい赤ん坊が母の腕に抱かれていた。妊娠などという前触れもなく、とつぜんにである。
 両親と違って手枷足枷から自由な薫子は、事態をそれなりに達観することができた。
「パパ、早く、こっちに来て―――すべてが知られたわ」
「何!? すべてを!!」
「薫子!?」
 二人は、しゅんかん、時間が凍りついたと錯覚した。
 薫子は、「すべて」という単語をいとも簡単に使った。何も知らないのだから当然だろうが、そのことは、両親の心に対して、すぐには回復不可能な傷を負わせたのである。
 もっとも、その傷口は自分たちで穿った結果であり、薫子は瘡蓋を剥ぎ取ったにすぎないのだが。

 その上に、大事なことがある。彼女がどうしてそのことを知っているのか―――という疑問を抱かせる余裕すら与えなかったのだ。

 その傷口を抉るような行為を自らするのが、居間に入るという行為だった。中には目に入れても痛くない愛娘がそこにいる。おそらく、長い遠征から帰還した王を迎え入れるように、彼女は歓待してくれるだろうが、それはこれまでのようにはいかないだろう。きっと、瞳は今も美しいだろうがそれは涙で潤んでいるせいだろう。もぎ取ってまもない桃のような頬に痛々しい傷が走っているなどということはあるまいが、真珠を液体にしたような涙が糸を引いているにちがいない。
 はたして、男は娘を視界に収めた。
「陽子・・・・・・」
「お父様・・・」
 そこには、変わらぬ美しさを湛えた娘がいる。ソファに細めの躰を差し込んでいる。しかし、父親を仰ぐそのすがたはいつになく凛とした空気を醸し出している。
 年齢相応にふっくらとした頬には、そこはかとなく影が入っているが、双眸には確かな意思を秘めた黒曜石が光っている。それは、とても12歳のこどものそれとは思えない。わずか一日ほど見ないうちに大人になってしまったようだ。建造は考えたくないことだが、ウェディングドレスを纏った娘をすら垣間見たのである。

「陽子、あなた ――――」
「・・・・・・・」
 背後から走り寄った姉と母は、父娘が無言ですべてを悟ったことを知った。しかし、必ずしも共有する根っこが違うことをそのとき、悟っていなかった。それは、これからの物語において、より色彩を濃くしていくことになるのである。
 だが、この時点においては、鮮やかすぎる花もまだ蕾もつけていなかった。あどけない顔から想像するに、彼女はまだ自分が持ち合わせている高貴で知性的な美貌をどのように利用していいのかまだ知らないだろう。きっと、自分が将来薔薇の花に似た武器を備えようなどと、気が付きもしないのだ。

―――お前は、母親の血を引いて・・・・!?
 ここまで考えて、建造は自らに絶句せざるをえなかった。なんと言うことだろう、この美少女は、夏枝の血を一滴も受け継いでいないのだ。
 すると、この典雅な属性は何処からきているのだろうか。あの殺人犯に一滴でもそのような血が流れていたとはとうてい思えない。いや、思いたくない。すると、彼の妻だろうか。それほどまでに美しい女性だったのだろうか。すると、彼は彼女を力づくで手に入れたのだろう。そんな女性が佐石のような男を好きになるとは考えにくい。
 しかし、それでは疑問が残る。
 どうして、彼女は陽子を生んだのだろう。そして、今も何処かで生きているのだろうか。陽子に似た女性が・・・・・。
 いや、こんな無意味な想像は止めにしよう。今、彼がすべきは目の前の陽子を愛することだ。夏枝もきっと同じ思いにちがいない。彼女はあの悪魔の秘密を知らないのであるし ―――――、こんなにまで二人が酷似している理由も、きっとそこにあるにちがいない。
 建造は、天を仰いだ、正確には、豪華なシャンデリアが下がっている天井を ――であるが。
 そして、夏枝や陽子とは違った意味で整った顔に両手をあてがう。しかしながら、いかに、両目を塞ごうとも彼に安息を意味する暗闇はやってこない。彼が犯した罪はそう簡単に消えることはないのだ。
 再び、手を離したとき、シャンデリアが視界に戻ってきた。そのとき彼がよく見知った女性の声が耳に響いた。

――――これって、建造の趣味でしょ、本当に悪趣味ね。
 
 財前春実の端正な顔が浮かぶ。氷の彫刻が見せる鋭利な面たちのように、その声は黒い、そして、白銀の響きを見せる。
 それらは交互に出現し、男を、あるいは検事を籠絡する。

――――あいつはこの件にどのように関係しているのだろう?

 建造は、美しい共犯の骨格に忍び込もうと努力した。想像した美しい彫像に自分の心を潜ませる。そうすることによって、怖ろしく頭が切れる友人と記憶と思考回路を共有できると思ったのだ。
 しかし、それは徒労に終わった。彼女が何を考えているのかどれほど考えても手がかりすら摑めない。
 
 もはや、陽子にかける言葉はなかった。ようやく事態が収束を迎えたとき、時計をみると九時を回るところだった。その時、自分を含めた家族がまだ夕食を取っていないことを知った。
 この家にとっては、その夜は記念すべき日になった。
 辻口家が出前を取ったのである。もちろん、他の家庭のようにスムーズにいかなかった。もちろん、小説などを通してそのような世界があることは知っていた。しかし、実際に行動に結びつくわけではない。出前と言ってもどのような店に連絡したらいいのか検討すらつかない。彼らはそのような階級に生まれ育ってきたのである。
 困り果てた末、夏枝がかつて実家でお手伝いさんをやっていた女性に電話をかけて、問題の解決を計った。
 その結果、近所にあるラーメン屋の存在を知ることになったのである。こうして、家族四人で麺をすするというこの家にしては珍妙な行為に身をやつすることにったわけだ。
 建造は、陽子を密かに盗み見した。フランス料理のフルコースを食べるような仕草でラーメンに挑んでいる。その姿から何かしら娘の真意を測れると考えたのである。
 しかし、乳白色の額にひっそりと浮かんだ真珠のような汗に心が惹かれるだけだった。
 
 結局、今度の休みにルリ子の墓参りをすること、そして、何よりも彼女の仏壇を我が家に設置することで話は決まった。
 終始、陽子は不気味なまでに冷静で、これ以上父母を責めるようなことはしなかった。その裏に何かがあるのではないかと、スネに傷がある分、建造は気が気でなかった。だから、正直、妻の顔を直視することが出来ない。

――――お前が浮気したせいじゃないか。

 密かに小児病的な毒づきをすることでしか、自分を慰めることしかできなかった。
 この時、辻口家の歯車が何者かによって手を入れられたことに誰も気づかなかった。昨日のような明日が来ると誰しも疑っていなかったである。いや、気付きもしないし疑うこともしない。そう思いたかったのかもしれない。少なくとも2名は悪い予感ていどの悪寒を憶えていた。
 建造と薫子である。
 前者は言うまでもないだろうが、問題は後者である。
ルリ子が殺されたとき、まだ、彼女は幼児にすぎなかった。しかし、類い希な知性を持つこの少女はその存在が隠匿されたことに、長い間、疑義を抱いていた。陽子の存在があるとはいえ、どのような理由によってそこまで秘密にする必要があるのか。
 だが、薫子がいかに優れた少女であっても、そのタブーに手を触れることはできなかった。母親のようすからこれ以上、足を踏み入れてはいけない場所があることを無意識のうちに察知していた。
 それゆえに、夏枝が言い聞かせる前に、彼女の口から『ルリ子』という単語には封が為された。ある日、パンドラという女性が箱を持ってきた。両親はそれにその単語を入れて、永遠に閉ざしたのである。
 その時、パンドラが帰るとき、薫子に冷たい笑顔を見せたが、それがどうしても忘れられない。高校生になった今でもそれが夢に出てくるのである。
 しかし、そのことは家族の誰にも話すわけにはいかなかった。

 今度、墓参りに行くという。そのことを含めて、両親に質す必要性を感じた。その夜、妹が寝静まったのを確認すると、二人の寝室を訪ねた。
 とつぜん、現れた薫子に両親は別に驚きもしなかった。このことを予感しているようだった。しかし、すべてを打ち明けると建造は思わず声に感情の高ぶりを潜ませた。
 今さらに言う。
「―――お前、知っていたのか!?」
 父親は、この長女のことを娘ではなく息子のように思っている。だから、そのような呼び方になるのだ。
「知らないとでも思っていたの? たった一ヶ月預けられただけで、あの子が誕生したんだよ、幼児でもおかしく思うでしょう?」
 それほど感情を表に出さない薫子が珍しく言葉に抑揚を持たせた。あたかもこれまで表現できなかった思いをいちどに噴出しているかのように見えた。
 少女は、まるで妹の到来を警戒するように扉に寄りかかっている。
「ルリ子の墓参りにも行ってたし ――――」
「何だって? じゃあ、毎年おかれる花束はお前のものだったのか? それにしてもどうやって知ったんだ?」
「春実のおばさんに聞いたの ―――」
「え、お春ちゃんに?」
 その呼び方から、夏枝が動揺していることが見て取れる。今の今まで口を開かなかったのは、すこしもでそうしたらならば、大声で叫んでしまいそうに思えたからだ。
「10歳のときだったわ。そう言えば、花束って言ってたわね。私は、命日の次の日に行くのが習慣になっていたから、それは違うわよ、それに ―――」
「それに?」
 夏枝は頼るような目つきで娘を見つめた。いま、彼女が一番頼れるのは、夫たる建造ではなくて、目の前に屹立する彼女のような気がする。
「あんな高いお花は小学生の私には買えないわよ。その人はきっと命日の前に来てたのよね。それとも早朝だったかも ――――」
「そんなことはどうでもいいのよ! 問題は ―――」
「ママ、声が高い ――――」
 敵国に潜入した諜報部員のような仕草で母親を制した薫子はさらに畳み掛ける。
「ねえ、ママ、血がつながってないってそんなに大変なことなの? 私は気にしないわ。もしもパパとママが気にするなら、あの子を連れて家を出てもいいのよ ―――」
「薫子!」
 夏枝の声とともに、頬を打つ音が響いた。それは、九州の渇いた大地ぜんたいに轟いたのではないかと思わせるくらいの迫力と威力を有していた。
 ガウンを羽織った彼女が座っていたベッドから立ち上がって、頬を打つまでその動作は普段の夏枝から想像もできないくらいに、敏捷で猫科の動物じみていた。それに建造も当の薫子もまったく対応できなかった。
「ママがどんな思いで!」
「わかっているわよ、だから、こうして欲しかったの ―――」
 夏枝の言葉を封じるように、薫子は打たれた頬を見せつけた。
「・・・・・・・・・・・・・」
 加害者はすでに何も言えなくなっていた。ただ、うつむいて液体になった水晶を垂らすだけだった。
もはや、3人のうちに言葉は必要なかった。だた、数日後に控えた墓参りに控えることしかすることがない。
 それに心を砕くことだけだった。






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『マザーエルザの物語・終章 31』


 赤木啓子の周囲でいろいろと囁かれるようになったが、本人は、まったく相手にしようとしない。
 四限が終わって、昼食の時間になっても、あおいが帰ってこないので、クラスメートたちは啓子に尋ねようと思った。
 しかしながら、思考が行動に結びつかないのは世の常である。
教室に戻ってきた彼女に、いざ、尋ねようとしてみても、その恐ろしい顔を見ると足がすくんでしまい、誰も事を問うのをやめてしまう。
 その上、担任はめぼしいことを教えてくれようとしない。
 いったい、何が起きているというのだろう。
 さいきん、どう見てもあおいの状態はおかしい。完全な健康体を誇っている彼女が倒れてしまった。
 そうは言うものの、こういうことはよくあることだろう。その証拠に、クラスメートである狭山キイコの祖父は、仕事中に脳溢血で倒れてしまい、現在、加療中だということだ。
 
 しかし、あおいはまだ小学生である。それでも、何歩か譲ってありえるということにする。しかし、そうであっても、何か心に引っかかるものがあるのだ。

「あおいちゃん、このごろ、変だよ」
「何かね ―――――」
「確かに、明るいんだけどさ、どこか無理しているように思えるのよ」
 それは、芝居じみていている ―――というほどの意味なのだが、いかんせん、小学生の語彙力からは、それを引き出すことはちょっと、無理があったのだろう。
「赤木さん、きっと、知ってるんじゃない」
「でも、聞けないよね」
「なんか怖いよね」
 その少女は、コワイという訓読みが成立した起源を証明するような口調で言った。きっと、古代日本で恐ろしい獣に襲われた人たちは、思わず、そのようなしぐさで叫んだにちがいない。
 なんと、啓子は原始人に擬せられているのである。しかしながら、当の本人は藪蚊ほどには思っていない。
「・・・・・・・」
 弁当を突っつきながら、窓の外を眺めている。ちなみに、彼女の席は窓際の真ん中にある。そして、彼女の目の前にはあおいの席が、寒天によって構成されたカビ実験場のように、穴が開いている。
「お前なんか、しょせんカビか ―――あそうだ!!」
 独り言を漏らしているかと思うと、いきなり、絶句した啓子は、いきなり立ち上がった。
 それは驚天動地の出来事だった。
 啓子の声はまさに、脳天から飛び出るような声だった。
 このとき、教室に同居している人たちは、たったひとりの例外もなく驚愕の表情を造った。
 小学生のくせに沈着冷静を旨とするこの少女が、まるで、あおいのように天衣無縫に行動しているのだ。あたかも、彼女の生き霊が乗り移ったかのように。
 
「そうだよね、あおいちゃん、ぐあい悪いんだから食欲ないよね。食べてあげなきゃ ――」
 まるで、舞台の上の俳優のように、これ見よがしに大きな声を張り上げる。あたかも、何事かをみんなに報せるためにやっているようだ。手振りも必要以上に大げさだ。
 みんなが凍りつく中、あおいのランドセルに手を入れた ―――。そこで、狭山キイコがはじめて声をかけた。
「赤木さん、だめだよ」
「ど -して?」
「・・・・!?」
 キイコは唖然とさせられた。それは、啓子の表情である。わざと目を丸くしたその容姿はまさに芝居かかっていて、不自然だ。しかし、あおいのそれのようではなく、故意にやっているように思える。しかしながら、自ら、あおい以外のクラスメートに働きかけようとするその姿は、かつては目撃できない行動だった。
「どーしてって、それ、あおいちゃんのだもん」
「わざと倒れて、クラスメートに心配をかけるような子はこのていどの罰を受けるべきよ、そう思わない?」
「え?」
 面食らっているのはキイコだけではなかった。クラスの誰もが耳を疑った。あの啓子がこんなに舌を動かしているのを、あおいに対する以外、見たことがない。それに、その明言の内容である。あおいが仮病などと ・・・・・。
「じゃ、もらおうかな」
 啓子の反論に押し黙ってしまったクラスメートを尻目に、喜び勇んで、弁当を広げようとする。
そして、弁当を開いて箸を持とうとしたその瞬間、ドアが開いた。
 クラスメートはちょっとした寸劇を目撃することになる。
そこにいたには、あおいだった。少なくとも、おずおずと元気のない彼女を確認したはずだった。しかし、すぐにその表情は表現し、みんなが見慣れたあおいが視神経に侵入してくるのを感じた。
「ちょっと、啓子ちゃん、何しているのよ!!」
「何って、あおいちゃん、具合悪いんでしょう? その代わり、食べてあげようと思って ――――」
「・・・・・・・・・・・・」
 思わず、押し黙ってしまうあおい。そんなあおいに、さらに舌を滑らかにするのは、啓子である。
「あら? 具合悪くないの? もしかして、仮病!? えー?」
 「え? ほんとう? あおいちゃん、それ、ほんとうなの!?」
「嘘!! 何それ? ひどい!」
 何と、啓子の言葉に反応してクラス全体が動き始めた。みんなの視線が一斉に、あおいに集中する。
「ウウ・・・・・?!」
 とたんに、あおいの表情が硬化する。脂汗が、少女の乳白色の額に滲む。
「どおしたの? あおいちゃん?!」
  疑惑の色が濃い視線を、狭山キイコは、投げかけてきた。
「ちょ、ちょっと、お腹が痛くて、」
「じゃあ、食べられないわよね ――」
 啓子は、鶏の唐揚げを啄む。あおいは思わず、悔しそうな表情を浮かべる。
「あ、美味しいな・・・・?!」
 その時、なぜか、啓子はかすかに顔を歪ませた。もちろん、それはあおい以外の誰にも見抜くことができなかった。彼女とて、意識を危うくさせる官能の渦中で、やっと、啓子の顔に記された暗号を読み解いたのである。普段から啓子のことをよく知っているあおいでなければ、できない芸当である。
 
 しかし、すぐに表情を元に戻すと、いかにも美味しいと言いたげな顔で、弁当を平らげ始めた。
 一方、啓子は、口に食物を運びながら、腹立たしい気持でいっぱいだった。何かを確かに隠している。それなのに、自分には何も言ってくれない。そんな人間には、このていどの罰は当然ではないか、仮病という名医にも治しようがない業病に相応しい薬はこのくらいしか思い当たらない。
 しかし、そう思いながらも、否定できない自分を確認していた。

―――――どうして? 美味しいけど、味が違う・・・・・・。
 
 もぐもぐと口を動かしながら、啓子は煩悶していた。普段、あおいの弁当からお裾分けしてもらっている、あるいは、彼女の自宅でごちそうになった、料理の味と微妙に違うのだ。これは、たしかに似ているが、彼女の母親が拵えたものではない。
 それは、ある意味、断定できる事実だった。その向こう側に隠されているものは、いったい、何だろう。啓子は知りたくてたまらなかった。だが、子猫のような純真な双眸を向けるこの親友は何故か何も語ってくれない。
容易に手に触れるところに花は咲いているのに、手に入れることができない。思いも寄らない震えのあまり、一ミリメートルの距離で停止してしまっている。これはどうしたことだろう。
 啓子の煩悶は冷徹な仮面の下で人知れず続いている。あおいも、自分の中で起こっている豪雨に対応しなければならず、そちらの方向に注意を完全に失っていた。
 そのために、親友の内面にまで神経が行き届かなくなっていた。
そのあおいは、啓子の見えないところで苦しんでいた。しかし、今度はそれを表に出すわけにはいかない。クラスメートたちは、彼女の言うことを鵜呑みにしてしまっているようだし、下半身の秘密を暴露されるおそれがあるから、保健室にはもう二度といけない。
「ウウ・・ウ・ウウ」
 みんなにばれないように下腹部を押さえながら机に蹲る。
「あんたさ、昨日、夜更かしでもしたんじゃなあいの?」
「きっと、そうよ、あおいちゃんのことだもん、アハハッハ」
 意地悪そうに見えるが、じっさいは、まったく悪意がない。それをあおいもわかっているからこそ辛い。誰に、いま、自分が苛まれていることに対する不満を申し開けばいいのかわからないからだ。
 当然のことながら、授業にも身が入らない。教師の声も何時もと違うように聞こえる。まるで、別の人間のそれのように感じる。阿刀久美子の声が悪意の籠もっただみ声にしか思えない。

―――――もしかして、私、もう死んじゃったのかな?
 もしかしたら、本当は死んでしまっているのかもしれない。そのせいで、体験する世界がこんなに変わってしまったのではないか。そう考えたのである。
 少女をここまで追い込んだものは何だったのだろう。それは彼女の下半身をじっと見てみればわかる。
 少女の大腿はじっとりと湿度を得ている。水玉のような汗がいくらばかりか散見できる
いつもならば、男の子のように足を広げているのに、両足が密着し、いつの間にかひとつに同化してしまいそうだ。
そして、視線を舐めるように腰の方向へと進めていくと ――――。
 不自然なくらいに濡れていることがわかる。見ようによってはお漏らししているようにすら見えるではないか。
あおいは、ぴっちりとスカートをその部分に密着させて、何かが起こっているのか、外部に知られないように、苦慮しなければならなかった。
 未だ、官能という概念すら理解していない少女のこと、身体の変化に戸惑っているのは当然のことだろう。まさに、二次性徴に命の危険すら感じる多感なティーンエイジャーと言ったところにちがいない。
 そんな少女の呻き声からは、苦悩と哀しみに満ちた内面とは美しい花の香が漂ってくる。
「ウウ・ウ・・ウウ」
 この下半身の秘密は、絶対に、みんなに知られてはならない。そんなことをしたらもう生きていけない。

―――いや、もう、私は死んでしまっているのだった。
 思い出すように、イチゴミルクの吐息を出すと、あおいはココロの中で呻いた。
 何時しか、ついに額にまで水玉のような汗が浮かぶようになっていた。
 授業がおわるころには、いくつもの汗を机の上に発見することになる。その中には、外見的な真珠の美しさとは裏腹に、苦しみと哀しみのメロディが隠されていたのだ。
 そんなあおいが一番、気にしていたのは親友である啓子の視線だった。

 





 

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