「オナニーしてみてくれない?」
それは、何回も由加里が拒否してきた命令だった。外見からは容易に想像できないほどに頑固な態度が見たくて、照美もはるかも、彼女が従わないことをわかっていて、あえて、同じ命令を下したものである。そして、後に帰ってくる反応を観察しながら二人は嗜虐心を満足させていたものだ。
由加里も、それをわかっている。だが、わからないことがある。
今、こんな夜更けにわざわざ自分を呼び出した理由はなんだろうか?
知的な美少女は、怯えながらも二人の表情から真意を読み取ろうとした。だが、まったく不可能だ。顔の表面が異常につるつるしている。すべての光を反射してしまう、ちょうど鏡のようで、由加里の思惟は侵入できずに締め出されてしまう。
この二人は恐ろしい。当たり前のことを今更ながらに思い起こされる。冷たい床がそれをその思いを強くする。クラス全体に責められているもむしろ、この二人だけの方がより受ける精神のダメージが強い。あるいは、苦痛の性質が違うといった方がより適当かもしれない。
もはや、沈黙は一分以上も続いている。由加里は、このような時に何をすべきか、二人に厳しく躾けられている。沈黙は大罪だ。自分はご主人様を悦ばせることだけに存在価値のある、おぞましい存在なのだ。だから、すぐにも口を開かねばならない。奴隷として何をすべきなのか、それを考えてすぐにも実行しなければならない。しかし、それが思いつかない時には平身低頭して、ご主人様に許しを乞い、かつ、どうすればいいのか、お伺いしなければならないのだ。
そのような文章はなんども復唱させられ、骨の髄まで染み込んでいるはずだった。
しかしながら、極度の緊張と恐怖のために口が開かない。歯と歯が当たってかちかちと音を立てている。
しかも、それを自分が出しているなどと実感できない。心が何処かに旅しているのだ。どうやら、それは精神のセキュリティシステムが作動しているらしい。だが、心はともかく、被虐者の肉体にとってみれば本当に自己保全につながるのが疑問である。
事実、照美は声を荒げると、よつんばいになっている由加里の背中に足を乗っけるとぐいぐいと踏みつけ始めた。はるかの他は誰もいないだけに、開放的な気分から嗜虐心が最大限に解放されている。そんな様子を見て、はるかは、まるで試合中のような興奮を覚えるのだった。なぜか、相手が予想以上に実力を備えていて、自分の攻撃がうまくいかないようなときによりいっそう燃えるようなそんな気分である。
「本当の赤ん坊に戻っちゃったのかな?西宮は?!」
少女の髪を乱暴な手つきで摑むと、はるか、今の今まで親鳥が温めていた卵のような腐ったぬくもりを感じて気持ち悪くなった。自分が虐待した少女が流した涙が染み込んでいるような気がしたのだ。はるかの感受性は、主人にそれを完全に無視することを禁じた。
「ヒイ・・・!?」
二人の手足は、無理やりに少女を肉体に呼び戻したようだ。由加里は、身体をからめ捕られて無理やりに戻されたような気がした。きっと、自分は死ねないのだと思った。仮にそうなることがあっても二人に無理やりに蘇生することを強要されるだろう。完全に支配されている。全身を見えない手枷足枷で縛られて、自殺することすらままならない。
「身体に、再び教えてやらないといけないみたいだな」
「はるかは、だめね。さすが体育系だわ」
「照美、おまえは褒めているのか、けなしているのか?」
「もちろん、後者よ。この体育会系ばか」
二人の軽やかなやりとりを聞いていると、自分が置かれた状況があまりにも非現実的に思えてくる。それが少女を惑わせた。今、体験していることはすべて夢の中の出来事のように思えてきたのだ。
口が動いた。
「わ、わかりました・・・オナニーします・・・」
「なんだって?よく聞こえないなあ?」
さらにテンションが上がって、はるかの声が荒ぶる。それが由加里の理性を復活させた。
「ヒッ?!」
突然起こった大きな音に反応した幼児のような顔をして、由加里は二人の顔を見た。今、自分は何を言ったのだろう、言ってしまったのだろう、自問自答しようとするが記憶が定かではない。ただ、とんでもないことを言ってしまったのだということだけはわかる。
それを会話の前後から推論すると、自殺の予告に等しい文々を述べていたことがわかった。
「西宮さん、今、何を言ったのかしら?もういちど繰り返してくれない?」
まるで母親が幼い娘に質問するように、ちょうど言葉と言葉の間をオブラートで挟み込むように甘ったるい口調で、言った。由加里にしてみれば、唐辛子を砂糖の塊でくるんだものを無理やりに食べさせられるようなものである。気持ち悪いことこの上ないが、ここは奴隷の身体、ご主人様には臣従しなければならない。わからなくても、何かを言わないといけないのだ。
「や、やっぱり、できない。できません・・・・わ、私・・・もう、許して・・・・クダサイ」
このふたりに仕えるにあたって、その動詞がいかに無意味なのか、痛いほどにわかっているつもりだったのである。それにもかかわらず使ってしまう。自分が口走ってしまったことがどれほどに重大か、記憶喪失になった今となっても、感覚で理解しているからだ。
照美は、被虐者が瀬戸際まで追い詰められていることを知っている。もうひと押しで白旗を上げることを理解しているのだ。
「西宮さんは本当に都合よく、記憶喪失になるんだね?」
「・・・」
照美の猫なで声などそうお目にかかれるものではない。その意味において、この少女はかなりの恩恵に浴しているといえた、ただし、本人が望めばのはなしだが・・・・。
「・・・・うう」
「泣いてちゃ、わからないわよ。西宮さん」
数万もの針で全身をつつかれているような気がする。照美たちは、こうやってじわじわと由加里を苦しめてだんだん弱っていくのを見て楽しんでいるのだ。それならひと思いに殺してくれた方がいい。
この美しい少女が自分に向ける憎しみの深いことと言ったら、高田や金江の比ではない。二人は面白半に自分をおもちゃにしているところがあるが、照美のばあい、仮にそのような説明ができる部分があったとしても、その背後にあるのは、殺意に裏付けされた運命的な憎しみなのだ。
そんなけったいなものと正面切ってやりあうよりも、いっそのこと、ここでオナニーをしてしまうべきかもしれない。
海崎照美という人間ならば一度交わした約束を違えることがないだろう。
きっと、もういじめないだろうし、ほかのクラスメートからも守ってもらえるだろう。
しかし、それがなんだろう。
この世でもっとも自分を憎んでいた相手に守ってもらうとは、どれほどみじめなことなのか。しかも、目的を達して飽きた、という但し書きがついている。こうまでされて生きている理由があるのだろうか?
それに、一度、加虐という美味しい肉の味を知った人間がそれを簡単に忘れられるだろうか?特に性質の悪い肉食獣は、言うまでもなく高田と金江の二人である。どんな手段を使っても、自分を服従させようとするにちがいない。
ここまで考えて、とんでもない考え違いをしていることに気づいた。クラスメートたちは自分を守ろうと言い出しているのだ。おそらく、それをまったく信用していないのだろう。だから、ここまで心が萎えるのだ。なんて嫌な人間なのだろう。守ってもらう資格なんか自分にはない。友達なんているべきじゃないのかもしれない。
そう思うと、二人の前で、自分を慰めてもいいような気がしてきた。思い切ってやってしまおうか。
しかしながら、犬以下の存在に堕ちることで、楽になろうか。それは彼女らだけに対することではない。人前でこんな恥ずかしいことをできる人間は、誰に対しても主人奴隷の関係以外の関係を築くことは不可能になるのだ。それは、家族に対しておなじことだろう。
だが、疲れ切った由加里の身体は休養を必要としていた。
「ほ、本当に、もう、いじめないんですか?あ、あんな・・う、ひどいこと、もう、しませんか?」
大粒の涙がこぼれた。照美は、あまりの大きさに床に落ちるに際して、たしかに大きな音を聞いた。
走馬灯のように、ひどい記憶がよみがえる。
「ええ、もうしないわ。そうしたら、あんたは死んだも同然だから・・・・」
「・・・」
逆説的な言い方になるが、きっと、親友は、由加里にオナニーをさせたくないのだろうと、はるかは思った。ここでやらせてしまっては、何か心残りがあるのだろう。本当の照美の姿を見るためには、体内に残った怒りや憤懣を完全に昇華させてやらねばならない。
はるかは、思わず苦笑を漏らした。思わず浮かんだ二文字がこのような状況に合致するだろうか。知的にも人並み外れたものを持ち合わせる、アスリートの卵は、それに気づいてしまう哀しさを味わっていた。
「じゃあ、したくないなら、さっさと帰って、もう、用はないから」
冷酷に照美は言い渡す。
なぜか、恥ずかしい行為を命じたときよりも、はるかの耳にはよりひどく聞こえる。彼女の予想通りに、由加里は、童女のようなきょとんとした顔で、自分の所有者の酷薄な美貌を仰ぎ見ることしかできない。
「どうしたの?やりたいの?そうよね、西宮さんは露出狂のヘンタイさんだもんね、よかったら、街中に出てやる?」
「ぁ・・・!?」
照美の突っ込みに、平静を取り戻したようだ。しかし、突然に性器を弄られて、官能の海に引きずり戻された。
「ぁあっぁう!?いや!!」
逃げようとすると、はるによって取り押さえられた。
「簡単なことさ、西宮、今、あんたがしてもらっていることを、自発的に行うだけだ。同じことだろう?」
照美の指は、由加里のすでにぬるぬるになったハマグリをこじ開けると、それはまったく力を入れないのにすんなりと受け入れたが、わざわざ実況中継をしてまで、自分の所有物を辱めて、その自尊心を取り上げることに励む。
「ほら、見てごらんなさいよ。西宮さんのいやらしいクリトリスが顔を見せてるわよ。入院している間も、相当、自分で楽しんだんでしょう?三ミリぐらい膨張しているわ!」
「ぃいやああ!いやあ!やめて!やめて、あぁぁ。うう、そぉ、そんなこと、言わないで!!えぇぇl」
「本当に気持ち悪いな、なめくじみたいだ」
どうして、この二人の言葉は内面にまで突き刺さってくるのだろう。高田や金江に言われてもたいして感じなくても、二人に言われると、頭の上にコンクリートの塊を落とされたような気がする。
わけもなく、涙がほおを伝わって顎を素通りする。こんなこと言われていまさら傷つくはずがないのだ。しかし、涙は止どめなく溢れてくる。
「ねえ、西宮さん、どうしてすぐに帰らなかったの?こうしてほしいからでしょ?」
「ち、ちがう!ぃぅぅ?ぁぁ・・はぁ・・・あぅう!?」
まるで万力のように両肩に押し付けられた、はるかの手が、その圧力を減らしているにもかかわらず、逃げようとしない自分をまだ、由加里は発見できずにいた。
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