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『マザーエルザの物語・終章 27』
 ちょうどそのころ、5年B組の教室では赤木啓子が入室したところだった。教師に命じられた書類運びという任務を果たし終えようとしていたところである。それを重々しそうな動作で教壇に置いたところ、友人が話しかけてきた。

「赤木さん、あおいのお姉さんが来てたわよ」
「え? 有希江姉さんが!?」

 その驚きと喜びが微妙にブレンドされた表情を見ることは、あおいと言えどなかなか見られる代物ではない。
 かつてよりもクラスに溶け込み始めた啓子だが、そのプライドの高さと高踏ぶりは、彼女を畏れさせるのに十分だった。あおいがいなくては、やはり、双方ともに何処か気まずい想いを否定できるにいるのだった。
 友人に、その表情を見て取ったのか、笑顔を継続しようとしたが、無理に笑顔を作ったために、余計に畏れさせただけだった。
―――――あおいがいなくては、だめなのかしら。

「赤木さん?」
「・・・・・」
 クラスメート同士において、ファーストネームで呼ばないのは、啓子だけである。あおいは当然のようにそのように呼ぶが、他の子たちはやはり敷居が高いと感じるらしい。
「ああ、そうだ。有希江姉さんが来てたのね? そうだ。」
 何時にない落ち着かない足の運びで教室を飛び出すと、何時ものところへと脱兎のごとく走り出した。
「こら、教室では走らない!」とある教師は怒鳴り掛けて、その対象が普段は大人っぽい啓子であることを報されて驚きを隠さなかった。

――――きっと、あおいったら有希江姉ざんに叱られているんだわ。現場を押さえてとっちめてやる!
 まるで3人目の姉になったつもりだった。上履きのゴムが床に突き刺さりそうな勢いで目標まで駈け抜けた。

「あら、啓子ちゃん ――――」
「有希江姉さん ――――」
 角を曲がったところで長い廊下を介して、ふたりは互いを確認し終えた。
「よう」
「また、啓子が何か、しでかしたの?」
 二人の間に通わされる空気は、一種特有のものがある。それはかつてのあおいさえ入れそうにないくらいに壁が厚い空間だった。

「ああ、忘れ物さ、それもこの子が忘れそうにないものなのよ。驚きよね」
 有希江は、あおいの肩に手を回した。思わず身体を硬くするが、それは啓子には伝わらない。今、彼女はそれどころではないのである。
「何を忘れたの?」
 その口調は、とうてい年上に対して行われるニュアンスではない。何か、同胞に対するような、もっと違った見方をすれば年下に対する態度にも見られかねない。
 もしも、この学校で彼女にそのような態度をする学園生がいたならば、よほどの勇気の持ち主である。きっと一睨みされて、退散してしまうのが関の山だろう。
 一方、有希江にしても、不思議な感覚をこの少女から受け取っていた。「姉さん」と呼ばれても、何故か妹のように感じない。
 じっさいに妹ではないのだから、当然だと思われるかもしれない。だが、それは違う。姉妹のような深い親愛の関係を保ちながら、さいしょから、それは上下の関係ではなかった。目と目が合った瞬間から、深い信頼の情を感じ取った。まるで、すべてを受け止めてくれる大海のような錯覚を有希江は見たのである。当時は、さすがにプライドの高い有希江のこと、混乱したことは言うまでもない。それは、今でも継続中である。
 
 それを追い払うように、有希江は口を開いた。
「この子、コレを忘れたのよ、こともあろうにね」
「ァ」
 小さく叫び声を上げたあおいから弁当箱を奪い取ると、あおいの頭を軽く叩いたのである。
 いたずらっ子ぽく笑う姉の顔は、少女に衝撃を与えた。
―――私よりも、好きなの?
 どうして、「かわいい」と思わなかったのだろうか? その答えはこの世界の誰も出すことができないだろう。本人ですら、この時点では解答の伏線すら得ていない。
 「好き」と「かわいい」ではニュアンスという点において重要な相違が存在するのだ。両者には大海が横たわっていると言って良い。地図的な立場から睥睨すれば、海峡程度の差異しかないように見えるが、いちど、着水してみればその広さが確認できるはずだ。
 英仏海峡を思いだしてほしい。地図上からすれば今にも互いに触れてしまいそうな距離にあるが、じっさいに泳ぐとなれば話は別になるだろう。
 さて、小学生と高校生。たがが4,5年の違いになるが、30歳と35歳の違いとは、自ずから性格が異なる。その両者に間に横たわる海峡には、英仏海峡ほどの差異もないとすら見受けられる。すこしでも、手を伸ばせば触れてしまうほどに近い。あおいは、そんな両者に嫉妬した。啓子だけにではない。有希江に、もである。
「あおい、何を狐に摘まれたような顔をしているのよ、初等部には狐なんていたっけ、姉ちゃんがいたころにはいなかったわ」
 かつてと変わらない表情を見せる有希江。あおいは、どうやって返したらわからずに、いっしゅんだけ戸惑ったが、すぐに、過去のテープを巻き戻してみた。

「・・・・・・・・・・・それって何十年まえ・・・です、じゃない?」
 カカと笑った姉は、小憎い冗談を言った妹に親愛の情を示した。要するに、妹にガバっと抱きついたのである。端からみれば、仲の良い姉妹それ以外には見えない。しかしながら、啓子はそうは見なかった。あおいの受け答えに何やらふしんなものを見て取ったのである。

―――――あおいちゃん?
 啓子は、とつぜん鳴り始めたチャイムの音に、巨大なダムの門が閉じる光景を思い浮かべた。それが、ギロチンの刃が落ちる映像にも見えたのはどういうわけだろうか。
「有希江姉さん ――」
「何?」
 有希江の笑顔に、啓子は危ういものを感じた。しかし、その具体的な内容を摑むことはできない。その面はゆい思いは、しぜんに少女の顔を曇らせた。
 しかし、その曇りを押し払うように、掌を向けた。まるでその白い輝きがいっきょに天候を好転させるかのように。

「じゃあ、また」
「オッケー」
 有希江は、にこやかに啓子に視線を返した。一方、あおいは、複雑な気持ちをさらなる迷宮へと追い込むだけだった。本来ならば自分に与えられるはずの笑顔が、自分を通り越して啓子へと向かっている。
 ここは本当に、自分が生まれて育った世界なのだろうか。何かの弾みで別の世界へと足を踏み入れてしまったのではないだろうか。あるいは、自分はここにいない人間なのかもしれない。単なる造物主の錯覚か思い違いにすぎないのかもしれない。
 もしも、かれが正気を取り戻した暁には、正真正銘消え失せることになる。みんなの記憶からも消え去っていくことだろう。榊あおいなどという人間は、最初からいなかったことになるのだ。
 となれば、いじめられている今の状況は、まだしも幸福だと言えるのかもしれない。あおいは、神さまが正気を取り戻すことを怖れた。いや、もっと言うならば、意識を失ってほしかった。そうすれば、元の世界に戻れるかもしれない。あの幸せな日々に居を戻せるかもしれない。
 
 股間の中に残された異物のことも忘れて、あおいは夢想の世界へと翼をはためかせていた。それを現実の世界へと引き戻したのは、啓子の一撃だった。
肩を軽く叩いただけである。
「ほら、何してるのよ、もうすぐ授業だよ」
「ぁひい・・・・」
「あおい?」
 啓子は、もちろん、元気のないあおいに喝を与えるために行ったのだ。
 しかし、それはあおいの身体に埋め込まれたバイブレータのスイッチをオンにするだけだった。もちろん、じっさいにそのおぞましい機械が仕込まれているわけではない。有希江は望むだろうが、少女の肩にそのボタンが設置されているわけでもない。身体に与える微弱な刺激があおいの股間を直撃し、内部のものを密かに、攪拌したのである。

「ぁあああう・・・・・・・」
 ほんらいならば、存在しない神経に少女は困惑させられた。ここには、啓子がいる。そして、教師や学園生が廊下を歩いている。
 ここは公的なばしょであり、着用している制服は彼らにそれを暗に命じている。それは当然のことながら、自分にも当てはまるはずだ。それなのに、厳粛であるべき学校で、自分はこんなハレンチな感覚に呻いている。あおいは消えたくなった。さきほどの思いを否定するような結論。自分はどんなにいじめられることになっても、存在していたい、生きていたいと希ったわけではなかったか。
 
 足をふらつかせながら、教室へと向かう。その間、啓子と何を話したのかよく憶えていない。彼女が弁当を忘れて、有希江に持ってこさせたことを、啓子に笑われていたらしい。彼女の罪のない笑声が耳にこびりついている。
 これまで、なんども振りかけられた友情と諧謔に満ちた耳に心地よい声であった。 
 しかし、今となっては股間の異物を震わせる声や足音たちと変わらない。けたたましい児童たちの笑顔や声、それに足音は、あおいを脅かす。それらは、束となって少女の幼い官能を刺激する。
 そして、そのひとつひとつにいちいち反応してはビクつく。啓子は、その様子を訝しげに見ながらも何も出来ずに自分の無力さを実感させられるのだった。それを打ち消すために、少女が行ったことは、あおいにイライラをぶつけることだった。親友がどんなにヒドイ目にあっているのか知らない少女は、容赦なく振り上げた木刀を打ち据えるのだった。

「いい加減にしなさいよ! 聞いているの?!」
「うるさいなあ、具合が悪いの! 見ててわからないの!」
 あおいは、残されたエネルギーを駆使して、かつて持っていた元気を見せつけようとした。啓子は、それを見抜けずにかまえて承けようとする。
「じゃあ、コレは要らないよね、私が食べてあげる!」
「ぁ、何を!?」
 あらよあらよと、言ううちにあおいが持っていた弁当を、啓子は奪ってしまった。あおいは必死に手を伸ばすが、取られまいと弁当を振るので摑めない。掌の珠を奪われた怒りを爆発させて奪い返そうとするが、その動きが自らの股間を直撃した。

「ッゥアアア・・・・あう」
「あおいちゃん?」
 人の痛みを知るというのは、本質的には不可能である。しかし、それをしたいと思うのは、心ある人間の悲しい性質である。我に帰ってた啓子は、卵を割らずに黄身を手に取ろうとしていた。もどかしい思いに苛立ち、その持って行きようのないエネルギーを、啓子もまた、あおいの官能に似た振動に身を悶えさせるのだった。

 

テーマ:小説 - ジャンル:アダルト

『由加里 76』
「はあ、はあ、はあ」
 由加里は、淡い呻き声を上げた。別の言い方をすれば、深い森に燦然と突き刺さる木漏れ日のように見えたと表現すべきかもしれない。しかし、それは加害者にしか通用しない。  
 暗室の中で、外から侵入してくる外灯によって辛うじて照らし出されている少女の姿は、囚われの女神を思わせた。古代ギリシア人は、有名な女神デメテールの娘、ペルセフォネにその原型を見ていたのだろうか。きっと敵方に囚われたお姫様のような存在があったにちがいない。それを神話の人物に重ね合わせたにちがいないのだ。

 冥界の王であるハデスに囚われた女神は、拉致された挙げ句、彼の妻に成りはてた。古代ギリシアは完全な男性優位の世界である。妻は夫の完全支配下にある。女性の立場から、婚姻を言い換えれば、奴隷―――ということである。   
 すると、由加里も永久に、この迷宮にも似た巨大病院に閉じこめられて、この可南子の所有物にされてしまうのだろうか。
 可南子は、自分の爪に悪魔的に美しい弧を描かかせると、由加里の頬を軽く抓らせた。そして、教室のいじめっこよろしく、低俗な声帯を震わせる。
「知ってる? 由加里ちゃん、ここは公的な場所なのよ」
「・・・・・・・ウウ」
 由加里は、羞恥心のせいで顔が腫れ上がっているにもかかわらず、それを外部から保護できないもどかしさに身をよじった。唯一自由な右手は、彼女じしんによって抽出された愛液によって濡れている上に、可南子によって囚われている。
 可南子の言葉を理解するどころではない。しかし、押し黙っている由加里に、安住の地を与えるほどに、可南子は人間ができているわけではない。

「こんなところで、オナニーができるなんて、なんて恥知らずな女の子かしら?」
 いままで、自分がしてきたことを棚に上げて、可南子は傲然と言い放つ。言葉の持つ残酷な暴力によって、少女の心をも支配し、絡め取ろうとする。
「ウウ・ウ・・ウ・、もう、もう、ユルシテください」
 自分でも気づかないうちに、摩天楼のように高いプライドを育んでいる由加里である。意識されない感情ほどに始末のおけないものはない。それは洗練されないままに、少女の心の周辺にて、密かに勢力を拡大させていた。
 ユングが言うように、洗練の反対語は原始だが、原始的であればあるほどに、そのエネルギーは甚大であり、爆発したときの被害は想像を越えるものがある。
 可南子は、今にも壊れそうな美少女に一刻の猶予も与えない。まるで自分のコーヒーカップを手に取るような仕草で、少女の股間を摑んだのである。それがあたかも当たり前のように起こったので、少女は身構えることもできなかった。

「あ、アァウゥ・・・・・ヒイ」
 情け容赦のない指によって、女性の大事な部分を人質に取られると、由加里は、まさに冥界へと引きずられていった。ちょうど、ハデスに囚われたペルセフォネのように・・・・・・・・・・・。
 未成熟な秘肉は、無理矢理に成熟させられる。ちょうど早生の果実に成長ホルモンを注射するようなものだ。暴力的に少女の性と自尊心とを同時に鷲摑みにされる。
 いつの間にか、少女は可南子の膝の上に乗せられていた。まるで、赤ん坊のように大腿をあられもない格好で広げた格好で固定され、陵辱される。
 自由になるのが右手だけという重傷を負っている上に、自分よりもはるかに目方が大きな可南子に身体を支配されているのだ。
 そもそも看護婦という仕事は重労働である。それを乗り越えてきた可南子に、健康な由加里であっても、簡単に与し抱かれてしまうだろう。
 それが、包帯だらけの少女に為す術などあろうはずがない。

「いくら、気持ちよくっても、ここは病院でしかも夜なのよ、今は。忘れてた?」
 まるで、小さな娘をあやすような口ぶりと手つきで、とてつもなく残酷な行為が行われた。
「あぐう・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 手近にあったスリッパが由加里の小さな口に突っ込まれたのである。食用ではない塩の味が口の中に広がる。それは食用油の代わりにベンジンを使って作った料理を無理矢理に、食べさせられるようなものである。
 少女にとってみれば、挿入されたというよりも、逆に、口をもぎとられてしまったと表現するほうがしっくりくる。
「むぐ、むむ、むぐ・・・ぐぐ」
 ちょうど、それは猿轡のようになって少女から言語の自由を奪う。
「あなたなんて、ほとんど動物みたいなものだから、声なんていらないよね、外科の先生に頼んで声帯とか切除してもらおうか?」
「うむ、むぐ、ぎう・・・・ぐ・・ぐ・・・ウググむぐ!?」
 
 可南子の発言はあまりにも非現実的なのに、股間を襲う刺激と相まって、この暗い病室と悪魔的な看護婦というシチュエーションは、由加里の現実感覚を激しく失わせていた。今にも、手術されてしまいそうな錯覚に襲われたのである。その恐怖は、口の端からこぼれる夥しい唾液からも推量できる。

「あらま、ヨダレ? 本当に犬以下ね、由加里チャンは? ふふふ」
「むぐ・・・・・むぐ・・ぐぐぐぐう・・・むぐむぐ」
 可南子は、しかし、由加里の瞳から零れる涙には意識をフォーカスさせなかった。それは何よりも、少女が人並み以上の羞恥心とプライドを兼ねそろえていることの証拠ではなかったか。
 長い睫を涙で濡れそぼらせて、水晶の輝きで、可南子にせめてもの抵抗をみせているのに ―――由加里としてはつもりだったが、精神がナイロンザイルで構成されている可南子に通じるはずがなかった。
「今日はねえ、いやらしい由加里チャンために特別なものを用意したのよ、触れてゴラン」
 年甲斐もなく子供のような仕草で、少女を揶揄する。しかし、当の由加里にはそれを指摘する余裕などあるあわけがない。しかも、次の瞬間に触れさせられたものに、少女は心の奥底から驚愕した。
 可南子は、自らの股間を触れさせたのである。

「・・・・・・・!?」
 由加里は掌の神経が受け取った情報をそのままでは、とうてい受け取ることが出来なかった。彼女の想像を絶するものがそこにあったのである。

 そこには何か硬い物が佇立していた。
 
 しかし、もっと言えば、少女の内面に十分関係することだったのである。

 Is she a man?

 中一でも理解できそうな英語が少女の脳を駆けめぐる。ここで、男のものという発想が一番に浮かんだのは、鋳崎はるかの功績だろう。小説家訓練という名の調教によって、少女は自らが想像する以上に、官能的な概念に反応するようになっていたのである。可南子としてはこづかいの一銭ぐらい、喜んではずむべきであろう。
 由加里は、その情報を自分の精神になじませるのにそうとうな時間を必要とした。

 可南子としては、出会ったこともない娘のクラスメートのことなど、とうぜんのことながら髪の毛の先ほども考えなかった。ただ、目の前のエモノを手に入れるだけである。

 由加里はとつぜん顔面に起こった衝撃に顔を顰めた。

「え?」
「ふふ、なんてカオするの? いったい、何を想像していたのかしら?」
 可南子は、今の今まで股間に仕込んでいたものを由加里の鼻先に押し当てていた。上品にまっすぐ通った鼻筋が無惨に歪む。硬質ゴムのねっとりとした感触は、少女の神経を多いに逆撫でる。
「・・・・・・・・・・・・・・!?」
 由加里は、かつて、それを見たことがあった。はるかに読まされた成人コミックの中に、似た描写を思いだしたのである。
 それは女性同士の性行為を助ける器具だった。まるで双頭の蛇のようにおぞましい亀の頭がニョキっと顔を除かせている。そして、腰に装着するためのベルトは生物の手足を思い起こさせて、少女の神経をさらに逆撫でるのだった。

「うぐぐ・・・」
由加里の小さな口から、スリッパが引きずり出される。エイリアンの開口を彷彿とさせた。まさに、汗とヨダレの狂演である。
「何を、想像していたの?」
 可南子のこえは静かの海のように穏やかだったが、同時に由加里の心の奥底まで見透かしたような凄みを潜ませていた。
「な、なんでもないです・・・・・・・・・・ウグウググ!?」
 不意に襲ってきた股間の衝撃に、不自由な身体をよじらせる。そのようすは、赤子の蛇が卵の殻を破って出てくるさまに見えた。その初々しさに思わずゆがんだ性欲に身を焦がす可南子だった。
「もう、予習済みってわけね。本当にどうしようもないインラン娘だこと!ゲンメツだわ!」
 可南子の方ではそのように言っておきながら、その実、飢餓寸前のライオンのように食欲の満ちたヨダレを垂れ流しているのである。何匹もの草食動物を裂いたと思われる汚れた牙は、すこしでも触れたならば、得体の知れない病原菌に感染するようなおぞましさを有していた。

「もういちど、聞くわ。何を想像していたの?」
―――フタナリ。
 それは口の端にのぼせるのも憚られた。記憶の検索の結果、何の因果か導きだされた単語に、由加里としては吐き気を止めることが出来なかった。できることならば、永遠に忘却の河に流してやりたいくらいだ。
 しかし、それが杞憂であることは後になってわかる。なぜならば、可南子はその単語を知らなかったのである。もしも知っていたら、これ以上、痛い目にあわずに済んだかもしれない。

「私は、訊いているのよ!」
「ヒグウ!? 痛い!!」
 爪を伸ばした指が由加里のハマグリをひねリ潰したのである。悲鳴と同時に、急流のような涙が飛び出た。
 由加里は、ほうぼうのていでやっと口を開いた。
「ふ、ふたなりです、ウウウ・・・ウ・ウ・・ウ・・ウウ!?」
 自分が口走ってしまったおぞましい言葉に、自己嫌悪の沼に沈んでいく由加里。少女の白い足が囚われていく。底なし沼はたおやかな足首をかみ砕こうと頭を擡げていた。
 しかし、足は、意外と硬い底に驚いていた。
「ふたなり? それ何のこと?」
 可南子はきょととんとした顔をした。意外だった。この人でもこんな顔をすることがあるんだと、由加里は思った。悪魔のような可南子でも、ふと気を抜いた瞬間に優しげな表情を見せる。人間とはなんだろうと思ったりもする。それは照美やはるかに対する篤い想いとはまたちがう感覚に身を焦がすのだった。そのために、すぐに悪魔が擡げ始めたことに気づいていなかった。

「ぐたいてきに、教えてくれないかなあ?」
「・・・・・・・・」
 完全に素人女優の演技にしか見えなかった。やさしさを装った、あまりにも見え透いた、あえて言うならば悪意が剥き出しの天使以外の何ものにも見えない。
「到らぬ身なので、わからないな、お姉さんにわかるように説明してくれないかな」
「ァ・・・・あ・・・。」
 激しく叱責されるよりも何倍もの恐怖を憶えた。だから、それが運動神経のはたらきを阻害していたのである。それを見抜いていた可南子は別の作戦に出ることにした。
「由加里ちゃんが、フタナリって好きなの?」
「す、好きというよりも・・・・・」
「好きというよりも?」
 まるで往年の刑事ドラマの主人公のように、鸚鵡替えしにする。海中にあるトイレットペパーを摑みとるような注意力をもって、由加里を包み込む。
「・・・怖い」
「怖いというより?」
 可南子は、少女の脳裏をほぼ読み取っていた。倍以上の年齢差とは埋められないものだろうか。
「おもしろいと・・・・おもいました」
 思わずホンネが出てしまった。妖女の罠に捕まってしまったのだ。巨大な女郎蜘蛛が目の前で糸を吐き出している。
「それがあまりにおもしろかったのね?」
 それとは性的な何かを暗示していることは確かだった。だから、ここぞと責め立てているのである。自分の好奇心の命ずるままに、108センチの舌をゆらゆらと空中を這わせ、尻から銀色にぬらめく糸を吐き出す。

「ところで、それって何かしら?由加里ちゃんが大好きなそれって?」
 いつの間にか「大好き」に変わってしまっている。しかし、少女はそれには気づかない。
「はい・・・・」
「そう、大好きなのね」
 もはや、遅い。既に、可南子の手練手管に囚われてしまっているのだ。
「そ、そんな・・・・」
「それって何なの?! 答えなさいよ!!」
「ハアアグウ・・・・ヒイ!?」
 植木バサミが少女の性器に突っ込まれた。柔の次には剛である。完全に、可南子は少女を翻弄していた。彼女がそのことに気づかないぐらいに。
「お、女の子なのに、お・・・・・がついている・・・・ウグ・・!?」
「何がついているの?!」
 ハサミの柄に幾らか圧力を加えた。
「お、おちんちんです!!」
 ついに、自分の中の蓋を開けてしまった。パンドラの箱を。
 
 しかし、その箱は下向きに開いていた、なぜか・・・・・・・・・・・。

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『マザーエルザの物語・終章 26』
 ここは、5年B組の教室。依然としてあおいの行動が波紋を呼んでいる。啓子は、親友の変容にどうやって対応したらいいのか、戸惑っていた。そして、クラスメートは二人を嵐の中心として、ただそれが過ぎ去るのを見守ることしかできない。
 ここにいる誰しもが時間の停止を確信した。空気の分子の運動にいたるまですべてが静止し、何時になろうとも昼休みはおろか夜のとばりさえ降りないとさえ思われた。

  しかし、嵐を止める魔法の杖を持っている魔女はいきなりやってきた。

「ごきげんよう、私は榊あおいの姉だけど、妹はいるかしら?」
 有希江の挨拶は別に奇をてらったところは見受けられず、用件をそのまま言葉に表現しただけのことだった。しかし、その言葉はあおいに相当の衝撃を与えるだけの力を持っていたことは事実である。
 もちろん、そのことは彼女だけに通じることで、クラスメートたちにとってみれば、用件以上の意味があるわけではない。それは当然のことであろう。だが、あおいは、それに必要以上に怯えているのだ。
 しかし、一方で、前もってこの事態を覚悟しているようにも見えた。

 唯々諾々と従うその姿は、けっして青天の霹靂というわけではなかった。
 クラスメートは、しかし、過去の歴史から、それをよくあることだと受け止めていたのである。なぜならば、悪さをしたらしいあおいが姉に首根っこを摑まれ、連行される場面を何度も目撃してきたのである。その時も、もちろん家族であるという理由と、彼女個人に対する普遍的な信用から、通行証を貰っていたのである。
 だから、今回もいつものことだと高をくくっていたのだ。

「あおいちゃん、顔色が悪いようだけど?」
「・・・・・・・・・・・」
 廊下を歩きながら、姉を見上げるあおい。自分の足で歩きながら自分の足で歩いているような気がしない。まるでベルトコンベアに乗っているかのようだ。ちなみにその末路は言うまでもなく地獄のことだ。
「おかしいわね、どうしちゃったの?」
「・・・・・」
 すべての事実を知りながら、有希江は、言葉の鞭をふるい続ける。それに対応できるたけの鎧を用意していない。下半身に起こっている出来事がそれを阻害しているのだ。
―――ああ、もうだめ・・・・・。 
 あおいは、登頂寸前のアルピニストのように息も絶え絶えの状態に陥っていた。姉の歩みに付いていくのが相当にきつい。別に彼女は早歩きをしているわけではない。

「さっさとしなさいね」
「お、おじょうさま・・・!?」
 急に睨みつけられたあおいは、太陽を背にして大鷲にロックオンされた野鼠のように怯えた。逆光のために、大きな翼を広げたその姿は悪魔の影にしか見えないが、ただ怖ろしい目だけが爛々と光っている。
「学校では、姉さんでいいわよ。私のことは有希江姉さんって呼ぶのよ」
「・・・・・・・・・・・」
 有希江は、哀しそうに俯く妹の横顔を見つめた。まさに、肉食獣の獲物を見る目である。その鋭い目つきにはたしかに強い意志が感じられた。何の意思か?一言で表現するならば、所有欲である。目の前のものをしっかりと摑み、我がものとし、絶対に離さないという確信に近い意思のことである。

――――あおいは、いったい、みんなにとって何なの?
 下半身に突き刺さる辛いナイフに苛まれながらも、あおいは、有希江に引きずられるように歩いた。馴染みであるはずの廊下が、まるで刑務所のそれのように見える。
 親しい友人たちや同級生たちが、自分をあらぬ罪で閉じこめ拷問を加える獄吏としか見えなくなった。
 もちろん、啓子だけはそのような範疇から外れるが、その他の者たちは、みんな少女を苛むことを職業にする集団にしか見えなくなっていた。
 ここで職業と表現したのは、個々、個人の意思によってではなく、何やら集団的な思想によって自分を追い込んでいるように思えたからである。
 もちろん、当時のあおいにそれを言語化はおろか、しっかりとした概念にまで組み立てる能力があったとは思えない。だからすべては少女の無意識に描き込まれた断片にすぎない。
 ただ、下半身の秘密を啓子だけには知られたくないと思った。よもや、そういうことで、有希江が脅迫してくるのではないかと考えると、今すぐにでも焼却炉に身を投げ出すような衝動に駆られるのだった。大切な友人たちの目の前で、恥ずかしい姿を晒すのである。想像するだけで身の毛がよだつ。
 少女の肌は鳥肌が立っていた。それを見逃さない有希江ではなかった。

「あおい、本当にどうしたの?」
「・・・・・・・・・!?」
 あおいは、有希江の態度が不思議でたまらなかった。衆人の目があるからかもしれないが、自分が熟知していることを、わざわざ聞いてくるのだ。
――――有希江姉さんがやったことじゃない!?
 有希江に知られないように睨みつけた。その時、彼女の視線は別の処にあったのだ。人間の目は、本人すら気づかないうちにコロコロと何処までも転がっていく。あおいはそれに怯えながら、いちいち気を揉んでいなければならない。本当に、奴隷でしかない自分を再発見して哀しくなった。彼女が何処にいても、首輪と鎖は常に自由を奪い、少女を果てしない煉獄に繋ぐのだった。

―――――こんなことなら、少年院にでも閉じこめられていたほうがましだわ。
 あおいは知らなかったが、10歳という年齢では、かつては教護院と言われていた児童自立視線施設送りになるのが関の山である。
 歯医者だったか、何処かで読んだライトノベルズで読んだ狭い知識だ。
 そのような内容に意識が向かったのは、これからあおいが受ける陵辱から少しでも意識を避ける ――――意識が持つ自己防衛機構が働いたのかもしれぬ。だが、二人の目的地である『相談室』はもうすぐそこである。あの廊下を右に曲がれば ――――、リノリウムの廊下は何処までも白く、壁もそれに負けまいと白を誇っている。あおいは、何故か海の匂いを嗅ぎ取った。家族旅行で行ったハワイのさざなみを聞いた。これもまた防衛機構の作用だろうか。
 その時、あわや溺れようとするあおいを必死の形相で救ってくれたのが、有希江だった。その後、妹を危険な目を合わせた咎によって、母親にビンタを喰らった姉を、涙を流しながら庇ったものだった。母親の機嫌も元に戻って、みんなが事態の深刻さを忘れても、泣いていた。自分の出した涙で溺れそうになったところで、有希江が優しく言った。

「大丈夫だよ、あおいは何も悪くないよ、悪いのは私なんだから ――――」
 恐縮して居所を失った有希江が泣いていた。滅多に泣かない彼女の涙は、本当に美しかった。もしも舐めたら甘い味がするのではないかと、想像した。
 今、有希江の目を見てもそんな涙を発見することはできない。狐のように吊り上がった目にはドライアイを疑ってもいいぐらい表面を潤す分の涙すら見受けられない。
 いつの間にか、あおいは『相談室』に足を踏み入れていた。ドアを潜った記憶がない。

「はやく、ドアを閉めなさい」
「ぁ・・・・・はい」
 静かに命令する有希江に、あおいは従う。そのとき、自らの手で地獄の門を閉めたことに気づいていたであろうか。意識的にはそれを考えるまいとしたにちがいない。しかし、彼女の理性と手を繋いだ無意識は、明かにそれに気づいていた。これから始まるのだ。始まってしまうのだ。
 しかし、せめてもの抵抗、いや、許しを懇願してみた。
「ぁ、お、お願いですから、学校では・・・・・・」
「学校では?」
 わざと微笑を造って薔薇の花を咲かせてみる。それは妹の心をたぶらかすことができるだろうか。いや、そんなことは考えているわけがない。この質素な部屋をすこしばかり飾ってみたくなったのだろう、自分の顔を使って。
「それで、言いつけは護ったのかしら?」
「ハイ・・・・・・・ウ・ウウ・ウ」
 小さく肯いた後、すすり泣きをはじめた妹に、さきほどまで咲かせた花を萎ませた。
「・・・・・・・・・・!?」
 あからさまに不快な顔を見せた有希江に、怯えるあおい。
「じゃあ、おかしいじゃない。学校ではやらない約束ってどうなるのかしら? あなたが進んで ――

――してきたんでしょう?」
「そ、そんな?! 有希江、お姉さ、お嬢様に・・・・命令され・・・ヒ?!」
 言い終わる前に、部屋に乾いた音が響いた。有希江の平手打ちがあおいを襲ったのである。あおいは、あたかも流れる血を押さえるように打たれた頬を押さえる。

 ここは応接室という風に、一般的に言えば通じる部屋である。6畳あまりの部屋に設えられた、それなりのカーペットにそれなりのソファ。いずれも一般的な人間の目から見れば、高級品にちがいはない。ただし、榊家の人間からすれば「質素な」部屋にすぎないのである。有希江は、表面だけ「高級色」を塗りたくった女性の彫刻を睨みつけるとさらに畳み掛けた。
「口答えは許さないわ、ほら、見せてごらんなさいよ」
「ハイ・・・・・ウウ・ウ・ウ・ウ・ウ・ウ!!」
 氷雨と書いて、詩の言葉になるが、氷涙ではどうだろう。
 その冷たさで世界が氷ってしまうのではないかと思われた。あおいは泣きながら、スカートを捲った。
「あーれ? 何でこんな風になっているのかしら?」
 有希江が指摘するまでもなく、あおいの下着は濡れそぼっていた、まるで ―――をしたように。
「おもらしさんでもしちゃったのカナ? あおい赤チャンは?」
「ウウ・ウ・ウ・ウ・ウウウウ・・・ち、ちがいます・・・・ウウ・ウ・ウウ!」
 やっきになって、否定するあおいだったが、その言葉には何処か説得力がない。それもそのはず、自分で信じていないことを人に訴えるのはナンセンスというものである。
「何度、拭ったの?あなたのいやらしくって臭い液を?」
「・・・・・ア・・あ、3回です・・・ウウ・ウ・・・ウ」
 トイレの個室で、そのおぞましい液を拭うのが日常だった。
 
 ここは密室とはいえ、部屋の外には他人がいる。だから、自然と声は低くそして、耳の側で囁くかたちになる。あおいの耳に地獄から響くような声が聞こえる。
「そう、そんなに拭ったの?」
 有希江の息づかいや体温までが、耳を通して伝わってくるようだ。
「もう、許してください、学校では・・・・・・・・・」
「いやだったら、従う必要ないじゃない。こういうのが好きだから従ったんでしょう?」
 泣き続けるあおいの目に、有希江は、視界に入っていない。
 それにも係わらず、姉の顔や表情の細かなところまで手に取るようにわかる。今、いったいどんな顔で自分を責め立てているのか、その時、どのように目が開かれているのか、口がどのように歪んでいるのか、それらすべてがあおいに引き寄せられてくる。いや、それぞれ独自に手がついていて、あおいに摑みかかってくるようだ。

「ほら、誰がスカートを降ろして良いって許可したの?」
「ぁっつ!?痛い?!」
情け容赦なく大腿のもっとも柔らかい部分に有希江の爪が食い込む。あおいは強烈な痛みのために、禁を破って大声を出すところだった。それをすんでの所で防いだのは、このような場面を他人に視られることはとうてい耐えられないことだからである。
 想像を絶する恥ずかしさのために、あおいの顔は林檎になっている。果実ならば赤ければ赤いほどに甘くて上等なのかもしれないが、それが人間の頬ならば、恥辱と屈辱を同時に表していることになる。
 有希江はその林檎をすぐにでももぎ取って食べたくなった。しかし、ここは少しでも様子を見て、言葉で攻めることした。

「これはお漏らしね、あおいちゃん?」
「ち、ちがいます・・・・」
 有希江はほくそ笑んだ。次ぎに言うべきことは決まっている。
「じゃあ、何でこんなことになっているのかな? わかりやすく説明してくれない?」
 少しおどけた風に言ってみた。それは有希江だからこそ恐怖が倍増しになった。これが普段から冗談で生きているような人間では、何処からが本気でそうでないのかわからなくなって、しまいには誰にも相手にされなくなる。
 姉の本性を知っているだけに、あおいは、余計に背筋が寒くなるのだった。
「さあ?」
「・・・・・・・あ、愛液で、濡れています」
 あおいは、かつて有希江に教えられた言葉を鸚鵡替えしにした。何となくそれが恥ずかしい単語だということは推測できたが、それにまつわる具体的なイメージはと聞かれると、ピンと来ないのだった。だからこそ、簡単に言葉があの可愛らしい唇から零れてきたのだ。
「そう? 愛液って何?」
「・・・・・・・・・」
 わかっていることをわざと聞く。これが有希江の攻め方の常套手段である。それを洞察できるあおいだからこそ、そのいやらしさも十分に理解できた。
「お、女の子の、おち、おちんち・・・んを・・・・ウ・・ウウ・ウウをい、弄ると出てくる、え、液です。いやらしいと、た、たくさんでてきます・・・・ウウ・ウ・・・ウウ」
 だからこそ、有希江はこのような言い方も教えたのである。10歳の少女であっても口の出すのが憚られる言葉はそれしか、有希江には思い付かなかった。
「そうなの、あおいちゃんはそんなにいやらしい女の子だから、そんなになっているのね、恥ずかしいコ!? ふふふ」
「ウウ・・ウウウウ・ウ・・・」
 有希江は、自分の言葉にいちいち反応している妹に、いかにも満足そうな笑顔を浮かべた。

「ふふ、そろそろ時間ね ――」
―――え?
あおいはきょとんとした顔で姉を見上げた。
「あれ? 拍子抜けかしら? もっと可愛がってほしかった?」
「そ、そんな、ちがう!?」
 あおいは、赤い顔をさらに火照らせて抗議する。かつての彼女の姿をかいま見ることができて、有希江は頬笑ましい気分になった。どうして、ここで不敬の罪を着せて、罰を与えなかったのか、自分でも説明できない。矛盾する思いに不思議な気分になった。
 目の前の子犬のような存在を本当に恨んでいるのだろうか。それは、おいおい泣きながら床を見つめている。そんな彼女を見ていると、かって当然のように抱いていた感情に持て余すのだった。
 黙って部屋を後にしようとすると ―――――。
「あの、ゆ、有希江おじょうさま・・・・・、まさか、学校終わるまでこのまま」
「そうだ、忘れていたわ、コレ」
 有希江は、あおいの意思を無視して、まったく関係ないことを言った。あおいは頭に軽くぶつけられたものを見て驚いた。本来ならば見慣れているはずのその物体は、数学で言う直方体だった。そして、微かに美味しそうな匂いが漂ってきた。

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『由加里 75』
 しかし、すぐにゆららの視線に気づくとあゆみは、何か重大なことを気づかされたような顔をした。あたかも、出陣寸前の騎士が戦いを前に矛を収めるように、それは重大な決意に見受けられる。戦闘までに、人は相当な精神の高ぶりが必要だろうが、いちど完成形にまで準備できた精神の高揚を鎮めるのは、端で見るよりも大変だろう。ゆららは、その真意を測りかねるようにあゆみの顔をさりげなく見遣った。

「そ、それにしても、はるかったら本当に大人げないわね ――――」
「え?」
 いきなり直球を繰り出されて、ゆららは即座に反応できなかった。
目の前では、死闘が繰り返されている。ただし、それは片方だけに言えることだった。
「ほら、照美、何してるのよ!!」
 怒声がコートに響き渡る。
 はるかの怖ろしい一打を打ちそこねた照美は、珠のような汗を周囲に煌めかせて、天を仰いだ。ここにいるものは、みな、その女神を思わせる美しさに息を呑んだ。しかし、はるかは、自分を奮い立たせて魂を奪われるのを防いだ。
 それは、あたかも己が剣を足に突き刺してまやかしから自分を解放する故事に似ている。

「やる気あるの!?」
 声量豊かに、さらなる怒りをコートに爆発させる。
 まるでホテルにまで聞こえるのではないかと思わせる。発声者からすれば、その声は別に、怒りを表しているわけではない。アスリートの本能がそうさせているだけである。
 しかし、テニスを本気にやっていない身からすれば、それは狂気に身を躍らせた犯罪者にしか見えないである。ちょうど、今、照美の優雅に回転する腰を掠めたボールなどは、とうてい素人が対応できる代物ではない。それでも、どうにか目標に向かって身体を動かすことができたのは、彼女の高い身体能力を裏付ける証拠だとしか言えないだろう。
 しかし、はるかにすればそれは許し難いテニスへの侮辱なのである。そのような才能を持っていながら、遊びでテニスに取り組むのが許せない。だが、そもそもはるかが無理矢理引っ張り出したはずであるが、もはや、少女の記憶の庭に、そのような樹木は植えられていない、当に、伐採されたはずだ。いや、そもそも植えていたことさえ憶えていないかもしれない。

「とりゃあ!!」
「はるか! もう止めなさい!!いい加減になさい!!」
 まるで少女とは思えない雄叫びを上げた瞬間に、あゆみの鶴の一声が、コート獣に編み目模様の闇を作り出した。
 そのとたんに、照美は膝を地面に着地させた。
「はあ、はあ、はあ・・・・・・」
 非常に珍しい光景に、ゆららは目を丸くしていた。

―――あの海崎さんが膝をつくなんて・・・・・・。

 その表現は、暗喩であってもじっさいであっても、この才色兼備の女神には似つかわしくない表現だった。その照美が、膝をコートにつき、肩で息をしている。しかしながら、真珠の汗を、美貌いっぱいに埋める照美の顔は、敗者であっても煌々と輝いていた。

―――同じ、人間なのにこんなにちがうなんて・・・・・・・。

 高田たちにプライドを人間以下の存在にまで貶められ、辱めを受けても、いじめられているという自覚まで忘れて、笑っていた。そんな自分とは天と地の差がある。

 しかし ――――――――――。
 同じ敗北の汗にまみれていても、ゆららよりももっと惨めな状態に置かれている少女が、このとき、同じ時間平面上に ―――――いた。

 言うまでもない西宮由加里である。
 
 ノートパソコンに伏して自分の髪の匂いに鼻腔を犯されながら、夢の世界へと逃げ込んでいた。
 はるかに命じられた小説を書くために、過去の記憶を編み直しているうちに、とつぜんの眠気に襲われたのである。破損した骨や筋肉がその組織を回復するために、脳に眠りの申請を行ったのだろうか。
 由加里は、中学生にしては大人びた外見ながら、その中に多分に幼い部分が人よりも生き残っている。両者のせめぎ合いは、このぐらいの年齢の少年少女にとってみれば日常茶飯事だろうが、この少女を精神を不安定にし、危うくさせているのだった。普通の少年少女よりも両者に揺れる振動の幅が半端ではないのである。
 
 ――――ふふ、可愛らしい。
 
 ひとりの看護婦が薄闇に意味ありげな笑みを浮かべていた。
 似鳥可南子、この病院の看護婦である。
 一主任でありながら、この大病院の看護婦だけでなく、医者連中にまで権力の触手を伸ばしている。それは、彼女が院長の血縁だからである。表向きは、そのような権勢家じみた振る舞いにうつつを抜かすことはないとはいえ、裏では、この病院をこの手アノ手で、操っている。そのことは、この病院に所属する者にとってみれば、言わば、公然の秘密なのである。
 さて、この何処にでもいそうなジャガイモを彷彿とさせる女性は、薄闇が支配する病室にあっては、悪魔的なヴィジョンをオプションとしてタブらせている。もしも、由加里がその気配に感づいてその姿を仰ぎ見ることができたならば ―――――きっと、彼女を悪魔と呼んだことは想像に難くない。
 
 さて、可南子は、物音を立てないように細心の注意を払って由加里に近づいた。
「ウウ・ウ・ウ・ウウ? 」
「?」
 それほど広いとはいえない病室ぜんたいにも、それは響き渡らない音の小ささだった。

―――どんな夢を見ているのかしら?

 可南子は、透明なエナメルの鈍く光る爪で傷をつけないように、少女の額を優しく撫でた。少しでも力を余計に入れたならば、まるでヴェネティアングラスのように、容易に罅がはいってしまいそうだ。

―――可愛らしい。

 きっと、あまりに怖ろしい夢のために、肌が上気しているのだろう。真珠と言うよりは、水晶を液体化したような汗が、少女の肌を潤していた。
 可南子には、3人の娘がいるがその3人全員とひき替えに由加里を貰い受けたくなった。
 それは金貨と銅貨に横たわる価値の差に似ていた。それは、洋の東西を問わずに、何処の地域の何処の歴史時代においても、金貨一枚と銅貨三枚では等価値と見なされたことはないだろう。可南子にとって、そのくらいに、由加里は貴重な存在なのである。

――――ぜひとも手に入れたい!

 可南子は、冷たい肌の下に熱を放出しない炎を燻らせて、邪悪な唄を歌い始めていた。とうぜんのことながら、その唄はメロディラインも歌詞も存在しない。ただ、可南子と彼女を怖れる心だけにしか聞こえない心の唄なのである。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・?!」
 由加里は、氷の鞭を受けて飛び起きた。見上げると、似鳥可南子がにこやかに笑っていた。薄闇の中で、外灯に照らし出された看護婦の顔は、幽霊のように温度がないように見えた。そのあまりの怖ろしさのせいで、全身の血が蒸発してしまった。立ちのぼる生臭い臭気ごしに視る可南子の顔は、さらにすごみをまして、由加里を睨め付けていた。
「どうしたの? 右手を何処に入れているの?」
「・・・・・・・・・?!」
 由加里は、全身の血管に線虫の侵入を許したような気分になった。その醜く蠢く白い虫は、少女のシルクの肌を無惨に食い破り、彼女の魂ごと血管に侵入するのだ。その虫は、可南子の身体から這い出てくるではないか。

「どうしたの? 日本語を忘れたの?」
「え?・・・・・・ぁ?」
 畳み掛けるように言葉の槍を繰り出してくる可南子に、由加里は返答せざるをえなくなってしまった。右手を捜す。しかし、それはすぐには見付からなかった。
「どうしたの? 由加里ちゃん」
「・・・・・・・・・・!?」
 その声は100メートル近く離れた学校から響く輪唱のように聞こえた。子供は天使だと一般に信じられている。それは正義の別名だ。だから、遠くから聞こえるその歌は、正義を代弁しているのだ。それは由加里を告発している。
「・・・・・・・!?」
 ここで、はじめて由加里は自己を取り戻した。彼女に馴染みの世界を取り戻したわけだ。しかしながら、その代償は空前絶後の絶望だったのである。

 手が濡れている。どうしてだろう。重ねて、どうして右手を下着に忍び込ませているのだろう。それらの問いは、少女が誰よりも知っているはずの疑問だった。
「何をしているの? 由加里ちゃん?」
 可南子は、なおも氷の槍を突き刺してくる。それは、唯一健在な右手をめちゃくちゃにしてしまうかもしれない。きっと、それで隠しているはずだ ――――由加里はそう思いたくなった、しかし、彼女が来る前にそれは行われていたのだ。だから、それは自ずから矛盾する。そんなことを由加里が理解できないはずはない。じっとりと濡れる右手は、そのような浅はかな思想をいとも簡単に破砕してしまうのだ。

――――そうだ、私は、やっていたのだ、オナニーを!

「もう、いっかい、聞くわ。何をしていたの? 由加里ちゃんは?」
「お、オナニーです・・・・・・・・・・・・・・・」
 あまりにもあっさりと解答されたので、思わず拍子抜けの気分を味合わされた可南子であるが、ノドから欲しかったものがいきなり目の前に提示された時と同じで、思わず立ち止まっただけである。
 これからは攻勢のみ。別に、開戦の雄叫びを上げるわけではないが、可南子は目の前に横たわるほぼ無抵抗の可憐な少女を自由にできる悦びに、今更ながら身の幸せを噛みしめるのだった。
 しかし、可南子は作家やその志望者たちとちがって、自分の行為を常に達観することができるほどに、知性的あるいは醒めきっているわけではない。まるで青春時代の思いを再びといった風に息込んだ次第である。

「そう、オナニーね?」
「ウウ・・ウ・ウウ?!」
 告白してしまって、後悔しても遅い。たとえ、その追求が非合法でやりすぎだったとしても、いちど供述してしまっては元も子もない。これから生涯、犯罪者扱いされるのである。
 たとえ、後の裁判にて無罪が決定されたとしても、そのレッテルを引き裂かれることはない。一回でも、肌にはり付けらてしまったシールは、その模様を江戸時代の刑罰としての刺繍のように告白者の身体に未来永劫、刻みつけてしまうものである。

 由加里は臍を噬んだ。

 俯いた少女の顔は、まさに死刑執行を宣告された囚人のように青ざめている。しかし、そんな彼女に同情の念を示すほどに、可南子はあまくない、さらに畳み掛けてくる。
「じゃあ、その右手を見せてごらんなさい、是非とも拝みたいわ」
「ウウ・ウ・ウ・ウ・ウウウ?!」
 まるで猫にいたぶられる瀕死の鼠のように、縮こまる由加里。その華奢な身体で、か細い心を守れると本気で思っているのだろうか。ひっしに右腕を硬直させて汚れた手を見せまいとする。

「いいかげんにしなさいね、由加里チャン?」
「・・・・・・・・?!」
 泣きぐずる由加里に業を煮やしたのか、可南子は強引に少女の脇に腕を回した。
「ひっ、痛い!?」
 半身を襲う激痛に思わず、典雅な細面を歪ませる由加里。
「看護婦らしくないことをさせないでくれる?」
「・・・・ウウ?」
 可南子は、身勝手な理屈を少女の整った鼻がしらに突きつける。しかる後に、無理矢理に腕を下着から引きはがす。
「ぁぁ」
 飛び去っていく幸福の天使に追いすがるような目と手で、由加里は、可南子を見た。その顔は一種の壁を形成している。頑としてはねのけるような容赦ないものをそこから感じ取れた。だが、次の瞬間、少女の目の前に展示されたものはそれとはちがう壁だった。可南子は外部に逃げ出すことを禁ずる壁だったが、それは内部への逃亡を禁ずるそれだった。

 由加里の濡れた手。それはぬちゃぬちゃする粘液が糸を引いていた。

 それは、ある意味、鏡だとしか言いようがない。いやらしい由加里の恥ずかしい姿があられもなく目の前に迫っていた。
「ウウ・・ウ・ウウ?」
由加里はこれから受ける陵辱は、これまでとちがうものになることを、無意識のうちに直感していた。

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『マザーエルザの物語・終章 25』
 再び、あおいと啓子がニフィルティラピアという地名を耳にするのは、もうまもなくのことである。しかし、マザーエルザという固有名詞を聞いたのは2度目のことだった。その授業はマザーと呼ばれる修道女の手によって行われる宗教の時間に行われている。
 しかしながら、宗教とは言ってもことさら戒律じみたことを強制するわけでもないし、学校が奉ずるキリスト教アリウス派の信仰を強いるわけでもない。ただ、聖書を通じた物語を通じて、物の道理を教えるだけである。
 言いようによっては、もっと、意地の悪い表現も可能だ。薄い毒を飲まされているということである。精神の発育に準じて、キリスト教精神をやんわりと教え込まされるのだから、そのやり方は頭の良いやり方だと言えるだろう。
 事実、卒業してから改めて洗礼を受ける生徒もいるのである。その割合は、日本のキリスト教信者の割合を考えると、突出した数字なのだ。
 この段階において、あおいと啓子がどれほどキリスト教に毒されているのか、本人ですらわからないだろう。ただ、ふたりの言動からあるいていど、その影響を受けていることは確かだったと思われる。
 ただし、この授業がどれほど与していたのか、やはり、はっきりとしないが・・・・。

「はい、今日は宿題の発表会を行いましょう。そうでしたね、マザーエルザについて調べてくるはずでしたね ――――榊さん」
 浅黒い顔をくしゃくしゃにして、シスターテオドラは定型句を言った。そのとたんに、教室中に罪の薄い笑いが木霊する。そう、その定型句は枕詞のようなもので、その次ぎに榊あおいという固有名詞が並ぶのだ。それはこのクラスの決まり事だった。
 しかし、シスターもクラスメートもいつにないあおいの様子に訝しく思っていた。

「どうしたの? 具合が悪いの?」
「ほら、百合河さん、私の言いたいことはわかりますね」
「はい、私語は禁止です」
「よくできました」
 名指しされた少女は恐縮して答えた。しかし、心配そうな視線を送ることは止めなかった。あおいの足を見ると小刻みに動いている。その証拠にコトコトを音が鳴っている。椅子が唄っているのだ。

――――きっと、熱があるんだよ。

 次ぎに、あおいの第一の親友だと目される啓子に視線を走らせる。彼女はあおいよりも前に座っているために、異常に気づかないようだ。いや気づかないはずはない。敏感な啓子のこと、この教室に漂う微妙な空気を察知しないはずはない。
 この教室に、1デシリットルでもレモンの果樹液を垂らしたら、間髪入れずにその正体を明らかにしてしまいそう。それほどまでに敏感で神経質だと知られていた。あおいが彼女と仲よくなる前は、みんな、怖くて話しかけるのも憚られるほどだった。

―――具合悪そう。
 さらに、あおいを気遣う少女。いや、彼女以外のだれもが心配していた。太陽に比べられるほどに明るかったあおいがどうしたと言うのだろう。大袈裟でなくて何事か恐るべき事が起こるのではないかと、みんな本気で心を砕いたのである。
 だが、そんなことを察知できないシスターテオドラではなかった。
 ただ、規律を信望するあまり、クラスメートの指摘を注意したのである。内心では、それを喜ばないはずはなかった。友愛は、彼女が奉ずる宗教が第一にあげる思想だった。だから、友人への気遣いを喜ばないはずがあろうか。

「榊さんどうしましたか?」
「い、いえ、なんでもないです・・・・・」
 何でもないという顔ではなかった。いつもならほんのりと赤みを帯びた頬は青ざめ、心なしか頬が痩けているとさえ表現できそうだ。あんなにピチピチと生気に満ちていた少女の肌は、病人のそれのように温度を感じさせない。まるで発泡スチロールのようだ。
 しかし、滑らかなその肌は一方で、亀の甲のような美しさを漂わせていた。鼈甲が醸し出す大人の雰囲気は当然のことながら、小学生の子供が出せる空気ではない。シスターは、訝しげに少女の顔を伺うと言った。
「保健室に連れていってもらいなさい、保険委員は誰でしたっけ?」
「はい、私です」
「あ、私が」
「駄目です、赤木さん ――――」

 シスターは啓子を制するように言った。規律をこよなく愛する身として面目躍如の説諭を行ったわけである。親しい友人である啓子が連れて行きたいと思うのは人情であるが、ここは保険委員にまかせるべきだと。その言い分は理路整然としていたので、啓子が口を挟む余白はなかった。
「大丈夫?」
「うん・・・・・」
 伊東俊子は、あおいの言うことを額面通りに受け取るわけにはいかなかった。青白い汗を額に滲ませたその姿は、どうみても正常には見えなかったからだ。しかし、たしかに普通ではなかったが、病気では ――なかったのである。

「ウウ・ウ・、いえ、大丈夫です、先生・・・じゅ、授業を受けさせてください」
 あおいは懇願した。ここで保険医に診察されることだけは何とか避けたかった。幼い少女の自我は、秘密が露見してしまうと思ったのである。 ―――下半身の秘密が・・・・・。テオドラが大人の女性の直感によって、それを見抜いていたのは、大人の女性としてとうぜんの成り行きだった。官能を憶えているとき、女性は変わるものである。
 しかし、それがたった10歳の少女に、それが訪れるとは夢にも思わなかったのである。洞察できなくて当然だ。しかしながら、あるひとつの可能性があった。それならば、納得がいく。さいきんの子は早いと聞く。テオドラはその可能性を見た。

「あおいさん、あなた ――――。ここはたしかに保健室に行ってもらわないといけません」
 ただでさえ、峻厳なシスターの表情がよりいっそう厳しいものになった。あおいには、それが鋼鉄の壁に思えてならない。しかし ――――。
「うううっ!?」
 シスターの手があおいの首に絡まるとカラーごと、身体にめり込んだ。それは少女の主観である。  恐怖に基づいた主観は、ただしい見方を誤らせるものだ。

―――――このことを知られたら終わりだ。学校にいられなくなる!!もう、たいせつなものを失いたくないわ。
 
 あおいは、絶望の空の下で呻いた。もはや舌は味を感じる器官ではなくて、単なる口腔内の異物にしか思えなかった。プラスティックかゴムを咬んでいるいやな感覚が口中に広がる。そして、俄に苦い味も同時に感じた。
 もちろん、それは異物そのものの味ではなくて、自らの唾液そのものが催す味にすぎない。言い換えれば、じぶんじしんを憎悪しているということになる。もちろん、小学生にすぎないあおいに直截的に得た事実を論理的に説明させることはほとんど不可能である。
 ただ、単純に気持ち悪いとしか答えられないだろう。

「せ、せんせい、お、お願いですから・・・・」
「あおい、駄目だよ、先生の言うとおりにしないと ―――」
 いきなり啓子が立ちあがって親友の元に近づいた。両手を握ってみる。なんという手の冷たさだろうか。
 彼女の言いようといい、あおいをいたわる視線といい、絶対に彼女に対する以外では見ることができない表情だった。
 その時である、啓子を驚かせる事件が起こったのは。
「触らないで!」
 
 空気を劈くような声は、すくなくとも、声変わり前の少女のそれではなかった。あるいは過去から響いてくるような声だった。
 その声とともに、あおいの右手が動いたのである。啓子のぬくもりを感じたとたんに、それは動いた。そして、啓子の頬を平手打ちにしていた。

「・・・・・・・・・・け、啓子?!」
 実は殴られた啓子よりもあおいの方が心を乱していた。クラスメートたちは驚いた。あおいの表情は、かつて見たことのある顔でなかった。幽霊のように青ざめた顔に、一筋の涙ができている。その表情はとうてい自分たちを同じ年齢の少女には見えなかった。あきらかい大人の女性がそこにいたのである。
「ぁ、ご、ごめん、啓子ちゃん」

 まるで親友の名を確かめるように言い直す。ふたりの間に悠久の歴史が控えているように見えた。永遠の宇宙が背景になっているように見えた。そこはふたりだけのために神が用意した特別な空間なのか。
「ご、ごめんなさい、大丈夫です・・・・・」
「榊さん ――――」
 シスターが畳み掛けようとしたときに、都合良くチャイムが鳴った。しかしながら、誰にとって都合がいいのか、あおいにとってか?
 少女は、ある人物を思い浮かべて、勝手に怯えていた。それは榊有希江その人である。聖ヘレナ学院、高等部一年生に所属している。
「榊さん、お昼の後でも具合が悪かったら保健室に行くのですよ」 
 半ば投げやりに、言葉の数珠を壊してやや控えめに、教室にばらまいてシスターは教室を後にした。残されたのは、大魚を逃した釣り師のような児童たちだった。
 
 シスターテオドラの足音は時計の秒針に似ていると言う。たしかに、正確無比な音は彼女の性格を暗示している。まるでウォーキングの模範のように前を向いて颯爽と足を運ぶその姿は学園の時計と言われるだけはあった。
 そのシスターがかつての教え子を見つけたのは、螺旋階段に足を踏み込もうとしたときだ。有希江の秀麗な顔が上がってくるところだった。教え子と書いたが、この学園の教諭に名を連ねているかぎり、ほぼ全員が教え子のはずである。
 ただし、有希江は、いや、彼女に限らず榊姉妹は、四人とも何かしらの理由でシスターの脳細胞に刻まれている。どの子もいちど顔を見たら忘れられない。
 長女の徳子は、型どおりの優等生であるが、その型に支配されずに、自らが型になり変わってしまうほどの力量を備えていた。一方、次女の有希江は型破りであるが、型を卒業しているだけの自身を兼ね備えていた。
 シスターが、まず声をかけたわけだが、第一声はまさに彼女らしい言葉だった。「あら、榊さん、ここは初等部ですよ」
 有希江は、形の良い唇を上品に開けると、懐かしげといった風に返事を繰り出した。

「先生、許可はもう取ってあります。家族の話がありますので、母の言付けです」
 シスターは教え子が差し出したものを見て思わず噴き出してしまった。それがあまりにあおいらしかったからである
「あら、あら、榊さんがこの世でもっとも愛するものじゃない。天変地異でも起こりそうね」
――――もう一回、処女懐妊が起こるかもしれませんよ、明日ぐらいに、私のところに告知天使が来られるかもしれません。
 有希江は、冗談を言う相手を心得ている。だからその言葉を呑みこんだ。同じ言葉を彼女が所属するクラブの顧問に漏らしたところ。
「お前、よくこの学園でそんなことが言えるな、時と場所をわきまえろよ」と峻厳な顔で言われたものだ。もっとも、その後押し殺したような笑いに部室が充満したのだが。

「あ、そうだ榊さん ――――」
 有希江が立ち去ろうとしたとき、シスターは彼女の耳に何か囁いた。
「そうですか? いちおう聞いてみますね。そういうことならば、応対室を利用していいですか?父兄ってことで」
「初等部の? わかったわ。担任に言っておくわ」

―――――さすが、オトナの女ね。でもまさかってことがあるから・・・・・・・・・。
 有希江はほくそ笑んだ。昨日の昨日まで、妹の局所を弄んでいたのだ。それが起こったか、起こらなかったのか、知らないはずはない。もっとも、今のこの瞬間に起こるということもじっさい、あり得ない話しではない。
――――ふふふ、告知天使があの子の元にやってきたのかしら?
 まるで、ライトノベルズの題材になりそうなストーリーをフライパンで料理しながら、有希江は、彼女の子供の部分にダンスを踊らせた。
 もうそろそろあおいの教室だ。小学生たちは有希江を見つけると、誰も感嘆の声をあげる。彼女に振り向かない人間は、教師をふくめて誰もいない。
 それに加えて、誰も彼女を単なる学園生としてみなさない。高等部の生徒が初等部に侵入するのは、校則違反のはずなのに、教師の中で、それを指摘するのはシスター以外にいなかった。
 それだけではない、この学園の制服である、古くさいブレザーには、ひときわ大きい十字架がデザインの常識を越えて生地を席巻している。
 それは単なる制服ではない。鎧だ。心と体の内外から、清い心を護るための防具なのである。
一見、制服は、この学校の校風を暗示するように厳格な鎧を纏っている。
 しかし、それだからこそ、この傑出した少女を閉じこめておくには、それは狭すぎるのだ。精神的にも身体的にも十二分に、鎧を突き破るだけのポテンシャルを誇っているのではないか。
 高等部卒業まで二年余り、この段階で見る人にそのような衝撃を与えるだけのものを確かに持っている。有希江はそれだけの少女だった。
 
 ある人物以外にとってみれば、彼女の到着は歓迎すべき事態のはずだった。
 ごく一名を除いて・・・・・・・・・・。
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『由加里 74』
 神崎祐介は物陰で震えていた。事もあろうに、この豪毅な男が由加里の泣き声を聞いて股間を縮み上がらせていたのである。
 はじめ、祐介はいつものように威勢を轟かせるはずだった。誠二と太一郎などという小物は、祐介が一睨みするだけで世界の塵と化すはずだった。しかしながら、ふたりに責め立てられて許しを懇願する少女の声を聞いたとたんに、気を萎えさせてしまったのである。   
 もはや、かつての祐介の勇名は地に落ちたと言ってもいい。ただし、この場に誰もいないのでことさら風潮されることもないが、いちばんそれを許さないのは、祐介自身のプライドなのである。かと言って、いちど縮んでしまったものは簡単なことで復活するものではない。
 まさに、狼は無害な子犬に成りはててしまったということだろうか。
 見えない悪魔に羽交い締めにされているような状態に置かれているわけだが、そんな間にも旧部室内からは、少女のあられもない声が響いてくる。

「ヒィ・・・・・いやぁぁぁァァ」
 まるで、破られる作りたてのシュークリームのように、由加里は、無防備な状態に置かれている。誠二と太一郎のふたりはその柔らかな感触を十二分に楽しんでいる。今、自分たちの行為が歴とした犯罪であることは、もはや、現実認識の何処にも存在しない。ただ、与えられた本能に従って身体を動かしているだけなのだ。
 一方、由加里の視力が捕らえているものは、誠二と太一郎ではなかった。おびただしい涙のせいで著しく妨げられているが、確かに高田と金江とその背後にいる女子の影がはっきりと見えている。いや、それだけではない。

「アハハハ、いやらしい由加里チャンの大好きな男よ」
「男に、こういうことされるのが夢だったんでしょう!? このヘンタイ!!」
 ふたりの少女の声が高々に、由加里がヘンタイであることを宣言する。そして、ふたりの背後にいる女子たちもそれに諸手をあげて賛成する。

 だが、ここにひとつの疑問が生じる。ならばどうして照美とはるかではないのか。
 
 性的ないじめと言えば、ふたりの専売特許だったはずである。ちなみに原崎有紀と似鳥ぴあのはオプションにすぎない。言うなれば付属品ということだ。
 もしかしたら、高田と金江が由加里の性的な部分に手を出してくることは、少女の予想の範囲内だったのかもしれない。彼女らは、少女が嫌がることなら何でも嗅ぎ出すし、そこを容赦なく攻撃してくる。今、少女が何を嫌がっているか、ふたりなら摑んでいるだろう。
 
 それは、照美とはるかの行為とは一線を画するのである。ふたりの中には残酷ないじめの中にも、何か言葉にできない何かが隠されていた。それは単に浅薄な好奇心や嗜虐心から、少女を苛む高田や金江たちとは全く別の世界を形成しているのである。
 それには、サドとマゾの間に発生する特殊な『愛』と称されるものが関係しているのかもしれない。 それは、はるかにさんざん読まされた官能書籍から学ばされたことである。もしかしたら、こういう思いそのものがはるかによる洗脳かもしれない。

――――だけど、照美さんとはるかさんが恋しい!
 由加里は、限界を超える地獄に放り込まれながら思った。半分は彼女が捏造した世界である。

 ここは、2年3組の教室。

 そこは、かつて由加里が夢見た上級生の世界。新しい友人を含めて、新しい国を創造するはずだった。そこには今まで親しかった香奈見たちも当然加わっている。
 しかし、それは次の瞬間、音も立てずに崩れ落ちる。そして、クラスメート、由加里が、将来友人にしようと目論んでいた子たちのことだ、彼女らは手を繋ぐ代わりに笛や黒板消しを持って襲い掛かってくる。手、手、手。彼女らは、由加里を打ち据えるために使っているのだ。それは、あくまで少女と友情を紡ぐための道具だと思っていたのに・・・・・。
 かくて、少女の夢想はシャボン玉のように消え去り、そのかわりに、悪夢のような現実が幕を上げることになった。
 それが、由加里が今、立たされている舞台である。

 この部室は、それが出張でもしているのであろうか。それとも何処であっても由加里をいじめるために天が舞台として提供しようというのか。ならば、時間と時を選ばずに、いじめっ子たちは由加里を苛むことになる。
――――そうだわ、幼稚園でも辱めを受けたのだわ。それもあんな小さな子たちまで使って・・・・・・・・・・。
 あのときは照美でさえ唖然としていた。
 よりによって、彼女を愛しているなどという錯覚に陥ったのだ。
 確かに高田や金江のような連中に比べたら、照美とはるかは、人間として根本的につくりがちがうだろう。しかし、それが何だというのだ。今まで彼女たちにされたことと言えば、・・・・・。
いや、今、彼女が体面しなくてはならないのは、別のことだ。

 塚本誠二と南斗太一郎。
 
 たとえ、ふたりが誰かの操り人形にすぎないとしても、由加里が相手にしなくてはならないのは、この顔のない男子なのである。
 そう思うと自ずからやるべきことはわかってくる。
「イヤ! 離して!!」
「・・・・・・・・・・・!?」
「・・・・・・・・?!」
 由加里が発したエネルギーの発露に、ふたりは戦いた。今の今まで従順な奴隷にすぎなかった少女が反撃をはじめたのである。それは物理的な力によるものではなかったが、ふたりの少年に痛みの錯覚を感じさせるほどに怒気が含まれていたのである。
 だから、彼らは反射的に手を離した。その仕草が何を意味するのかわからなかった。しかしながら、時間を置くとそれが自分たちが元々持っている罪悪感であることに気づいた。思わず我に帰った。そのときに見えたのはそれぞれの母親か父親の肖像だったかもしれない。
「う!?」
「うう?」
 しかし、その像の中心にらんらんと光っていたのは、由加里の瞳だった。
 普段、可愛らしく優しげに光を湛えている目には、あきらかに意思の光が見て取れる。完全に無力なはずの少女にそれが力を与えているのか。涙がその輝きに彩りを添えている。
 本来ならばそれは本人の無力さを象徴するはずなのに、かえって美しさと強さを増す働きを為すとはどういうことだろう。
 誠二と太一郎は、しかし、それを理解するために反芻する余裕すら与えられなかった。背後のドアがものすごい勢いで蹴倒されたのである。年代物とあって、壊れ方は凄まじかった。たいした力が与えられなくても、簡単に壊れたはずだ。
 そんな半壊品を完全に破壊したのが、相当な猛者だったからこそ、その過程は見る人にただならぬ恐怖を与えたのである。

「うぎ!?」
「ぃぐぅあ?」
 少年たちが、何語を使っていようとも、それが意味するところは明らかだった。本能的に身の危険を感じたのである。しかし、それは扉の破壊力の如何に直接関係ない。扉の破壊とほぼ同時に視覚と聴覚によって、得られた情報がこの世で最も恐るべき相手を指し示していたからだ。
 
 神崎祐介。

 子犬は狼に戻ったのである。
 その後、何が起こったのか描写するまでもあるまい。
しかし、特筆しておきたいことがある。それは、いったい何がキーとなってそれが引き起こされたのか。その理由についてである。
 実は由加里の怒気がキーとなって、祐介は本来の自分を取り戻したのだった。
この華奢な少女に何が秘められているのか、それはその場にいた3人には最後まで理解できないことだった。
 だが、もっともそれを理解していないのは西宮由加里そのひとであろう。少女は、自分のことをとるに足らない人間だと思っている。それどころか、この世でもっとも汚らわしい存在とさえ思っている。そして、それが度重なるいじめによって引き起こされた ―――ということに対してさえ、思いが向かわない。
 すべて自分のせいにしているのだ。自分の躰からこの世のものとは思えない悪臭が放たれている。それは、自分の精神が腐っているからであり、本当にどうしようもない人間だからである。そのことは、少女が誰にも愛される資格がないことを同時に表している。

 困ったことに、少女は目の前に提示された方程式を鵜呑みにしてしまったことである。まったく疑義を持たなかった。
 もちろん、方程式を示したのはいじめっ子たちである。
 その瞬間、少女は彼女らの意のままになる奴隷に身を落としたのだった。

 ―――――――消灯?
 由加里は、ノートパソコンの電源を落とすと、窓の外を見遣った。巨大病院を囲うように立ち木が並んでいる。それらは薄闇の中ではどのような樹木なのか、はっきりとしない。ただ、古代の巨大恐竜のような像を晒しているだけである。
 長い首の部分が男子の陰茎を思い起こさせる。それは石膏像のノッペリとした様子を彷彿とさせた。少女の目には、それが彼女じしんの自画像に見えた。何もない、のっぺらぼうな彼女じしん。それはまさに由加里そのものだった。
 そして、明るい方に視線を落とすと、そこにはおあつらえ向きに設置された外灯が一組のカップルを照らし出していた。まるで映画の1シーンのような光景に、少女は理由のない怒りを憶えた。その情景が美しければ美しいほどに灰皿でも投げつけたい気持になっていくのだった。あいにくとここは病院なので、手短に灰皿があるわけでもなく、またそのカップルまでの距離を考えても、少女の筋力によってそれが成功するとはとうてい思えなかった。

―――――いったい、どういう人たちかしら?こんな時間に、門も閉まっているのに・・・・病院関係者かしら? 例えば、医者と看護婦とか・・・・・。
そこまで考えて思わず噴き出してしまった。何て、陳腐な考えなのだろう。少女は。自嘲できる余裕を取り戻したところで、就寝することにした。
 ベッドに仰向けになって目を閉じる。その当たり前の行為がそこはかとない恐怖を帯びていることに気づいた。

――――もしかしたら、明日の朝日が見られないかもしれない・・・・・・ま、それでもいいわ。
 少女は、闇の中に戻っていく。人間は、闇から生まれたのである。だから、寝ることともうひとつの意味は、闇に戻っていくことである。
 ちなみに、それは別名、死とも呼ばれる。
 
 少女は、彼女が心から欲して止まない死にたいして、接吻しながら目を閉じた。


 そのころ、時間的には、いささか、そして空間的にはかなり離れたところで2対のテニスラケットが軽快な音を立てていた。もしも、それを握りしめていれば、幸せを摑めると思っていたのは由加里である。
 その由加里は、その手触りも忘れて死出の旅に発っている。いったいどんな夢を見ているのだろう。ここにいるテニスプレイヤーに知るよしはない。
 鋳崎はるかと鈴木ゆららのふたりが、この一面を独占しているカップルである。言うまでもなくふたりとも同年齢なわけだが、見る人のほとんど、いや、ほぼ全員がそれを言い当てることはないだろう。 はるかは、170センチを優に超えているわけだから、互いの間に横たわる身長差はさることながら、ちょっとした仕草などを見比べてみても、同年齢とはとても見えない。どちらが大人に見えるかは、言及するまでもないだろう。
―――――――。
 力量もあえて言う必要はないだろう。はるかのそれに比べたら、ゆららなどは児戯以下だ。しかし、何とはなしにテニスを楽しんでいることは確かだった。何度も失敗しながら、はるかは声を荒げることもなく、顔を顰めることもない。

「意外ね、あの子に教師の天分があるとは思わなかった」
 ふいに、観客のひとりが声帯を震わせた。そして ――――。
「い、今だけですよ ―――」
 もうひとりの観客の声は、いささか震えている。
―――あいつ、この一ヶ月のストレスを全部、私にぶつけるつもりだわ・・・・・。
 照美は声にならない声で、嘆きの台詞を夜に向かって聞かせた。しかし、いつわりの満月をはじめ、誰も彼女に同情しようとしない。それどころか、誘蛾灯などはコトコトと笑っているように見えた。それは虫たちの死のダンスだったのだが、今の照美にとってはどうでもいいことだった。
並んで座っている観客は2名。
 前者は、西沢あゆみであり、もう片方は海崎照美である。両者の間には10歳ほどの年齢差がある。
 「照美さんは、 ――――」
「あ、ゆららちゃん!」
 あゆみは自分の言葉が切断されたことに腹を立てた風でもなかった。視界に、照美の尻が見えた。その筋肉の付き方は、アスリートのそれとはちがっていたが、たしかにある程度鍛えているのが見て取れた。それに ―――似ている。
 
 あゆみが小さい頃からいつも追いかけていた誰かに酷似しているのだ。
――――――――。
 ふいに襲ってきた夢想から醒めてみると、倒れてしまったゆららを解放しているはるかと照美の姿が見えた。まるで重病人のように苦しい息の下で虫の声を出しているようすだが、べつに病気というわけもでもないらしい。単に、馴れない運動を急にやったために息を切らしてしまった ―――――ということにすぎないだろう。しかし、水分補給は重要だ。夜ということで、昼に比べれば気温は低いが、かならずしもそれが熱中症の必要条件というわけではない。

「水分補給よ ――――」
 あゆみはすくっと立ち上がると、持っていたスポーツドリンクを差し出した。
「さてと、見せてもらいましょうか?」
 それはあゆみの台詞だったことは、照美を驚かせた。
「へ?」
 ゆららを介抱していた照美は、魂を奪われたような顔をした。じっさいに何処かの宇宙に漂っていたい気持になったが、現実世界は彼女を手放そうとはしなかった。

「さ、やるか、あゆみさん、彼女をお願い。ほら、照美、ラケットを早くもってこいよ」
 はるかはこともなげに言う。彼女は、まったく息をしていないようにすら見える。ゆららが相手ならば、はるかにとってみればウオーミングアップにすらならないと見える。これ見よがしに準備運動を始めたのである。
 ゆららは、水分補給を終えると、椅子の上に猫のようにぐちゃとなっていた。しかし、あゆみを認めるとすぐに姿勢を正した。
「あら、いいのよ」
「いえ、いいです」

 可愛らしく会釈を返すゆららを見ながら思った。照美とはるかが普通でない ――――のだと、中2としてはこちらの方が平均に近いのかもしれない。だが、彼女がひときわ幼く見えることは確かだったが、だからこそふたりと比べると失礼ながら小学生に見まごうということもあり得たのである。
「鋳崎さんさすがですね、さっきまでやってたのに」
――――――あいつなら準備運動にもならなかったさ。
 そうは言わなかったが、見えないようにして表情を崩した。
「照美 ――の腕とやらを見せてもらおうか ――」
 ぬかったと思った。ゆららが不思議そうに見ていたからだ。思わず口走ってしまったミスを押し隠すように言葉を続けた。
「ほら、始まる。確かに素人だな、無駄がありすぎる ――――」
 ゆららは、驚いた。照美のサーヴィスは、まるですべての動きが計算され尽くしたかのように美しかったからだ。それにボールが奏でる音は空気を裂くように強烈だったのだ。
―――プロの目にはそう見えるのね。
 少女の胸を涌かせたのは、照美の動き以上にはるかのそれが人間業に見えなかったからだ。もちろん、テレビで世界レベルの選手のプレイを視たことはあるが、それを本当の視力で捕らえるのでは 雲泥の差がある。空気の振動は直接伝わる。それは肌と肌で会話をしているようなものだ。電波を通じて手触りや肌触りまで伝達することはできないだろう。
 まさに感嘆の一言だが、それ以上に少女の胸を突き刺したものがある。それは、西沢あゆみそのものだった。
 彼女が醸し出す空気そのものが常軌を逸していた。その視線は膠着し、手指は心なしか小刻みに震えているではないか。
 

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