「女の子なのに?」
「ウウグググ・・・ハイ」
まるで自分自身の死をモールス信号で表すように、由加里は答えた。
「よく言っていることがわからないんだけど、あいにくと、私は、ごくノーマルな人間なのでそのヘンのことは詳しくないのよね。誰かと違って・・・・・」
自分のことは何処かの棚に上げて、大胆に言ってのける。おそらく、その棚は、この地球上の何処にも存在しないにちがいない。近くて、太陽系の外縁くらいだろうか。
一方、由加里は、まっすぐに妖女の侮辱を受けて止めていた。承けて流すことを知らないこの少女は、ここまで侮辱され唾を吐かれても、品位を下げるということを知らない。可南子は、それが気にくわない。
彼女のような女性が一生かかっても、それこそ、地球の北から南まで駆け回ったとしても、由加里が持ち合わせているような品位を得ることはできないだろう。何の努力もせずに西宮由加里という肉体に生まれ落ちたというだけで、この少女はこんな高級な真珠を持っている。それが許せなかった。
「きっと、生まれつきインランで、薄汚い由加里チャンなら知ってるのよね。もっと詳しく教えてくれない?」
「ウウ・ウ・ウ・ウウ・・、コ、コミックで、きっと、架空の・・・・・ウウ・ウ・・ウウ」
賀茂真淵や、本居宣長が聞いたら、きっと呆れるどころではなく悪霊となって取り憑くぐらいのことはするにちがいない。完全にただしい日本語というものを無視している。
少女は、自分の中に競合する感情たち、例えば、羞恥心や悲しみ、そして、絶望感や無力感、それらマイナスのエネルギーの対応に苦慮していた。そのために、それを言語化するプログラムが上手く作動していないのである。
しかし、可南子の方はそうはいかない。もともと、ものを深く考えるということを若いころからしてこなかったこの女は、自分と違う思考タイプが存在することを想定できない。だから、由加里のような自分よりもはるかに知的に優れている存在に、意識的にせよ、無意識的にせよ、そねむことになる。
しかし、そんな内心などオクビにも出さずに、由加里をいびり続ける。
「そんなコミックがあるの? でもあるとすれば18禁よね。ところで、由加里チャンっていくつだっけ?」
「ウウ・・じゅ、十四歳です・・・ウグ!!?」
言い終わるまえに、失禁状態の性器に指がエイリアンのように侵入していた。あやうく処女膜を破ってしまうところだった。
「危ない、危ない、それは本番でやることだったわ。ねえ、由加里チャン、14歳なのに、そんなもの読んでもいいの?」
「ウウ・ウ・・ウ・・ウウ、い、いけません・・・・ウウ・ウ・ウ・ウ」
成績という一面だけでなくて、生活態度や教師への心証といった点に置いても、黄金の内申書を誇っている由加里である。それは実質的なドキュメントに留まらない。小さい頃から大人にいたるまで、年上に対する心証は同年齢のそれをはるかに凌駕して好印象だった。
内申書には数字で表現されるものとされないものがある。由加里は、両者において常に満点を誇っていたのである。
まさに可南子の反対側を歩いてきた由加里である。そのふたりが、二人は奇縁によって交差しようとしている。
メスの大蛇が小蛇に絡みついている。後者の頭に輝く真珠を狙っているのだ。
それは彼女じしんの境遇に対する不満からくる復讐心なのか。そもそも、ものを考えない性質の彼女だから、考えるまえに手が出てしまう。
しかし、邪悪な妖女がいくら少しくらい美しいものを食べたとしても、鱗のひとつが輝くにすぎない。これまで、重ねてきた悪業のどれをとっても償われることはないのだ。どうじに、彼女の品位がすこしでも上がる等と言うこともない。
「本当に悪い子ね、罰が必要だわ!」
「ひぃ!痛い!!」
可南子は、由加里のクリトリスを捻り潰さんばかりに抓った。
睫から眼球に至るまで、ものを見るためのすべての器官が涙によって溶かされてしまうのではないかと思った。
写真を印象画風にぼかすコンピューターソフトが存在するが、ちょうどそのように視界が歪んでいた。ミレーやルノワールと言った印象派の巨匠と呼ばれる画家たちの作品の高尚さとはまったく違う次元の、浅薄で短絡的な技がそこに存在している。
―――私なんて、このていどの人間なんだわ。誰にも愛される資格なんてない。
そう思った同時に、家族や友人たちの顔が浮かんでは消えた。いや、消えるだけならいいが、かつては、自分に向けられていたまぶしいばかりの笑顔が軽蔑と憎悪の入り交じった顔に変わるときには、全身の毛穴が萎む。
めざとい可南子は、そんな由加里の変容に何処までも追いついていく。まるで、ストーカーのようだ。
「寒いの? もう夏なのよ。あたしが温めてあげる!」
「ウギィイ!?」
可南子は、由加里が負った重傷のことも忘れて力の限り抱き締める。ギリギリと全身の骨が軋むような気がする。このまま抱かれていたら、折れてしまうのではないか。由加里は怖れた。
「今日はねえ、可哀想な由加里チャンのために最高のプレゼントを用意したんだよ」
妖女は、可哀想なという形容動詞が少女のプライドを丸裸にするために、最適な言葉だと意識ではなく、無意識のレベルで知っていた。
大蛇は、まさに小蛇を取って喰おうとしていた。
ちょうど、その時テニスコートでは、黄金が煌めいていた。それを嫉妬たっぷりの視線で見つめる美少女がいる。
「私はねえ、はるかのヤツがむかつくのよ ――――」
「え?」
鈴木ゆららは、年長の女性を見上げるように、照美の綺麗な顔を見つめた。
はるかとの試合を終えた照美は、汗を拭きながらスポーツドリンクに口を付けている。その姿がやけに絵になる。美の女神のようなその姿に気を取られていて、肝腎のご神託、そのものは耳に入っていなかった。
しかし、照美は話を続ける。
「 ――――あんなに夢中になるものがあってさ」
「・・・・・・・・」
この時になって始めて、ゆららは、「むかつく」という言葉が「羨ましい」と同義であることを知ったのである。
そして、本来ならばぞんざいな言葉遣いをしない才媛が、自分に対してそのような言い方をすることじたいが、栄冠のように思えた。まるで疑似家族に叙せられたような気がした。そのことじたいが誇らしかった。人間として自分を扱ってくれるだけでなく、このような特別な扱いをしてくれる。それは、自分のような汚らわしい存在には晴れがましい衣装だった。
うまく、言葉を使って自分の気持ちを表現できない。しかし、そんなことは構わずに照美は言葉を紡ぎ続ける。
「何をやっても、私は、おもしろくないのよ」
「でも、私は何をやっても、満足にできない ――――」
ゆららが失禁するように言葉を吐き出すようすを見て、照美は自分の失態を呪った。今度は、照美が話を聞く番だった。
はるかが言った能力と運命のことを思い出しながらも、意識の届かないところで舌を動かすことを余儀なくされる。
「私は、照美さんが羨ましい ――――」
「・・・・・・・・・・・」
目の前で一級の試合が行われているというのに、照美とゆららは、そちらの方を見ていない。しかしながら、そんなことを気にするあゆみではなかった上に、はるかにしても、目の前の球を拾うことに夢中で、余裕はまったくなかった。
病み上がりとはいえ、西沢あゆみは西沢あゆみだったのである。いや、当時のレベルにおいては、彼女の力量を理解できる立場になかったのだろう。同年齢の選手の中でずば抜けた力量を認められているとはいえ、やはり中学生。相手は世界的なプロである。大人と子供が相撲を取っているようなものだ。
照美とゆららの方でも、そちらを忖度する余裕はなかった。前者は後者に心を砕き、後者は狭窄した視野のなかで閉じこめられてラケットがボールを叩く音すら聞こえていない状態だった。
「ゆららちゃん・・・・・・・」
「ウウ・ウ・ウウウ」
照美は言葉をゆららを正当に遇する言葉を知らなかった。だから、こうするしかなかった。ゆららの華奢な、いや、華奢すぎる肩に手を回した。
「・・・・・・・!?」
照美は驚いた。服の下に肉体が本当に存在するのか疑うほど、実在感が透明だったからだ。しかし、仄かな温かさは照美に、マッチの明かりを感じさせた。この少女の中に灯った小さな明かりを消すまいと、両手をかざして風を防ごうと心がけた。
それだけが、唯一、照美にできることだった。
ささやかなこの空間の外では、極大の嵐が起きているというのに内では消え入りそうな炎が煤を出しながら消えようとしている。
照美の目には、それがいまわの際、寸前の呼吸に見えた。それがあまりに痛々しくて、照美は、自然に自分の内から優しい心が流れてくるのを感じた。その微風に気づかないほどに、知らず知らずに優しい顔をしていたのである。それがゆららにいい影響を与えないはずはなかった。
しかし、同時に罪悪感をも与えていたのである。自分が他人に迷惑をかけているのではないかという感覚。それは、少女がこの世に生を受けて以来、慢性的に思ってきたことである。
はるかは、苛立っていた。照美たちが試合を見ていないことに腹を立てたのである。
―――あの二人!! いったい、何をしているのよ!
しかしながら、大型の台風を相手にしているときに、注意を反らすことは致命的なミスを犯す伏線となる。西沢あゆみと剣を交えるとは、はるかにとってそういうことなのだ。
「う?!」
あゆみがラケットにボールを当てようとした、次の瞬間、それははるかの目の前に存在していた。それだけではない。それは、バスケットボールほどの大きさに膨らんでいた。
「ひ!?」
表現するのも哀れな声を上げて、はるかは地面に転がっていた。ボールは、ふいに避けようとしたために、中空に棒立ちになったラケットの先に当たって、あさっての方向に消え去った。そして、はるかは、ボールの衝撃というよりは、自分自身が起こした運動を制御できずに転んだのである。
「ウウ・ウ・ウ・・!!」
立ち上がってもまだ腕がビリビリと言っている。まだ帯電しているようだ。それほどまでにあゆみが放ったボールはその衝撃を保っていたのである。
「はるか、何をやってる!? なんてブザマな姿だ。ボールにぶつかっていくならともかく、避けようとして転ぶなんて、見ていられん!!」
尺骨と橈骨 身の間に帯電する痛みよりもさらに強烈な声が、はるかを襲う。
――――あいつ、何をしてるんだ?
すぐに照美のいやらしい笑いが聞こえてくると思ったはるかは、拍子抜けしてそちらに視線を向けた。あゆみの叱責よりもそちらが気がかりだったのだ。
照美はゆららを抱き締めていた。
その姿は母と娘を彷彿とさせる。何やら温かい雰囲気を醸し出していた。あゆみもその影響を受けたのか、はるかを叱責することを止めて、夕日を見つめるように二人の様を見つめ続けていた。
「ウウグググ・・・ハイ」
まるで自分自身の死をモールス信号で表すように、由加里は答えた。
「よく言っていることがわからないんだけど、あいにくと、私は、ごくノーマルな人間なのでそのヘンのことは詳しくないのよね。誰かと違って・・・・・」
自分のことは何処かの棚に上げて、大胆に言ってのける。おそらく、その棚は、この地球上の何処にも存在しないにちがいない。近くて、太陽系の外縁くらいだろうか。
一方、由加里は、まっすぐに妖女の侮辱を受けて止めていた。承けて流すことを知らないこの少女は、ここまで侮辱され唾を吐かれても、品位を下げるということを知らない。可南子は、それが気にくわない。
彼女のような女性が一生かかっても、それこそ、地球の北から南まで駆け回ったとしても、由加里が持ち合わせているような品位を得ることはできないだろう。何の努力もせずに西宮由加里という肉体に生まれ落ちたというだけで、この少女はこんな高級な真珠を持っている。それが許せなかった。
「きっと、生まれつきインランで、薄汚い由加里チャンなら知ってるのよね。もっと詳しく教えてくれない?」
「ウウ・ウ・ウ・ウウ・・、コ、コミックで、きっと、架空の・・・・・ウウ・ウ・・ウウ」
賀茂真淵や、本居宣長が聞いたら、きっと呆れるどころではなく悪霊となって取り憑くぐらいのことはするにちがいない。完全にただしい日本語というものを無視している。
少女は、自分の中に競合する感情たち、例えば、羞恥心や悲しみ、そして、絶望感や無力感、それらマイナスのエネルギーの対応に苦慮していた。そのために、それを言語化するプログラムが上手く作動していないのである。
しかし、可南子の方はそうはいかない。もともと、ものを深く考えるということを若いころからしてこなかったこの女は、自分と違う思考タイプが存在することを想定できない。だから、由加里のような自分よりもはるかに知的に優れている存在に、意識的にせよ、無意識的にせよ、そねむことになる。
しかし、そんな内心などオクビにも出さずに、由加里をいびり続ける。
「そんなコミックがあるの? でもあるとすれば18禁よね。ところで、由加里チャンっていくつだっけ?」
「ウウ・・じゅ、十四歳です・・・ウグ!!?」
言い終わるまえに、失禁状態の性器に指がエイリアンのように侵入していた。あやうく処女膜を破ってしまうところだった。
「危ない、危ない、それは本番でやることだったわ。ねえ、由加里チャン、14歳なのに、そんなもの読んでもいいの?」
「ウウ・ウ・・ウ・・ウウ、い、いけません・・・・ウウ・ウ・ウ・ウ」
成績という一面だけでなくて、生活態度や教師への心証といった点に置いても、黄金の内申書を誇っている由加里である。それは実質的なドキュメントに留まらない。小さい頃から大人にいたるまで、年上に対する心証は同年齢のそれをはるかに凌駕して好印象だった。
内申書には数字で表現されるものとされないものがある。由加里は、両者において常に満点を誇っていたのである。
まさに可南子の反対側を歩いてきた由加里である。そのふたりが、二人は奇縁によって交差しようとしている。
メスの大蛇が小蛇に絡みついている。後者の頭に輝く真珠を狙っているのだ。
それは彼女じしんの境遇に対する不満からくる復讐心なのか。そもそも、ものを考えない性質の彼女だから、考えるまえに手が出てしまう。
しかし、邪悪な妖女がいくら少しくらい美しいものを食べたとしても、鱗のひとつが輝くにすぎない。これまで、重ねてきた悪業のどれをとっても償われることはないのだ。どうじに、彼女の品位がすこしでも上がる等と言うこともない。
「本当に悪い子ね、罰が必要だわ!」
「ひぃ!痛い!!」
可南子は、由加里のクリトリスを捻り潰さんばかりに抓った。
睫から眼球に至るまで、ものを見るためのすべての器官が涙によって溶かされてしまうのではないかと思った。
写真を印象画風にぼかすコンピューターソフトが存在するが、ちょうどそのように視界が歪んでいた。ミレーやルノワールと言った印象派の巨匠と呼ばれる画家たちの作品の高尚さとはまったく違う次元の、浅薄で短絡的な技がそこに存在している。
―――私なんて、このていどの人間なんだわ。誰にも愛される資格なんてない。
そう思った同時に、家族や友人たちの顔が浮かんでは消えた。いや、消えるだけならいいが、かつては、自分に向けられていたまぶしいばかりの笑顔が軽蔑と憎悪の入り交じった顔に変わるときには、全身の毛穴が萎む。
めざとい可南子は、そんな由加里の変容に何処までも追いついていく。まるで、ストーカーのようだ。
「寒いの? もう夏なのよ。あたしが温めてあげる!」
「ウギィイ!?」
可南子は、由加里が負った重傷のことも忘れて力の限り抱き締める。ギリギリと全身の骨が軋むような気がする。このまま抱かれていたら、折れてしまうのではないか。由加里は怖れた。
「今日はねえ、可哀想な由加里チャンのために最高のプレゼントを用意したんだよ」
妖女は、可哀想なという形容動詞が少女のプライドを丸裸にするために、最適な言葉だと意識ではなく、無意識のレベルで知っていた。
大蛇は、まさに小蛇を取って喰おうとしていた。
ちょうど、その時テニスコートでは、黄金が煌めいていた。それを嫉妬たっぷりの視線で見つめる美少女がいる。
「私はねえ、はるかのヤツがむかつくのよ ――――」
「え?」
鈴木ゆららは、年長の女性を見上げるように、照美の綺麗な顔を見つめた。
はるかとの試合を終えた照美は、汗を拭きながらスポーツドリンクに口を付けている。その姿がやけに絵になる。美の女神のようなその姿に気を取られていて、肝腎のご神託、そのものは耳に入っていなかった。
しかし、照美は話を続ける。
「 ――――あんなに夢中になるものがあってさ」
「・・・・・・・・」
この時になって始めて、ゆららは、「むかつく」という言葉が「羨ましい」と同義であることを知ったのである。
そして、本来ならばぞんざいな言葉遣いをしない才媛が、自分に対してそのような言い方をすることじたいが、栄冠のように思えた。まるで疑似家族に叙せられたような気がした。そのことじたいが誇らしかった。人間として自分を扱ってくれるだけでなく、このような特別な扱いをしてくれる。それは、自分のような汚らわしい存在には晴れがましい衣装だった。
うまく、言葉を使って自分の気持ちを表現できない。しかし、そんなことは構わずに照美は言葉を紡ぎ続ける。
「何をやっても、私は、おもしろくないのよ」
「でも、私は何をやっても、満足にできない ――――」
ゆららが失禁するように言葉を吐き出すようすを見て、照美は自分の失態を呪った。今度は、照美が話を聞く番だった。
はるかが言った能力と運命のことを思い出しながらも、意識の届かないところで舌を動かすことを余儀なくされる。
「私は、照美さんが羨ましい ――――」
「・・・・・・・・・・・」
目の前で一級の試合が行われているというのに、照美とゆららは、そちらの方を見ていない。しかしながら、そんなことを気にするあゆみではなかった上に、はるかにしても、目の前の球を拾うことに夢中で、余裕はまったくなかった。
病み上がりとはいえ、西沢あゆみは西沢あゆみだったのである。いや、当時のレベルにおいては、彼女の力量を理解できる立場になかったのだろう。同年齢の選手の中でずば抜けた力量を認められているとはいえ、やはり中学生。相手は世界的なプロである。大人と子供が相撲を取っているようなものだ。
照美とゆららの方でも、そちらを忖度する余裕はなかった。前者は後者に心を砕き、後者は狭窄した視野のなかで閉じこめられてラケットがボールを叩く音すら聞こえていない状態だった。
「ゆららちゃん・・・・・・・」
「ウウ・ウ・ウウウ」
照美は言葉をゆららを正当に遇する言葉を知らなかった。だから、こうするしかなかった。ゆららの華奢な、いや、華奢すぎる肩に手を回した。
「・・・・・・・!?」
照美は驚いた。服の下に肉体が本当に存在するのか疑うほど、実在感が透明だったからだ。しかし、仄かな温かさは照美に、マッチの明かりを感じさせた。この少女の中に灯った小さな明かりを消すまいと、両手をかざして風を防ごうと心がけた。
それだけが、唯一、照美にできることだった。
ささやかなこの空間の外では、極大の嵐が起きているというのに内では消え入りそうな炎が煤を出しながら消えようとしている。
照美の目には、それがいまわの際、寸前の呼吸に見えた。それがあまりに痛々しくて、照美は、自然に自分の内から優しい心が流れてくるのを感じた。その微風に気づかないほどに、知らず知らずに優しい顔をしていたのである。それがゆららにいい影響を与えないはずはなかった。
しかし、同時に罪悪感をも与えていたのである。自分が他人に迷惑をかけているのではないかという感覚。それは、少女がこの世に生を受けて以来、慢性的に思ってきたことである。
はるかは、苛立っていた。照美たちが試合を見ていないことに腹を立てたのである。
―――あの二人!! いったい、何をしているのよ!
しかしながら、大型の台風を相手にしているときに、注意を反らすことは致命的なミスを犯す伏線となる。西沢あゆみと剣を交えるとは、はるかにとってそういうことなのだ。
「う?!」
あゆみがラケットにボールを当てようとした、次の瞬間、それははるかの目の前に存在していた。それだけではない。それは、バスケットボールほどの大きさに膨らんでいた。
「ひ!?」
表現するのも哀れな声を上げて、はるかは地面に転がっていた。ボールは、ふいに避けようとしたために、中空に棒立ちになったラケットの先に当たって、あさっての方向に消え去った。そして、はるかは、ボールの衝撃というよりは、自分自身が起こした運動を制御できずに転んだのである。
「ウウ・ウ・ウ・・!!」
立ち上がってもまだ腕がビリビリと言っている。まだ帯電しているようだ。それほどまでにあゆみが放ったボールはその衝撃を保っていたのである。
「はるか、何をやってる!? なんてブザマな姿だ。ボールにぶつかっていくならともかく、避けようとして転ぶなんて、見ていられん!!」
尺骨と橈骨 身の間に帯電する痛みよりもさらに強烈な声が、はるかを襲う。
――――あいつ、何をしてるんだ?
すぐに照美のいやらしい笑いが聞こえてくると思ったはるかは、拍子抜けしてそちらに視線を向けた。あゆみの叱責よりもそちらが気がかりだったのだ。
照美はゆららを抱き締めていた。
その姿は母と娘を彷彿とさせる。何やら温かい雰囲気を醸し出していた。あゆみもその影響を受けたのか、はるかを叱責することを止めて、夕日を見つめるように二人の様を見つめ続けていた。
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