照美とはるかの悪魔的な笑いにチクチクと突き刺される中、二人に対して何ら抗うことができないという事実は、由加里を奈落の底に叩き落としていた。
由加里は、蟻地獄に捕らわれた蟻のように身体をゆっくりと、しかし、確実に喰われていくのだった。蟻は、意識が残存したまま捕食者に呑まれていくのだ。それは、ある意味、ライオンに殺されるよりも残酷である。後者のばあい、まず、喉元を咬まれたあげく、窒息により意識を奪われてのち、捕食者の胃袋に収められるからだ。
いじめとは大抵後者を指す。
さいきんの、というよりは、戦後しばらくして受験戦争が始まってからは、そういう傾向が顕著である。
いま、由加里は、照美とはるかという二人の肉食獣、しかもとてつもない美点を持った捕食者に喰われ消化されようとしている。
照美は、ピアニストのようにしなやかで優美な指を由加里の喉から顎、そして、頬へと走らせる。そして、同時に少女の耳に悪魔の歌を囁きかけた。
「さて、大親友の由加里ちゃん、見て欲しいものがあるのよ、うふふふ」
類い希な美貌を歪めて、照美はあえて笑いの顔を造り出す。その工作過程は冷徹な憎しみに満ちていた。それが由加里には怖くて溜まらない。いっそのこと、テーブルの上に乗っている果物ナイフで顔面をずたずたにされたほうがましだった。
だが、それ以上に残酷な出来事が由加里の身の上に起ころうとしていたのである。度重なるおいじめによって、尋常ならざる鋭敏さ養っていた彼女がそれを予見していたであろうことは想像に難くない。
真実、それを洞察した照美が、怯える犠牲者を観察しながら楽しんでいたのである。
由加里は、なかなか話そうとしない照美に、さらなる恐怖を憶えていた。いったい、自分に何を見せようとしているのだろう。これまで彼女たちが自分に対して行った残酷な行為。それ以上の何がその美貌の手に隠しているというのだろう。
だから、由加里は口を開いてしまった。それは自動的に無条件降伏以外のどんな意味も持たないというのに・・・・・。
「ど、どんなも、ものですか?」
「ふふ、楽しみなの? 由加里ちゃん」
まるで愛おしい我が娘にそうするように、由加里の髪を撫でながら言った。その美貌には、我が意を得たという自信のようなものがみなぎっていた。
だから、こう答えるしかなかった。
「ハイ・・・・ご。ごしゅんじさま ―――」
「ごしゅじんさま? 違うでしょう? 由加里ちゃん、私たちは姉妹もどうぜんなのに」
そのことばに、由加里は今更ながらに驚いた。それが嘘だとわかっていても、その言葉が持つ深い意味に心の何処かが動く ―――そんな自分を再発見して心底、自分が嫌になるのだった。
そして、もうひとつ、彼女が発見したことがある。それは、はるかが一瞬だけだが、表情を曇らせたことだ。
その言葉が照美の整いすぎた唇から発せられたとき、たしかに、はるかはただでさえ怖ろしい顔に悪鬼を乗りうつらせた。
―――この二人はたしかに姉妹然とした絆で結ばれている。
こんな時でも物事を達観する能力があるじぶんを呪った。いや、こんな能力を開発させたはるかを恨んだ。しかし、その相手は顔をまとも見られないくらいに怖いのだ。
彼女のすこしでも動いたら自分は四散してしまうのではないかとさえ思った。いま、それが現実のものになろうとしている。
はるかは、持参した青い色のバッグから一個のライターを取り出した。これから、自分の髪に火でもつけようというのだろうか。
いや、違う。よく見ると、それはUSBメモリーだった。それをノートパソコンに差し込む。あらかじめ起動させてあったのである。由加里に命じてあった宿題の添削をし終わったところだったのだ。
USBが挿入されるとき、コンピューターが奏でる警告音は、少女にとってどのように聞こえたであろうか。
きっと、死を予告するカラスの鳴き声に聞こえたにちがいない。
自分の死刑執行命令を読むように、モニターに目を走らせる由加里。取っては行けないと言われても瘡蓋を取ってしまうのが人間というものである。快感と苦痛のまん中に立たされたあげく、行く先を後者と定められた彼はまちがいなく苦痛を選択するのである。
「・・・・・・・こ、こんなことを、私に、させようって ―――」
由加里は絶句した。
そこに映し出された文字のひとつひとつを組み合わせていくと、とんでもない内容が浮かび上がってきたからである。
「アドリブは許すわ。だけど、台本を著しく逸脱するときは ―――」
はるかの指が由加里の耳に忍び寄ると ――――。
一も二もなく、それを握りつぶしたのである。
「ひっ、い、痛い・・・・あぅ・・・・・ウウ・ウウ・・ウ・ウ」
筆舌に尽くしがたい苦痛のために少女のノーブルな顔は瞬く間に、歪んだ。しかし、何処までいっても、それは知性を保っていた。上流貴族の文化が追い求めたモティーフにもなりそうである。苦痛や哀しみといったマイナスのイメージも一流の文化人の手によれば、最高の芸術品にもなる。
それを、この少女はその華奢な肉体で証明したのである。
畳み掛けるはるか。
「わかっているわね」
「は、ハイ・・・・・・・ウ・ウ・ウウ、お、おね、おねがいですから、ゆ、ゆびをはな、はなしてください・・・・ウ」
「はるか、だめじゃない。この子は私たちの妹も同然なのよ、うふふふ」
嗜める照美の顔は、しかし、揶揄と嘲笑に満ちていた。
前門の虎、後門の狼。
いちど使った表現を何回も使うというのは、本来、小説を志す者は選んでは行けない道だと言われる。しかし、あえてこの表現を選ばざるを得ない。
硬で責めてくるはるか、そして、柔でそうする照美。自分に刺さっている針のどちらが鋭いのか、判断しかねる由加里だった。
照美は、涙を流す少女を満足そうに眺めていたが、時計を見ると死刑の執行を宣告する刑務官のように冷たく宣告した。
「そろそろ時間ね。用意しないと ――」
「え? あぐうううっぅうっぅ・・・・・ググッググ・・・・!?」
反論する余裕を照美は与えなかった。とつぜん、自分の身体に起こった異変に驚愕する由加里。
何かを、少女の股間に照美はあてがったのである。下着をすり抜けて、それは無毛のスリットにめり込む。
―――アレ? おかしいわね。
照美は訝しく思った。いつもよりも違う感触が指に伝わってきたからである。いつもより、柔らかい。いや、柔らかすぎる。こんな簡単に中に入ってしまうなどと・・・・・。
実は、今朝拵えてきたゆで卵である。
こんなことは、学校に行っているときは日常茶飯事のことだった。もう、そのころには由加里に命じて自発的に挿入させていが、さいしょのころは毎朝、登校すると無理矢理に押さえつけて、局所に埋め込んでいたものだ。
たしかに、その時の感触よりも柔らかくなっていることは確かだろうが ――――。
それ以外でも、由加里の局所を弄ぶことは放送室で日常的にやっていたことである。この柔らかさは明らかにおかしい。
「由加里ちゃん、神聖な病院でなんてことしてたの ――――?」
「ウウ・ウ・・ウ・・・・うう?!」
できの悪い嫁の仕事に呆れる姑のような視線で由加里を責め続ける。なお、あからさまに不快な顔をしないのが、正しい嫁いびりのテクニックである。そして、家康のように座して果実を待つのが、正しい嫁いじめの醍醐味である。
それはさておき。
照美は、しかし、年齢から言ってもそのような喜びに身を浸すことができずにいた。
「一人で楽しんでいたでしょう?」
「・・・・・・?!」
性器を弄ばれながら、その言葉が持つ陰湿さに由加里は唖然となった。まさに心をも鷲摑みにされる思いだ。
「由加里ちゃんは、本当にイケナイ子ね ―――」
さらに畳み掛けようと唾液を装填しようとしたが ―――。毒舌を首尾良く発揮するために ―――。
思わぬところから邪魔が入った。
「おい、照美、そこまでにしておけ。もうすぐ、ミチルたちが来るぞ!」
「え?!」
台本を見せられて、とくと理解しているはずなのに、改めてその固有名詞を突き出されると動揺を隠せない。
「照美、はやく手と顔を洗え ――」
「そうね、私たちの役回りは、見知らぬクラスメートだったわね」
由加里の性器を弄びながら、照美はさらりと言う。はるかの言いように何か含むところがあるように見えた。
「なんだ? 何か言いたそうに見えるが?」
「センスがないわね、この由加里ちゃんの小説の方がよほど良いわよ」
由加里の股間から引き抜いた指を鼻に近づけてクンクンと嗅ぎながら答えた。由加里は、筆舌に尽くしがたい羞恥心のために顔を赤らめ、はるかは憮然と口をへの字にする。
「それも私の指導のたまものだとは思わないのか?」
「指導ねえ? この由加里ちゃんが骨の髄までいやらしいから、あんな小説書けたんじゃない? ためしに読んでみようか?」
照美は、鞭のようにしなやかな指をキーボードに走らせる。
目指すファイルを開くと声高々に読み上げる。
「 ―――由加里は、やおら立ち上がると教壇に向かって歩み寄った。そして、驚愕のために凍りつく教師を無視して、そこによじのぼる。そして、スカートを捲ると、大腿を広げた。クラスメートと教師は言葉すらなかった。なんと、少女は ―――」
「いやあ!やめてえええ!!やめてぇえぇぇ!!」
由加里は、布団を被ると現実から逃避すべく、激しく慟哭しはじめた。しかし、皮肉なことに自らの声によって夢から引き戻されるのだった。
「照美!」
「わかっているわよ、ふふ」
照美は、泣き叫ぶ由加里を背にしらっとした顔で洗い場で手を洗い始めた。
「西宮」
「ウウ・ウ・・ウ・ウ・・・・ど、どうして、ここまでひどいコト」
自分の生活をここまで破壊した犯人たちを睨みつける由加里。
なおもプライドを失わない彼女に、はるかは満足そうに笑った。
「わかっているな ――台本は頭に入っていると思うが?」
「ハイ・・・」
「はいじゃないだろう? 私たちは?」
「見知らぬクラスメート」
「だったら?」
「うん」
「そう、それでいい。それにしてもその表現、自分でも気に入らない。いい言い方はないか?」
まるで優れた弟子を目の前にした師匠のような顔をする。
「・・・・10年間、口を聞いていない隣人どうしとか」
「そうだな、それがいい」
こと、文芸の話になると由加里は、今の今までいじめられていたことなど忘れてしまう。それが照美には興味深く映った。
しかし、当の由加里は口惜しかった。自分の感情とは別に働いてしまう、分裂した自我の魂魄が憎くてたまらない。
「じゃあ、口を聞いていない隣人だっけ、それで頼むわね ―――」
由加里はコクンと頭を傾けただけだったが、それは少女にとってみれば、歴史時代に行われた処刑法に思えてならない。ある意味において、白旗を挙げたことにならないだろうか。けっして、ふたりに無条件降伏したつもりはないのだ。
しかし、人間というものは全能ではいられないようだ。由加里のそのような態度がふたりを大変面白がらせていることに気づかないようだから、さらに激しいいじめを受ける羽目になるのだ。
それに気づくとき、この少女は呼吸をしているだろうか。
この時、誰もそれを予知することはできなかった。
「そろそろ二時だわ」
照美は、病室に設置されたアナログ時計を見ながら言った。
「約束にうるさい奴だからそろそろ ――――」
言い終える前に扉が開いて、紫色の花が顔を見せた。
ミチルと貴子がテニスウェア姿で来訪した。
病室を見回すと、父親の友人の邸宅に招待された子供のような顔をして、口を開く。
「こんにちは、先輩! それに照美お姉ちゃんとはるかお姉ちゃん ――」
「なんだ? 私たちはおまけか?」
「当たり前でしょう? 今日の主役は先輩なんだし ――ああ、ごめんなさい、いろいろ忙しくてこれなくて」
すまなさそうに小さな顔をせせこましくするミチル。
由加里は、なんと言っていいのかわからずに、顔を赤らめる。その華奢な肩は小刻みに震えている。まるで数十年ぶりに再会した姉妹どうしのようだ。
「先輩、傷のようすはどうですか?」
「・・・・骨折は、かなり、くっついているのよ・・・・うう」
そこまで言って黙りこくってしまった。
「どうしたんですか? こんなところまでいじめっ子たちが来るんですか?」
思わず由加里に近寄るミチル。
ミチルと違って、注意深く照美とはるかを見回すところなどは、親友と性格を異にする証左だろう。
一方、はるかと照美は由加里の口を見ていた。はたして、台本どおりに台詞が出てくるかとうか・・・・。
「そ、そんなことないよ。宿題を持ってきてくれる子もいたりするから ――」
「良い傾向じゃないですか、きっと後悔しているんだと思います」
「ミチル、そんなこと軽々しく言うもんじゃないよ! 先輩がどんな目にあってきたか知ってるでしょう? そうだったらそんなこと言えるわけないよ!!」
吐き捨てるように、貴子は言い放つ。
照美とはるかは、驚いていた。普段の彼女を見ていれば、このような行動を取ることは簡単に想像できる。それなのに、自分はどうしてこんなことをしているのだろう。
今更ながらに、常識的な反応をしている自分を再発見してさらに驚愕した。
そうだ、本来ならばこんなことをしている自分ではない。だが、いざ、由加里を見るとそんなことは忘れて、彼女に対する敵愾心だけが雨後の竹の子のように生えてきて、サディスティックな欲望を再確認するのだった。
だが、後ろめたい気持が消え去るわけではない。まるで姉妹のように育ってきたミチルと貴子とは別の世界に足を踏み入れてしまった ――といううら寂しい思いを心の何処かに棲まわせても、なお、羅刹の道を踏み外そうとしない。
そうした矛盾のなか、猛禽のような鋭い視線の先には由加里だけが ―――いた。
しかし、気になるのはやはり貴子のことだ。どちらかというと単純な傾向を持つ、ミチルに比較して何事にも敏感な彼女のこと。すでに何か気づいているのではないか。
はるかは、慎重に言葉を選んだ。
「で、こちらが西宮さんって言うんだね ――」
「え? はるか姉さん、いっしょのクラスにいて、そんな感じなの?」
まるで富士山麓におけるテニスコートでの出来事が蘇ってくるようだ。同じビデオを再生しているようにすら思える。
しかし、あの時とちがうのは照美がいることと、この世界を演出し動かしているのがはるか自身だということだ。
忘れていたが、もうひとつ違うのは西沢あゆみがいないことだ。はるかのアキレス腱とでも言うべき彼女は、ここにはいない。だから、すべては彼女の思うがままに進むはずだ。しかし、念には念を入れて注意すべきは貴子の存在だ。しばらく見ないうちに注意深い性格に磨きがかかったようだ。金江や高田といった性格の悪い連中とかかわっているとこうなるのだろうか。
さらに注意深く、事を進めようとする。ふたりにわからないように、照美に目配せした。彼女は、由加里に近づいていく。
「西宮さん、これまでごめんなさいね。忙しさにかまけて、クラスのことに無頓着で。私は人見知りする方なのよ」
「う、ううん、か、海崎さんととそれほど親しかったわけじゃないし ――それに」
しどろもどろに言葉を運ぶ由加里だが、互いにそれほど親しくないという情報は、ミチルと貴子に伝わっているから、おかしいとは考えないだろう。
由加里は機械のような正確さで、女優ぶりを発揮する。
「いじめに参加していたことはないから ―――」
半分は事実で、半分は嘘である。いじめが始まったころには表だって参加していた二人だが、さいきんでは、高田あみるや金江礼子がイニシアティブを執って行為に励んでいる。だから、2年3組のクラスメートは、いじめっ子は誰かと問われて、照美やはるかを真っ先に挙げる生徒は少ないだろう。
おそらく挙げるとすれば、似鳥ぴあのと原崎有紀のふたりくらいだろう。彼女らは放送室における由加里いじめにサポートとして参加しているのだから、それも当然だと言える。
二人はテニス部に関係していないから、その線から話が行くということもなかろう。
はるかは、由加里を睨んだ。それは合図だった。少女はおずおずとかぶりを降ると、口を開いた。
「海崎さん、座って ―――」
「ありがとう、西宮さん。じゃ遠慮無く座らせて貰うわね」
朗らかに笑って進められた椅子に座る由加里。
「・・・・・・・・・・」
貴子は、困惑を隠せなかった。こんな照美を見たのは本当に久しぶりだからだ。やはり、こんな笑顔を見せられると、長いこと同じ年月を過ごしたことを思い出さずにはいられない。
いっぽう、由加里もドキッとさせられていた。
まるで大輪の花が咲いたように思える。俗にカリスマ性とでもいうのだろうか。その人物がそこにいるだけで、場の空気が変わる。それがプラスであろうがマイナスであろうとも、衆目を惹き付けてしまう。
これまで彼女が受けた災厄を何乗倍しても追いつかないほどの苦しみを、照美のせいで蒙ってきた。しかし、それらをも忘れてもいいと思わせるくらいに彼女の笑顔は美しく見えた。はるかに強制された演技というわけでなく、ごく自然に由加里は自分のからだが動くのを感じた。
「海崎さん ――」
「何かしら?」
照美は、優しく聞きかえした。貴子とミチルを驚かせたことに、涙ぐみながら、由加里は、言の葉を病室に漂わせた。窓から入った陽光がそれを照らし出している。病院にありがちな白いカーテンと光の協奏曲を奏でている。
病み上がりの少女の口から出てきた言葉は、かんぜんに二人の予想を反していた。
「わ、私のこときらい?」
「好きも嫌いも、クラスのことにあまり興味を感じてなかったから」
―――――照美姉ちゃんは嘘を言っていない。
このとき、貴子はそう感じていた。しかし、彼女の目の前に展開していたのは、猿芝居にすぎなかったのである。
由加里は、憂いを含めた瞳を中空に漂わせている。それを気遣うように、照美は由加里の肩に指を、そして、次に腕を這わせた。しかる後に、軽く抱き寄せた。そして、おそるべきことを言ったのである。
「ごめんなさいね、西宮さん」
「ウウ・・・」
嗚咽を漏らす由加里。
「そうだよね、見て見ぬフリするなんていじめをやっている子たちと同じだよね。いや、それ以下だわ。私は恥ずかしい」
―――その時、照美の指は由加里の腰に達していた。そして、布団の中に潜んだと思うと、少女の股間を探り当てていた。もちろん、貴子とミチルの角度から見えてはいない。
――――アグウウ・・・イヤ。
――――こんな時まで欲情しているのね?
囁き交われる会話は、悪魔も裸足で逃げ出すほどに陰惨たるものだった。しかし、表だって交わされた会話は、きらめく天使の翼を透して、神さまの笑顔がみえるくらいに清らかで人倫と人徳に叶った内容だった。
「ごめんね、本当に、ごめんなさい。これからは、私たちが護ってあげるから、安心して。もう、高田さんや金江さんの思うとおりにはさせないから」
おもわず噴き出すの防ぐのにくろうしていたのは、言うまでもなく、鋳崎はるかその人である。ミチルと貴子が神話を題材にした絵画中の人物のように、重苦しい空気に包まれている中、彼女は、ただひとり、喜劇を鑑賞しているような気がした。
別の言い方をすれば、信者でない人物がある宗教の集会場に迷い込んだような状況。そう表現すれば的確だろうか。
異教の熱狂ほど、部外者を唖然とさせる喜劇は存在しない。
この時も、例外ではなかった。
由加里は、蟻地獄に捕らわれた蟻のように身体をゆっくりと、しかし、確実に喰われていくのだった。蟻は、意識が残存したまま捕食者に呑まれていくのだ。それは、ある意味、ライオンに殺されるよりも残酷である。後者のばあい、まず、喉元を咬まれたあげく、窒息により意識を奪われてのち、捕食者の胃袋に収められるからだ。
いじめとは大抵後者を指す。
さいきんの、というよりは、戦後しばらくして受験戦争が始まってからは、そういう傾向が顕著である。
いま、由加里は、照美とはるかという二人の肉食獣、しかもとてつもない美点を持った捕食者に喰われ消化されようとしている。
照美は、ピアニストのようにしなやかで優美な指を由加里の喉から顎、そして、頬へと走らせる。そして、同時に少女の耳に悪魔の歌を囁きかけた。
「さて、大親友の由加里ちゃん、見て欲しいものがあるのよ、うふふふ」
類い希な美貌を歪めて、照美はあえて笑いの顔を造り出す。その工作過程は冷徹な憎しみに満ちていた。それが由加里には怖くて溜まらない。いっそのこと、テーブルの上に乗っている果物ナイフで顔面をずたずたにされたほうがましだった。
だが、それ以上に残酷な出来事が由加里の身の上に起ころうとしていたのである。度重なるおいじめによって、尋常ならざる鋭敏さ養っていた彼女がそれを予見していたであろうことは想像に難くない。
真実、それを洞察した照美が、怯える犠牲者を観察しながら楽しんでいたのである。
由加里は、なかなか話そうとしない照美に、さらなる恐怖を憶えていた。いったい、自分に何を見せようとしているのだろう。これまで彼女たちが自分に対して行った残酷な行為。それ以上の何がその美貌の手に隠しているというのだろう。
だから、由加里は口を開いてしまった。それは自動的に無条件降伏以外のどんな意味も持たないというのに・・・・・。
「ど、どんなも、ものですか?」
「ふふ、楽しみなの? 由加里ちゃん」
まるで愛おしい我が娘にそうするように、由加里の髪を撫でながら言った。その美貌には、我が意を得たという自信のようなものがみなぎっていた。
だから、こう答えるしかなかった。
「ハイ・・・・ご。ごしゅんじさま ―――」
「ごしゅじんさま? 違うでしょう? 由加里ちゃん、私たちは姉妹もどうぜんなのに」
そのことばに、由加里は今更ながらに驚いた。それが嘘だとわかっていても、その言葉が持つ深い意味に心の何処かが動く ―――そんな自分を再発見して心底、自分が嫌になるのだった。
そして、もうひとつ、彼女が発見したことがある。それは、はるかが一瞬だけだが、表情を曇らせたことだ。
その言葉が照美の整いすぎた唇から発せられたとき、たしかに、はるかはただでさえ怖ろしい顔に悪鬼を乗りうつらせた。
―――この二人はたしかに姉妹然とした絆で結ばれている。
こんな時でも物事を達観する能力があるじぶんを呪った。いや、こんな能力を開発させたはるかを恨んだ。しかし、その相手は顔をまとも見られないくらいに怖いのだ。
彼女のすこしでも動いたら自分は四散してしまうのではないかとさえ思った。いま、それが現実のものになろうとしている。
はるかは、持参した青い色のバッグから一個のライターを取り出した。これから、自分の髪に火でもつけようというのだろうか。
いや、違う。よく見ると、それはUSBメモリーだった。それをノートパソコンに差し込む。あらかじめ起動させてあったのである。由加里に命じてあった宿題の添削をし終わったところだったのだ。
USBが挿入されるとき、コンピューターが奏でる警告音は、少女にとってどのように聞こえたであろうか。
きっと、死を予告するカラスの鳴き声に聞こえたにちがいない。
自分の死刑執行命令を読むように、モニターに目を走らせる由加里。取っては行けないと言われても瘡蓋を取ってしまうのが人間というものである。快感と苦痛のまん中に立たされたあげく、行く先を後者と定められた彼はまちがいなく苦痛を選択するのである。
「・・・・・・・こ、こんなことを、私に、させようって ―――」
由加里は絶句した。
そこに映し出された文字のひとつひとつを組み合わせていくと、とんでもない内容が浮かび上がってきたからである。
「アドリブは許すわ。だけど、台本を著しく逸脱するときは ―――」
はるかの指が由加里の耳に忍び寄ると ――――。
一も二もなく、それを握りつぶしたのである。
「ひっ、い、痛い・・・・あぅ・・・・・ウウ・ウウ・・ウ・ウ」
筆舌に尽くしがたい苦痛のために少女のノーブルな顔は瞬く間に、歪んだ。しかし、何処までいっても、それは知性を保っていた。上流貴族の文化が追い求めたモティーフにもなりそうである。苦痛や哀しみといったマイナスのイメージも一流の文化人の手によれば、最高の芸術品にもなる。
それを、この少女はその華奢な肉体で証明したのである。
畳み掛けるはるか。
「わかっているわね」
「は、ハイ・・・・・・・ウ・ウ・ウウ、お、おね、おねがいですから、ゆ、ゆびをはな、はなしてください・・・・ウ」
「はるか、だめじゃない。この子は私たちの妹も同然なのよ、うふふふ」
嗜める照美の顔は、しかし、揶揄と嘲笑に満ちていた。
前門の虎、後門の狼。
いちど使った表現を何回も使うというのは、本来、小説を志す者は選んでは行けない道だと言われる。しかし、あえてこの表現を選ばざるを得ない。
硬で責めてくるはるか、そして、柔でそうする照美。自分に刺さっている針のどちらが鋭いのか、判断しかねる由加里だった。
照美は、涙を流す少女を満足そうに眺めていたが、時計を見ると死刑の執行を宣告する刑務官のように冷たく宣告した。
「そろそろ時間ね。用意しないと ――」
「え? あぐうううっぅうっぅ・・・・・ググッググ・・・・!?」
反論する余裕を照美は与えなかった。とつぜん、自分の身体に起こった異変に驚愕する由加里。
何かを、少女の股間に照美はあてがったのである。下着をすり抜けて、それは無毛のスリットにめり込む。
―――アレ? おかしいわね。
照美は訝しく思った。いつもよりも違う感触が指に伝わってきたからである。いつもより、柔らかい。いや、柔らかすぎる。こんな簡単に中に入ってしまうなどと・・・・・。
実は、今朝拵えてきたゆで卵である。
こんなことは、学校に行っているときは日常茶飯事のことだった。もう、そのころには由加里に命じて自発的に挿入させていが、さいしょのころは毎朝、登校すると無理矢理に押さえつけて、局所に埋め込んでいたものだ。
たしかに、その時の感触よりも柔らかくなっていることは確かだろうが ――――。
それ以外でも、由加里の局所を弄ぶことは放送室で日常的にやっていたことである。この柔らかさは明らかにおかしい。
「由加里ちゃん、神聖な病院でなんてことしてたの ――――?」
「ウウ・ウ・・ウ・・・・うう?!」
できの悪い嫁の仕事に呆れる姑のような視線で由加里を責め続ける。なお、あからさまに不快な顔をしないのが、正しい嫁いびりのテクニックである。そして、家康のように座して果実を待つのが、正しい嫁いじめの醍醐味である。
それはさておき。
照美は、しかし、年齢から言ってもそのような喜びに身を浸すことができずにいた。
「一人で楽しんでいたでしょう?」
「・・・・・・?!」
性器を弄ばれながら、その言葉が持つ陰湿さに由加里は唖然となった。まさに心をも鷲摑みにされる思いだ。
「由加里ちゃんは、本当にイケナイ子ね ―――」
さらに畳み掛けようと唾液を装填しようとしたが ―――。毒舌を首尾良く発揮するために ―――。
思わぬところから邪魔が入った。
「おい、照美、そこまでにしておけ。もうすぐ、ミチルたちが来るぞ!」
「え?!」
台本を見せられて、とくと理解しているはずなのに、改めてその固有名詞を突き出されると動揺を隠せない。
「照美、はやく手と顔を洗え ――」
「そうね、私たちの役回りは、見知らぬクラスメートだったわね」
由加里の性器を弄びながら、照美はさらりと言う。はるかの言いように何か含むところがあるように見えた。
「なんだ? 何か言いたそうに見えるが?」
「センスがないわね、この由加里ちゃんの小説の方がよほど良いわよ」
由加里の股間から引き抜いた指を鼻に近づけてクンクンと嗅ぎながら答えた。由加里は、筆舌に尽くしがたい羞恥心のために顔を赤らめ、はるかは憮然と口をへの字にする。
「それも私の指導のたまものだとは思わないのか?」
「指導ねえ? この由加里ちゃんが骨の髄までいやらしいから、あんな小説書けたんじゃない? ためしに読んでみようか?」
照美は、鞭のようにしなやかな指をキーボードに走らせる。
目指すファイルを開くと声高々に読み上げる。
「 ―――由加里は、やおら立ち上がると教壇に向かって歩み寄った。そして、驚愕のために凍りつく教師を無視して、そこによじのぼる。そして、スカートを捲ると、大腿を広げた。クラスメートと教師は言葉すらなかった。なんと、少女は ―――」
「いやあ!やめてえええ!!やめてぇえぇぇ!!」
由加里は、布団を被ると現実から逃避すべく、激しく慟哭しはじめた。しかし、皮肉なことに自らの声によって夢から引き戻されるのだった。
「照美!」
「わかっているわよ、ふふ」
照美は、泣き叫ぶ由加里を背にしらっとした顔で洗い場で手を洗い始めた。
「西宮」
「ウウ・ウ・・ウ・ウ・・・・ど、どうして、ここまでひどいコト」
自分の生活をここまで破壊した犯人たちを睨みつける由加里。
なおもプライドを失わない彼女に、はるかは満足そうに笑った。
「わかっているな ――台本は頭に入っていると思うが?」
「ハイ・・・」
「はいじゃないだろう? 私たちは?」
「見知らぬクラスメート」
「だったら?」
「うん」
「そう、それでいい。それにしてもその表現、自分でも気に入らない。いい言い方はないか?」
まるで優れた弟子を目の前にした師匠のような顔をする。
「・・・・10年間、口を聞いていない隣人どうしとか」
「そうだな、それがいい」
こと、文芸の話になると由加里は、今の今までいじめられていたことなど忘れてしまう。それが照美には興味深く映った。
しかし、当の由加里は口惜しかった。自分の感情とは別に働いてしまう、分裂した自我の魂魄が憎くてたまらない。
「じゃあ、口を聞いていない隣人だっけ、それで頼むわね ―――」
由加里はコクンと頭を傾けただけだったが、それは少女にとってみれば、歴史時代に行われた処刑法に思えてならない。ある意味において、白旗を挙げたことにならないだろうか。けっして、ふたりに無条件降伏したつもりはないのだ。
しかし、人間というものは全能ではいられないようだ。由加里のそのような態度がふたりを大変面白がらせていることに気づかないようだから、さらに激しいいじめを受ける羽目になるのだ。
それに気づくとき、この少女は呼吸をしているだろうか。
この時、誰もそれを予知することはできなかった。
「そろそろ二時だわ」
照美は、病室に設置されたアナログ時計を見ながら言った。
「約束にうるさい奴だからそろそろ ――――」
言い終える前に扉が開いて、紫色の花が顔を見せた。
ミチルと貴子がテニスウェア姿で来訪した。
病室を見回すと、父親の友人の邸宅に招待された子供のような顔をして、口を開く。
「こんにちは、先輩! それに照美お姉ちゃんとはるかお姉ちゃん ――」
「なんだ? 私たちはおまけか?」
「当たり前でしょう? 今日の主役は先輩なんだし ――ああ、ごめんなさい、いろいろ忙しくてこれなくて」
すまなさそうに小さな顔をせせこましくするミチル。
由加里は、なんと言っていいのかわからずに、顔を赤らめる。その華奢な肩は小刻みに震えている。まるで数十年ぶりに再会した姉妹どうしのようだ。
「先輩、傷のようすはどうですか?」
「・・・・骨折は、かなり、くっついているのよ・・・・うう」
そこまで言って黙りこくってしまった。
「どうしたんですか? こんなところまでいじめっ子たちが来るんですか?」
思わず由加里に近寄るミチル。
ミチルと違って、注意深く照美とはるかを見回すところなどは、親友と性格を異にする証左だろう。
一方、はるかと照美は由加里の口を見ていた。はたして、台本どおりに台詞が出てくるかとうか・・・・。
「そ、そんなことないよ。宿題を持ってきてくれる子もいたりするから ――」
「良い傾向じゃないですか、きっと後悔しているんだと思います」
「ミチル、そんなこと軽々しく言うもんじゃないよ! 先輩がどんな目にあってきたか知ってるでしょう? そうだったらそんなこと言えるわけないよ!!」
吐き捨てるように、貴子は言い放つ。
照美とはるかは、驚いていた。普段の彼女を見ていれば、このような行動を取ることは簡単に想像できる。それなのに、自分はどうしてこんなことをしているのだろう。
今更ながらに、常識的な反応をしている自分を再発見してさらに驚愕した。
そうだ、本来ならばこんなことをしている自分ではない。だが、いざ、由加里を見るとそんなことは忘れて、彼女に対する敵愾心だけが雨後の竹の子のように生えてきて、サディスティックな欲望を再確認するのだった。
だが、後ろめたい気持が消え去るわけではない。まるで姉妹のように育ってきたミチルと貴子とは別の世界に足を踏み入れてしまった ――といううら寂しい思いを心の何処かに棲まわせても、なお、羅刹の道を踏み外そうとしない。
そうした矛盾のなか、猛禽のような鋭い視線の先には由加里だけが ―――いた。
しかし、気になるのはやはり貴子のことだ。どちらかというと単純な傾向を持つ、ミチルに比較して何事にも敏感な彼女のこと。すでに何か気づいているのではないか。
はるかは、慎重に言葉を選んだ。
「で、こちらが西宮さんって言うんだね ――」
「え? はるか姉さん、いっしょのクラスにいて、そんな感じなの?」
まるで富士山麓におけるテニスコートでの出来事が蘇ってくるようだ。同じビデオを再生しているようにすら思える。
しかし、あの時とちがうのは照美がいることと、この世界を演出し動かしているのがはるか自身だということだ。
忘れていたが、もうひとつ違うのは西沢あゆみがいないことだ。はるかのアキレス腱とでも言うべき彼女は、ここにはいない。だから、すべては彼女の思うがままに進むはずだ。しかし、念には念を入れて注意すべきは貴子の存在だ。しばらく見ないうちに注意深い性格に磨きがかかったようだ。金江や高田といった性格の悪い連中とかかわっているとこうなるのだろうか。
さらに注意深く、事を進めようとする。ふたりにわからないように、照美に目配せした。彼女は、由加里に近づいていく。
「西宮さん、これまでごめんなさいね。忙しさにかまけて、クラスのことに無頓着で。私は人見知りする方なのよ」
「う、ううん、か、海崎さんととそれほど親しかったわけじゃないし ――それに」
しどろもどろに言葉を運ぶ由加里だが、互いにそれほど親しくないという情報は、ミチルと貴子に伝わっているから、おかしいとは考えないだろう。
由加里は機械のような正確さで、女優ぶりを発揮する。
「いじめに参加していたことはないから ―――」
半分は事実で、半分は嘘である。いじめが始まったころには表だって参加していた二人だが、さいきんでは、高田あみるや金江礼子がイニシアティブを執って行為に励んでいる。だから、2年3組のクラスメートは、いじめっ子は誰かと問われて、照美やはるかを真っ先に挙げる生徒は少ないだろう。
おそらく挙げるとすれば、似鳥ぴあのと原崎有紀のふたりくらいだろう。彼女らは放送室における由加里いじめにサポートとして参加しているのだから、それも当然だと言える。
二人はテニス部に関係していないから、その線から話が行くということもなかろう。
はるかは、由加里を睨んだ。それは合図だった。少女はおずおずとかぶりを降ると、口を開いた。
「海崎さん、座って ―――」
「ありがとう、西宮さん。じゃ遠慮無く座らせて貰うわね」
朗らかに笑って進められた椅子に座る由加里。
「・・・・・・・・・・」
貴子は、困惑を隠せなかった。こんな照美を見たのは本当に久しぶりだからだ。やはり、こんな笑顔を見せられると、長いこと同じ年月を過ごしたことを思い出さずにはいられない。
いっぽう、由加里もドキッとさせられていた。
まるで大輪の花が咲いたように思える。俗にカリスマ性とでもいうのだろうか。その人物がそこにいるだけで、場の空気が変わる。それがプラスであろうがマイナスであろうとも、衆目を惹き付けてしまう。
これまで彼女が受けた災厄を何乗倍しても追いつかないほどの苦しみを、照美のせいで蒙ってきた。しかし、それらをも忘れてもいいと思わせるくらいに彼女の笑顔は美しく見えた。はるかに強制された演技というわけでなく、ごく自然に由加里は自分のからだが動くのを感じた。
「海崎さん ――」
「何かしら?」
照美は、優しく聞きかえした。貴子とミチルを驚かせたことに、涙ぐみながら、由加里は、言の葉を病室に漂わせた。窓から入った陽光がそれを照らし出している。病院にありがちな白いカーテンと光の協奏曲を奏でている。
病み上がりの少女の口から出てきた言葉は、かんぜんに二人の予想を反していた。
「わ、私のこときらい?」
「好きも嫌いも、クラスのことにあまり興味を感じてなかったから」
―――――照美姉ちゃんは嘘を言っていない。
このとき、貴子はそう感じていた。しかし、彼女の目の前に展開していたのは、猿芝居にすぎなかったのである。
由加里は、憂いを含めた瞳を中空に漂わせている。それを気遣うように、照美は由加里の肩に指を、そして、次に腕を這わせた。しかる後に、軽く抱き寄せた。そして、おそるべきことを言ったのである。
「ごめんなさいね、西宮さん」
「ウウ・・・」
嗚咽を漏らす由加里。
「そうだよね、見て見ぬフリするなんていじめをやっている子たちと同じだよね。いや、それ以下だわ。私は恥ずかしい」
―――その時、照美の指は由加里の腰に達していた。そして、布団の中に潜んだと思うと、少女の股間を探り当てていた。もちろん、貴子とミチルの角度から見えてはいない。
――――アグウウ・・・イヤ。
――――こんな時まで欲情しているのね?
囁き交われる会話は、悪魔も裸足で逃げ出すほどに陰惨たるものだった。しかし、表だって交わされた会話は、きらめく天使の翼を透して、神さまの笑顔がみえるくらいに清らかで人倫と人徳に叶った内容だった。
「ごめんね、本当に、ごめんなさい。これからは、私たちが護ってあげるから、安心して。もう、高田さんや金江さんの思うとおりにはさせないから」
おもわず噴き出すの防ぐのにくろうしていたのは、言うまでもなく、鋳崎はるかその人である。ミチルと貴子が神話を題材にした絵画中の人物のように、重苦しい空気に包まれている中、彼女は、ただひとり、喜劇を鑑賞しているような気がした。
別の言い方をすれば、信者でない人物がある宗教の集会場に迷い込んだような状況。そう表現すれば的確だろうか。
異教の熱狂ほど、部外者を唖然とさせる喜劇は存在しない。
この時も、例外ではなかった。
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