真野京子と藤沢さわがいなくなって一人になると、否応無しに不安が襲ってくる。たった数秒しか経ってないので日が傾くはずがない。だが、突如として目の前が真っ暗になったような気がする。
明日が来るのが怖い。ずっと、このまま時間が止まっていればいい。そうすれば重大な決断をしなくてすむ。
学校へ行くべきか、行かざるべきか、そのことで少女の頭の中は一杯になっている。どうしたらいいのかわからない。
何が真実なのかわからない。わけのわからないままに、携帯はベッドの隅に投げ遣った。誰からの着信も受け取りたくないし、メールでさえ目を通したくない。疑念が疑念を呼んで、それが作った視界ゼロの海に溺れそうになるからだ。
だが、一方、それに触れたいという気持も押さえられない。もしかしたら、完全に失われてしまった人間との結びつき、一般にそれは友人と呼ばれるが、それともう一度、ネットを再連結するように回復できるかもしれない。 そう思うとどうしてもすがりたくなる。
もしも、すべてがウソであり、恥をかくよりも、この切ない気持ちを満足させるために、溺れる者わらを掴む思いに賭ける方を選ぶべきだろう。
この小さなカード状の物体がそれらとのジョイントになってくれる。
だが、それがすべて嘘だったらどうなのだろう。自分はもう立ち直れないだろう。生きて屍になるようなものだ。
ちょうど立ち上がってベッドに近づこうとしたとき、招かれざる客が訪れた。
ドアが開いて無遠慮にも視界に侵入してきたのは、妹である郁子だった。
「何しているの?入るときはノックぐらいしないって言ってあるでしょ?!」
姉の剣幕など何処吹く風と、妹は姉の機嫌を伺った。
「せっかく、退院できたのにどうしてそんなに怒っているの?」
退院できた・・英語で言うcanの語感を伴っていたことが、由加里の堪忍袋に罅を入れさせた。
「出ていって!!」
危うく枕を投げつけようとしたが、それを躊躇させたのは、郁子が持っていたものだった。
「い、郁子!!どうして、そんなのものを!?一体、何処から持ち出したの!?」
理性を失った由加里は、郁子の髪を摑んで床に引きずり回していた。圧倒的な力を持つ者が持たざる者に対してその力を行使する。その恐怖を痛いほど知っている由加里が、気が付いたら同じ事をやっていた・・・・それを恥じるとともに、矛盾することだが、それをさせた妹を恨んだ。
彼女が手にしていたもの、A4の茶封筒は、それほどまでに少女に衝撃を与えるものだった。何となれば、それは知的な美少女が誰にも、特に家族に知られたくない秘密だからだ。
鋳崎はるかの命令によって否応無しに書かされた、性的な描写を含んだ小説や漫画・・、どうして、郁子がそんなものを手にしているのだろう?机に隠していたはずなのに・・いや、どうして、彼女がそんなことを知っているのか、いいや、いつからその存在に気づいていたのか、まだ10才にすぎない妹が・・・。
沸き起こってくる羞恥心にもかかわらず、由加里は、涙を湛えながら妹を叩きのめしていた。
「ぎゃあ!やめて!やめて、照美お姉さんに言いつけるよ!」
その一言は、由加里の心臓を貫いた。銃弾でなく言葉で人を殺せるという、ハリウッド映画なのか、何かの小説なのか、出典は定かではないが、その言葉の意味を少女ははじめて理解した。どうして、妹が海崎照美を知っているのだろう?頭の中が真っ白になった。
「・・・・・・郁子!!?どうして!?」
「あたしの言うことを聞かなかったら、これをママに渡すよ、由加里お姉ちゃんの部屋に在ったってね」
「郁子!!」
絶望の淵に追いやられた由加里は、郁子から封筒を奪うべくさらに暴力を振るい続ける。めちゃくちゃに髪の毛を引っ張って、その小さな頭を殴りつける。三発目を喰らわせようとしたところで、由加里は信じられない光景を目にした。
郁子が手にしていたのは携帯だった。どうして、彼女がそんなものを持っているのか・・?さらに信じられないことが起きた。
「て、照美、お姉ちゃん!助けて!!」
「ばかなことを!おもちゃでしょ!よこしなさい!!」
矢理にふんだくった姉は、自分の予想が完全に楽観主義に裏付けられていたことを思い知らされていた。
「ふふ、退院、おめでとう、西宮さん」
「・・・・!?」
「あら、親友を無視するの?!」
親友という単語にやけに語気が強められていたことに、由加里は命の危険を感じた。
「いえ、・・か、海崎さん・・・・あ、りがとうございます・・・」
サラリーマンよろしく、電話中に頭を下げる姉を郁子は蔑みの目で睨みつけた。
「そ・・・・そんな・・・どうして?!」
眼球が溶けてしまうのではないかと危惧した。それほどまでに夥しい量の涙があふれてくる。あまりにも熱くて頬が焼けそうだ。
そして、当時に照美にさんざん弄ばされた性器の周囲が疼くのがわかる。今の今、妹の前で局所を露出させられ辱められる映像が浮かんできた。心なしか、膣が湿ってきたようだ。
「察しの良い西宮さんなら、わかってくれるでしょう。私が何をあなたに求めているのか、答えてごらんなさい」
「・・うう、お、お願いですから・・・・」
郁子にはかかわらないでください、という一言がでてこない。そんな言葉が無意味であることは、勝利宣言をする郁子を観て痛いほど理解したからだ。
「私に、何をしろと?」
「そうねえ、まずは、郁子ちゃんのお願いを聞いてあげなさい」
いったい、自分に何をさせようというのだろう。戦慄に似た感覚が全身を貫く。
郁子は、あたかも姉の反応を見るように言葉を咀嚼した後に、上目遣いになった。そして、一気に言いのける。
「あたしのこと、お姉さんって呼んでよ」
「・・・・・?!」
あまりに非現実的な要求。
姉の沽券に抵触する物言いに、由加里は言葉を失った。しかし、それを受け入れないわけにはいかない。何となれば、彼女の傷口に笑いながら塩を塗りつける悪魔が携帯の向こうに鎮座しているのだ。
だが、儀式として疑問を妹に投げかけてみる。
「一体、何を考えているの!?」
「由加里おねえちゃん、この封筒、ママに見られたくないんでしょう?」
辛くも携帯によって虎穴から逃れて涼しい顔の妹はこともなげに言う。
「郁子、その中身を見たの?だめ!見ちゃ!!」
妹のようすからまだ見ていないと判断した知的な美少女は再び、郁子に飛びかかろうとした。しかし、その瞬間に氷の槍が彼女ののど元を貫いたのである。
携帯の向こうから響いてきた美少女の笑い声は、それだけで由加里の心臓を止める力を有している。
「う・・・」
「郁子お姉さんよ、由加里!」
本能的に右手が上がったが、とっさに照美の美貌が脳裏をよぎった。思えば、携帯という憎むべき手枷、足枷によって、常に由加里は縛られて行動の自由を奪われていることを思い出した。
「西宮さん、お姉さんを呼び捨てにするのはおかしいと思うわ。郁子ちゃんはあなたのお姉さんでしょ?」
完全に照美は遊んでいる。普段、自分をいじめている時とも様子がどこか違う。いつもならば、自分に対する憎しみが先立っていたはずだ。それが、完全に面白がっている。他のいじめっ子たちのように由加里をおもちゃとしてしか見なしていない。非常に不思議な言い方になるが、とても淋しいような気がした。
妹は、こともなげに言い放つ。
「郁子おねえちゃんよ、由加里!」
「いやよ・・そんな、どうして?」
困惑する由加里がどうして携帯を手放さなかったのか、それは進んで照美の奴隷になっていたということだろうか。藤沢や真野、それに鈴木ゆららたちとの間につながったと、知的な美少女はそう見なしていた相手よりも太いつながりを、こともあろうに自分に対する最大の加害者に求めていたのかも知れない。
その加害者はいつも放送室で、由加里を打つような言葉の鞭を振るった。
「西宮!?」
「ハイ・・うう、も、申し訳ありません」
「私に向かって謝ってもらっても困るのよ、あなたがそうすべきは郁子ちゃんでしょ!?」
その時、何故か、藤沢や真野、それにゆららの笑顔を浮かんだ。そうだ、自分には味方がいるのだ。少し待てば、きっと、みんなが自分を助けてくれる。根拠もない担保が由加里を力づけた。そのことが、我慢することを告げた。
今、搾っている乾いた布からはもう、水滴がほとんど出ない。しかし、渾身の力を込めて絞り込んだ。すると、自尊心という水滴がひねり出てきた。
「い、郁子おねえちゃん・・・・」
「そうよ、よくできたじゃない、由加里、ママたちの前では、遊びでやってるって言うんだよ」
「まさか、みんなの前でもそうするの!?郁子!?」
「郁子お姉ちゃんでしょ?」
「い、郁子・・・お姉ちゃん・・やっぱり、いやよ!どうしてこんなことを!?」
まるで分裂した自己と言い争うような姉は、あたかも芸を失敗したピエロのように滑稽だった。
その時、海崎照美は、鋳崎はるかと自室で会話していた。
「あまり、気持のいいものではないな」
「・・・・・・・」
親友がこのような言い方をするとき、その裏に深い理由があることをはるかは知り抜いていた。だから、軽々にその質問に答えることを避けた。
「私は言っているのよ!!」
照美は、たまたま弄んでいたヴァイオリンを投げつけようとした。
「・・・!?」
「そうしようと言いだしたのは、お前だろ?どうして、私に当たるんだ?」
そう言い方が自分を受け入れていることを照美は知っている。知っていて、なお、反発を強めるのだ。自分の内心をすべて知っている。知っていて、なお、それを説明しようとしないはるかに怒りを覚えているのだ。
「郁子ちゃんを利用としたことは、確かに気持ちよくないが、こうすることで明日、西宮に登校させるきっかけにはなるかもしれない」
「そんなことをいて欲しいわけじゃないわよ!」
「なら、予め模範解答とやらを先に示してほしいな」
「あんたは、アスリートでしょ、先を読めなくてよくもテニスなんかできるわね」
「こんな回りくどいやり方をして関係ない人を傷付けるなら、いっそのこと、あいつをこの手で殺せばいいのよ」
「・・・・・」
さすがにこの言葉には切り返す具体的な言い回しを、はるかは見つけられない。だが、あえて言うべきことを吐いた。
「なら、これから殺しに行こうか、強盗殺人に見せかけてやろう」
「・・・・・」
何か言おうと脳内検索しようとしたところで、照美の携帯が鳴った。
「あ、冴子さんだ」
「何?西宮の姉・・か?」
「はい、照美ですが?今夜のライブですか?大丈夫ですよ・・ハイ、ちゃんと用意しておきますから・・ハイ」
照美に、ここまで平身低頭させる相手とはどんな人物かと、はるかは興味を抱いた。確かに教師など、あくまでも外見にそのようなお面を被ることは上手いが、本当に、相手にアタマを下げることなど、このプライドの高い友人に限ってほとんどありえない。
彼女はあきらかに、冴子なる照美の姉に対してそうした感情を抱いている。
携帯を切った美少女にはるかは思い切って訊いてみた。
「なあ、照美、冴子さんを目の前にして、何も感じないのか?苛立ちとか?」
由加里以上に、百合恵ママに酷似しているという、冴子に照美が反感を感じないことが不思議だった。
照美は、冴子に対する素直な気持を隠そうとしない。
「とても素敵な人よ」
「そう、なら、私も一度会っておきたいな」
それは、照美の予期していない展開だった。
藤崎さわと真野京子は、涙ぐみながらもにこやかに笑う由加里に違和感を覚えていた。罪悪感を引き起こすスパイスが、しこたまにかけられているためだ。自分たちが言っていることがすべて嘘だという事実、それが内心の葛藤を産み、自分たちを苛んでいる。彼女は、あきらかに自分たちを信用しはじめている。それが話し方からわかるのだ。
しかし、病室で久しぶりに出会った時から、こんなに心を許していたわけではない。高い壁と警戒心がベッドの前に立ちはだかっていた。少しずつ話し込むことでここまでもってきたのだ。
二人は、泣きながら笑うという、実に不思議な感情表現をする同級生と相対しながら、複雑な心理状況に陥っていた。
そこで二人は彼女について思い出せることをピックアップしようと思い立った。
西宮由加里とは、どのような少女だったであろうか。
中一の時から二人は同じクラスだったが、それほど親しかったという記憶はない。まず印象に残るのは、なんと言ってもその頭の良さだった。成績はクラスでも群を抜いていた。
しかし、容姿は優れているが、照美ほどの際立った美人というわけでもないので、それほど印象に残っていなかった。彼女のように、一度であったら二度と忘れさせないような、鮮烈な記憶を相手の脳裏に焼き付かせる、といった属性はなかったように思われる。あるいは、努力して自らそのような性質を押し隠していたのかも知れない。
今、彼女から感じるオーラーからは、ただ人からは発せられない何かを感じる。
由加里との深い接点は、夏休みの林間学校にはじまる。同じ、バンガローに泊まることになったのである。夜通し話していたが、バツグンの成績を誇っている一方で気取らない性格が以外に思えたことを覚えている。大人しそうな外見からは、取っつきにくい印象を受けるものの、いちど話してしまえば親しく交わってもらえる。
だが、ふとした拍子に、藤崎はある違和感を覚えた。
確かに、誰からも好かれるし、ものごしが柔らかかに見える反面。誰が相手でもあるていどのところまでは侵入を許すが、最後の一線まではそうはさせない、そんなものがたさを見て取ったのである。
当時、それは錯覚だと思っていた。いつも、由加里の周囲には友人がいっぱいいたし、本人も常に幸福そうに笑っていたからだ。
しかし、それから進級して、別人のように豹変してしまった。恐らく外部の影響が大であろう。それとも内部的な些細な変化がいじめを呼び寄せたのだろうか。藤崎にはその判断を容易に下すことはできない。
今、目の前で次から次へと言葉を繰り出してくる由加里と、教室でいじめられていた由加里は、本当に同一人物なのだろうか。あるいは、そうなる前にカラカラと笑っていた彼女は、本当に同じ人間であると強弁できるのだろうか。
彼女の笑顔から本当の心情を読み取ることは、二人にできそうにない。いや、そうできない方がいいのかもしれない。もしも、ガラス戸を見通すように彼女の心が見えたら、このような計画に荷担することはできないだろう。 それは同時に身の危険を呼び寄せることになる。あのクラスで彼女に荷担することは、クラス中の敵意を自分の中に集中させることを意味する。それは避けたい。だからこそ、罪悪感が疼くにもかかわらず、頭を縦に振ったのだ。
この饒舌さはかつての彼女とやはり違う。相当に無理をしている。自分に寄ってきた二人を逃すまいと必死に演技をしているのだ。
そんな由加里を見ていると、自分たちがとんでもない犯罪に手を貸していることを思い知る。なんとなれば、二人は高田と金江からの依頼、というよりは命令によってここ来ているからだ。二人から渡された台本通りに事を進めるためにここに来ているのだ。
しかし、この少女がここまで饒舌だとは、予想外だった。あきらかに台本を逸脱している。あきらかに作者の想定を超えてしまっている。生の人間が相手なのだから当たり前だが、どうしたものか・・・、加えて、おかしなことがある。台本の見事さである。とてもあの二人の知性から産み出されたものとは思えない。
二人はプロの台本などは見たことがないが、それに匹敵する内容と重さを有しているのではないかと思わせるほどだ。
だが、今はそんなことを考えている場合ではない。台本に沿わせるように話しをもっていくだけである。
当然のことだが、これを書いたのは鋳崎はるかである。彼女は、自分と照美が表立って由加里いじめに参加していることを隠匿しようとしているのだ。
彼女の努力もあって、一般のクラスメートは、似鳥ぴあのや原崎有紀という例外を除いて、いじめの首謀者は高田と金江である、ということで意見が一致している。いざとなったときに自分と親友に火の粉がかからないようにしている。そのことは、彼女の抜け目の無さを証明しているといえるだろう。
さて、藤崎は由加里にある提案をしようとしていた。
「ねえ、西宮さん、明日、学校に行こうよ」
何故か、意外そうな顔をしなかった。
「それは、ゆららちゃんにも言われてるの・・・」
視線を反らす知的な美少女は、突然に本題を出されて戸惑ったのか、饒舌さを何処かに忘れてきてしまったようだ。黙りこくってしまった由加里に、藤崎はさらに畳み掛ける。
「他の子たちも面会にきてたんでしょう?味方になってくれるよ」
「そうだよ、教室の空気もそんな感じだよ。みんな、西宮さんにすまないって思ってるんだよ」
付かさず、真野が言葉を差しいれる。
「それは、私たちも同じなんだ・・・」
その台詞は、台本の中でかなり重要な部類にカテゴライズされると思われた。じっさいに、由加里は涙目になっていまにも長い睫を濡らしそうだ。
「本当にごめんね、西宮さん・・」
二人同時に、由加里に触れるように書いてあった。わざとらしくではなく、ごく自然にそうなったようにと但し書きがあったと思う。
はたして、藤崎は彼女の背中に、そして、真野は、たまたま正面を向いていたので、両手に触れていた。身体に寄り添うには、彼女の視線が痛すぎる。だから、そういう方向性に流された。しかし、手も身体の一部ということなら、台本に反しているわけではなかろう。
「だって・・・」
由加里は、視線を落として泣き声を上げ始めた。
「だって、あんなヒドイ目にあってるのに、誰も助けてくれなかった・・・・いや、みんなで私を責めて・・・うう」
「クラスのほとんどは、高田さんや金江さんが怖かったと思うな。私もそうだよ」
「あの人たち、何するかわからないから・・・・私も怖かった。従わないと殺されるような気がして・・・だからって、許されると思ってないよ、西宮さん」
完全に力を落として項垂れた、由加里の肩に触れると振動が伝わってくる。人間とは、泣くとこんなに激しく揺れて熱を帯びるものだろうか?きっと、教室で行われたひどい体験が彼女の中で再生されているにちがいない。
しかし、知的な美少女の脳裏に鮮やかに蘇っていたのは、照美たちによって行われた性的ないじめだった。辱められ、おもちゃにされた。
何よりも辛かったのは、自分の意思とは正反対に、身体が勝手に反応し、自分が淫乱な女の子であることを強制的に自覚させられたことである。
しかし、同時に輪沸き起こってきた感情は、金江や高田たちに感じた憎悪ではなくて、ただ、ただ、身体が震える恐怖であったのだ。
少女は、小さい声だがきっぱりと言った。
「わ、私、やっぱり、もう二度とあの教室には行きたくない・・・」
項垂れた、形の良い、卵形の顔から水晶の涙が零れた。
「でもさ・・・・・」
異種のエネルギーを感じた由加里はそちらを見つめた。真野が確信に満ちた顔で口を開いていた。
「ここで逃げたらだめだよ。もしかして、高校に行ったらいじめられないという保証でもあるの?」
自分で言っていて、なんというはずかしい台詞だと思った。まるで中学生日記ではないか。それともこれが演劇にすぎないことを知っているからこそ、そう思うのだろうか。思えば、プロの俳優とは何と難しい職業だろうか。 このばかばかしいという感情を乗り越えることが芝居の出発点なのだ。
何としても、芝居の主人公を舞台の上まで押し上げなければならない。そのためにはなんでもするつもりだった。なんと言っても、これから、彼女たちがどのような中学校生活を送るのか、それは事の正否にかかっているのだ。
煮え切らない由加里に痺れを切らしたのか、声を荒げたのは藤崎だった。
「西宮さん!何が不満なの?みんながこれほどまでにあなたのことを思っているのに!」
「さわ!」
真野は居丈高になった友人を諫めると、腫れ物を扱うような顔で由加里に対した。涙ぐむ彼女の肩をその身体で包みながら偽りの優しさをふりかける。知的な美少女は、この時、それを見抜くことができなかった。いや、もしかしたら、洞察していたのかもしれないが、本人の希望がそれを曇らせた、ということも考えられる。人間は現実をそのまま受け入れるよりも、見たいものを見るのが常だから、である。
「わ、私ね・・・」
「うん、うん、どうしたの?聴かせて、西宮さん?」
いかにも聴いてあげたいという表情を全面に出して真野は、由加里を籠絡しようとする。
「・・・どうして、私なんだろう?って思うの?」
「いじめられたのが?」
真野の言葉に化学反応を起こしたかのように、激しく泣き伏せる由加里。それをイエスの意味に受け取った真野は、語りかけるように優しく諭す。
「言い方が悪いと思うけど、貧乏くじを引いたんじゃないの?西宮さんが特別にヘンなわけでも、人から嫌われるわけでもないと思うよ」
「うう・ウ・・・ウ、ホントに?」
どうやら、同級生の言葉は由加里の琴線に触れたようで、泣きやむと真野を見上げた。
「私もそう思うよ、言い方が悪かった」
藤崎が添えるように言葉をかける。
この二人、別に意図してこうなったわけではなかろうが、刑事が被疑者を取り調べる方法と寸分変わらぬ様式をなぞっていた。居丈高に責める刑事と、宥め役、この二人の役割を期せずして果たしていたのである。
由加里は、時の河に小石を投げ入れるように言った。
「私、明日、行く」
知的な美少女の視界の外で、二人はにやりとしたが、その反面、いやな罪悪感から逃れられない、自分たちの運命を知った。
しかし、病室で久しぶりに出会った時から、こんなに心を許していたわけではない。高い壁と警戒心がベッドの前に立ちはだかっていた。少しずつ話し込むことでここまでもってきたのだ。
二人は、泣きながら笑うという、実に不思議な感情表現をする同級生と相対しながら、複雑な心理状況に陥っていた。
そこで二人は彼女について思い出せることをピックアップしようと思い立った。
西宮由加里とは、どのような少女だったであろうか。
中一の時から二人は同じクラスだったが、それほど親しかったという記憶はない。まず印象に残るのは、なんと言ってもその頭の良さだった。成績はクラスでも群を抜いていた。
しかし、容姿は優れているが、照美ほどの際立った美人というわけでもないので、それほど印象に残っていなかった。彼女のように、一度であったら二度と忘れさせないような、鮮烈な記憶を相手の脳裏に焼き付かせる、といった属性はなかったように思われる。あるいは、努力して自らそのような性質を押し隠していたのかも知れない。
今、彼女から感じるオーラーからは、ただ人からは発せられない何かを感じる。
由加里との深い接点は、夏休みの林間学校にはじまる。同じ、バンガローに泊まることになったのである。夜通し話していたが、バツグンの成績を誇っている一方で気取らない性格が以外に思えたことを覚えている。大人しそうな外見からは、取っつきにくい印象を受けるものの、いちど話してしまえば親しく交わってもらえる。
だが、ふとした拍子に、藤崎はある違和感を覚えた。
確かに、誰からも好かれるし、ものごしが柔らかかに見える反面。誰が相手でもあるていどのところまでは侵入を許すが、最後の一線まではそうはさせない、そんなものがたさを見て取ったのである。
当時、それは錯覚だと思っていた。いつも、由加里の周囲には友人がいっぱいいたし、本人も常に幸福そうに笑っていたからだ。
しかし、それから進級して、別人のように豹変してしまった。恐らく外部の影響が大であろう。それとも内部的な些細な変化がいじめを呼び寄せたのだろうか。藤崎にはその判断を容易に下すことはできない。
今、目の前で次から次へと言葉を繰り出してくる由加里と、教室でいじめられていた由加里は、本当に同一人物なのだろうか。あるいは、そうなる前にカラカラと笑っていた彼女は、本当に同じ人間であると強弁できるのだろうか。
彼女の笑顔から本当の心情を読み取ることは、二人にできそうにない。いや、そうできない方がいいのかもしれない。もしも、ガラス戸を見通すように彼女の心が見えたら、このような計画に荷担することはできないだろう。 それは同時に身の危険を呼び寄せることになる。あのクラスで彼女に荷担することは、クラス中の敵意を自分の中に集中させることを意味する。それは避けたい。だからこそ、罪悪感が疼くにもかかわらず、頭を縦に振ったのだ。
この饒舌さはかつての彼女とやはり違う。相当に無理をしている。自分に寄ってきた二人を逃すまいと必死に演技をしているのだ。
そんな由加里を見ていると、自分たちがとんでもない犯罪に手を貸していることを思い知る。なんとなれば、二人は高田と金江からの依頼、というよりは命令によってここ来ているからだ。二人から渡された台本通りに事を進めるためにここに来ているのだ。
しかし、この少女がここまで饒舌だとは、予想外だった。あきらかに台本を逸脱している。あきらかに作者の想定を超えてしまっている。生の人間が相手なのだから当たり前だが、どうしたものか・・・、加えて、おかしなことがある。台本の見事さである。とてもあの二人の知性から産み出されたものとは思えない。
二人はプロの台本などは見たことがないが、それに匹敵する内容と重さを有しているのではないかと思わせるほどだ。
だが、今はそんなことを考えている場合ではない。台本に沿わせるように話しをもっていくだけである。
当然のことだが、これを書いたのは鋳崎はるかである。彼女は、自分と照美が表立って由加里いじめに参加していることを隠匿しようとしているのだ。
彼女の努力もあって、一般のクラスメートは、似鳥ぴあのや原崎有紀という例外を除いて、いじめの首謀者は高田と金江である、ということで意見が一致している。いざとなったときに自分と親友に火の粉がかからないようにしている。そのことは、彼女の抜け目の無さを証明しているといえるだろう。
さて、藤崎は由加里にある提案をしようとしていた。
「ねえ、西宮さん、明日、学校に行こうよ」
何故か、意外そうな顔をしなかった。
「それは、ゆららちゃんにも言われてるの・・・」
視線を反らす知的な美少女は、突然に本題を出されて戸惑ったのか、饒舌さを何処かに忘れてきてしまったようだ。黙りこくってしまった由加里に、藤崎はさらに畳み掛ける。
「他の子たちも面会にきてたんでしょう?味方になってくれるよ」
「そうだよ、教室の空気もそんな感じだよ。みんな、西宮さんにすまないって思ってるんだよ」
付かさず、真野が言葉を差しいれる。
「それは、私たちも同じなんだ・・・」
その台詞は、台本の中でかなり重要な部類にカテゴライズされると思われた。じっさいに、由加里は涙目になっていまにも長い睫を濡らしそうだ。
「本当にごめんね、西宮さん・・」
二人同時に、由加里に触れるように書いてあった。わざとらしくではなく、ごく自然にそうなったようにと但し書きがあったと思う。
はたして、藤崎は彼女の背中に、そして、真野は、たまたま正面を向いていたので、両手に触れていた。身体に寄り添うには、彼女の視線が痛すぎる。だから、そういう方向性に流された。しかし、手も身体の一部ということなら、台本に反しているわけではなかろう。
「だって・・・」
由加里は、視線を落として泣き声を上げ始めた。
「だって、あんなヒドイ目にあってるのに、誰も助けてくれなかった・・・・いや、みんなで私を責めて・・・うう」
「クラスのほとんどは、高田さんや金江さんが怖かったと思うな。私もそうだよ」
「あの人たち、何するかわからないから・・・・私も怖かった。従わないと殺されるような気がして・・・だからって、許されると思ってないよ、西宮さん」
完全に力を落として項垂れた、由加里の肩に触れると振動が伝わってくる。人間とは、泣くとこんなに激しく揺れて熱を帯びるものだろうか?きっと、教室で行われたひどい体験が彼女の中で再生されているにちがいない。
しかし、知的な美少女の脳裏に鮮やかに蘇っていたのは、照美たちによって行われた性的ないじめだった。辱められ、おもちゃにされた。
何よりも辛かったのは、自分の意思とは正反対に、身体が勝手に反応し、自分が淫乱な女の子であることを強制的に自覚させられたことである。
しかし、同時に輪沸き起こってきた感情は、金江や高田たちに感じた憎悪ではなくて、ただ、ただ、身体が震える恐怖であったのだ。
少女は、小さい声だがきっぱりと言った。
「わ、私、やっぱり、もう二度とあの教室には行きたくない・・・」
項垂れた、形の良い、卵形の顔から水晶の涙が零れた。
「でもさ・・・・・」
異種のエネルギーを感じた由加里はそちらを見つめた。真野が確信に満ちた顔で口を開いていた。
「ここで逃げたらだめだよ。もしかして、高校に行ったらいじめられないという保証でもあるの?」
自分で言っていて、なんというはずかしい台詞だと思った。まるで中学生日記ではないか。それともこれが演劇にすぎないことを知っているからこそ、そう思うのだろうか。思えば、プロの俳優とは何と難しい職業だろうか。 このばかばかしいという感情を乗り越えることが芝居の出発点なのだ。
何としても、芝居の主人公を舞台の上まで押し上げなければならない。そのためにはなんでもするつもりだった。なんと言っても、これから、彼女たちがどのような中学校生活を送るのか、それは事の正否にかかっているのだ。
煮え切らない由加里に痺れを切らしたのか、声を荒げたのは藤崎だった。
「西宮さん!何が不満なの?みんながこれほどまでにあなたのことを思っているのに!」
「さわ!」
真野は居丈高になった友人を諫めると、腫れ物を扱うような顔で由加里に対した。涙ぐむ彼女の肩をその身体で包みながら偽りの優しさをふりかける。知的な美少女は、この時、それを見抜くことができなかった。いや、もしかしたら、洞察していたのかもしれないが、本人の希望がそれを曇らせた、ということも考えられる。人間は現実をそのまま受け入れるよりも、見たいものを見るのが常だから、である。
「わ、私ね・・・」
「うん、うん、どうしたの?聴かせて、西宮さん?」
いかにも聴いてあげたいという表情を全面に出して真野は、由加里を籠絡しようとする。
「・・・どうして、私なんだろう?って思うの?」
「いじめられたのが?」
真野の言葉に化学反応を起こしたかのように、激しく泣き伏せる由加里。それをイエスの意味に受け取った真野は、語りかけるように優しく諭す。
「言い方が悪いと思うけど、貧乏くじを引いたんじゃないの?西宮さんが特別にヘンなわけでも、人から嫌われるわけでもないと思うよ」
「うう・ウ・・・ウ、ホントに?」
どうやら、同級生の言葉は由加里の琴線に触れたようで、泣きやむと真野を見上げた。
「私もそう思うよ、言い方が悪かった」
藤崎が添えるように言葉をかける。
この二人、別に意図してこうなったわけではなかろうが、刑事が被疑者を取り調べる方法と寸分変わらぬ様式をなぞっていた。居丈高に責める刑事と、宥め役、この二人の役割を期せずして果たしていたのである。
由加里は、時の河に小石を投げ入れるように言った。
「私、明日、行く」
知的な美少女の視界の外で、二人はにやりとしたが、その反面、いやな罪悪感から逃れられない、自分たちの運命を知った。
まるで何年も入院していたような気がする。思えば、あの事故から1ヶ月あまりしか経っていない。洗濯物とエトセトラが入ったバッグは、旅行鞄のようにも思える。
刑務所か、少年院と考えれば、今日の今日まで経験した地獄を表現するのに適当な言葉かもしれない。
自分は本当にここから解放されるのだろうか?母親の顔を見るまで、由加里は素直にそれを信じる気になれなかった。本当に心細かった。入院しているときに、いくら面会に来られても、家族と出会ったような気がしなかった。そのまま彼女は帰宅してしまい。自分を置いて帰ってしまうからだ。
可南子と母が和やかに語り合っている。
彼女が一体、どんな人間なのか、あの厚化粧の下に、どれほど獰猛で残酷な肉食獣の素顔が隠されているのか、彼女は、想像だにできないだろう。
考えてみれば、自分はまだ保護観察の身分にすぎないのだ。自由の身はあくまで一時的なものにすぎず、一週間に一度は、あの看護婦に身体を委ねなくてはならない。
入退院の如何はすべてあの看護婦の手に握られている。下手すると精神病棟に放り込まれかねないのだ。
この悪魔のような病院に入院させられていらい、なんど、可南子に身体を所有されたことか。
もう自分は変わってしまったのだ。彼女に完全に替えられてしまった。もう、人間じゃないんだ。そう思うと思わず涙ぐんでしまう。
可南子は、そんな悪魔の素顔に分厚い天使の仮面を被って、周囲を騙している。母親はそれを見抜けないのか、あるいは、見抜いても知らないふりをしているのか、由加里の世話に対する感謝の後は、いわゆる、世間話に花を咲かせ始めた、
しばらく、それが続いた後に、知的な美少女がやけに暗い顔をしていることに気づいたのか、獲物だけにそれとわかるように、哀れな蛙に二股に分かれた舌を見せた。
「どうしたの?由加里ちゃん、そんな顔して、折角、退院できるのに」
「・・・・」
しかし、母親には、きっとそのように見えていないと、由加里は思う。肌に透けて見える爬虫類特有の鱗も、瞼のない、開きっぱなしの瞳も、きっと彼女には見えていないのだ。
まるで幼稚園児でも言い聞かせるように、可南子は語りかけてくる。しかし、その言葉の裏には、悪魔の声で自分を脅迫してくるのだ、お前がどんなにインランでいやらしい子供が母親の前に提示してやろうか?と。
おまけに、厚化粧の看護婦は、奇麗な包装紙で包まれたプレゼントを手渡してきたのだが、少しばかり空いた隙間から覗いた題名を発見して、腎臓が背中から這い出てくるような衝撃を受けた。
それは、はるかによって渡されたSMのビニ本だったのだ。可南子に脅迫の材料として奪われたが、もはや、必要なくなった、ということだろう。
「またね、由加里ちゃん、そうだ、ここは病院だったね、忘れていたわ。もう二度と会わない方がいいかもね」
「・・・ハイ」
こっくりと頭を下げた従順な美少女に、ご満悦の表情を見せると、可南子はナース室へと消えた。
「本当に、優しいいい看護婦さんだったわね」
「うん・・・」
母親を並んで歩く由加里はさすような視線を感じた。看護婦や患者たちの悪意の隠った、鋭い針だ。奥さん、娘さんがどんな子が知っていらっしゃるんですか?私たち、大変に迷惑していたんですよ、よろしければ、隣の精神病棟にでも放り込んだらどうでしょうと、二人を見る視線たちは母親に訴えているように、由加里は思えた。
恐怖を憶えたのは、それだけでなく、窓から見える精神病棟の窓にがっちりとした鉄格子がはまっていたことだ。それ以上に彼女を怯えさせたのは、目つきがロンパリの、涎を垂らした老人が見えたことだ。
それが、未来の自分に見えたのだ。由加里は思わずボツリと口にした。
「ママ、もうこんな処に来たくない!」
「当たり前でしょ?由加里?どうしちゃったの?」
この大人しい子がどうしたのだろう?誰に感想を言わせても、人よりも大人びていると言わせる、娘が、大袈裟にいうと、まるで赤ちゃん返りしてしまったかのようだ。
母ザルにしがみつく小ザルのように自分に身体を密着させてくる娘に、春子は今までにない違和感を憶えた。わずか1ヶ月余りの入院が、彼女に何らかの恐怖を味合わせたとでもいうのだろうか?
確か、明日から中間テストのはずだが、友だちが持ってきてくれたノートで勉強していたはず、もっとも、この娘なら勉強に関してこちらが心配する必要はない・・・はず・・・だが・・。
「明日からテストよね」
「うん、ゆららちゃんとかが、ノートを写してくれたから、大丈夫よ」
「ゆららちゃん、新しいお友達よね」
由加里の友人といえば、工藤香奈見という少女がまっさきに思いつく。昔から人間関係という点において、娘が器用であったことなどまったくないが、特に孤立するということはなく、香奈見のような存在が側にいなければ、他者に語りかけるのに難儀する、という点が目に付いただけだ。
それが中2になっていじめられるようになったという。それがどの程度のものなのか、本人に聞いてもなかなか具体的な内容を話そうとしない。
由加里は、不安でしょうがなかった、退院前にクラスメートたちが言っていたことは、はたして、本当に真実なのか。自分を騙しているのではないか、と気が気でない。
春子の運転する車から自分の通う中学の制服が見えると、クラスメートでなかったとしても、おもわず身を隠してしまう。
彼女たちは、泣きながら、由加里の手を握って謝罪したのだ。そして、せめてもの罪滅ぼしに団結して金江や高田たちから護ると、誓ってくれた。いじめられる前からそれほど親しくなかった子たちだが、もしも、それが真実ならばどれほど嬉しいことか。
似鳥可南子に首輪から繋がった鎖を握られているとはいえ、薄明かりの漏れる未来を計算することができるのも、彼女たちの誓いがあったからこそ、なのである。
鈴木ゆららだけでなく、突如として現れたこの二人は、香奈見の再来と同じくらいに由加里の心を揺さぶった。もしかしたら、彼女たちの言っていることは真実ではないか。少女は期待してもいいのだと、いや、信じたかった。
二人の言葉から、クラスメートのほとんどの協力を約していると、受け止められた。だが、金江や高田はともかく、照美やはるかはどうだろう?あの二人をどうにかできるとは思えない。
海崎照美・・・鋳崎はるか、二人の名前は、由加里の心胆を寒からしめる。少女にとってこの世でもっとも怖ろしい存在だ。全身の筋肉と骨がセパレイトしてしまうほどの恐怖が全身に広がっていく。
あの二人の行為を知る者は、だれもいない。ふと、知的な美少女はいいアイデアを思いついた、それは。二人に その事実を告げて、どう反応するのか、それを観測することで真実を知ることができるのではないか、ということだ。しかし、照美たちから受けた辱めを他人に知られることは、少女にとって耐え難い苦痛なのも確かなことだ。
それに、自分を脅迫するに充分な材料を二人は握っているのだ。恥ずかしい画像、その中には暴力によって無理矢理に笑顔を造らされて、その結果、辱められている様子を喜んでいるように見えるものもある、事実、彼女たちはそうやって由加里を脅してきた。
そのうえ、はるかの命令によって無理矢理書かされた、性的な内容を含んだ小説や、トレースを強制された18禁漫画の類、それらが由加里の自室たけでなく、双肩にのし掛かっているのだ。そして、常に彼女を声なき声で脅迫してくる。
すべて明かしたら、二人は自分の言い分を信用してくれるのだろうか。
しかしながら、彼女たちの出方を見ることで信用できるか否か、それを判定することができるのだ。由加里が、中2になって数ヶ月で結論づけた、自分に友だちがいることじたいが不自然であり、もうこれからの人生で、死ぬまでそんなものができるはずがない。
このテーゼが崩れることはよもやあるまい。だめで元々なのだ。そもそも、信用なんかしていない。
由加里は、スカートが破れんばかりに生地を握りしめた。
そのとき、少女の聴覚神経は人の声に反応していたはずだが、完全に自分の世界に入り込んでいたために、それを人間の声として受け止めていなかった。
「由加里、どうしたの?由加里?」
突然、現実が少女を貫いた。
そうだ、自分は退院して帰宅の途中なのだ。
「どうしたの?ママ?」
「たった1ヶ月ほど入院しただけで、まるで、浦島太郎ね?」
苦笑する母親を、由加里は自分の意識に留まらせておかなかった。今、頭にはあるのは二人のことである。明日のことを打ち合わせるために、さきほどのメール交換で出会うことになっているのだ。
藤崎さわと真野京子。
二人とは、中2になってはじめて知り合った。しょうじき、由加里の眼中から完全に周辺に追いやられていた存在だった。事実、いじめられっ子になる以前にも、ほとんど言葉を交わした記憶がない。
そんな、二人がどうして突如として、自分に接近してきたのだろう。気が付くと視界に自宅が収まっていた。
春子がすっとんきょうな声を上げた。
「あれ、あの子たち、このまえ、病院に来てくれた子たちよね」
車窓から見える自宅を背景にして、自転車に乗った二人を仰ぎみることができた。元気そうな笑顔を振りまく、あたかも双子のように似通った二人は、春子の眼鏡に適ったようだ。
由加里も、もしも、100%信じられるならば、母の感想に乗りたい気分だ。だが、いまいち、結論づけられない。二人を玄関に上げながら、知的な美少女は、外国人と交わっているような感覚を拭いきれないでいた。
「シュークリームがあるから、お茶を入れて持っていくから、先に行っていなさい」
心なしか、母の声にも安心感というスパイスが混じってきたようだ。娘として、親を安心させられるのは、いいことだ。いじめられていることが、もっとも、具体的にどんな目にあっているのか知るわけではないが、春子に知られてしまったときには、手足を失ったような喪失感を味わったものだ。
二人を自室に請じ入れる。その時に、たまたま、ふたりの背中に手が触れた。温かい、なんて、温かいのだろう。由加里は思わず嗚咽を上げて泣き始めてしまった。上品なかたちの頬を涙が伝う。
「どうしたの?西宮さん?」
二人は、あたかも、三人が幼馴染みの関係であるかのように、よりそって心配の表情を見せてくる。
友だちの背中に触れる。こんなことは友人同士ならば普通に行われることだろう。そんなあたり前の事が特別に思われる。
「うう・・・・・!?」
知的な美少女は思わず、廊下の床に蹲ってしまった。涙が幾粒も、大きな黒い染みができていくのが、少女にも視認できた。
「ウグ・・うぐぐぐ・・・!?」
突如として、可南子に侵入された由加里は、追憶を中止せざるを得なくなった。双頭のペニスの張り型を装着した看護婦は、男がそうするような腰つきで少女を貫いた。この悪徳看護婦は、既に知的な美少女の処女を奪っていた。
可南子の激しい動きにも、次第に苦痛を感じない身体になっていく、あるいは、強制的に替えられていく、どんどん自分が自分でなくなっていくような気がする。
それは、女性が生まれて始めて知る性との邂逅、すなわち、生理に似ているかもしれない、と思った。
だが、それには、恐怖がストーカーよろしく忍び歩きをしていながら、性という未知なるものへのワクワク感がなかったとはいえないこともない。
あの時、可南子によってはじめて全身を貫かれた。
処女という言葉は、当然のことながら知っていた。だが、それが失われることの、具体的なイメージを体験前は描くことができなった。はるかから強制的に見せられた、いかがわしい雑誌や漫画は、いかにリアルに描かれていようとも未体験の由加里には単なる絵空事にしか思えなかったのである。
ところが、具体的に経験してみて、二次元の少女たちの嘆きが三次元になって迫ってきた。
たしかに、その最中においては強烈な苦痛以外に感じることはなかった。しかしながら、時を経るに従って、処女膜が破れた疵が治っていくと、意外なことだが、とんでもないことをしてしまったという罪悪感を憶えるようになった。
しかし、強制的に犯されたのであって、自分は何も悪いことをしていないという意識は、当然のことながら、少女の内部に根強く生き残っていた。
両者の争いは少女の意識を分裂させ、その結果、彼女を強烈な精神的混乱に導く結果となってしまった。
その時、由加里が感じた恐怖には離別という感覚がついてまわる。
自分が自分でなくなるばかりか、人間ではない、別の生き物に変化していくような気がした。いじめによって、友人たちから引き離されたように、大袈裟な言い方になるが可南子に犯されることによって、人類というカテゴリーから引き離されるような気さえしたのだ。
改めて、自分の身体にとんでもないことが起こったと自覚せざるを得なかった。
処女喪失。
その価値を具体的に理解していなかったものの、大切なものを、同性の、しかも、同級生の母親によって喪失してしまったのだ。
彼女に犯される度に感じることだが、漂ってくる厚化粧の臭いと、やけにこってりとした脂ぎった皮膚、それは女性本来のすべすべした肌のきめの細かさとは全く正反対の、あえて、あえて例えるならば、ニシキヘビのじっとりとした肌を思い浮かべてもらえば近いかもしれない。
知的な美少女は、強大な蛇に、舌が二股に分かれる冷血動物によって呑みこまれたようとしているのだ。
自分が爬虫類の化け物にでも陵辱されているような、ファンタジックな妄想に襲われる。それは、はるかから借りた、18禁同人誌による影響だろうか。
「由加里ちゃんは、少女から女になったのよ、この私の手によって寝、それは一生、忘れて貰っては困るわ・・・愛しているわ、赤ちゃん!」
日本語本来の意味をねじまげて、可南子はさらに由加里のプライベートな空間を侵食し自分の色に染めていく。 そこは彼女の汚い脂肪と皮、それにコレステロールでいっぱいになった血管で埋めつくされるだろう。
「うぐぐぐ・・・・いやぁあっぁ・・・・はぁ」
そんな記憶は一瞬で忘れたいものだが、人間の記憶は、何処ぞの催眠術者が言うように、勝手気ままに消したり植え付けたりできるものではない。安物のコラージュではないのだ。
由加里は、華奢な身体を振るわせて、恐怖と自己嫌悪に苛まれながらも性の愉悦を感じていた。思わず、漏れ出る喘ぎ声。思わず、乱暴で下品な、とても看護婦のそれとは思えぬ手によって口が塞がれる。ここはトイレの個室なのだ。いつ、何時、人に聞かれるかわからない。用心に越したことはない。
激しく陵辱されながら掴んだものは、溺れながら少女は藁に手を伸ばそうとしていたが、その行為が追走を復活させのかもしれない。
オルガルムスの手前で、親友を生まれて始めて殴ったことを思いだした。平手打ちにするつもりが、怒りとも悲しみともつかない過剰な感情のせいか、気がついたら、拳骨で彼女の頬を撲っていた。
「か、香奈見ちゃ・・・・・・・」
よろめく親友の胸に由加里は飛びこんでいた。
「し、信じていいんだよね、香奈見ちゃん・・・・」
身体を自分に投げ出す由加里に、それなりの重量と迫力を感じながら、そんなことができるならば完全に怪我は完治したんだな、退院できるのだと、頬に激痛を感じながらも香奈見は何処かで冷静に観ていた。
「今まで、悪かったね、由加里ちゃん」
「香奈見ちゃ・・・・うう・・・・」
もしかしたら、クラスメートたちを信じていいのかと、本気で思い始めていた。ゆららによると、高田や金江たち、それに照美やはるかたちに反旗を翻る動きがあるとのことだ。
これまで、自分に掌を返したようにひどいことをしてきた人たちが、また、言葉だけの、表面を取り繕っただけの謝罪でまた同じことをするのかと、由加里は高をくくっていたのだ。騙されるものかと、ほんとうは、人の心が欲しくてたまらずに疼きっぱなしだったのだが、ようやく、果実が実ったのは真実だと思い定めた。
甘い汁にありつこうと、ようやく手を伸ばす決心ができた。
そう思い定めると、お馴染みの胸で幼児のようにいつまでも泣き続けるのだった。涙を止めようにも、後から後からでてくるしゃっくりや嗚咽を止めることは叶わず、涙はもとより垂れ流し状態だ。
「ううう・う・う・う!?」
ようやく、オルガルムスで頭の中が真っ白になった由加里は、自分がトイレで似鳥可南子に犯されていたことを思いだした。いま、自分がどんな惨めな姿かと、想像してみるとさらに惨めな海に溺れていくしかなかった。
犬のように両手をトイレのタイルについて、少女は泣いていた。しかし、酷薄な看護婦は、少女に嘆く時間と余裕すら与えない。
可南子は、華奢な少女の肩を乱暴に摑むと、無理矢理に自分の方向に向かわせる。冷たいタイルが激しく身体と 摩擦を起こす。その感触がやけにおぞましい。
そして、いつものように無慈悲な命令を突きつける。
「ほら、始末はちゃんとしなさいって、ママに躾られたでしょ?」
「うう・・!?」
中学生特有の、幼い小学生に少しばかり大人のスパイスを噴霧した、あどけない顔が自分の股間を睨みつけている。それだけで、股間のぬめりが復活しそうだ。
長い睫が濡れている。それを振るわせながら、知的な美少女は鼻にかかった声を出した。
「わ、わかりました・・・・」
死刑執行を数分前に宣告された囚人のように、由加里は肯いた。そして、チューリップのように可愛らしい唇から突き出た舌を、おぞましいペニスの張り型に這わせる。ラバー製の特殊加工された漆黒の亀頭部は、舐めた人間の話によると、ペニスと感触がそっくりらしい。
「どう?どんな味かしら?半分は、あなたのいやらしい液よ、すごい臭いがするでしょ、ま、私のも混ざっているから、すこしは緩和されているとおもうけど・・・・ふふ」
自分の命じるままに、恥ずかしい行為を行う由加里を満足げに見下ろしながら、可南子はさらに屈辱的なことをさせようと思い立った。
「何をしているの?ほら、口に含んだままで、手を使わずに私から抜くのよ、早く」
「うぐ・・・・」
もはや、単なる人形と化した由加里は命令を実行に移した。そして、予め躾られている行為を行う。すなわち、口でくわえたまま床に置くと、しかるのちに、今度は逆の、そう、可南子の膣を埋めていた張り型に舌をのばした。
「そう、わかってるじゃない、可愛い子・・ふふ」
知的な美少女の髪を撫でながら、可南子はまるで孫を観るような目をした。
「たっぷり、舐めるのよ、あなたの汚い口を私の愛液で洗浄してあげるんだから、感謝しなさいよ」
「うぐぐぐ」
「何よ!?その気持ち悪そうな顔は!?とても嬉しいでしょ?美味しいでしょ?気持ちいいでしょ!?楽しそうに笑いなさいよ!!」
「い、痛い!!」
腰を蹴られた由加里は、思わず、張り型を落としてしまった。
「落としたわね!?」
「ひ・・・・・・!?」
自分が犯した罪の重さに、少女はおもわず眼球を落とした。そして、これから蒙るであろう罰の恐ろしさに失禁した。
ビチビチと、湿気った煎餅を立て続けに割るような音が、辺りに響き渡ると同時に、尿の臭いが立ちこめる。
「あら、あら、汚いわね、なんて言う臭いかしら?由加里ちゃん」
「あ、あ、あ、あ、あ・・・」
もはや、人語を解さないサルと化した知的な美少女は、下半身を、音を立てて濡らす黄色い液体が自分の身体から迸っていることを信じられないでいる。幼女のような丸い顔をして嘆くことしか、彼女にできることは残されていない。そして、死にも匹敵する怖ろしい罰を、想像もできない残酷な拷問を予想せずには、少女の知性はその能力の行き先を知らない。
もしかしたら、退院を取り消されてしまうかもしれない。そう思うと、生きた心地がしない。やっと、明るい未来が見えかけてきたのに、それが帳消しになってしまうかもしれないのだ。もしかしたら、中間テストすら受けられない可能性があるのだ。
だから、可南子の、もはや、人間が人間に与えるとは思えない命令にも恭順の意を示した、ごく簡単に。
「あらら、後始末が増えちゃったわね、由加里ちゃん、早くしてよ、ママの仕事の時間が迫ってきてるから、由加里赤ちゃん、ふふふ・・・」
「うぐぐ・・・」
食道を逆流して迫ってくるガス、嘔吐をひたすらに耐えながら、新生児の色のような可愛らしい舌をタイルにのばす、それも、自らの尿に黄ばんで汚れた。
舌に突きささる苦みと酸味は、あきらかに人間の口にするものではないことはあきらかだ。舌と口腔内の神経がすべて麻痺したところで、ようやく、この場の支配者たる可南子の許しを得ることができた。
「ふふ、今度は精神科に入院してみる?鉄格子の嵌った部屋で、毎夜、拘束服に全身をきつく縛られた上に、猿轡を嵌められるから涎が垂れっぱなしよ、あなたにはお似合いの姿かもね、それにしても、両腕は縛られているから、あなたが大好きで堪らないオナニーができないことが厳しいわ、そうなったら、とても辛いと想わない?想像してごらん、この優れたアタマでね!ありえる?オナニーしない夜なんて、耐えられないでしょう?インランで多陰症の由加里チャンは!」
「・・・うぐ・・うぅっぅ!?そ、そんな、だい、大好きじゃ・・・・じゃ、ありません・・ううう」
由加里は、似鳥可南子によって女子トイレに連れ込まれて、陶器の肌を、それこそ、瞼から小指の先まで、身体のありとあらゆるところを所有され、まさぐられている。
午前2時になってやっと、仕事から解放された可南子は、可愛い由加里を我が身に抱く悦びにあずかることができた。
「明日、退院だけど、私の言うことを聞かなかったら、そういう目に合うのよ、おわかり?」
「ハ、はい・・・ウアウアぅあ・・・」
「じゃあ、どうすればいいのか、答えなさい」
未発達の乳首を口に含まれて、その軟体動物にも似た舌に弄ばれると同時に、もっとおぞましい蛸のような指によって、性器を縦横無尽に蹂躙されている。タイルの壁に強かに押し付けられている。背中にその痕が残ってしまうのではないかと想うほどに、その力は強引で、華奢な少女はそれに抗する手段をまったく持ち合わせていない。
とにかく、怪我が完治したとはいえ、もう逃げ場はないのだ。
くぐもった声が狭い個室に木霊する。
「ぅあ・・・・・」
由加里は服を着たまま、可南子に陵辱されているわけだが、強引に胸元から首筋に入り込まれて、ネグリジェのボタンが外れた。
可南子の体温が直に伝わってくる。それは、巨大なアイロンに押し付けられるような感覚だった。心も内臓も汚い熱によって腐っていく。
「さあ、答えなさい、さもないと、退院を取り消させるわよ。それとも、お父様に迷惑をかけたいの」
「ひ・・・、そ、ぁあ、それだけは・・・・」
この大学病院が、西宮クリニックに影響力があることは、すでに報されている。
「だった、どうしたらいいのか、わかるでしょう?アタマいいんだから」
「ハイ・・・・い、一週間に、い、一回、か、可南子さまに、このいや、いや、いやらしい・・うあうあァァ・・・可愛がっていただ・・うあ、いただきます・・・・」
「お前の身分は?」
「可南子さまのはずかしいペット件おもちゃです・・ぅぅぅぅ!?」
照美たちに強制されることで何度もやらされてきたことだが、自分の意図に反することを言わされるということは、演技であっても大変に辛く、とても馴れるものではない。
可南子の、巨大なナメクジめいた舌が少女の臍にまで下がっていく。もしも、隠しカメラがここにあって背徳看護婦の悪事をすべからくディスクに収めていたとすれば、あくまでも角度によってだが、幼い妊婦のように見えたかも知れない。
自分よりも巨大な寄生虫に身体を乗っ取られる。由加里が受けている感覚をあえて表現するとそうなるだろうか。汗と涎と、愛液、それらを頭から足の先まで可南子の残酷な手によって撫でつけられて、あたかも、軟体動物にでもなったかのような錯覚に陥った。
ぬらぬらになった皮膚は、可南子の体液によって溶かされた結果である。
「ぁあああ・・・・」
辱めを受けながら、少女は、昨日、思いもかけない人間の見舞いを受けたことを思いだしていた。
(香奈見ちゃん・・・・)
つい、二日前のことになる。いつものよに朝食を終えた由加里は、ゆららが書き写してくれたノートに目を通していた。
「か、香奈見ちゃん!!」
看護婦が側にいるにもかかわらず、彼女の顔を観た瞬間に由加里はすっとんきょうな声をあげた。予想もしなかった見舞客が訪れたのである。
思わず、ノートを床に落としてしまった。
「・・・・・・」
入り口にまるで人形にように立っていたのは、工藤香奈見だった。
驚愕のあまり、自己を見失っていた由加里は、看護婦がノートを拾ってくれたことにも気づかなかった。
彼女は、由加里の幼馴染みである。幼いころに、「ずっと、大人になっても友だちでいようね」とよくあることだが、誓約を交わした仲だった。しかしながら、中学に上がってから彼女が陸上部に打ち込み始めてから、彼女に対する態度がガラリと替わった。
自分はあんなにひとつのことに打ち込んでいるのに、どうして由加里はいい加減なのだろう。
香奈見は自分と由加里を比較して、今までに感じなかった物足りなさを憶えた。自分の才能に限界を感じて、一生懸命にがんばることを放棄して、ただ、楽しむだけに熱中する親友を許せなかったのだ。
それでも、まだ一年のころは、互いに空々しさを感じながらも、親しい仲を続けることができた。しかし、二年生になり、由加里がいじめられるようになると、彼女から離れ始めた。由加里の方でも、一回もSOSを出した記憶がない。香奈見がいじめに巻き込まれることを心配した記憶もない。彼女が離れていくことは、あくまでも既定路線にように思えたのだ。
どうせ、新しい友人ができて自分を護ってくれると高をくくっていた。だが、クラスメートの誰も、知的な美少女の味方をすることはなかった。圧倒的な孤独の中に放り込まれてしまったのである。
香奈見とて、かつての親友がひどい目に合っているというのに、まったく胸が痛まなかったと言えば嘘になる。だが、今となってはどんなきっかけがあったのかよく思い出せないが、高田と金江から由加里裁判の裁判長をやらないかと誘われた時、一も二もなく引き受けてしまったのである。
「西宮さんの無実が明かになればいいじゃなに。きっと、工藤さんならその役割を果たせるわよ」
そう言われると、断る必要を感じなかった。しかし、いざ、裁判が始まってみると、クラスの趨勢は反由加里の色に染まっていた。はじめて、集団というものの恐ろしさを知った。白も黒に塗り替えてしまう、多数決の暴力ということを、教科書からではなくて実地で学んだのであろう。別に、社会科の教師が褒めてくれることはないが、何処か醒めたきもちでそのようなことを考えていた。完全に孤立無援の中、冤罪を押しつけられてクラスメートたちにひどい折檻を受ける由加里、中には、彼女がいじめられていることに異議を、あくまでも密かにだが、香奈見に告げていた子までもが、口を尖らせてかつての親友を罵っていた。
それから、彼女はクラス公認のいじめられっ子となって、心身共に虐げられる生活がはじまった。
由加里にしても、唯一、自分を庇ってくれる可能性を託していたのは、香奈見につきる。
ふと、教室で視線が合うと、目で合図を出したりもしてみたが、完全に無視をされた。何度もメールを書いたが、無下に拒否されることが怖くて、いちども出すことができなかった。最後までその可能性を信じていたかったのである。
今、その香奈見が目の前にいる。
「・・か、香奈見ちゃ・・・・うう・・・」
由加里は、看護婦がまだいるにもかかわらず、大声で泣き始めた。
「由加里ちゃん・・・・」
一瞬、香奈見は絆された。あたかも郁子から頼まれてきたのではなくて、自発的にここまで来たような気がする。自分の胸の中で泣き続ける窮鳥から伝わってくる熱に、思わず、驚きながら、クラスの趨勢というものを改めて考えてみることにした。
中間テストを前にして、クラスは由加里というおもちゃを失うことを怖れている。照美とはるか、そして、高田と金江、この二大派閥が共通の敵というか、玩具を失うということは、両者の徹底的なぶつかり合いの幕開けを意味するのかもしれない。
そのために、クラス全体という意思、もしも、そのようなものが本当に存在するとすれば、の話しだが、明かに由加里を必要しているのである、恒久的なものではなくて、あくまでも一時的な平和を希求するために・・・・・。
由加里は涙に濡れる目を、香奈見のTシャツで吹きながら言った。
「香奈見ちゃんは、私に学校に行って欲しいの?」
「当然だよ、一緒に行こう、前、みたいにさ」
しかし、照美からの要請をことわり続けたことに関しては、多勢はともかく、少なくとも自分を納得させられる理由を見つけることができるだろうか?
きっと、この子と仲直りできる可能性を信じていたのだわ。しかし、それも今回のことで完璧に終わりね。私は由加里から完全に自由になるの。
テーブルの上に置かれている教科書やノートが、香奈見の視野に捉えられた。
「学校に行こう。中間テストの勉強、進んでいるみたいじゃない」
「うん・・・・香奈見ちゃんも手伝ってよ・・・」
「まさか、私が手伝う必要ないでしょう?」
「・・・・・・」
「どうしたの?由加里ちゃん・・」
おもむろに押し黙ってしまった友人に、香奈見は反応を見るしかできることがない。
「このまま・・・・」
「え?」
由加里は、香奈見を試す意味においても、思い切って言ってしまうことにした。
「このまま以前と同じように、元に戻れると思ったら、まちがいよ!うう・・うっぅ!」
再び泣き出す、知的な美少女。
「そうだったわね・・・・」
「気安く触らないで!!」
華奢な肩に香奈見の指がかかるか、かからないか、その瞬間に、由加里はぴくんと震えると全身を氷らせた。
「ひどい、私があれほどひどい目にあってたのに、何もしてくれなかった!うう・・・・本当に、友だちなの!?」
まるで走馬燈のように、中2になって以来、学校で起こったすべてのことが、筆舌に尽くしがたい辛い思いでが、脳裏に映し出される。もう、香奈見のことは諦めていた。何も期待していなかった・・はずなのに、いざ、目の前に、こうして、昔のように遇されると思わず、期待してしまうことがある。
それの正体について、今は、考えたくなかった。知りすぎるほど知っているのに、喉から手が出るほど欲しくて堪らなかったものなのに、それを口にすることは、自らのリーゾンデータルを否定することに等しかった。
「あれは、友だちとはいえないね・・・」
演技のはずなのにどうしてだろう、香奈見の目に点滅するものが発生した。
まるで心臓発作を起こしたときのように、しゃっくりと激しい震えを繰り返す。
「由加里ちゃん、怪我は大丈夫なの?」
香奈見は、さすがに由加里の容態が心配になった。病気ではないかと思ったのだ。怪我をしたというが、それがこんな症状を起こすことがあろうか、医者でもない香奈見にその判断ができるはずがない。だから、看護婦を呼ぼうとしたところ、由加里に腕を取られた。
「香奈見ちゃん!」
「何?」
「今は、頭の中が混乱して何が何だかわからないの!だから、あることをさせてよ!させてくれなかったら、もう 二度と、香奈見ちゃんの顔なんて観たくない!簡単に許せないの!!」
「何をしてほしいの?」
「させてほしいの!」
「・・・・!?」
「ぶたせて!!」
しまったと思った。これで、由加里は、香奈見を永遠に失うかもしれないと考えた。後悔先立たずとはまさにこのことであろう。
「そうだね、西宮さんとテニスが出来る日が楽しみだね、退院したら、どう」
「ええ・・・・」
まさに猛禽類の目をして、照美は、こともなげに言った。
「改めて、西宮さん仲よくなりたいな。仲が良いのに、姓で呼び合うなんておかしいでしょう?私は、由加里ちゃんって呼ぶわ、由加里ちゃんも、私のことを照美ちゃんって呼んで・・・・いいでしょう?」
心筋梗塞を起こすのではないかと思われるほどに、胸が痛くなった。この人は、いつ、いかなる状況にあっても自分と同席している限り、どのような方法を使ってでもいじめようとする。常に攻撃の手を休めようとしない。怖ろしい、本当にいかようにも表現しようもなく、目の前の美少女が怖くてしょうがなかった。
鋳崎はるかによって、小説まがいのものを書かされて、それなりに表現力に自信がついてきたとは思うが、この人の美しさと恐怖を正面から描けるほどに、文章が上達したとはおせじにもいえないだろう、たとえ、自画自賛とすらも言えないということだ。
もしも、それが可能になった時には、少女もこの国の文壇の一角を占めるようにはなっているのではないか、そう思わせるほどに、海崎照美という同級生が怖ろしくてしょうがいないのだ。
「そ、そうで・・そうね、かい、海崎・・照美・・・・ちゃん!とテニスが、できたら、私もう、うれしい・・・です・・・・」
「どうしたの?由加里お姉ちゃん、日本語がおかしいよ」
普段、姉に窘められていることを、郁子はそのまま返すことで溜飲を下げようとした。
「ううん・・・なんでもないのよ・・・・うう」
「折角、入った部活を止めちゃ、もったいないじゃない?どうして、視線を外すの?友だち同士なんだから、じっと見つめ合わないとだめでしょ?由加里ちゃん」
自分で言っていて、照美はおかしかった。友だちと恋人を混同している、わかっていて、やっているのだが、我ながらおかしい。だが、それ以上に自分の命令に素直に従う事の方が面白い、というよりも滑稽で哀れだろう。
思えば、同じ教室に入ったときに観た、あの大人しげながら明るい女の子をここまで追いつめたのかと思うと、自分のしでかしたことのように思えない。誰かをここまで傷付けることはおろか、自分が受ける傷以上に、他人の痛みに敏感だったはずだ。
攻撃対象が、たとえ、由加里限定だったとしても、あまりにも度を超していないか、海崎照美は、人並み以上に優れた知性を与えられて生まれただけ、高田や金江のように愚かになりきれない不幸というものを存分に味わっていた。
「うん、て、照美・・ちゃん」
一方、自分を廃人寸前にまで追いつめてきた相手に、ちゃんづけするとは、あまりにもふしぎなことだと言うべきだろう。それでも、かつて、目の前の悪魔と親友になりたいと思った自分を思い出して、未だに、照美の魅力に取り込まれている自分を再発見して、子愚かしい気分にもなる。こうなったら、相手が仕掛けてきた芝居にのってやろうとした。自分は海崎さんと友だちになりたかったのだ、目の前の悪魔が本当は好きでしょうがないのだ。
「ど、どうして、こうなるまで、親しくなれなかったんだろうね、かい、照美ちゃ・・・・ちゃん」
「・・・・・」
照美は意外だった。由加里の方から反撃してきたのだ。これは挑戦でなくて、何をそう呼べばいいのだろう。
「きっと、由加里ちゃんが、物堅かったからじゃない」
「わ、私が・・・!?あぁ・・・いえ」
思わず、激昴してしまった自分を、由加里は押さえるのに苦労した。意味がわからないと言った顔を郁子はした。
「じゃ、これからは仲良くできるわよね、由加里ちゃん」
「はい、うん・・・・・」
押し黙ってしまった由加里に、照美はなかなか言うべき言葉を見つけられずにいる。
「じゃあ、今度、みんなで遊びに行こうよ」
無邪気な声がした。
「由加里お姉ちゃんもすぐに退院できるもんね」
「うん・・・」
「どうしたの、退院するのがいやなの?」
いやなわけがない。ただ、あの看護婦が自分をそう簡単に手放すとは思えない。この病院の実権を握っていると思われる、あの似鳥可南子の魔手からそう簡単に離れられるとは思えない。
「西宮さん、これからは親友なんだから、一緒に学校に行こうよ」
「ぁ、ひ、か、海崎さん・・・・」
まるで吸血鬼がそうするように、由加里の細首に噛みつかんばかりの勢いで飛びつく。とたんに性器に押し込まれた異物が蠢く。
郁子は、両者が互いに姓で呼び合っていることを、決して見逃していない。この二人には何かがある。それは、友人関係と呼称される性質のものではないが、第三者が入れないような、何か深い関係であることだけは確かだった。そのくらいのことは洞察できた。だが、そのように見抜いている自分に気づいていないだけである。
自己に対する内察、それをこなすにはまだ郁子は幼すぎたのかもしれない。ただ、そのような彼女の性質こそが、照美を惹き付けた要因にはちがいなかった。
「西宮さん、おっと、由加里ちゃんもそろそろ疲れてきたみたいだから、おいとまするか、あ、こんな時間か、試合が始まってしまうわ、郁子ちゃん、急がないと・・・」
「郁子?」
由加里は、妹が行ってしまうことに納得できない顔を見せた。それを目敏く見抜いた照美は、由加里の耳元に近づくと郁子に知られないように、囁いた。
「もしも、これから郁子ちゃんがあなたに頼むことがあったら、それを拒まないように、私は期待しているわ・・・ふふ」
「・・・」
郁子が、すでに病室から出てしまったことを確認すると、そのかたちのいい首筋にぺっと唾を吐きかけた。今までやってきた友だちごっこに嫌気が指したので、それを拭い去ろうとしたのかも知れない。
二人がいなくなっても、由加里は陰々滅々の状況にあった。吐きかけられた唾を拭おうとも思わない。そんな気力すらとっくに消え失せている。
それにしても、郁子が自分に頼むとはどういうことだろうか?まるで、自分に対するいじめの陣営に彼女までもが絡め取られてしまったかのように思える。
いままで、自分の思うように動いてくれた、さながら、都合のいい人形のような可愛らしい妹がその自我を芽生えさせ始めた。その事実を由加里は見抜けなかった。そのこと事態が、由加里にとってみれば自分に対する反抗にしか思えなかった。
それは同時に、自分に対する一種の裏切り、好悪の二元論に還元すれば、「嫌い」の一言に、自分に対する思いが書き換えられたように思えるのだった。
それが自分に対するいじめと連動して起こっただけに、それが照美の作為であり、郁子の本心から起こった感情でないことを密かに期待した。しかし、いくら、自分にそう言い聞かせても、なかなか納得できない。妹にさえ見限られる。血が繋がっていないだけに、もう二度と修復できないように思われた。
知的な美少女にとって耐え難い事実であろう。
家族だけは、絶対に自分を裏切らないと思っていたのだ。
はじめて、照美に敵意を感じた。犯しては絶対にいけない、大切な領域にまで手を出し始めたのだ。妹を籠絡して、一体、何をしようというのだろう。その答えはあまりにも単純で明解のために、あえて、口に出そうとも思わない。
「郁子にまで手を出すなんて・・・・」
「どうしたの?由加里ちゃん、暗いじゃない」
年老いた看護婦にブランドを開けられるまで、誰かが部屋に入ったことにさえ気づかない由加里だった。
さて、病院を後にした二人は、しばらくの間、互いに言葉を交わさなかった。機先を制したのは、郁子だった。
「由加里お姉ちゃん、なんか、暗そうだった」
「そりゃ、あんな病室に閉じ込められていれば、大抵の人間はああなるわよ。ま、夏休み前に退院できるらしいなら、いいじゃない」
「本当にできればいいんだろうけど・・なんか、最近、冷たいんだ」
八つ当たりなのかと、当たりを点けたが、そのまま言葉にするわけにはいかない。
「こんな可愛い妹につれなくするなんて、考えられないな」
「本当にそう思う?」
照美の前に身体を投げ出すように立ちふさがると大きな口を開いた。
「ああ、当たり前だ」
「なんで、照美お姉さんの妹に生まれなかったんだろう、不幸よ」
「・・・・・・・」
言いたいことを全部言わせる、胃袋が空になるまで吐かそうと、照美は考えた。
「でも、お姉さんが照美お姉さんでも、郁子を嫌いになってたかも・・・・誰だって、嫌うんだ」
おや、と思った。これは口を挟まないわけにはいかない。
「どういうこと?だれが郁子ちゃんを嫌うって?」
「みんな・・・・・おうちも、学校も、みんな」
郁子の真意を摑む、いや、その片鱗に触れることすらできないままに、はるかの試合会場に到着してしまった。
アスリートに限らず、何かに本格的に取り組んでいる人間、あるいは、そういう人間を収容している場所というものは、そうでない人間にとって一種独特のプレッシャーを抱かせるものである。この前、西宮冴子に連れられてライブ会場に出向いたときも、似たような感覚を抱いた。
「ここで私たちもやるんだからね」
そう冴子に肩を叩かれても、なんの実感も備わってこなかった。
県立競技場からは、楽器の調節音の代わりにラケットとボールが当たる音、それに、女性のものと思われるかけ声が聞こえる。それらは二重奏を奏でているようだ。
「ねえ、はるかお姉さんの試合は何処なの?」
「確か、二番コートだと聞いていたが・・・ああ、あそこだ。もう始まっている」
照美が指さす先には、はるかがいた。普段の彼女よりも何倍ましに精悍な、ほとんど大人としか思えない女性が咆吼していた。郁子の目には、ここはアフリカのサバンナに見えた。まったく新しい世界が広がっている。自分は、由加里たちが所属する旧世界から旅立って新たな世界へと足を踏み入れたのだ、そう思えた。
隣には、照美もいる。そして、百合恵、自分の家族だと思っていた人たちよりもずっと自分を大事にしてくれる、 新しい存在、自分はいるべきところに足を踏み入れていると感じることができた。ようやく居場所を取り戻したのだ。
「ええ・・・・」
まさに猛禽類の目をして、照美は、こともなげに言った。
「改めて、西宮さん仲よくなりたいな。仲が良いのに、姓で呼び合うなんておかしいでしょう?私は、由加里ちゃんって呼ぶわ、由加里ちゃんも、私のことを照美ちゃんって呼んで・・・・いいでしょう?」
心筋梗塞を起こすのではないかと思われるほどに、胸が痛くなった。この人は、いつ、いかなる状況にあっても自分と同席している限り、どのような方法を使ってでもいじめようとする。常に攻撃の手を休めようとしない。怖ろしい、本当にいかようにも表現しようもなく、目の前の美少女が怖くてしょうがなかった。
鋳崎はるかによって、小説まがいのものを書かされて、それなりに表現力に自信がついてきたとは思うが、この人の美しさと恐怖を正面から描けるほどに、文章が上達したとはおせじにもいえないだろう、たとえ、自画自賛とすらも言えないということだ。
もしも、それが可能になった時には、少女もこの国の文壇の一角を占めるようにはなっているのではないか、そう思わせるほどに、海崎照美という同級生が怖ろしくてしょうがいないのだ。
「そ、そうで・・そうね、かい、海崎・・照美・・・・ちゃん!とテニスが、できたら、私もう、うれしい・・・です・・・・」
「どうしたの?由加里お姉ちゃん、日本語がおかしいよ」
普段、姉に窘められていることを、郁子はそのまま返すことで溜飲を下げようとした。
「ううん・・・なんでもないのよ・・・・うう」
「折角、入った部活を止めちゃ、もったいないじゃない?どうして、視線を外すの?友だち同士なんだから、じっと見つめ合わないとだめでしょ?由加里ちゃん」
自分で言っていて、照美はおかしかった。友だちと恋人を混同している、わかっていて、やっているのだが、我ながらおかしい。だが、それ以上に自分の命令に素直に従う事の方が面白い、というよりも滑稽で哀れだろう。
思えば、同じ教室に入ったときに観た、あの大人しげながら明るい女の子をここまで追いつめたのかと思うと、自分のしでかしたことのように思えない。誰かをここまで傷付けることはおろか、自分が受ける傷以上に、他人の痛みに敏感だったはずだ。
攻撃対象が、たとえ、由加里限定だったとしても、あまりにも度を超していないか、海崎照美は、人並み以上に優れた知性を与えられて生まれただけ、高田や金江のように愚かになりきれない不幸というものを存分に味わっていた。
「うん、て、照美・・ちゃん」
一方、自分を廃人寸前にまで追いつめてきた相手に、ちゃんづけするとは、あまりにもふしぎなことだと言うべきだろう。それでも、かつて、目の前の悪魔と親友になりたいと思った自分を思い出して、未だに、照美の魅力に取り込まれている自分を再発見して、子愚かしい気分にもなる。こうなったら、相手が仕掛けてきた芝居にのってやろうとした。自分は海崎さんと友だちになりたかったのだ、目の前の悪魔が本当は好きでしょうがないのだ。
「ど、どうして、こうなるまで、親しくなれなかったんだろうね、かい、照美ちゃ・・・・ちゃん」
「・・・・・」
照美は意外だった。由加里の方から反撃してきたのだ。これは挑戦でなくて、何をそう呼べばいいのだろう。
「きっと、由加里ちゃんが、物堅かったからじゃない」
「わ、私が・・・!?あぁ・・・いえ」
思わず、激昴してしまった自分を、由加里は押さえるのに苦労した。意味がわからないと言った顔を郁子はした。
「じゃ、これからは仲良くできるわよね、由加里ちゃん」
「はい、うん・・・・・」
押し黙ってしまった由加里に、照美はなかなか言うべき言葉を見つけられずにいる。
「じゃあ、今度、みんなで遊びに行こうよ」
無邪気な声がした。
「由加里お姉ちゃんもすぐに退院できるもんね」
「うん・・・」
「どうしたの、退院するのがいやなの?」
いやなわけがない。ただ、あの看護婦が自分をそう簡単に手放すとは思えない。この病院の実権を握っていると思われる、あの似鳥可南子の魔手からそう簡単に離れられるとは思えない。
「西宮さん、これからは親友なんだから、一緒に学校に行こうよ」
「ぁ、ひ、か、海崎さん・・・・」
まるで吸血鬼がそうするように、由加里の細首に噛みつかんばかりの勢いで飛びつく。とたんに性器に押し込まれた異物が蠢く。
郁子は、両者が互いに姓で呼び合っていることを、決して見逃していない。この二人には何かがある。それは、友人関係と呼称される性質のものではないが、第三者が入れないような、何か深い関係であることだけは確かだった。そのくらいのことは洞察できた。だが、そのように見抜いている自分に気づいていないだけである。
自己に対する内察、それをこなすにはまだ郁子は幼すぎたのかもしれない。ただ、そのような彼女の性質こそが、照美を惹き付けた要因にはちがいなかった。
「西宮さん、おっと、由加里ちゃんもそろそろ疲れてきたみたいだから、おいとまするか、あ、こんな時間か、試合が始まってしまうわ、郁子ちゃん、急がないと・・・」
「郁子?」
由加里は、妹が行ってしまうことに納得できない顔を見せた。それを目敏く見抜いた照美は、由加里の耳元に近づくと郁子に知られないように、囁いた。
「もしも、これから郁子ちゃんがあなたに頼むことがあったら、それを拒まないように、私は期待しているわ・・・ふふ」
「・・・」
郁子が、すでに病室から出てしまったことを確認すると、そのかたちのいい首筋にぺっと唾を吐きかけた。今までやってきた友だちごっこに嫌気が指したので、それを拭い去ろうとしたのかも知れない。
二人がいなくなっても、由加里は陰々滅々の状況にあった。吐きかけられた唾を拭おうとも思わない。そんな気力すらとっくに消え失せている。
それにしても、郁子が自分に頼むとはどういうことだろうか?まるで、自分に対するいじめの陣営に彼女までもが絡め取られてしまったかのように思える。
いままで、自分の思うように動いてくれた、さながら、都合のいい人形のような可愛らしい妹がその自我を芽生えさせ始めた。その事実を由加里は見抜けなかった。そのこと事態が、由加里にとってみれば自分に対する反抗にしか思えなかった。
それは同時に、自分に対する一種の裏切り、好悪の二元論に還元すれば、「嫌い」の一言に、自分に対する思いが書き換えられたように思えるのだった。
それが自分に対するいじめと連動して起こっただけに、それが照美の作為であり、郁子の本心から起こった感情でないことを密かに期待した。しかし、いくら、自分にそう言い聞かせても、なかなか納得できない。妹にさえ見限られる。血が繋がっていないだけに、もう二度と修復できないように思われた。
知的な美少女にとって耐え難い事実であろう。
家族だけは、絶対に自分を裏切らないと思っていたのだ。
はじめて、照美に敵意を感じた。犯しては絶対にいけない、大切な領域にまで手を出し始めたのだ。妹を籠絡して、一体、何をしようというのだろう。その答えはあまりにも単純で明解のために、あえて、口に出そうとも思わない。
「郁子にまで手を出すなんて・・・・」
「どうしたの?由加里ちゃん、暗いじゃない」
年老いた看護婦にブランドを開けられるまで、誰かが部屋に入ったことにさえ気づかない由加里だった。
さて、病院を後にした二人は、しばらくの間、互いに言葉を交わさなかった。機先を制したのは、郁子だった。
「由加里お姉ちゃん、なんか、暗そうだった」
「そりゃ、あんな病室に閉じ込められていれば、大抵の人間はああなるわよ。ま、夏休み前に退院できるらしいなら、いいじゃない」
「本当にできればいいんだろうけど・・なんか、最近、冷たいんだ」
八つ当たりなのかと、当たりを点けたが、そのまま言葉にするわけにはいかない。
「こんな可愛い妹につれなくするなんて、考えられないな」
「本当にそう思う?」
照美の前に身体を投げ出すように立ちふさがると大きな口を開いた。
「ああ、当たり前だ」
「なんで、照美お姉さんの妹に生まれなかったんだろう、不幸よ」
「・・・・・・・」
言いたいことを全部言わせる、胃袋が空になるまで吐かそうと、照美は考えた。
「でも、お姉さんが照美お姉さんでも、郁子を嫌いになってたかも・・・・誰だって、嫌うんだ」
おや、と思った。これは口を挟まないわけにはいかない。
「どういうこと?だれが郁子ちゃんを嫌うって?」
「みんな・・・・・おうちも、学校も、みんな」
郁子の真意を摑む、いや、その片鱗に触れることすらできないままに、はるかの試合会場に到着してしまった。
アスリートに限らず、何かに本格的に取り組んでいる人間、あるいは、そういう人間を収容している場所というものは、そうでない人間にとって一種独特のプレッシャーを抱かせるものである。この前、西宮冴子に連れられてライブ会場に出向いたときも、似たような感覚を抱いた。
「ここで私たちもやるんだからね」
そう冴子に肩を叩かれても、なんの実感も備わってこなかった。
県立競技場からは、楽器の調節音の代わりにラケットとボールが当たる音、それに、女性のものと思われるかけ声が聞こえる。それらは二重奏を奏でているようだ。
「ねえ、はるかお姉さんの試合は何処なの?」
「確か、二番コートだと聞いていたが・・・ああ、あそこだ。もう始まっている」
照美が指さす先には、はるかがいた。普段の彼女よりも何倍ましに精悍な、ほとんど大人としか思えない女性が咆吼していた。郁子の目には、ここはアフリカのサバンナに見えた。まったく新しい世界が広がっている。自分は、由加里たちが所属する旧世界から旅立って新たな世界へと足を踏み入れたのだ、そう思えた。
隣には、照美もいる。そして、百合恵、自分の家族だと思っていた人たちよりもずっと自分を大事にしてくれる、 新しい存在、自分はいるべきところに足を踏み入れていると感じることができた。ようやく居場所を取り戻したのだ。
西宮郁子が友人とともに校舎から出てきた。彼女は、その瞬間に太陽から感じる以外の眩しさに反射的に虹彩を閉じた。
彼女が照美であることは一目瞭然だった。校門の先に咲いた美しい花は、周囲に存在するあらゆるものを凌駕して輝いていたからである。
「・・・・・」
既に一緒に帰宅しようとしていた友人のことなぞ、郁子の目と耳から完全に除外されている。それでも、そこいらへんに転がっている蛙の死体程度の注意を払うぐらいの、反応はしてやる。
「え?郁子ちゃんのお姉さって、入院しているんじゃなかったけ?」
「アレは、別のお姉さん、あの人は照美お姉さんって言うの」
「ふうん」
予め、ハードディスクに記録しておいた音声ファイルを再生するかのように、機械的な声をだした。
「私、用があるから先に帰って」
「うん」
友人を追いやるように返すと、郁子は照美に顔を向けた。
「あの子、友だちなの?いいのかしら?」
最近は、小学校でも人間関係が複雑だと聞く。いま、照美が籍を置く中学生も、当然のことだが、みんなかつては小学校に身を置いていたわけで、あの複雑な人間関係の萌芽は小学校にこそあると極限しても差し支えがないような気がするのである。
「いいの、照美お姉さんと話しがしたかったから」
はたして、当時の自分はこんな屈託のない笑顔を浮かべていただろうか?ふと、照美は考えてみたが、あいにくと、幽体離脱の術を心得ていなかったので、かつて、自分がどんな顔をしていたのか、思い出せない。
鏡で見た顔は、あくまでも、身構えた自分じしんであって本来の自分ではなかろう。幽体離脱でもできないかぎりは、人間は偽りの自分の顔をしか観たことがないと極言できるのである。
「照美お姉さん、どうしたの?」
少しばかり、自分の世界に填り込んでいたようである。
「ううん、なんでもない」
この子には、さすがの照美も調子を崩されっぱなしだ。完全無欠だと思っている由加里が、今の自分を観たらどう思うのかと自答自問してみると、意外と面白い映像が浮かんでくる。
それらのいちいちに従っていたら、自我が持たないので、郁子に集中することにする。
「ねえ、郁子ちゃん」
「なあに」
「由加里さんに抱きついたりしないの?」
「どうして?郁子はそんな子供じゃないよ」
「私は、一人っ子だから、姉妹って関係に幻想を抱いているのかもね」
「げんそう?」
公園へと下りる石段に向かいながら、照美はしまったと思った。これでは小学生にじぶ自分の意思を通じさせるのは至難というものだろう。
「妹か姉が欲しかったな」
「はるかお姉さんは、そういうもんじゃないの」
年齢よりもはるかに幼いと思っていながら、こんな大人めいた言い方もできる。照美は、じっさいに、痛いところをつかれたと実感した。しかし、彼女を相手に虚勢を張る意味をこの美少女は発見できなかった。
「そうよ、あいつは私の妹だな」
「お姉さんじゃなくて」
「こいつ!」
気が付くと郁子の首を背後から捕まえていた。とても華奢で可愛らしい肩だった。ピンク色の鎖骨がぴくぴくと言っている。辛うじて青い筋が血管だとわかる。抱き心地は、柔らかくてとても気持ちよかった。
この時、願望でなく、本当にこの小学生の女の子が自分の妹のように思えた。
「いいから、見舞いに行ったらすぐ、西宮さんに抱きついてごらん、きっと喜ぶよ」
・・・・できるだけ下半身に力を込めて、とはさすがに注文しなかった。実の妹に辱められる由加里を思うと、自然に 冷たい、そして、非常に乾いた笑いを抑えきることができなかった。
「照美お姉さんって、由加里お姉ちゃんとそんなに仲が良いの?」
「どうして?」
悪びれずに郁子は答える。
「由加里お姉ちゃんのことを言う時、とても楽しそうだもん」
「私が楽しそう?」
意外な妖精の反応に、照美はどんな表情をすべきか脳内会議にかける必要性を感じた。しかし、すぐには回答がでないことを理解すると、軽い笑顔でごまかすことにした。
「はるかお姉さんの試合って、何処でやるの?」
既に郁子には伝えてある。
「県立競技場で、あくまでも練習試合だからな」
「ふうん」
小学校とは目と鼻の先で、徒歩10分ほどで到着する。
郁子を連れていこうと思ったことについては、照美に他意はない。ただ、由加里のことで情報を得たいために、たまたま、はるかの試合に行く予定があったために、誘ったというわけである。
県立球技場までの道筋には、由加里が入院している病院が建っている。
見舞いというほどでもないが、立ち寄ることを郁子に提案した。
「西宮さん、もう退院できるんでしょ?」
「うん、ママによるともうすぐみたい」
「今日は、見舞いに行かないの、いや、行こうよ」
「いいよ、照美お姉さん、それって反語法っていうんでしょう?」
またもや、想定外の回答に照美は、郁子はそれを視ていなかったが、苦笑いでごまかすしかなかった。妖精の脚はすでに病院に向かっていた。どうやら、照美と姉の見舞いにいけることが楽しくて堪らないらしい。
それがどのような心理に基づくのか、類い希な美少女は理解できなかったが、予想する必要性も感じなかった。無駄話を交わしながら歩いたので、病院までの道筋はそれほど時間を感じずに済んだ。
エントランスで、ゆららと出くわした。
「照美さん・・・・」
「どうしたのゆららちゃん、フィアンセの浮気現場に出くわしたような顔をして」
精一杯の冗談を言ったつもりだが、ゆららの暗い表情が回復することはなかった。次に見つけたのは妖精よりも小さく感じた、彼女の後ろ姿だったからだ。
「あの人も、由加里お姉ちゃんのお友達なの?意外に多いんだね」
「意外に?」
照美は、眩しさに思わず眉をしかめた。病院というところはどうして必要以上に明るいのだろうと思う。リノリウムの床は常に往来者が映り込むくらいに磨き立てられているし、白い壁や天井は、それに拍車をかけている。
一体、一年で何人が命を落とすのかわからないが、そのような場所でこの明るさはないだろう。もしも、自分の 大事な人が命を落とすことがあって、リノリウムの輝きはどのように映るのだろうか?
そんなことを考えているうちに、由加里の病室が見えた。すかさず、妖精のかわいい耳に囁く。
「西宮さんに飛びつくのよ、もう、怪我はいいんでしょう、きっと、喜ぶと思うよ」
「わかった」
そう言い終わる前に、妖精はドアを開けると、姉を呼びながら走って消えた。
「い、郁子!?や・・・ぁ、何するの?、かい、海崎さん・・・・・・!?」
目まぐるしく知的な美少女の顔は転戦した。
妹への驚きと、上から目線と、そして、奴隷の主人に対する絶対服従の視線である。病室に入った照美は、自分が想像した以上の笑劇(ファルス)を観劇することに成功した。あえて題するならば、麗しい姉妹愛、ということになろうか。
郁子が由加里の腹に乗りかかっている。ジュースを飲んでいたらしく、妖精の頭にカップが逆さまに乗っていた。水の滴る美女ならぬ、美幼女がそこに存在していた。
「由加里おねえちゃんたら、冷たいなあ」
「うっ!?お、お願いだから、すぐに、下りて!」
「冷たいな」
「そうだね、冷たいね、実の妹、それにこんなに可愛らしい妹さんなのに・・・ふふ」
「か、海崎さん・・・・!?」
由加里の目の前に、氷の微笑が存在した。怖ろしいまでに整った顔が、迫ってくる。あたかも、恋人どうしのように、吐息がかかるほどに近づいている。無臭なのがかえっておそろしい。この人は人間ではなくて、死に神がなんかじゃないのか?あるいは、後者が前者に取り憑いて、罰を与えるために、由加里にひどいことをしているのかもしれない。
(・・・・・罰を?)
ここまで考えて、由加里は自分が罪人ではないかという意識に囚われていることに気づいた。
郁子は、なおも罪の意識のない天使の残酷さで、由加里の華奢な身体から下りようとしない。彼女の重量はそのまま、いや、動けばそれは物理の法則に従って加重され、由加里の下半身を直撃する。
「お、お願いだから、い、郁子、下りて!ウウ・・」
「どうしたの?由加里お姉ちゃん、具合がわるいの?」
姉の急変に驚いて、郁子はようやくリノリウムの床に降り立った。
照美はほくそ笑んだ。
由加里は、心底、恐怖を感じている。この人は自分から何もかも奪おうとしている。ならば、いっそのこと殺してくれたらいいのにと、言ってしまいたくなった。しかし、郁子がいる手前、そんなことは言えない。
何があっても、妹に、自分が学校でいじめられていることを知られるわけにはいかないのだ。非常に逆説的な言い方になるが、照美は絶対にそのことを郁子に告げることはあるまい、少なくともそれに関しては安心できる。
「こんにちは、西宮さん」
「こ、こんにちは、海崎さん・・・」
馬鹿げた芝居だと、照美は自嘲せざるをえない。だが、すすんでこのアドリブ猿芝居を楽しもうと思った。たまには木登りが得意でウキウキと鳴くメスザルになるのも悪くない。
サルとは思えないほどに整った美貌を武器に、由加里を精神的に痛め付ける。
「そろそろ、退院できるのよね」
「はい、いえ・・うん」
カクンと由加里は頭を下げた。その様子があまりに不自然なので、郁子は二人の間に何かがあると思ったが、その中身まで洞察できるわけではない。
「これから、あなたの大親友のはるかの試合を見に行くんだけど、言付けはないかしら」
携帯がある時代に、言付けはないよなと、自分で台詞を考えておきながら、あまりの不自然さに吹き出してしまいそうになる。
「由加里お姉ちゃんも、また、テニスをやればいいのよ」
「うるさいな、郁子に関係ないでしょ!?」
思わず、素を出した由加里を興味深く見つめた。そして、彼女がテニスをやっていたことにも関心を持った。
「前に、はるかの試合を見に行ったときにも、もう一度、やってみようかなあって言ってたじゃない」
「・・・!?」
照美は驚いた。自分に対して、あの由加里がこれほどまでに反抗的な表情を示せるとは、夢にも思っていなかったからである。そう思う一方、まだ攻める余地があるのだと、意外な形で安心した。
まだ、いじめ甲斐がある、ということである。こうでないと面白くない、とも、ゲーマの悦びに近い感覚も抱いた。
しかし、そんな挑戦的な表情も一瞬にすぎなかった。すぐに、はにかんだような顔になり、それは照美への恐怖に変わった。しかし、郁子の手前、それを素直に出すことはできない。学校でいじめられているときには、あくまでも、照美やはるかが相手の場合に限るが、悲しいときは、悲しい、苦しいときは、苦しい、と素直に感情に出せるだけにかえって楽だったと、逆説的な言い方もできるのである。
鈴木ゆららが、由加里の元から脱兎のごとく逃げ出した、まさにその瞬間、海崎照美と西宮郁子は携帯電話で通話中だった。
午後9時30分。
因みに、かなり夜も更けているというのに、小学校5年生の少女は戸外を遠くのネオンサインに照らされながら滑り台の上にちょこんと腰掛けていた。塾からの帰り道だが、照美と話すために公園に屯しているのだ。
携帯を彼女が持っていることは、海崎百合恵からの厳命によって、両親には知られないように自宅で使用することはないように躾られている。よって、余計に危険な状況に追い込んでいるわけだが、そこまで考える余裕は百合恵にはなかった。
だが、照美は心配のようだった。
「郁子ちゃん、何処にいるの?まさか、外にいるんじゃないでしょうね」
「うーん、そうだけど・・・・」
「早く帰りなさい・・・明日、一緒に話そう。小学校まで迎えにいくから」
「わかった・・・・、照美お姉さん」
お姉さんと呼ばれる、そのことが照美にとってみればやけに心地良い。妹がいないから、というのは月並みな言い方だが、そういうことを超えて郁子という少女が可愛らしいと思う。護ってやりたい、彼女のためなら何でもやりたくなる、というのは母性本能の萌芽といったら言い過ぎかもしれない。
由加里を心身両面に渡って痛め付けるために、照美は何でもするつもりだったが、さすがに、こういうやり方をすることに対して何も感じないわけにはいかない。だが、由加里に対する憎しみはそれを凌駕するのに充分な熱量を有していた。
一人の少女を破壊するために、彼女の妹すら利用する。そこまで西宮由加里という少女を憎んでいる、ふと気づいたとき、そんな自分に恐怖心すら憶える。だが、もう後戻りはできない。
はるかに電話をかけようとしたとき、彼女からメールが届いた。
「明日、試合だから、別に遊びに来なくても良いよ、ただし、応援しにこなかったら、そんなことはありえないか、地球が滅んでもありえないから、そんなことを想定することすら無意味だよね、じゃ、詳しい情報はこちら・・・」
「あのばか、学校があるんだよ・・・ま、いいか、郁子をつれていくか、学校が終わってから・・」
ひとりごちた内容をメールで送り返すと、ふいに眠気を催したのか、いつものように電灯を点けたままでベッドに転がり沈んだ。
今朝、鈴木ゆららに挨拶しようとしたら、照美は微妙な顔をされたことが気になっていた。授業中もそのことが気になる。たまたま目があっても、逃げるように視線を反らす。いったい、何があったのだ。
その時、ゆららは罪悪感と畏れで悶々としていた。
その対象は、言うまでもなく、照美と由加里である。
いくら憎らしいからと言って、自分はあの由加里という同級生になんということを言ってしまったのか、そして、そのことは同時に大恩人である照美とはるかを裏切ることにもつながる。
いじめられる辛さが、クラスでたったひとりのけ者にされる哀しさが、誰よりもわかっているはずだ。そんな自分が個人的な感情だけでそのような行為に荷担するなどと・・・いや、海崎さんの敵ならばどのような目にあっても良いのだ。あの人を傷付けた人間ならば、どうしようもない人間にちがいない。誰からも後ろ指を指されるにちがいない、このクラスの状況を読めばそんなことはすぐにわかる、しかし、少し、前の自分も同じような立場だった、ならば、あのいじめは正当だったのか・・・・・・。
そこまで考えたとき、高笑いしている、高田と金江のふたりが視野に入ってきた。
あの二人こそ、自分の憎悪を向けるに相応しい人間ではないのか?だが、彼女らが同じ部屋にいる時点で、いや、この地球上で生きていると自覚しただけで、身体が凍りつく。震えが止まらなくなって、吐き気を憶える。
そうならないためには、考えることを止めるという高等技術を会得する必要があった。だが、いざ話しかけられるとそんな決意も揺らいでしまう。
「ゆららちゃん、あいかわらず可愛いわね、小学生みたい」
「金江さんは高校生みたいに大人らしく見えるわよ」
思ってもいない皮肉を軽く投げつけると、とたんに金江の鼻息が荒くなった。目を顰めるわけだ、彼女のすぐ隣に海崎照美が立っていたからだ。
「あら、海崎さん、鋳崎さんは?」
「あいにくとテニスの試合でね。学校をさぼるいい口実を得ているわけだ、もっとも、口実を得なくても学校に来て欲しくない人も、何人か、いるが・・・・・・」
「そうね、その点に関して言えば、あたしも同意だわ」
金江は、おそらく、照美との間に共通了解でできていると思っているにちがいない。一人目は言うまでもなく、 由加里のことだろうが、そのことは周囲の女子たちも異論はない。ただし、美少女は言ったのだ、「何人か」と。
そのことに気づかない極楽とんぼは、金江だけだった。おそらく、後に高田に指摘されて臍を噬むことになるのだろう。
照美以上の毒舌家であるはるかが、いないことに、金江は感謝すべきだったかもしれない。特に機嫌が悪いときなど、言葉を使って人を攻撃することを趣味としているのではないかと誤解させるほどに、マシンガンのように毒がたんまりと塗られた弾丸を所構わずに撃ちまくるからだ。
一方、まさに無限回廊に迷いこんでいたゆららは、照美に救われることによって感情レベルにおいてもあくまでも一時的にではあるが、危機的な状況から脱出することができるのである。
そうなると、やはり、照美に対する、大袈裟に言えば、信仰にも似たまなざしに拍車をかけることになる。照美に関して言えばそのように観られる事になれているので、また、鈴木ゆららという少女に一方ならぬ気持を抱いているために、別に不快な感情を抱くこともない。
他の人間にされることは我慢できなくても、ゆららになら許してもいいような気になる。自分でも、ここまで他人に対して寛容で居られる人間だったのかと、ふしぎに思うくらいなのだ。
金江は尻尾を巻いて逃げたが、このようなことは由加里という獲物を巡っての取引に大変、マイナスになる出来事なのである。分かり易い表現で言うと、借りを与えた、ということになる。しかし、照美にとっては仮にそうであったとしても、ゆららを庇いたくなる。
こんな気持は非常に珍しいことではあった。
だが、ゆららは内心が少しも落ち着かないことに、そわそわしていた。
「私のことをゆららお姉ちゃんって呼ぶのよ」
あんな台詞がいとも簡単に自分の口からついで出たことが、未だに信じられない。あたかも、照美が自分に乗りうつったかのような滑らかさで口と心が動いた。由加里に対して感じた万能感、これが人をいじめるということの快感なのだろうか?
金江や高田が、自分に対して求めたのはこのような麻薬にも似た官能だったのであろうか。
なんという矛盾に充ちた気持だろう。かつて、自分があれほど嫌がったいじめを自分がやっている。しかも、相手はかつて自分に対して危害を加えた人間ではないのだ。単なる、嫉妬心が理由であることを、当時のゆららは理解していなかった。
彼女がどれほど努力しても得られなかった、他人に簡単に好かれるという能力、それは一種の才能だと断じてもいいだろう。あの西宮由加里という人物は、普通に振る舞っているだけでそれを簡単に手に入れた、すくなくとも、ゆららの目にはそう映ったのだ。
羨ましくて堪らない。
いや、そんなことは考えてはいけなかった。もしも、そうしたら完全に自我の危機に陥る。自分が何者で、いったい、何処に立っているのか、そんな人間として、いや、存在してごく基本的な能力ですら、今のゆららには持ち合わせていないような気がするのだ。
一方、照美は思考のフォーカスをゆららから郁子に変更させていた。
授業中ながら、机に入っている携帯に手を出す。郁子は学校に持って行っているはずだ。メールでも送ってみるかと、密かに操作する。その日は、2時半に授業が終わるとは聞いていた。
小学生の女の子の、邪気に充ちた顔が思い浮かぶ。つい、この前まで同じような舞台で遊んでいたとは、とうてい思えないほどに幼い顔つきだった。照美と比較するだけに、余計にそう見えるのかもしれない。
あの子は明らかに照美に対して不満を抱いている。ただし、すぐさまその感情を吐露させるわけにはいかない。 そのことによって、さらに由加里を痛め付けられることはまちがいないが、喫緊の課題は、彼女を学校にまで来させることであって、それにはかなりのエネルギーが必要だと思われる。
由加里はそうとう傷ついている。高田と金江、それに自分たち、彼女が事故に合う直前には、普通のクラスメートたちでさえ知的な美少女に敵意の針を刺し始めていたのである。ちくちくと、鋭い針は、少女の肌に突きささり真皮にまで届き始めていた。
そういう経緯があるので、郁子に自分の敵意に命じられるままに行動されては・・照美としては困るのだ。
生かさず殺さずということを、彼女に理解させるのは難しいにしても、けっして、一線を踏み越えさせてはいけない。由加里が崩壊してしまう。それには、アメとムチのうち、前者を考えなければならないが・・・・。
由加里を殺さない方法として、工藤香奈見というアメを彼女に仕向ける、要するに切り札があるが、当の香奈見がうんと言わない。小学校時代から二人を知るクラスメートたちは、姉妹のように仲が良かったという
だが、中学に上がったころから疎遠になっていったらしい。
その香奈見が重い尻を動かせば、由加里も退院と同時に登校するにちがいない。錨居ないでたまたま出くわした由加里の母親によると、身体的にはほとんど問題はないが、精神的なファクターが深く根を下ろしているとのことだ。
それは姉である冴子の話を裏付けている。
だが、思わず笑いが込み上げてきた。なんとなれば、その理由のもっとも最悪な部分は自分が占めていることは言うまでもない、からだ。はるかがいれば、共に笑い合ったことだろう。往年の時代劇で観られる、勘定奉行と大商人が互いに笑い合うお馴染みの、あのシーンが浮かんできて、また笑いが込み上げてくる。
その時、由加里は新人看護婦に身体を清拭されていた。実は、つい先ほど彼女と入れ替わりに病室を後にした先輩から、この中学生に性的な淫行癖があることを、囁かれていた。しかも、その先輩は、これみよがしに由加里に分かるように目配せしたのである。まるで中学生のいじめのレベルだが、知的な美少女に与えるダメージは少なくない。しかも、まだ20を超えていないと思われる、これは14才にすぎない由加里の視線にしてはおかしいが、あどけない新人看護婦に辱められようとしている。
「入院中もガマンできないんだって?こんなにかわいらしい顔して・・・ふふ」
「ひ・・・・」
抵抗しても無駄なことはわかっていた。だが、ぼろぼろになった自我とプライドを護るために、せめてもの抵抗をしようと心にきめた。看護婦の刺激にいっさい反応しないように食いしばることである。
しかし、訳ありげな看護婦の手が大腿のうちがわに達したとき・・・・・由加里はおもわす声を上げてしまった。
「ぁ」
それは、ウィルスよりも小さかったが、密着していると言って良いほど接近している新人の耳に充分に届く音量を備えている。
「先輩の言う通りに恥ずかしい子みたいね・・ふふ」
「ウウ・」
悔しいことに涙と涎を止めることは出来ない。
「西宮、由加里ちゃんだったわね、そんなにオナニーが好きなの?朝になると、まるでお漏らししたみたいだって、先輩が言っていたわよ、世通り、男が恋しくて耽っている、臭くてたまらないって、ふふ、あなたのお汁はどんな臭いがするのかしら?」
由加里の股間をついに、新人が捉えた。そして、ねちねちとこねくりまわすと、自分の鼻にもっていく。
「ぁぁあ?!すごい臭いだわ。これじゃ、家の人は大変ねえ、病院でこんなぐらいなんだら、家では年から年中、発情しているんでしょうねえ?ふふ・・これから、あなたの担当よ。たっぷり、可愛がってあげるわ、子猫ちゃん!!」
由加里じしんの分泌液で汚れた布で、全身を拭うと、高笑いをしながら病室から姿を消した。
『由加里』のストリーラインを追う作業を行っている。
しかし、なんとまあ、ここまで書いたものだと我ながら感心させられる。当時は、小説を書き始めてまもなく、それに付随する恐ろしさを知らなかった。ただ、がむしゃらに書いていたことが想い出される。
いざ読んでみれば、自分の創り出したキャラの息づかいが蘇ってくる。どういう思いで、彼女らを動かして、そして、彼女らが自分の意思を持ち、そして、動いたのか、昨日のように蘇ってくる。
長大な文章のために、復活がいつのことになるかわからないが、善処したいと思う。
しかし、なんとまあ、ここまで書いたものだと我ながら感心させられる。当時は、小説を書き始めてまもなく、それに付随する恐ろしさを知らなかった。ただ、がむしゃらに書いていたことが想い出される。
いざ読んでみれば、自分の創り出したキャラの息づかいが蘇ってくる。どういう思いで、彼女らを動かして、そして、彼女らが自分の意思を持ち、そして、動いたのか、昨日のように蘇ってくる。
長大な文章のために、復活がいつのことになるかわからないが、善処したいと思う。
お久し振りです。
大変、ご無沙汰していました。
通常の小説の方にかかり切りで、こちらがお留守になっていました。
さいきん、復活しようかなあと、考えています。
プロットの製作からになりますが、今は、思考中の段階です。
じっさいに、上梓できるのはいつになるか、わかりません。
久しぶりに、サイトに足を運んで、未だに100人近くの方が来訪されていることに驚きました。
心して、再びアップできることを目指したいと思います。
通常サイトの方でも、小説を書いていますが、作品に対する哲学、信条はほとんど代わりません。
18禁ではないので、エロは入っていませんが、よろしければお楽しみください。
http://aliceizer.blog24.fc2.com/
大変、ご無沙汰していました。
通常の小説の方にかかり切りで、こちらがお留守になっていました。
さいきん、復活しようかなあと、考えています。
プロットの製作からになりますが、今は、思考中の段階です。
じっさいに、上梓できるのはいつになるか、わかりません。
久しぶりに、サイトに足を運んで、未だに100人近くの方が来訪されていることに驚きました。
心して、再びアップできることを目指したいと思います。
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18禁ではないので、エロは入っていませんが、よろしければお楽しみください。
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『由加里 2年3組名簿、その1』
『由加里21』
女子18名
青木小鳥
麻生珠美
鋳崎はるか・・・・・・・準主役
<海崎照美・・・・・・・・・準主役
海原ゆき
金江礼子
工藤香奈見
佐藤こあら
猿渡百合絵
鈴木ゆらら
高田あみる
西宮由加里 ・・・・・・・・・主人公。
似鳥ぴあの
原崎有紀
藤崎さわ
穂灘(ほなだ)翔子
真野京子
水崎ゆらら
『由加里21』
女子18名
青木小鳥
麻生珠美
鋳崎はるか・・・・・・・準主役
<海崎照美・・・・・・・・・準主役
海原ゆき
金江礼子
工藤香奈見
佐藤こあら
猿渡百合絵
鈴木ゆらら
高田あみる
西宮由加里 ・・・・・・・・・主人公。
似鳥ぴあの
原崎有紀
藤崎さわ
穂灘(ほなだ)翔子
真野京子
水崎ゆらら
「ぁあ・・・や」
自分よりもはるかに劣る、あるいは、そのように見なしてきた相手に性的な慰めを受けるという恥辱に我慢できずに、ゆららの手を解こうと思ったが、もしも、そんなことをしたら友人として彼女を失ってしまうのではないか、由加里はそれが怖くて何も出来ずに、恥ずかしい局所を晒すだけだった。
しかも、照美に縛られた縄じりまでが、顕わになってしまいそうだ。曰く、自分の性器になお、ゆで卵を挿入しているのは、彼女に対する恭順の証、いわば、奴隷の刻印のようなものだ。そんなものをこの小学生のような女の子に探り当てられるほどの屈辱がこの世の中に存在するだろうか。
由加里は悶えるしかない。
「ぃや、いや、もう、やまて、ゆらら、ちゃんぁ・・・あ」
しかし、口で拒否しているだけで、まったく説得力が感じられない。
ゆららは、生まれてはじめて人を支配する悦びを感じていた。もっとも、いったい自分が何に対して快楽を感じているのか、それに対する追求はまだなされていない。
それだけではない。ゆららにとってみれば保護者に比較されうる、照美とはるかのことである。
二人の許可もなしに、このような行動に出ていることに、ゆららは自分でやっていることながら驚いていた。由加里は、赤ちゃんが愛情を求めるように、少女の愛撫を求めていた。
「由加里ちゃん、気持ちいい?」
「ぅ、ハアハア・・・・・はア・・・。」
なおも性器の秘密を追求しようとしない。ゆららは、その秘密を知ってはいけないような気がした。知的な美少女の口から、ごく自然なかたちで、それを知りたいと思った。
「もう、もう、や、やめて・・・・・」
しかし、口を裏腹に由加里の局所はお漏らし状態になっている。滑り気のある粘液が、ゆららの折れそうな手首まで濡らしている。非常階段の錆びた鉄板が、外灯に反射している。
夜も深まっているとはいえ、このような場所で秘所を弄ばれている。それもゆららに秘肉を弄られているのだ。 そのような異常事態が余計に、少女を官能的な領域へと引き込んでいるのかもしれない。
「由加里ちゃん、好きよ、可愛い」
「な・・・」
あたかも、妹に呼び捨てにされるような恥辱感に脳が浸される。しかしながら、圧倒的な孤独が知的な少女をして、ゆららの足下に跪かしせしめたのである。
「ウウ・ウ・・ウ・ウ、本当ぅ?わ、私が、すき・・・って?ゆららちゃん!?」
「本当よ、可愛い・・ふふ」
いつの間にか、ゆららも興奮しはじめた。自らの股間が湿り気を帯びていることにすら気付かないくらいに、ランドセルの少女は行為にのめり込みはじめていた。
だが、大腿に水滴が零れるにあたって、自らの官能を知った。
(嘘・・・・-?!)
自らの股間をまさぐってみて、少女は驚いた。由加里以上に濡れそぼっていたからだ。
このことを知られてはいけないと、直感的にそう思った。由加里のショーツの中に手を入れる。
「いや、ゆららちゃん、それだけは許して!」
「だめよ!」
おそらく、生まれてはじめて他人の要求をはねのけた。由加里は大腿をきつく閉じようとしたが、その間隙をぬって少女の指は由加里の膣をじかにとらまえた。
魚の内臓に触れているような感触が掌ぜんたいに伝わる。
「一体、何を入れているの?由加里ちゃん」
「ぁぁアア・・!?」
「え?卵?ゆで卵!?」
すこしばかり反動力のある柔らかい物質、紛れもない、その感触はゆで卵だ。
激しく抵抗する隙を狙って、それを取り出してみる。まるで産卵直後のそれのように卵は濡れている。外灯に反射して妖しく光る白い球体は、ゆららの目に腐った真珠のように映った。急に由加里が汚らわしいものに思われたのだ。
一方、由加里にしてみれば、乱暴に物体を取り出されたのだ、小陰脚やクリトリスに多大な刺激を受け、苦痛に近い官能を蒙ることになった。
「ぁぁぁあああぅ!?」
「・・・・・・!?」
激しく震える少女。あきらかに絶頂を迎えているのだが。性に対する知識が乏しい少女には、巨大な海鼠が胎児を産んでいるようにしか見えない。
「きもちわるい・・・・」
「はあ、はあ、ゆ、ゆららちゃん・・・ひどい・・・!?うう・う・」
両手で顔を覆って激しく泣きじゃくる。そんな由加里を見ているうちに、かつての自分を思い出した。
卵を持ったまま由加里を抱き締めた。そうすることで、無意識のうちに由加里を優越したいという気持を内包しているが、本人はもちろん、それに気付いていない。
由加里は泣きながら、しかし、どうやって卵を取り返そうかと模索していた。照美の怖ろしくもキレイな顔が光る。
だが、手に届きそうなところにあったゆららという友人をも、取り返そうとしていた。もう、あのような孤独はもうご免だ。ひとりでもいいから、確かな友人がほしい。少しばかり、相手を傷付けても「ごめんね」の一言で回復できる友情がほしくてたまらない。
「お願いだから、そ、そんなこといわないで!ぇぇぇぇェェ」
「ゆ、由加里ちゃん・・・・・」
思わず、立ち上がったゆららの下半身に抱きつく由加里。ゆららは自分の股間が濡れていることに気付かれるのではないかと、気が気でない。
だが、自分の足下で泣きじゃくる小さな妹か愛玩動物のような由加里に、ゆららはまんざらでもない気持を抱いていた。そんな小学生のような少女の胸にとんでもないことが去来した。
「じゃあ、私のことお姉さんって呼べる」
「え!?」
青天の霹靂のような言葉に、一瞬、知的な美少女は言葉を失った。もはや瓦礫となった都市が核攻撃を受けるようなものだ。
「ゆららちゃん」
「そうじゃないよ、ゆららお姉ちゃんよ。二人で会うときは必ずそう呼ぶのよ」
ぐずぐずと泣き続ける由加里は、自分の顔をみることができないが、自分がとんでもないことになっていることを予想できる。
既に選択の余地はない。
「ゆ、ゆららお姉ちゃん・・・・ウウ」
「可愛いよ、由加里ちゃん」
暗がりの中でも、由加里は抜け目がなかった。それよりも、照美にたいする恐怖感がそうさせたのだろうか。思わず、落としてしまったゆで卵を摑むとポッケに入れる。そうしながら、なお、ゆららの下半身に身を委ねている。
ゆららは、由加里の二重性について疑いもしなかった。ただ、可愛らしい女の子にしか見えなかったのである。そうすることで、かつて自分が受けた心のキズを癒していることにはさらに気付きようがなかった。
そんな幼い少女に身を委ねることでしか、狂おしい孤独を癒す方法を由加里は見つけられない。まるで赤ちゃんが母親にもとめるように愛情を求めた。いつしか、小学生のような小さな膝を枕にして、猫のように丸くなっていた。
言うまでもなく、とろけそうなほどに性器を濡らして喘ぎ回る姿は、単なる幼児となんら変わらない。
「かわいい・・・」
「ウ・ウ・ウ・・ウウウウウ・・ウ・ウうう?!」
深海の底に身を沈めてしまいたくなる恥辱の中で、由加里はなおも官能の疼きを求めずにはいられない。秘肉を弄ばれながら、ハマグリを肥え太らせながら、知的な美少女はなおも啼き続ける。
惨めだった。あまりにも惨めとしか表現できない。何と、この少女はいかに感情の渦に自我が巻き込まれようとも、心の何処かに理性の星が輝きをなくすことがないのである。換言すれば、脳内仮想RAMを維持しているようなものである。
由加里は思う。簡単に狂ってしまえる人間は幸せだと、何処かの本で読んだのだが、それは鋳崎はるかが貸与した猥褻な図書の中に挟まっていたのかもしれない、その中に、発狂とはそもそも精神のブレーカーが下りたことを意味する、よって、完全なる自己保全なのである、とあった。
・・・・どうして、狂うことができないの!?
消え入りたいほどの恥辱と惨めさに、由加里は思わず呻いた。しかし、口から出ることばは、それとは裏腹に、同級生に救いを求める言葉だった。
「はあ・・・ぁぁ、あ、ゆらら・・ゆららお姉さん・・ウウ・ウ・ウウ、うう、お、お願い、ゆ、由加里を嫌わないでぇぇぇえ・・・!」
かつて、幼いころ、少女は一人称の代わりに「由加里」を使用することを母親にきつく戒められたことがある。 少女の自我の大部分はその時代に退行していたのである。
だが、ゆららを実の姉である冴子と混同しなかったあたり、彼女が理性を維持している証左だろう。だが、この時、本質的な意味において、由加里は、ゆららを擬似的な母親と見なしていたのである。赤ちゃんがそうするように、被虐のヒロインは彼女に母性の片鱗を求めていた。
危うく、「ママ・・」と発生しそうになった。
それが、知的な少女の理性を完全に目覚めさせた。
「い、いや、ゆららちゃん!」
「・・・由加里!」
由加里は、いや、ゆらら本人ですら予想できない事態が起こった。ゆららの平手打ちが少女を襲ったのだ。怖ろしく研がれた鎌が振り下ろされたように、知的な美少女は感じた。顔が半分に切り裂かれたような痛みを憶えた。
その痛みと恐怖感は、彼女が置かれている筆舌に尽くしがたい恥辱を如実に表しているのだろう。
一方、ゆららは、今の今まで由加里の性器を弄んでいた手を使ったのだが、自分がカメレオンのように変わってしまったことに、今更ながらに気付いた。
「ゆ、由加里ちゃん・・・・・私ったら」
「・・・・・・・・」
声もなく泣き崩れる由加里に、小さな中学生は何もすることができない。ただ、呆然と見下ろすだけだった。その時、非常出口の向こうから、死に神の鎌のような女性の声が響いた。
「そこに誰かいるのですか?警察を呼びますよ」
「・・・・!?」
その声を聴いた途端に、ゆららは脱兎のごとく逃げ出した。友人を見返える余裕もなく、ひと滴(しずく)を残しながら、非常階段を駆け下りると病院の外まで逃げ出した。その滴は、由加里への、いや、他人に対する嗜虐の悦びを生まれて始めて知った、いわゆる記念碑とでもいうべき液体だった。その液体の別名は愛液、医学的には、膣分泌液とも呼ばれるらしい。
看護婦、野上怜夏に陵辱された由加里は、その夜、鈴木ゆららと電話のやり取りをやっていた。午後十時をすぎて、すでに消灯時間となっていたので、密かに非常階段に隠れて行っている。
「ゆららちゃん、お願い、会いに来て・・・ウウ」
既に、相手の都合を気遣う余裕はなくなっていた。知的な美少女の精神はそこまでぼろぼろになっている。
「・・・」
ゆららは、時計を視て、一瞬だけ沈黙した後に諒と回答した。
既に門は閉まっているので、裏門から入らねばならない。そこから非常階段が見えるとのことだ。
因みに、母親は工場で夜勤のために家はからっぽになる。だが、突然、電話がかかってこないとも言い切れない。
「仕方ないか・・・・」
少女は、手を洗うと夜の街に飛び込んだ。実は、さいきん憶えはじめたオナニーに耽っていたのである。少女にとってみれば、それは怖ろしい秘密だった。偶然、入浴中に性器の周囲を洗っているうちに不思議な感覚に気付いたのである。
性器の特定の部分を刺激すると気持ちいいことを憶えた。いや、最初は、それが快感であることにすら知らなかった。ただ、少し触れるだけで全身が震えるような気がする。それは今まで少女が感じたことがない感覚だった。 苦痛でもなければ、単純に気持ちいいわけではない。
さらに不思議なことは、自室で触れているとしだいに局所が湿り気を帯びることだった。怖い物見たさで鏡に自分の股間を写してみた。母親に気付かれないように、まっくらな部屋で少女は懐中電灯の明かりを頼りに、局所を調べた。
すると、尿が排泄される穴とは別の穴があり、あるいは、豆粒のようなものが存在して、そこが苦痛でもない、 あるいは、単純な快感でもない、そんな奇妙な感覚の源泉であることを知ったのである。その時は、母親が呼ぶ声に邪魔されてその時点で終わってしまったが、それから定期的にこの行為に耽るようになった。
そして、それが快感に変わるのは時間の問題だった。だが、本当におそろしいことはオナニーの最中に起こった。それは、自分が悶えているとき、特定の映像が浮かんでくることだった。
教室で、高田や金江たちにいじめられている映像が決まって、少女を襲うのだった。惨めな慰みものになっている、そんな自分が、得も言われぬ快感と同居するのだ。
夜の街を自転車で走っていると、さきほどまでいじめていた性器の辺りが刺激されて、なお自慰を続行しているような気分に陥る。
「ウウ・ウ・ウ、あ、あ!!」
「危ない!何処を見ていやがる!!」
怒鳴り散らしてきたのは、トラックの運転手ではない、高そうなスポーツカーである。こんな時間のためにゆららを怒鳴った男の顔を確認したわけではないが、いわゆるイケメンと呼ばれる優男のような気がする。
「痛ッ・・・・!?」
危うく転ぶことは免れたが、大腿をハンドルにしたたかに打ち付けて、苦痛に眉を顰める結果となった。
性的な官能など何処かに飛んでいってしまった。
とにかく、病院まで急がないといけない。さらに自転車を漕ぐと、病院の裏口が見えた。同時に非常階段が見える。相当大きい病院だが、裏口はそんなに大きくない。
「気持ち悪いな・・・・」
ゆららの感想通り、まるで廃病院を思わせる外観は、肝試しにでも使われそうな不気味さを醸し出している。しかし、今までそんな趣向に誘ってくれる友人がいなかったことも、また確かなことだ。それを思うと別の意味で寂寥感に胸が痛む。
「海崎さん、鋳崎さん・・・・・」
つかさず、新しい友人の名前を呪文のように繰り返してみる。ファーストネームで呼んでいいと言われているのに、そんな風に読んでいることじたい、心の奥底では信用していないのだが、表層意識は自分の中に取り込もうと何とか努力しているようだ。
桃の誓いだったか、自分の知らないことを幾らでも知っているあの人たちの庇護を受けられるならばなんでもできるような気がする。もう、以前のような身分にはけっして戻りたくない、何としても!
非常階段に近づくとゆららは、すすり泣く声を聞いた。幽霊かと怖れたが、すぐに西宮由加里だとわかった。
知らない人間が見たら、10人のうち、9人がこの世のいきものだと見なさなかったにちがいない。それほどまでに惨めったらしく見えた。
「ゆ、ゆららちゃん!!」
「ゆ、由加里ちゃん、危ない!」
ゆららを認めた瞬間に、立とうとした知的な美少女は危うく階段から転げ落ちそうになった。だが、すんでのところで、ゆららに受け止められた。小さな身体で由加里を抱き締めた。その身体は驚くほどに冷たい。夏を予感させる生暖かい夜なのに、少女の身体は雪道を何時間も歩き続けたかのようだ。
「とにかく、座って」
「ウウ・ウ・・ウ、うん」
ゆららの腕に冷たいものが落ちた。雨が降り出したのかと思ったが、由加里の涙だった。携帯の照明で彼女の顔をみようとする。
「ぁぁ、み、見ないで、こんな顔、いや」
さらに激しく泣き続ける由加里の横に座ろうとする。身体が密着すると、彼女の哀しいきもちが伝わってくるように思えた。
「友だちなのに?」
ゆららの何気ない一言が、さらなる号泣を呼ぶとは想像できなかった。
「と・ともだち?ぁ・・・ウウウウ!!」
惚けたようにそう言うと激しく泣き出した。膝に顔を埋めて身体を尋常ではない動きで振動させている。これが煌びやかだった西宮由加里だとでも言うのだろうか。たくさんの友だちに囲まれて、きら星のように輝いていた知的な美少女だとでも言うのだろうか?
ゆららはふいに優しい心に自我を委ねようとした。しかし、次の瞬間には、ふたりの恩人を思い浮かべていた。
(ここで怪我をさせるわけにはいかないのよ!新学期までに登校させないと!)
「ゆららちゃん、お願い、助けて・・・・ウウ・ウ」
「由加里ちゃん、私だけじゃないよ、クラスのみんなが味方だよ。もう大丈夫、いじめられないって」
誰かに対して「いじめられている」という言葉を使うのは優越感を伴っていたが、まだ、彼女はそれを意識していない。哀れなことに、この小学生じみた少女は、優越感という概念そのものが理解できないのだ。
だが、それを罷り成りにも経験しはじめている。もっとも、それを意識したとき、彼女の優しすぎる感性は途方もない自己嫌悪に陥るだろうが、それはまだ先のことである。
「これ以上、ウウ・・うう、この病院にいたら、ウウ・・殺されちゃうよ!助けて、友だちでしょ?」
由加里は、阿鼻叫喚の地獄に叩き落とされた亡者のように、泣き叫ぶ。経験者であるゆららはぴんときた。
「由加里ちゃん、まさか、病院でもいじめられているの?」
「ウウ・ウ・・ウ・うう?!」
一体、どういう関係性で病院という場所において、いじめという現象が起こりえるのか、ゆららは訝ったが、院内学級というものがあると聞くので、あり得ないこともないと勝手に納得した。
由加里は、一方、自分がいじめられていることを認める、そんな劣等感を抱いたことが亡かった。誰からも愛され、尊敬されている、少なくとも、彼女じしんはそう思って疑ったことがない、そのような彼女からすれば想像以上に屈辱なのだ。
「・・・・」
黙って首を振った。夥しい涙が宙を舞う。その一粒、一粒に、ちゃんと温度があって、由加里の哀しい気持が溜め込まれていると思うと、ゆららはたまらない気持になった。しかし、同時に、先ほど書いた優越感、それは嗜虐心にちかいものだったかもしれない、そのようなきぶんを高揚させたのである。
「・・・ウウ・ウ・・ウ・!!」
「・・・??」
さらに由加里が身体を密着させてくる。滑り気を残した性器がよじれる。ぐみゅという音が彼女の耳にまで達するかと思うと、顔が紅潮する。
「ど、どうしてこんなことに・・・・ウウ」
「どんなことをされたの?誰に?」
まさか、事実を打ち明けるわけにはいかない。だが、都合のいい作り話も浮かんでこない。自分から呼び出しておきながら、急に横に座っている小学生のような同級生が憎らしくなった。
「お、お願いだから、それ以上、聞かないで!」
「ねえ、由加里ちゃん・・・」
ゆららは、自分からその小さな身体をすり寄せてみた。
「うう・・」
まるで熟れた柿のように柔らかかった。これ以上、すこしでも力を入れたならば、簡単につぶれてしまうかのように思われた。だが、ここで力を抜くわけにはいかない。
だが、どうしてそんなことをしようと思い立ったのか、今でもわからない。鈴木ゆららという少女が生きてきた歴史のなかで、とうてい考えられないほどに大胆な行動だったのだ。
「由加里ちゃん、ここに触れるとヘンな感じになるって知ってる?」
「きゃ・・・」
おもむろに股間を触れられた知的な美少女は、幼女のように呻いた。
「いや・・な、何を?!」
咄嗟に何が起こったのか、自分の身体が何に触れられてどんな反応したのか、全く理解できなかった、いや、理解したくなかった。自分よりもはるかに劣ると無意識のうちに見なしていた相手に慰められている、いや、それ以上の行為をされようとしている、その事実に、少女じしん、気付かなかった自尊心が悲鳴を上げたのだ。
「さ、触らないで・・・・・」
「え?濡れてる・・・・それに、何か・・・何?これ」
ゆららは、下着の上からでもわかるくらいに、由加里の性器は濡れそぼっている。そして、その中に何かが入っていることにも気付いた。
この小さな女の子に、下半身の恥ずかしい秘密を知られてしまう。照美によって、見えない鎖に縛られた汚らわしい器官が丸見えになってしまう。
「お、お願いだから、もう、やめ、やめ・・・ウウウ!?」
由加里の抵抗は明かに形だけに、小さな女の子には思えた。しかし、それは自尊心の最後の砦であることには気付きようがない。幼女のように泣き壊れる同級生の内心などに思いを馳せる余裕は、当のゆららにもなかったのである。
憶えたばかりのサディズムの悦び、それを悦びだとみなすだけの精神が発達していなかった。
「ぁぁあぅ・・・ぁぁ、ゆ、ゆららちゃん」
夜、小鳥が囀る。
誰もそれを聞かない。