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主人公はu15の少女たち。 主な内容はいじめ文学。このサイトはアダルトコンテンツを含みます。18歳以下はただちに退去してください。
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『凶状持ちの少女、あるいは犬~新しい飼い主1』

 「かわいいな、ねえ、伯母さん、どうしてカーディガンで隠してるの?」
「柿生、伯母さん、忙しいから話はあとにしてほしいんだけど、あんたのお母さんのところにも寄りたいし・・」
「じゃあ、乗せてってよ!」
 先生が何故に素っ気ない態度を、柿生と呼ばれた姪に示すのか、少女はベールの中で固唾をのんで待っていた。
あたかもこれから百叩きにあう罪人のような気分だ。時代劇は好きでいつのテレビで視聴していて、最近は数少なくなったのを残念に思っていたほどだ。番組名は忘れたが定番の時代劇で、罪人が順々に刑罰を受けるシーンがあったが、実際に叩かれている本人よりも待っている方に少女は注視していた。
当時、すでに学校ではいじめられる身分に墜ちていたが、ちょうどいじめが頂点に達したときで、ほかのクラスのいじめられっ子と同時に辱めを受けることがあった。目の前で彼女が殴られたり、唾を吐かれたりするのをみると、過去の同じような体験が由来しているのか、彼女自身も同じ目にあっているような気分になったものだ。
それゆえに罪人の気持ちがわかったのである。
 さて、べつにみずなの前で誰かが痛めつけられているわけじゃない。しかしこの柿生と呼ばれる女子高生を見て、そんな風に感じるのはどうしたことだろう?伯母に似てかなりの美貌である。一族の血というものを争えないようだ。いつの間にか彼女の二人の友人はいなくなっていた。彼女たちと一緒にいたときは好意を持てずにいたが、一人になると不思議なことに何かが輝きだした。この人ならばいっしょにいてもいいと思える。
 先生も、二人がいなくなったとたんに態度をかえた。
「じゃあ、後ろの席に乗りなさい」
「ねえ、伯母さん、この子を抱いて後ろで座っていい?」
「事故が起きたときシートベルトの方がはるかに安全なのよ・・・仕方ないわね」
 文句を言いながらもベルトを外し始めた。そして柿生が抱き上げるとなぜか声を荒げた。彼女が、みずなを可愛がる暇も与えずに車の中に入るように急かした。
「変な伯母さん・・え?この子って・・まさか」
 車上の人になって、改めてみずなの全身を視界に収めた柿生は、黄色い声を上げた。しかしさきほど友人たちと一緒に出した、どこか演技めいた軽い声とはどこか違う。
「この子って、あの指名手配されてた・・・」
 みずなは女子校生の制服を地肌に感じながら、その言葉に驚いた。この世界では犬が指名手配されるのか?
「わかったら、カーテンを閉めて・・」
 ガムを口に放り込むと、先生はエンジンを踏み込んでハンドルを回す。
「もしかして、殺処分しなくてすんだの?」
「そんなところだ。名前はわかってるわね」
「カコ、カコちゃんっていうの?」
 おそらく神は似たような容器をこの二人に与えたにちがいない。中身が違うとこれほどまでに外見が異なるものか。姪は、とても女子高生、少なくともみずなよりも年上とは思えない容貌を少女の目の上で晒していた。大きな瞳には涙すら浮かべている。
 「この子、本当にかわいいね」
 先生の声がかぶさる。外形と同じように声質もかなり近似値を示している。
「怖くないのか?」
「どうしてこんないい子にあったことないよ」
 女性獣医はとつぜん話題をかえた。
「まだあの子たちと付き合っているの?」
「ちゃんと仲直りしたって・・・・伯母さんも心配性なんだから」
 みずなは、女子高生に抱かれながら自分に近いものを制服越しに伝わってくるのを感じた。中の肉体が泣いている。どうしたことだろう?変な言い方になるとおもうが、匂いが落涙しているのだ。少女は人間だったときに何かの小説で読んだことを思い出した。
 犬は感情表現を匂いで行う。
 しかしこの女子高生が人間であることは明白だ。もしかしたらその小説の記述は、哺乳類はすべからく匂いでコミュニケーションするとすれば正解なのかもしれない。人間が弁物の霊長だという考えは人間の驕りなのかもしれないと思えてきた。
 おそらく人間にも備わっていた能力なのかもしれないが、文明のせいで退化してしまったのかもしれない。
 哲学思考は、しかし、少女の性器に忍び込んできた女子高生の指によって途絶されられた。どうやら、この世界では犬を可愛がる方法としてごく普通の方法、いわば、かつて自分がいた世界では、当たり前に犬の頭を撫でていたように、彼女は自分に対して愛情表現を行っているのだろうな。
 もしかしたらあの犬たちは迷惑だったかもしれない。いつもの街角で少女が近づくとしっぽを振って近づいてきたが、本当は慕われていなかったのかもしれない。ただ、何等かの欲求があって接近してきただけ、ということもありうる。自分ははたして犬たちを一個の存在として扱っていただろうか?
 ひっしに哲学思考を脳に強制することによって、官能から逃げようとする。
「この子、ものすごい濡れるよ、とてもさみしかったんだ」
「・・・・・・・」
 柿生は、顔を近づけてくる。
 本当に彼女は自分が好きなんだ。身体に押し付けてくる鼻梁から伝わってくる匂いがそう言っている。もしかして自分が犬になったのならば匂いによって意思を発信することができるかもしれない。受信はできるのだ。しかしどうやればいいのだろう。
 せいぜいで、くぅおんくぅおんと悲しい鳴き声を上げるだけだ。
「伯母さん、この子、悲しんでるよ、具合が悪いのかな?」
「私は腐っても獣医だよ」
 たまたま信号が赤を告げていたので、先生は背後を注視する機会を得た。彼女の冷たいまなざしはやはり獣医のものだ。人間の医師とそれほど変わるものではない。
「柿生、私たちがいじめたと言いたげな顔ね。獣医になるためにはどれほど、動物好きの魂を殺さないといけないのか、獣医大に行った人間じゃないとわからないわよね・・」
「そんな風には思わないけど・・・この子、ものすごいふるえてる・・」
 少女の胸もとはとても温かった。彼女は、胸を押し付けてくる。少女は涙を内に流していた。自尊心よりも何よりも、この温度をこそ求めていたのだ。教室にいるクラスメートは当然のこと、とたんに過った眞子の横顔は意識の力で無意識の底なし沼に押し込めて、家族たちすら少女が学校でどんな目にあっているのか、想像すらしてくれなかった。昔と変わらずに楽しくやっていると疑っていなかったのだ。

 車が到着したのは、桐野獣医と銘打たれた、小さなクリニックの前だった。小ぶりな建物だが、建築家の品の良さが見る人に伝わってくる。
 玄関には診療終了のプラカードが掲げられているが、先生はノックもせずに入ろうとする。しかし柿生がみずなを抱いたままぐずぐずしていると、踵を返して叱った。
「はやく、中に入りなさい。見られたら、どうするの?!」
 先ほどよりも厳しい言いように、女子高生は身をすくめる。
 中に入ると、あきらかに二人の血縁者であるという顔の女性が、服を白衣を脱ごうしているところだった。
「あいにくと、診療は終わったんでね、緊急でなければ明日にしてもらいましょうか」
「このキレイな顔に住んでいる虫のクリちゃんが病気で、ぜひとも先生に観ていただきたくまかり越した所存で・・」と美貌を先生は差し出す。
 どこの家の姉妹や兄弟でもそうだが、その家、あるいは個人同志に特異なやりとりがあるもので、部外者にとってみれば単なる漫才にしかみえない。しかしながら、少女は、それを見せつけられると、思わず自分の妹や家族のことが思い出されて、思わず涙が眼窩に溜まっていくのだった。
「冗談は置いて、置いて、だ」
「冗談じゃないぞ、柿生、だれでも人の肌には微小な虫が住んでいるんだぞ、柿生、あんたの顔だって例外じゃない」
「桃子、いつまで続けるつもりかしら?」
「最初に始めたのは姉貴だと思うが、私が生まれた日にね、それはともかく、本題に入ろうか」と言って、みずなを姪から渡されると、姉に渡した。
「カコ、今度、新しく来た子だ」
「マンションで飼うつもりなの?プラナは難しい犬だけど?」
 診療台に上げられたみずなは、かつて先生がしたような、いわゆる医師の冷たい目でくまなく身体を調べられた。
「ゥクぅあぁあ・・ぁ」
 やはり、性器への侵入は避けられなかった。この世界においてはどうするにしても、人間の犬へのアプローチはこれなしにはありえないようだ。しかし思わず腰が抜ける。ゴム手袋と装着した指は、性器がそれに吸い付くようでより大きな刺激が襲ってくる。
「ふうん、小陰脚、陰核、大陰脚、いずれも問題なし。予防注射を打つから、ちゃんと支払ってよ」
「あのなあ、姉貴、もう気づいてるんだろ?」
「なにが?」
 先生の声に促されるように周囲を見回すと、みずなの目に飛び込んできたものは、少女に瞬きを忘れさせるくらいの衝撃を持ち合わせていた。
 それは少女がよつんばいにさせられた格好を、正面と横からそれぞれ映した写真だった。殺傷事件を起こした犬という記述が、みるひとに緊急注意を促している。それはいいのだが、あれはあきらかに犬ではなく人間の女の子ではないか?だれも疑問に思わないのか?集団で渡れば赤も怖くない、という言い方はいじめを一言で表しているというが、しょせん、どんな荒唐無稽なことでも多数派になれば、それが真実になるのか?この世界すべてが寄ってたかって少女をいじめているような気分になってきた。
 先生は、そういう空気の片棒どころか、主柱を担いでいるような顔して言った。
「姉貴も人が悪いな、何もかもわかってるくせに」 
「どういうつもりなのかわからないが・・・・」
 この病院の支配者は、薄氷が覆う川を歩いて渡るように、何かを確かめながら口を開いたが、妹がその口をふさいだ。
「そこまでわかってるなら、何も言わないでくれ」
「わかったわ、あなたがそこまでいうなら、お姉さんは何も言わない」
 注射の用意をしながら、彼女は言い終えた。
 だが、すぐに気が変わったようで、奥の部屋に行くべく背中をむけた妹に言葉を投げかけた。
「そうだわ、月に一回くらいここに連れてきなさいよ、桃子。お姉さんの修士論文は犬の凶暴性について、だったこと忘れないでね」
「ああ、わかった」

テーマ:官能小説 - ジャンル:アダルト

『凶状もちの少女、あるいは犬~保健所5』
  みずなは晴れて先生の飼い犬となって保健所を無事脱出することができそうである。しかし予断は許されない。
 真夏が近いというのにコンクリートに囲まれている故に、他所との温度差からそれほど気温が低くないのに薄ら寒さを感じる。おそらく精神的な冷房効果だろう。
ここは施設の地下駐車場である。早く車に入って出発してほしい。そうでないと安心できない。すぐにでも自分がカコだとばれて、死刑、いや処理のために係員が彼女を捕まえにくるとも叶わない。
少女は、先生こと桐原桃子がその執行者であることを知らない。いま、自分を戒める服から連結した紐を握っているのが、いままで何頭も犬や猫を殺処分してきた張本人だと知らない。あるいは自分をそうする可能性すら否定できないことにも気づいてない。
室内から駐車場に出ると、そこが地下にあるとはいえ、外気を感じずにはいられない。少女にはそれが人の目にみえる。一般大衆という意味だけでなく、家族や、親友である眞子、それだけでなく、今は泉下の人となった諏訪良子や伊豆頼子、その他、自分をさんざんいじめ苛んで笑っていたクラスメートたち、そういう人たちの視線が熱を帯びた風に思えてくるのだ。

 犬のように紐で引かれるのには馴れない。先生は、胴輪と首輪が連結したタイプを着させてくれた。紐を通じて完全に彼女によって支配されるのは気持ちのいいことではない。女性獣医を好きになれないというのではない。むしろ、愛情に近いものを感じ始めているが、いやそういう相手だからこそ、主従の関係になるのはいやなのだ。
 もしも人間だったころに接していたら、いい友人になれたかもしれない。そう思うとやり切れない気持ちになる。それに全裸でこれから町に出ると思うと想像しただけで顔が熱を帯びて真っ赤になる。
 全裸にされたうえ、よつんばいで犬のように他人に引かれる、人間として生まれた以上、このような体験を生涯に一回でもする人は希少だろう。彼女はしかし、人間だったころに毎日のようにそのような過酷で屈辱的な体験を毎日のようにさせられていたのだ。
 少女が事件を起こす寸前には諏訪良子によって犬にされていた。
 雄犬のように足を上げて放尿することを暴力で強制された。もちろん、全裸にされたうえのでのことである。
「頼子、それって雄犬がやることよ、これは雌じゃない!」
「きゃはははははは!!」
 先生にやさしく紐で引かれても、その時のクラスメートの笑い声が耳の中で木霊する。決められた器から少しでも外にこぼれると、おもいっきり紐を引かれて首輪が閉まって、呼吸ができなくなって咳き込んだ。
 そんなに人が苦しむのを見てうれしいのか、みずなの哀れな姿をみながらクラスメートたちはおなかを抱えて笑い転げていた。 
 もしかしたら、良子を絞殺したのは、無意識のうちに自分が味わった苦しみを彼女にも報いてやろうと考えた結果かもしれない・・・・。
 そんなことを思い出しつつ駐車場に入った。もしも、かつてのように内側にではなく、外に涙を流すことができたならば、コンクリートの灰色の床に黒々とした点が、少女の足元ならぬ胸もとにいくつもできたのであろう。
 コンクリートは氷のように冷たかった。両手と膝が凍るように思えた。早くそこから脱出することしか考えていなかった。ここでなければどこでもいい。保健所の建物の中はさすがにいやだが、外ならばどこでもいい。たとえ、諏訪良子は・・・・もういない。これから連行される先が、伊豆頼子が支配する教室でもいいと、さえ思える。それほどまでにこの空間は寒々しい。
 しかし先生の紐の引き方はすこぶるやさしかった。諏訪良子や伊豆頼子たちと比較にならない。
「今度、ちゃんとカコちゃんに合うものを買ってあげるから今はこれで我慢してね」
 その程度のやさしい言葉に涙する自分がいやだったが、まるで雪山を何時間も遭難した先にやっと温泉をみつけた登山家のような気分だった。まさにこの美しい女性獣医は少女にとって温泉以外の何ものでもなかった。しかしながら冷泉である可能性を彼女は洞察できなかった。だが、仮にそうであっても雪が降りしきる零下の山と比較すれば、温水であると勘違いしてもおかしくない。

 先生の車は赤いワゴン車だった。車のことに詳しくもないし、または興味もない少女にはそれ以上のことはわからない。だが、色はわかるので、自分は犬ではないと自分を無理やりになっとくさせる。
 だが、ミラー見た途端に赤面した。
 そこには、かつてネットで間違ってみてしまった、18禁サイトのSM画像のヒロインのような自分が写っていた。たしかに少女はまだ自分が人間であることは確認ができた。それはいい。
しかし、思春期に入りたての少女にとって、あられもない姿は涙を誘う。思い切って逃げ出したくなったが、車の外に彼女が行く場所はない。
 先生は、そんな少女の気も知らずに話しかけてくる。
「あなたはジュリアと呼ばれていたらしいわ、カコ」
 彼女は、みずなを助手席に置いて、犬用のシートベルトを少女に着用する。その間、桃子がお気に入りのコロンの匂いを嗅ぎながら彼女に対する愛情を深めながら、気づくことがあった。そうだ。あの時、自分の代わりに檻につながれた犬だ。ジュリアという名前だったのか。
「ジュリアはどうなったんですか?先生」
「え?きついかしら?家まで30分ほどだから我慢してね、道路事情にもよるけど」
 やはり、少女の言葉が通じたと思ったのは勘違いらしい。
「ほら、元気がないわよ!」
「ぁぁぐうぅう!?」
 先生の指が少女の性器に食い込む。
「もっと、撫でやすい胴輪を買わないとね、おしゃれは後のお楽しみにしましょう、カコ」
 まるでふつうに人が犬を可愛がるために頭を撫でるような要領で性器に手を伸ばしてくる。まるで数分もの間、局所を弄ばれたような気がした。やっとのことで解放されると同時にエンジン音の振動が直に身体に伝わってきた。
 彼女の運転する車は地下から地上へと勢いよく滑り出す。
 久しぶりにシャバに出たような気がする。ひさしぶりに太陽にお目見えするような気がする。かつて、少女が行き交った町と寸分変わらない。保健所がある場所は少女たち中学生が遊ぶにはうってつけだった。近場に駅があるのだが、かつては、それはさすがに昔から仲の悪かった諏訪良子とはなかったが、彼女の腹心だった伊豆頼子とは連れだって遊びに来たこともある町だ。この建物があることが存在することは見知っていたが、よもや自分がかかわることになろうとは夢にも思っていなかった。
 ほぼ本能的に身を低くする。
 いま、午後四時、それでも休日ではないから同じ中学の生徒がここまで出張ってくることはありえない。だが視界に入った、彼女がかつて通っていた学校の制服に似た高校生らしき団体が車に近づいてきたのだ。
 少女たちは信号が赤なのをいいことに接近してきて、車の中を覗き込んでくる。
「まずいわね・・・」 
 とっさに先生は、そばにあったカーディガンを少女にかけた。まさか、自分の考えをわかってくれているのだろうか?
 だが、彼女は残酷にも窓を開けた。そして、こともあろうに少女たちに離れるようにいって車を路肩に寄せたのだ。
「ぃいやあ・・・」
 少女は思わず頭を隠そうと頭をシートに押し付けようとするが、あいにく意図通りにはならない。むしろ、ばねの反動によって戻されてしまう。
 少女たちの一人の発言にみずなは心臓が止まる思いをさせられることになる。
「おばさん、新しい子なの?なんだか元気がないみたい」
 しかも少女を驚愕させたのは少女、いや少女たちの手がこぞって彼女の局所に向かってきたからだ。
「ぃいやああああ!やめてぇええ!!」
 思わず、背骨をエビぞりにして反応する少女。それを喜んでいると勘違いした少女がさらに奥に指を侵入させてくる。そしてこともあろうに彼女を抱き上げて頬ずりを始めたのだ。まるで衆人環視の中で強姦されているような、そんな感覚が肌に纏わりついてくる。
「た、助けてぇえええ!!」
 先生に向かって叫ぶと、やはり感情は通じるのか、彼女も車から出てきた。
「どうしたの?あらあら?」
 彼女に抱き留められると、その身体に纏わりついておいおいと泣きはじめた。全身が恐怖のために引きつっている。
 少女たちもみずなの異変に気付き始めたようだ。性器から指を離した。
 しかし、彼女にとって耐えがたいことを言い出したのだ。
「この子、こんなに濡らしてるわよ」
「糸を引いてるじゃない」
「こんなに嫌がってるのにどうしたわけかしら?」
 それらの言葉は、教室にて全裸にされて局所を衆人環視にされたうえに、唾とともに吐きかけられた言葉たちである。
 そのおぞましい言葉を、この女子高生たちは無邪気な笑いを浮かべて言っているのだ。しかし思い出してみれば、いじめっ子たちも同じような表情だったかもしれない。ふつうに考えたらありえないことを実行しながら、あの子たちは小学生が見せるような無邪気な笑顔を振りまいていた。怒りの形相で睨み付けられるよりも、少女ははるかに身の毛がよだったものである。
 いくら耳をふさいでも少女たちの黄色い声は、みずなの耳に入り込んでくる。彼女たちは自分たちが追いつめている張本人だという自覚がまったくないのか、責任の所在を先生に向け始めた。
 彼女の姪らしい少女が言った。 
「そうとういじめたんでしょ、おばさんたち」
「それにしては当の本人にあまりにも慣れすぎよね」
 「何、言ってるのよ、あなたたち、まるで私が血に飢えた獣みたいじゃないの」
 先生が軽く笑いながら言ったせいか、あるいは都合の悪い部分は削除して理解したせいなのか、少女はいったい彼女たちが何を話しているのかまったく理解していなかった。もはや少女の保護者は女性獣医だけであって、他にはありえないのだ。まったく他所に平安はない。砂漠で埋まった世界のなかで、先生こそが唯一のオアシスである。彼女が先生をやさしい人間だと思ってもおかしな話ではない。
 そのために彼女たちの言葉から、ジュリアを先生が殺処分したのではないかという推理は、この時点においては、みずなの中で行われなかった。

 
 

テーマ:官能小説 - ジャンル:アダルト

『『兇状もちの少女、あるいは犬~保健所4』

 雄犬は、みずなを押しつぶすのに十分すぎる体重を持っていた。
 圧力以外のすべての感覚が恐怖のあまり麻痺している。ただ、何かが体内の中から流れ出ていく、そんな感覚は生きている。
 尿でもなければ、血液でもない、まったく別の液体が自分の中から逃げ去っていく。それは青井みずなという少女を構成するのに不可欠な構成要素であって、生気が搾り取られていくような圧力がひしひしと全体にのしかかってくる。子供の時にみた図鑑に青虫に卵を植え付ける小さな蜂が載っていたはずだ。蜂が作った巣に押し込められた青虫は、卵から孵った幼虫の餌となるのである。
 身体の感覚は麻痺しているはずなのに、他者に侵食されるイメージだけが頭の中で展開される。
 一匹の犬に伸し掛かろうとさせられているはずだが、複数の犬、いや、無数の何か得体のしれない生き物に蹂躙されているような気がした。
 もはや、心の中でさえ助けを求めることはできなくなっていた。このような状況で少女が自分に言い聞かせるのは、自分が単なる人殺しにすぎない、ということだった。だから、どんな目にあっても自業自得であって、しかもどれほど過酷な目にあったとしても生きている限り、諏訪良子への贖罪は完遂しない。
 下半身をはじめとして全身の感覚は精神的恐怖によって麻痺していたために、犬の性器が入ってくるどころか、触れたかどうかも覚えていない。
 その瞬間が来たか、あるいは、来ないか、ということは少女自身にとって重要な問題だと思うのだが、あいにくと深い霧の中に押し隠されている。
 ただ、そのかたちを想像しただけで少女はその気になってしまった。すなわち接触した感触を自分の想像力で捏造してしまったのである。
 その瞬間に頭の中が真っ白になった。同時に身体にも異状が起こった。
 突如として身体が軽くなった、まるで翼が背中に生えたような感覚に襲われたことは事実である。いきなり無重力になったと表現してもいい。あまりに突然のことなので、自分がどこにいるのかわからなくなってしまった。重荷が下された、ということはこれから死ぬのだろうか、もちろん、彼女がそう思った根拠は、死ななければ罪はなくならないと彼女は考えていることに由来する。
 背骨への圧力がなくなってはじめて、頭から首にかけて熱い液体で濡れていることに気づいた。
 惚けている少女の耳に、何処かで聞いた女性の声が響く。何を言っているのかわからないが、誰かを叱りつけていることは事実のようだ。
 誰の声だろう?
 こんなところまで堕ちた自分を援護してくれる。
 彼女からすれば、そのような人物はわずかである。家族と親友である眞子。いずれもこんなところにいようはずがない。
 おかしなことに、その声はカコを励ましている。とてもきれいな声だ。さきほどまで叱りつけていた口調や声量から、いままで自分を所有しようとしていた犬であるはずがない。そうだ、所有・・どうしてそんな言葉が浮かんできたのか、少女はわからなかったが、自分を押しつぶせるくらいに大きなものは、自分を所有しようとしていたのだ、自分のものとしたかったのだ。しかし、もの、ものってなんだろう?
 少女は自分をあくまでも誤魔化そうとした。初期とはいえ、思春期にさしかかっているみずなならば、その意味が曖昧ながら理解できないはずがない。
 オカサレタ?
 犬ニ?
 言葉というものが人間から失われることを、このときほど少女は思ったことがない。もしもそうなれば、今の今、彼女に起こったことを誰にも、いや、自分にすら、おそらく虎こちらの方がはるかに重要なのだ、説明できなくなってしまう。
 そして、誰も、少女が動物に犯されたなどと言いふらしもしないだろう。
 しかし人間から言葉は失われなかったし、彼女も失語症に罹患することはできなかった。しかも死ねなかった。人を殺すとはそれほど罪深いことなのだ。こんなになってまでも生きねばならない。さきほど殺処分された方がどれほど楽だったろうか?
 そうか、少女のかわりに殺されそうになった犬、あの人は、人と呼ぶのはなんだかおかしいが、この際しょうがない、別れ際に見せた何とも悲しい後姿が印象に残っているが、いったいどうなったのだろう?もしも、実行されていれば、その分の罪も彼女は背負うことになる。それがこの結果だろうか?
 もはや、彼女は死を願った。これほどの重荷を背負い続けることができるわけがない。底なし沼に沈んでしまいそうだ。誰か助けてほしい。自分をそのまま受け止めてほしい。
 気が付くと、誰かが自分を抱いていることに気づいた。
 自分の二倍くらい、あの雄犬よりもはるかに大きい物体に抱かれているのに、この不安定感はなんだろう?だが、そんな疑問も、その声がかつて自分を助けると約束した、あの声だと気づいて、少女は自分の心が満たされる思いをした。罪悪感はそのまま、自分は人殺しにすぎないという感覚は生きている限り消えようがないが、それに対する耐性がすこしはこの腕に抱かれているならば、自分が自分であることを保てような気がした。
 彼女は、たしかに言ったのだ。
「手続きが済んだら、私のうちに来るのよ」
 吐息が少女の心に染み入っていくのがわかる。ただし、なぜか、ここでも自分が完全に安定していない自分を見せつけられているような気がした。本当に彼女のところに行っていいのか、という思いには二種類の意味合いがある。
 ひとつは、殺人犯にすぎない自分が破格の待遇を受けていいものだろうか、という畏れ。もうひとつは、この女性に対する、完全には信用できない部分である。それは針の先ほどの小ささにすぎないが、聡明な彼女にとってみれば、上流にある小川も、下流にあっては大河となってはては海となるように、いずれは彼女にとって災厄となるのではないか、という恐れである。
 しかしそうなったらそうなったで、殺人犯ならば当然という一言によって片づけられてしまった。
 この人が新しいママになるのだと、少女は自分を納得させようとした、その時である。愛犬を撫でるような優しい言葉ともに、何かが彼女の性器を捉えたのである。彼女の指であることは同時に表情が対応して変化したことで一目瞭然だった。
 少女は思わず叫んだ。
「いや、そこ、汚いです!やめて!」
「どうして、いやなの?見せてごらんなさい」
 はじめて自分の意思が通じた。はずかしいことをさせられながらも、自分の言葉が人間に通じたことに、少女は奇跡に近い喜びを感じた。しかし彼女の行動は発言をまったく裏切るものだった。
 恥らっていやいやをする少女を無理やり床に押し付けて、なんとか、下半身を晒させようとする。これから信頼を与えようとする相手に、それを裏切られることをされるのは耐えられない。飢えている人間に、完璧なフードモデルを与えるようなものである。言葉が通じた喜びも、一瞬で消えようとしていた。
 しかし自分の局所を真剣なまなざしで見つめる目に、少女は消えかけた希望の灯が再び勢いを増すのを感じた。そのせいか、手袋をつけた手が性器に伸びていろいろと蠢くことで、性感を得ても、たしかに困惑はしたが、女性獣医の愛情故だと自分を納得させようとした。
 少女が知っている限り、人間は愛犬や愛猫の性器を、自分の愛情を示すためにいじったりはしない。もしかしたら、最初から病気を調べるために医師として触れたのかもしれない。そう思うと疑った自分が情けなくなる一方で、信頼がなおさら増えていく。
「なんでもないじゃない、陰核も小陰脚もきれいなピンク色よ」
 しかしそんなことをこまごまと言われたのでは、思春期の少女として恥ずかしくてたまらない。いかに診断のためとはいえ、である。
 だが、それならどうして彼女の手は少女の性器から離れないのだろうか?それどころかさらに奥に侵入してくる。少女自身ですらそんな奥に指を入れたことはない。
「ァアグウ・・いやぁぁ・・」
 必死に抵抗を企図する少女だが、気が付くと彼女を支配しているのは、あくまでも女性獣医の指だけであって、抵抗する、しない、逃亡する、しないは、すべて選択肢として与えられている。
 しかし今のような恥ずかしい状態でいたいのは、みずな自身の意向によるものであって、女性獣医はあくまでも支えているにすぎないのだ。よく自分を観察してみると、彼女の指に刺戟してほしいあまりに自ら動いていることがわかった。
 否定できない事実が彼女の目の前に提示された。しかしながら、諏訪良子たちのようにそれを嘲ったりしない。女性は、あくまでも優しい笑顔を浮かべている。少女は、涙は流せないから内側に溜め込んで、思わずある単語を発していた、顔が燃えてしまいそうな羞恥心を必死に我慢しながら・・・・。
「せ、せ、せんせいぃ・・」
それは少女による、女性への最初の愛情表現だった。
「え?この子、今、何を言ったのかしら?私のことを先生って呼んだ?まさか、犬がそんなことを言うわけはないし・・・きっと、疲れているのね、獣医としてあるまじきことをしてしまったし・・」
 少女は天にも昇りたい気持ちになった。彼女の発言からすれば、もしかしたら、少女の言葉が通じたのかもしれないという一縷の思いが自分のなかに生じた。
 自分は犬じゃない、人間なのだ。
 そういう思いがまだ生き残っている。局所から這い上がってくる、背筋が寒くなるような快感に恐れおののきながらもなんとか少女は中学生の、普通の女の子としてのアイデンティティを保持していた。
 しかしそれは女性の、簡単な行動によって早くも危うくなった。少女の性器から指を外したのである。
「今度は背中を診てあげるわ、引っかかれて怪我なんかしていないかしら」
 無意識のうちに思ってしまった。もっとやってほしい、奥まで弄ってほしい。
 それはしかし、すぐに理性が蘇って否定した。おそらくは何かも失って打ち捨てられた悲しみとさびしさが自分にそのようなものを求めさせたのだと、文学的な思考をしてみたものの、理性で理性を打ち消すことほど虚しいこともない。
 みずなは、背中を女性獣医に撫でられながら、絶望の螺旋階段を永遠に落ちていくイメージに自我を侵食されていった。

テーマ:官能小説 - ジャンル:アダルト

『兇状もちの少女、あるいは犬~保健所3』
  桐原桃子は、みずなを保護用の檻に預けるとすぐに、所長と司法省の役人が待っている部屋に行かねばならない。処理しなければならない仕事が彼女を待っている。
田沼たち、その他、若い職員には興味がないために、彼女の脳裏に発生する映像にあっては、のっぺらぼうの匿名というひどい扱いにすぎない。
部屋に到着したころには時計の針は定刻をすでに超えていた。
 入室するなり、新沼という役人に遅刻を素直に謝罪する、ついて、所長と目が合い、それなりの謝罪を込めて頭を下げる。
 クリーム色の殺風景な部屋の真ん中に設置された檻、というよりは単なる鉄格子のついた箱の中には白い犬が鎮座している。かなりの短毛種である。ブランドからいえば数十万は出さないと手に入らない高級種と世間では喧伝されているが、そんなものは女性獣医師からすれば墳飯ものだとしかみなせない。彼女にとって犬は、通常人にとっての異性と同じなのである。ブランドなどではなくて、その犬が彼女にとってセクシーか、否か、もっとあからさまにいえば、性欲を刺戟するか、しないか、というのが基準なのだ。ちなみに、この犬は、外見からすれば100人のうち100人がおそらく写真で見せられれば同じ犬だと判断するにちがいない。
 それゆえに、この職場の人たちだけでなく、司法省の役人の目すら欺くことに成功したのである。しかし、桃子からすれば単に外見が美しく、かつ、高価な品、というだけでそれ以上の価値はない。
 だから、これから実行することも、何の感慨もなくこなせるのである。
 しかし、カコという兇状もちの犬はちがう。一目みただけで自分のものにしたくなった。人間というものは、えてして恋愛感情ほど脳の働きをよくするものはないようで、カコを視界に収めた瞬間に彼女は、無意識のうちにこれを自分の所有物にしたいと思い、いや、思うだけでなく思考能力がフル回転してその算段を立てはじめたのである。
 以前、当保健所が確保した犬のなかにカコにそっくりな動物がいたという情報が光よりも早いスピードで桃子の意識に上った。
彼女がすべきことはすぐにわかった。
その日、訪れるカコの家族を利用することである。おそらく、彼らは、これから愛犬と
生活をともにできなくなるとしても、その命を救えるのならばなんでもするにちがいない。犬をみれば、その手の職業にまじめに就いているものならば家族の姿があえて考えなくても脳裏に映像として描写されるものである。
恋愛感情は彼女の頭脳にとって潤滑油の役割を果たす。
家族に言うべきセリフすらあらかじめ考えておく。どんな物言いが彼らの心を動かすのか、心理学者や精神科医顔負けの手練手管を、彼女は持ち合わせているのである。まず最初に家族を一目みただけで、誰がイニシアティブを取っているのか見極めねばならない。

 家族がその日に来訪する時間までもがわかっている。車内でそれを待てばいい。彼ら以外に予定の家族はいない。二本目の缶コーヒーを開けようとしたところで、母親と二人の少女が駐車場に止まった車から降りてきた。
すぐさま接触して、自分の身分を明かすと、処分の実行者であると単刀直入に打ち明けった。驚愕の顔を見て取ったところに取引を持ちかけた。
「もちろん、これまで通りにカコをあなた方が飼われるということは不可能でしょう。しかし、ある手段によって生きることは可能なのです」
青井家の人たちに演技をしてもらうことを承諾させた。すなわち、そっくりな犬をカコだといって抱きしめてもらうわけだ。二つ返事で主婦らしい30歳ぐらいの女性は承諾した。
「しかし、よくもそっくりな犬がみつかりましたね」
「だけど、その犬ってカコのかわりに殺されちゃうんじゃ・・・・」
 小学校高学年ぐらいの少女が涙を浮かべた。
 「大丈夫、時間を稼げばなんとか処理できます。殺処分は家族であるみなさんが捺印しなければ実行できないのです」
 そのとき、裁判所が下す許可のことはあえて言わなかった。そして、桃子が犬に対して家族という言葉を使ったことが青井家の人たちを信用させる結果となった。
このようにして彼らを籠絡したのである。
それは彼らが予定の面会時刻よりも途方もなく遅刻した理由でもある。何をやっていたのか、演技指導を行っていたのである。所長の目は節穴にしても、あの司法省の役人はなかなかどうして鋭い目をしている。
そういう理由でかなり手間取った。

 今、桃子は薬品を注射器に注入したところである。
 普段は剛腕なところを見せつけたくて、人間社会にとっての害悪を除くためだの、アジ演説にも似た雄弁ぶりをみせているところだが、いざ、実行となるととたんに臆病の青い色が顔に現れる。それをよく知っているからこそ、桃子も、他の若い部下たちも心の底からこの上司を軽蔑しているのである。
さて、女性獣医は手慣れたてつきで静脈注射に取り掛かる。
 言い忘れたが、すでに裁判所の許可はとってある。あまりにも事件が凄惨だったので簡単に裁判長は許可を下したのである。
 青井家の人はこの事実を面会した際に知らされたわけだが、裁判所という言葉にうまくだまされてしまった。桃子の言葉もあって何回かにわけて審問が行われ、許可が下るには数か月が少なくとも必要だと踏んでいたのである。
 その様子を想像した桃子は思わず、思い出し笑いならぬ想像笑いを浮かべた。毒液を注射する寸前にそれを起こったので、所長とはじめとする観客たちは、彼女の表情の冷たさにぞっとさせられたことは言うまでもないが、若いエリートだけは、内面は誰にもわからないものの、少なくとも、恐怖を最後まで表には出さなかった。
 もっとも過酷な殺処分という結末を受け入れねばならない犬は、一般的に、兇状もちであるとされる。これは大いなる誤解なのだ。たとえ、相手を死に至らしめたとしても、家族の同意がなければ即座に殺処分、ということはありえない。
 カコにそっくりな白い犬が処分されるに至って、裁判所は即決したが、これは異例といっていい。見えない力が働いたというより他にない。桐原桃子はどうやらそれすら見込んでいたようだ。
さて、もっとも過酷な運命をたどるのは飼い主がいない犬猫である。
 彼らを処理するのにあたって、家族の役割を果たすのは所長である。ここが太陽国の動物愛護法の変なところだが、この場合裁判所の許可はいらない。彼の胸先寸前で命が絶たれてしまう。
 逆にいえば、彼の意思次第でどうとでもなる。
 みずな、本人の知らないところで彼女は生きることが決まった。もちろん、桃子の策動があってのことである。
 カコにそっくりな白い犬が処分されたのちに、彼女は所長の内諾を求めた。
「ブランド名に引かれんだろう?まあいい」
 その一言で即決となった。べつに彼に犬種をうんぬんする識別眼があるわけではない。ただ、獣医である桃子が所望するならばおそらく雑種ではなかろう、という非常に底の浅い人間観に基づいていている。これほど低俗な人間でも務まるのだから保健所の所長という職業は楽なものだと、今更、断定するまでもない結論をドロップの代わりに口の中に放り込みなら、自分の所有物を確認するために保護室に向かった。

 青井みずなは、たくさんの犬が離された広い檻の隅で縮こまっていた。怖い、そこいらを行き来している、よつんばいの生き物が怖くてたまらない。長い舌を多量の唾液とともに垂らしてはぁはぁといいながらところ構わず、相手かまわず吠えている、そんな生き物がけがらわしく思えてならないのだ。
 かつて、これは今でも自分を犬だと認めたくないことだが、人間だったころ、自分の家でじっさいに飼っていないが、動物は大好きだった。近所に犬がいれば必ず近づいて頭を撫でたものである。どんな凶暴そうな犬も彼女にかかれば、尻尾をふりつつ下腹部を晒してその部分を撫でられることを所望したものである。むろん、彼女はいつでも応じてやった。その犬種の中にはドーベルマンのように下手すると命の危険すらある相手もいたのである。どれほど彼女が犬好きであったか推察できるであろう。
 それに、いじめられるようになっていからは、四足の動物だけが彼女にとっての友人であってどれほど慰められたのかわからない。
 それなのに、彼らと目の高さが同じになった瞬間にこのざまである。なんということだろう。情けなく思いながらも身体が震えるのは付随運動であって、彼女にどうすることでもないのだ。
 みずなが目のやり場に困るのは、二本足で立っていたころにはまったく気にならなかった、雄犬の局所がやけに大きく視覚神経を刺戟することである。
 おそらく、目の高さが違うことが関係しているのだろう。中学生という多感な年ごろゆえにまったく気にならなかったといえば嘘になる。だから、視てみないふりをしていたのだと思う。付け加えれば人間だったときには、文字通りの上から目線になるために局所が目に入らなかったのかもしれない。
 それが同一の高さになってはじめて感じることも、またはわかることもある。
 理性が告げているのは、自分は犬好きでも友達とも思っていなかったことだった。あくまでも上から目線で可愛がっていたにすぎない。自分の思う通りに動いていてくれるので、いわば、幼い子供が扱うような人形のようなものだろう、少女は気持ちよくてたまらなかったのである。
 逆に言えば、学校でクラスメートにされていた待遇といえるだろう。
 いま、みずなよりも一回り大きな犬が近づいてきた。そして、尻をなめたのである。
「いぃいやああぁあ!!こ、来ないで!!」と叫んだものの、そのどす黒い長い毛に全身を覆われていて、目や鼻がどこにあるのか一見でわからない犬に言葉が通じるわけがない。
 嫌がる少女の尻どころか、股間に長い舌を伸ばしてきた。
「た、助けて、ママ、ま、眞子ちゃん!ひぃいいいぃ!!」
 いやらしい舌がクリトリスに達したとき、少女は自分の下半身が液体になって流れていく感覚に襲われた。じっさいは失禁していたのだ。液体の熱で大事な部分がやけどするかと思った。
 諏訪頼子に、教室でそれを強制されたときには泣くに泣いたせいで、気が付くと自分のベッドで朝を迎えた。その日は土曜日だったのでまずは学校に行かなくていいと安心したがよく考えてみればちゃんと帰宅して、両親の前ではふつうの女の子の役を演じて、かつ夕食も「美味しい!美味しい!」を連発して平らげたのであろう。あるいは、風呂、着替えなどの日常にやることを無意識にこなした、ということになる。クラス全員の目の前で排泄行為を強制される、それは記憶を失うくらいにショックなことだったのだろう。
 いま、それを犬として行っている。しかも、今までいじめっ子が自分を見下すように、また見下していた犬たちの目の前で。
 少女は雄犬に背中に乗られたことにも気づかずに。身も世もなく泣き出した。涙が頬を伝うことにも気づかなかった。 

 

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『兇状もちの少女、あるいは犬~保健所2』

 時計は青井みずなが閉じ込められている檻からもみえている。それは午後1時55分を示している。それはあたかも彼女を見下ろしているようだ。銀色の枠に黒塗り、という実にシンプルなデザインである。
しかし、時計だけがそうしているのではない。
彼女に鼻の孔を恥ずかしげもなく見せつけているのは、所長らしき男と田沼という若い部下である。なぜか、桐原桃子という、もうひとりの部下がいない。その事実は少女の心を寒くするのに十分だった。
 午後2時を針が示したところで、ドアが開いて二人の男が入ってきた。二人ともみずなが知らない男である。
「司法省から新しい人が来られると聞いたのですか、あなたにまた代わったのですね、新沼さん」
 司法省という言葉にみずなは心から驚愕した。自分がもののように葬る、まさに死神のように思えたからだ。一見するとハンサムなエリートという風貌だが、何かよくできた蝋人形のような印象を普段の彼女ならば受けるだろうが、今の少女にそんな余裕はない。ただ、打ち震えるだけである。
 その前に家族との面会が待っていると聞いた。
 家族とは誰のことだろうかと、みずなは訝しく思っていた。ここはあきらかに今まで彼女が住んでいた2013年ではない。この部屋に貼ってあるカレンダーをみれば一目瞭然だが1979年なのである。それも携帯電話が散見されることから、時間移動したわけでもないらしい。
 所長は役人に断って携帯を取り出した。
「まだ、家族は来ないのか?」
 本当ならば会ってみたいが、そうすれば自分がごみのように打ち捨てられる時間が早まるだけだ。巨大な焼却炉に放り込まれる自分の躯を想像するだけに身の毛が震える。あまりにも惨めではないか。そう思うと涙が出てくる、と言いたいところだが、嗚咽はいくらでも迸るのだが一粒も涙はこぼれてこない。どうしたことだろう。本来ならば人一倍涙もろい性質なので、このような状況に置かれれば、視力が奪われるほど泣きじゃくっていてもおかしくない。
教室でいじめられていたときには毎日のように涙が顎を伝っていた。自分のそのような有様をいじめっ子たちが付けあがることはわかっていたが、あまりの悲しさのために押しとどめることはできなかった。
 いま、それほどまでに追い詰められている少女を何人もの大人たちが見下ろしている。そんなに見ないでほしい。その目、目は、教室における、かつてのクラスメートたちの好奇心と嗜虐、それから、これが一番つらかったのだが、ほんの少しの同情、それらが入り混じった視線とは全く違う。あきらかにみずなを人間だとおもっていない、ほんとうに自分を犬としか見なしていないようだ。じっさい、彼らの目はそのように見えているのだろう。その点においては、教室にいるよりも楽だが、その代わりに同胞を殺された怒りの気持ちが溢れている。早く殺したい、そう少女を告発している。
 教室では少なくとも命の危険は感じなかった。しかし、今はちがう。ひしひしと死の刃物が全身に突き刺さってくる。しかも、その刃物は手術で外科医が使うような清潔なものではなく感染症を引き起こしそうな細菌やらウィルスに塗れているのだ。
「もう、約束の時間は30分も過ぎているのだぞ?いったい、何をやってるのだ?田沼?」
「さあ、犬一匹まともに躾けられない人たちのことですから、時間にもいい加減なのでしょう」
 死の寸前まで追い込まれていながら、少女は霧消に腹が立ってくるのを感じた。いじめによって加害者を殺すまでに追い詰められていたのに、それに気づかずに放置した家族はやはり家族だ。この人たちに非難する権利があるとは思えない。
 それにしても、だ。自分、ようするにこの犬はどんな罪で殺処分になるというのだろう。そもそも犬にむかって言葉は通じない、少なくとも彼らはそう思っている、ゆえに、判決を下すことなどもとより無意味だ。
 とはいえ、この犬が何をやったのか知りたい。
 それは田沼という若い職員が教えてくれた。
「この犬って少女をかみ殺したんですよね」
「そう、葬式の席に乱入してある一人の少女に飛びついたらしいです」
「私は記憶力には自信があって、一度目にしたものは忘れないんですよ、確か諏訪良子という名前だったと思います」と司法省の役人。
 どうやら殺した相手はかつて自分がいた世界と同じらしい。しかし、問題なのはいったい誰の葬式の席だった、か、ということだ。
 それがわからないままに時間が過ぎて三時となった。それはあらかじめ所長が宣言していた、死刑執行ならぬ、ごみの焼却処分の時間である。

 ちょうどその時、ドアが開いて桐原桃子とともに「家族」が入ってきた。
「・・・・・・・・・・・・・?!」
 見まごうはずがない。先頭にいるのは彼女の母親である。彼女の容姿以前に愛用しているコロンの匂いが懐かしい記憶を呼び起こす。誰が間違えるものか、幼いころから親しんできた香なのだ。
 少女は焦燥に駆られて思わず彼らに飛びつこうとしたが、古い漫画のように鉄格子が折れるわけでもなく、したたかに全身を打ち付けて無駄に痛い目に合うだけだった。骨の何本かに罅が入り、筋肉繊維の何本かが切断されたような気がする。もともと体育会系であり、剣道部に属していた少女ならばその辺のことはわが身のことならば経験もありよくわかる。
 しかし、近づいてきた家族は、母親をはじめとして自分を冷たい目で見下ろしているだけだった。少女は吠えた。ひたすらに吠える。
「私よ、みずなよ!ママ、あなたが付けてくれた名前でしょ!お願い、助けて!どうしてそんな冷たい目でみるの?!」
 母親の第一声が彼女をさらに絶望のどん底に突き落とした。
「この犬はうちのカコではありません。何処かよその犬でしょう」
 カコ?その名前はどこかで聞いた名前だが、そのゆえんついて思いだす余裕があるはずがなかった。自分はみずな、あおいみずなって小学校の上履きに2年まで名前を書いてくれたでしょ?
 しかし、母親もほかの大人同様、いや、そばにいる妹たちも自分を姉だとは認識してくれない。いや、自分たちがかつて飼っていた犬とは認識してくれない。なんということだろう。この世界では自分がもともと人間ではなく犬だったのか、いや、ちがう。母親はカコと言ったはずだ。みずなはどこか別の場所にいるに決まっている。
 いや、みずなはここにいるのだ。おねがいだから気づいて。そんなに自分のことが嫌いだったのか。だから、あれほど追い詰められていたのに見て見ぬふりをしたの?そんなにどうでもよかったの?
 みずなが吠えている間。
 所長と母親が話し合いをしていた。
 「よくいるんですよ、あなたみたいな飼い主がね。社会に損害を与えておきながら、自分が飼っていた犬じゃないって、誤魔化してね。さすがにいくら害悪極まりない存在になったといっても、飼い犬ですからね、それは可愛いでしょう。それはわかりますよ。だけど、飼い主さん、自分のお子さんが犬にかみ殺されてごらんなさい。それでもあなた、そんなことが言えますか?」
「所長、飼い主の捺印がなければ殺処分は実行できません。裁判所に申請するより他にありませんな」と役人が帰ろうとしたときだ。叫び声が部屋の外から響いた。
「逃げ出したぞ、犬が逃げた。捕まえてくれ!」
 声の調子からただの犬が逃げたのではないことは、みなにも伝わったらしい。獣医である桃子が外に飛び出した。そして、ほどなく彼女は犬を部屋に連れ込んできた。その犬を見た瞬間に少女は既視感を覚えた。たしかに知らない犬ではない。だが、何処でであったのだろう。詳しい情報はどう頭を捻っても思い出せない。
 この部屋にはまさにカオスの極みがあった。誰も収拾することをあきらめたところに、それをひっくり返すような大声が響き渡った。それはみずなの母親の声だ。
「カコ!カコ!カコ!会いたかったわよ!!」
 彼女は、かつてみずなを含めた、自分の子供たちにやったようにカコなる白い犬に抱きついた。彼女には二人の妹がいるために、そういう映像はいやというほど記憶の保管庫に残っているのだ。
 その映像とあまりにも酷似している場面が展開されつつある。
 「いったい、どういうことだ、田沼、記録はお前が担当だろう。単なる保護用の犬とまちがえたのか?!」
 所長に怒鳴られて怯える田沼はただ強縮するだけだった。
 彼以上に混乱しているのはみずなの方である。
「はやく保護用の檻に連れて行きなさい、たしか新しい飼い主が予約済みだったな」と支所長は桃子に命じた。
 哀れにも白い犬は何もわからないままに、今の今まで少女が押し込められていた檻に放り込まれた。
「え!?」
 その犬が振り返って、少女と目が合った瞬間に、そこには自分にそっくりな女の子が裸のままで檻の中で泣きじゃくっているではないか。しかし、そうみえたのも一瞬のことですぐに元の白い犬に戻ってしまった。
 もしかしたら、自分はあの白い犬にそっくりなのだろうか?とてもかわいい容貌をしている。毛並はかなりきれいで、犬のブランドに詳しくない少女にはわからないが、すくなくとも雑種ではないことぐらいはわかる。
 あの犬は自分の代わりに殺されてしまうのだろうか?そう思うとやり切れないが、少女はさんざん痛めつけられた挙句に爛れきった心の持っていき場所を求めていた。いきなりその場所が歩いてやってきたのである。
 廊下に出てふたりきりになると、みずなは桃子に抱きついた。
「待ちなさい、まだ家には連れていけないのよ」
「ェ・・・エエ?!」
 そういって、桃子はなんと少女の性器に手を持って行ったのである。そして、柔らかな手つきで、クリトリスや小陰脚、あるいは、そのあたりを撫で始めた。まるで、それが犬に対して人間がかわいがるために、頭部や顎やその他、全身を撫でるようなごく自然で当たり前の動きだったので、それは彼女じしんが犬に対してやったこともある行為だったが、少女は拒絶する機会を失ってしまった。
 彼女の指はさらに奥に入ろうとしたが、人が来たのでやめてしまった。
 桃子と誰かは何やらやりとりをはじめたが、それはまったく少女の耳に入ってこなかった。なんとなれば無意識のうちに刺戟を、あれほど恥ずかしい仕打ちを身体が求めたからだ。同じようなことは諏訪良子や伊豆頼子たちによって、教室で幾度となく繰り返されたので、回数は覚えていないほどである。
 少女は廊下にできた水滴を見てショックを受けた。まるで失禁したように局所が濡れそぼっているのが、改めて見なくてもわかる。こんな恥ずかしい状況をみても、桃子の話し相手はまったく意に介さない。まるで犬ならば当たり前だといわんばかりだ。
 その相手にいつさよならしたのか覚えていないが、いつのまにか相手はいなくなっていた。
いざ、自分が本当に四つん這いになって、首輪につないだ紐に桃子によって引かれている様子を、大きな壁にはめ込まれた鏡によって確認したとたんに、想像の中で大粒の涙を流した。
だが、哀れにも犬は涙を流すことができないのだ。
幼稚園ぐらいのときに動物園に行った際に大人に聞いたことがある。
「どうぶつはかなしくなんかならないんだね。だって、こんなおりにとじめられてもないてないもん。みずながとじこめられたらきっとなくよ」
みずなは過去の自分に向かって、いや、ここからは完全に異世界のようだが、その世界の過去に向かって言った。
「違うよ、みずなちゃん、動物だって悲しくなることはあって実際に泣くのよ、だけど、外にじゃなくて中に流すの、それが動物の泣き方なの。覚えておいてね」

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『『兇状もちの少女、あるいは犬』 保健所1』
  犬のように、いいや、今度ばかりは「ように」ではなかった。みずなは自分が四つん這いになっていることに気づいた。立ち上がっているよりも自分にとって自然であることが涙を誘う。
 なんということか本当に人間でなくなってしまったのか。
惨めにも圧倒的な喧噪のなかで少女は引かれていく。嵌められた首輪につながっている鎖と摑もうとしたがうまくいかない。手は両方ともちゃんとした手であるのになぜかかつてやっていたようにものを摑むという機能が完全に失われている。それに突然、気づいたのだが少女は全裸になっているではないか。ほとんど芽乳というより他に表現しようがないだろうが、彼女にとってみれば立派な胸なのだろう、その胸部と恥部が露わになってしまっている。
「ぃいやァ!!」
 教室で、しかもにやにや笑う男子が居合わせる場所でみずなは諏訪良子たちにいつも全裸にさせられていた。そのことがいやでも脳裏によみがえってくる。少女は本能的に胸と股間を隠そうとした、その瞬間、真夏の太陽を何個も集めたような強烈な光に当てられたような気がして失神してしまった。
 次の意識が戻ったとき、少女は檻の中にいた。いままで彼女を拘留していた、人間用の牢獄ではない。文字通りの意味で檻、だ。彼女も動物病院でみたことがあるが、小箱のような入れ物にすぎないのが中からでもわかる。
 
 意識が戻る寸前に良子と伊豆頼子の声が顔面に叩きつけられるように響いたような気がする。「ああはははは!この雌犬、あそこに毛が生えていないわよ!」
「犬じゃ、しょうがないわよねえ、犬じゃ!きゃはははははは!」
 普通は小学生も高学年になれば生えてくるのに、みずなは中学に入っても性器の周囲に毛がまったく生えてこないことがコンプレクスの対象だった。それがクラスの全員の目に晒された日のことは絶対に忘れられない。 
 5月6日のことだ。
 いま、全裸で、しかも四つん這いになっている少女を見下ろしているのは、三人の男女だった。一人のチョビ髭の男性がこの場の支配者だと本能的にわかった。彼はおそらく、父親よりも10歳ほど年齢が高いだろう。傍らに従えている若い男女は部下なのだろう。なぜか、この女性と目がったとき言い知れない安心感が心に芽生えた。
 かつて、少女があこがれた剣道部の先輩に似ていた。着衣でも筋肉質であることを見る人に訴えかける。しかし、だからといって筋肉がむきむきというわけではなく、均整のとれた身体からは凛々しさだけが溌剌とした風とともに伝わってくる。
 少女は、かつて眞子に向けた、縋るような視線をぶつけた。教室でいじめられているとき、彼女は気づかれないように密かに無言で助けてとメッセージを送っていた。むろん、絶縁宣言をこちらから叩きつけた以上、あからさまに助けを求めるわけにもいかず、彼女の顔が少しでも見えたとたんに視線をずらした。そのたびに涙が滲んだことを思い出す。
 あれは、いったい、何年前のことなのだろう。
 ふと、カレンダーを見て少女は驚愕した。それは無機質で殺風景な部屋の、クリーム色の壁に貼られていたのだが、1979年という年号が目に入ってきたからだ。おかしい、今は2013年のはずではないのか?自分は時間を移動したとでもいうのだろうか?
 それにしては、上司らしい男性が携帯電話を使っている。
 しかし、彼女は彼の言葉によって地面が崩壊するような衝撃を受けるのである。
「ああ、殺処分、この1歳の雌犬のことですね、司法省の役人が3時には到着するはずですよ。ええ、はい、滞りなく対処します」
 この場にいるのはみずなだけだ。しかも、自分が犬であることを無意識のうちに受け入れていることに気づいて二重のパンチを受けた。
 いや、それどころではない。自分の命が危ない。だが、なんということだろう、自分は人殺しなのだ。そうなった時点ですべてをあきらめたはずではなかったのか。死刑になることを望んだはずだ。それなのにいざ自分が死ぬとなるとこのざまだ。そう考えると、自分をあれほど苦しめた諏訪良子がかわいそうになった。わずか中学二年生のみそらで望まない死を無理やりに強制されたのだ。彼女はもう学校に行くこともできないし、彼女が好きだったアイドルのコンサートにも行くことができない。そう仕向けたのは誰でもない、青井みずな、なのだ。
 罪悪感に打ち震える少女は、やはり、この女性職員の視線に心が暖められる思いがした。チョビ髭の上司と若い部下が退室すると、彼女は顔を檻に近づけてきた。双眸には悲しみとも怒りともしれぬ涙が光っている。
「ごめんなさいね、人間を許してね、あなたはまったく悪くないのよ、本当に悪いのはあなたを躾けなかった人間なのよ。だけど、私が助けてあげる。きっと、あなたを助けてあげるわ」
「私は、人間よ!青井みずなっていう歴とした名前もあるのよ、お願い、ここから出して、服を着せて!!」
 しかし、この人にも自分の言葉は届かない。しかし、彼女が自分を助けると言ったことは確かだった。彼女の胸にはIDカードが縫い付けてあって、桐原桃子、獣医、保険所職員という文字が目に入った。そのなかでもっとも少女の目を引いたのは保健所という三文字だった。
 かつて、ニュースで保護期間を過ぎ犬や猫を保健所で殺してしまうという事実を知ったときには、軽く可愛そうに、という少女らしい感慨を抱いただけだった。いま、それが自分の身の上に起ころうとしているのだ。人間として死刑になるならともかく、動物のように処分されるなんてたまらなくいやだった。あの地獄のような教室とまったく変わらないではないか。
 諏訪良子や伊豆頼子たちクラスメートの、自分を嘲笑う声が耳に響く。
 自分は犬なんかじゃないちゃんとした人間よ、人間の女の子よ、とみんなに無言のうちに叫んでいた。
「ねえ、ねえ、どうして人間が通う教室に犬がいるの?」
「それもいやらしい雌犬よ、いやあねえ」
「わんわん、ここは犬がいちゃだめなのよ」
「あははは、犬に言葉が通じるわけないじゃん。愛犬家によくいるんだってね」
「変な人たち、犬を人間みたいに何人とか言う変態さんでしょ?」
「だけど、そんな変態でもこんな駄犬を飼おうなんているわけないよね、あははっ」
 下手をすると授業中すら情け容赦のない罵りに少女は晒された。生徒たちの大勢に乗るのが正解と、いじめっ子たちのやっていることに協力する教師すら存在した。
 休み時間になると教師の目がなくなる分、それでも大人の目は彼女らの行動を制御する程度の役割は果たしていたらしい、いじめっ子たちの行動は派手になっていた。犬ゆえに着衣でいるのはおかしいということで、全裸にされ、性的な辱めまで受けた。何日かそれが続いたのちに、授業が終わると自分の手で脱衣するように、躾けられた。そのような絶望的な日々の後、諏訪良子を絞殺すまでに至る。
 
 今や、完全にすべてを失った少女にこのような視線を向けてくれる人がいる。
 彼女は自分が人殺しになった、イコール、すでに自分を死人だと見なしており、過去はすべて同時に消滅したと決めつけていた。ゆえに、母親をはじめとする家族は彼女にとって死んだも同然だったのである。彼女自身の手で殺したのだ。
 ありったけの声を出して桐原桃子なる獣医に向かって彼女は吠えた。
 荒々しい音ともにドアが開けられると、若い男が桃子に向かって言った。
「まさに殺処分されるべき犬っころよな。我々は警察とは違うが、世の治安を守るために存在すると思うと誇らしいとすら思うよ、桐原さん」
 彼女はその男には無感情で答えた。
「ええ、そうですね」
 その言葉が少女の耳に入ってきたとたんに絶望のあまり吠える気力すら失ったが、おそらく、それが大人の処世術なのだろう。彼女は仕方なく、あるいは彼を自分と同等の人間だと見なしていない故に自らを露出する価値を認めないのだろう。
 そう思うと凍えきった心が温まる。

 保健所勤務の獣医である桐原桃子は、司法省の役人の立ち会いで、彼女自身の手で殺処分を行う対象を冷たい目で見下ろしている。彼女の同僚である田沼意三は彼女にとって生きた人間ではなくて単なる人形にすぎない。自分と通ずる言葉を持たない相手など、人形と何が違うというのだ。
 桃子は可愛い子犬を目の前にして舌舐め釣りしていた。
 偶然にも三日前にこの犬とそっくりの特徴を持った白い犬が保護されていたことは、この上ない幸福だった。たとえ、これほど彼女の趣味にあった可愛らしい犬を目の前にしたとしても社会的地位を失ってまで手に入れたいとは、いや、心の奥底では思うが、便宜的に思わないとしておこう、とにかく、若い女性獣医は身分をかけてこの犬が気に入ったのである。
 プロフィールを聴いて思い当たることがあったことも、これから彼女がしようとしていることを決定するのに一助があった。
 この犬はある中流家庭で育てられていたが、その家の娘が自殺してから今までは決して起こしたことのない異常行動を示すようになったらしい。脱走しようとしたり、飼い主に噛みついたり、挙句の果てが少女の葬式に訪れた同級生の少女、諏訪良子の首に噛みついて窒息死させるに至った。
 人間を汚させるだけでも十分に殺処分の可能性があるのに、致死では、いくら遺族が許したとしても死は免れようがない。被害者が存命ならば、犬の命の彼の胸先三寸で決まる。太陽国の法律でそうなっている。執行は保健所で行われ、実行は獣医、なお、司法省の役人が見届けることにもなっている。
 それ以前に行われるのは、犬を飼っていた家族との最後の面会である。たしか青井という苗字だったはずだ。その青井家では長女を失ったばかりか愛犬まで失うのである。
 桃子は、歪んだ愛情を多分に含んでいながら犬に対して真剣なまなざしを向けていた。犬は主人に対して忠実なものである。一家の長女を主人、いわば、群れのボスとしてみなしている例は少ないが、必ずしもありえないということではない。彼女が死んで、精神的に混乱していてもおかしくない。もしかしたら、被害者の少女と葬式の主体である自殺した少女の間に何かトラブルがあって、犬が目撃していたらどうだろう。あるいは、実際に立ち会っていなくても、犬には人間にはない超常的な能力が備わっているとも考えられる。そうした能力を駆使して、主人の復讐を行ったのではないか?
 それは桃子の想像にすぎないが、最初の邂逅、犬とはじめて目があった瞬間に、すでに酷似した犬を保護していることを思い出し、この犬を救出する手立てを思い浮かべる、いや、それだけでなく実行に移そうというのだから、彼女がいかに激しく一目惚れしたのか疑うべくもないだろう。
 その前に大事な行事が待ってい。る受刑者が執行される前に家族との面会が待っている。
 初夏の太陽が室内に入り込んでくる。この犬にとってみればただまぶしいだけだろう。しかしながら、桃子にはそれが彼女の未来そのものにしてやる自信があった。そのための計画はすでに進行中、であった。 

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『『兇状もちの少女、あるいは犬』 発端』

 自分はいったいどこにいるんだろう?いや、どこにいさせられているのだろう?14歳の女子中学生、青井みずなは両手を開こうとしたが、それは無駄だった。なんとなれば、彼女は手錠をかけられているからだ。それでも手首を上げることはできる。傍らにいる女性警察官に促されると少女は命令通りに動かした。いや、自動的に動いたと表現した方が適当だろう。彼女はそんなつもりはなかった。それでも手は動いて、婦警が手錠の鍵を鍵穴に入れる。
 かちゃり、という音がしたような気がした。
 彼女に促されるままに被告席に座る。そうここは東京市地方裁判所、彼女は同級生を殺害した罪で裁かれようとしている。法律に従って大人と同じ方法で裁かれることになった。すべては機械的な変遷にすぎない。そう、思い余っていじめっ子の首を絞めて、彼女が動かなくなった、自分は人を殺したのだ、その瞬間に青井みずなという少女は死んだのだ。そう思うと何もかもが楽になった。犬のように紐で引かれて入った瞬間に泣き声が彼女の耳に入ってきて、それが母親と家族のものだと同定できても、何も感じることはなかった。
 ドラマや映画では、手錠を外された被告は片方の手で片方をさすっていたが、彼女も無意識のうちにそうした動きをしていて、思わず心のなかで笑ってしまった。
 すべては現実感がない。
 そう、いじめられはじめて、その日は日記をみればはっきりとわかる。たまたま親友が発熱して休んだ日だったから、ひとりで登校すると自分の席がなかった。そして、クラスメートのひとり、彼女が殺した諏訪良子だったが、近づいてきていきなり失礼なことを言った。
「どうしてワンちゃんが入ってくるのかな?ここは人間が通う学校よ、あら、犬に人間の言葉をかけた私がばかだったかしら?」
 その時は、彼女とはあまり仲が良くなかったのでいつもの嫌味にしても度が過ぎているなど思う程度だった。美人だが、少し癖が強すぎる、きつめの顔の少女を非難する言葉は決まりきっていたが、これほどまでに非常識ではなかった。
が、しかし、教室中がどっと笑った段階で異常に気付いた。クラス中が良子を支持している。比較的、仲の良い子たちまでがわざわざ近づいてきて、彼女と同じようなことを笑いながら言った。それが5月3日。
 そして、ちょうど一か月後、彼女は良子を教室の真ん中で絞殺すことになる。
 警察の取り調べ室で殺したことは認めたが動機については何も言わなかった。
「黙秘します」
 ただ、その一言でだんまりを決めた。そのとき、彼女の頭の中で渦巻いていたのは、親友である、安彦眞子のことだった。彼女は最後まで自分の味方であろうとしてくれた。しかし、彼女はそれを拒否したのだ。もちろん、その理由はいじめが彼女に飛び火することを恐れたことにあるが、最後まで何とか救おうとしてくれた、彼女の大人っぽい美貌がいくら目を背けようとも、その時はできたが、取調室でも、そして、家庭裁判所においても、少女の視界から離れてくれなかった。
 それがこの裁判所ではさすがにあきらめたのかいなくなっている。
 ようやく自分を見捨ててくれたかと思う気分が楽になる。胸を張って兇状もちの人生を歩んでいこうではないか。友人はいっぱいいたつもりだが真実のところはかなりの嫌われ者だったらしい。このような事態になっても、いくら家庭裁判所の調査官が調べても、いじめの事実は出てこなかった。そもそも、被害者であるみずなが何も言わなかったこともあるが、クラスの誰かがいじめについて何も証言しない、そんなことはありえないと思っていた。まさか、自分からいじめられていたことを言うのだけは耐えられなかった。彼女の高い自尊心がそれを妨害したのである。
 無意識のうちに誰かが自分を弁護してくれると思っていた。
 だが、これではあまりにも惨めではないか。そもそも、学校やその関係者にまったく期待するところなどなかったが、伊豆頼子がそんなに怖いのか、彼女は良子とともにみずなをいじめていた中心グループのひとりだが、彼女を恐れてクラスの誰もが事実に口を閉ざしたらしい。
 しかし、親友である眞子はどうしたのか?
 どうしても助けると縋ってきた彼女にみずなは、彼女を助ける意味でこう言い放った。
「あんたなんて友達だなんて思ったことない、単に利用しただけよ」
 その一言を恨みに思ってのことか、彼女すら頼子の軍門に下ったようだ。もはや絶望を通り越して、自殺すら予定行為のなかに入っていない。もうどうとでもなれだ。女ならこの身体を売ってでも生きてやると、かつて映画の中で女主人公が言っていたセリフを、禿げ上がり始めた裁判官の頭を見ながら心の中で再生していた。
 
 少女が裁判所に入るととたんにざわめき声が起こった。大人たちはどんな目で自分を観ているのだろう。子供だから、週刊誌に載るのは美女ではあるまい。ならば、美少女だろうか?中学生の彼女であっても美女や美少女がマスコミによって、どのような用語として扱われるのか、それを知らないわけでもないが、少なくとも自分ならばその程度には扱われる外見をもっているという自負がある。
そんな彼女は中学のセーラー服に袖を通している。夏服は血で汚れたために冬服である。おそらく弁護士が母親に進めたのであろう。裁判官や裁判員の心証がどうとか、もうどうでもよかった。死刑にならないことは彼女の知識でもわかっていて、とても残念だった。たしかある小説で得た知識だが、裁判所で名前を訊かれて答えない場合、法律で決められた罪でもっとも重い罪で裁かれるのだ。殺人罪ならば死刑が最高刑だから、自殺するにはひとつの手段ではあろう。
良子が死んだと気づいたとき、彼女の胸に過ったのはもう、学校の制服を着ることもなく、いじめられることもないんだという安心感だった。しかし、そんな彼女の気持ちを大人たちはまったく理解しなかった。あれほど痛めつけられ唾も吐かれた制服をまた着ろというのだ、どれほど彼女がこの制服を着用することによって傷つき、まだ再び袖を通すこになれば再び傷つくことも知らない、それが大人たちなのだ。まったく信用するに当たらない。
 それでも、自分を取り調べた刑事の一人が自分と目線を合わせてこんなことを言ったことは忘れられない。
「おじさんは色んな子供の殺人容疑者を調べたが、お嬢さんが理由もなく人を殺すとは思えないんだ」
 悔しくも目線を外してしまった。それはいまでも悔しい。もう今となってしまえばそんなことは考えまい。考えてはいけないのだ。自分は決して、いじめられて、まるで窮鼠猫を噛むようなみっともない恰好で良子を殺したわけではない。最初からぜったい優位にあって惨めにも命乞いをする良子を殺した、のである。
 裁判でもそれを証言するつもりだ、快楽のためにやったと。

犬のように紐で引かれて、数歩歩いたところで、ある有名な芸人と目が合った。長髪の30がらみのその男は裁判芸人として有名で、かなりの数の事件を膨張して仕事のネタにしていることで有名だった。毎月、一回、あるテレビ番組にコメンテーターとして出演する番組は毎週欠かさず見ていたが、まさか、自分自身が彼のネタの対象になるとは、いじめられてみなけば自覚がなかった。冗談みたい彼の顔を見たら気分が楽になった。自分が犯した事件は芸人が笑いものにする程度の、世界的にみれば一国に一件、一年に起こる程度のありふれた、日常茶飯事の出来ごとにすぎないのだ。
弁護士は、まったく顔のない男である。
裁判官とちがって髪の毛があるのか、ないのか、あるいは例の芸人のようにふさふさなのか、そういう印象すらまったくない。しかし、その男が発した言葉は完全に印象的だった。少女の海馬に一時的記憶ではなく、一生消えない長期記憶として埋め込まれた。
「この裁判は無効です。なんとなれば、青井みずなと称する被告人は人間ではなく犬だからです。法律は動物を裁くことはできません」
 いったい、この人は何を言っているのだろうか?ふと、あの日、5月3日に良子に言われた言葉が蘇った。しかも、驚いたことに検察、裁判員、それだけでなく裁判長までもが弁護士の主張を認めたのである。
「どうして、犬がここにいるのか、警察官、はやく連れて行きなさい!」
「わ、わたしは人間よ!ふつうの女の子よぉ!!」
 今度は手錠ではなく犬の首輪をはめられて、乱暴に引かれた。信頼していないはずの母親の一般名称まで叫んで救いを求めた、自分はあくまでも人間であって、犬ではないと。
 それは教室で毎日のようにいじめられた一カ月、無言のうちにみんなに叫んでいたことだった。だが、今度こそは実際に言葉にする。
 裁判所にいる大人たちの反応は冷たいものだった。母親はいつのまにかいなくなっていた。芸人は目を丸くして、いつのまにか人間の被告が犬になってしまった、というような顔をしている。
「助けて!!」
 彼女が最後に叫んだのは、親友、眞子の名前だった。あのとき、あれは大雨の降る校庭でのことだった。剣道部だった少女は防具をつけたままで降りしきる雨に打たれることを、良子から命じられたのだ。
 眞子は走り寄ってきてすぐに中に入るように促したが、みずなは拒否した。あのときほど悲しそうな幼馴染の顔をみたことがない。まるでどちらがいじめられっ子なのかわからないほどだった。
 ああ、あの時首肯していればよかった。彼女は認めたくなかったのだ、自分がいじめられていること、そういう人からの助けを必要としている惨めな身分にあることを!
 しかし、すべては遅い。
 何を叫んでも、誰も彼女の言葉に耳を貸す人間は、大人も子供もふくめて誰もいない。そうあのけがらわしい週刊誌すら記事にしないだろう。自分は犬なのだ。人権はおろか、人を殺しても裁かれる権利すらない、そこいらでさまよっている薄汚い雌犬にすぎないのだ。良子がそう言っていたっけ、その一言が彼女を絞殺す動悸になった。
 なぜか、あの時、自分を唯一人間として認めてくれた刑事さんの顔が浮かぶ。おそらく、数々の犯罪者を締め上げてきたのだろう、何処か極道にも通じる人に思えたが、あの時、自分を認めてくれる一言を発したとき、仏の慈悲に近いものを少女は感じたはずなのだ。
 しかし、今となっては遅い。すべては無に帰した。

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地下貯水槽 2(18禁止バージョン)
 仁澤かすみは教室の中で震えていた。しかしながら、べつに寒いわけではない。季節をいえば、本番の夏はもう少し後、いうなれば、目前である。もっと正確を期すならば夏休み寸前、みなが期待に胸をわくわくとさせているころである。
「夏休みも近づいてきましたが、十分に気を引き締めて・・・・・・・」
いま、担任によるHRが滞りなく進んでいるところである。30代も半ばを過ぎたと思われる女性教諭の声が、子供たちの昂奮する心に水を差そうとしているのは明らかだ。自分のクラスで問題が起こってほしい教師などひとりもいない。彼女もその例に漏れないだけかもしれない。
 彼女の言い分に生徒たちのほとんどは不満のあまり口を膨らます。しかしながら、それにも例外がいて、それはかすみだった。
 
この地域では、公立小学校でも制服があって、その没個性さがかえって、彼女の美しさや上品さといった個性を引き立てている。教師の目からみると、憎々しいことにさいきんでは清楚さまで加わってきた。
 正直言って、彼女はそれが不満だった。20歳も年下の子どもに嫉妬など、じつに情けないかぎりだが、それをわかっていながら自分の中にため込んだ不快感をおもてに出さすにはいられなかった。
「仁澤さん、具合でも悪いのですか?先生の話が耳に入っていないようですね・・・」
 梨を蜂が刺したような声が耳に付く。しかし、本人は美声を教室に轟かしているである。呑気なものだ。
その後、夏休みを目前にして教師が生徒に言うべき小言を適当に並べたが、何かおかしい。いつもと違うのだ。普段ならばこれほど隙を見せるような子ではなかったはずだ。形のいい眉が苦しげに歪んでいる。身体がかすかに震えているのが、教壇からでも容易に見て取れる。少女の席は前から五つ目にあって、目がそれほどよくない教師がなんでも目に収められる距離ではないのだ。
 それが白い頬が揺れているのがこちらからでもくっきりとわかる。桃色に上気して汗をにじませている。
 「す、すいません・・」
 まさか、素直に頭を下げるとは夢にも思っていなかった。思えば、この数日でクラスの空気が変わっているような気がする。乏しい経験のなかであっても、教師ならばそういったものに敏感になっていくものだ。あるいは、そうならない人間は教師に向いていないと言うべきだろう。
担任、彼女の名前を言い忘れていたが、九重公子という、彼女は、教壇がある部分から一段低い場所にある床に降りると迷うことなく、仁澤かすみが座っている席に近付いて行った。
 「どうしたのですか?保健室に行きますか?」
「だ、大丈夫です・・」
 保健室という単語を口にした途端に少女の端正な顔がかすかに歪んだ。精神的なものか、肉体的なものか、彼女はかなり具合が悪いらしい。このような時でも自尊心がうずくのが、この言葉に敏感に反応するらしい。しかしながら、彼女は讃岐良子など相手にしていなかったはずだ。
 公子は、良子がこのクラスのアイドルにいい感情を抱いていないことをとうに見抜いていた。しかし、彼女は、言葉は悪いが単なるチンピラにすぎない。
「先生、仁澤さんを保健室に連れていきましょうか?」
「だ、大丈夫・・・」
 かすみは綺麗な横顔を公子に見せて言った。しかし、本当に整った容貌だと思う。これほどの年齢差があるのに同性扱いしてしまう。良子を見てみるがいい。単なるメスのガキにすぎない。彼女に限らず小学生など、猿山でうっきききと騒いでいる動物とそれほど変わらない。しかし、あの中で一個体だけ人間が混じっていたら、どれほど不思議な光景に映るだろう。ふと、安住喜美に視線が映った。彼女は、美少女の隣に座っている。いままで、単なるかすみの腰巾着だと思っていた喜美が、さいきん、どうして人間味を帯びてきたのである。担任は興味深く観察してきた。
それほど美少女というわけではない。もっとも、同性で、しかも、20歳も年上である公子が児童をそのような目で見ることはありえない。かすみは、ごく例外中の中だった。だが、もうひとり例外を造ってもいいだろうか。担任は、喜美に視線をうつした。
「一番、仲のいいあなたなら親友の様子はわかるでしょう?仁澤さんは保健室に行くべきかしら?」
 「き、喜美ちゃん、わ、私、大丈夫だから・・・」
 あれほど快活な喋り振りが自慢な彼女が、なんという滑舌の悪さだろう。それにこのような状況ではまちがっても、クラスメートのことは、いくら仲がいいにしても名前で呼ぶはすだ。たしかに、心身両面にわたってトラブルを抱えている様子が見て取れる。しかし、もっといじめてみたくなった。
「どうかしら?安住さん」
「具合が悪そうに見えます。保健室に行くべきだと思います」
 さらに催促すると、期待通りでもないがそれなりの言葉が帰ってきた。安住のきっぱりとした言い方はあきらかにかすみにかなりの刃を与えている。綺麗な白い肌にうっすらと傷ができていくのがわかる。
「仁澤さん、保健室に行ってみたらどうかしら?」
 務めて優しく語りかけてみる。安住喜美、讃岐良子。仁澤かすみ、この三人の間に何があったのか、何だか秘密協定でもむすばれているような気がするのだ。あきらかにかすみに不利な形で締結されたように見受けられるが、エスパーでもない、単なる教師にすぎない公子にはそこまで見抜けない。
だが、言葉の端々、あるいは、トーンからそれを見抜くことこそが、あたかも推理小説を一ページ一ページ開くようで楽しくてたまらないのである。公子は、なんとか見えない触手を三人の中へと伸ばして探ってみたくなった。
「安住さんも一緒に仁澤さんを保健室に連れて行ってあげたらどうかしら?」
 誰がみてもそこまで具合悪そうには見えない。そんなことは公子にしてもわかっているのだ。
「行こうよ、かすみちゃん」
 促す以前に、安住がかすみを誘うべく肩に手をかけた。そうすることでまるで感電するように美少女は全身をびくっと震わせた。ふだん、担任だけでなくこの教室にいる誰もが知っているはずの仁澤かすみ像と違うところが、大変可愛らしくて意外性に富んでいると思わざるを得なかった。
まるでおもらししてしまったともだちにそうするように、喜美はかすみを立たせた。そのようすは、かつて、公子が低学年を担当したときによく出くわした。この中学生だと、それも二年や三年に間違われるという少女が、そのような状況とアナロジーされるなど、自尊心の高い彼女が知ったら他人の想像でも我慢できないだろう。
 それを後で知らせたらどんな表情をするだろうか、そんな妄想を逞しくすることもまた、教師の趣味の世界でもあった。
 彼女があれほど蔑視しているはずの、讃岐良子の肩に持たれて、そもそも安住喜美とはあまりにも背丈が違いすぎてその任に不適当だ、教室からでていく姿から、下半身を濡らして泣きじゃくる低学年の女の子を想像させる。かたちのいい膝小僧からアキレス腱、足首を通って黄色い液体が黒い靴下に染みをつくり、上履きまで達する。やがて、床に不自然な水たまりができることだろう。
 そこまで妄想すると、公子はこれまで感じたことのない快感が下半身を直撃するのを感じた。まるで電撃のようだ。三人の姿が教室から消え失せると同時にチャイムが鳴った。いつもの手続きを済ませると自分も彼女たちの後を追うことにした。
 
 保健室に行ってみるとちょうど、三人が出てくる場面に出くわした。やはり、なんでもなかったらしい、気鬱ということだろうか。讃岐良子とかすみとの間に緊張感がまったくない様子はやはりただ事ではない、ただし、一方的に前者が後者にコンプレクスを抱いて秋波を送っているだけなのだが。
担任である自分の姿を認めて、保健委員である良子は部屋に戻って、保険医を呼ぶと見慣れた白衣姿が視界に入った。ちなみに山王晴美は公子と同級生である。それほど仲が良かったという印象はなかったが、なぜか、クラスや部活など、そしてなんと職場まで腐れ縁は続いているようだ。
 肩を超えるストレートの黒髪が印象的な晴美は、表向きの優しげな態度が目立つので背児童たちの受けもいい。
「晴美、仁澤さんの様子はどうなの?授業は受けられる状態なのかしら?」
「とくに医学的な所見は見られないわね」
 何か言いたげな視線を返してきた。おそらく、子供たちがいる前では言いたくないのだろう。
 三人に目で合図してはやく教室に帰らせる。
「なんなのよ」
「私は着任したばかりでわかんないけど、あの子、生理はまだなのかしら?」
「それぞれの児童についていちいち知っているわけないでしょう?」
 いかにもめんどくさそうに、公子は肘を壁につかせた。児童たちの前では間違ってもこんな姿勢を見せたりはしない。相手は子供とはいえ舐めきっているわけではない。下手をすると、こちらが逆にバカにされることになる。事によると学級崩壊という最悪の結果を想定せざるをえない。
 晴美が言わんとすることはわかる。確かにこの年頃に生理が始まる子は多い。専門的な研究は知らないが、それが始まるのが早くなっているようだ。そう、老齢の女教師が言っていたことを思い出した。
 「あの子、生理が始まったのかしら?そうなら、指導が必要ね・・・」
 ほくそ笑む友人に、晴美は理由のわからない不安を覚えた。
「何を考えているのよ」
「授業が始まるから急がないと・・」
パタパタと駆けていく友人の尻を見ながら、晴美は単なる点に過ぎなかった不安が大きな染みに変化していくのをただ、黙ってみていた。それはいちど言い出したら聞かない人間であることは、付き合いが長い彼女は体験から痛いほど知っているからである。
 
 晴美の不安の対象物、いや、執行者である、九重公子は教壇に立っている。そして、不安の被対象物である、仁澤かすみはいつもの凛とした外形を取り戻しつつあった。その様子に余計に痛々しさを感じながら、いや、自分にそのように言い聞かせながら、公子は黒板に数式と図形を描きはじめた。

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地下貯水槽 (18禁止バージョン)1

 いったい、喜美は何処まで知っているのだろう?いったい、いつの間にか侵入していたのだろう。まったく気づかなかった。しかし、ビデオで撮られていたというのは嘘だと思う。しかし、それより何よりも、あの初心で子供だと思っていた彼女がこれほどまでに大胆な行動に出るとは、それがかすみは信じられなかった。
 そうはいっても、彼女はバカではないから、相手を見くびっていたと言うことはないが、しかし、いささか調子に乗っていたのかもしれない。このような絶望的な状況に置かれて、しかも、全てが自分の自由になる・・・・いや、そうではない。完全に信頼しきっていた相手に、脅迫されるとはあまりにも哀しすぎる。傷に塩を塗られるのと同等の行為だ。
 ようやく、自分の性器にはまりこんでいた、喜美の小さな足を摑んで離した。すこしでも力を加えれば折れてしまいそうな華奢なつくりだ。それなのに今は巨人の脚に思える。下半身を踏みつぶされるような気がした。しかし、あの男にされたような「侵入」とはまったく違った。殺されるような恐怖は同じだったが、何かが違うのだ。
 
 今、喜美とかすみは完全に立場が逆転してしまっている。
もともと、彼女はいじめられっこだった。自分が救ったことが親しくなるきっかけだった。けっして、救ってやったなどと親切を押し付けるつもりはなかったが、いま、彼女がこんな顔をするのは、自分がそのような態度を取っていた証拠かもしれない。
 いや、いま、そんなことを内省しても何の意味もない。親友は、自分と管理人との間で何が起こったのかすべて知っている。彼が求めるあることと引き換えに鍵を手に入れたこと、その具体的な中身を見通しているということだ。映像には残っていないだろうが、あきらかにそれは嘘である。たとえ、侵入に成功したとしても、それはせいぜいで一回きり、それも偶然であろう、普段ならば小父さんは施錠して行為に及んでくるからだ。だから、そんな状況でビデオカメラを携帯していたとは考えにくい。そこまで偶然が重なるとは考えにくい。
 だが、誰よりも自分と親しい喜美が言いふらせば、みな、信用するだろう。讃岐良子を筆頭とするアンチグループだけでなく、かすみを信望する子たちもいっせいに離反するにちがいない。
 しかし、彼女の言う通り、衆人環視の前で謝罪するなど、ありえない。それは完全に自尊心に抵触することだ。とても生きていられない。彼女が活きるリーゾンデータルを自ら否定するも同じことだ。
「き、喜美ちゃん・・・・」
かすみはわざと泣いて見せた。こともあろうに、彼女に対して媚を売るなどということが今世紀中に来るとは想像だにできなかった。
「彼女に謝る・・・って、私に何を求めているのか、それがわからないの?!」
 思い切って、本音を言ったとたんに大粒の涙があふれていた。それに、喜美は少なからず動揺した。だが、ここは負けていられない。
 傲然とかつてのリーダーを見下ろすと言い放った。
「私の言う通りにできないなら、みんなに言うから」
「き、喜美ちゃん・・・・」
「そ、そんな目でみないでよ!ヘンタイ!小父さんのところに行くときは、下着をつけていかないんでしょ?!」
「う・・・・・」
 今まで、自分が築いてきた城が崩れていくのが見て取れる。あの恥ずかしい行為を、まさか、この親友の目の前で、それも彼女に命令されて実行するのだろうか。そんなの自分ではない。絶対に認めたくなかった。しかし、ここで無理やりに腕力で言うことを訊かせるのは自尊心があまりにも高すぎた。
 いま、彼女の脳裏で動いている映像は次のようなものである。
 かすみは、管理人室のドアをノックすると返事があって中に入る。入るなり、部屋の隅でパソコンに向かっている管理人に尻を向けるとスカートを振り上げる。そこに悪魔の手が伸びてくる。
 もちろん、背後で起きているところ、かすみの目の届かないところなのであくまでも想像にすぎないが、むしろ、それゆえにはっきりと少女の記憶に残っているのである。
 そんな屈辱的なことを彼女の前でするなんてありえない。だが、一方で、讃岐良子に謝罪するなどありえない。謝ることがないのに何を頭を下げろというのだろう。喜美はいったいなにを考えているのだろう。冷静な時ならば簡単に洞察できることが、頭に血が上ったかすみには、簡単な加減乗除すらできなくなっていた。いや、知能という面において他を圧倒する人間であればあるほど、いざ、歯車のひとつが狂うと何処までもおかしくなっていくものかもしれない。
「お、お願いだから・・・どうして、喜美ちゃん・・・」
「な、泣き落としは通じないよ」
いつか、何かの小説で見つけた台詞だが、何処かで言ってみたかったのだ。もちろん、言いなれないが、そういう親友の余裕のなさを見抜くことすら、かすみにはできなくなっている。目の前の小さな友達が鋼鉄の巨人に変化してみえているのだ。
「わ、私がそんなひどいことをしたの?喜美ちゃんに・・・」
いままでしゃがんでいたが、かすみはゆっくりと立ち上がった。喜美ならば、言葉で説明すればわかってもらえると踏んだのだ。
「な、なによ・・・」
 頭一個ぶんよりも、背丈において二人の間に差が存在する。べつにそれだけが原因ではないがコンプレクスの対象だった。だから、勉強だけは頑張ったのだ。だが、外見的な部分は努力のしようがない。こうしてみると本当に美しく、堂々としている。将棋やチェスでいえばほとんど詰んだ状態なのに、いつでも逆転ができるかのように見える。いつのまにか、本来の自分を取り戻してしまった。しかし、ここであきらめたらいままでの努力がむだになってしまい、これまでと同じ奴隷に戻ってしまう。いや、それ以下の存在に貶められるかもしれない。少女は歯を食いしばった。しょせんは虚勢であって、張りぼてにすぎないのだが、それはあくまでも舞台裏が見つかってしまった場合であって、いや、そもそもここが舞台であることに気づかせてはならない。
「や、止めて!」
 喜美は、かすみの胸を両手で押した。
「ヒ!?」
 喜美の華奢な手がいくら力いっぱい押したとしても、それはたがが知れている。しかしながら、当の押された方にしてみれば、まるでブルドーザーが突っ込んでくるような圧力を感じた。
「ぁ!?」
 小さな声が先だった。そして、すぐにドボンという音が薄暗い空間に満たされた。
 目の前に起こったことは、喜美の想像をはるかに超えていた。
 彼女の親友は虚空に消えたのである。気が付くと地下貯水槽の中で身体をバタつかせている美少女が泣いていた。
 地下貯水槽に手すりなど設置されていない。まるで鍾乳洞とその奥に眠る地底湖の関係に似ているかもしれない。人の手が入らない限り、天然のばしょに手すりなどがあるはずがない。
だが、ここは人口の産物である。言い換えると、人工でありながら、天然という性質が加味された不思議な空間、という言い方が可能かもしれない。
 しかし、手すりはあくまでも必要ではない場所なのだ。その理由は特殊な人の専用であって、一般人が侵入することはありえないとされているからだ。
 だから、この空間は喜美やかすみのような存在を想定していない。
いま、かすみに起こっていることは、空間が異物を排除しようとしているのであろうか。あたかも人体の中において白血球が細菌を咥え込んで消化してしまうように、かすみもそうなる運命なのだろうか?
 落ち着けば、彼女は泳げないわけではない。水にたいする恐怖心があるわけではないのだ。だから、少女は驚いた。自分が置かれた状況をとっさに把握できなかった。それには、今の今まで性器を刺戟されていたことも寄与しているだろう。まだ、股間がジンジンとしている。体力、腕力面においてはるかに自分よりも劣る喜美によって、翻弄されたこともそれと関係していたにちがいない。
そして、もうひとつ、地下所水槽は5mほどもあってとうてい彼女の脚が付くような環境ではない。だが、そのことも、かつて、かなり深い海を潜水した経験のある彼女からすれば、あくまでも精神が安定している必要があるが、慌てる必要のない環境なのだ。
 だが、そのとき、少女はいきなり母親の胎内から外に出ることを余儀なくされた幼児のように無力だった。

「いやあああ!!た、助けて!ママ!!」

 かすみは、自分の力で水の中から這い上がったとしても、誰か、彼女の中でどんな思考変換があったのか側にいる、それも加害者である、喜美によって助けられたかのような錯覚を感じたのである。彼女を母親と混同したのかもしれない。喜美に抱きつきながら、幼女のように泣きはじめた。
 自分を圧倒するほどに大きなかすみに纏わりつかれながら、少女は不思議な感覚に襲われるのに、ある意味戸惑い、そして、ある意味そういった自分を興味深いきもちで観察していた。
 しょうじき、かすみの力で、しかも、理性を完全に失ってしまった彼女に抱きつかれるのは、相当な苦痛を伴っている。脊椎や骨が軋む。しかし、それを緩和するくらいに脳内麻薬が分泌されるのを直にかんじていた。どくどくという音が頭の中で聞こえるほどだ。
それを母性本能といっていいのだろうか?まだ小学6年生である喜美は、その言葉自体を辞書的な意味おいて知っていても、本質的に捉えられているとはとうてい言い難い。
 だが、同時にかすみに対するサディスティックな欲望も負けず劣らず存在していた。少女は、つい先ほどまではるかに自分よりも上位にいた人物を、文字どおりの意味において見下ろしながら、いままで達したことのない領域に 知らず知らずのうちに上陸していたのである。
 これからどうすればいいのか、少女はアプリオリに知っているような気がした。
「かすみちゃん、いや、かすみ!」
「・・・・・・!?」
 少女は、いっしゅん、心臓を歪ませて全身の筋肉を緊張させた。しかしながら、次の瞬間には彼女の言葉を受け 入れていた。
「これからはなんでもいうことをきくのよ」
「・・・・・」
 発言者も受け手も、双方ともにどうして自分たちがそのような会話をしているのか、ほとんど理解していなかった。だが、ほとんど自動的に主従の関係はかんぜんに逆転したのである。そのことは、法的な書類に記載されたのである。そして、管理官によって手続きはすでに済んでしまった。

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『地下貯水槽 序』(18禁バージョン)
「本当に、かすみちゃん、中受験するの?」
「するより、仕方ないよ」
 闇の中にぼっと浮き上がる親友のすがたはかつてのリーダーという外見からは完全に遠い存在となりおおせている。地下貯水槽のなかを伺うその姿は、猫のように背中を曲げて、分厚いコンクリートに身体をすり合わせているのだが、憐憫すら感じさせる。かつての彼女はこんなではなかった。
 仁澤かすみは、安住喜美にとって大袈裟にいえば理想とでもいうべき存在だった。それが別人のようになってしまい、見るも無残に打ちひしがれている理由はクラスにある。
 地下貯水槽とは、彼女たちが住んでいる地域にある巨大マンションに付属した施設であって、建物全体にポンプで飲料水を供給している。
 外から入ってくるかすかな光によって、貯水槽に水がはいっていることぐらいはわかるが、奥まで侵入できないので、底まではとうてい伺いしれない。
 マンションにとっては大事な施設であって、得体のしれないもの、たとえば汚物などを混入されでもしたら衛生問題にすらなりえる。だれでも入れるような状況にしておくわけにはいかず、しっかりとした専門の人間による管理が必要となる。
こんなところに子供が侵入できるわけがない。鍵が必要なのだが、かすみだけはそのありかを知っていて、しかも、自由にできた。それは彼女だけに与えられた権利だった。あるとくべつな理由からマンションの管理者からその権利を付与されているのだ。かすみは知らないことだが、その秘密を喜美は知っている。

 かすみは、小学校6年生にしては背が高く他よりも、生、性、両者に渡って成長が早いと言えるだろう。小学生にしては胸は膨らんでいるし、腰もくびれている、しかしながら、「小学生」特有の体型という造形を超えているというわけではない。
それよりも人の目を引くのは並はずれて優れた容姿だ。
本人はそれを突っ込まれると嫌がるのだが、美貌は親から人間離れしているとまで言われたほどである。
そんな彼女がクラスの女王の座にいることは、本人が意識的に望まなかったとしても、ごく自然なことだった。いざ、その座を奪われるということになると、精神は恐惶をきたした。自分が恵まれている状況にあるとすら想像できなかったようだ。玉座が揺らいで初めて王冠の重さに気づいた、というところだろうか。

 いま、彼女たちのクラスでは2つのグループが対立している。ひとつは、いうまでもなくかすみをリーダーとする多数派。もうひとつはそれに反抗する新興グループである。
一般に挫折を知らないエリートはいざ、自分が対応できない困難に出会うと簡単に躓いてしまうという。
彼女の前に立ちはだかった少女は、簡単にかすみの自信をぼろぼろにしてしまったのである。
その理由があまりにも単純だった。
 それは、クラスの女子が何故か集中して住んでいる巨大マンションから一戸建てに引っ越したことである。羨望からか、嫉妬からか、まず仁澤家をハブいたのは、彼女らの母親だった。
 マンションから送るときには盛大なパーティを開いたにも関わらず数日経ったら、手のひらを返したように態度が変わっていた。それを見て学んだ子供たちの一部がクラス内の新興勢力に賛意を示した。クラスの圧倒的多数ではなかったが、クラスメートたちに、この世には、教師ですら一目置く存在である仁澤かすみにアンチテーゼを示す存在がある、そのことに賛成でなくても少なくとも存在することを示した。
その行為からくる影響力は、行為者の想像をはるかに超えていた。すぐに効力は表れなかったが、潜在的に存在していた反かすみ派閥にある種の酵素の役割を果たしはじめたのである。
酵素とはある種の化学変化を促進する役割を果たすが、そのとき、教室の水面下で起こっていたことはそういうことだった。

彼女らにとってかすみは絶対的な存在だったのである。明らかに、彼女らの中で新興勢力に心をグラつかせる子たちが出てきていた。かすみはそれに気づいて疑心暗鬼になってしまったのかもしれない。
ちなみに、そのグループを率いるのは讃岐良美という少女である。
 
 この時点においては、喜美は親友に反旗を翻すなど想像だにできなかった。
 かすみは、喜美とかつての親友だった芹沢鏡花と蟻巻きい、を率いるリーダーであり、この地下所水槽にも4人でよく遊んだものだった。
 彼女は、この3人だけにとどまらすクラスでもリーダー的な存在だった。それに比べると安住喜美は、成績では負けないが、じつに控えめでおとなしい、クラスでも目立たない存在だった。
 そんな彼女が、心変わりするにはあるきっかけが必要だった。以前から仄めかしていたのだが、今、彼女はそれを実行するという。
 かすみが中受験する決意を固めたことこそが、喜美にとって許しがたい裏切りと映ったのである。それは憧れてきた親友が戦場逃避しているように見えたのである。
 しかし、そんな内心などオクビにも出さずに言葉を続ける。
「本当にいいの?もう間に合わないかもよ」
「学校を選ばなければ大丈夫だって、先生は言ってたし・・・」
「鏡花ちゃんだって、きいちゃんだって、それに・・私だって、かすみちゃんを信じてるんだよ」
 まるで逃げるみたい、という言葉を呑みこんだ。
 いつの間にか、キリキリという音がうすぐらい地下空間にくぐもっている。その音はあきらかに喜美に対して何か急かしているような気がする。
かすみは鍵で床を引っ掻いている。
「怖いよ、喜美ちゃん、たがが家を引っ越しただけで、どうしてあんなことになるの?」
同時に涙を帯びた声が絡み付く。
 これから、もっと、泣くことになるんだよ。中受験なんてぜったいに許さない。失敗させてやる。親友を、精神的な点においては言葉で慰めながら、具体的な行動という点においては、両手を広げて上から覆いかぶさりながら、少女は裏では舌を出していた。
「うう・・喜美ちゃん・・・」
 驚いた。このような無礼をむざむざと許すような彼女ではなかったからだ。平手打ちくらいは覚悟していたのだ。
 何の抵抗もなしに、かすみは華奢な喜美によって両腕の中に納まっていた。長い髪からはいい匂いがした。おそらくシャンプーかリンスによるものだろうが、こういう時に嗅ぐ香りは普段とはちがう色に彩られている。
 彼女は、まるで幼い娘が母親にそうするように、喜美に身体を預けていた。そして、小刻みに震えだしたのだ、最初こそ声を殺して泣いていたが。しだいに嗚咽を押えられなくなっていた。
本当に打ちひしがれているのだ。あのプライドの高い親友が、こんなに日弱な自分に支配されている。この事実に喜美は混乱した。極端なことをいえば、それにはたぶんに被害妄想も含まれていただろうが、革命によって奴隷がいきなり王様に戴冠させられたものである。普段から祖の地位に焦がれていても、いざ、それを得ると困惑してしまう。自分がその地位にふさわしいか疑問を抱くのだ。しかし、奴隷然となったかつてのリーダーを見下ろしているうちに、喜美の中で何かが変わっていく。彼女の中で何かがはじけたのだ。
「かすみちゃん・・・・・」
 親友を引き離した。そして、じっと親友の顔を改めて見つめてみる。
光が外から零れてくるのだ。月光のような明かりに照らし出されて端正な顔が闇にあってもくっきりと見て取れる。
 
 そんな彼女を自分の思う通りにしたいという欲求が、それも自分だけの人形にしたいという欲望が、喜美のなかでふつふつと浮かんできた。
 それは彼女の頭の中でひとつのアイデアとして結実した。いままで決心していたことに変更を加えることにした。彼女を陥れることには変更しないが、あくまでも自分だけの奴隷にしたくなったのだ。しかも、その上でクラスから孤立させる術策も浮かんだ。このふたつの条件に横たわる矛盾を整合させる方策を思いついた。
 それは「秘密」をみんなに明かすことはでなくて、本人の前に提示してみせることなのだ。
「ねえ、か、かすみちゃん、私、かすみちゃんの秘密を知ってるよ」
声が上ずっているのはわかったが、いっきに言い放った。これまでの立場を逆転させるのだ。革命を起こす。相手がここまで打ちひしがれている、そういう絶好の機会を失していつ欲望を実現するのだ?
「な、なんのこと?何を言っているの?」
 いつものプライドの高いかすみに戻っていた。しかし、ここで負けるわけにはいかない。あきらかに相手は動揺している。ここは畳み掛けるべきだ。
「どうして、かすみちゃんが鍵を手に入れられたか、私は知ってるよ、小父さんでしょ・・!?」
 言い終わると同時に喜美は絶句した。殺されるような気がした。それほどまでに恐ろしい目で睨まれたからだ。自分は奴隷で彼女は主人という立場を否応なしに思い出してしまう。しかし、もう、自分はいままでの安住喜美ではないのだ。ここはなけなしの勇気を振り絞るしかない。
「その鍵、小父さんとエッチなことをしてもらってるんしょ?」
言い終わると同時に、いや、少し早かったろうか、リーダーの手が飛んできた。しかしながら、それは寸でのところで止まった。手のひらの温度が頬に飛びつく、それほどの至近距離で固定している。
 殴られる!やっぱり、自分はこの人の奴隷なんだ。永遠にそれは変わらない。そう思った。確かに眼球が潰れるような圧力で目をつむった。しかし、頬は打たれない。断っておくがいままでいちどもかすみから手を上げられたことはない、たぶんに被害妄想がかすみに対する感情に影響していたことは後の本人も認めている。
 さて、一瞬で凍りついたかすみは、ようやく口を開いた。
「い、いったい、何を知ってるの?」
 双眸には夥しい涙があふれている。
 「たまたまかすみちゃんと小父さんがここに入るのを見たの」
「しかし・・鍵が」
 「たぶん、かけ忘れたんじゃないの?入れたよ」
「じゃあ、全部、見てたの?」
 言い終わるなり、喜美に背中を向けたかすみは、コンクリートに自らの頭を打ち付けた。
「お、おねがい、誰に言わないで!」
 証拠など必要はなかった。クラスのだれしもふたりの深い関係を知っているからだ。おそらく、喜美の言うことなら信用するだろう。かすみはそれを理解しているのだ。そして、喜美もそれをわかっていて次の段階に移った。
「わかったよ、かすみちゃん、だけど条件があるの」
「・・・・・・?」
 振り返ったリーダーは、再び自尊心などあさっての方向に投げ去った顔をしていた。非膝をついて、まるで喜美を神様の像のように拝んでいる。さすがにここまでくると興醒めだが、続ける。
「讃岐さんに、みんなの前で謝ってほしい」
「そ、そんな・・・・・」
 再び、自尊心の色が美貌を彩り始めた。しかし、それを一気に消しにかかる。喜美は、足先をかすみの股間に突っ込ませたのだ。予期出来ない親友の動きに身体のバランスを崩した少女は、冷たいコンクリートの床に転がった。しかし、情け容赦せずに少女の股間をぐいぐいと踏みつける。
「いやあああああ!やめて!喜美ちゃん!!いやぁあ!」
喜美は、例の管理人がかすみに対してやっていることを真似ているだけだ。ついでに言うと、「オマンコ」などという言葉も小学生である彼女が知っているわけがない。 
「オマンコって言うんでしょ?かすみちゃんはエッチだから、ここをいじられると気持ちよくなるんでしょ?」
 さらに服の上からだが、かすみの股間に向けて足先を突っ込ませる。
「いやあああ!!」
 だが、しかし、かすみと喜美の体格差からすれば、抵抗するのは簡単なことである。簡単に引き離された。
 「いいの、デジタルビデオで映像だって撮ってあるんだから」
「・・・・?!」
 「みんなに観てもらおうかな」
「わ、わかった、讃岐さんに謝るから・・・・」
「だけど、その前にしてほしいことがあるの・・・」
 喜美はかつてのリーダーを睨み付けた。

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『由加里 108』



 照美の、もちろん、手術用の手袋で覆われた指が由加里の膣の中に侵入してきたとたんに浮かんできた映像がある。真野京子と藤沢さわの顔だった。
 同時に声まで聞こえてきた。必ず、自分を守ると、二人の同級生は誓ってくれた。ここで、照美に白旗を立ててしまったら、あれほどまでに自分のことを思ってくれているふたりを、いや、彼女たちだけではない。鈴木ゆららを始めとする、その他のクラスメートたちの行為まで完全に無にしてしまう。
 絶対に、負けてはならない。由加里は、かすかに口腔内に力を込めた。それは、歯を食いしばって、といえるほど外見から明らかではなかったが、目ざとい二人には簡単に見破られていた。
「どうしたの?西宮さん?」
「・・・・!?」

 しかし、照美は、ここで「誰かが味方にでもなってくれると思った?」などと軽々しく手の内を明かすようなへまはなしない。ここは、完全に知らない顔をして、由加里に、自分が秘策を秘策のままにしておくことが、今の照美の方策である。すべてを知った時の、奴隷の絶望的な顔を見るのが楽しみなのだ。
だが、そんな照美の楽しみに水を差すような声が聞こえた。
「照美、もう9時半だな」
もう、そんな時間なの、と照美は美しい顔を本棚の上に置かれた時計に向ける。
9時半になったらいったい、どんなことが起こるのだろうと由加里は二人の顔をみたいとおもったが、もはや、首と顔の筋肉はまともに動いてくれない。ただ、涙がぽろぽろと目から零れてくる。
その滴の一滴が右手の甲に落ちた。
「・・・・・」
少女は何かを決意した。しかし、それはすぐにはわからなかった。だが、しだいに自分がクラスメートたちを信じようという気になっていることに気づいた。おもいっきり右手を握りしめる。それは知的な美少女の決意だった。すぐに言葉にして示した。
「わ、私、帰ります・・・」
照美は、できるだけ無反応のふりをして言う。
「最後に言っておいてあげる・・・」
「・・・・・!?」
 由加里は、これまで抑え込んできた感情を垣間見せるように、照美を睨み付けた。ほ一筋の涙が頬を伝って顎に達したが、それは先ほどの涙とはまったく意味あいが違っていた。
照美は、満足だった、彼女は自分の奴隷の意図を完全に見抜いたのである。
「あなたの意志はわかったわ。だけど、いちおうは、言っておいてあげる。最後のチャンスよ、心して聞きなさい」
まるで教師が不良少年に最後のアドバイスをするような調子だ。だが、その言葉の内容はまったく表面から受ける印象と裏腹だった。はるかは、それがおかしくてたまらないが。ここは親友の舞台を壊したくないので黙っていた。
「オナニーしてみせてくれない?」
「いや・・・・絶対にイヤよ!そんなの!!」
いっしゅん、由加里が照美に唾を吐きかけたように見えたので、はるかはぎょっとなった。だが、それは文字通りの意味において吐き捨てるように、言ったのである。それほど大げさに顔をしかめたのである。
だが、由加里がそんなことをするわけがないと、思いなおした。
しかし、こうやって事態を俯瞰したように眺めている自分と、二人との間に距離を感じてしまうはるかだった。
「こんなときに自分はどうしてこうまで冷静になってしまうのだろうかと、アスリートの卵は多少なりとも口惜しい。どうやら、それが物書きの性であることに、彼女はまだ気づいていないようだった。今回の件でもそうだが、物語を創るのは楽しい。だが、それはあくまでも知的な娯楽であって、本気でやっているテニスとはまったく違うのだ。
そろそろ、自分にも台詞が回ってくる番だと、はるかは由加里に近付いた。こちらを向く由加里の顔をみて思うことは、ただ、長い眉毛に涙がいっぱい溜まっていて重そう、その一言に尽きる。そんな様子に髪の毛の先ほどの慈悲も与えずに言い放つ。
「西宮、それがどんなことを意味するのか、わかっているよな?」
「・・・・・」
由加里は、黙って立ち上がると玄関に向って歩き出した。ふらふらと足はぐらつくし、恥ずかしい液で股間が粘つくので大変に気持ち悪いが、ようやく一歩を踏み出す。それは新しい世界へのドアを開く一歩のはずだった。彼女はすでに照美の家にいないような気がした。彼女が属する教室でかつてのようにクラスメートと笑いあっている自分がいる。
だが、いくらなんでもそれは気が早すぎると自覚する。照美の家は非常に広い。ただでさえ、中の上から上の下という階級に育った由加里であっても、驚くほどの面積、それは、すこしばかり古風な言い方になるが、屋敷といっても過言ではない。
それは、照美の恐ろしさの深さが尋常ではないことを暗示しているように思えて震えが止まらない。だが、それを敵に見せるべきではないとなけなしの勇気を振り絞ってもう泣かずに外に出ることに気づいた。

外気に触れると、初夏とは言ってもまだ夜は肌寒い風を纏うことになる。思わず猫背になってしまう。もっとも冷たく感じるのは、照美たちに弄られていまだに濡れそぼっている性器の周辺がおぞましい冷たさで満たされているし、そこから粘液が糸を造って膝小僧まで達している。それだけでは済まずになおも領域を広げようと企んでいる。
「・・・・・ヒ!?」
由加里は、思わず上体を曲げた。あたかも、そうすれば気持ち悪い面積が増えずに済むかのように思っているようだ。彼女ほど知的な人間が、その行為の無意味さに気づくのに、いざ経験してみなくてならなかった。既に愛液は白い靴下を汚染しはじめている。それを見ると少女はさらに惨めな気持ちになった。
ここまで玄関を通るまでは上背を張っていたのに、これでは農作業をしているおばあさんと変わらない。
そうだ、ここは外なんだ。そして、自分はとても恥ずかしい恰好をしている。
「・・・・・!?」
自分があられもない恰好であることに気づいて思わず胸と股間を抑えた。そして、次の瞬間にオナニーをしているのではないかと疑われることが怖くなって両手に自由を与えた。だが、腰は、老人のように曲がったままである。
由加里は、壁に立てかけられている自転車が、あたかも誰かよって用意されたもののように思われた。だが、よく考えてみればそれは親に買い宛がわれたものであって、ここまでそれに乗ってやってきたのだ。まるでさきほどの威勢は何処へやら、少女はサドルに跨ると帰路に就いた。
グチュウ・・・という音が少女の耳を真っ赤にする。見なくても下半身がおもらし状態になっているのがわかる。
「ウウウ・・・」
濡れた生地はいささか固くなって少女の下半身に突き刺さる。
無尽蔵であるかのように涙が流れてくる。腫れた顔に染みて悪寒が走る。視界に涙が羽をはやして飛んでいくのが見える。夜風も手伝って、それらは夜の街に飛び跳ねては消えた。それに由加里が気づくことはなかった。

一方、彼女にこんな哀しい思いをさせている本人もまた、泣いていた。だが、こちらは夜の涙散らしとちがってその悲しみと怒りを抱きとめてくれる友人がいた。
「私、人間じゃないみたい・・・」
泣きながら茫然となっている照美に、親友は言葉をかけてくれない。ただ、その代りに強く抱きしめてくれた。腕と脊椎がねじれて悲痛な音を立てていたが、黙ってそれを受け入れたその痛みに耐えることで、何が清算されるような気がしたからだ。
はるかは、親友のように自分の感情に溺れているわけにはいかない。そもそも、そのような性癖がないということもあるが、自分たちの奴隷がいなくなったいま、やるべきことがあるのだ。
携帯を取り出した。かけるべき相手は藤崎さわである。
 何処か投げやりな声を携帯の向こうに投げつける。
「藤崎さん、今、何をしてる?」
「ぁ・・・鋳崎さん?」
 少し、戸惑ったような返事が携帯の向こうから響いてくる。しかし、思いなおしたように返事が返ってきた。
「京子と、中間の最終チェックを・・・」
「そうなんだ、細工は粒々・・・・なんとやらだね、おっと、これは国語のテストに出るかもよ」
 さわは、全身の震えが止まらない。
 恐ろしい笑い声を送ってくる主が、藤崎さわは自分と同じ年齢のクラスメートには思えなかった。京子と話して断ろうと決めていたのだが、決意は簡単にぐらついた。
「テスト勉強はうまくいってる?教えにいってやろうか、照美と一緒に」
 とたんに美少女の上品な横顔が頭をよぎる。たしかにきれいなのだが、何処かとっつきにくく、さわは苦手だった。だが、彼女が由加里いじめの首謀者だとは気付いていない。
 喉元をすぎて、いや、それどころか食道をはるかにすぎて胃にまで達してしまった食べ物を引き戻すように言葉を発する。
「・・・う、大丈夫」
「なら、台本の2ページの三行目を読んでみようか」
「ヒ・・・・」
「あれ?覚えてないの?そこはこうだよ、もう、みんなこんなひどいこといつまで続けるつもりなの?!いいかげんに止めようよ!西宮さんがかわいそうだよ!!・・・・・くくくく」
「い、鋳崎さん!?」
 押し殺したような笑いはしだいに抑えを破って果実の中から食い破ってくる。
 この人、アクマなんだ。ぜったいに、あたしたちのこと離してくれない。もしも裏切ったら殺される。
 冗談ではなくて、そんな思いがさわの純真な心を侵食していく。
「90年代特集、次はラルクアンシエルの『浸食』」
 ラジオからは、あたりまえのことだが完全に他人事、呑気な発語が少女ふたりの耳をつんざいた。
 どうやら、その声は携帯の向こう側にも響いているようだ。
「へえ、藤崎さん、ラルクなんて聞くんだ。それ聞きながらでいいから、今、言った台詞、言ってみてよ」
「え?・・・」
 はるかの声は、そのロックバンドが楽曲の特長である、ある種の投げやりさに満ちている。
 さわは、京子に目で合図する。それだけで通じないと思ったのか、指をさす。
 真野京子は、親友の様子にすべてを悟ったのか、たいした抗議もせずにノートを持ってきた。
 家族の名前が掲載されているかもしれない、死者目録を渡された、災害被害者のようにそれを奪い取ると命じられたページを開いて血走った眼を走らせる。すべては、自己保身のため、命がかかっているのだ。
「もう、みんなこんなひどいこといつまで続けるつもりなの?!いいかげんに止めようよ!西宮さんがかわいそうだよ!!」
「だめだな。演技力がゼロだよ、藤崎さん、もうリハができないんだからね」
「リハって?」
 いったん、火が付いたはるかの喋りを止める手立てはない。心にもないことを天賦の才能に乗せて捲し立て続ける。
「藤崎さん、かわいいから女優になるんじゃないの?それじゃ先が思いやられるな。リハってリハーサルのことさ」
 「ア・・明日までにちゃんと言えるようにしておくから」
「そう・・テストも頑張ってね・・・じゃ、お休み・・・・」
 さわの言葉などまったく聴いていないかのように一方的に切られた。べつに残されたわけでもないのに、少女たち、いうまでもなく、藤崎さわと真野京子だが、彼女らはたったふたりで世界から取り残されたかのように錯覚した。
「べ、勉強しようよ・・・・」
 そう言って震える手でさわが摑んだのは、はるかの書いた台本だった。

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姉妹 10

 折原奈留は、くねくねと蠢くおぞましいものを性器に宛がう。
 思わず舌打ちが出てしまう。自分のやっていることに疑問を感じなければ、こんなことが真顔でできるはずがない。何者かに、強制されているという感覚がなければ、単なる変態ということになってしまう。
「なんだっていうのよ!?ウウ・・・」
 ミミズのちょっとした動きが性器に計算外の刺激を与える。もっとも強い性的な刺激とは、第一に予想外であること、そして、第二に強すぎない、適度な刺激であること、それらが総合すると最高の官能が訪れる。自慰ではけっして味わえない性的な快楽が、性交によって与えられるいい証左だろう。
 このおぞましい軟体動物の動きは、まさにその二原則に忠実なのである。
「家族のみんながどうして、こんな態度を取るようになったのか、よく考えてごらんなさい。あなたに言いたいことはそれだけよ」
 早朝に、母親に言われた言葉が頭に木霊する。情けないものを見る目で自分を見ていた。「どうして、私があんな目で見られなきゃ・・・アウウウゥ・・・あヒ」
必死の思いで最後まで入れ込む。ちなみにすでにアルコール消毒は済んでいる。熱を急激に奪う、その薬品の効力が性的な刺激に拍車をかける。
「あぅう・・こんな状態で学校に行け・・・なんて・・・ひどすぎる!」
 まるで、いじめられっ子の体験を聞いているような気分になった。別にそのような立場にいたことはないが、もしも、そうならそれは親しい友人同士だったということができるだろう、書籍だったが、新聞の片隅に忘れ去られたような記事だったのか、忘れたが、とにかくそこで読んだ記憶があるのだ。
 あまりにも真に迫った表現だったので、文章に没入してしまい、いじめられていた少女をカウンセリングする校医の立場になってしまったのだ。ついでに言うと、そのとき、ななぜか、性器が濡れてしまったのである。
昂奮を抑えるために、すぐに自室にこもると自慰をした。
 あのときは、どうしてそんな気分になってしまったのかわからなかったが、今、思うと加害者の立場に自分を立たせていたのかもしれない。
 人をいじめる人間を想像して、性的な興奮を得る。自分は最低の人間だろうか。ならば、いま、自分に起こっていることは自業自得だろうか。
 ちなみに、けっして、自分をいじめられる立場に立たせなかったことからもわかるとおり、奈留は今までの生涯においていちどもいじめられたことはないし、そんな状態に陥ることを恐れたこともなかった、のである。
 時計を見ると、午前6時。まだ一睡もしていない。
 だが、すぐに家を出ないといけない。

 まだ早朝に特有である、藍色の空気が漂っている。廊下から玄関に向かう間になぜかキッチンに寄るべきだと、心の声が言っている。
 はたして、ドアを開けてみると二つ分の弁当が並んでいた。
「家族のみんながどうして、こんな態度を取るようになったのか、よく考えてごらんなさい。あなたに言いたいことはそれだけよ」
 母親の声がまた木霊する。涙が頬を伝う。
 「なにも悪いことしてないのに」
 やるせない思いがさらに多量の涙をやや釣り目がちな瞳に要求する。
「はぁ、はぁ・・・」
 弁当を持つ手が震える。ちょっとした身体の動きが、股間に影響する。こんなとき、自分はどれほどみっともないだろうか?と思う。家族、そのなかでも、けっして、奈々には見られたくない。
 「うう・・・」
 やりたくはないが、スカートのポケットから手を入れて下着を上げる。
「うぐぐ・・ぅ!?」
 そうしないと、ミミズが落ちそうに思われたからだ。
「ぁ・・・」
 弁当を鞄に入れ込むと、気を取り直して玄関に向かう。革靴がいつもよりもきらきらしている。まるで黒曜石のようだ。それは涙のせいではないかと思える。
 靴が主人の境遇を嘆いてくれているのか、それとも、涙で曇った網膜がそうみせるのか、どちらだろう。こんなばかばかしい妄想も、ひどい現実から逃げる手段でしかない。自分には味方がだれも、すくなくとも、この世界においてはいないのだから、せめて、靴のような無機物にそれを求めるより方法がなかった。
 家から出ると、さわやかな青空が広がっていた。いつもならば、心の奥底から笑いたい気分になるだろう。だが、あの青は何処までも残酷に思えた。あるいは、とても非現実的だった。まったく無駄のないコンピューターグラフィックスが、完璧なはずなのに何処か不自然な印象を与えることはよくあることだが、今朝の空はそれに似ているかもしれない。
 「空に堕ちていく」という歌詞は何処かのロックバンドのナンバーだったろうか、奈留は覚えていないが、そのフレーズと曲だけは頭に残っていた。
 蒼天に落ちていく、引っ張られていく、とてもきれいな地獄に向って無理やりに移送される。そんな文章が続くような気がした。
 
 奈留の心にあるのは、「はやくいかないと・・・」というただ一言だった。私立なので自転車通学も可能だが、汚らしい液体で汚したくなかった。
ブロック塀を伝いながらやっとのことで進んでいく。こんな調子で命令通りの時間に間にあうだろうか。
 まだ早朝だとはいえ、公道で性的な興奮を得ている。そのことが、奈留に強烈な羞恥心以外のものを与えていた。それは、自分がおぞましい、汚らわしい、という感覚である。
 自分が触れるもの、すべてを汚しているような気がする。スカンクのような臭いを発しているように思えるのだ。
 今、たまたますれちがった赤い自転車の高校生。顔をしかめていた。きっと、奈留の臭いが耐え切れなかったんだ。
 ごめんなさいね、朝ご飯を食べたばかりなのに、大切な一日がはじまるというのに、しょっぱなからこんな不快な目にあわせて、奈留はとても臭いでしょう?
 急がなくてはいけないと足にいくら言い聞かせても、なかなか進まない。風景が動いてくれないのだ。まるで、ウォーキングマシンに乗っているかのようだ。
 しかし、奈留に選択肢があるわけがなかった。足は動きはじめる、学校などに行きたくないのに。この身体は、これまで彼女がどれほどひどい目にあったのか知っている。もしも、奴隷として主人の命令に従わなかったら、さらにひどいことをされるのが必定なのだ。
 流れ込んでくる、この世界の奈留の記憶。
 よそ者のはずである奈留にとってみれば、それと同化することはまさに恐怖である。
 今井真美の姿はなかなか見えてこない。あくまでも、よそものである奈留が知っているはずのおとなしい今井真美が・・・いや、それは奈留にとってみればいささか感想がちがう。確かに、あの時、自分に対して敵意を抱いていた。しかし、それにしてもこの世界における彼女と、どうしてもつながらないのだ。まるで見えない何者かに支配されているような気がする。
 最寄りの駅に特徴的な塔が見えたところで、携帯が鳴った。奈留の主人であり、所有者でもある、今井真美だった。とたんに、心臓をえぐられるような衝撃を受けた。携帯の液晶に表示された、その名前を見ただけで、この身体は銅像のようになってしまう。
 あきらかに、この世界の奈留は彼女に対して尋常ではない恐怖を抱いていている。このようなおぞましい行為を強制することからも、それは簡単に理解できるだろうが、じっさいに、体験したものでしかわからないこともある。
「折原?ちょっと、気が変わってさ。駅前でやろうよ、検査」
「・・・・!?」
 まさか、通勤通学の客が押し合いへし合いするところで、検査をしようというのか。背中に冷たい汗が流れる。
 どうやら、検査という言葉に敏感に反応するようだ。
 思わず絶望的な吐息が唇を震わせる。
「そ、そんな・・・!?い、今井さま・・・」
 この世界の奈留が口走った。さま付には驚く。彼女と今井真美との関係を端的に現している。
「ふふふ、本気にした?それとも露出狂の折原にとってみれば夢のようなことかしら?」
「・・・・!?」
「どうなの?したいんでしょう?!」
「ハイ・・・」
  力なく、真美の望む答えを返す奈留。かなり奴隷化が進んでいるらしい。奈留はぞっとした。しかし、よくよく彼女の気持ちを慮ってみると、その裏にはかなり深い物があるらしい。気が付かないうちに唇をかみしめていたからだ。それはすこしばかり温かかった。触れてみると出血していることがわかった。
 真美は駅前にあるトイレにまで来るように命じた。その猶予はわずか5分である。間に合うだろうか、だが、考えている暇はない。奈留はよたよたともたつく脚をひっしに動かしながら歩を進めた。

 「おはよう、折原」
 駅前の雑踏の前には、今井真美の悪魔的な笑顔があった。その背後には数名のクラスメートたちが控えている。彼女たちは同じように微笑を浮かべているようだが、何処かちがう。それが人間としての品の問題なのか、その他の要因が働いているのか、奈留には想像すらできない。
 悪魔的と言ったが、このサラリーンマンたちや、学生たちの目から見ればごく普通の女子中学生にしか見えないにちがいない。
 彼女は、その笑顔を崩すことなく近づいてくると、おもむろにネクタイに手を伸ばした。
 思わず、身体をのけ反らせる。整った顔が引きつる。
「ヒ!?」
「何よ、その眼は・・それがやさしいご主人さまに対する忠実な奴隷の立場なの?」
 真美の笑顔が、しかし、ほころびをみせることはない、他のクラスメートたちはすでにいじめっ子の本性を顕わにして、眉間にしわを寄せているのにかかわらずだ。
 「さあ、時間がないからこちらに来るのよ」
「・・・・!?」
 手首を摑まれると、強引に障害者用のトイレに連れ込まれ。平静を装っているようで、サディスティックな欲望を満足させたくなったのである。いわば、腹ペコの肉食動物がインパラを目の前にいて寝転んでいられるだろうが、真美たちはそういう心持だったのである。
 障害者用のトイレの個室は、がらんとしている。四畳ほどの広さはないだろうが、空間的な理由か、あるいは、奈留の気分のせいか、大げさに言うと地平線が見えるほどの広さに思えた。 
 真美は、すこしばかり屈むと奈留の整った美貌を上目使いで睨んだ。早朝の青い光はまだ残っている。そのせいか、血の色を失っている。しかし、そうであってもかなり可愛らしく見えた。少女はぞくぞくと全身の血管をとおって全身に広がっていく、サディスティックな欲望に武者震いに似たものを感じた。
「折原、ここまで聞て、あえて言わないけど、よもやとは思ないけど、ちゃんと言いつけどおりの、おしゃれな格好をしてきたんでしょうね?」

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『姉妹9』


 今井真美と奥原知枝はグルなのだ。というよりも、クラス全体が奈留をいじめているのだろうが、問題は上下関係である。どんな人間関係にもヒエラルキーというものは存在するが、彼女たちの場合はどうなのか。ちなみに、かつて、奈留がいた世界のことはまったく当てにならない。真美は、インドのカーストで言えば完全にその外にいる人物だったし、知恵は、奈留の信望者だったからだ。
それにしても・・・・本当に親しい友人は自分にいなかったと、おぞましい気持ちで捕まえてきたミミズを、外に敷設された水道で洗いながら思う。
 自分はクラスのことなんて、ほとんど知らなかった、もっとも、それを仮に深いところまで知っていたとしても、こちらで応用できる知識は何もないのだろうが。
ミミズはくねくねと奈留の指にからんでくる。命を全うしようと必死の動きなのだろうが、それらが各自、意思を持っているようには思えなかった。10匹はいるであろうミミズはそれぞれがつながっており、一つの意思系統に統一されているような気がする。奈留にからんでくるのは、性的な動機に駆られてのことだと思われる。これが、明日には、奈留の性器、陰核や小陰脚に絡み付くのだ。そのまま授業を受けさせられる。一日、この生き物が与える官能と戦いつづけねばならない。まさに、自分の理性が問われている、奈留は淫乱なのか、そうではないのか。
おぞましい・・・・。
ただ、ぴくぴくと生への渇望を表現しているだけのことなのに、感じる気持ちはそれだけだった。ガラス瓶に入れる。アルコールをかけるのは明日、知恵から命令された通りに性器に埋め込むのは、登校する直前のことだ。学校に行ってすぐに検査を受けるから、そのときに生きていてもらわないとどんな目に合わされるのかわからない。アルコール漬けにしたら、明日まで生きていないだろう。
ミミズが死んでしまったら、少なくとも、今井真美が言うところの、命令通りの格好には、すこしばかり点数が足らないのである。
ミミズをコップに入れて、部屋へと戻る。
赤々と点灯しているのは水槽だけだ。それだけは、なぜか奈留を歓待してくれているような気がした。「彼女が」となぜか、擬人化してしまいたくなった。

 何処からか流れてくる、この世界の奈留。
本当に不思議でたまらない、こんな目にあわされていながら、どうして学校に行けるのだろうか。もしも、彼女が自分ならば、とっくのとうに学校なんてやめていたはずだ。すくなくとも、家庭に逃げ込めば味方しかいないはずだ。
そこまで思考を進めて、おもわず目をつむった。
こちらの家庭は、すくなくとも今は、敵しかいないのだ。
「すくなくとも?」
 奈留は、ひとりごちた。どうやら、生まれてかたこのかたずっと、家庭内で疎外されて育ったようではない。それはこの部屋を眺めまわしてみればわかる。PCにテレビ、明々と点灯した水槽には熱帯魚が煌めいている。
あくまでも経済的という視点からすれば、かなり恵まれた部類にカテゴライズされるのではないか。ならば、学校で行われるいじめのように突然、そのような境遇に落とされたということか、いったい、この世界の奈留は何をしでかしたというのだろう。
何か、ヒントはないかと脳内検索にかけると、日記を書いていることを思い出した。はたして、この世界ではPCのどの部分に格納されているだろう。
まったく自信がなかったのだが、とにかく、思うままにキーボードを叩いていると、『なるの日記』というフォルダーが見つかった。
しかし・・・。
本当に自分が見ていいのであろうか、そのような疑問が急にガマ首を擡げてきた。日記というものは、作者以外にのみ閲覧権があるという、一種の道徳心から指が止まったのであろうが、そのうちに別の考えが起こってきた。
そうではなくて、中身を見るのが怖いのだ。いまのうちは、この世界における記憶はかなりあいまいである。まだ、クラスの人気者であるという自負は、奈留の中で命脈を保っている。しかし、これを見た瞬間に、それはもろくも崩れ去ってしまうのではないか、それが怖い。まさにこの世界における折原奈留に、身も心も成り果てたら、はたして、正気を保てるだろうか。
人並み外れて整った、しかし、すこしばかり目じりが上がった、気の強そうな容貌に影がまとわりつく。机の隅に置かれていた鏡、ちなみに、かつての世界にいた奈留の記憶によれば、奈々からの誕生日プレゼントだったはずだ、その中に映った自分の顔は、確かに折原奈留であって、その他の人間でありえようがない。
「もう、何も考えたくない!」
何ものかに完全にさじを投げると、少女は五本の指を自らの性器に、下着越しに触れた。それは、完全に精神的に追い詰められたときの、いわば癖だった。
 そこはとても温かい。
 いま、彼女が置かれている状況とまさに真逆だ。
「う・・ッ・・!」
 まだ理性が働いているようだ。奈留は、指を濡らす前にドアの方向へと顔を向けた。もうそろそろ、11時になる。
かつて、彼女がいた世界においては、「奈留、そろそろ寝なさい」と母親が声をかけにくる時間帯だからだ。だが、それはありえないだろう。安心して、現実から逃れることができる。
奈留は、指を性器に埋め込めると同時に、身体を寝具に滑らせた。彼女は時々なんのり具体的な理由もないのに精神的に追い詰められることがあった。そういう時には、これをやるのである。
「ウゥ・・・うう?!」
 指が溶けてしまいそうなくらいに局所は熱くなっていた。胎内から零れてくる粘液は強烈な酸かアルカリではないかと錯覚するくらいに、指が沁みる。いままで何度もやってきたが、こんなに強い快感は生まれて初めてだった。少女の未発達の身体がそれに対応できずに、思わず背骨を限界まで逸らさせた。一瞬、ドアが目に入る。自分のおぞましい声が外に漏れると思うと、気が気でない。もしも、奈々にでも見つかったらどうなるか、命の危険すら感じる。
もしかしたらと思う、原因不明の不安とはこちら側の奈留から伝わってきた悲鳴ではないか、もしも、そうならば、かつてその奈留はきっとさぞかし当惑していることだろう。もしも彼女と対面できたら何を言いたいだろうと、想像しながら、自慰をする。だが、彼女は困ったような顔で立ちつくしているだけで、口を開こうとすらしない。まるで氷でできた人形のようだ。
胡蝶の夢という発想も浮かんだ。
きっと、どちら側かが夢にちがいない。願わくば、こちらが夢であることを、しかし、もしもそうならば自分は消えてしまうことになる。
「ウウ・・・!?」
あまりにも感じすぎて身体が勝手に動いて、背中をベッドに設えている棚にぶつけてしまった。それが鍵となったのか、少女は絶頂を迎えた。
「ヒヒヒン?!」
「あはは、まるで馬ね?みんな、聞いた?こいつがイく瞬間!?」
 なんと、強制的に自慰までさせられているのか、この声はそのときの嘲笑にちがいない。同時に頬におぞましい温かさを感じた。きっと、唾を吐かれたのだ。もう、過去の記憶はいい。
早く手を洗いたい。このおぞましい粘液を拭い去りたい。
奈留は立ち上がった。手のひらを見つめて、少女は嗚咽を抑えきれなくなった。外から入ってくる青い光に、少女は気が付いた。もう早朝なのだ。この青さ加減から午前5時くらいだろうか。奈留は早朝マラソンをやろうと生き込んだことがあった、しかし、心配する母親の小言によって一か月を待たずに辞めさせられることになったが。そのときの母の温かさが、今となっては哀しいまでに思い出される。そして、すでに彼女には完全に無縁であることが、痛いほどに思い知らされる。
指を開いたり閉じたりすると、透明な粘液が糸を引く。それを洗い落としながら、奈留は、蛇口のふちについた傷を眺めた。ふと、人の気配を感じて、振り返った。
はたして、そこには妹である奈々が立っていた。ものすごい、うまくそのときの彼女を表現する言葉が見つけられないが、あえて言うならば、幼い般若ということになろうか。
・・・そんな目で睨み付けたいのはこちら方よ!と奈留は怒鳴りつけたくなったが、代わりに彼女の口からついて出てきたのは、別の台詞だった。
それも、感情的ではなく、驚くほどに「彼女」は冷静な調子だった。
「あんたなんかに、うちの学校が合格できると思って?甘いわね、フフ」
 般若の面がいっきに崩れ去った。しかし、そこにあるのは素顔などではなくて、別の面だった。
「うう・・・・?!」
 少女は泣きながら、何処かに走って行った。
 何処か?そんなことはわかっている。こんな状況で彼女が行くべきところは決まっている。両親の寝室だ。
 きっと、彼らに泣きつくんだろう。そして、また、殴られるのだろう。この世界に棲んできた奈留の記憶がそう言っている。なんだか、わけがわからなくなって家から飛び出ようとしたが、彼女が選択する道は、再び殴られることだった。そうだ。自分はそうならないといけないのだ。なんとしても憎まれ役をちゃんと務めないといけない。そうすることでみんなが幸福になるのだから、きっと、それは正しいことなのだろう。
 だが、その夜は妹の泣き声が絶え間なく響いてくるだけで、父親の怒鳴り声が金槌を構えて迫ってくることはなかった。ついに完全に見捨てられたのか、自分は家から放り出されるのだろうか。もはや、殴る価値もないらしい。せめて、義務教育中は飼ってもらえると思ったが・・・・止どめない思考が奈留の心に生まれては消えて行く。まったく眠れないとわかっていても、ごろんと寝具の上に寝転がると天井を見つめる。
 そこに定着したしみは、そんなに短い時間でそう変わるものではないと思う。だが、毎日といっていいくらいに変わっていくのはどうしたことだろう。ある日はラクダが子供を咥えている。また、ある日は、椅子から転がった猫が泣いているように見えた。
 それらがいったい、何を暗示しているのか考えていると、ドアが開いた。
 はたして、そこには母親が立っていた。
 予想もしなかった展開に思わずむくりと起きる。彼女が自分のする仕打ちといえば、徹底した無視か、凍りつくような冷たい言葉かの、どちらかだった。
 今度はどんな言葉で罵られるのかと思ったら、投げつけられた、否、静かなクラシックのように響いてきたのは、それよりもはるかに辛い内容だった。
「家族のみんながどうして、こんな態度を取るようになったのか、よく考えてごらんなさい。あなたに言いたいことはそれだけよ」
 「ママ、待って!」
 ドアのところまで飛んで駆けたが、それは母親の奈留に対する感情を暗示するように、無碍にも鼻先で閉められてしまった。
 そのときになって、自分があまりも不潔な行為をしたにもかかわらず、もちろん、奈留にしてみれば排泄行為よりもはるかにおぞましい、まだ手を洗っていないことに気づいた。

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『姉妹8』


 PCの電源をオンにしながらも、奈留は、PCのメーカーや品番が微妙に違うことになぞ一向に気づかなかった。
 ただ、ひたすら、日時に注目した。
「え?5月12日?」
 それは、少女がまさに帰宅しようとして拉致されたその日だった。あれから三日が経過している。いったい、その間に何があったのだろうか?
 恐ろしいことだが、彼女の好奇心はネットに向っていた。自分たちの事件はどのように報道されているのだろうか?小説やテレビドラマから学んだことだが、人間が誘拐されたとき、人命が尊重されるために報道協定という名の規制を行うという。万が一、犯人を刺激したら、人命が脅かされかねない。そのための配慮であろう。
 しかし、あの事件から三日が経過し、見事、自分たちは助かっているのだから、マスコミが動いていてもおかしくない。犯人が確保され、被害者がほぼ無傷で解放となれば、彼らはよだれを垂らして迫ってくるはずだ。しかし、病院の周囲にはそのようなものの気配などまったくなかった。
 試しにネット検索にかけてみる。
 姉妹、誘拐、外国人、というワードを打ち込む。
 しかし、自分たちに関連する事件はいっさい起こっていないようだ。もしかして、PC電源を入れた瞬間にもといた世界に帰還したのだろうか?いや、すこし、考えればそれはおかしいことがわかる。なんとなれば、病院の周囲にマスコミはいなかったからだ。それとも、自分たちが知らないだけで、山村刑事や病院がうまく処理したのだろうか?
「そうだ、山村さん・・・?え?!」
 腰をひねった瞬間に、何か紙切れのようなものがふらりと床に落ちた。それを拾ってみると、はたして、山村莞爾、携帯909・・・・・・・。という文字列が並んでいる。そうか、この世界では、909で携帯の番号は始まるらしい。
 携帯を開いた瞬間に、はたして、その番号を押していいものか、奈留は悩み始めた。おそらく、別れるときに気づかないように入れたものだろう。恐ろしく完璧な手際だ。刑事というよりもすり師と言った方が適当かもしれない。
 もっとも、あの時はかなり感情的に乱れていたから、気づく暇もなかったのかもしれない。だが、いま、彼女が実質的に頼れる存在は彼のみ、だということだ。
 それよりも・・・さらに不可解なことがある。ようやく、元の回転速度を取り戻した少女の脳は、矢継早に記憶をよみがえらせる。
 この世界の両親は、奈留を疎んじているにもかかわらず、この携帯やPCを与えているのだ。前者に限ってみれば、以前の世界から持ち込んだとも考えられるが、PCに関していえば、それはちがう。しかも、メーカー名が微妙にちがう。携帯もそうだ。この世界に持ち込んだ品ではないようだ。
 目を皿のようにして点滅するモニターを睨み付ける。
 使い方も違うのかと思ったら、それは杞憂だったみたいだ。
 だが、・・・少女は、携帯を握りしめて、どんな顔が浮かぶのか確かめていた。しかし、誰も浮かばない。友人はいた。たくさん、自他ともに認めるほどの人気者だったはずだ。しかし、いざ、このような困った状況に置かれて、頼るべき人間が浮かばない。
 もしかして、本当は自分に友人なぞ一人もいなかったのではないか。実に空恐ろしい考えが少女を襲ったのである。
 何処かで犬が吠えている。帰宅当時に出会ったと同じだろうか。あいにくと、彼女にはそれと同定する材料がなった。
 そのような、どうでもいいことに意識が逃げるほどに、少女は打ちのめされていた。あえて、心に浮かぶのはあの少女のことだ。
 今井真美。
 いままで、それほど仲がよくなかった子だ。だが、クラスのだれしもが自分を好いていない、そのような状況が耐えられずに、友人たちの制止を踏み切って話しかけた。彼女は、いつも、ぽつんとひとりで文庫本を広げているような子である。同じく、読書が好きな奈留は話が合うと踏んだのだ。しかし、奈留はそのような情報を友人たちには知らせていない、彼女たちとの間では、いつも流行の最先端を追いかけているような自分を演じていたのである。そうした方が、誰にも好かれる奈留を楽に演じられた。
 それはともかく、真美はこともあろうに、奈留の申し出を断ったのである。
 それも、気が弱そうでどんな嫌がらせを受けても眉間に皺ひとつ作らない彼女が、それいやそうな顔で言った。
「近づかないで」
 真美の、そんな態度に、教室中は奈留の味方になったが、それを背に交際を迫るほどに奈留はプライドが低くなったので、クラスメートを制した。だが、さきほど以上にものすごい形相でこちらを睨み付けていた。
 大げさな表現ではなく、比喩でもなく、少女は後ずさって床にへたり込みそうになってしまった。寸でのところで、それを防いだのは、このクラスのリーダーだという自尊心のなせるわざだったのだろう。
 断っておくが、過去を見ても彼女と深いかかわり合いがあったとは思わない。実は、小学校の1,2年のときに同じクラスになっているが、奈留の表層記憶には残っていない。
 いったい、この状況をどう判断するべきか。
 机に手を乗せて、辛うじて体重を支えることに成功した。その手は震えているのに
気づいたのは、その机についている少女だけだった。あろうことか、本人すら気づいていなかったのである。
 そんな苦い記憶がよみがえる。
 だが、彼女の携帯番号は知らないだから、かけようもない。否、かけることもできない。しかしながら、安心したのも束の間、携帯が聴いたこともないメロディともに震えだしたのである。
 いったい、誰の待ち受けだと思って、携帯を見ると・・・・・。
 今井真美・・・。
 絶句という言葉がこれほど適切な状況もないだろう。
 どうして、彼女が自分の携帯番号を知っているのだろう。しかし、いっしゅんでそれは氷解した。ここはかつて奈留が知っている世界ではないのだ。自分は迷った旅人であって、予想もしなかった出来事に出会っても何もおかしくないのだ。
 恐る恐る携帯を耳に当てる。
 すると、自分の口が自然に動いた。
「ご、ご主人様、こんばんは・・・犬以下の奴隷に何用でございますか・・・?」
 信じられない言葉が堰を切ったように口から零れる。これはどういうことか?考えるまでもなく、自分は学校でいじめられているらしい。その主犯は、あくまでも、いじめが刑事罰に値する罪であると仮定したうえでの話だが、あの今井真美だということになっているのだ。
 すこしばかりの沈黙があって、同年代のものと思われる少女の声が聞こえてきた。
「折原、かなり奴隷が板についてきたわね。いや、ほんとうの折原になったということかしら?」
 「ハイ・・・おり、折原、奈留は今井様をはじめとして、クラスのみなさまの、奴隷でございます・・・こんなおぞましいゴミ屑が・・・」
 声は、奈留を制した。
「今晩はそれでいいわ。私も眠いの。要件だけは伝えるわ。メールで送るから、その通りの格好で学校で来るのよ、みんなで、奴隷にふさわしいのを考えてあげたのよ。感謝しなさいね」
「ありがとうございます・・・ご主人様・・・」
 みなまで言わずに携帯は切れた。まるで自動機械のように口が動いた。きっと、普段からなんども言わせられているのだろう。それにしても、なんとひどいいじめなのだろう。奈留は戦慄を覚えた。しかし、もっとも恐ろしいことは、自分があくまでもこの世界にとってみれば客人にすぎない、ということを忘れてしまうことだ。
 どう考えても、さきほどの声が真美のそれとは思えないが、よく記憶を反芻してみると、そう聞こえないでもない。
 いままでおどおどしていた彼女の表情しか印象にないから、すぐにさきほどの声には結びつかないが、自分を睨みつけたときのものすごい形相からならば・・・ちがう・・・それでも、想像だけでは奈留の中で合致しない。
「あ、メールだ」
奥原知枝。
 その氏名が点滅した瞬間に、奈留の頬はほころんだが、ここは異世界なのだ。知枝という少女は奈留の信奉者なのだ。それはここでは通用しないだろうと、覚悟を決めて携帯を見る。
「折原にお似合いのエサを用意しておくからね。ご主人さまより」
 そのメッセージが目に入った瞬間に、奈留の指は勝手に動いていた。
「このみっともなく、とても臭い折原奈留のエサを用意していただいて、大変に恐縮です
ありがとうございます。奥原さまの忠実な奴隷より」
「・・・・・」
 
 いったい、エサとは何事だろう。どんなことをさせられるのだろうか?それを想像すると、思わず嘔吐したくなった。身体は知っているのだ、毎日、自分がどんな目にあわされているのか。
 そんなことをしているうちに、今井真美からメールが来た。
「こんなに遅くで悪いけど、ミミズを用意してちょうだい。家の周囲にいくらでもいるでしょ?それを数匹、アソコに入れて、学校に来ること・・・・わかった?」
「ミミズ?アソコ?」
 とたんに、性器がうずいた。身体が自然と動く。奈留に告げている。何処にミミズが多く住んでいるのか、それ以外に何が必要なのか、そう、アルコール。よく洗って消毒しないと・・・。
 「9時30分・・・・」
 奈留は、懐中電灯を押入れから取りだすと、お目当てのものを得るために外に向った。できるだけ音は出さないようにする。これからすることを家族にけっして知られてはならない。
 こんな時間だから、両親は起きているから注意しないといけない。別に自分のことを心配するからではない。こんな目にあっているのはすべて自分が悪いのだ。だれのせいでもない。
 そんな思いが身体からじかに伝わってくる。
 奈留の心は完全に無艇庫のまま、身体の奴隷と化している。
 家を出る。裏はちょっとした森になっている。鬱蒼としたというほどでもないが、昼間はともかく夜ともなれば、少しでも足を踏み入れたら二度と戻ってこれないような気がして恐ろしい。
 2、3歩ほど足を踏み入れると、少しでも掘ればミミズが手に入る。いつものことなので、バケツと小さなシャベルが置いてある。
 いつものことなんだ・・・・。
 奈留は哀しくなった。想像するに、とても、人が人にするようなことではない、とてもひどいことをされているのに、それでもなお学校に通っているのだ。この世界の奈留はとても強いのか、頭がおかしいのか。
 少女は、幼い子供がよくする膝を抱えた格好で、シャベルを地面に突き立てた。大粒の涙が意識とべつの働きをする何かによって流される。身体が泣いているのだ。それにたいして、少女はかける言葉を知らない。慰めるすべはいったいどこに隠されているのだろうか、すくなくとも、この地下には見いだせないだろう。
 懐中電灯が見つけたものは、ぶくぶく肥ったミミズだった。はちきれそうな、その代物は血色がいいのか、ピンクよりも赤により近い色をしている。こんなものを性器にはめ込んで、登校しろと言うのだろうか。
 奈留は絶望的な気持ちになった。
「本当なの・・・!?本当に、こんなことしなくっちゃいけないの!?ひどい・・・・」
 

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『姉妹7』


 どうしてだろう、どうしてこんなに寒いのだろう?初夏の季節柄、ボンネットの中に閉じ込められていては、蒸し暑くて叶わないはずだ。しかし、この冷え状態はどうしたことか。当たり前のことだが、冷房がこんなところまで届くはずがない。そもそも、ここは人間が入れられる場所ではないからだ。
 筆舌に尽くしがたい恐怖のために、温度感覚が麻痺しているのかもしれない。
 車がカーブを曲がるたびに、少女の華奢な身体は大きく揺られて、飛び回る。それだけでなく、何かの荷物が奈留の身体の何処かに当る。とても痛い。もはや、上下左右の間隔も曖昧になりつつある。
 だが、彼女の胸中を支配しているのは、そんなことではない。
 いま、置かれているあまりにも不自然な状況が、この世界においては自然であることだ。それがあまりにも恐ろしい。
 ここで生まれ育った奈留は、いったい、どんな少女なのだろうか?こんな目にあわされて、どれほど歪んでしまったのか、想像だにできない。いや、今の自分、元の世界においてみんなに愛されていた折原奈留がけっして歪んでなかったとは断言できない。
 そうは言っても、これほど非人道的な状況下でまともに人が育つはずがない。
 だが、そのように小説の世界で人を語るような言い方に、何処か違和感を覚える。折原奈留は、折原奈留であって他のだれでもないのだ。
 ここはパラレルワールドと呼ばれる世界なのだろうか?奈留は、SFにはそれほど明るくないが、読書家であることを自認しているだけに、概念くらいは頭の隅に辛うじておさまっている。正確には理解していないかもしれないが、平行世界、すなわち、自分が住んでいる場所と並行して、似ているのだが、けっして同一ではない世界が無数、存在する。その程度のことは知っている。
 もしも、ここがそのパラレルワールドならば、ここに元いた折原奈留はいったいどこに行ってしまったのか?あるいは、入れ替わりに、かつて、自分がいた世界に吸い込まれたのかもしれない。ならば、急に優しくされて戸惑うことだろう。ちょうど、今の奈留の逆の状態だ。
 だが、今、彼女にとって喫緊の問題はそんなことではない。
 ガラ、ガラとすさまじい音を立てて、ボンネットの中を泳ぎまわる。少女の自己意識においては、冷静にものを考えているようだが、実際は、両親を呼びながら激しく泣き叫び続けていた。
 はたして、どのくらいの時間が経ったのだろう。永遠とも思われる時間が過ぎてようやく車が止まった。いままで何度か、福音ともとれる安息の時間があったにはあったが、それは、信号機に止められたためだろう。
しかし、今回はそうでないことがわかった。車の呼吸音や、人の歩く音が聞こえないからかもしれないが、何か、そこが郊外であって街中でないことが、五感以外の感覚によってなんとなくわかるのだ。折原奈留という少女は、昔からそういうことには人一倍敏感だった。
明らかに、ここは我が家だ。
ほんのわずかだが、少女の心に本当の安息の灯がともった。
だが、娘、それも誘拐されて解放されたばかりの少女をボンネットに放り込む両親だ。けっして、それが長く続くことはありえないことは想像に難くない。 
 それを警告するように、光の定規が急に出現した。ボンネットが開いたのだ。線だと思ったのは、街灯の灯りだった。
「はやく、出ろ!」
 「ィイヤァ・・・」
 大声を出そうとしたが、何者かがそれを妨害した。少女は、知っていた、両親や妹に何を言ってもわかってもらえないことを、いま、自分が置かれている状況は自分にふさわしい待遇だということを、そうだ、折原奈留という人間は誰にも愛される資格のない、いわば、粗大ごみでしかないのだ。
 それをまさにアプリオリに理解している。
 よって、余計に悲しみを誘うことになる。
突如として、伸びてきた凶暴な手によって頭を引っ摑まれ、車外、ボンネットからでもその用語を使うのはまことに皮肉だ、からつまみだされるのは、まさに荷物以下の扱いでしかない。たとえば、購入したばかりの商品ならば、そう乱暴に扱うこともないだろう。壊れてしまうかもしれないからだ。
荷物以下ということは粗大ごみということか?
 そうなると、彼らは自分たちの娘がどうなっていいとても思っているのだろうか?いや、母親が奈留に言った言葉はそれ以上だった。
「あなたなんて、生きて、帰ってこなければよかったのよ」
 そう言っただけで、一回の振り返りもせずに両親と奈々は家に入っていった。一瞬だけ玄関の電気が点灯したが、すぐに消えた。それは「この家にあなたの居場所はないの」と無言で告げているように思われた。
 「・・・・!?」
 少女はただ崩れ落ちた。もはや、呼吸する気力すら残っていない。このまま死んでしまう、否、死ぬことができるような気がした。
 しかし、咄嗟に聞こえてきた女の声が、少女を現実に引き戻した。
「奈留ちゃん、そう簡単に人間って死ねないのよ・・ふふ」
「な?!」
 それは金髪の美女、自称ドミニクの声だった。彼女は拘置所にいるはずだ。どうしてこんなところにいるのだろう。おもむろに立ち上がって周囲を見回す。誰もいない。奈留もよく知っている近所の野良犬が排尿しているだけだった。
 「ふふ、私は何処にでもいることができるのよ、それを忘れちゃだめよ・・・」
 少女をあざ笑うような声がした。われに返って、はじめて、自分が汗だくになっていることに気づいた。そうだ、今は初夏なのだ。底冷えする冬のはずがない。だから、こんなに暑いんだ。
 だが、ボンネットの中の異常な寒さは何だったのだろう?
 車庫からかすかに見える黒い姿は、少女にとってデビルそのものだった。此の世のものとはとうてい思えない。
 遠くから、かすかに両親が話す声が聞こえた。
 やがて、父親の声が声を荒げていることがわかる。少女にとって、それは驚天動地だった。14年間ほど付き合ってきたが、めったに感情的にならない人なのだ。
 それがやんだと思うと、ドアが乱暴に開けられて、しかる後に同様に閉められる音が響いた。
「奈留!何をやっているんだ!!近所にみっともないだろう!!」
「ヒ!?」
 先ほどと同様に髪ごと頭をひん摑まれた。そして、先ほどよりははるかに乱暴に家へ向かって引きずられる。父親の態度が不思議だった。どこかおどおどとしている。きっと、世間的を気にしているのだ。奈留も奈々同様に遇していると、みんなに思ってほしいのだ、じっさいは、その逆なのに。
「痛い!おね、お願いだから、パパ、手を離して!」
「・・・・」
 今度は無言だ。こんなに門扉から母屋まで距離があったのかと思われるほどに、解放されるまでが長く広く感じられた。
 家に入っていけない。そうしたら、近所の目がなくなるぶん、暴力はエスカレートするだろう。本気で殺されることを意識した。さきほどまでは、死ぬことを覚悟したというのに、なんという体たらくだろう。
 いつの間にか、奈留は、異世界の奈留と同一化していることに気づいて呆れた。いったい、自分は何者なのだろう?
 あの楽しかった日々は何処に行ってしまったのか。まるで夢のような気がした。これが現実、少女は、まさに物扱いで玄関に引き上げられた。
そして、父親は、自分の娘に一片の親らしい感情をみせずに、廊下の奥へと、ちょうとボーリングの要領で投げ飛ばしたのである。
するすると廊下の上を滑っていく。
 ものすごくスベスベしている。そのはず、かつて、母親に命じられて夜中じゅう廊下を磨かされたのだ。
 どうしたことだろう?やったこともない記憶がよみがえってくる。まるで過去を書きかえられるような、この異常な感覚は、もう、何が真実なのか本当にわからなくなる。
 それにしても・・・、どうやら、この世界の奈留が体験したことらしい。
なんという皮肉だろう。自分がしたことのせいで、余計に苦痛を感じることになった。
腰の辺りがもろに何か堅い物に衝突した。身体を半分に折られるような苦痛が、奈留の全身に走った。
「・・・ぁ」
それは、少女から言葉を奪うほどに激しい。ようやく言えた言葉は、「ママ!助けて!」だった。しかし、それがいかに無意味か、この世界の奈留は痛いほど理解している。にもかかわらず思わず言ってしまったのは、この世界の奈留にも、かつて母親に愛された時間があるということか、あるいは、まだ、この世界に慣れ親しんていないせいか、判断ができない。
 そんなことを考えているうちに、父親の攻撃はその度合いを増していく。
 少女は顔を踏みつけられた。男の大人の靴下の臭いが鼻をつく。暗闇の中で父親の顔が歪んだ。いかにも、汚いものを踏んでしまったというような顔だ。何もかもを拒絶する、悪鬼の表情。
 それは、いま、自分が叫んだことがまったく無意味だという返事だった。なんとなれば、薄闇は無言で何も答えてくれない。母親が駆けつけるような雰囲気すら漂ってこない。ただ、少女を取り巻く空気は硬質で、少女に対して何もかもを拒絶するような態度を取っていた。

 いつの間にか、頭部に激しく与え続けられた圧力は消えていた。父親がいなくなる、その瞬間、意識が何処かに旅立っていたのか、足音は猫のようにまったく聞こえなかった。
 もう、何も考えられなかったが、身体にまとわりついた汚泥のようなものを取り払いたくて、自室に戻ると着替えを用意して浴室に向っていた。
 頭からシャワーを被って、身体を洗う、そして、自室に戻る。その間、わずか10分くらいだろうが、じっさいに、時計を確認するとそのていどだった、何時間もかかったように思われる。
 身体が異常に重い。生理の時のようだ。いま、子供を産むなどということはとうてい考えられないのに、身体はその用意をしている。そんな理不尽さと何処か酷似している。
 この苦痛は何か意味があるのだろうか?
濡れた髪をタオルで拭いながら考えた。
 そのときにある違和感を覚えた。これには太陽の香りが染み込んでいる。ということは、母親は、奈留の分もちゃんと干しているということだ。なんという矛盾だろう。この家のひとたちは自分を排除したいのか、それとも、そうではないのか、まったくよくわからない。
 三人の態度から推察するに、まさにお荷物ということだろうか。
 捨てるに捨てられない。実に厄介な存在だということかもしれない。すると、この世界の奈留はとんでもないことを何かしでかした、そんな可能性もある。これは探ってみる必要性がある。
少女は、明日の宿題を平らげるために机に向おうとして、今日が何日なのか確認するのを忘れた。しかし、頭は正確に働いているようで、それに対する処方箋を自ら書くことができた。
  PC電源をオンにすればいいのである。 
 

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