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『おしっこ少女 4』


 雨が降っていた。
 午後3時半を回ったところだ。五月は初夏といえ、こんな日は底冷えするものだ。麻木晴海は、ワンピースに付着した水滴に肌寒い思いをさせられながら、ハンドルを握っていた。樹脂製の素材がもたらす感覚に気持ち悪さを感じていた。
 普段ならば、このような手に吸い付いてくるような脈動感が、ドライブの醍醐味なのだが、こんな日は不快なきぶんだけが粟粒をつくりながら肌の上を一人歩きするだけだ。
 やけに手が粘つく。納豆のようないやらしい粘液がねばねばと糸を引いている。

「まったく、もう、露? 一ヶ月以上、季節が早まってるんじゃないの?」
 車内にいる架空の人間に文句を言って、女性警官は苦笑した。しかし、次の瞬間、架空を実在に進化させた結果、美少女が背後に座っているのを確認して、さらに苦笑する。
「まったく、こんなかたちに母校を訪問するとは・・・・・・・それにしても、クククク・・・」
 きっと、ここに精神科医がいたら、入院か、あるいは、そこまでいかなくても三ヶ月の投薬治療を提案するだろう。

 声望学園は、説明するまでもなく私立の学校だ。だから、公立のそれよりもはるかにセキュリティーのチェックが厳しい。そのために、晴海の腕と肩は強い雨のためにしたたかに濡れてしまった。IDを係官に見せるというただそれだけの理由だった。
 ちなみに、卒業生はみなそれを持っている。だが、来校する前に予め報告しておかねばならない。それとIDが一致したときのみ、来客用のゲートが上がる。
 まるで、映画の中に直接入り込んだような気分が、晴海をさいなんでいる。いや、ごく普通に囲むと言った方が適当だろうか。
 ゲートが下がる音、雨音、係官の無味乾燥な態度、それらすべてが、この世のものとは思えない。少なくとも、晴海側に存在する事象ではないような気がする。車の外にあるあらゆるものから現実感というものが欠けている。
 それが生理的な不快感を呼んで、なかなか車外に出ることができなかったが、勇気を振り絞ってドアを開けてハイヒールの足を外に向かってけり出してみたら、雨の冷たさを実感して内心ホットした。

 雨はやはり冷たい。

 自分はたしかにこの世界の住人だ。だが、それに気づいてとして何だろう。いやな記憶に脳下垂体を焼かれようとも、自分はやるべきことをしなければならない。

 車内から紙袋を取り出すと、校内へと急いだ。
 将来の警察官僚は、何らノスタルジーを感じるようなそぶりを見せることなく、外廊下につながるドアを開けると、ハイヒールを脱いで予め用意した上履きに履き替えた。
 光の点滅は ――――。
 それは時間旅行への誘いのように思えた。想像しようもない未来の機械がちかちかと作動している。
非現実的な感覚を振り払おうと歩を早める。しかしながら、リノリウムの床を激しく打つ音は、真冬の朝の顔洗いのような効果を出してはくれない。ハイヒールではないからだ。スリッパのかかとではそうはいかない。
 永遠に溶けない氷の城を護る騎士のように、颯爽と、しかし、生気のない一人だけの行進が続く。何処からか聞こえてくる生徒たちの笑い声や楽器の調律の音たちは、晴海の意識から速やかに除外されるものの、消える五秒前に、 無意識へのせめてもの抵抗を忘れてはいない。
「やれやれ、学校というものはこんな不気味なばしょだったかしら?」
 自分がこのようなところに何年も通っていたとは、とうてい信じられない。それは学校という空間を卒業したとき、彼女や彼らは、もはや、永遠にこのような場所に戻るとは思ってはいまい。何故ならば、未来への期待に満ちるものが、もはや古巣を見返ることなぞないからだ。
 ただし、何年間経って、結婚し、我が子が生まれ、それなりの年齢に生育すると、必然的にあのリノリウムの床に足を踏み入れることになる。

 その時、かつての生徒たちは何を思うだろうか。懐かしいと思うだろうか。それとも不気味な感覚を抱くだろうか。今の晴海のように、かつての自分に疑念を抱くようなことがあるだろうか。
 少なくとも、将来の警察官僚は自分の足にまったく疑問を抱いていないようだ。
 晴海の歩幅は明らかに広くなっていく。あたかも、予め用意された道程を歩いているように見える。彼女にしか見えないレッドカーペットが敷かれているというのだろうか。

 そんな空間と回廊を数分ほど歩くと、トイレのタイルを踏みつけていた。少し、周囲を見回すと携帯に舌を伸ばしながら、ひとつの個室の前に立つ。
 アルトの声を静かに響かせる。
「私だ」
「え? まさか、本当に来てくれたんですか?」
 携帯の向こうからは泣き声に混じって人語らしきものが紛れていた。
「いいから、鍵を開けろ」
「ハイ・・・・」
 留め具が解除される錆びた音から、そうとうの年代物だということがわかる。だが、晴海にとって、そんなことはどうでもよかった。
 狭い個室に囚われた全裸の美少女を眼で捉えると、邂逅一番、言った。

「よくも、携帯だけは盗られなかったな」
「ぁ・・・・」
 少女はあまりに美しかった。その白い肌は完全に周囲から浮いていた。あたかも天使の輝きが乗りうつったかのように密やかな光沢を放っているのだ。あたかも生クリームとチョコレートとアイスで固められた特大パフィーを目の前にした少女のように、奥歯と両手に力を入れていないと、次の瞬間には食指を伸ばしてしまいそうに思えた。
 しかし、頑是無い少女を目の前にしてそんな自分をさらけ出すのは、当然、晴海の沽券に係わる。
 そのために、わざと素っ気ない態度を取る。
「・・・・・・」
 全裸にされた少女にありがちな、胸と股間を隠したその姿は、晴海の勘気に触れた。
―――鳩胸のくせに何よ、その姿は!?
 自分の身体を中に押し込め、再び、錠を施した。
「さて ――」
「ヒ・・・・・」
 佐竹まひるは完全に凍りついていた。だから、晴海の方から働きかけようとした。ただし、溶かそうというのではない。床に叩きつけて壊そうとしたのである。
「答えを貰っていなかったな。どうして、携帯だけは盗られなかったんだ」
「ひ、必死に、後ろに隠したんです、ここに押し込められたときに・・・・・」
「ここで、脱がされたのか」
 まひるは、黙って肯いた。何粒のもの銀色の水滴が汚いトイレに落ちた。晴海は、刑事らしく彼女の言葉を裏付けるべく、美少女の指さした方向を確認する。たしかに、そこには窪みがある。タイルに穴があいているのだ。おそらく、咄嗟に携帯を嵌め込んだにちがいない。
 嘘をついていないと判断しても、そう簡単には納得してやらない。
「咄嗟の判断で、よくもこんなことができたこと?」
「いつも、ここに閉じ込められているんです」
 眼が痛い。なおも晴海の欲望を刺激する光が放たれている。

「で、どうして、私をこんなところに呼び出したわけ? 仕事中だったんだけど。容疑者の家に踏み込むところだったというわけで ――――」
 晴海は嘘を言った。自分の起こした行動によって、どんな風に美少女の表情が変わるのか楽しむだめである。
 憮然とした顔の女性捜査官に、まひるはさらに表情を曇らせた。
「だけど、どうして、ここがわかったんですか? あれだけの説明で? 麻木さん」
「私を誰だと思っている? それは、まあいい。どうして、私を呼んだ? いつものことだろう? いじめられているのは。それとも、今日は特別な日なの?」
 女性捜査官が観察したところ、少女から、微かだが恐怖を読み取ることができた。改めて、彼女の内面を探る。
5月10日が彼女の誕生日であることを知りながら訊いた。
「きょ、今日は、私の ―――」
「それはどうでいい」
「そ、そんな ―――」
 一方的に決めつけられたまひるは、打って変わって、抗議の色を発した。

――その顔よ。私が見たかったのは!

 将来の警察官僚は密かに悦んだ。その目に光が蘇ってきたのである。しょせんは敗残兵の最後の自尊心の類にすぎないが、それだからこそ、強者の自負心を刺激するのだ。だが、全裸でいくら気張っても迫力がないと晴海もようやく気がついた。
持ってきた紙袋を渡す。
 「ほら、持ってきたわよ」
「・・・・・・・・・・・!?」
 まひるは驚きを隠さなかった。それは声望学園の制服だったからである。
 ありふれた紺のブレザーに明るい紫のリボンタイ。奇を衒っていない制服は、学校の方向性が時流に流されないことを暗示している。だが、いかにも人間を同じ殻に閉じ込めようとの腹が透けて見える。それは一種のSMではないか。軍にしろ、警察にしろ、あるいは企業にしろ、制服というのは人間を一定の洞窟に閉じ込める役割を果たす。そこにはすこしばかりの差異は同じ色で塗り固めてしまおうという支配する側の意図が見え隠れする。晴海は別にそれが嫌いではない。ただ、支配する側にいたいと思うだけだ。もっとも、かつて逆の立場にいたことを恥じだと思わないし、快楽らしきものがなかったわけではない。ただ、元に戻ろうとは思わない ―――本人としてはそのつもりである。
 
 だが、目の前の美少女を通じて婉曲的な意味からそれを為そうとしていることに、この怖ろしいほどに知的な人物は気づいていない。

 まひるはなおも晴海を睨みつけているが、それは言うまでもなく虚勢であり、何ら実体があるわけではないが、そういう姿勢を精一杯見せる姿が、女性捜査官にとってみれば頼もしく、あるいは、可愛らしいと映るのである。
 俗に言うならば、やせ我慢という言葉が適当だろうか。
 しかし ―――――。
 そんな哀れな背伸びも、この悪女の前では数分と続くものではない。
「ナ・・・・・・・・・?!」
 少女の小さな口から、身も世もない吐息が漏れる。もしも、我慢というものがある種の液体の量によって示され、それが人体につけられた機械によって計測されるとするならば、そのバロメーターは針が振り切ってしまうにちがいない。
 今、緊張の糸は完全に切れようとしていた。
 目に見えないほどの動きで屈むと被虐のヒロインの股間を捉えたのである。両手で少女の大陰脚に指を伸ばし、小陰脚にまで手を伸ばす。

「はやく着替えなさいよ、それともこうしてほしいの?」
「ィイヤァァァアア・・・・・あああ・・・・・ぁ!」
ま ひるは、見られたくないものを外敵から守るように息をひそめた。全裸の上に性器まで顕わにされているのに、これ以上何を隠すというのだろう。晴海はさらに膣内の探索を始める。
「ぃぅあぁうぁう・・・・・アア・・・ぁは・・・ア」
 タランチュラのような指が少女の胎内で蠢く度に、それらはまひるの敏感な部分を刺激する。そうすると、さしものの高いプライドも砂上の楼閣のように崩れ始める。いや、崩れる瞬間まで追い込まれた。
「あレ?これは何かしら?こんなところにどうしてこんなものが?」
 女性捜査官は演技ではなくて本当に疑問を呈した。少女の膣の奥から米と思われる塊が、まるで寄生虫のように、這い出てきたのである。
「ひい、いや! いや!」
 どうやら、この米には少女が知られたくない秘密が隠されているようである ――――というよりも、それを晴海は熟知しているのである。それでいて、見え透いた演技を疲労した。

「どうしてカナ? まひるちゃんはこんなところから栄養を摂取してるの?」
「ヒィィィィィィィィィィいいい?!」
 性器を蹂躙されるまひるには、もう抵抗する力が残っていないと見えて、晴海の頭を摑みながら翼をもがれて押さえつけられたウグイスのように、可愛らしい喘ぎ声を発している。
「答えなさい、どうして、こんなものがここにあるの?」
「ウ・ウ・ウ・ウ・ウウウ・う・・うう、いや! ウウ・ウ・・ウ・ウウ」
 すべてを知っていながらあえて訊くという行為の残酷さを認識している。ぴょこんと可愛らしく立ちはじめたクリトリスを銃の照準にして、美少女の涙顔を狙い打ちする。ちなみに、銃弾は女性捜査官の視線である。だから、正確を期すならば、レーザー銃ということができるだろう。
 もっとも、現代の科学力ではそのような武器は発明されていないのだが、SFという設定に焼き直せば、それも可能だろう。
 どうやら、被虐のヒロインには、現代武器技術の考証などは不必要だったと見えて、素直に口を開いた。もちろん、それには一回、口を動かすたびに、相当量の涙を必要としたのだが。
「アア・・・あ、そ、それは・・ウウ・・ウ・ウ・ウ、きょ、今日の、お、お弁当です・・・ウウ・・ウ・・ウ・ウ」
「何? まひるちゃんは、こんなところにお弁当をつけて、登校しているの?」
「あぎぃ・・・うう、いや、ぁぁぁ、ま、毎朝、か、彼女たちに、ここに、お、お弁当を入れさせられます・・・・・
「日本語の使い方が違うわね、入れられるんでしょう?」
「さい、最初はそうでしたけど、ウウ・ウ・・ウ・ウ」
「最近では、悦んで入れてるのね」
「ち、違う! よろ、ウウ、悦んでなんかないです!!ウウ・ウ・・ウウ・ウ」
「まあ、いいわ、そんなものをここにくわえ込んで居ながら、授業を受けているわけ?」
「ウウ・ウ・ウ・ウ・ウ・ウ」
 もはや人語が出なくなった時点で、矛を収めることにした。
「さ、はやく、着替えなさい、どうしても行かなくっちゃいけない用があるんでしょう?!」
「ハイ・・・・・・」
 もちろん、この悪徳婦人警官の頭の中には、その情報も放り込まれている。
 
 涙を流しながら、あたかも、おもらしをした幼児が母親から着替えを促されるような緩慢な動作で、渡された制服に袖を通す。

――――ふん、身長が身長だけに、ぴったりね。私の制服。

 しかし、どうやらみはるのほうがやや華奢なようで、身体にぴちぴちだった。おかげで、ワイシャツの上から乳首の形がはっきりとわかる。
それをからかうのは簡単なことだが、これ以上いじめると崩れそうに思えたから、ここで打ち止めにすることにした。
「ほら、はやくなさい」
「・・・・・・・・・」
 しかし、鍵が解錠されたとき、晴海はわずか数秒先のことを予測できなかった。
「・・・・・!?」
 それを目撃した瞬間、彼女は目を疑った。
この個室に囚われていた時とはまるで別人に見えた。幼女が大人になった。葉の上を這っていた芋虫が、さなぎを経ることなく、一瞬で、見事な蝶になったかのように見えた。

―――生徒会長とはこういうことか。

 全身に創傷を負いながらも肩で風を切るその姿は、音声だけではとても摑みきれない偉容 ―――――だった。











テーマ:官能小説 - ジャンル:アダルト

『おしっこ少女 3』


 「・・・・・・・・・・!?」
 気がつくとスクリーンセイバーが陳腐な3D迷路を造っていた。その時、聞き慣れた陰険な声がした。言わずと知れたカメレオンの声だろう。晴海は颯爽とした顔を作らねばならない。
「きみは見所があるんだ。ただ机上の勉強が得意な連中とはひと味もふた味も違うと思っている ――――」
 この両生類と爬虫類の合いの子のような上司が、自分を持ち上げるようなことを言うときには、いつもろくなことが起きない。きっと、その外見に違わない陰険なことを企てているにちがいない。そして、そのおはちが回るのはいつも自分なのだ。
 彼が言うところの『日本の敵』に関する講釈を聴きながら、どうして、あの少女のことが気になってたまらないのだろう。
 あの少女。
 言うまでもなく、佐竹まひるのことである。

 PCに詳しい庁内の友人に頼んで、情報を集めてもらっている。
 当然のことながら、日本は警察国家ではないので、唯一の例外を除いて、晴海たち公安に健全な市民のプライバシーを侵害する権利はない。
 だから、庁内のPC犯罪に詳しい人間に協力を頼んであるのだ。蛇の道は蛇というが、犯罪者を追いかける人間にはその手の技術が必須ということである。
 むろん、まひるの名前は伏せてある。たったひとりの少女の動向をさぐるために、そんなことを同僚に頼めるはずがない。
 口実はいくらでも捏造できる。
 先ほど言った唯一の例外が関係しているのである。

 それは、冷戦が終わって日本唯一の革新政党となった日本革命党のことである。
 ソ連などという代物が世界から消滅して20年。どうせ少数野党であり、日本の政治にほとんど影響力は皆無といっていいのだから、特別天然記念物にでも認定すればいいと晴海などは思う。しかし、公安の老人たちはそうは思っていないようである。
 戦後、一貫して彼らを敵視し監視してきた。当時は必要だったのかもしれないが、冷戦が終わった今、そんなことにどうして国民が供出した貴重な税金を浪費しなければならないのか。CIAやMI6と言った真性のスパイ組織のマネゴトもたいがいにしてほしいと思う、このごろである。
 もっとも、そういう背景があるからこそ晴海の動向を探ることも可能なのでは、あるが・・・・。
 ともかく、今、将来の警察官僚が気にしているのは、佐竹まひるという小娘のことである。同僚からの情報提供とともに、自らも汗を流さなくてはならない。
 彼女の生徒手帳には盗聴器を仕掛けてあるから、逐次、その情報は伝わってくる。
 自宅があるマンションには受信機と録音機が常設され、常時、彼女が学校でどんな目にあっているのか音声として記録している。

 それを仕事場にまで持ち込まないのは、彼女なりの配慮だが、無意識のうちに、泥沼に入り込むことへの危惧が隠されているのかもしれない。

 昼になって食堂でカレー南蛮に箸を突っ込んでいたとき、その男が話しかけてきた。
「麻木さん」
「ああ、加納くん」
 彼は、大学の同窓である。
「短い時間だけど、かなり情報が得られたよ、結論から言うと革命党と対象者の関係は薄いと見るべきだね。だけど、娘さんの学校のことまで事細かく調べるなんて、常軌を逸してやいないかね」
「私もそう思うわ」
 USBを受け取りながら、晴海は自嘲する。
「革命党に対する敵視ってほとんど警察の人間のDNAだからね」
 加納は豚の生姜焼き定食が乗ったトレイを置きながら言った。
「しかし、お兄さんの逆嫁ぎ先はまさに円満な家庭と言うべきじゃないか」
「逆嫁ぎ先? おかしな言い方ね」
「まあね、こんな仕事をしていると独創性を発揮するようなことはなくなるしね、こんなことで欲望を満足されないとやってられないよ」
 実は、ふたりは文学関係の同人をやっていたのである。晴海も、まさかロマンティストとして有名だった彼が、警察に入庁するとか考えなかったものである。
 
 加納は言葉を続ける。
「対象者たる、父親は銀行でそれなりの地位を気づいてるし、仕事関係を当たってみたが、ほとんど文句なした。それに、母親は主婦として近所の評判も上々だ。子供たちも同様だ。まことに理想的な80年代の聖家族と言うべきだろう。そのUSBにすべて入っている」
「ごくろうさん」

―――いつもの通り、情報の処理は頼むよ。
 
 それはUSBごと破壊してくれという意味だが、この部屋で聞かれる人の囁き声や足音、それだけではなく、建物の外から聞こえる車の音、それらと加納の声を同じようにもはや見なしていた。蛇足だが、窓の外に見える山や木を我が物と見るのに借景という言葉があるが借音という言い方はあるのだろうか。
 いずれにしろ、晴海にはBGM程度の価値すらなかった。今はノートパソコン上に浮かぶまひるの顔にしか興味がない。
「へえ、生徒会長やってるんだ、それで、いじめって ――――」 
 加納が提供した情報には、まひるの『友人』たちの情報も克明に書かれている。
 安藤ばなな、各務腹静恵、門崎はなえ、岡島静子、飯倉かのえ。この五人は例の少女たちだろうか。報告では、いじめのことには言及していない。当たり前のことである。潜入捜査くらいしなければ、最低でも尾行ていどのことに手をつけねば、そんな生の情報は入ってこないだろう。

 
 学校、あるいは学園という言葉からどんなイメージを受けるだろうか。外部からの目や耳を避けるように設えられた厚い壁は、生徒たちを守るというよりは、むしろ隔離し、特別な空間を造るためにあると言って良い。
そこには一種の治外法権が存在する。日本国でありながら、日本国の法律が必ずしも適用されない。
 生徒は社会的に言って、特権階級でありながら、一方ではそれゆえに傷ついても何も言えない状況に陥ることがある。加害者も被害者も特権を持っている以上、両者を裁くことは社会が持つ権利の埒外にあるのだ。
特にいじめなどという現象はまさに、その骨頂と言うべきだろう。
 私立望声学園は小中高一貫した教育を行っている。厚い壁と鉄条網に守られた空間は、見ようによっては、アウシュビッツ強制収容所を彷彿とさせないこともない。
 表面的には華やかで健やかなお嬢様学校という顔の影でいったい何が行われているのか。
 巨大で厚い壁は外部の者がそれを伺うことを一見不可能にみえる。

 現在、学園は昼休みの最中だ。生徒たちはめいめいの時間を過ごし、勉強で疲れた脳を休めるべくレクリエーションに勤しんでいる。
 ある少女は読書という手段を選んでいた。
 晴海が見えない食指を伸ばしているとも知らず、佐竹まひるは教室の片隅で文庫本を開いていた。
 そこに、複数の女生徒が近づこうとしている。3人は、しかし、かつて、晴海が目撃したような、列車内でまひるを取り囲んでいた少女たちとは違う。

「ねえ、生徒会長 ・・・・・」
 一人の少女が前に出た。しかしながら、まひるは何処吹く風と活字に没頭している。少なくとも、そのフリをしている。
「生徒会長、佐竹さん!頼むから!」
 我慢できずに、感情を爆発させたのはもうひとりの少女である。
「ふん、何か分からないけど、それが人に物を、いや、生徒会長に接する態度かしら?」
 明かに人を見下した色を美貌に乗せるまひる。こんなとき切れ長の瞳と相まって、純日本的な美少女は圧倒的な冷酷さを発揮する。しかしながら、その態度は、常に背後に注意を払ってのことであると、3人の少女たちは気づいていない。
 まひるは、それを打ち消そうとさらに冷酷な声を綺麗な唇から吐き出す。
「ねえ、外崎さん、あなたはこのクラスの一員よね、だけど、そこの二人は別のクラスでしょう。それなのに、どうして、ここに入ってきているの?! それだけでも、生徒会長に謁見する態度とは言い難いわね」

 即座に、教室に残っている生徒たちの視線がまひるに集まる。そのどれもが一言では表現しにくい憎しみと羨望、そして、軽蔑のいじり混じった複雑な感情に満ちていた。ただ、正しいのは、どれをとっても好意的な性格からはほど遠いということだ。誰もが、このまひるという生徒にマイナスの感情を抱いている。しかし、だからと言って手を出すことはできない。彼女は、それを裏付けるバックボーンがあるようだった。
 女生徒会長は、そんなことまったく意に介さずに、さらに畳み掛ける。
「そんな基本的なことを守らない人と話しはできないわね」
「ま、待って、佐竹さん、お、お願いですから!」
「わた、私たちは外に出ていますから! お願いです、私たちの部活を潰さないでください」
 その一言で、美少女の顔の一部だが反応したことに、誰も気づかない。しかし、安藤ばななは知っていた。まひるの背後で、蛇が蜷局を巻くように足を組んでいる。各務腹以下、四人の少女も一緒にいる。
「部活を潰す。何処の部活だっけ?」  
「そんな、何度も頼んでいる、いますのに・・・・」

 一人、残った少女は打って変わって、態度を一変させて、話し方まで丁寧語を交ぜている。
「外崎さん、あいにくと、あまりにも重要じゃない案件みたいね。記憶に残っていないわ」
「・・・・・・・・・・・」
 その瞬間、クラス中の敵意がまひるに集まった。だが、再び活字の世界に没頭するクラスメートに、どんな影響力も及ぼすことができない。今までの経験からかそのことを悟った少女たちは、ひそひそと同好の士と囁くことで自分たちのストレスを解消しようとした。
 しかし、外崎と呼ばれた少女が示す態度は、このクラスがまひるに示す敵意を燃え上がらせることになるだろう。
「お、お願い、まひるちゃん! 一体、どうしたの? 何で、変わっちゃったの?」 
「・・・・・・・・」
 顔を真っ赤にして泣きじゃくり始めた少女を見ることなく、本という殻に籠もることを続ける。
 そんな態度に、クラスメートのひとりが立ち上がった。
「ちょっと、佐竹!」
「止めなよ!」
 しかし、別のクラスメートが彼女を止めた。その時、まひるの形の良い切れ長の瞳が光った。
 そこには安藤ばななの落ち着き払った顔があった。

「・・・・・文芸部・・・」
 たしかに、彼女はそう言ったのだ。何を言おうとしているのか、明々白々だった。
 まひるが、やおら、立ち上がると自分を呼び捨てにした少女を睨みつける。一連の動作は全く無駄がなく、颯爽としていたから、あたかも彼女の上に正義があるかのように錯覚させた。

――――あの女にみなぎる自信って何?と誰もが殺意に似た悪意を心の何処かに含ませたが、誰もそれを行動に出せ
る人間はすぐには出なかった。しかしながら、数秒が経ったと思われる後に、ある生徒が立ち上がって言った。
「ちょっと、生徒会長に対して失礼じゃない?!」
「そうよ、あんたたち、何様のつもり?!」
 まひるは、無言の内に彼女たちを制すると言葉の刃をクラスメートに向かって指し示した。

「組島さん、あなた文芸部だったわね、弱小の ――。たしか、まだ今月の会報見てないけど?」
「ま、まさか、だって、いいって言ったじゃない!?」
「そう? 記憶にないわね ――――」
 何をしても刑罰を受けないという前提があって、しかも手短に凶器があったとして、その顔を見せられても、凶行に出ないと強弁できる人間がどのくらいいるだろうか。氷のような美貌をいくらか傾けると、黒なのに淡い藍色に輝く二つの目がキツネのように光っていた。そして、形の良い唇は、自分こそが優位で正しいと無言で主張している。

「ウウ・ウ・・ウウウ、生徒会長、し、失礼をわびます ―――」
「よろしい、さきほどの失礼は忘れてあげましょう、あなたの殊勝な態度は十二分に考慮に値します」
 おおよそ、言葉とは力を持つという『意味論』の議論を完全に否定するような台詞が、教室に舞った。しかし、悪意と嘲笑に満ちた言い方に比して、その声は美しくまるでオペラ歌手のように朗々としている。
 クラスのほぼ全員がこの美しい顔を引き裂き、その声を制するために舌を引っこ抜いてやりたいという衝動に駆られていた。
 だが、その中で安藤だけは、一瞬だけだが、意味ありげな微笑を浮かべた。しかし、友人の視線に気づくと、すぐに頬を堅くする。
 言うまでもなく演技である。それは、まひると似ていたが、この世に似ていて非なるものなどいくらでもある。
 前者と後者では、あきらかに演技という面において、中学一年生と大学受験生の英語力ぐらいの差が見受けられた。
 その証拠に、演技の不備を他人に見透かされるようなミスは犯していない。
 あくまで表面的にはクラス中から漂ってくる悪意をものともせずに、飄々としたようすを醸し出している。そんな彼女に箔をつける存在が、いや、そんな価値などない。せいぜいで、虎の威をかる狐の類だが、さきほど、女生徒会長を擁護した生徒が集まってきた。

 まるで水戸黄門の周囲に集まるカクサンやスケサンや風車の類のように、少女たちは主人の威厳を擁護する言葉を周囲にまき散らしながら、クラスメートの悪意と敵意をより刺激するような真似をしている。
その中心でまひるは苦笑しながら、密かに彼女たちを軽蔑する視線と言葉を飲み込むと、おもむろに立ち上がった。
「おい、逃げるのかよ!」
「ちょっと、会長に向かってその態度は何よ!」
 部活に直接関係ない人間は、無遠慮に反抗してくる。彼女の取り巻きが口を出したせいで緊張の糸が緩んだのか、クラスメートたちのストレスは出口を見つけたようだ。
 しかし ――――。
「私が特別に与えられた権限は知っているわよね」
「・・・・・・・・・・・・・!?」
 鶴の一声が教室中に木霊した。
「私はあなたたちみたいに暇じゃないのよ」
 肩まで綺麗に伸びた髪を仙女めいた手つきで払いながら、教室を後にした。

「あれ、何様よ!」
「本当に変わっちゃったよね」
「いや、違うわよ! 元々、あいつはああいうヤツだったのよ! 気がつかなかった私たちはバカだったのね」
 そう言った生徒はいちばん最後に教室を後にした取り巻きの一人を睨みつけながら言った。まるでゴルフボールを思いっきり投げつけるよう仕草だった。まさに「虎の威をかる狐」めというわけである。
だが、クラスメートたちはあることに気づいていなかった。
 安藤ばなな以下四人が同時に教室から居なくなっていたのである。

 一方、佐竹まひるは生徒会室に直行しなかった。二階の渡り廊下に差し掛かったところで、いきなり背後を振り向いた。
「先に行って、私は用があるから」
「・・・・・・・・・・」
 まひるは配下の答えはおろか、反応すら見ずに階下へと降りていく。
「どうなさったのかしら」
「最近、つれないわねえ」
 一段下りるたびに、その表情が変化していったことに、彼女たちは、決して知ることはないだろう。そして、その肩が、まるで封建時代の貴族のお嬢様かトップモデルのそれのように颯爽として全く揺れなかった肩が、ぷるぷると揺れだしたことに気づくことはない。中学生なのに10歳は大人びた顔が、幼稚園児に赤ちゃん返りしたことなど予想だにしないだろう。
「・・・・・・・・・」
 僅かに唇を噛んだ。だが、全く痛みを覚えるはずがない。何しろ、全身至る所に無数の切り傷を負っているのだ。
 そして、半地下一階に辿り着いたとき、つい、20秒前に存在した女生徒会長は、この世の何処にもいなかった。
「・・・・・・・・・・・・」
 この沈黙は彼女にとって地獄である。

――――もしかしたら、何かあったのかしら?

 一瞬の休息。
 例え一瞬であろうとも、それは、少女に安心を保証することはない。その苦痛は否応なしに彼女を捕らえるだろう。
 それが早いか遅いかのちがいにすぎない。小さな子供が嫌いなものから先に口にするように、苦痛は先回しにしたほうがいいのである。
「あ、安藤さん、来ていらっしゃるのですか?」
 さきほど彼女に対して使っていた敬語を、今度は闇に対して使う羽目になっている。
「ふふ、ようこそ、生徒会長サマ」
「あ、安藤さん・・・・・」
 彼女たちは別に隠れていたわけではない。まひるの目が闇に慣れてきたのである。
 この狭い、建築家の気まぐれで設計されたような空間は、獲物を招き寄せるのに十分な条件を備えている。
 一年で一度、そう、文化祭で使うような自家製のトーテムポールや体育祭で使う旗やらが雑に積み重ねられている。わざわざ隠れようとしなくても、外から観るといくつもの死角が造られてしまう。だから、突然、ここに入ってきた人間からすると、あたかも待ちかまえているように思えるのである。

 獲物からすれば恐るべき視覚効果を受けることになる。恐怖の上乗りというわけである。
 古代の蔓植物のようにうなだれた美少女を安藤以下、四人の少女たちが取り囲む。できるだけ五人の視線から逃れようとするが、女生徒会長の身長は166センチもある。中学二年生女子の平均身長が157センチだから、その背の高さが想像できるだろう。ちなみに、五人の中でもっとも背が高いのは安藤で、164センチである。
 その他はどんぐりの背比べで150センチ前後を超えたり足らなかったりする。一番、低い飯倉かのえは136センチで小学四年生並である。
 だから、見ようによっては取り囲むというよりは、まとわりついていると言った方が適当かもしれない。
だが、両者の目つきや表情をよく見れば、どちらが主で従なのか、一目瞭然である。

「あ、安藤さん、お、お願いですから」
「あら、天下の生徒会長サマが私ごときにお願いですか? ふふっ」
 安藤に従って四人それぞれの笑声が、美少女の柔らかな耳たぶをからかう。
「で、お願いって何かしら?」
「綾ちゃ、外崎さんたちの部活を潰すようなことをしないでください」
「あれ? 潰すのはあなたじゃなかった?」
 場末のコメディアンのような笑いを浮かべて言う。わざと声を高くするのが、相手を傷付ける壺である。
「綾ちゃん、本当に、書道が好きだから、いえ、ですから、小学校のころから本気でしたし ・・・・・・・・」
「綾ちゃん、まるで友だちみたいな言い方ね、向こうはあなたのこと、そんな風に見てないようだけど?」
「・・・・・・・?!」
「あんたさ ――――」
 まひるの肩ほどの背もないかのえが、安藤の前に出て言う。美少女の弁慶の泣き所に蹴りつけながら、罵声を浴びせかける。
「外崎さん、あんたのこと大嫌いなんだよ! わかってるの?あんたなんかに友だちよばわりされたら、可哀想よ」
足の痛みから逃げるために背後に逃げようとすると、そこに門崎はなえが待ちかまえていた。
「ねえ、わかってるの!?どれほどあんたがみんなに嫌われているか?」

―――嫌われている。

 聞けば聞くほどいやな言葉だ。しかも、それが真実だとすると、なおのこと心に突き刺さる。
 はなえは太い腕をまひるの華奢な肩と首に巻き付ける。まるでアナコンダがインパラのような草食動物に絡んでいるようだ。かたちのいいうなじにかかる生臭い息は、少女の気品すら無条件に帳消しにしてしまいそうだ。
「はなえ、ほどほどにしておきなよ。柔道部の腕で絞めたら簡単に、こんな細い首なんてへし折っちゃうよ」
 全く心配のそぶりのない同情は、悪意の自乗に等しい。まひるは、肩と首を重量級の圧力を受けるだけでなく、精神まで押し潰されようとしていた。
「お、お願いですから、私は、どうなってもいい・・・・・ゴホゴホ」
 女生徒会長は最後まで言葉を続けることができなかった。柔道部の乱暴娘の腕が、力余って危ない線を越えてしまったからである。

 床に両手をついて、激しく咳き込むまひる。そんな美少女の背中にはなえが飛び乗ったのである。まるで父親にまとわりつく幼女のように見えた。思わず、安藤は苦笑しそうになったが、友人へと配慮もあって、すんでの所で留まった。
「ねえ、まひるちゃん、それはあなた次第よ」
「・・・・・・・・・」
 涙で濡れた美貌を思わず安藤に向ける。自分にたいする呼び方が変わったことに注目しているようだ。
「もう、わかっているわよね、私たちが何を求めているか」
「・・・・・・・・・?」
 涙が造る水晶の軌跡を見ると、少女の容貌がいかに整っているかがわかる。安藤はそれに苛立ったのか、言葉を荒げた。
「いいかげんにしな! 外崎の部活を守りたいなら、その代価を体で払ってもらおうって言ってるんだよ!!」
 安藤の両手がまひるに摑みかかったと思った瞬間、綺麗な卵型の顔が激しく揺れる。いい加減にじれったくなったようだ。だが、感情が造り出す波が激しく横揺れしようとも、代価なとという言葉が、ぽっと出てくるぶん、彼女の知性のレベルがわかるというものだ。まひるはボロボロにされて、おもちゃにされながらもそんなことを考えていた。
 やがて、大震災が終わると、いじめっ子の足が目の前にあった。余震とそれから来る嘔吐に悩まされる美少女に残酷な言い渡しが為された。

 一寸前とは打って変わって柔らかな表情と母性愛に満ちた言葉が宙を舞う。
「今度の日曜日、開けておいてね。今回は東横線よ。それまで健康でいてもらわないとね、かわいいまひるちゃん」
 リーダーの両手に挟まれても、まひるの美しい卵は少しもその美を崩そうとしない。しかしながら、その薄い殻の中では、やわらかく傷つきやすい黄身と白身が涙の海に漂っていた。
 まひるが自失呆然の状態に陥ったのに満足したのだろうか。
 リーダーは、はなえを嗜めながら、その場を後にしようとした。このきかん坊は、さよならの蹴りを美少女のみぞおちにくれてやろうとしていたのである。
「早くしないと塾に遅れるわよ」
 まるで母親みたいなことを言いながら、心はもはやここにはなく、東横線の電車内にあった。だから、目を離した隙に末娘が腕をすり抜けてしまったことに気づかなかった。
 すぐに、「きゃん」と草食動物めいた鳴き声を耳にすることになる。
「仕方ないな、すぐに楽しめるんだから、ほら、はなちゃん!!」
「ふふ、学校にもママがいていいねえ、はなは」
「ふふふ」
 そのやり取りを見ているかぎり頬笑ましい中学生にしか見えないだろう。すばらしい友人関係を享受し、青春時代を謳歌している以外のどのような情景に見えるというのだろう。
「・・・・・・・・・・」
 女生徒会長は真っ白になった頭で、今、自分が置かれた状況と彼女たちの様子を同時に考察してみようとした。
 
 しかし ――――。
 答えはまったくでなかった。
 代わりに出てきた文字列は、 ――。
 アサギハルミサン。
 どうして、こんな時のあの人のことが思い浮かぶのだろう。自分が流す涙の海に溺死しながら美少女は当て所もない思考の旅に出かけていた。それは、何百年も思考に思考をかさねながらついに解決できなかった哲学的な問いに似ている。
 その時、当の麻木晴海は取り調べられている容疑者を、マジックミラーごしに睨んでいた。その目つきは、まひるが想像しようもない怖ろしい、『鷹の目』と言われる犯罪者が怖れる警官の目だった。
だが、そんな慧眼でも、今、このとき、まひるがどんなことを呻いたのか、透視できようはずがなかった。
「ハルミオ姉サマ」
 確かに、美少女の小さな口はそう言ったのだが。

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『おしっこ少女 2』

「ウグウウ・・っ!」
 唇を離すと、ふいに、佐竹まひるは軟体動物のようになった。麻木晴海はその手で如実に感じ取っていた。
 しかし、次の瞬間、凍りつくような光を感じた。それを知ってほくそ笑むと、再び、少女を抱こうとした。
 その時 ―――。
 少女が取った態度は、晴海の期待をはるかに超えていた。それは彼女がかなりの上物であることを暗に示していた。
「ナ・・・・・・!?」
 咄嗟に、自分の身体を長身の女性警官から引き離すと、個室のドアに背中を打ち付けてしまった。だが、そんな痛みなど少女にとってみればアヒルの毛で肌を撫でられたに等しい。むしろ、その刺激は少女の怒りを買うことになった。

「・・・・・・・・・!!」
 歯ぎしりしながら晴海を睨みつける少女の姿は、成長途上の雌ライオンを思わせた。しかも手負いだ。
 晴海は満足だった。どんなにひどい状況に置かれていようとも、簡単になびいてこられてはゲンメツというものだ。
「どうしたの? まひるちゃん」
「あ、あなたにそんな風に呼ばれたくない」

―――強がりとは可愛いことで・・・・・。

 晴海は微風を頬に感じた。
 だが、年の功という言葉は伊達に存在するわけではない。2000年のもの間、この邦の先輩たちが切磋琢磨して育ててきた日本語は、単なる記号ではなく、それだけで力を持つ時代と空間を超えた一物なのだ。
 晴海の華麗な口から飛び出した台詞は、少女の立っている土地を根こそぎばらばらにする力を持っていた。

「じゃあ、聞くけど、あなたをそんな風に呼んでくれる人はこの世にいるのかしら?」
「クぅ・・・・・・?!」
 シンメトリーは古来よりヨーロッパ人の審美の基礎と呼ばれる。蛇足だが、ヴェルサイユ宮殿などはその建物だけではなく、庭園などもその法則に叶っている。おそらく、西洋で言う風水のようなものだったのであろう。蛇に3本目の足を描くが、家康が造った江戸という町はまさに風水の産物である。四方を玄武などの神が護っている。
 閑話休題(それはさておき)
 もしも、ヨーロッパ人がこの時のまひるの顔を見たら、さぞかし嘲笑するだろう。その美はかなりいいところまでいっていたにも係わらず、右と左では相反する表情を見せていたからである。
 
 前者は、愛に飢えた幼児の顔、そして、後者はこの世でもっとも憎むべき相手、すなわち、自分のプライドを傷付けた人間に対する憎しみと殺意に満ちた表情を見せていた。
 晴海は、ヨーロッパ人でも、かの世界の芸術を継承する人間でもない、だから、彼らの審美感を愚直に守る必要性はなかった。むしろ、それを破壊する方向にベクトルが働いた。

――――可愛らしい。

 13歳の少女を目の前にして、簡単に感情を露出するなぞ、晴海が描く自画像からかなり外れる。だが、彼女が醸し出すかわいらしさは、彼女の理性を脅かすような要素に満ちていた。しかし、ここは理性を総動員して声の動揺を抑えることには成功した、辛うじて。
「これ、忘れていたわよ、まひるちゃん」
 晴海が差し出したのは一枚の手帖である。合成樹脂の皮が鈍い光を放つ。
言わずと知れた、生徒手帳と呼び習わされた冊子である。
「・・・・・・・・・・・・・・!?」

――――いつの間に、と言いたげに切れ長の瞳を限界まで開いて、晴海を睨み続ける。それは上品な外見に似つかわしくない乱暴な手つきだった。

 こうして、佐竹まひるという人間がこの世に存在することを示すIDは、本来の持ち主に戻った。少女にとって、中学校はまさに世界そのものなのである。
 その重さを晴海は理解していない。取り戻した生徒手帳を大事そうに抱きながらも、涙を流すその姿に不審そうな目つきを向けるだけである。
 さらに涙に濡れる睫を見て、その長いことに審美眼を満足させている始末である。

――――これからのた愉しみだ、などと罰当たりなことを考えている。

「もっと、話してたいけれど、互いにそういうわけにはいかないようね。ま、いいわ。そうだ、携帯を出しなさい」
「・・・・・・・・・・・・ハイ」
 有無を言わせぬ警官の一睨みに顔面に、ナイフを突き刺されると、少女は視線を床に走らせた。
「お高い、お嬢様顔もかわいいけれど。その顔も可愛らしくていいわよ、普通の女の子みたいでね」
「・・・みたいじゃなくて、私は普通の女の子です!!」

――――じゃあ、休日に友だちと映画見に行ったり、雑誌で有名になったアイスを食べたりするんだ、とは、晴海はあえて言わなかった。この悪魔の尖った耳は、まさにそう言いたげにピクピクと動いていたが、どうにか、理性を保ったようである。
「そうね、普通のお嬢さんね ――――これでいいわ、あとで連絡待ってるから」
 互いに番号を交わし合うと個室のドアを開けた。

 微粒子レベルの刺激にすらビクビクと反応する姿は、晴海はサディズムの悦びとごく微量のシステマティクな同情を感じていた。一同の視線を一身の浴びるその姿はまさにそんな形容が相応しい。しかしながら、それを読み取っていたのは、おそらく、この女性警官だけである。避難と同情が微妙に混在した視線に晒されても、毅然とした態度を曲げないその姿からは、具合が悪いのに必死に体裁を守っている気丈なお嬢さんとしか、レッテルを貼れないのだろう。
 そんなまひるに背後からチクチクと見えない針を刺すのは、晴海である。これからどうやってこの獲物を平らげようか。ちょうど、鯛焼きを頭から食べるか尻から食べるか悩む子供のように、少女のほっそりとした肢体を上から下まで舐めるような視線を送っている。
 この時、中学生の少女が怖れていたのは、たった一つの視線、晴海のそれだったにちがいない。
 獲物を睨みつける肉食獣の視線は、紙を燃やそうとする炎の呼吸に等しい。少しでも触れたらいっしゅんで灰になってしまう。だからこそ自分を滅ぼすものに鋭敏に成らざるを得ない。
 
 少女は猛禽の爪に狙われていることに気づいている。そして、すこしでも触れられたらいっしゅんで炎上してしまうことも知っている。猛禽は同時に炎から蘇る不死鳥でもあるのだ。
 しかしながら、それがわかっていてももはやどうしようもない。上空に輝く銀色の凶器に気づいても、なお、無駄な努力とわかっていながら草原をおたおたと翔る兔のように、ただ死と消滅の恐怖から逃亡すること選択せざるをえないのだ。

 食事会は続いていたが、仕事先からの連絡によって晴海は失礼せざるをえなくなった。このまま逃げまどう兔を観察したいという内心の望みを隠しながら、颯爽と個室を後にした。
そのとき、別れ際に見せた氷の微笑をまひるは一生忘れることはできないだろう。母親に囁かれるであろう言葉とともに、少女の中にあるアカーシックレコードに刻まれるにちがいない。
「具合悪いなら言いなさい。先方にも、お姉さんにも迷惑がかかるでしょう?」
「ごめんなさい、お母さん」
 その会話は会が終わりになったさいに、ふとした折に為されたのだが、それは晴海によって聞かれていた。

 仕事先に向かう車の中で、イヤーフォンを嵌めた晴海が受信機を弄っていた。信号が赤に変わって乳母車を押す幸せそうな母親を視界に収めたところで、その会話が耳に入ってきたのである。
 いや、入ってきたなどという自動詞的な表現は、この際、偽善というべきだろう。
 実は小型盗聴器をまひるの生徒手帳に仕掛けておいたのである。その送信機は言わば犬の首輪と同義である。そして、見えない無線は鉄の鎖ということができるだろう。その二つの道具によって、佐竹まひるという少女を縛るのである。
 しかも、彼女にはそうされているという意識はない。だからこそ、自然なデータを晴海は得ることができる。彼女の胸は高まった。だが、この鋭敏な女スパイがそのことにすら気づいていなかった。まるで女優のように、自分の精神と肉体を選別し、かつ、自由にコントロールする術を身につけた彼女が自分の胸にぽっかりと空いた孔に気づかなかった。そして、無意識のうちにそれを埋めるために、佐竹まひるという少女を求めている、あるいは利用していることにも気づいていなかった。

 これからきっと上司であるカメレオンと体面(たいめ)することになるのであろう。そして、提出したデータの信憑性についてあれこれ言われるにちがいない。そのつど、晴海は白旗を上げるやら、あるいは自分が正しいのならば根拠を示さねばならない。
 まひるは、そのようなストレスから解放してくれる道具の役割を果たしてくれると思った。言うなれば、男性にとってのダッチワイフのようなものを求めていたのかもしれない。

 6尺棒と呼ばれる一種の武器を携帯する同僚に敬礼しながら、晴海は警視庁の庁舎内に呑みこまれていく。同時にオーラーの分泌を最低限に抑えなくてはならない。なんと言っても公安という特殊な部署に配属されたのも、彼女のそうした特殊能力に寄るところが題なのだ。彼女の上司はこう言っていた。
「お前は、美人だから本来ならば公安に向かないと思ったが、出会ってみて考えが変わった。どうやら美人とは外見だけのことではないらしい」
 カメレオンは、誰が見てもピンヒールで踏みつけたくなるような老獪な笑いを立てていた。
 職員たちは、どの顔を見ても峻厳な顔をしており、日本国内とは思えない緊張感に満ちている。
 シャーペンをカチカチする音やパソコンの老猫の悲鳴に似た音は、部下を叱りつける声と相まって、ここを戦争の最前線を指揮する大本営と化している。

――――これから戦争でも起こるのか? ここは本当に日本か。

 まるでアメリカ人のように、彼らは敵を必要としている。もしも、それがいないなれば、スパイを使嗾してでも敵を捏造する。
 あの真剣な目つきは敵のいないところに敵を造り出す。言葉を換えれば、ゲームソフトのクリエイターと似ているかもしれない。
 公安とクリエイター。
 両者の間に乖離があるとすれば、扱っているものがフィクションであるという自覚のあるなしに限定されるのかもしれない。
 すると、彼女がまひるに見定めているものは何なのだろう。

 晴海はディスプレイを睨みつける。ちなみに、カメレオンは上司と話し合いの最中ということだ。
 無機質で非人間的なデーターの乱舞の向こう側に、何か、それと反する属性が見えた。
 有機質でごく人間的な ――――。
 それは卵型をしていた。
 すぐに人の顔の原型であることがわかった。

―――私は、コンピュータグラフィックスの技師でもないし、ゲームソフトのクリエイターでもないんだけど・・・・、
 
 うん?
 彼女は ―――。
 彼女は、ふり返った。

――――佐竹まひる?!

 少女は、無機質なonとoffの砂浜で液晶の海を眺めていた。その目はとても哀しそうに見えた、

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『おしっこ少女 1』

 麻木晴海は、物事に対する見方が概して運命論に傾く。
 いわく、人間は生まれたときにすべての人生の経緯が決定されている。だから、努力などというものはすべて無意味である。あるいは、努力することそのものが運命だから、人間のはからいなど、すべて、絵に描いた餅にすぎない。
 兄である祐輔の許婚者とその家族と会合を持ったとき、佐竹まひると邂逅したことをそれほど驚いてはいなかった。さすがに、最初は、運命の神とやらがくみ上げる物語の陳腐さに文句のひとつも述べたくなったが、あいにくと何処の宗派のなんという神に文句を言っていいのわからないので、断念することにした。
 だが、当の佐竹まひるは完全に凍りついていた。初夏の足音が聞こえてくる季節にもかかわらず、瞼には霜が張り付き、その綺麗な瞳は完全に、安物のマネキンのそれに墜ちていた。
もっとも、彼女が落とした生徒手帳から遠くない未来に再会できるものと踏んでいた。しかし、佐竹という姓は珍しいわけではなく、ここまで早く、そして、このような皮肉な形で可愛らしい子羊と乳繰り合えると思っていなかったのである。

―――おっと、それは先走りすぎたか。

 将来の女性警察官僚は不敵な笑みを浮かべた。この場の女主人公であるはずの、ある人物。すなわち、祐輔の許婚者であり、晴海の義姉になるであろう女性は、晴海の圧倒的な美しさと存在感のために、完全に脇役になっていた。 それは、彼女の悪意というものだろう。
 なぜならば、彼女は自分の気配を完全に消す超能力を持ち合わせているからである。それを使わないにあたってはそれなりの理由がある。このような表情を見せているが、実は、ひじょうに機嫌が悪い。それを記述するには今朝、彼女が起床したときにまで遡らねばならない。

「・・・・・・・・・・・くう!?」
 晴海は寝癖だらけの長髪を掻き上げた。ついぞ10年以上、彼女のこんな表情を見たことのある人間はいない。それでも辛うじて美貌を保っているのは生来の形質のせいだろう。男でも、女でも、本当に美しい者はすっぴんだろうが、なんだろうが美しいものなのである。
 出窓に侵入したアポロンの使者は、「貴女は美しい」と言って消えた。
 しかし、本人は、神話の世界の住人のたわごとに耳を傾けるほど余裕があるわけではなかった。
 この歳になっては、おそらく誰にも見せない顔つきで、ひとりごちた。

――――まさか、あんな夢を見るとは・・・・・?!
 
 新たに視界を妨げようとした髪の毛を掻き上げると、晴海は嘆息した。

 夢の中で、晴海は女子高生に戻っていた。あどけないリンゴの顔をかつては持っていた。
 教室はオレンジ色の黄昏に沈む。
 晴海を中心としてドーナツ型の輪ができている。好奇心と嘲笑に満ちた視線をどのクラスメートたちも送ってくる。そして、その中心にいるのは ――――。
 中心にいるのは、少女たちではなくて、なんと彼女の担任である ・・・・・。
 やがて、ドーナツの輪は小さくなり、晴海を押し潰そうとする。
 その瞬間に目が覚めたのである。

―――今更、あんな夢を見るなんて・・・・・・・。

 年齢の割に臈長けた美人は、一瞬だけ女子高生の顔に戻っていた。

――――今日は、あの人の家族と出会うのか。名前は何だっけ?
 
 彼女は、つい一ヶ月前に出会った義姉予定の女性の顔を思い浮かべた。本当に優しそうな人だった。しかしながら、それ以外にめぼしい印象がない。
 祐輔の結婚など、そもそも、たいして興味がない。今、自分が抱えている仕事の方がよほどトリアージとしては優先である。どちらにも共通なのはやっつけ仕事ということだ。
 だが、いちおう、ここまで自分を妹として遇してくれた恩がないというわけではない。だから、有休を取ってまでその会合に出ようというのだ。
 機嫌の悪さは化粧ごときでは隠しきれないらしい。だから、キッチンに入ったとき、祐輔に皮肉を言われた。もちろん、両親がいるのを見通してのことである。
「優秀な妹どのは、こんなくだらないことに時間を割くことはなかったのに、お忙しいんだろう、お仕事が」
「止めないか、祐輔!」
 両親は怪訝な顔を見せたが、今更ながらという色も同時に、顔いっぱいに乗せた。しかし、もうすぐこれも終わりという安心感も何処かにしのばせていた。
「父さんは、優秀な妹どのに譲りたいんだろう? 本当のところは?」

「いいかげんにしないか!!」
 父親である勇はついに怒りを爆発させた。彼はとある軍需産業の重鎮であり、末席とはいえ経団連にその名を連ねている。そのような人間だから、常に冷静さを保つ訓練はできているはずである、しかしながら、それは必ずしも家族を相手にするとその限りではないらしい。
晴海は完全に他人のふりをすると、朝食のパンをトースターに突っ込んだ。
「で、先方の家族は何人かしら」
「ご両親と妹さんたちで、6人」
 母親である妙子の質問に即答する祐輔。妹に対するそれとは雲泥の差である。尊属と卑属の差異というよりも、もっと、別のところにその理由はある。
「へえ、ご両親と妹さんたちね、ずいぶん、妹さんが大勢いらっしゃるのね」
「いちばん、下はまだ小学生だから、かわいいものだよ、誰かさんと違ってね」

 しかし、家族は祐輔の不満顔に係わるのを止めた。その日は、一家にとってとても大事な日だったからである。
長男の許婚者の家族と出会う。家族同士ということで、両家が一同に体面するのである。実は父親である太一郎にとってみても、重要な日だった。
 本当のことを言えば、彼が用意した良縁があった。もしも、それが成れば、太一郎の財界に対する発言権は倍増しするはずだった。しかしながら、息子はそれを蹴って、思い人を連れてきた。一般的に見れば、有力者としての父親にとって悲しむべきことかもしれない。
 世間は、彼を目的のためには手段を選ばない非情の経営者と見ているから、少なからず驚いた。それは、妻と長女も同じだった。
 ところが、一番、感情を害するはずであろう太一郎は、一も二もなく喜びの声を上げた。何よりも、頼りない息子が自分の意思で行動したのである。それは、彼にとってみれば、清水の舞台から飛び降りることに酷似していたであろう。
 元来、気が弱い跡取り息子は、勉強から外見まで、至る所で妹に叶わず、かなりのコンプレクスを抱いて育ってきた。しかし、彼が本当に怖れていたのは父親である太一郎だったのである。
 そんな彼が認めたことは、祐輔にとっては意外でもあり、心底、喜ぶべきこともあった。しかしながら、そうだからと言って、晴海に対する敵愾心をかなぐり捨てたわけではなかった。
 祐輔が多大の犠牲を払ってまで勉強に実を費やして、それなりの私大に入学したと思ったら、妹は、いとも簡単に東大法学部に現役で入学し、その後、四年間を市井の大学生と同じような遊び歩いたというのに、こともあろうか警視庁キャリア試験に見事合格してしまった。
 その事実を会社の幹部が知らないはずはなく、いやでも意味ありげな視線を跡取り息子は一身に受けることになった。こうなって、妹を愛せと言う方が無理というものだった。

 計らずも兄によって目の上のたんこぶにされた妹は、鏡の前にいた。背後から母親の視線を感じながら、もっかのところ化粧中である。
 その行為は女性にとっては戦時における弾薬の準備に等しいと言えるだろう。男性にはとうてい理解できないことだが、彼女らが自室のいちばん目立つ部屋にどうして化粧箱を置いているのか、外出前にどうしてあれほど化粧に時間をかけるのか、化粧とは女性を女性あらしめる重大な要素のひとつなのである。
 余談だが、女子刑務所というところに収容されている生き物を女性と呼んでいいのか議論が分かれるところである。
 閑話休題。


 背後から言葉がパウダーのように降ってくる。
「本当に綺麗な肌ね、晴海、やりすぎるとどちらが主人公がわからなくなるわね」
「ママまで嫌みを言うんですか?」
 どちらかという義母というニュアンスで、台詞を暗々とした井戸からくみ上げる。
「ふふ、ごめんね、祐輔のくせが映っちゃって」
「きっと、兄さんはそれを怖れているんでしょうね」
 母親である妙子はしばらくその魂を宙に浮遊させた。それは目つきで晴海にわかる。だから、すんでの所で言葉を出し渋る。
「・・・・・・・・」
「さ、はやくなさい、祐輔のかんしゃくがはじまらないうちに」
 妙子の手は非情に冷たく重かった。あんなに小さいのに、どうして、自分にはそう思えたのだろう。

 年の功という言葉は十分に信頼をおくべきだった。はたして、母親の予想は正鵠を射ていたのである。
 彼女が階下に消えて、その代わりに祐輔の怒鳴り声が聞こえてきたので、若い女性警官は、自分も車上の人間になることを決意せざるを得なかった。
 車は国産の一般車である。特に高級車というわけではない。彼ほどの身分ならば、運転手のひとりやふたりを引き連れて外車を乗り回している。そのように世間的には受け止められているかもしれない。
 ところが、事実はかなり異なる。彼が乗っている車は、一般的なサラリーマンがすこし背伸びすれば買えない品ではないし、運転手など雇ったことすらない。
 車は単なる交通手段にすぎず、それに拘るのは利便性だけである。石原裕次郎とともに育った彼らのような世代にしては異端児と言うべきかも知れない。
 思えば、晴海はこの父と似ていないこともない ――と自称してみる。しかしながら、そんなことは自分の顔を映す 窓が目に入ってくると、そんな儚い夢想は瞬く間に雲散霧消してしまう。
 自分は、この家族の中でどのような立ち位置にいるのかと常々考えてきた。だが、音もなく背後に転がっていくビルや乗用車、そして、道行く人などを眺めるだけで、答えが出るとも思えない。今、車によって水をはねられて制服を汚した女子高生がお椀のような顔を見せた。

「さあ、ついたよ」
 そこは、高級中華料理店だった。
 車から吐き出される前に、祐輔は、無言で鼻を妹の方向へと向けた。彼はこう言っているように思えた。

―――仲の良いきょうだいを演じてくれるならそれでいい。

 兄の目は哀しいほどに乾燥していた。これから結婚し、自分の家庭を営む人間の姿とはとうてい思えない。
 だが、それはあくまで晴海に対しての態度であり、他の人間はそう受け取っているとも限らない。
 もっとも ――と嘆息する。
 それほどまでに晴海が注意を払う価値があるとは思えない。
 兄の結婚。
 それ以上でも以下でもない。
 その店に入るまで、彼女はそんなことを考えていた。

 入り口に偽陶器の輝きを見せるプレイトがあって、麻木家様、佐竹家様と書かれていた。

 ―――――そうか、相手は佐竹さんと言うのか。

 何処かで聞いた名前だとは思いながらも、何とはなしに流す。そのついでといった感じで、個室に足を踏み入れる。
 その時、佐竹まひると再会した。
 
 佐竹家の家族は総勢6人、両親と祐輔の相手である長女、そして、まひるは次女なのだろう、そして、二人の小学生とおもわれる赤と黒のランドセルを発見した。
「おまたせして、もうしわけありません」
「いえ、いえ、私どももつい先頃来たところです」
 両家の両親がそれぞれ、人畜無害の挨拶を交わしている。その時、晴海とまひるは、完全にちがう次元に身を置いていた。互いに、視線を交わし合ったとき、晴海は一瞬だけ戸惑いを見せたが、すぐに鷹の目をらんらんと輝かせていた。
 一方、まひるは、切れ長の瞳を無理矢理に釣り上げて、どうやら自尊心を保つのにやっきになっている。

―――私はすべてあなたのことを見通しているのよ。

 無言でそう言い放っていることに、晴海じしん、最初は気づかなかった。だが、獲物が目を伏せたとき、外見上の体裁をようやく整わせているか弱い少女を痛め付けていることをようやく知った。
「さあ、みなさん、席に着きましょうよ」
 祐輔とまひるの姉 ――――この時、晴海は姉になるべく運命づけられた人間の名前を失念していた。小さい頃から、教科書など見たものはすべてすぐに暗記するだけでなく、理解までしてしまうのに、彼女の名前を覚えていなかったことに、その印象の薄さを暗示してるだろう。
 しかし ―――。
「お義姉さん、お元気そうですね」
「気がお早いことですね、晴海さん、貴女のような妹ができて、本当に嬉しいです」
 佐竹皐(さつき)は優しげな笑みを浮かべて、外交辞令を述べた。しかしながら、そのことばの冷たさと相反して、彼女の微笑が嘘でないことは、警察官である晴海でなくても、簡単に知ることができた。

―――本当に、表裏のない人なのね。

 はじめて、好印象を得た。もっとも、はじめで出会ったときも、そのように思ったのかもしれない。しかしながら、当時は仕事のことで頭がいっぱいになっていて、メモリーをそちらに向かわせる余裕はなかったのである。
 予約していた料理が来るまで、互いが互いを知るための談笑がはじまった。表向きにこやかに始まったが、実は剣客同士の戦いが剣と剣の軽い挨拶から始まるように、互いに探りを入れ始めていたのである。
 こういうことは、晴海は得意である。
 最初に記述したように、このとき、完全に自分のオーラを全面に出していた。祐輔はそれを無意識のうちに分かっていて、場所柄あからさまにできない敵意に苦しみだしていた。
 自ずと、一同の視線は晴海に向かうことになる。

「そうなんですか、晴海さんは警視庁にお勤めなんですか」
「ええ、公安に籍を置いています」
「おお、そうですか、小説では悪役ですね」
 相手側の父親が相好を崩した。
 母親が間髪入れずに諫めようとする。
「ちょっと、お父さん、失礼ですよ」
「いえ、正鵠を射てますよ。私どもなどは普通のお巡りさんに憧れます」
 両家に笑いが起こった。まずはうまく儀式は進んでいる。
 そこに黄色い嘴がつきささった。ランドセルが赤い方だ。
「お姉さんは階級は?」
「自分? 巡査部長だよ」
 美貌を赤らめるふりをして晴海は言った。

―――とんだ、女優だな?!
 それを目敏く見抜いていたのは祐輔だけだったろうか。

「えーおじさんよりもエライの?若いのに」
 今度は、黒いランドセルの方が嘴を向けた。
 「私の弟は警官なんですよ、晴海さん」
 「きっと、ずるしたんだよね」
「これ、可南子!」
「いえ、いえ、ずるしたも同然ですよ。私たちキャリアはたまたま勉強が得意だっただけでして」

――――――!!
 この時。祐輔の顔色が変わったことに、晴海でなくても気づいていた。だから、皐は未来の夫の具合が悪いでのはないはないかと、無意味な気を回した。
 ランドセルたちには、キャリアなどという概念は理解できないようで、早くも運ばれてきた料理群の香ばしい匂いに舌鼓を打った。もはや、おじが晴海よりも階級が低いことなど注意する価値などないものに引き下げられてしまったようだ。
 ここで、晴海はおもしろいことを知った。未だ凍りついているまひるのことである。どう見ても、佐竹家の中で孤立している。
 ほくそ笑んだ鷹は、矛先を獲物に向けることにした。
「お嬢さんは、御名前をなんていいますか」
しれっと聞く。
「佐竹まひると言います」
「まひるお姉さんも頭いいんだよ、キャリアになれるかな?」
 まひるがこれから話だそうと言うときに赤いランドセルが嘴をつきだした。しかし、母親は嗜めようとしない。明かに、子供たちに対する態度が違う。
「お姉さんは、私が子供の時よりもずっと、頭が良さそうだ ―――」
 舐め回すような視線を送る。生徒手帳から年齢はわかっている。14歳、中学二年生。外見は、どうみても高校二年生ぐらいに見える。しかし、その仮面の下に、あどけない少女、いや、幼女のすがたをはっきりと見つけた。

「まひるさん、いい名前ね。」
「あ、ありがとうございます」
 緊張に緊張を重ねて、自尊心の仮面に罅が入ろうとしていた。
 これ以上、責めてはいけないと、オーラを留めることにした。

「ちょっと、失礼」
 やおら立ち上がると長身をやや折り曲げて出口へと向かう。そのとき、まひるに目で合図を送った。それが伝わらなくても別にいい。そうなれば、まだ機会があるというものだ。なんと言っても、彼女は人質を握っているのだ。

「・・・・私も、し、失礼いたします」
 まひるも立ち上がって出口を目指した。

――失礼な子ね。と佐竹の方の母親は愚痴りたくなったが、最初に晴海が同じような行動に出たために、それはできなかった。なんと言っても、彼女は晴海を気に入っていたのである。
「でも、向こうのお姉さん、綺麗な人だよね。それに頭もいいし」
「まひるお姉さんよりも、ずっと頭いいよ」
 何と子供とは移り気が頻繁なことか、事、ここに至って、晴海は佐竹家の心を完全に奪っていた。

 その時、まひるは高級ホテルを思わせるトイレに、ひとり佇んでいた。

―――何て、醜い顔かしら? 誰にも愛されないのもうなずける。

 少女は鏡から金色に鈍く輝く蛇口に視線を移動させると、おもむろに、水を出した。それは、これから自分が出すひきがえるのように醜い声をごまかすためである。
「何を泣いているのかしら? お嬢さん」
「・・・・・・・!?」
 はたして、入り口には麻木春実が颯爽とした仕草で立っていた。オーラを無制限に放出する。

――――自尊心の高さを見せてもらおうか。
 
 晴海は、人間を評価するに当たってもっとも重視する2文字を少女の白い額に書き記した。最高級の陶器のように美しいその肌が、はたして、外見だけのものか見てやろう。
いささか意地悪な気持で、少女を評価しようとした。
「・・・・・・・!」
 はるみはぐっと唇を噛んで見せた。そのために、龍の赤ん坊が口の端から零れた。

――――かわいらしい。

 もう、十分だった。どうやら、少女は春実の意に叶ったらしい。
 自分よりも頭一つ背の高い大人を女子中学生は、まだ、睨みつけていた。視線に高貴の色を組み入れながら、少女は切れ長の瞳を精一杯広げていた。その端にはうっすらと涙が浮かんでいるというのに・・・・・・・。
「ぐう・・・・・・!?」
 少女は床に視線を降ろした。エメラルドの輝きなど少女の網膜に実を結ぶはすがない。
「何が、私に言いたいの?」
「あ、あ、あああ ―――」
 まひるが何が言いたいのか、痛いほどわかるが、あえて、それを口に出そうとしなかった。
 やがて、形の良い頭を回転させると、息せき切って、捲し立てた。
「お、お願いです! お母さまに言わないでください!」
「何を?」
「・・・・・・・・をです! ウウ・ウ・ウ・ウ・ウ!?」
 誇らしげな仮面などかなぐり捨てて、幼女のように泣き出した。
 春実は、すべてをわかっていながら、残酷なことにあえて自ら言わせようとしている。
「それじゃ、何にも、わからないわ。妹さんたちの話だと、頭がいいんでしょう? まひるさんは。だったら、主語と述語が完備してないんだったら、文として成立しないでしょう そんなことくらいおわかりよね」

 さきほどの歓談とは打って変わって冷たい声だ。寒風吹き荒む大地に裸で投げ捨てられたまひるは、血管まで凍りつくしかなかった。
 なおも、春実はいやらしい責めを続ける。
「誰が、何処で、何をされているのを。誰に止めて欲しいの?」
「ウウ・・ウ・。わ、私が・・・・」
「名前で言ってちょうだい」
「さ、佐竹、佐竹まひるが、学校で、い、いじ・・・・・」

――言いたくないだろうね、自尊心が邪魔するんだろうよ、でも、家族に知れるよりはましでしょう?

「もう、一回。だったら、これから私が見聞きしたこと、全部、ご家族に披露してもいいのよ」
「や、や、やあ、それだけは、許して!!」
「だったら?」
「さ、佐竹、まひるが、学校でいじめられていることを、ウウ・・ウ・ウ・ウ・・ウ、お母さまに言わないで下さいッ!!ウウ・ウウ・・ウ・ウ・ウ・?ああ」
 その時、外から聞き慣れた声が聞こえた。
「まひるお姉さん、具合が悪いのかな」
「どうだろうね、でも、それにしてもあのお姉さん綺麗だよね」
 言うまでもなく、まひるの姉弟である。
「ああ」

まひるが今にも処刑されるような顔になった。しかし、それは杞憂だった。
何故ならば ―――――――。
「おいで」
打って変わって優しい声に包まれたかと思うと、少女は、トイレの個室に連れ入れられた。
「ウウ・・ウ・ウ・ウ・!?」
 想像だにしないことが少女に起こった。口の辺りに甘い圧力を感じたかと思うと、とつぜんに、力強い意思が彼女の顔を席巻したのである。
 

 



テーマ:官能小説 - ジャンル:アダルト

『おしっこ少女 prologue』
 麻木晴海が佐竹まひるとはじめて出会ったのは、勤務先から帰宅中のことだった。その日は珍しく午後5時に仕事先を抜けることができた、と言っても、実は昨日は夜通しあるデーターを分析すべくコンピューターにかかりつけになっていた。だから朝帰りならぬ、夕帰りなのである。
 今、列車上の人になっている。彼女と同じように細長い空間に詰め込まれた乗客たちは、さながらアウシュビッツ行きの家畜用列車に乗せられた囚人そのものだった。今日も、人間らしい臭いを発するタンパク質の塊は、私立の中学生から定年間際のサラリーマンまで疲れ切ったお面を素顔に被って、運ばれていく。
 そんな一群のなかで、彼女だけは異彩を放っていた。
 
 一様に死人のような顔が並ぶなかで彼女だけは颯爽としている。隣の上司と思われる年嵩の男性と好対照である。
 彼女は、あくまで表面上は整った鼻梁を心なしか天井に向けながら、文庫本に目を走らせている。
 彼女が持ち合わせている美貌はいやでも人の注目を集める。それは幼稚園から始まって小学校、高校、そして大学と常に、その優れた知性と相まって周囲の憧れとともに羨望をも蒙ってきたのである。
 毎朝、夕、通勤、通学している人間ならば、もしくは、そのような経験を持っているならば、毎日、新しい人間との邂逅をはたしてきたにちがいない。もっとも、そのようなことは珍しいことではないが、晴海にとってみれば迷惑千万なことなのである。
 そこで、彼女が完成させた技が、自分を周囲に溶け込ませることだった。人の目を惹く容貌であっても、表情のつくりひとつでそれが可能であることに気づいたのである、それは高校時代のある体験が理由になっているが、ともかく、この技術は、今、彼女が就いている職業につながっているから、ただでは転ばないということだろう。それは彼女の性格の一翼を担っている。
 
 さて、その日も同じことが起こっていた。意思しだいで、自分に注目を集めることも、その逆も可能なのだから、ある意味、超能力者ということができるかもしれない。とにかく、少女たちは一瞬だけ晴海に注目したものの、すぐに、自分たちの目的のために盲目になってしまった。
 中学生にしてはちょっとお洒落な制服。彼岸花のようなタイに、高級な女物のスーツを彷彿とさせるブレザー。
 それは、晴海にとってみれば懐かしい制服だった。
 もちろん、晴海は、彼女たちが自分の後輩であることを横目で確認していた。活字を追いながら同時にそれを行ったのである。
 このとき、少女たちの間に流れている空気が、何か異様に見えたのである。何故に、そのようなものを発見できたのだろうか。
 それは警視庁公安部というスパイまがいの組織に所属しているおかげだった。その上、生来の気質のために、その仕事は彼女にとって天職だと言えた。
 しかし、彼女が言うところの、準ヤクザ組織であるところの局所は、人間を人間でなくする。単なる氷のロボットにしてしまう。
 もっとも、上司である新居警部補によると、「お前はここに来る前からここの住人だよ」ということになる。
「やめてください」と軽くかぶりを降る晴海の様子は、どうみても入部2年目には見えない。数年は彼女が言うところの、ヤクザまがいの仕事に従事しているように見える。
 
 晴海は、その技術を使って少女たちを観察している。
 6人いる中で、その少女がやけに目立っていた。中央を席巻している彼女を一目見れば誰でもその集団のリーダーと思うだろう。しかし、晴海の観察は違っていた。

――――いじめだな。

 その少女が、である。一見、きつい顔立ちの美少女。心なしか吊り上がった目尻は、西洋的な美少女というよりは、古典的な日本美少女と言った方が適当である。
 彼女の概観をやや文学的な表現で修辞してみるならば、細身で身長もひときわ高く。胸を張った堂々たる姿勢はモデルを思わせる、となるだろうか。
 その少女がいじめられているというのである。スパイになって、たがが二年目の青二才の観察というべきだろうか。しかし ――――。
「あの子、いじめられているね」
「・・・」
 新居警部補の囁くような声に無言で肯いた晴海は、さらに慎重な観察を続ける。彼は入部して20年になろうとしている。もっとも、彼のお墨付きなどなくても彼女がその手の才能に恵まれていることは、部員のほぼ全員が理解していた。
 晴海は美しい後輩に非情な視線を送りながら、何処かで味わった感覚を思い出していた。それは、子供のころ一度だけ食べた美味を大人になって口にするのに似ている。

―――誰かに似ているわ。

 晴海は、得体の知れない時空間に身体と心を溶かされていくのを感じた。妙なデジャブーを感じさせる光景だった、それは。
 やがて、他の少女たちの視線が晴海に向かった。もちろん、彼女たちの誰も自分たちが観察されていることに気づいていない。
 晴海は、これから何が起こるのか、あるていど見通しているつもりだった。
 しかし、その内のひとりがこれから行うであろう痴態を想像することは、公安部きっての若手ホープであっても不可能だった。
 
 五人のうちのひとりが晴海に耳打ちした。そのとたんに、中世の女王のように高貴な肢体がびくんと波打つ。そのくらいのことは、晴海にも確認できた。しかし、次にどんなことをしでかそうとしているか、ということまでは読めなかった。
 少女は、一瞬、目を瞑ると諦念したように、目を見ひらいた。切れ長の瞳が涙を流しているように見えた。
 彼女が晴海たちに向かって震える足を踏み出したとき、列車が停車したので、女王は身体を折り曲げた。慣性の法則に従って転びそうになったのである。そのために座っている乗客に支えられる羽目になった。
「大丈夫ですか、お嬢さん。具合悪そうですね、よかったらお座りになりますか」
 60歳ごろかと思われる上品な女性に、優しく接されてほろりと来たのか、緊張に顔のピースのすべてに電気を通しているような緊張がとけた。

―――かわいい。

  下車する上司に形だけの挨拶をしながら、若い巡査部長は生来持っている趣味の新芽を心に生やした。
 目つきがきついだけだと思っていた美少女はこんな表情もみせるのだ。乗客たちはそう思ったにちがいないが、晴海は既に見抜いていた。
「あ、ありがとうございます、大丈夫です、おばあさん」
 はじめて、少女の声を聞いた。日本語の美を余すところ泣く表現している。その調子から虜囚の態度を思わせる。「少しでも手を触れてみなさい、いつでも舌を噛んでみせます」とでも言いかねない状況である。しかしながら、それを見抜いているのは、事ここに至っても、晴海だけである。単に具合が悪いのだろうと、他の乗客たちは見ているにちがいない。
 そう思っている間にも、事態は進んでいく、少女はすこしばかり唇を噛むと、晴海の前に立った。そして、言ったのである。

「お、お姉さん・・・・ま、まひる、おしっこ・・・・・」
 
 さきほどの凛とした性質など、その声からは完全に失われていた。ただ、幼稚園でいじめられている幼児にしか見えない。
 あるいは、母親にトイレに連れていくように依頼する子供のように見える。別の見方をすれば、それを擬しているということが可能だろう。いったい、誰の命令かは容易に察しがつくというものだ。
 背後では、五人の少女たちが控えていて、わらいをこらえるのに試練の時を迎えている。
 だが、簡単に動くわけにはいかない。用意に警察権力を振り回すわけにはいかないのだ。とりあえず静観することにした。それに何より、彼女には普通の女性にはない特殊な性癖が備わっており、彼女はそれが発揮する対象でもあったのである。
 食指が動くとはまさにこのようなときに使うべき表現であろう。彼女が動かそうとしていたのは、警察に入るような人間にありがちな正義感に満ちた尊敬されるべき態度ではない。
しかしながら、そんなことはオクビにも出さず、単なる傍観者のフリをして、乗客の一人に溶け込んでいた。
 だが、少女たちは晴海にそんな良い役をいつまでも与えておかなかった。
「・・・・・・・・・・」
 晴海が黙認しているのをあきらめきった目で見ると、少女は制服のスカートを捲ったのである。
驚いたことに ―――――――。
 この時ばかりは、乗客たちはおろか、とうの晴海の思考でさえ凍結させてしまった。そのくらい驚愕していたのである。
 高級な象牙のように美しい両足に挟まれた股間は、何も覆われていなかった。そこにあるべき布はどう見ても確認することができなかった。
 要するにノーパンだったのである。しかも ――――。
 その年齢にはあるべき何かがない。

 それは毛である。
 別名、陰毛という。
 
 少女は無いはずの陰毛を震わせて同じことを言った。声帯の震えがそこまで影響を与えるというのだろうか。
「お姉さん、ま、マヒル、い、おしっこ・・・ぁ、ああ!?」
――――この子、マヒルって言うの?珍しい名前ね。
 常人ならば縮み上がってしまいそうな状況も、晴海にとってみればごく冷静に観察すべき対象である。
 列車の中というパブリックな場所にあり得からざるべき状況は、運命というレールに乗ってただ進もうとしている。
しかし、いったい、それはどんな運命だろう。晴海のかたわらにいる女子中学生たちは、ごく友人の談笑しながらごくありふれた帰宅を挙行していた。それは青春の一頁としてブログにでも載せたくなるような体験であろう。
この少女にはそんな小さな幸せも与えられていないのだ。

「ア・ア・ア・あああ、み、見ないで・・・?!ぁぁあああ!」
 少女は、上品な美貌を涙でくしゃくしゃにしながら、放尿を始めたのである。
 女子の尿道は、男子のそれと違って構造的に違う。そのために、尿は真下にあるいは、少しばかり背後に垂れ流されることになる。
 白亜の大腿から膝小僧を通って、足首まで黄色い、いやな臭いのする液体が流れていくことになる。少女の足は、まだ小学生を卒業してそれほど経っていないと見えて、いささか不格好である。すなわち、出るところが出て折らす、引っ込むべきところが引っ込んでいない。確かに細いのだが、要するにずんどうなのである。
 男どもの中にも、そのような形態により性欲を感じる趣味の人間もいる。

―――へえ、女の子でもタチションできるんだ。

 それは、そのような趣味を生まれ持ったとある大学生の感慨である。
 ちなみに、隣の友人は携帯を少女に向けていた。言うまでもなく撮影していたのである。人間というものは、追いつめられるほど周囲に敏感になる。ごく小さなシャッター音であっても、少女の耳に届いているだろう。
 少女は、耳たぶまで真っ赤にして泣きじゃくっている。だが、スカートは振り上げたままで、哀れなピエロとしてそのブザマな姿を晒している。
 周囲の人間たちは、この事態を目の当たりにして、ただ立ち尽くすだけである。
「何かのパフォーマンスかと思ったせ」とは、あざとくもこの光景を撮影した大学生の言である。ちなみに、この数分後、友人たちへのメールに添付されて少女の画像は、ねずみ算式に目撃者を増やす結果となった。
 この時、彼女がそれを知るよしもなかったのは、幸せか否か。それは神のみ知るというべきだろう。
 五人の少女たちは、腹を抱えて笑っている。さきほどまで我慢していたが、もはや、我慢ができなくなったようだ。晴海の耳に、それが入ったとき、彼女が取るべき態度は決まっていた。
 
 今まで凍りついていたかのように立ち尽くしていた晴海が、急に動き始めたので、少女たちは驚いたことだろう。この時、彼女の中のシステムが入れ代わった。闇に隠れるプログラムから光に押し入っていく、いや、光そのものになるプログラムを起動させたのである。
まず、少女の肩に手を触れるとこう言った。
「手が痛くなったでしょう? 降ろしなさい」
「エ?」
 彼女はばかみたいに顔を大きくあけて戸惑っている。虹彩は限界まで開いて、もう、何処を見たらいいのかわからずに、虚空をさまよいだした。
 だが、確として目の前の美貌に釘付けになる、それだけでいいのである。それには、晴海の声を聞くだけで十分だった。
「ァアアアア・ア・ア・ア・・・・・ああ?!」
 少女は、殺される瞬間に援軍を見つけた敗軍の将のような表情をすると、晴海に抱きついた。
 自分の身体に尿がかかるのも構わずに、晴海はそれを許している。
 晴海を単なる普通の大人として侮っていた少女たちは、鉄砲玉を喰らった鳩になっていた。
「ぁ・・・あ」
何かに気づいたように少女は、晴海から離れると床に座り込んでしまった。
 少女たちと乗客たちは、これから何が起こるのだろうかと、固唾を呑んで見守っている。

 はたして ―――。

 晴海は、五人に向かってやおら歩き始めた。
そして、そのリーダーらしき子の前に立ちはだかった。背の長けは少女とそう変わらない。だが、髪の毛を染めたりせずにポニーテールにしている。一見しただけでは、大人しいごく普通の少女である。
だが、その口から出た言葉は、とてもそのような外見から想像できるものではなかった。
「ちょっと、おばさん、汚れてるよ、臭い!」
「寄らないで暮れる!?」
 他の少女たちまでが叫び始めた。
 晴海は、鼻で笑うと脇を掻く真似をした。そして ―――。
 そして、手を離したとき何か手帖のようなものを落とした。
「あ、落としちゃった。君、拾ってくれるかな?」
「何で、あんたの拾わなきゃいけないのよ!?な ――」
 リーダー格の少女はそれを見て、頬の筋肉を硬直させた。
 開かれた手帖には、警察官の制服を着用した晴海の写真が貼ってあるではないか。何よりも彼女たちの目を引いたのは、POLICEの六文字だった。
 うちに秘めた罪悪感からか、少女たちは悲鳴に似た声を上げた。しかしながら、リーダー格の少女は晴海を睨みつけるなり声を張り上げた。
「おばさん、お巡りさんなんだ。だったら、何、私たちに何の用よ、逮捕ならあの変態を捕まえてよ!」
 晴海がふり返ると、元の表情に戻った少女がそこにいた。少女たちを睨みつけている。先ほど放っていた品性と知性を取り戻している。
「まあ、お巡さんなんて言う高級なものじゃないが、」
「じゃあ、違うって言うの?」
「親戚ってとこかな、逮捕権ならちゃんとあるわよ、ちょっとついてきてもらおうかな?」
「ナ?!」
 普通の中学生よりも違う色を放っているとはいえ、しょせん、晴海の前では単なる小娘にすぎない。すこしばかり強く出られると、トラの威勢を失ったキツネのようにくしゃんとなってしまった。背中がドアに同化するのではないかと思わせるほど、身体を背後に押しつける。晴海を見上げる目は完全に怯えている。
「人生、無駄にしてみる?」
「うう・う・・うん」
 黙って顔を振ると、たまたま列車が何処かの駅に到着したのをいいことに、脱兎のごとく車外に逃げ出した。四人の少女たちもそれに習う。
 強姦された女性は、当所、誰が手を出しても無言で拒否するという、それが母親の手であっても同じらしい。
少女は、いまだ、腰を抜かした老婆のように床に座り込んでいる。
晴海が助け起こそうとしても同様の態度を固持していた。だが、目だけはらんらんと輝き自尊心の高さを十分、想像させうる。

「あ、あなたは ――――」
 晴海の手が肩に触れようとしたとき、少女はさきほどの五人とはまた違う意味で、兔のように飛び跳ねた ―――少なくとも、晴海にはそう見えた。そして、少女の声は、若々しい張りに満ちていた。
「あなたは、私を助けたつもりなんですか!?」
 おどおどしたことなど微塵もない堂々たる態度だった。
「私は信じない!!大人なんか大嫌いよ!」
 その台詞はありふれていたが、車外に飛び出していく少女が備えていた目 ―――らんらんと傷ついたピューマのように輝いていた、それは晴海の性癖を刺激するのに十分すぎる匂いを放っていたのである。そして、また別の感慨もあった。既視感と表現するには、あまりに特殊すぎる感覚だった。
 ゆっくりと再び動き始めた列車には、晴海はいつも怪物の復活を彷彿とさせる。都会のコンクリートブロックを走りぬける大蛇、それが都市の交通網の動脈たる電車である。いったい、どのような人間たちを呑みこんでは吐くのか。
 本当の化け物は中の乗客かもしれない。

――――いま、あなたたちは何もせずに立ち尽くしていた。それだけで十分に、化け物と呼ばれるに相応しい。

 もはや毒づくことも忘れて晴海はひとちごちた。
 「まあ、また出会うこともあるわ」
 残された晴海は、さきほどの手帖とはまた違うそれを開いていた。
 俗に、それは生徒手帳と呼ばれる。


 







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