「え? それ、ほんとうなの?あの子ってまだ中学生でしょう?」
「最近の子は、すごいわね。それともあの子が特別なのかしら? オトコを求めているのかしら?
あんな幼い顔してね。ふふふ」
聞きたくない言葉は、概して、耳に入ってくるものだ。世界広しと言えど、それは、古今東西において、変わらない定理にちがいない。
今、ちょうど午前8時、由加里は、病室にて気乗りでない箸を手に取ったところだった。非常に疲労しているのに、何故か食欲がない。ほぼ義務感から食物を口に運ぼうとしていたのだ。そんな少女の涙ぐましい努力をふいにするような会話だった。
それは病室の外から聞こえてきた。
二人の看護婦が廊下を足早に移動する際の会話である。一方には由加里に憶えがある。
今朝、由加里の下の世話を起こった看護婦である。まだ学校を卒業して間もないらしく、少女とそれほど年齢の差があるわけではない。そのために入院当初は、楽しげに語りかけたりしてくれて、少女のすさんだ心を研ぎほぐすよう努力していたものだ。
由加里も、やがて彼女に心を許すようになった。
しかし、年齢が近いからこそ、下の世話や身体を清拭される行為は、耐え難い恥辱をもたらすようになっていた。可南子による陵辱を受けた次の朝など、まだ、いやらしい汚れが残っているし、それを由加里自身の手で、取り除くのはほぼ不可能である。
そのように汚れた身体を清拭されるのは、まだ、中学生の少女にとっては殺されるのに等しい恥辱といっていい。
当然のことながら、同性であり、看護婦もである彼女たちに、その汚れの意味がわからないはずがない。
だんだん、それを知るようになると最初は「仕方ないわねえ」と軽く微笑を浮かべる程度ですんでいたが、それが度重なると、やがて、由加里に対する態度を効果させるようになった。
やがて、それは看護婦たちのうわさ話に登るようになった。ある看護婦などは、わざとい少女の耳に入るように由加里に耳打ちするようになった。
「カレでも呼んでいるの? よかったら紹介してよ。でも、ここではそっちの方は勘弁してね。他の患者さんもいるんだから。となりの患者さんがうるさくてね、ふふ」
ちなみに、由加里は一人部屋に入っている。それは、親の社会的地位を反映しているのだろうが、同時に可南子による容赦ない性的な虐待を招いているのだから、幸か不幸か、微妙なところだ。
確かに、他の入院患者によるいじめから解放されているということはできるだろう。看護婦たちの噂は、そちらの方まで波及することは少女の想像の範囲内だった。
だが、つい二日前のことだが、怖ろしいことにであった。
その日は、少女のリハビリが始まった日だったが、他の入院患者たちのうわさ話を耳にしたのである。
それは20代と思われる若い女性たちだったが、看護婦たちのそれと同様のものだった。
「あれよ、あれよ、あの大人しそうな子、毎夜、耽ってるって?」
「看護婦さんの話だと、彼を呼び込んでいるってさ ――」
由加里は、その場にへたり込んでしまいそうになった。介護士に身体を抱かれて、やっと、身を保っていたぐらいだ。規模が大きい箇所から、そうでない箇所まで、骨折が全身の至る所に及んでいるのだから、全身に、針を差し込まれているような気がする。その針が絶対零度に冷えたような気分を味わった。
涙が顎まで伝う。どうして、こんな辱めを受けねばならないのか、全く理解できなかった。
今朝、その看護婦は、汚らしいものを扱うように、由加里の身体を清拭し、下の世話をしていた。その時間は、少女にとってまさに地獄だった。
その地獄の時間を引き延ばすのが、看護婦のうわさ話なのである。
まったく異常がないはずの右腕は、極寒の大地に野ざらしにされたように、震えてまともに動かない。箸は箸の役割を果たせず、お椀に残った汁の中で虚しく放棄された筏のように停滞している。
―――あの子の躰から、とてもいやらしい臭いがするんだよ、きっと、一晩中やっているのよ。おさかんよね。
――――まったく、あの歳でね。中学生でしょう? まだ?
――――私なんて、あの子のアソコ、清拭したんですよ。手が腐るかと思いましたよ。
じっさいに、そのようなうわさ話を聞いたわけでもないのに、あたかもされているように思える。声が聞こえるのだ。
教室や部室がそのまま病院に遷されたのではないか。
そう思わせるような光景が、白い巨大迷路に現出していた。
この先、何処に行こうとも自分はいじめられ続けるのではないか。終身刑を宣告され、牢獄の門を潜った囚人のように、消毒液のにおいが立ちこめる異界にて、たら、ひたすら唖然としていた。
もう、二度とこの骨はつながらないのではないか。確かに、経過は良好だと医師は太鼓判を押しているが。それは嘘ではないか。あるいは誤ったデーターを医師に提供したのではないか。可南子ならば、その位のことを平然とした顔でやりかねない。
自宅が非常に懐かしく感じられた。1000年も前に外国の皇帝から寵愛を受けて、ついに帰国できなかった邦人ではないが、家族がいる家があまりに遠地にあるように思えた。彼の地の方でも、自分をもはや必要ないのではないか。そういう不用な危惧が雨後のタケノコのように背丈を争っている。
そんな不安を一時的にでも忘れさせてくれたのは、聞き慣れた看護婦の残酷な言葉だった。
「あら、ぜんぜん、食べてないじゃない。ちゃんと食べないと骨がつながらないわよ、由加里ちゃん」
「ひ?!」
再び、箸に手をつけようとした由加里は、心底、肝を冷やした。
なんと、あの可南子が仁王のように屹立していたのだ。足を広げ両手を腰にかけ、背筋を伸ばしたその姿は看護婦というよりも、コスプレをした女子プロレスラーのように見えた。こんな所にいるよりも、リングに立って観衆の喝采を浴びていた方が彼女にはお似合いなのではないか。
自分には予知能力があるのではないか。本気でそう思ったほどだ。
しゃちほこ張って、震えている由加里に情け容赦なく可南子は耳打ちした。
「食べ残したら、アソコに突っ込むわよ! ふふふ」
「・・・・・・・・・・・!?」
可南子の囁きは、冗談めかした上でのことだったが、由加里の耳にはとうていそのように聞こえなかった。
顔は見えなかったが、その悪魔的な笑いは目に見えるように思えた。プラスティックが腐ったような口臭は、それを補強する。
咳き込みながらも、由加里は、残りを小さな口に駈け込んだのだった。ただでさえ、味が薄い病院食がさらに味けなく感じる。いや、味がないだけなら我慢も出来るが、ゴムを咬んでいるような気がする。
今、歯に食い込んでいるこんにゃくなどは、まさにその代表選手である。
もぎゅもぎゅと食物を噛んで呑みこむのは、食事というよりも一連の作業と言った方が適当だった。もしも、それを一秒でも怠ったら、局所に残らず挿入されるような気がしたのだ。
もはや、人間が楽しいと感じる食事という行為は、微塵も存在しない。ただ、原始的で本能的な栄養摂取という特徴だけが際だっているだけだ。
あまりにも同情すべき状況に陥っているにもかかわらず、可南子は責めを休めたりしない。それは、いつものように心身両面に渡って繰り広げられる。
「ほら、ほら、赤ちゃんみたいに、こぼしちゃって、あら、あら。お弁当つけてドコ行くの!?」
少女の口の端にこびり付いたご飯粒を摘むと、それを、彼女の股間にしのばせた。
「ぁぁぁうぅう・・・・・ぃいやぁ・・・ア・ア・・ア・アアぁぁ」
「ふふ、食事中まで、こんなに性器を濡らしちゃって、ほんとうにおませな赤ちゃんね。残したら、こうするって言ったでしょう? 聞いてなかったとは言わせないわよ」
可南子は、少女の背中に回り込むと、背後から秘所を責め続ける。
「ぁぐ・・・ああぐぐ・・・・ハア・・・・ハハハア」
「何しているのよ、ちゃんと食べなさい、由加里赤チャン!」
可南子の吐息がうなじにかかって、とても気持ち悪い。まるで、生ごみ焼却所が発する熱と悪臭に等しい。
加えて、自分の性器から響く、くちゅくちゅという音は、否が応でも少女の羞恥心に火をつける。きっと、首の後ろまで真っ赤になっているにちがいない。まるで、自分の醜い顔を鏡で見せられているようだ。
内臓を直に触れられるような感覚。それは、プライバシー侵犯の極致とでも言うべき状態であろう。
可南子は今の今まで弄んでいた性器から指を抜いて、少女の眼前に突きつける。まるで、水飴のように透明な液体が糸を引いている。それをねちぇちゃとやりながら、少女の整った知性のあふれる顔に塗り付ける。
しかも、それだけではない。可南子の口の方も健在だ。クラスのいじめっ子たちのように、頭は人並み以下にもかかわらず、人を傷付けるためにはどんな努力も工夫も怠らない。
「ふふ、若い子たちが、そうとう、嫌がっていたわよ、由加里ちゃんはとても臭くって汚いって、特にココがね」
「ウウ・ウ・ウウ・・ウウ・ウ・・・・ううう?!」
まるで、頬にカタツムリやナメクジの類が這っているようだ。しかしながら、それは自分が分泌したものなのである。その事実が、少女を自己嫌悪と羞恥の地獄に叩き落とす。
「ふふ、今朝はここまでにしておこうか、お楽しみは後にして、シゴトをがんばらないと・・じゃあね、愛しているわよ、由加里赤チャン、ふふ」
看護婦は、主人が奴隷の刻印を確認するように、少女の首筋にキスすると、パタパタを廊下に戻っていった。
「ウウ・ウ・・・ウウウ・・・・うう?!」
少女は、あふれる涙で目の辺りを真っ赤に腫らしながら、かたつむりの分泌液で汚れた股間を替えのタオルで拭った。後で、担当の看護婦にさんざん嫌みを言われることは考えていない。刹那的に思われるかもしれないが、今、現在、少女が苛まれている不快感から解放されなければならなかった。彼女を支配している衛生観念がそれを強要したのである。
衛生観念? もっと適当な訳語はないだろうか。
少女は、全身の肌を剥いてしまいたくなるくらいの絶望と焦燥感に囚われながらも、こんなことを考えていたのである。
由加里は、奇妙なことに自分を達観する技術に長けていた。思えば、生まれながらの作家だったのかもしれない。おそらく、それを助長したのが、鋳崎はるかだったのだろう。後者がトリガーで、前者自身の能力が弾丸なのか。それを追求し始めたら、卵が先か鶏が先かという命題に係わることになる。
しかし、現実は、少女にそんな哲学的な思考にうつつを抜かしている余裕を与えなかった。彼女の 携帯にメールが入ったのである。
――――面会時間が始まったらスグに、行くからね。
送り主は鋳崎はるかである。
「・・・・・・・・・・」
頭蓋骨から仙骨にかけて、おぞましい冷気が通り過ぎる。いや、脊髄そのものが絶対零度に凍りついたように思える。全身を恐怖が覆い尽くしたなどという、陳腐な表現はこのさい適当ではない。身体の根っこから、もっと敷延すれば、躰そのものが恐怖に成り代わってしまったと表現した方が適当だろう。
さいきんでは、照美よりもはるかにより恐怖を感じるようになっている。言葉によるいじめは両者とも顕著だが、どちらかというと実行行為に重きを置く照美にたいして、はるかは、由加里がいやがる性的な著作を強制することによって ――、彼女の心を肉食獣が草食獣をむさぼり食うように、残酷な牙を食い込ませてくる。
消灯時間が来ても、少女は、こっそりとノートパソコンを開く。泣きながら、自分がやりたくもない執筆行為に耽っているとき、身も心もはるかに消化されていくような気がする。今、彼女の胃の中で溶かされているんだな ――と思う。
そして、今、ほんとうに胃酸を頭からかけられ、溶かされるときが訪れようとしている。昆虫類の中には、胃液をエモノに吐きかけ消化しやすいように溶かしてから、食べるものがいるという。これから、少女に起きようとしていることは、それに類似しているかもしれない。
面会時間は、昼食後ということになっているが、とても栄養補給に内臓を働かせるような精神状態にならなかった。ただし、日勤を終えた可南子が、囁いた脅迫の文々が脳裏に刻み込まれていた。
―――――もしも、食べなかったら、アソコにぶちこむわよ。
まさに、補給を完全に絶たれた軍隊に勝利を期待するようなものだった。
恐怖はときに、人を能力以上の仕事を可能にさせるようである。ぜいせいと喘息患者のような息をしながら、やっとのことで完食した。
しかし、次の瞬間には、ある意味では可南子よりもさらに悪辣な存在を迎えることになるのである。
はたして、少女の目の前には、照美とはるかがにこやかに笑っていた。いつになく、優しそうな様子が、よりいっそうの恐怖を憶えた。
照美が、先に前に出た。
「元気そうね、西宮」
「はい・・・・こ、この度は、み、みっともない、ゴミクズ以下の、そ、存在である、に、にし、西宮、ゆか、由加里を、お、お見舞いしていらしゃって、あ、ありが、ありがとうございます・・・・・・」
木枯らしが吹くような声で、由加里はいつもの挨拶を終える。
――――また、始まってしまうんだわ。
ほぼ諦念にも似た感情が、蜂の巣のようになった少女の心に染み渡っていく。携帯やノートパソコンを介して、常に、二人に支配されている由加里である。それが直接だろうが、間接だろうが、どれほどの差異があろうが。もう、どうにでもなれという心持ちだった。
しかしながら、今回の二人の態度はいつもと違っていた。
「何言っているのよ、西宮さん ――」
何故か、敬称をつけらえた由加里は、戸惑った。しかし、これからさらに少女の目を丸くさせるような出来事に直面することになるのである。
「え?!」
「私たち、おトモダチでしょう? いや、おトモダチになるのよ」
なんと、照美の手が由加里の肩に回ったのである。そして、お肌の触れあいを始めた。照美の整いすぎた顔が近づく。
何という冷たさだろう。可南子のような悪臭とは無縁であるものの、かえって、花のような芳しい匂いが嗅覚神経に広がるが、その背後に絶対零度の身体が控えていたのである。照美の演技が見え透いていることは、明白だった。もっと、怖ろしかったのは、彼女の演技が下手なのではなくて、わざとそう見せていることだった。
はるかが照美よりも、おそろしいなどと思ったのは、大変なマチガイだとこの時ばかりは、実感させられた。
電流のごとく見えない衝撃。
それは殺意すら上回る敵意と言ってよい。
「私たち、いいお友達になれると思うのよ ――――」
「・・・・・・・・・・・・・」
いったい、照美が何言っているのか、まったく理解できなかった。当然のことだろう、いままで、さんざん由加里を責めさいなんできた本人が「友だちになりたい」などと告白している。
ある意味、少女の人生を奪った本人が、握手を求めてきたのである。それも、簡単に嘘とわかる様子で。
自分をからかっているのだろうか。由加里は、さんざん虐待された子猫のように、はるかを見上げた。背後からは、照美がそのピアニストみたいにたおやかな手首をまわして、ちょうど鎖骨の窪み辺りで両手を会わしている。
端から見ると、仲の良い3人姉妹にしか見えないであろう。
しかし、その実、3人は、いじめっこたちと、いじめられっ子という支配、被支配の関係にある。
前者が、にこやかに笑みを浮かべ、後者が死刑を宣告された犯罪者のように萎んでいるのは、通常の学校によく見られた光景である。しかしながら、照美とはるかの立ち位置は通常通りではない。
本来ならば、前者がいじめを先導し、後者がそれを眺めているという形態を取る。断っておくが両者は主従の関係ではない。あくまで対等である。
ただ、ロックバンドのヴォーカルとギターリストのように、立ち位置が違うということにすぎない。どちらが主犯で、従犯と言えない ――――ということである。
さて、はるかは、真冬のプールから引き上げられた幼児のように震えつづける由加里に、近づいていく。そして、その華奢な顎をついに捕らえた。
「ひい?!」
由加里は、苦悶の表情を見せる。
まだ、何もしていないのにとはるかは、不満そうに笑った。彼女が視線を反らすと、表情を一変させた。
「西宮、いや、西宮さん、いや、これからは由加里ちゃんで呼んで良いかしら? お友達だものね。あれ?信じられないっていうの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
はるかは、由加里に無視されたと受け取った。
「由加里ちゃん!?」
「グエ?」
喉元に指をめり込ませる。黙りこくってしまった由加里を威圧させんと眼光を光らせた。
しかし、少女はいっさい言葉を発そうとしない。無視しているわけではない。あまりに怖くて、何も言えないのである。もちろん、それがわからないはるかではない。ただ、それを知った上で怯えている 被害者を見て、サディスティックな喜びに、身体を浸しているのである。
「由加里ちゃんは、友だちが欲しくないのかな?」
武人のように引き締まった顔をさらに硬化させる。こういう彼女の顔を見たところで、ほとんどの人間は、彼女に抵抗しようという気を半ば失ってしまう。クラスの男子なぞは、その良い例証というべきだろう。
ここで、照美が助け船をだした。いや、はたして、そう言えるのだろうか? はなはだ、疑問ではある。
「はるか、由加里ちゃんが話を出来ないでしょう? そんなにしたら可哀想。ほんとうは、喜びで打ち震えているのよね。何たって、誰も友だちがいない由加里ちゃんにお友達ができようとしているんだからさ。ね、由加里ちゃん?」
「は、ハイ・・・・ウウウウ・・ウ」
その優しさが偽りなどということは、百も承知だ。しかし、そうであっても、暴君のようなはるかの仕打ちに比べると、聖母マリアの輝きのように思えるのである。
溺れる者は藁をも摑むとはよく言ったものだ。
この場合の照美は、藁ですらないかもしれない。
「ねえ、由加里ちゃん、これから、あなたが会いたくってたまらない人がふたり来るわ」
「ェ?」
由加里は豆鉄砲でも喰らったような顔をした。
はるかは意外そうな顔をして尋ねた。
「あら、連絡は取ってないの?」
「え? もしかして、ミチルちゃん? あぐう!? 痛い!?ィィィ・・・ううウ1」
夥しい涙が宙を舞う。その涙の一滴一滴には、病院の残酷な白が印刷されている。由加里の乳白色の鎖骨に食い込んだのだ。
「おい、照美ったら、今、大親友になったばかりじゃないか」
「ぁあ、そうだったわね、だいしんゆうね!」
―――いつのまに、大親友になったのだろう。
こんな時になっても、由加里は作家の視点を失っていない。常に、冷静な視線を保っているということは、見ようによっては残酷なことなのである。
照美は、ミチルと由加里が親しくするのを喜ばない。彼女のことを妹のように思っていることはよく伝わってくる。そして、ミチルもそう思っている。いや、彼女だけではない。はるかのこともそう見なしているようだ。
―――照美お姉ちゃん。
――――はるかお姉ちゃん。
ミチルはそう呼んでいた。敬語を使っていなかったことは、その深い親しさの証左だと言えた。
「・・・・・・」
その狭間に座らされて自分は、どのように振る舞ったらいいのだろう。どうやら照美とはるかは、それを望んでいるようだが、戸惑うばかりである。
「フフ」
思わずほくそ笑むはるか。
実は、このアスリートの卵はすべてを悟っているのである。ミチルがこれからこの病室を訪問することを予め報せなかったのか。
はるかは、こう頼んだのである。
「西宮さんを驚かせてあげようよ ―――」
ミチルと高子はそれに同意した。
照美もそれを知っている。怖ろしいくらいの美貌を歪めると背後から口を開いた。
「あなたに一芝居打って欲しいの。え?何、その意外そうなカオ? まさか、お友達て本気にしたんじゃないでしょうね? あなたは私の奴隷でおもちゃにすぎないのよ、わかっているでしょうねえ?!」
「ウウ・・ウ・ウ・ウ・ウ・・・・・・ハイ」
考えるまでもない。それは当然のことだった。しかし ――――。
しかし ―――――。
ぼろぼろになった由加里の心は、無意識のうちにそれが真実だと思ったのだ。いや。思いたかったのである。
照美はさらに、真舌を滑らかに回転させ始めた。
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