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『マザーエルザの物語・終章 18』
「そうだ、宿題やらなきゃ、きっと、あおいは全然やってないのだわ―――」
 親友に出会った頭から降り懸かってくる台詞を、赤木啓子は簡単に予測できた。

――――最初は、何も言わないにちがいない。良くっておざなりな挨拶が渡されるていどのことだろう。
 きっと『粗品』って書いてあるにちがいない。だいぶ前、母親と行った会話に出てきた言葉を、心のなかで使ってみた。中学に入ったばかりの生徒が友人をからかうのにも英語を使いたがるのに似ている。2年後、BE動詞も理解されておらず、高校に入れないと泣いているかもしれないのに・・・・・・。
それはともかく、啓子は『粗品』などダッシュボードに突っ込むつもりだ。

――――ところで、啓子ちゃん
 親友はおずおずとした口調で、言葉を発するのちがいない。しかし、啓子は思った。
「騙されるものか」
 しかし、親友の顔がちらつくといっしゅんでそれが崩れていくのが見える。

――――しゅくだい、全然、やってないんだ。
 親友の顔が目の前にあるようだ。罪のない笑顔がそこにある。

―――わかったよ、見せてやるよ。まったくしょうがないなあ。
 しかし、相手の発言はおろか、自分のそれまでが聞こえてくるのだ。全くやりきれない。
 彼女と出会ってからそのペースに乗せられっぱなしだ。それは、はじめて出会ったときからそうだった常に助けなくてはならない。そう考えさせる何かが、あおいの中にあるのだ。
 陽気な笑顔を絶やさないあおいだが、その一方、見ていて危なかっかしいこと、このうえない。
 親友の浮き足だった脹ら脛などを見ていると、無理矢理にでも着地させてやらねばと思う。

 しかし、同時に強いマイナスの感情が浮かぶのを感じる。それは信頼していた相手に裏切られるような、人生で最も重要な選択をするべきときに、あっさりと逃げられるというような不思議な感覚だった。なぜならば、二人はまだ10年とちょっとしか生きていないからだ。そのそも人生がなどいう主語が、文章の頭に来ることじたい、異様なことなのだ。

―――あおい。
 親友の頬に太陽が当たる。あふれんばかりの笑顔は、彼女が黙っていればかなりの美少女であることを忘れさせる。整った顔の作りを無惨にもだいなしにしてしまうのだ。むろん、その代償として、新しい金貨を転がしたような陽気さを得ることが出来たし、それは周囲の絶対的な指示をも得ることにもなった。
 いちばんさいしょ、この少女に出会ったとき理由もわからずに、顔面にパンチを食らわせてやりたい衝動に駆られた。
 あたかも、誰とでも友人になることができる ――――そんな自信満々な顔。自分の名前を出すことで世界中の人間が、友人になるとでも言い足そうな顔。なんて無神経なのだろう。いやその極みは、自分の傲慢さにまったく気づいていないことにあるのだろう。
「啓子ちゃんでいいよね、あたしはあおいだよ!」
太陽のような顔が目の前で輝いていた。とてもまぶしかった。しかし、次ぎの瞬間、水をさすような声が聞こえた。

「止めなよ、あおいちゃん、あの子は一人がすきだから」
―――なんだ。
 そう思った。いつものことだ。自分はひとりでいるべきなのだ。目の前の太陽もそれを自覚するだろう。自ら光る恒星としては、自分の我が子の顔は覚えているだろうが、その子供たちの隠し児にまで興味を示すことはないだろう。言うまでもなく月やフォボスのことだ。
 自分は十分に成績優秀で美人だ。誰しも興味を持たずにはいられない。しかし、そのような状況であえて、一人でいる。おそらく、端から見ればそれは重大な決意に見えることだろう。
 それでも、あおいは付きまとってくる。
 啓子はそこで少女に提案をした。
―――私を選ぶか、みんなを選ぶかどっちかにしな。私を選ぶなら、もうみんなとは一生口を聞かないんだよ。
 あおいは困ったような顔をした。
 それみたことばかりと思った。しかし ――――。
「うん、わかった」
 どうしても、自分を友人にしたいようだ。きっと、これを機会に仲間に引き入れられると思ったらしい。

――――そうはいくものか、あなたのコレクションに加わるつもりはない。
 啓子はそう思った。
 しかし、軽く考えていたのは彼女のほうだった。あおいはそれを見事に実行したのである。そのことは予想以上に啓子を追いつめることになった。産まれてはじめて憶える感情に、大脳新皮質の裏側が、きりきりと痛んだ。
 だが、事態はそれどころではなくなっていく。
 人気者だったあおいがクラスにおいて、抜き差しならない状況に追い込まれることになたのである。 今まで太陽のように輝いていたあおいは、白色矮星のように黙りこくってしまったのである。しかも、これ見よがしに啓子とは仲良く語り合っている。こんなに気に入らないことはない。
あおいはいじめられるようになった。
 
 しかし、いくらそれが非道くなっても約束を違えることはなかった。
ついに啓子は折れた。クラスメートの面々で涙を流したのである。すべてを打ち明けて、あおいとクラスメートに、許しを乞うたのだ。カタルシスとは言うが、涙とどうじに、永年鬱積していたものがすべて流れ去っていくように思えた。
 その後、紆余曲折はあったが、友人というものをはじめて得ることになった。しかし、驚いたのは、あおいのことである。ぜったいに自分を許さないと思われていたあおいが、あっさりと許してくれたのである。もっとも、そんな無邪気な太陽から、ビンタが飛んでくるとは思わなかったが・・・・・。

 このことを機会に、啓子は生活が変わったわけだが、それは必ずしも不快ではなかった。たしかに生まれつきの習性というものを変えることは無理だったが、友人というものをはじめて知った。そのこと動かしがたい事実である。
「もう、こんな時間か、寝よ」
 啓子は、ネグリジェをケースから取り出した。その音は、机上の蛍光灯がやはり蛍光灯であることを示すだけだった。やがて、すぐに用無しになる。そして、少女は夜の闇にその肢体(みさお)を捧げることになった。


 そのころ、あおいは携帯ひとつを握りしめて夢の世界に旅だっていた。少女にとって、それはたったひとつの財物(たからもの)なのである。
 少女が家族によって惨めな境遇に叩き落とされていらい、この家に確かな意味において、彼女の所有物などという物は存在しないようになった。
 有希江はさすがにしないが、茉莉が彼女の部屋に勝手に入って、物色するようになったのである。もちろん、あおいはそれに対して抵抗することはできない。まるで、父親の目の前でその娘を強姦しているようなものである。少女はただ泣くことしかできなかった。
 だが、携帯だけは身から離すことはしなかった。やがて、茉莉が暴力を厭わなくなると、特別の隠し場所を決めて、そこに安置するようになった。
 携帯は、何よりも大切な品だったのである。これがあれば常に啓子をはじめとする友人たちを連絡が取れる。自分を対等の人間として扱ってくれる相手とつながっていられる。それは、自分が奴隷でもペットでもなく、新正の人間であることを証明してくれることも付随している。

 だが、不思議なことがある。事ここにきて、どうして久子は携帯の使用料金を払い続けているのだろう。
 あおいは、そのような疑問を持たなかった。
 このような境遇に置かれてもこづかいはなおも与えられている。小遣い帳を書くことからは解放されたが、それはかえって悲しみを呼び起こした。「あなたはもう娘じゃない」と言外に言っているようなものだからだ。そのような発言を直接されるよりも、態度でされるほうがよほど辛い。身に応えるものだ。
「ぁ」
 少女は低く悶えた。携帯がベッドから落ちたのだ。眠るときは隠し場所から取り出して、壊れんばかりに握りしめる。合成プラスティックのメタリックなぬくもりが伝わってくる。あたかも、それは啓子の肌であるかのように思える。

 ――――啓子ちゃん・・・・・・。
 あおいは吐息で親友の手を、胸を、探り当てようとする。手は確かに、指は確かに、そして、掌は確かにそれを摑んでいるはずだった。哀しみの刻印を押しているはずだったのである。しかし、完全に摑んでいるという感じがしない。たしかにプラスティックの留め金はきりきりと音を立てているというのに・・・・・・・・・。
 だが、この時少女は何処かで自らの意思でそれを拒否していたのである。それは自分の制御の向かわないある記憶に基づいていた。しかし、それは大海が描く水平線の向こうに埋葬されていた。死者は常に生者を縛る。後者の窺い知れぬところで、見えない鎖と枷を操っているものだ。
 好きな食べ物にアレルギーを起こすように、あおいは訳の分からない衝動に自分の公道を制御されている。摑みたくとも摑めない。そのもどかしい思いは、夢の中においても少女を苛む。しかし、彼女をその悪夢から揺り起こしたのはさらなる悪夢だった。人はそれを別名、現実と呼ぶ。
 
 あおいは何か得体の知れない力に、身体の自由を奪われた。
 
 いや、それだけでなくて意図しない動きを強要された。例えば、サメに襲われる海水浴客のごときと、そのような体験を共有するのかもしれぬ。
「ママ・・・・・!?」
 ベッドの下に突き落とされたあおいは、遺伝上の母親をそう呼んでしまった。既に禁じられているにも係わらずである。
 あおいの行為を夢の世界のうわごとだと黙認することはなかった。
「何ですって?!」
「ヒ!?、お、オクサマ、ご、ごめん、いや、申し訳ありマセン!!」
 少女は、全身をスリッパで打たれながら泣きわめいた。命じられた礼儀作法を、筆舌に尽くしがたい苦痛の下で、思い出す。そして、ひっしに絞り出すが、『遺伝上の母親』はそれを許そうとしてくれない。
「まだ、お嬢サンのつもりなの?!あなたは!?」
「ウウ・・・ウ・ウ・ウ・?!痛い!お、お願いです
・・・・ウウ・・!! お、お許しクダサぃ!!・・・」
 
 泣き叫びつづけるあおいは、髪の毛を乱暴に摑まれ、床を縦横に移動させられる。それは、見方によれば、さしずめ犬の散歩のように見える。
 彼女の行為は相当に荒っぽいにも係わらず、どことなく上品な空気に包まれている。それはどういうわけだろう。その表情にも所作に粗野な色合いはいっさい感じられず、高貴な紫のいろだけがやけに目立つ。
 悪魔にだけ、高貴な暴力という形容が許されるという。
 そうならば、いまの久子はまさに悪魔としか言いようがない。その悪魔はこうのたまった。
「ほら、さっさと用意しなさい。出かけるわよ」
「・・・・・何処へ?」
 あおいは決して、とぼけたわけじゃない。畳み掛けられる暴力によって、意識が混濁させられていただけだ。
「そうなの?お前にはトモダチもいらないの? そうならいいのよ!」
「ヒ!?」
 地獄の黄泉に煽られているあおいの脳裏に、親友の横顔が、ちらつく。
 しかしながら、久子の声がそれを呼び覚まさせたわけではない。携帯のメタリックなキラメキがそれを呼び起こしたのである。プラスティックの安っぽい石油の手触りが、それを呼び覚ましたのである。
 久子の締まった尻はあおいに、拒否のダンスを踊っている。少女はそれに向かって呼びかけた。
「お、オネがいです・・・・」
「ふん・・・・・・」
 『遺伝上の母親』は、冷たい足音を立てて部屋を後にした。










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『マザーエルザの物語・終章 17』
 やっとのことで屈辱的な食事を終えると、突如として、有希江が言い渡した。
「わかったわね、家では私がみんな世話してあげるから、自分で何もしちゃだめよ。そうしたら、ちゃんと可愛がってあげるわ」
「・・・・・・・・・」
 放心状態のあおいには、有希江の言葉が届かない。まるで恐竜のように神経が緩慢になった状態では、心身両面において理解することは、まず無理というものだ。
「わかったの?!」
「ハ・・・ハイ!」
 ほとんど、パフロフの犬のようにあおいは反応した。有希江が語気を強めたために、反射的に答えただけで本当に理解した上のことではない。その証拠に、小学生らしくふっくらとした頬は、わずかに上気し紅に染められている。そして、心なしか肩で息をしているのがわかる。
 華奢な肩がわずかに上下しているのだ。筆舌に尽くしがたい恥辱が与えたショックは、あまりに強烈だった。そのために、少女はまだ意識を回復していない。
「だったら、もうおネンネなさい」
「ハイ・・・・」

 こともあろうに、あおいは全裸のままで、それも四つんばい姿勢で部屋を後にしようとした。寒さを感じることすら、ショックは、少女から奪ってしまったというのか。さすがに有希江も声を掛けた。
「ちょっと、あおい、その恰好じゃ風邪引くって!」
 同時に手足が動いて、手短にあった毛布で妹の肢体をくるんでいた。
「ウウ・ウ・ウ・・ウ・ウウ!!」
 突然、あおいは激しく号泣をはじめた。生半可な優しさは余計に哀しみを誘うものかもしれない。ささくれだったあおいの神経は、氷柱のような手で逆撫でられたのである。少女の中で起こった化学反応は、通常の数倍のスピードと勢いで全身を覆っていく。すべての毛穴は縮み、皮膚は弾力を失った。
 一瞬だけ同情を催した有希江だったが、次の瞬間、冷たく言い放った。

「あなたはお手伝いさんでしょう? 明日は仕事があるでしょう? さっさと寝る事ね」
 そういうと、尻に書かれた顔を蹴り飛ばした。
「ぅぐうう!?ヒア!?」
 まるでコミックのように転がって部屋から放逐される瞬間、あおいは有希江の言葉を思いだしていた。
――――ちゃんと可愛がってあげるわ。
 それは、犬か猫にたいする言い方だった。決して、かつての有希江の態度ではなかった。
 しかし、そんな愛情でもあおいは欲しかった。とてもこのような状態で、家にいることは耐えられそうにない。もちろん出て行くという選択肢は、今のあおいにはない。いやあるはずがない。生活能力のない少女にとって家から追放されることはイコール死を意味する。
 もちろん、国家には児童を保護する義務があり、それは成人と条件が異なるのだが、小学生の幼い判断能力と知力ではそれを洞察することはできなかった。

「ウウ・ウ・・ウウ! ゆ、有希江姉さ ――――」
 哀れなあおいの呻き声を、有希江はドアを閉めることで制した。一方、少女にとってみれば、幸せへの門がすべて目の前で閉じられてしまったかのように思えた。たった10センチ足らずにすぎない木製の扉が、数メートルはある鋼鉄の扉のように見える。もう、自分に扉を開ける家族は、この家にはいないのだと、いやでも納得させられた。
―――――そうだ、伯母さん・・・・・・・。
 この時、あおいが思い浮かべたのは真美伯母である。生来の精神病を拗らせて入院している。少女にとってみれば幼いころから自分が一番愛されたと思っている、このことが徳子や有希江が無意識ながら妹に反感を抱いてきた理由なのだが、とにかく、どんなときでも自分を庇ってくれた最高の保護者だったのだ。
 どのような符合かわからないが、真美伯母の入院と少女が家族としての身分を失ったことは、軌道を同一にしている。それに入院したのは、あおいが原因だと有希江が言っていた。少女はそれに反論する能力も意思も用意できない。

「ウウ・ウウ」
 少女は、ようやく立ち上がると自室へと急ぐ。こんな時に茉莉にでも見付かったりすれば、どのような仕打ちを受けるかわからない。本来ならば可愛いはずの妹の影に憶えている。少女はそのような事実に涙しながらも、そして、足をひきずりながらも走り始めた。
 彼女じしん気づいていないのだが相手を可愛いと思うことは、必ずしもその対象への情愛だけを意味しない。対象を自由に扱えるということも孕んでいるのだ。自分の好きなように思うがままに扱えるという自負が、『可愛いはず』という言葉の中に、産卵されている。産んだあおい自身はとうぜんながら、それに気づいていない。

  しかし、何もかも見通せることが幸せとは限らない。
 この地上には、DNAを持たない多細胞生物が存在する。その生物は食物連鎖に組み込まれていないから、滅んでもかまわない、いや、絶滅すべきである。
 全人類の精神的健康のために、消えてなくなるべきだ。そうなっても害虫駆除会社以外、誰も困らない。 
 恐怖の生き物。
 そう怖れられる。ことに、主婦連中には、親の敵のように忌み嫌われる。
 それは、真夏の台所に密かに棲んでいる。しかし、何のきまぐれか、陽のあたる場所に姿を見せることがある。すると、台所の主は、この世の声とは思えない叫び声を上げるのである。
 例えば、その主婦連中が、台所の隅々まで見透おすことができたら、幸福と言えるだろうか。
 その結果は考えなくても明白というものだ。
 行き先はよくて精神病院で、おおかたは泉の下だろう。彼女らは、美しいソファに横たわりながら表面だけの美を享受して偽りの愛を唄っていたいのだ。たとえ、その背後で汚らしく蠢く毒虫が笑っていようとも・・・・・。

 閑話休題。

 あおいは、自室の扉を開いた。真っ暗で冷たい部屋。何故か、部屋を奪われることはなかったが、新しい風が入ることは完全に遮断されてしまった。たった数日のことにすぎないのに、廃屋のようになってしまっている。いや、何百年も人の手が入っていない廃墟という趣すらある。
「ウウ・・・・ウウ・ウ・ウ!」
 あおいは、かびくさいベッドに身を投げ出した。端から見れば呼吸ができなくなるのではないかと思われるくらいに、顔をシーツに埋めて泣き声を押し込める。かつてはいつも太陽の匂いに満ちていた。今は、カビとダニの巣と化している。
 どうしてこんなことになったのだろう。永遠に続くと思われる煩悶は、何処までも少女の頭のなかで燻り続けた。

 その時、有希江は母親である久子と話し込んでいた。
「自分の娘と携帯で呼ぶってやめてくれないかな?」
 有希江は、苺を摘みながら文句を言った。
「話しは真美のことよ」
「――伯母さんのこと? それがあおいのこととどう関連するのかわからないな」
 鷹の目を母親に向ける。
「そもそもあれってママが考えたの? そこまでする必要性ってわからないんだけど」
「とにかくするのよ!」
「・・・・・・・・・・」
 有希江は母親の剣幕にやや驚いていた。まるで人が変わったかのように、青筋を立てて自説を押し通そうとする。
「それならいいけど、これをやるころであおいの何がわかるっていうの」
「これは躾なのよ、これまで甘やかしすぎたわ」
 まるで噛み合わない会話がえんえんと続く。
「それで、伯母さんの様子は?」
「状態は変わらないわ」
「じゃあ、私が会いに行っていい?」
「あなたが行ってどうするの?」
 まさに、暖簾に腕押しというより他にない。会話のための会話が繰り広げられる。
「とにかく送ったメールどおりにお願いね。ママは寝るわ」
「ちょっと、お願いって! 茉莉には?」
 有希江の言葉が終わるまえに、久子は姿を消していた。
「全く、どういうつもりよ!」
 一人毒づくと携帯を開いた。

 その時、携帯の待ち受けが鳴るのを、頭骨が削られる思いで、あおいは聞いていた。
「け、啓子ちゃ? そっかあのことか」
 そのメロディを聞いただけで、全身の血が浄化されるような気がする。新しい血が流れると頬の色も好転する。かつての陽気なあおいが戻ったのだろうか。
 しかし、啓子の声に答えるまでに相当の時間を要した。携帯に出るたったそれだけのことが、あおいには地獄の門を開けることに匹敵するのである。
「・・・・・」
「ちょっと、あおい? 一体どうしたのよ!?また寝てたんでしょう? この脳天気!! 聞いているの!? あおい?」
 最初の『あおい』と最後のそれは、自ずから声の質量とともに格段の差があった。
「ウウ・ウ・・」
「あおい? 何かあったのか?」
 少女は嗚咽を漏らしたくはなかった。しかし、一番の親友を電話の向こうに回して、気が緩んだ。
「ご、ごめんね、具合が悪いんだ」
「えー、じゃあ、あした来れない?」
「そ、そんなことないよ!?」
「何よ?」

 啓子の声からは、疑念があふれてくる。あきらかに仮病を疑っているのである。親友の背後に何かあるのか。いくら彼女の洞察力が優れていようとも、それを見抜くことはできない。もしも、それが可能だとしたら、それは彼女が人間でないという一番の証明になるだろう。
「もしかして、宿題をみんなやれって言うんじゃないよね?」
「ち、ちがうよ、でも、図星かな?」
 この時、啓子はおかしいと思った。簡単に自分の非を認めたことが、あまりに不自然なのだ。いつもはさんざんにごねるあおいが、一体どうしたというのだろう。啓子は訝ったがそれを直截的に表現することを躊躇った。声の調子が普段とちがいすぎることに、意識の周辺が文句を言ってきたのだ。陽気を絵にしたような女の子が、何があったらこんなに元気がなくなるのだろう。
「とにかく、約束だからね、あ、し、た!」
 啓子は返事を待たずに一方的に切った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・?!」
 携帯を閉じて目の前を見たとき、啓子は絶句せざるを得なかった。扉が開かれて母親が入室していたからだ。何て事か、話しに夢中でドアの開く音も聞こえなかったというのか。
「どうしたのよ?ママ、勝手に入ってきて?!」
 その返事には、半ば抗議、半ば疑問がミックスされていた。
「大きな声が聞こえたから驚いただけよ。何かあったかと思ってね」
 当たり障りのないことを言って事態をくぐり抜けるようなことを言う。しかし、その裏には真意が隠されていた。この複雑な性格を有する娘が、このごろやっと、うち解けてきたように見えるのだ。それが一人の友人が好原因となっていることは明々白々だった。一人の親としても、事態を静観しているわけにはいかないのだ、そうすべきだとはわかっておいても・・・・。

「どうしたの?何か用?ママ」

――――そう突っ慳貪にならなくても。
 危うくそう言いそうになって、改めて平静を保とうとした。
「ママ、迎えに行こうと思って」
「え? あおいちゃんの方から来るんじゃないの」
 それは、あおいの母親が送りに来るということだが、久子はこのとき、鎌を掛けたのである。彼女との友人関係がうまくいっているのか心配だったのである。
「実は、久子さん用があるんだって」
 咄嗟に嘘が出てきた。どうせ、後で話しをつなげておけばいい。大人の都合でそう考えていた。
「わかったわ、もう寝るから」
 不機嫌そうに言うと、けんもほろろに、母親追い出した。
ドアに鍵を掛けるように、自分の身体を押しつけて座り込む。背中の肌を通して、母親がいなくなったのを感じ取るとすっと息を吸う。

「一体、なんなのよ!?」
 携帯をベッドの上に投げようとしたが、啓子は、間違えて脇にあるゴミ箱に入れてしまった。その失敗を心の中に巣くうもやもやのせいにする ――――そのような高等技術をまだ会得していなかった。
 あるいは、器用な人間であれば保育園や幼稚園の段階で、それを使いこなすことができるのかもしれない。しかし、啓子はそのような星の下に産まれることができなかった。
 『星の王女さま』のように、とつぜん、啓子の元に降ってきた少女。
 それが榊あおいだった。
 彼女に出会って以来、腹の中を変えられるような感覚を味わってきた。しかも、それが必ずしも不快ではない。いや、むしろ楽しくすらある。それは、『人生で一番大切なことは砂場で学んだ』以来、変わることがなかった人生哲学を変更する事態を招いていた。
 当時、彼女の記憶の中においても、母親や教師たちの脳裏にも、たったひとりで砂の小山を作っている影像しか残存していない。孤独。それが彼女の乏しい経験から産まれた哲学だった。どんなに目を掛けてもどうせ人は裏切る ―――という思いが、生後4年にして魂の根源にまとわりついていたのだ。
 それが、あおいに出会って何かが変わった。彼女の陽気な視線は、何事か、化学反応を啓子の中に起こした。
 しかし、それは単純な感情ではなかった。必ずしも不快ではないと言ったが、その逆もまた真なりだったのである。
 愛憎という言葉で表現するのが適当とは思えないが、この場合、それよりも適当な言葉を啓子は見つけることはできなかった。
 ゴミ箱の中に視線を走らせると、携帯が悲しげに光っているのが見えた。

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『マザーエルザの物語・終章 16』
「そうよ、良い子ね。ちゃんと全部食べるのよ、残しちゃだめよ。ほら、こっちに付いているじゃない」
「ウグググ・・・むぐ・・・・ぐち」
 屈辱的な姿勢。
 よつんばいにさせられたあおいは、スプーンに舌を這わせている。自分の舌が、あたかも自分のものではないような錯覚に襲われる。それは、まるで少女から独立した物体のように、銀色の半球体を移動していく。芋虫か、得体の知れない軟体生物のように、ヒクヒクとその身体を変化させながら、淫靡な汁を流す。
 それは、あまりにも現実感のなさが起因しているのかもしれない。自分がやっていること、あるいはさせられていることが、とても真実とは思えない。そのような思いは、しかし、顎の筋肉の緊張や痛みによって、それが現実であることをイヤでも実感させられる。すると、屈辱や恥辱と直面することになる。
 少女は、綺麗になったはずのスプーンに舌を這わせる。それ自身は角度が変わらないので、彼女じしんが、頭部を回転させねばならない。スプーンはあくまでも動かない。それは、鉄のように非情な有希江じしんを暗示していた。あおいは、それに従ってひれ伏すしかない。
 有希江の方から見ると、本当に犬のように見える。可愛らしい子犬が、尾っぽを振りながらまとわりついてくる。そんな妹に、憐憫とも嗜虐とも知れぬ気持がわき起こってくるのだった。
 思わず、笑みが浮かぶ。

「ほら、まだついてるわよ!」
 よく見るとわかる。カツ煮の衣の部分が、こびり付いているのだ。
 有希江は、それもすべて舐め終えるように、命じている。もしも、鏡がここあったならば、どのように見えるだろうかと想像しながら、雌犬に堕ちた自分を思う。言うなれば、それは文字通り自慰ということになるのだろうか。もちろん、小学生のあおいにそのような知識はないから、そこまでの理解は不可能だった。しかしながら、意識の辺境でそれを認識していた。
 自嘲という行動は、人間にとって高等技術である。意識的にそれをするほどに精神が成長していないが、無意識のレベルで行っていることで、少女を美しく魅せていた。内面の灯火が見る人に感動を与えているのだ。
 しかし、当の少女自身は自分自身の内面などに、興味を持つ余裕があるわけはない。
彼女はただ、自分の舌に意識を集中させる。それが限界を越えると、舌自身の蠕動行為に委託する。
――――勝手に舌が動いている。
 そう思った方が精神的にも、肉体的にも楽なことはもう書いた通りだ。

 顎が痛い。この姿勢を維持するのは、首の筋肉に極度の緊張を強いるし、腕にも相当の負荷がかかる。気づかないうちに、両手が指がわなわなと震えている。
 有希江は、皇帝か国王のようにテーブルに座りながら、あおいにスプーンを差し向けている。しかし、しばらくすると飽きがきたようだ。
わざとらしく、スプーンをわざと離した。
「ほら、餌はこちらよ、あおいはぐずなんだから!」
「うぐ・・・・・痛ッ!?」
 スプーンで、あおいの頬や鼻を打ったりする。そして、可哀想な妹の顔が汚れるのを見て楽しむわけだ。
「あおい、何をしているのよ。あんたって子は、まともに食事もできないの。犬や猫の子だってできることよ。あなたはそれ以下ねえ!?アハハハ」
「ウウ・ウ・・ウ・ウウ」
 恥辱を表す涙がかたちのいい頬を伝う。

「ふふ、まだ残っているわよ」
 有希江が皿の底を覗いた。そのとき、有希江のひじが四角い箱に直撃した。
「あら」
 箱だと思った物は、一冊の本だった。書名は、『百川高等学校世界史』。物体が床に落ちるまで一秒とかからないだろう。それは、人間にとってみれば一瞬のことだが、高解像度カメラにとってみれば無数の世界と空間が目の前に展開する。ここで、カメラの視点を採用してみよう。
本が落ちたとき、それは、491頁を開いていた。
『20世紀前半のバルカン、アッバース・トルコ朝から独立する西スラブ諸民族』
 おそらく、小学生のあおいにとってみれば、ほとんど何のことか見当も付かないだろう。有希江は、遊び人でありながら、その成績は常に非凡な能力を持っていることを証明している。しかし、まだ授業でやっていない範囲だ。それに、世界史にそれほど興味があるわけではない。だから、彼女にしたところであおいの理解力をはるかに凌駕しているというわけではない。
 
 有希江の視力は、ニフェルティラピアという活字を捕らえていた。
 あおいは、自分の感情を飼い慣らすのに汲々として、姉の視線に感受性を発揮するところではない。事実、姉の目の色が変わっていたことにも気づかなかった。日本人なら当然だろうか、茶色の瞳は、薄い榛色になっている。その憂いを含んだ目つきは、本来の、少なくともあおいが知っている姉ではないはずだ。

 この時代のことを、教科書はたった数行で片づけてしまう。
 1913第一次世界大戦勃発。
 1914年、ニフェルティラピア、独立宣言。しかる後、アッバース朝トルコに宣戦布告。


 一般的な世界史の教科書において、ニフェルティラピアについて詳しく書かれることは少ない。その国名すら転載されない教科書も珍しくない。しかし、そこは行間を読んでいただこう。
 有希江は、たしかにそこにいた。
 ただし、意識的には外の世界になんら関われない身として・・・・・・・・。
 意識に、二重にも三重にも虹を掛けられて、彼女は夢の中にいたのである。
 彼の地は空気が乾燥していた。だから、風景は固まって見えた。たしかに、人間たちは自分たちの骨格が大地に屹立して生きていたのである。家屋を一歩出るならば、すぐに地平線が開けていた。  湿潤な大気を持たぬぶん、陽光は厳父のように降り注ぎ、色彩に力を与えていた。
 小さな体、全体でそれを受け取っていた。
 父の視線を太陽とし、母親のそれを月として朗らかに成長していたのである。
 
 その時、たしかに太陽と月が世界のすべてだった。しかし、突如として両者が争っている声が聞こえた。小さな彼女にしてみれば、世界の半分と半分が矛を交わしているのである。それは、世界そのものが終わるかのような恐怖だったにちがいない。
 やがて、それは終結し月が姿を消した。世界は太陽だけになった。しかし、彼女にとって明るい世界ではなかった。たしかに巨大な光に世界は照らされてはいるが、ただまぶしいだけの冷たい照明にすぎなかった。
 以上は、有希江が幼児から見続けた夢の一部である。高等部に入って、世界史を知るにあたってニフェルティラピアという国名に触れた。そのことが、夢に濃い色彩と立体感を与えることになった。しかし、それが真実どのような意味を持つのか、この時の有希江はまだ気づいていない。

 有希江は自分の感情を解明していない。ただ、泉のようにあふれるままに、喉の渇きを癒やしているだけだ。
「あら、こちらのお口も涎を垂らしてるわ。どちらが、本当のお口なのかしら?」
「へ? ぇえ!?いやあぁぁぁ!?」
 最初、あおいは姉が何を言っているのか理解できなかった。しかし、すぐに体で知ることになった。よつんばいということは、ハマグリの口を背後からあからさまにすることになる。
 有希江は、妹の性器に米を挿入したのだ。炊いてからかなり時間が経っているだめに、そうとう滑りが発生している。それだけに、少女の性器の細かなところにまで侵入し、刺激を与え続ける。
「ぅひい! ぃいやあ! ぃぃいやあああ!!」
「こちらのお口も満足させてあげなきゃ、不公平でしょう? それに ―――」
 あおいは、返ってくる言葉の鞭を予想して、身構えた。しかし、その毒の意地悪さは想像以上だった。
「どちらのお口が、本当なのかしらね? いやらしいあおいチャンのアタマはこちらかもね? うふふ」
 小学生のあおいにも、言葉の持つ辛辣さは明かである。上半身よりも下のほうが、重要だと言っているのだ。そう、肩に乗っかっている可愛らしい小顔など、何の意味もないと言い放っているのである。それは、ダイヤモンドで造った土台すら、簡単に腐らせてしまいかねない。少女のか弱い精神など一瞬で、腐食させてしまう。

「ぁあぐう!ァァアグウ・・・・・!! お、おねがい! ゆ、有希江姉 あね、姉さん! ゆ、許してェ・・・・・ぁあう!?ぅ!」
 しかし、局所を襲う暴虐は、一種の麻薬の役割を果たしていた。認めたくないことだが、心の何処かで、それを歓迎している。もちろん、意識ではそれを受け入れたくない。そのことは、自分が人間でないと宣言しているようなものだ。残存した人間の尊厳は、けっして少女にそれを許さなかった。
「はあぁぁぅう!? ぁぁはぅ!?」
「あははは、やっぱり、こちらの方がお口なんじゃない? 何だったらと目と鼻を書いてあげてもいいのよ」
 有希江は悪魔的な笑顔を浮かべると、デスクから黒の油性マジックを取り出した。そして、キュキュと淫靡な音を立てながら、目と鼻を一気に書き上げた。
「ふふ、下のお口は隠さなくちゃね、うふふふ」
「い?ひぐう?!」
 たまたま見つけた革ジャンをあおいのアタマにかぶせた。革ごしに、かわいい妹のうめきを振動として感じる。

―――有希江姉さん! 有希江姉さん! もう許して! 堪忍して!!
 空気の震えを伴わない音は、たしかにそう言っている。革が遮断する少女の哀しみに満ち汗と叫びは、温度となって伝わってくる。熱伝導の法則は、有希江の掌を温め、その血管を拡張させる。有希江はそれを不快な感覚として受け取った。それはどうしても認めたくない気持が関係しているのかもしれない。愛情と憎しみが白昼する相殺点にて、何が見えるのか。その地平に現出する風景が意味するものは?
 その問いに答えるためには、あきらかに記憶が欠けている。この世の生を受けて16年、あおいと出会って10年間、確かに玉の人生を歩んできた。彼女と同じ唄を唄ってきたわけだが、その中にいやな曲は一曲もなかった。
 ならば、どうして妹が憎いのだろう。あれほどに可愛がった妹は、よつんばいになって、女として大事なところを弄ばれている。相手が姉であって、異性でないことは、けっして慰めにならないだろう。  
 いやらしい中年男に性的な虐待を受けることに比べて、残酷でないなどということはできない。むしろ、同性でしかも姉であることが、あおいに与えるトラウマは、筆舌に尽くしがたいものがあるだろう。
その証拠は、妹の泣き顔を見れば明らかだろう。まるで、出産直前の女性のような顔をしている。
 苦痛と恐怖に、目と鼻と口がばらばらになる。それぞれ固有の意思に目覚めたかのように、動き出した。
 革特有の臭い。醤油に味の素を混ぜたような臭気は、あおいの鼻を詰まらせ絶望の孤島へと彼女を追放する。
 革ジャンによって阻まれているとはいえ、ハウリングした声は、むしろ悲しげに響いている。有希江は、それを微笑さえ浮かべながら見下ろしている。それは、決して母親をはじめとする家族に迎合しているわけじゃない。母親からもらったメールが脳裏に蘇る。その文面から伝わってくる思考の波は、共感できる部分とできない部分がモザイクのように混在して、ひとつの絵を構成している。
 
 しかし、その絵を仰いでも何も生まれない。むしろ思考は停止して、頭の中は真っ白になってしまう。確かにそこに何かがあるはずなのに、それがわからない、触れられない。加害者は加害者で、苦悩の文字で便箋を埋めているのだ。もちろん、そんなことがあおいに伝わるはずはない。あんなに深かった姉妹の絆がこんな形で、崩壊し、今はむしろ、マイナスの方向に絡みあうなどと、つい数ヶ月前には思いもしなかったことだ。
 当時は、外界から刺激を受けると、性器が濡れるなどとことは知らなかった。たしかに、勢いよく下着を穿いたときなど、ぐうぜんにも局所が刺激を受けたときなど、意味不明の感覚を味わうことがあった。しかし、それが快感という言葉をイーコールで結ばれることはなかったのだ。
 
 今、両者は少女のどこかで連結しようとしている。それは、彼女にとって身を裂かれるほどの羞恥心を呼び寄せた。

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『マザーエルザの物語・終章 15』
 有希江と茉莉の違いは、ただ、ひとつのことを自覚しているか、否かにすぎない。言い換えるならば、自分が、あおいを憎んでいる。その事実に、形だけでも疑うことができるか、否かのちがいだ。
 それだけのことに尽きる。

 茉莉を自室に戻らせると、有希江はあおいを睨みつけた。少女がひるむと、柔らかく目を瞑った。まさに人間と犬どうしのやり取り。
 それに痺れを切らしたのか、少女は立ちあがろうとした。しかし ―――――。
「・・・・・・・・」
 有希江はただ、黙って掌を少女に向けた。
「・・・・・?!」
 少女は無言のうちに、その意味を理解した。
「来なさい」
 本当に久しぶりに、姉の声を聞いたような気がする。まるで10年ぶりに、再会したようだ。
 しかしながら、その顔は少女が知っている姉のそれではなかった。

 そこには真っ白な陶器があった。まるでヴェネツィアの仮面のように整った顔が、浮かんでいる。それは、あきらかに時間と空間から遊離して、ぼんやりと存在していた。

――――どうして、そんな顔をするの?
 少女は意識外のところで、姉に語りかけていた。
 
―――――お願い、本来のあなたに戻って、仮面を脱いで!
 しかし、その場所は本来の力を発揮できなかった。知識においても、精神的な体力という面に置いても、わずか10歳の心(からだ)は、彼女がその本当の能力を目覚めさせるには、あまりにも、小さすぎた。
 何処か別の次元で、小さくなった姉を抱きしめていた。しかしながら、次ぎの瞬間、それは、泡沫のようにあえなく消えてしまった。それは、子猫のような産毛に包まれた優しさに満ちていたのに、一本の毛すら残してくれなかった。

 意識が戻ると、少女は手と足を交互に動かしていた。
 あおいは、犬のように四つんばいになって、廊下を移動していたのである。有希江が具体的に命じたわけではない。ごく自然に手足が動き出した。
 自宅の廊下は、これほどまでに高かっただろうか。少女の周囲には、そそり立つような絶壁が彼女を取り囲むように。そそり立っている。彼女は、この家で生まれて、育った。
彼女が慣れ親しんだ回廊は、もはやそこになかった。まるで、大聖堂のような奥行と高さを併せ持つ。それらは、少女を押し潰さんばかりに、迫ってくるのだった。
 それは三角遠近法でなくては描けない。ちょうど、マンハッタンの摩天楼を一枚のキャンバスに収めるような技術を要求された。ただ、自分の家の廊下を歩くだけなのに・・・・・。
 それとちがうのは、青い空がないことと、二足歩行で移動することを許されていないことだけだ。

「ウウ・・・ウ・・ウ・ウウ」
 あおいは、泣き声を星図の一角、一角に押し込める。小さいころ、有希江のいたずらに加勢したことがある。いや、性格に表現するならば、させられたと使役で表現すべきだろうか。
 あおいと有希江の姉妹は、納屋から梯子を持ってくると、折り紙で作った星を、天井に貼り合わせて、昼間の天体観測と息込んだ。もっとも、その日のうちに、両親に見付かり、同じ梯子を使って、取り去ることを余儀なくされた。しかしながら、その作業はたった一名で行われた。
 有希江は、頑として、自分たけでやったと主張し、あおいを庇ったのだ。そのささやかな行為の代償はすぐに与えられた。
 「ごめんね、ゆきえ姉さん・・・・・」
有希江は、泣きながら彼女に付きまとう小さなストーカーを得たのである。
「わかったよ!もう!」
うっとおしげに、呻く有希江だったが、その実、嬉しそうに目を潤ませていた。
 ちなみに、両親は、それを察知していが、有希江のプライドを尊重して、黙っていた。
 教育的配慮を発揮したのだ。

 いま、あおいが見つめているのは、そんな牧歌的な記憶ではない。ただ、無数の氷柱が刺さった冷酷な天井である。しかも、少女の身体を貫くであろう氷柱は、今にも落ちてきそうに笑っている。
 少女は、強いられてこのような状況に追い込まれたのだろうか。
 しかし、少女はあえて自発的に従っているようにすら見える。さながら、生まれていちども立ち上がったことがないように、右、左、右、左とよつんばいを生きている。その道程は、ある意味において、しっかりしており、勝利を約束された軍団そのものだった。

 それをたった10歳の少女が行っている。

 だれか、涙なしにこの様子を見ていられるだろうか。迷宮の壁という壁は泣いたし、窓から入ってくるヘスティアの使者は、少女に主人の慈悲の意思を伝えたくらいだ。
 しかし、あおいは、そんなことを全く意に介せずに、奴隷としての生、いや、人間ですらないのだから、愛玩動物と表現した方が適当にちがいない。あおいは、謹んでその身分を甘受していた。

「ほら、お入り、あおいちゃん」
 有希江の声は、残酷だった。それは、綿菓子のように柔らかだったにも係わらず、中世の拷問師のような鉄芯が隠されていた。
 それは少女に、ある意味の引導を渡した。
 何故ならば、少女に自我の存在を呼び起こさせたからだ。もと言えば、自分が榊あおいという、小学校6年生の少女である ――――ということを思い出させてしまったのだ。
「ウウ・・・ウ・・ウ・・ウ」
 少女は、慟哭した。自分が置かれている状況に耐えられなくなったのである。人は、臭いに慣れるという。考えてみるがいい、子供のころ友だちの家に行って、「どうして、こんなに味噌臭いのだろう?」と首を捻ったことないか。
 その友人や家族たちはその臭いの中で平然と暮らしているのだ。その逆を言うなら、彼は、あなたの部屋を別の表現で異臭を感じると主張する。このようなことは、よくあることだろう。
 臭いと同じで、感情も鈍くなってしまうのかもしれない。

 あおいが慣れしたしんだ亜空間は、少女の感情を司る嗅覚をマヒさせていたにちがいない。
今、自分を取り戻した少女は、はるか遠くで雪崩が起こる音とともに、それを思いだした。
巨大な雪崩を遠くから見ると、音はたいしたことがなくても、迫力だけが伝わってくる。
少女は蘇ってきた羞恥心のせいで、全身を悶えさせた。それは、外見から見ても、セックスをしているように振動しているのがわかる。

「どうしたの? あおいちゃん」
 有希江は、それを見るとほくそ笑んだ。射すような目つきと口ぶりで、部屋に入るように促す。あおいは、それを肌で感じると、再び、行進を開始した。
姉の顎が、近づいてくる。少女はその迫力で押し潰されそうになった。まるで、自分を構成する分子が三分の一に圧縮されたような気がした。少女はたしかに痛みを音で聞き取ったのである。姉を見つめ返す瞳は、あきらかに萎縮していた。

「可愛い子・・・・・・・」
「・・・・・・・・・?!」
「何を怯えているの?」
「ヒ!?」
 有希江の指が、サクランボのような、あおいの顎を捕まえたとき、少女は確かに痛みを感じた。中枢神経が単なる触角を痛覚と間違えることは、よくあることだ。尋常ではない恐怖を感じているときは、なおさらである。
「この部屋は暖かいでしょう?」  
 しかし、この部屋は少女には熱すぎた。裸なのに、玉のような汗が噴き出す。
「あら、あら、どうしちゃったのかしら? まあ、いいわ。 あおいちゃんのために用意したのよ」
そう言って、有希江は持ってきた鞄から、弁当箱を取り出した。
「即席だから、たいしたものは作れなかったけど、栄養は満タンよ」
 自信ありげないつもの姉の口調。

「・・・・・・・・・・」
 少女が目の当たりにしたのはカツ煮だった。姉の得意料理である。よく、両親が所用にて、出かけているときに、食べさせられたものだ。
 確かに美味しいのだが、それは積み重ねられたマンネリズムの結果でもあった。どんなに料理の才能がなくても、繰り返せば、食べるに値する品がテーブルに乗るにちがいない。  
きっと冷凍庫に残っていたのだ。おそらく、それを電子レンジでチンしたのだろう。

 少女の脳裏に、中生代の記憶が蘇る。しかし、恐竜がうなりを上げているわけではない。四人姉妹という別の意味での、獣たちの呻き声である。
「有希江、またカツ煮なの?」
「徳子姉さん、何言っているのよ、長女のくせに、自分で作らないで文句たらたらって、どういうこと?」
「そうだよ! 徳子姉さんたらせっかく有希江姉さんが作ってくれたのに」
「何よ!? 手伝いもしなかったあんたに、そんなこと言う権利あると思ってるの?!」
 あおいは憮然として、文句を舌に乗せてみた。
「あおいには、学校の宿題をこなすって言う神聖な仕事があるのよ!」
「私だってそうよ! それなのに、私だけに押しつけて!きっと、私は実の子じゃないだわ」
「安心しなさい。パパとママ以外から、あなたみたいな子が生まれるとは思えないから」
「何よ! 姉さんだってそうじゃない!!」
 ちなみに、徳子を「姉さん」単称で呼ぶのは有希江だけに与えられた特権である。
「ふふ、実は、姉さんは聖母マリアさまが連れてきた天使なのよ」
「おかしいわね、天使のくせに悪魔みたいな角を生やしているのはどういうわけ? あ、しっぽまで生やしている?実に凶悪な天使もいたもんだわ」
 あおいが頭を振ると、徳子は持っていたビニールボールをあおい目掛けて投げつけた。
「ちょっと! さっきまでさんざん宿題見させたくせに! 何よその態度!?」
「姉さんたち、ぐるだったのね。きっと、それでママを説得したんでしょう? あおいの宿題を見るから、ごはん作れないって!!」
「何のことか、わかりませんね ―――え?ちょっと?!茉莉!!」
 ほんらい冷静なはずの徳子は、たった五秒の間にめまぐるしく表情を変えた。しかし、それは長女だけではなかった。次女も三女もそれにならった。
なんと、四女の茉莉が、できたばかりのカツ煮をよりわけで、小さな口でかぶりついていたのだ。

 三人とも、いつ、この末っ子がキッチンに姿を見せたのか、いっさい記憶にない。
「ちょっと、茉莉ったら、まだ切っていないのに!」
有希江の困惑する声とともに、幸せだった記憶は、あおいの脳裏からその姿を顰めてしまった。

「さ、あおい、口を開けて」
 もはや、有希江のしようとしていることは、明かである。
 有希江は自らスプーンを手にすると、カツ煮に差し込んだ。非音楽的な音が響く。
 
 ぐじゅ・・・・。
 
 それは、どう聞いても、幸せな家庭に相応しい調べではない。あえて表現するならば、ガマガエルを踏み潰すような、どんな前衛的なロックバンドでも、使用するのを躊躇うような音である。
「・・・・・・・?!」
 かつては、あのように美味しそうに見えた料理が、今や、ブタの餌に成りはてている。あおいには、そのようにしか見えない。しかし、有希江の脅迫の言葉が、彼女を単なる動物以下の存在に、貶めた。
「有希江姉さんの作った料理が食べられないの?」
「ウウ・・・」 
 あおいは、ためらいながらも小さな口を開けた。
「ちょっとい!? 何よ、その態度は!?」
「ウグ・・・!?」
 有希江の長い足が、敏捷に動いた。しかし、あおいはその美しい軌道を確認する暇もなく、自らの神経の叫びを聞いた。高圧電流を股間に押し当てられたような苦痛が、走る。

「私は、可哀想なあなたに食べさせてあげようと用意してあげたのよ」
 有希江は憐憫を声に偲ばせた。聞きようによっては、それは真実に聞こえる。あおいは屈辱とも受愛ともとれない感情に、身を焦がしている
 そして、妹を見下ろす。たった今、むごい暴力を加えたようには、とても見えない。
「ぁ。ありがとう・・・ございます!」
「何よ、その口!?食べたくないのォ!?」
「ウウ・・う」

 まるで、音楽教師の歌唱指導のように、大きな口を開ける。屈辱的な姿勢と、有希江の配置は、鳥の餌やりを彷彿とさせる。猫の額のような巣から、雛が母鳥に向けて、口を開けている。まさに、そのような光景だ。
「そんなに食べたいの? あおいちゃん?だったら。もっと大きなお口を開けなさいよ、裂けるくらいにね」 
 いとも残酷な言葉が、有希江の口からはみ出てくる。あおいは、それに答えるように、さらに口輪筋を緊張させた。顎と頬を二つに裂かされるような痛みが走る。
 しかし、あおいはすがるような思いで、口を開く。一体、何にすがろうと言うのだろう。決まっている  有希江の、愛情だ。泡沫のような姉の情愛に、すがるような思いで、期待しているのだ。おびただしい涙と涎で、目と口を汚しながら・・・・・・・・・・。
 
 中世の文筆家が、いみじくもこう書き残している。
 
 行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。
                                                       鴨長明
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『マザーエルザの物語・終章 14』
――――ふっ、白昼夢?
 有希江は、苦笑を禁じ得なかった。白昼夢と言っても、常に夜のとばりは降りており、アポロンは、美女と同衾のすえ、疲れを癒やすために就寝中にちがいないのである。
 少女は、妹に、演技じみた視線を向けると、口を開いた。
「さ、お腹空いたでしょう? 有希江姉さんとごはん食べようか」
「・・・・・・・・」
 あおいは、水に浸かったお握りのような顔を姉に向けた。有希江は、彼女を見下ろしている。その目は、優しさに満ちている。
「ウウ・・ウ・ウ・・ウ・ウウ!!」
 思わず、嗚咽が漏れる。今更ながらに、自分が空腹であることを思い知らされた。ほんとうならば、満腹刺激に満たされた視床下部を、温かい布団のなかで、熟成させているはずだった。母親の提供する食事によって、身も心も温められたあおいは、幸福な夢を見ているはずだった。
 それなのに、血液から、リンパ液、果ては骨髄液まで凍らせて、絶対零度の宇宙を彷徨っている。
 それは、何故か?

「ウウ・ウ・・ウ・ウウウウ!?」
 あおいは、姉に抱き寄せられると、さらに嗚咽のトーンを上げた。全身を優しく拭かれると、気のせいかもしれないが、凍り付いた体液が、溶け始めるような気がする。そこまで行かなくても、停止した分子のひとつひとつが、動く意思を表明するように見える。そんな予感がする。
 しかし、姉の口から零れた言葉、言葉は、頑是無い少女にとって、完全に理解の範疇を越えていた。
「ふふ、これから、あおいは、自分で何もやっちゃだめだよ」
「・・・・・・・?」

 突然、降ってきた有希江の言葉は、それが錯覚にすぎないことを裏付けていた。
 一見、優しそうに見える目つきは、愛情というよりは、愛玩動物に対して向けるそれにしかすぎなかった。完全に見下したその態度は、けっして、妹に対して向けるものではなかった。いや、人間に対して発する視線ではない。
 あおいは、それに敏感に反応した。姉の視線の異様さに気づいていたのである。
 ここに、少女のプライドの萌芽を見ることができるだろう。それは、同時に成長をも意味していた。
 少女はしかし、そのことにはいっさい、気づいていなかった。
 
 有希江は、そんなあおいに、語りかける。
「まだ、泣いているの?」
「・・・・・・・・・」
 まるで、赤ちゃんにするような仕草は、少女のプライドや尊厳を踏みにじっていた。
 しかし、あおいは、それに対して、明確な態度を取ることが出来なかった。そのノウハウを持っていなかったのだ。
 できたのは、ただ口調のトーンを上げることだけだった。そのことによって、すこしでも不服の意思を見せようとしたのだ。しかし、それが、ガラスのように冷たい、有希江の頬を通過することができようか。
「う、自分で着れる ――――」
「何、言っているのよ、あおいは赤ちゃんなのよ!」
 やはり、誘蛾灯に惑わされた愚者のように、虚しく落ちていく。鈍い輝きを放つガラスの肌は、あおいの思いをはねのけるだけだった。
「だめよ!あんたは、赤ちゃんなんだから!」
 語気にまかせて、決めつけた。
 しかるのちに、有希江は、寝間着を少女の華奢な身体に通しはじめる。その姿は、まさに幼女を世話する母親のそれだった。
「おわかり? これからは、有希江姉さんが全部やってあげる。頑是無いあおいちゃんのためにね」
 
 頑是無いという単語の意味は、知らなかったが、姉の口調から、そのニュアンスは伝わってきた。本来ならば、その意味を聞いて、教養がないとやりこめられる。それが仲の良い姉妹の関係だった。外見的には、口を窄めていたあおいも、内心で満足していた。自分の立ち位置というものに納得していたのである。
 そこには対等な人間関係の萌芽が、見て取れたからである。しかし、現在の姉との関係は、完全な、人間と愛玩動物との関係に等しい。それは恥辱と屈従に満ちていた。
だが、完全な孤独への恐怖は、宇宙飛行士が恐れる闇黒へのそれに似ていた。

「完全なる黒。あえて、無と表現したくなるような ―――――」
 彼は、はじめて、宇宙遊泳を行うにあたって、それを見いだしたというのである。
 あおいは、同じような恐怖を自宅の中に見いだしていた。目の前の人物に、絶対的な屈従を誓わない限り、その中に放り込まれてしまいそうだ。
 自然と、あおいの取るべき途は決まっていた。

「ハイ・・・・・・・・」
 蚊の鳴くような声で、あおいは肯いた。さらに頬をとかすような涙がこぼれる。それは、確かに少女の精神的な成長を暗示している。有希江も、そこまでは気づくことはない。今、彼女は、ある快感に意識のすべてを集中させていた。それは、人間の生殺与奪をすべて握ることが出来るということに尽きる。
 それは人間の歴史が続く限り、普遍的な麻薬にちがいない。有形無形のすべての薬物の中で、この快感は絶品という噂である。
 他人を思い通りにできるということ。
 しかし、人を支配するのは、何も財力や武力だけに限定されない。
 人間の魅力や才能は、時として、特定の人物を縛ることがある。それは別名、愛という。この時、有希江はあおいをその名において、支配したくなったのである。
 
 しかし、それは意識的な動機から、発動した行為ではなかった。よもや、自分が、過去の怒りに突き動かされているとは思えなかった。
 有希江の記憶には、あおいを憎むような、具体的な出来事はなかった。
 それなのに、この憎しみはなんだろう。
 少女の中で、一瞬だけだが、混乱が生じた。しかし、それはすぐに消え去った。あおいの、あどけない顔をみていたら、圧倒的な憎しみが、愛情を勝った。
 しかし、この時、その記憶は大海のような過去に葬り去られて、その正体を明らかにしていなかった。
 ただ、情感だけが、蛇のように蠢いて、目の前の人物を罰せよと命じていた。
 酒好きの人は、詳しいことだと思うが、泣き上戸というのがあるが、あれは、具体的に何が哀しい対象があって、泣いているわけではないらしい。ただ、哀しくて泣いているのだ。一説によれば、酒によって柔らかくなった海馬が、哀しい記憶を小出しにしているとのこと。それは意識には昇らず、ただ哀しいという気分だけが、酔いどれを号泣させるらしい。
 その説の真偽はともかく、有希江は、自分ではコントロールできない感情の奴隷になっていた。そのベクトルは、可愛いはずの妹に向かっている。

――――裏切られた!
 そのように、まったく根拠のない記憶に基づいた感情が、少女の幼い肢体をナイロンザイルで、二重にも三重にも縛り付けている。その柔らかな肌には、あきらかな内出血が見られ、青黒い跡ができている。その様子は、痛々しく、涙を誘うのに、有希江は微笑さえ浮かべている。明かに、何者かに操られている。しかし、その本人はその自覚がない。
「成長期なのに、あれだけじゃオナカふくれないでしょう?有希江姉さんがたべさせてあげる、姉さんの部屋に戻ってなさい」
 あおいは、立ち上がると、指定された部屋へと向かった。その姿は、さながら墓場から蘇ったゾンビのようである。その手足からは、まったく生気というものが感じられない。その手足には、子供らしさというものが一切ない。か細いだけに、やけに骨のかたちだけが、目立つ。
 有希江は、妹を見送るとキッチンへと向かった。

 しかし、その狭い背中を見送ったのは、彼女だけではなかったのである。
「こんなところで、何をしているのよ!!」
 非常に攻撃的だが、無邪気な声が響いた。あおいは、びくっと全身の筋肉を震わせた。あたかも、 電流を流されたカエルのように、何度も身体を不随に動かす。
 しかし、なんとか声のする方向へと振り向くことに成功した。はたして、そこには彼女の妹である茉莉が仁王立ちになっていた。
 あおいは、ほぼ反射的に肉親の名前を口にした。それは、随意筋ではなく、不随意筋の発動だった。ごく自然に出てきたのである。それは茉莉の方でも同じだった。最初、姉を見つけたときには、別の表情を見せたのだが、次の瞬間、表情を一転させた。
意識して、般若の面を被ったのである。
―――あ、あおいお姉ちゃん・・・・いや、ちがう、これはこの家のドレイなんだわ!
これが少女に起こった感情の流れである。

「ま、茉莉・・・・・茉莉おじょうさま・・・・」
「何だって、何よ!その態度!?」
 茉莉は、あおいの呼び方に敏感な反応を見せた。自分の名前のすぐ下に、敬称がつけられなかったことに激怒したのである。
「ヒギゥイィイ!?」
 強烈な苦痛が、少女の小さな肢体を電流のように貫く。妹である茉莉の蹴りが、あおいの腰に炸裂したのだ。
「イヤ。許して!痛いッッ!!?」
 懇願の意思を即座に示すが、容赦はしない。子どもながらの残酷さを発揮して、あおいをサッカーボールに仕立てる。ちょうど、彼女は壁と挟まれているために、バウンドして帰ってきたところを、再び、蹴りつける。
 哀れな少女は、血を分けた妹によってその肉体を裂かれ、魂を焼かれる。肉体の痛みよりも魂に負った火傷のほうがより深刻だった。繰り返される暴虐の中で、少女は自分がやがて、球体に変形していくのを感じた。
 無色のはずの空気が赤く色づいていく。いや、自分こそが染まっていくのだ。やがて単なる肉の塊と化して、魂も、そしてそれに付随する意思をも消え去っていく。すると、苦痛も哀しみも恥辱も、消えていくのだ。

 幼い妹の口から零れた言葉は、あおいの想像を超えている。
「あんたなんて、死んじゃえばいいのよ!このブタ!」
「グググ・・・・!?」
 突如とした止んだ暴行と残酷な台詞が、皮肉なことに、幸せな夢想に区切りをつけた。そして、即座に柔らかな頬に、再度の暴虐が加えられる。
 そこは本来ならば、誰の足が置かれることがない場所のはずだ。本来ならば、自分の足さえ踏み入れることのできない場所。いわば、神聖不可侵な土地なのだ。
しかし、今、柔らかな牧場は、残虐な狼によって踏み荒らされている。しかも、その狼は、ついこの前まで、あおいが可愛くてたまらないと思っていた相手なのである。深窓の令嬢と言ってもいいほど、おとなしげな少女は、今やその牙に赤い血をこびりつかせていた。しかも、その血と肉は、自分のそれなのだ。

 事もあろうに、あおいは、妹に顔を踏み潰されつつある。他人に神聖不可侵な場所を侵害されるという意味においては、レイプと似ているかもしれない。
 茉莉に対しては、可愛いと思う反面、自分の思うとおりになる存在だった。少なくとも、そう見なしていた。あおいの見るところ、自分に対して服属していたはずなのである。
 しかし、そうは言っても、妹を力によって従わせるとか、いじめるということはなかった。みんな、自分の人望によって、従っていた。すなわち、自分のことが好きだから、家臣のように、寄り添っていた。そのように思っていた、いや思いたかったのかもしれない。どうやら真実は、後者だったのだろうか。
頬を不自然な形で圧迫される。そのことによって、起こる肉体的、あるは心理的な衝撃によって、あおいは、噎せ返る。

「ちょっと、家を汚さないでよ!汚いな!!」
 姉を罵るのに、べつの表現もあったろうが、あいにくと、9歳の語彙では、それが限界だった。だから、ペンの力よりは、剣のそれに頼るしかなかった。
「ゥギイィ!!!もう、あやあ、えてええええ!!やめてぇえええええェェェ!?」
 いったん、足に力を入れると、姉は、激しく泣きわめきはじめた。その勢いは、激しく、茉莉としても思わず足首を捻ってしまうほどだった。もちろん、それは錯覚にすぎない。しかし、上下が逆転した今でも、姉から受ける圧迫感は否定することはできない。それは、子どものころ父親から虐待を受けた青年が、大人になった今も、恐怖をぬぐい去れない。そのことと似ている。
 かつての父親は老人になって、目の前で寝たきりになっている。彼が、全く抵抗できないのは、理性ではわかっている。しかし、そんな父親に対して、身体に残る怯えを消し去ることができないのだ。

 茉莉は、それに似た感覚に支配されていた。しかし、あまりに幼すぎる少女は、それを認識することができなかった。どうして、自分が急に姉を憎みだしたのか、わかっていない。何やら、意味不明の衝動に駆られて、暴虐に走っているだけだ。それを止めることができたのは、彼女じしんの理性ではなく、姉の一言だった。
「茉莉ちゃん、もう寝る時間でしょう?ブタの相手をしている暇はないでしょう?」
「有希江姉ちゃん・・・・・・」
 茉莉は、そこのない優しさで、自分を見つめる姉を発見した。あおいは、頭蓋骨が破裂するような苦痛に呻きながらも、妹に嫉妬していた。そして、そんな自分を発見して、驚いていた。もしも、姉の声が聞こえるならば、自分を庇って、妹を叱ってくれるとばかり思っていたのである。




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