2ntブログ
いじめ文学専用サイト
主人公はu15の少女たち。 主な内容はいじめ文学。このサイトはアダルトコンテンツを含みます。18歳以下はただちに退去してください。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
『マザーエルザの物語・終章 29』
 意識を失ってあおいは新たなる翼を得た。
 ところが、いちど空に向かって羽ばたいてみると、それは秋の空のように小春日和の清々しい空間を飛翔するための道具でないことがわかった。
 音もなく、少女は大地に降り立った。虚空に浮かんでいることに、そこはかとない恐怖と不安を怯えたのである。
 しかし、そこは彼女にとってほんとうに安泰な場所なのだろうか。
 思い出したくもない過去。言い換えれば、例え、どんなすばらしい大地にも、地下には地層があり、 その一つには悪魔の糞便で固められた層もあるということだ。
 言わんや、げんざい、あおいが置かれている状態は混迷を極めている。その過去にはいったい、何があるのか。まったく想像できない。立っている大地がけっして、堅実でないことは微かに触れる今の状況が何よりの証左になるだろう。

 過去という地下から、何か悪い記憶が噴出しているにちがいないのだ。
 それが、温泉のような頬笑ましい鉱床でないだろうことは、もはや、自明の理である。

 少女の耳に、場違いな固有名詞と単語が飛び込んできた。
―――フランス人です! 彼奴らが! しかも警官じゃなくて、軍隊が!!
 それはほとんど悲鳴に近かった。
(フランス人?!)
 あおいは、まだあどけなさの残る、いや、幼い唇をかすかに震わせて、その固有名詞を繰り返した。
 少女が10年あまりの人生で得た知識によれば、その国はヨーロッパの片隅によりそうように存在する。いわば、島国である。
 ところが、世界中に植民地を形成し、帝国を作ったらしい。有希江と徳子の会話が、断片のように少女の記憶に突き刺さっていた。
 だから、特別な敵意や怖れがあるわけではない。しかし、少女が夢想の中で遭遇したトリコロール(三色旗)からは、ただ一つの言葉が飛び出てくる。
文明人の顔をした蛮族。
どうして、イチゴのような自分の頭からこんなさかしげな言葉が飛び出し、それが理解できるのか、少女は不思議でたまらない。まるで、思考する自分とそれを受け止める自分が互いに乖離しているように思える。大人になった自分と交流しているような、いや、ちがう。
 それは巨大な過去だ。
 大過去。
 かつて、徳子が口にしていた単語だが、その意味はまったくわからない。ものすごく大昔ということだろうか。
 とにかく、あおいは、正確を期すならば、あおいらしき人物は、フランス人なるものを蛇蝎のように嫌っている。

 それにしてもこの熱はなんだろう。雲一つ無い空から降り注いでくる。かつて、親しみを込めてアポロンと呼んでいた太陽はそこにはない。
 かつて?
 自分は、何処にいたのだろう。しかし、いくら思いだそうとしても、明確な地名は浮かんで来ない。ただ、高原と豊かな緑、それに温かな陽光というイメージだけが浮かんでくる。
 あおいの立ち位置は、そんな呑気な場所ではない。立っているだけで死がやってくる。
ただ、黄色い残酷な塊が、灼熱を置くってくるだけだ。全身が火だるまになりそうだ。数分だけでも直射日光に浴びていると、肌に火ぶくれができる。
 アギリ。
 それは国名だと確信した。巨大な熱とイコールでその短い固有名詞が結ばれた。
 人々の声、怒声と悲鳴。
 そして、それらを彩るように銃声。肉体を叩く特有の音。渇いたという単調な形容詞では表現しきれない耳に不快な響き。胎内に水分と油を多分に含んでいるのだから、それは当たり前だろう。
 そして、それらに護られるように骨や筋肉といった組織が存在する。エモノは、それこそを破壊すべく叩きつけるわけだが、不快な音の原因は前者にこそある。

――――止めて!、止めなさい!ヒイ!?
 蛮行を必死に収めようとしたあおいだったが、自らの身体が危険となれば、とっさに防御に走るのが人間というものだろう。
 少女は、身を縮めて攻撃を避けようとした。

―――殺される!!
 そう思って屈んだ瞬間、彼女は信じられないものを目撃することになる。
 自分の変わりに、友人の男性が犠牲になっていた。彼は、フランス兵の残酷な銃剣の一刀によって、無惨な屍に成りはてていた。
「!」
 それは、彼女の記憶をどうひっくり返しても、出てきそうにないほどに残酷な体験だった。
 しかし、彼女を驚かせたのは、それではなかった。どう見ても粗野な一兵士の言い放った言葉だった。
「なんだ、おめえ、人間じゃないか!? こんなところで何をしてるんだ。おい、ピエール、この方を中尉殿のところへつれていけ」
「やめて! 離して!!!」

「あおい!」
「ぁぁあっぁあ!?」
 身体が激しく揺さぶられた。それは人間業とは思えなかった。何か巨大な力で魂ごと二つに切り裂かれるような気がした。
 しかし、よく見てみれば、赤木啓子であることがわかった。
「け、啓子ちゃん・・・ぅうあう!?
「あおい!?」
「ァァゥアァウ・・・・」
 弓なりになって股間を押さえるあおい。
 ほぼ、無意識のうちにその姿勢を取ったのは、下半身に隠された秘密を親友から隠すためだ。しかし、あおいのそんな有様は、見る人にその深刻さをアピールするだけだった。
 しかも、啓子は普段の冷静さを完全に失っている。
 
「せ、先生、救急車を呼んで下さい!」
  いつになく、動揺と混乱の二重奏を鳴らす啓子。教師は、そのようすにあっけにとられたのか、すぐに対応できなかった。
「だ、大丈夫です!! ウ・ウ・ウ・ウ」
 あおいは必死に訴えた。そんなことをされたらたまらない。下半身の恥ずかしい秘密が露見してしまう。
 辺りを見回すと、白いカーテンが見えた。ここが看護室であることがわかった。どうやら、気を失っている間に連れてこられたようだ。

――――まさか、見られてるってことは!?
 あおいは動揺を隠せなかったが、周囲のようすを鑑みてそんなことはないらしい。ふいに、親友の苛立つ声が響く。

「看護室に、校医と看護婦がいないってどういうことですか?」
 その声は、逆立っていて、今にも周囲に殴りかかりそうだ。
「どうしたんですか? 校医さんは!?」
 慌てて入室してきた両者に文句を言っているのだ。普段、冷静な態度に徹している彼女らしくない。
 そんな間にも、股間の異物は幼い性器を刺激しつつ動き回る。
 正確には、あおいが動くために、そのように錯覚するのだが、被害妄想と言われても、少女にしてみればそう思わざるを得ない。
 身体を砂漠にでも埋めたくなるほどの羞恥に蝕まれている今であっても、そのくらいの判断はできた。灼熱の砂はきっと、この身体から浸みてくる羞恥心を焼き切ってくれるだろう。

「赤木さん、落ち着きなさい!」
 担任の声が聞こえる。啓子を冷静に戻そうとする彼女の姿が目に見えるようだ。目を瞑ってもありありとその映像が浮かぶ。
「校医さんが来たから! 落ち着きなさい」
 しかし、それは違う世界から響いてくるようだ。あおいや啓子が立っている地面とはあきらかに風の色も、大地の匂いもちがう。
 「啓子!!」
 しかし、彼女の声だけはしっかりとした実体を持って迫ってくる。
 その時、二人は手を繋ぎ合った。
 二人とも時間の感覚を完全に失っていたのて、校医が声を掛けたことに気づいていなかった。

「ああ ――」
「赤木さん ―」
 担任である阿刀久美子も、そこに控えていた。
「はい・・・・・・」
  恐縮するようにあおいから離れる。その手と手との連結が切り離されるとき、二人の間で微かな体温のやりとりがあった。熱伝導の法則から高音から低音へと伝わった。それはもしかしたら、メッセージだったのかもしれない。少なくとも、あおいはそう受け取ったことだろう。
 手を握り合った瞬間、啓子は、その手の冷たさに、そして、あおいは、その手の温度に驚愕した。
触れた方は、触れられた方の死を直感してひるんだ。
「あおい!!」
 校医や久美子の静止も聞かずに、親友の骸、彼女が勝手にそう思っているだけだが、それに上からまとわりついた。その勢いは、対象に対して飛びかからんばかりか、取って喰おうというほどまでに増していたのである。
「ぁああ、あぐうう!!」
 胸郭に、啓子の両手が触れたとたんに、あおいは、小動物的な悲鳴を上げた。それと同時にぴくんと弓なりに、身体を曲げると小さく痙攣した。
「あ、あおい!?」
 啓子は、ますます、親友が重病だという思いを強くした。しかし、当の本人はそれどころではなかったのである。命に関わる病気を凌駕する出来事とはどんなことだろう。
「ウウ・ウ・・・ウ・ウウ・ウウ!」
 あおいは、シクシクと泣き出した。顔を真っ赤にして、小刻みに震えている。涙が、さくらんぼうに垂れた水滴のように、流れていく。
まるで、友人が手の届かない処に行ってしまったのではないかと思った、この小さな身体から離れて再び ――――。

 再び?

 啓子は、絶句した。自分の身体からわき上がってくるものに、恐れおののいた。まるで自分でないものに、操られているような、それこそ、何か得体の知れない亡霊に身体に乗りうつられて支配されてしまったのではないか。
 今まで、あおいに何処かに行かれたことなど、いちどもない。あるとすれば幼児体験だ。あおいと遊んでいて、彼女の母親が突然、連れて行ってしまう。しかし、それは自分の母親も自分に対して、同じ事をしたのだ。
 しかし、そんなことは、何処の世界でもありえる、ありふれた出来事だろう。だが、その時感じたやるせない気持は、今になっても思い出すことがある。淋しいような哀しいような不思議な気分。夕日に溶かされるあおいの背中を見つめていると、もう、永遠に彼女に出会えないような気がする。そればかりか、彼女に出会って互いに紡いできた時間がすべて嘘で、錯覚にすぎないのではないか。
 幼児だったので、そこまで具体的に言語化できたわけではないが、意識の周辺でそのような気持を強くしていた。
 けれども、おもちゃのシャベルを持っている方の肩を母親に叩かれたとき、あおいと同じように自分の家に帰っていくのである。その時にはもはや、そのようなもやもやは、あさっての方向にうっちゃってしまっているのだが。

 あおいは、死んだサバのように冷たい腹を見せている。先ほどまで燃えていた炎は、いつしか消え去って、兵ものどもが夢の後のような跡のような、無常観だけが死後の魂のように残存していた。
 その中では、啓子が想像できない戦場が展開していたのである。しかし、部屋の外からは、戦場の火を再び灯すような人物が足音を立てていた。あるいは、不発弾が少女の中に残っていたのかもしれない。

 


テーマ:官能小説 - ジャンル:アダルト

『マザーエルザの物語・終章 28』

 教室に戻ったとき、あおいは息も絶え絶えな状態で、多分にクラスメートの同情を買った。少女の真珠色に輝く額には、脂汗のようなものが滲んでいる。霧を吹きかけた高級陶器のようで、反射光の美しさがやけに目立って痛々しい。
 啓子にもそれが伝わったと見えて、心配そうに親友の顔を伺っている。
「大丈夫? 早く座ろうよ。それとも保健室に行く?」
 あおいにしか見せない顔で言葉を投げかける。事実、二人の間に流れている世界には、第三者が入り込める隙を見いだせなかった。
 だから、固唾を呑んで、周囲の児童たちは眺めるしかなかった。ある意味、それは夫婦に似ている。啓子があおいの肩を抱いて、労りながら席に着かせるその仕草は、夫が病床の妻に対して見せる魂に満ちていた。
「ウゥ・ゥ・ゥ・ゥ」
 一方、あおいは意識が細(こま)切れになるような官能に襲われながらも、絶え間ない罪悪感に苛まれていた。

――ああ、私はこんな扱いをされる価値なんてないの。
 
 小学生のあおいには、性的な感覚をその意味において理解できるほど知性が発達していない。だが、無意識の領域では、それを完全に識別し分類さえしていたのである。官能が与える麻薬的な感覚に対して、それを率直に快感と受け止める感情と羞恥と受け止める理性。ある意味、機械的な無意識は善悪の判断をしない冷静な視点で、自分を見つめていた。
 「ウウ・ウ・ウ・ウ・ウウ」
 啓子を含めた周囲に自分を合わすのも一苦労だ。時間に遅れてしまいそうな気がする。いや、既にみんなが手の届かないところに行ってしまったような気がする。もっと似つかわしいたとえを用意するならば、周回遅れのランナーというのが一番適当かもしれない。
 
 いつの間にか、みんなあおいの手のとどかないところに言ってしまった。もう、誰も彼女をまともに相手にしようとしない。自分だけが木製の人形になってしまったかのようだ。
 全身が縮んでしまいそうな羞恥心に苛まれて、知らず知らずのうちに肌がピンクに変色していた。鳥肌も立っている。
 めくるめく官能に意識を吸い取られてわずかに残った知性で、周囲に目を向けてみる。できることは眼球をわずかに動かすぐらいしかない。 
 とうぜんのことだが、気が付くと、啓子には自分の席に着いていて、自分には寄り添っていない。教壇には、担任である阿刀久美子が、何やら声を張り上げている。しかし、その意味はまったく頭に入らなかった。 
 もう、礼は済んでしまったらしい。あやふやな意識で過去をふり返ってみると、「規律、礼」という学校では何十年も恒例となった声が聞こえる。

 いっしゅんだけ、あおいは肉体を抜けていた。時間と肉体を超越して、学校という概念そのものを窓の外から眺めているような錯覚に陥った。その焦点の中心には自分がいた。哀れにも震えている少女だった。
 本来ならば、楽しくてたまらない空間だったのに、いまや自己嫌悪のタイルに床も壁も埋め尽くされている。たまため天井を眺めてみたら、目に侵入してきたのは同じタイルだった。机やクラスメートたちは、約一名を覗いて単なる記号にしかみえない。もちろん、その一名は赤木啓子である。

―――み、見ないで、啓子ちゃん・・・・・。

 あおいは、カタツムリのように意識的に自分で造った殻に閉じこもろうとしていた。しかし、親友の視線を妨げることはできなかった。それは、制服を通過して少女の秘密の部分にまで達しているように思えた。そこには、彼女が何よりも、そして、誰からも護りたい恥ずかしい秘密が隠されている。

―――教室でもこんなことされてるなんて・・・・・・。

 有希江の手で股間をむんずと摑まれているような気がする。家で姉にされていることがありありと思い出される。いや、あたかもここが教室ではなくて、自分の家のようなきがする。全裸にされて犬のようによつんばいにされたあおいは、恥ずかしいところを弄られて呻き声を上げているのだ。
 姉の笑い声がいま、そこにあるような気がする。
 気が付くと、教壇に居座っているのは、久美子でなくて有希江が弁慶のように立ち尽くしていた。
 しかし、次の瞬間には、久美子に戻っていた。ちょうど宮沢賢治の詩を板書してふり返ったところだった。
 あおいは、それを書き写しながらつくづく思う。

――――ここは、勉強するところなのに・・・・・・・・・・・・・・。

 本来ならば、授業とは休み時間をひたすらに待つ時間にすぎなかったのに、それは、本人はおろか担任をふくめたほぼクラスの成員すべてがそれを認識していた。そのあおいの元気がない。思えば、この少女はクラスの太陽だったのだ。らんらんと輝いているときは迷惑なだけだったが、アマテラスの神話のように、いちど、岩戸に籠もってしまうと、その温かさが身にしみて思いだされる。みんな、そうなってはじめて、その価値に気づくのである。

――――あおいちゃん、どうしたのかな?
 
 教師の秋波をかいくぐって、クラスメートたちは、心配そうな視線を贈ってくる。すると、啓子以外のクラスメートもただの記号ではなくなっていく。それは同時に少女の羞恥心を倍増させることにつながる。たまたまその視線のひとつと目があったりすると、顔を真っ赤にして俯くことしかできない。羞恥のためにからだを動かしたりすれば、憎らしい相手がいたずらを始める。股間に埋め込まれた異物が動き始めるのだ。
 身体は、異物を外に出そうとするが、恥ずかしい秘密の一部が作動して、それを内部に押し込めようとする。心ならずも少女じしんの努力もあって、阻まれてしまう。
 一連の動きは仮想セックスのようだが、さすがに少女はそこまで考えが付かなかった。そもそもセックスというものが想像できない。そういう単語は聞いたことがあるが、少女じしんはまだそれに触れてはいけない年齢だと思っている。有希江もそれを教え込むということはないようだ。
 加えて、このとうじのあおいにとって救いだったのは、オナニーという概念が持つ意味すら明確でなかったことだ。それは不幸中の幸いというべき事態だったが、この時の刺激が後になって、それに開眼する契機になったことも事実である。
 
 しかしながら、性器の周囲を弄るとやがて湿り気を帯びること、言うまでもなく、それは小便とは別の液体である。あおいは、全クラスメートの目の前で辱めを受けているような気がした。
 冷たい笑いが少女を襲う。それは、かつて、少女を包んだそれとは全く違う、口臭に満ちた冷たい笑いである。多分に、苦笑というスパイスが含まれていながら、それは優しい温度に満ちていた。温泉に浸かったあとで鉄砲水に流されるようなものである。
 もしも、下半身の秘密をみんなが知ったら、そのような態度に出ることは火を見るよりも明らかに思えた。ちょうど家庭で起こったことが場所を変えて起こるのだ。
 少女が何よりも怖れるのは、赤木啓子の動向である。彼女から見捨てられることは、すなわち、自分の死のように思えた。死というものは、体験したことはないが、もしも、それがあるとすれば、啓子を失うくらいに怖ろしいことだと思っている。

 膣の中に異物が入っているということは、同時に、耐えず局所が開いているということである。それは絶え間ない尿意に襲われていることと同義である。それがもたらす羞恥は、子供のときのおもらしの比ではない。
 股間から這い上がってくる巨大なムカデは、少女の理性を完全に曇らせる。だから、教師の言葉もこのように聞こえることになる。

「みなさん、榊さんには秘密があります ―――」

 教師の声に従って、クラス中がごおっとなる。それに煽られるとさらにあおいを責め立てる言葉が、彼女の口から発される。
「榊さん、立って下さい。そして、スカートを捲ってください」
 あおいは、巨大な鉈(なた)で脊椎を割られるような衝撃を受けた。この先生はいったい、何を言っているのだろう。少女は、訝ったが、同時にその発言が正鵠を射ていることを思いしらされる。なんと言っても、少女の股間は不自然な金庫によって閉じられているからだ。
 そして、教師の発言はさらに情け容赦なくなっていく。
「はい、みんなで榊さんの秘密を調べてみましょう!」
「賛成!!」
 机が、椅子が、恐怖の宣告をする。それは世界の終わりに天使が鳴らすラッパにも酷似している。
「いや!やめて!!」
 たまらなくなって泣き叫ぶあおい。しかし、次の瞬間、その声によって何かを思い出したのである。 それは別名、現実という。今まで、あおいが体験してきたのは彼女じしんが紡いだ悪夢だった。
 最初の教師の言葉はこうである。
「榊さん、黒板まで来てこの問題を解いてください」
 次は ―――。
「どうしました?」
 クラスメートのざわめきも、あおいに対する同情に満ちた温かいものだった。何もかも真逆の方向にベクトルが向かってしまった。心ならずも、誰かの声が合図となってあおいは意識を失ってしまった。その声をあおいにとっては何かの引導だったのだろうか?
「榊さん?」
「あおいちゃん!?」
 教師の声と、啓子の声、そして、クラスメートたちの声。それぞれが渦を巻いて、ぐるぐると少女を螺旋の中心へと落とし込んでいく。

―――う、失っちゃいけない。そんなことなったら、バレちゃう! ぜったいに知られてはいけない、秘密が!!

 意識をはっきりさせようと、息込んだが、いちど折れたタンポポの茎が元に戻ることは、ほとんどないだろう。
足に入れようとした力がしだいに抜けていく。ただの棒に変化していく。そして ――。

 暗転。

「朝から具合悪かったのよね、ムリするから」
「・・・・・・・・・・!?」
 無責任な保険委員を睨みつけておいて、啓子はあおいに駆け寄るなり抱き上げた。その仕草があまりに自然なので、教室中、一枚の絵を見ているような気分になった。時間が停止したのである。
教師ですら、まったく手を出すことができなかった。
 そうこうしているうちに授業のおわりを告げるチャイムが鳴った。

テーマ:小説 - ジャンル:アダルト

『マザーエルザの物語・終章 27』
 ちょうどそのころ、5年B組の教室では赤木啓子が入室したところだった。教師に命じられた書類運びという任務を果たし終えようとしていたところである。それを重々しそうな動作で教壇に置いたところ、友人が話しかけてきた。

「赤木さん、あおいのお姉さんが来てたわよ」
「え? 有希江姉さんが!?」

 その驚きと喜びが微妙にブレンドされた表情を見ることは、あおいと言えどなかなか見られる代物ではない。
 かつてよりもクラスに溶け込み始めた啓子だが、そのプライドの高さと高踏ぶりは、彼女を畏れさせるのに十分だった。あおいがいなくては、やはり、双方ともに何処か気まずい想いを否定できるにいるのだった。
 友人に、その表情を見て取ったのか、笑顔を継続しようとしたが、無理に笑顔を作ったために、余計に畏れさせただけだった。
―――――あおいがいなくては、だめなのかしら。

「赤木さん?」
「・・・・・」
 クラスメート同士において、ファーストネームで呼ばないのは、啓子だけである。あおいは当然のようにそのように呼ぶが、他の子たちはやはり敷居が高いと感じるらしい。
「ああ、そうだ。有希江姉さんが来てたのね? そうだ。」
 何時にない落ち着かない足の運びで教室を飛び出すと、何時ものところへと脱兎のごとく走り出した。
「こら、教室では走らない!」とある教師は怒鳴り掛けて、その対象が普段は大人っぽい啓子であることを報されて驚きを隠さなかった。

――――きっと、あおいったら有希江姉ざんに叱られているんだわ。現場を押さえてとっちめてやる!
 まるで3人目の姉になったつもりだった。上履きのゴムが床に突き刺さりそうな勢いで目標まで駈け抜けた。

「あら、啓子ちゃん ――――」
「有希江姉さん ――――」
 角を曲がったところで長い廊下を介して、ふたりは互いを確認し終えた。
「よう」
「また、啓子が何か、しでかしたの?」
 二人の間に通わされる空気は、一種特有のものがある。それはかつてのあおいさえ入れそうにないくらいに壁が厚い空間だった。

「ああ、忘れ物さ、それもこの子が忘れそうにないものなのよ。驚きよね」
 有希江は、あおいの肩に手を回した。思わず身体を硬くするが、それは啓子には伝わらない。今、彼女はそれどころではないのである。
「何を忘れたの?」
 その口調は、とうてい年上に対して行われるニュアンスではない。何か、同胞に対するような、もっと違った見方をすれば年下に対する態度にも見られかねない。
 もしも、この学校で彼女にそのような態度をする学園生がいたならば、よほどの勇気の持ち主である。きっと一睨みされて、退散してしまうのが関の山だろう。
 一方、有希江にしても、不思議な感覚をこの少女から受け取っていた。「姉さん」と呼ばれても、何故か妹のように感じない。
 じっさいに妹ではないのだから、当然だと思われるかもしれない。だが、それは違う。姉妹のような深い親愛の関係を保ちながら、さいしょから、それは上下の関係ではなかった。目と目が合った瞬間から、深い信頼の情を感じ取った。まるで、すべてを受け止めてくれる大海のような錯覚を有希江は見たのである。当時は、さすがにプライドの高い有希江のこと、混乱したことは言うまでもない。それは、今でも継続中である。
 
 それを追い払うように、有希江は口を開いた。
「この子、コレを忘れたのよ、こともあろうにね」
「ァ」
 小さく叫び声を上げたあおいから弁当箱を奪い取ると、あおいの頭を軽く叩いたのである。
 いたずらっ子ぽく笑う姉の顔は、少女に衝撃を与えた。
―――私よりも、好きなの?
 どうして、「かわいい」と思わなかったのだろうか? その答えはこの世界の誰も出すことができないだろう。本人ですら、この時点では解答の伏線すら得ていない。
 「好き」と「かわいい」ではニュアンスという点において重要な相違が存在するのだ。両者には大海が横たわっていると言って良い。地図的な立場から睥睨すれば、海峡程度の差異しかないように見えるが、いちど、着水してみればその広さが確認できるはずだ。
 英仏海峡を思いだしてほしい。地図上からすれば今にも互いに触れてしまいそうな距離にあるが、じっさいに泳ぐとなれば話は別になるだろう。
 さて、小学生と高校生。たがが4,5年の違いになるが、30歳と35歳の違いとは、自ずから性格が異なる。その両者に間に横たわる海峡には、英仏海峡ほどの差異もないとすら見受けられる。すこしでも、手を伸ばせば触れてしまうほどに近い。あおいは、そんな両者に嫉妬した。啓子だけにではない。有希江に、もである。
「あおい、何を狐に摘まれたような顔をしているのよ、初等部には狐なんていたっけ、姉ちゃんがいたころにはいなかったわ」
 かつてと変わらない表情を見せる有希江。あおいは、どうやって返したらわからずに、いっしゅんだけ戸惑ったが、すぐに、過去のテープを巻き戻してみた。

「・・・・・・・・・・・それって何十年まえ・・・です、じゃない?」
 カカと笑った姉は、小憎い冗談を言った妹に親愛の情を示した。要するに、妹にガバっと抱きついたのである。端からみれば、仲の良い姉妹それ以外には見えない。しかしながら、啓子はそうは見なかった。あおいの受け答えに何やらふしんなものを見て取ったのである。

―――――あおいちゃん?
 啓子は、とつぜん鳴り始めたチャイムの音に、巨大なダムの門が閉じる光景を思い浮かべた。それが、ギロチンの刃が落ちる映像にも見えたのはどういうわけだろうか。
「有希江姉さん ――」
「何?」
 有希江の笑顔に、啓子は危ういものを感じた。しかし、その具体的な内容を摑むことはできない。その面はゆい思いは、しぜんに少女の顔を曇らせた。
 しかし、その曇りを押し払うように、掌を向けた。まるでその白い輝きがいっきょに天候を好転させるかのように。

「じゃあ、また」
「オッケー」
 有希江は、にこやかに啓子に視線を返した。一方、あおいは、複雑な気持ちをさらなる迷宮へと追い込むだけだった。本来ならば自分に与えられるはずの笑顔が、自分を通り越して啓子へと向かっている。
 ここは本当に、自分が生まれて育った世界なのだろうか。何かの弾みで別の世界へと足を踏み入れてしまったのではないだろうか。あるいは、自分はここにいない人間なのかもしれない。単なる造物主の錯覚か思い違いにすぎないのかもしれない。
 もしも、かれが正気を取り戻した暁には、正真正銘消え失せることになる。みんなの記憶からも消え去っていくことだろう。榊あおいなどという人間は、最初からいなかったことになるのだ。
 となれば、いじめられている今の状況は、まだしも幸福だと言えるのかもしれない。あおいは、神さまが正気を取り戻すことを怖れた。いや、もっと言うならば、意識を失ってほしかった。そうすれば、元の世界に戻れるかもしれない。あの幸せな日々に居を戻せるかもしれない。
 
 股間の中に残された異物のことも忘れて、あおいは夢想の世界へと翼をはためかせていた。それを現実の世界へと引き戻したのは、啓子の一撃だった。
肩を軽く叩いただけである。
「ほら、何してるのよ、もうすぐ授業だよ」
「ぁひい・・・・」
「あおい?」
 啓子は、もちろん、元気のないあおいに喝を与えるために行ったのだ。
 しかし、それはあおいの身体に埋め込まれたバイブレータのスイッチをオンにするだけだった。もちろん、じっさいにそのおぞましい機械が仕込まれているわけではない。有希江は望むだろうが、少女の肩にそのボタンが設置されているわけでもない。身体に与える微弱な刺激があおいの股間を直撃し、内部のものを密かに、攪拌したのである。

「ぁあああう・・・・・・・」
 ほんらいならば、存在しない神経に少女は困惑させられた。ここには、啓子がいる。そして、教師や学園生が廊下を歩いている。
 ここは公的なばしょであり、着用している制服は彼らにそれを暗に命じている。それは当然のことながら、自分にも当てはまるはずだ。それなのに、厳粛であるべき学校で、自分はこんなハレンチな感覚に呻いている。あおいは消えたくなった。さきほどの思いを否定するような結論。自分はどんなにいじめられることになっても、存在していたい、生きていたいと希ったわけではなかったか。
 
 足をふらつかせながら、教室へと向かう。その間、啓子と何を話したのかよく憶えていない。彼女が弁当を忘れて、有希江に持ってこさせたことを、啓子に笑われていたらしい。彼女の罪のない笑声が耳にこびりついている。
 これまで、なんども振りかけられた友情と諧謔に満ちた耳に心地よい声であった。 
 しかし、今となっては股間の異物を震わせる声や足音たちと変わらない。けたたましい児童たちの笑顔や声、それに足音は、あおいを脅かす。それらは、束となって少女の幼い官能を刺激する。
 そして、そのひとつひとつにいちいち反応してはビクつく。啓子は、その様子を訝しげに見ながらも何も出来ずに自分の無力さを実感させられるのだった。それを打ち消すために、少女が行ったことは、あおいにイライラをぶつけることだった。親友がどんなにヒドイ目にあっているのか知らない少女は、容赦なく振り上げた木刀を打ち据えるのだった。

「いい加減にしなさいよ! 聞いているの?!」
「うるさいなあ、具合が悪いの! 見ててわからないの!」
 あおいは、残されたエネルギーを駆使して、かつて持っていた元気を見せつけようとした。啓子は、それを見抜けずにかまえて承けようとする。
「じゃあ、コレは要らないよね、私が食べてあげる!」
「ぁ、何を!?」
 あらよあらよと、言ううちにあおいが持っていた弁当を、啓子は奪ってしまった。あおいは必死に手を伸ばすが、取られまいと弁当を振るので摑めない。掌の珠を奪われた怒りを爆発させて奪い返そうとするが、その動きが自らの股間を直撃した。

「ッゥアアア・・・・あう」
「あおいちゃん?」
 人の痛みを知るというのは、本質的には不可能である。しかし、それをしたいと思うのは、心ある人間の悲しい性質である。我に帰ってた啓子は、卵を割らずに黄身を手に取ろうとしていた。もどかしい思いに苛立ち、その持って行きようのないエネルギーを、啓子もまた、あおいの官能に似た振動に身を悶えさせるのだった。

 

テーマ:小説 - ジャンル:アダルト

『マザーエルザの物語・終章 26』
 ここは、5年B組の教室。依然としてあおいの行動が波紋を呼んでいる。啓子は、親友の変容にどうやって対応したらいいのか、戸惑っていた。そして、クラスメートは二人を嵐の中心として、ただそれが過ぎ去るのを見守ることしかできない。
 ここにいる誰しもが時間の停止を確信した。空気の分子の運動にいたるまですべてが静止し、何時になろうとも昼休みはおろか夜のとばりさえ降りないとさえ思われた。

  しかし、嵐を止める魔法の杖を持っている魔女はいきなりやってきた。

「ごきげんよう、私は榊あおいの姉だけど、妹はいるかしら?」
 有希江の挨拶は別に奇をてらったところは見受けられず、用件をそのまま言葉に表現しただけのことだった。しかし、その言葉はあおいに相当の衝撃を与えるだけの力を持っていたことは事実である。
 もちろん、そのことは彼女だけに通じることで、クラスメートたちにとってみれば、用件以上の意味があるわけではない。それは当然のことであろう。だが、あおいは、それに必要以上に怯えているのだ。
 しかし、一方で、前もってこの事態を覚悟しているようにも見えた。

 唯々諾々と従うその姿は、けっして青天の霹靂というわけではなかった。
 クラスメートは、しかし、過去の歴史から、それをよくあることだと受け止めていたのである。なぜならば、悪さをしたらしいあおいが姉に首根っこを摑まれ、連行される場面を何度も目撃してきたのである。その時も、もちろん家族であるという理由と、彼女個人に対する普遍的な信用から、通行証を貰っていたのである。
 だから、今回もいつものことだと高をくくっていたのだ。

「あおいちゃん、顔色が悪いようだけど?」
「・・・・・・・・・・・」
 廊下を歩きながら、姉を見上げるあおい。自分の足で歩きながら自分の足で歩いているような気がしない。まるでベルトコンベアに乗っているかのようだ。ちなみにその末路は言うまでもなく地獄のことだ。
「おかしいわね、どうしちゃったの?」
「・・・・・」
 すべての事実を知りながら、有希江は、言葉の鞭をふるい続ける。それに対応できるたけの鎧を用意していない。下半身に起こっている出来事がそれを阻害しているのだ。
―――ああ、もうだめ・・・・・。 
 あおいは、登頂寸前のアルピニストのように息も絶え絶えの状態に陥っていた。姉の歩みに付いていくのが相当にきつい。別に彼女は早歩きをしているわけではない。

「さっさとしなさいね」
「お、おじょうさま・・・!?」
 急に睨みつけられたあおいは、太陽を背にして大鷲にロックオンされた野鼠のように怯えた。逆光のために、大きな翼を広げたその姿は悪魔の影にしか見えないが、ただ怖ろしい目だけが爛々と光っている。
「学校では、姉さんでいいわよ。私のことは有希江姉さんって呼ぶのよ」
「・・・・・・・・・・・」
 有希江は、哀しそうに俯く妹の横顔を見つめた。まさに、肉食獣の獲物を見る目である。その鋭い目つきにはたしかに強い意志が感じられた。何の意思か?一言で表現するならば、所有欲である。目の前のものをしっかりと摑み、我がものとし、絶対に離さないという確信に近い意思のことである。

――――あおいは、いったい、みんなにとって何なの?
 下半身に突き刺さる辛いナイフに苛まれながらも、あおいは、有希江に引きずられるように歩いた。馴染みであるはずの廊下が、まるで刑務所のそれのように見える。
 親しい友人たちや同級生たちが、自分をあらぬ罪で閉じこめ拷問を加える獄吏としか見えなくなった。
 もちろん、啓子だけはそのような範疇から外れるが、その他の者たちは、みんな少女を苛むことを職業にする集団にしか見えなくなっていた。
 ここで職業と表現したのは、個々、個人の意思によってではなく、何やら集団的な思想によって自分を追い込んでいるように思えたからである。
 もちろん、当時のあおいにそれを言語化はおろか、しっかりとした概念にまで組み立てる能力があったとは思えない。だからすべては少女の無意識に描き込まれた断片にすぎない。
 ただ、下半身の秘密を啓子だけには知られたくないと思った。よもや、そういうことで、有希江が脅迫してくるのではないかと考えると、今すぐにでも焼却炉に身を投げ出すような衝動に駆られるのだった。大切な友人たちの目の前で、恥ずかしい姿を晒すのである。想像するだけで身の毛がよだつ。
 少女の肌は鳥肌が立っていた。それを見逃さない有希江ではなかった。

「あおい、本当にどうしたの?」
「・・・・・・・・・!?」
 あおいは、有希江の態度が不思議でたまらなかった。衆人の目があるからかもしれないが、自分が熟知していることを、わざわざ聞いてくるのだ。
――――有希江姉さんがやったことじゃない!?
 有希江に知られないように睨みつけた。その時、彼女の視線は別の処にあったのだ。人間の目は、本人すら気づかないうちにコロコロと何処までも転がっていく。あおいはそれに怯えながら、いちいち気を揉んでいなければならない。本当に、奴隷でしかない自分を再発見して哀しくなった。彼女が何処にいても、首輪と鎖は常に自由を奪い、少女を果てしない煉獄に繋ぐのだった。

―――――こんなことなら、少年院にでも閉じこめられていたほうがましだわ。
 あおいは知らなかったが、10歳という年齢では、かつては教護院と言われていた児童自立視線施設送りになるのが関の山である。
 歯医者だったか、何処かで読んだライトノベルズで読んだ狭い知識だ。
 そのような内容に意識が向かったのは、これからあおいが受ける陵辱から少しでも意識を避ける ――――意識が持つ自己防衛機構が働いたのかもしれぬ。だが、二人の目的地である『相談室』はもうすぐそこである。あの廊下を右に曲がれば ――――、リノリウムの廊下は何処までも白く、壁もそれに負けまいと白を誇っている。あおいは、何故か海の匂いを嗅ぎ取った。家族旅行で行ったハワイのさざなみを聞いた。これもまた防衛機構の作用だろうか。
 その時、あわや溺れようとするあおいを必死の形相で救ってくれたのが、有希江だった。その後、妹を危険な目を合わせた咎によって、母親にビンタを喰らった姉を、涙を流しながら庇ったものだった。母親の機嫌も元に戻って、みんなが事態の深刻さを忘れても、泣いていた。自分の出した涙で溺れそうになったところで、有希江が優しく言った。

「大丈夫だよ、あおいは何も悪くないよ、悪いのは私なんだから ――――」
 恐縮して居所を失った有希江が泣いていた。滅多に泣かない彼女の涙は、本当に美しかった。もしも舐めたら甘い味がするのではないかと、想像した。
 今、有希江の目を見てもそんな涙を発見することはできない。狐のように吊り上がった目にはドライアイを疑ってもいいぐらい表面を潤す分の涙すら見受けられない。
 いつの間にか、あおいは『相談室』に足を踏み入れていた。ドアを潜った記憶がない。

「はやく、ドアを閉めなさい」
「ぁ・・・・・はい」
 静かに命令する有希江に、あおいは従う。そのとき、自らの手で地獄の門を閉めたことに気づいていたであろうか。意識的にはそれを考えるまいとしたにちがいない。しかし、彼女の理性と手を繋いだ無意識は、明かにそれに気づいていた。これから始まるのだ。始まってしまうのだ。
 しかし、せめてもの抵抗、いや、許しを懇願してみた。
「ぁ、お、お願いですから、学校では・・・・・・」
「学校では?」
 わざと微笑を造って薔薇の花を咲かせてみる。それは妹の心をたぶらかすことができるだろうか。いや、そんなことは考えているわけがない。この質素な部屋をすこしばかり飾ってみたくなったのだろう、自分の顔を使って。
「それで、言いつけは護ったのかしら?」
「ハイ・・・・・・・ウ・ウウ・ウ」
 小さく肯いた後、すすり泣きをはじめた妹に、さきほどまで咲かせた花を萎ませた。
「・・・・・・・・・・!?」
 あからさまに不快な顔を見せた有希江に、怯えるあおい。
「じゃあ、おかしいじゃない。学校ではやらない約束ってどうなるのかしら? あなたが進んで ――

――してきたんでしょう?」
「そ、そんな?! 有希江、お姉さ、お嬢様に・・・・命令され・・・ヒ?!」
 言い終わる前に、部屋に乾いた音が響いた。有希江の平手打ちがあおいを襲ったのである。あおいは、あたかも流れる血を押さえるように打たれた頬を押さえる。

 ここは応接室という風に、一般的に言えば通じる部屋である。6畳あまりの部屋に設えられた、それなりのカーペットにそれなりのソファ。いずれも一般的な人間の目から見れば、高級品にちがいはない。ただし、榊家の人間からすれば「質素な」部屋にすぎないのである。有希江は、表面だけ「高級色」を塗りたくった女性の彫刻を睨みつけるとさらに畳み掛けた。
「口答えは許さないわ、ほら、見せてごらんなさいよ」
「ハイ・・・・・ウウ・ウ・ウ・ウ・ウ・ウ!!」
 氷雨と書いて、詩の言葉になるが、氷涙ではどうだろう。
 その冷たさで世界が氷ってしまうのではないかと思われた。あおいは泣きながら、スカートを捲った。
「あーれ? 何でこんな風になっているのかしら?」
 有希江が指摘するまでもなく、あおいの下着は濡れそぼっていた、まるで ―――をしたように。
「おもらしさんでもしちゃったのカナ? あおい赤チャンは?」
「ウウ・ウ・ウ・ウ・ウウウウ・・・ち、ちがいます・・・・ウウ・ウ・ウウ!」
 やっきになって、否定するあおいだったが、その言葉には何処か説得力がない。それもそのはず、自分で信じていないことを人に訴えるのはナンセンスというものである。
「何度、拭ったの?あなたのいやらしくって臭い液を?」
「・・・・・ア・・あ、3回です・・・ウウ・ウ・・・ウ」
 トイレの個室で、そのおぞましい液を拭うのが日常だった。
 
 ここは密室とはいえ、部屋の外には他人がいる。だから、自然と声は低くそして、耳の側で囁くかたちになる。あおいの耳に地獄から響くような声が聞こえる。
「そう、そんなに拭ったの?」
 有希江の息づかいや体温までが、耳を通して伝わってくるようだ。
「もう、許してください、学校では・・・・・・・・・」
「いやだったら、従う必要ないじゃない。こういうのが好きだから従ったんでしょう?」
 泣き続けるあおいの目に、有希江は、視界に入っていない。
 それにも係わらず、姉の顔や表情の細かなところまで手に取るようにわかる。今、いったいどんな顔で自分を責め立てているのか、その時、どのように目が開かれているのか、口がどのように歪んでいるのか、それらすべてがあおいに引き寄せられてくる。いや、それぞれ独自に手がついていて、あおいに摑みかかってくるようだ。

「ほら、誰がスカートを降ろして良いって許可したの?」
「ぁっつ!?痛い?!」
情け容赦なく大腿のもっとも柔らかい部分に有希江の爪が食い込む。あおいは強烈な痛みのために、禁を破って大声を出すところだった。それをすんでの所で防いだのは、このような場面を他人に視られることはとうてい耐えられないことだからである。
 想像を絶する恥ずかしさのために、あおいの顔は林檎になっている。果実ならば赤ければ赤いほどに甘くて上等なのかもしれないが、それが人間の頬ならば、恥辱と屈辱を同時に表していることになる。
 有希江はその林檎をすぐにでももぎ取って食べたくなった。しかし、ここは少しでも様子を見て、言葉で攻めることした。

「これはお漏らしね、あおいちゃん?」
「ち、ちがいます・・・・」
 有希江はほくそ笑んだ。次ぎに言うべきことは決まっている。
「じゃあ、何でこんなことになっているのかな? わかりやすく説明してくれない?」
 少しおどけた風に言ってみた。それは有希江だからこそ恐怖が倍増しになった。これが普段から冗談で生きているような人間では、何処からが本気でそうでないのかわからなくなって、しまいには誰にも相手にされなくなる。
 姉の本性を知っているだけに、あおいは、余計に背筋が寒くなるのだった。
「さあ?」
「・・・・・・・あ、愛液で、濡れています」
 あおいは、かつて有希江に教えられた言葉を鸚鵡替えしにした。何となくそれが恥ずかしい単語だということは推測できたが、それにまつわる具体的なイメージはと聞かれると、ピンと来ないのだった。だからこそ、簡単に言葉があの可愛らしい唇から零れてきたのだ。
「そう? 愛液って何?」
「・・・・・・・・・」
 わかっていることをわざと聞く。これが有希江の攻め方の常套手段である。それを洞察できるあおいだからこそ、そのいやらしさも十分に理解できた。
「お、女の子の、おち、おちんち・・・んを・・・・ウ・・ウウ・ウウをい、弄ると出てくる、え、液です。いやらしいと、た、たくさんでてきます・・・・ウウ・ウ・・・ウウ」
 だからこそ、有希江はこのような言い方も教えたのである。10歳の少女であっても口の出すのが憚られる言葉はそれしか、有希江には思い付かなかった。
「そうなの、あおいちゃんはそんなにいやらしい女の子だから、そんなになっているのね、恥ずかしいコ!? ふふふ」
「ウウ・・ウウウウ・ウ・・・」
 有希江は、自分の言葉にいちいち反応している妹に、いかにも満足そうな笑顔を浮かべた。

「ふふ、そろそろ時間ね ――」
―――え?
あおいはきょとんとした顔で姉を見上げた。
「あれ? 拍子抜けかしら? もっと可愛がってほしかった?」
「そ、そんな、ちがう!?」
 あおいは、赤い顔をさらに火照らせて抗議する。かつての彼女の姿をかいま見ることができて、有希江は頬笑ましい気分になった。どうして、ここで不敬の罪を着せて、罰を与えなかったのか、自分でも説明できない。矛盾する思いに不思議な気分になった。
 目の前の子犬のような存在を本当に恨んでいるのだろうか。それは、おいおい泣きながら床を見つめている。そんな彼女を見ていると、かって当然のように抱いていた感情に持て余すのだった。
 黙って部屋を後にしようとすると ―――――。
「あの、ゆ、有希江おじょうさま・・・・・、まさか、学校終わるまでこのまま」
「そうだ、忘れていたわ、コレ」
 有希江は、あおいの意思を無視して、まったく関係ないことを言った。あおいは頭に軽くぶつけられたものを見て驚いた。本来ならば見慣れているはずのその物体は、数学で言う直方体だった。そして、微かに美味しそうな匂いが漂ってきた。

テーマ:小説 - ジャンル:アダルト

『マザーエルザの物語・終章 25』
 再び、あおいと啓子がニフィルティラピアという地名を耳にするのは、もうまもなくのことである。しかし、マザーエルザという固有名詞を聞いたのは2度目のことだった。その授業はマザーと呼ばれる修道女の手によって行われる宗教の時間に行われている。
 しかしながら、宗教とは言ってもことさら戒律じみたことを強制するわけでもないし、学校が奉ずるキリスト教アリウス派の信仰を強いるわけでもない。ただ、聖書を通じた物語を通じて、物の道理を教えるだけである。
 言いようによっては、もっと、意地の悪い表現も可能だ。薄い毒を飲まされているということである。精神の発育に準じて、キリスト教精神をやんわりと教え込まされるのだから、そのやり方は頭の良いやり方だと言えるだろう。
 事実、卒業してから改めて洗礼を受ける生徒もいるのである。その割合は、日本のキリスト教信者の割合を考えると、突出した数字なのだ。
 この段階において、あおいと啓子がどれほどキリスト教に毒されているのか、本人ですらわからないだろう。ただ、ふたりの言動からあるいていど、その影響を受けていることは確かだったと思われる。
 ただし、この授業がどれほど与していたのか、やはり、はっきりとしないが・・・・。

「はい、今日は宿題の発表会を行いましょう。そうでしたね、マザーエルザについて調べてくるはずでしたね ――――榊さん」
 浅黒い顔をくしゃくしゃにして、シスターテオドラは定型句を言った。そのとたんに、教室中に罪の薄い笑いが木霊する。そう、その定型句は枕詞のようなもので、その次ぎに榊あおいという固有名詞が並ぶのだ。それはこのクラスの決まり事だった。
 しかし、シスターもクラスメートもいつにないあおいの様子に訝しく思っていた。

「どうしたの? 具合が悪いの?」
「ほら、百合河さん、私の言いたいことはわかりますね」
「はい、私語は禁止です」
「よくできました」
 名指しされた少女は恐縮して答えた。しかし、心配そうな視線を送ることは止めなかった。あおいの足を見ると小刻みに動いている。その証拠にコトコトを音が鳴っている。椅子が唄っているのだ。

――――きっと、熱があるんだよ。

 次ぎに、あおいの第一の親友だと目される啓子に視線を走らせる。彼女はあおいよりも前に座っているために、異常に気づかないようだ。いや気づかないはずはない。敏感な啓子のこと、この教室に漂う微妙な空気を察知しないはずはない。
 この教室に、1デシリットルでもレモンの果樹液を垂らしたら、間髪入れずにその正体を明らかにしてしまいそう。それほどまでに敏感で神経質だと知られていた。あおいが彼女と仲よくなる前は、みんな、怖くて話しかけるのも憚られるほどだった。

―――具合悪そう。
 さらに、あおいを気遣う少女。いや、彼女以外のだれもが心配していた。太陽に比べられるほどに明るかったあおいがどうしたと言うのだろう。大袈裟でなくて何事か恐るべき事が起こるのではないかと、みんな本気で心を砕いたのである。
 だが、そんなことを察知できないシスターテオドラではなかった。
 ただ、規律を信望するあまり、クラスメートの指摘を注意したのである。内心では、それを喜ばないはずはなかった。友愛は、彼女が奉ずる宗教が第一にあげる思想だった。だから、友人への気遣いを喜ばないはずがあろうか。

「榊さんどうしましたか?」
「い、いえ、なんでもないです・・・・・」
 何でもないという顔ではなかった。いつもならほんのりと赤みを帯びた頬は青ざめ、心なしか頬が痩けているとさえ表現できそうだ。あんなにピチピチと生気に満ちていた少女の肌は、病人のそれのように温度を感じさせない。まるで発泡スチロールのようだ。
 しかし、滑らかなその肌は一方で、亀の甲のような美しさを漂わせていた。鼈甲が醸し出す大人の雰囲気は当然のことながら、小学生の子供が出せる空気ではない。シスターは、訝しげに少女の顔を伺うと言った。
「保健室に連れていってもらいなさい、保険委員は誰でしたっけ?」
「はい、私です」
「あ、私が」
「駄目です、赤木さん ――――」

 シスターは啓子を制するように言った。規律をこよなく愛する身として面目躍如の説諭を行ったわけである。親しい友人である啓子が連れて行きたいと思うのは人情であるが、ここは保険委員にまかせるべきだと。その言い分は理路整然としていたので、啓子が口を挟む余白はなかった。
「大丈夫?」
「うん・・・・・」
 伊東俊子は、あおいの言うことを額面通りに受け取るわけにはいかなかった。青白い汗を額に滲ませたその姿は、どうみても正常には見えなかったからだ。しかし、たしかに普通ではなかったが、病気では ――なかったのである。

「ウウ・ウ・、いえ、大丈夫です、先生・・・じゅ、授業を受けさせてください」
 あおいは懇願した。ここで保険医に診察されることだけは何とか避けたかった。幼い少女の自我は、秘密が露見してしまうと思ったのである。 ―――下半身の秘密が・・・・・。テオドラが大人の女性の直感によって、それを見抜いていたのは、大人の女性としてとうぜんの成り行きだった。官能を憶えているとき、女性は変わるものである。
 しかし、それがたった10歳の少女に、それが訪れるとは夢にも思わなかったのである。洞察できなくて当然だ。しかしながら、あるひとつの可能性があった。それならば、納得がいく。さいきんの子は早いと聞く。テオドラはその可能性を見た。

「あおいさん、あなた ――――。ここはたしかに保健室に行ってもらわないといけません」
 ただでさえ、峻厳なシスターの表情がよりいっそう厳しいものになった。あおいには、それが鋼鉄の壁に思えてならない。しかし ――――。
「うううっ!?」
 シスターの手があおいの首に絡まるとカラーごと、身体にめり込んだ。それは少女の主観である。  恐怖に基づいた主観は、ただしい見方を誤らせるものだ。

―――――このことを知られたら終わりだ。学校にいられなくなる!!もう、たいせつなものを失いたくないわ。
 
 あおいは、絶望の空の下で呻いた。もはや舌は味を感じる器官ではなくて、単なる口腔内の異物にしか思えなかった。プラスティックかゴムを咬んでいるいやな感覚が口中に広がる。そして、俄に苦い味も同時に感じた。
 もちろん、それは異物そのものの味ではなくて、自らの唾液そのものが催す味にすぎない。言い換えれば、じぶんじしんを憎悪しているということになる。もちろん、小学生にすぎないあおいに直截的に得た事実を論理的に説明させることはほとんど不可能である。
 ただ、単純に気持ち悪いとしか答えられないだろう。

「せ、せんせい、お、お願いですから・・・・」
「あおい、駄目だよ、先生の言うとおりにしないと ―――」
 いきなり啓子が立ちあがって親友の元に近づいた。両手を握ってみる。なんという手の冷たさだろうか。
 彼女の言いようといい、あおいをいたわる視線といい、絶対に彼女に対する以外では見ることができない表情だった。
 その時である、啓子を驚かせる事件が起こったのは。
「触らないで!」
 
 空気を劈くような声は、すくなくとも、声変わり前の少女のそれではなかった。あるいは過去から響いてくるような声だった。
 その声とともに、あおいの右手が動いたのである。啓子のぬくもりを感じたとたんに、それは動いた。そして、啓子の頬を平手打ちにしていた。

「・・・・・・・・・・け、啓子?!」
 実は殴られた啓子よりもあおいの方が心を乱していた。クラスメートたちは驚いた。あおいの表情は、かつて見たことのある顔でなかった。幽霊のように青ざめた顔に、一筋の涙ができている。その表情はとうてい自分たちを同じ年齢の少女には見えなかった。あきらかい大人の女性がそこにいたのである。
「ぁ、ご、ごめん、啓子ちゃん」

 まるで親友の名を確かめるように言い直す。ふたりの間に悠久の歴史が控えているように見えた。永遠の宇宙が背景になっているように見えた。そこはふたりだけのために神が用意した特別な空間なのか。
「ご、ごめんなさい、大丈夫です・・・・・」
「榊さん ――――」
 シスターが畳み掛けようとしたときに、都合良くチャイムが鳴った。しかしながら、誰にとって都合がいいのか、あおいにとってか?
 少女は、ある人物を思い浮かべて、勝手に怯えていた。それは榊有希江その人である。聖ヘレナ学院、高等部一年生に所属している。
「榊さん、お昼の後でも具合が悪かったら保健室に行くのですよ」 
 半ば投げやりに、言葉の数珠を壊してやや控えめに、教室にばらまいてシスターは教室を後にした。残されたのは、大魚を逃した釣り師のような児童たちだった。
 
 シスターテオドラの足音は時計の秒針に似ていると言う。たしかに、正確無比な音は彼女の性格を暗示している。まるでウォーキングの模範のように前を向いて颯爽と足を運ぶその姿は学園の時計と言われるだけはあった。
 そのシスターがかつての教え子を見つけたのは、螺旋階段に足を踏み込もうとしたときだ。有希江の秀麗な顔が上がってくるところだった。教え子と書いたが、この学園の教諭に名を連ねているかぎり、ほぼ全員が教え子のはずである。
 ただし、有希江は、いや、彼女に限らず榊姉妹は、四人とも何かしらの理由でシスターの脳細胞に刻まれている。どの子もいちど顔を見たら忘れられない。
 長女の徳子は、型どおりの優等生であるが、その型に支配されずに、自らが型になり変わってしまうほどの力量を備えていた。一方、次女の有希江は型破りであるが、型を卒業しているだけの自身を兼ね備えていた。
 シスターが、まず声をかけたわけだが、第一声はまさに彼女らしい言葉だった。「あら、榊さん、ここは初等部ですよ」
 有希江は、形の良い唇を上品に開けると、懐かしげといった風に返事を繰り出した。

「先生、許可はもう取ってあります。家族の話がありますので、母の言付けです」
 シスターは教え子が差し出したものを見て思わず噴き出してしまった。それがあまりにあおいらしかったからである
「あら、あら、榊さんがこの世でもっとも愛するものじゃない。天変地異でも起こりそうね」
――――もう一回、処女懐妊が起こるかもしれませんよ、明日ぐらいに、私のところに告知天使が来られるかもしれません。
 有希江は、冗談を言う相手を心得ている。だからその言葉を呑みこんだ。同じ言葉を彼女が所属するクラブの顧問に漏らしたところ。
「お前、よくこの学園でそんなことが言えるな、時と場所をわきまえろよ」と峻厳な顔で言われたものだ。もっとも、その後押し殺したような笑いに部室が充満したのだが。

「あ、そうだ榊さん ――――」
 有希江が立ち去ろうとしたとき、シスターは彼女の耳に何か囁いた。
「そうですか? いちおう聞いてみますね。そういうことならば、応対室を利用していいですか?父兄ってことで」
「初等部の? わかったわ。担任に言っておくわ」

―――――さすが、オトナの女ね。でもまさかってことがあるから・・・・・・・・・。
 有希江はほくそ笑んだ。昨日の昨日まで、妹の局所を弄んでいたのだ。それが起こったか、起こらなかったのか、知らないはずはない。もっとも、今のこの瞬間に起こるということもじっさい、あり得ない話しではない。
――――ふふふ、告知天使があの子の元にやってきたのかしら?
 まるで、ライトノベルズの題材になりそうなストーリーをフライパンで料理しながら、有希江は、彼女の子供の部分にダンスを踊らせた。
 もうそろそろあおいの教室だ。小学生たちは有希江を見つけると、誰も感嘆の声をあげる。彼女に振り向かない人間は、教師をふくめて誰もいない。
 それに加えて、誰も彼女を単なる学園生としてみなさない。高等部の生徒が初等部に侵入するのは、校則違反のはずなのに、教師の中で、それを指摘するのはシスター以外にいなかった。
 それだけではない、この学園の制服である、古くさいブレザーには、ひときわ大きい十字架がデザインの常識を越えて生地を席巻している。
 それは単なる制服ではない。鎧だ。心と体の内外から、清い心を護るための防具なのである。
一見、制服は、この学校の校風を暗示するように厳格な鎧を纏っている。
 しかし、それだからこそ、この傑出した少女を閉じこめておくには、それは狭すぎるのだ。精神的にも身体的にも十二分に、鎧を突き破るだけのポテンシャルを誇っているのではないか。
 高等部卒業まで二年余り、この段階で見る人にそのような衝撃を与えるだけのものを確かに持っている。有希江はそれだけの少女だった。
 
 ある人物以外にとってみれば、彼女の到着は歓迎すべき事態のはずだった。
 ごく一名を除いて・・・・・・・・・・。
>>続きを読む

テーマ:萌え - ジャンル:アダルト