2ntブログ
いじめ文学専用サイト
主人公はu15の少女たち。 主な内容はいじめ文学。このサイトはアダルトコンテンツを含みます。18歳以下はただちに退去してください。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
『マザーエルザの物語・終章 30』
 ふいに、あおいは、寝返りを打った。啓子はそれに喜びの感情を素直に表すべきだったのかもしれない。しかし、少女の心にはそれと全く違う感覚が芽吹き始めていたのである。どんなにふっくらとした容姿を持つ人間でも、顔に鋭角を備える場所がある。
 一般に細面が美人の条件だと言われるが、たいてい、そのような人間は、その鋭角が鋭い。あおいもその例外ではない。首にブイの字を造る胸鎖乳突筋から顔につながるところ。即ち、顎である。  その部分から可愛らしい曲線を造る耳たぶに至るラインを見ていると、あるものが目の前にないことが悔やまれた。
 スケッチブック。
 そして、画材。
 後者は、すぐに視線に入った。校医が使うテーブルの上に赤い鉛筆立てが見える。まだ、20代後半だと思われる人間には、珍しく、鉛筆をわざわざナイフで削っているようだ。削り後が目に親しく感じた。最近の彼女が毎日行っていることである。鉛筆の匂いが嗅覚を刺激する。
 描きたい ―――。
 描きたい ―――。
 それは、ほぼ絵描きとして運命づけられた者にとって本能とでも言うべき衝動である。啓子は、親友が置かれた状態も忘れて、それを熱望した。
―――あった。
 机と壁にスケッチブックが挟まっていたのである。それが誰の者かなどという思考は、少女の脳裏に走ることはなかった。ただ、描きたかった。震える手で鉛筆とそれをもぎ取ると、まん中辺りを開いた。
 そして、しかる後に、黒鉛を紙の表面に走らせた。少女の身体が造る柔らかいラインがそこに再現される。まるで、身体を触れているような気分になる

――――デッサンは、目とともに手を使うんだ。触れるような気持でやりなさい。

 一体、誰の声だろう。啓子は、親にせがんで絵の教室に通わせてもらっているが、そこではもとより、正当な美術教育に基づくデッサンなどは奨励していない。ただ、思ったことを自由に描かせることをモットーにしている。

―――――どうしてだろう知っているような気がする。
 さきほどの声も、かつて知った絵画教室の教師の声ではない。時間と空間を超えた何処かから響いてくるような気がする。あえて例えるなら夢の中で師事したような気がする。先生の顔も仕草も憶えていないが、声だけは脳裏に刻み込まれている。
 啓子は、現在、自分が何処にいるのかほとんど意識に登っていない。それだけ夢中になって右手を動かしているのだ。
そんなようすをたまたま戻ってきた校医が見かねて、注意しようと立ち止まった。その瞬間 ―――――。
 二十代後半だと言う校医は、思わず言葉を失った。多少なりとも髭を蓄えているが、まるで明治期の男たちのように余計に威厳を備えようとしているのが、あからさまであり、その分よけいに若いというか幼く見えるのはどういうことだろう。
 校医は、その髭に手をやって、ただ凍りついたように押し黙っている。少女を叱りつけるという当座の目的を忘れて立ち尽くしている。
 あまりに、その絵が見事だったからである。
 スケッチブックに描かれているものに視線を走らせると誰も息を呑むと思われた。とても小学生が描いているとは思えない。もののフォルムとムーブマンを見事なまでに捕らえた仕事はとても素人のそれには見えない。
 実は、この校医は美術の心得があるのである。その証拠に高校は美術専門の過程だった。的確な人体デッサンには解剖学の知識が必須だが、それを勉強しているうちに、本格的に医学の勉強がしたくなって、その道へと進路を変更したという変わり種である。

―――あれ? この子の絵は何処か見た色を感じるな。あれはたしか ――――。い、い、何だっけ? この前、展覧会でやっていたはずだが・・・・・。もう歳かな? いやこの歳で、猪熊、井崎? 違うな、確か、東欧か何処かの人だったはずだ、日本に、帰化したはずだ・・・・・・。
校医は、どうしてもよく耳に親しんだはずのその名を思い出せなかった。その苛立ちを言葉で表現することで、解消しようとし た。

「ちょっと、君、ここで何をしているのかね?」
「あ」
―――あ、じゃないだろう?
 そう校医は思いながら、かつての自分以上に凍りついた啓子からスケッチブックを奪い取った。
「こんなところにあったのか、捜してたんだ」

「すいません。先生の持ち物とは露知らず ―――」
悪びれずに答える啓子。一瞬だけが、年齢らしい童女の態度をかいま見せたが、すぐに普段の自分を取り戻した。
「授業はいいのか ―――先生は戻られたんだろう?」
 気が付くと看護婦もいる。
啓子は、現在、自分が置かれている状況を思い直してみた。理由もわからず、倒れてしまったあおいを心配して、ここに来た。そして、看護室にいるはずの校医や看護婦がいないことに憤慨して ―――――。
 何故か、担任は教室に戻ってしまったのかいなくなっていた。そのことに、意識が回らなかったのは、ご都合主義というやつだろうか。
 しかし、授業中に、教室外に居を定めていることに不安にならないはずはない。
 自分は何処にいて、何をして理右のだろう。
 よく考えてみたら、担任は、あおいのことを見守っているように、言付けをしたはずだ。人間の記憶というものは都合がいいように変形されてしまうものだから、自分の出した結論に納得できない自分がいた。
 だが、あおいのことを気遣うというのは最重要事項のはずだ。
 そのはずの自分が絵を描いているなどと ―――――・
 
 冷徹な仮面の中では、冷や汗ものになっていたのである。いったい、自分は何をしていたのだろう。
校医は、腕時計を見遣った。そろそろ四限が終わる。教室に戻ったはずの教師が戻ってくるかもしれない。啓子のスケッチブックを軽い手つきで取りあげながら、校医は言った。
「人の紙に勝手に描いた責任は取って貰わなくてな。それに先生へのご報告もね ――」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 しかし、その声色からまったく怒っていないことが見て取れた。
「だけど、この絵をプレゼントしてくれたら、見逃してもいいかな。それに、これからちょくちょくと絵を見せてくれたら嬉しいかも」
 大の大人から友人のように扱われると、戸惑うものである。啓子もけっして例外ではなかったが、それを顕わにするほど子供じみているわけではなかった。あるいは、見防備ではなかった。
「そんな絵でよろしければ ――」
「じゃ、これは貰っておくよ」
 本来、自分の所有物だったものを他人から譲与されたように、大袈裟な仕草で有り難がる。それを、心の奥に破裂しそうな風船を隠し持って、立ち上がった。そして、そそくさと保健室を後にしようとした。
 校医は、そんな少女の背中に何事か掛けようと口を動かす。
「これはとてもよく描けているよ。君は本当にこの子のことが大事なんだね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 啓子は、ふり返り際に無言で校医を睨みつけた。それは当たり前のことを聞くなと言っているように見えた。
 しかし、すぐに前を向くと学校の廊下に消えていった。遠近法に乗っ取った消失点に向かって、そして、まっすぐに白いリノリウムの床に、同化してしまった。
 カラカラと床と上履きのゴムがぶつかり合う音を聞きながら、校医は、失念していたその名前を思いだした。

―――――そうだ、井上順だ。井上順先生。
 彼が高校時代の恩師が師事した画家だった。そのために、少しは気になっていたのだ。展覧会が催されていたことは、記憶の何処かに引っかかっていた――――これがど忘れというやつだろうか。
 スケッチブックを広げながら、そう思った。
―――親友か。
 寝台に乗せられている少女は、まだ、その姿勢を保っていた。
―――たしかに彼女を描いているのだろうが。
 何とも言えぬ違和感を禁じ得ない。それはなんだろう。小学生とは思えないほどにデッサンは正確なのだ。問題は、そのレベルの話ではない。
それが啓子の主観なのだろうが、どうしても画中の人物は年齢相応には見えないのだ。
 特に顎の鋭角。
 どうしても、それが校医の視力を吸収した。
 そして、尖った鼻。
―――え? 全然、尖っていない。
 それはデッサンがどうとかいう問題ではなかった。技術的に厳密に言えば、それは小学生の作品としてはずば抜けていても、しょせんは子供の仕事にすぎない。
 一通りの美術教育を受けた校医がその絵から受け取ったメッセージはそんなレベルのことではないのだ。
 印象。
 そう言う単語で片づけるのは簡単だ。だが、そう言ってしまうには、あまりにも陳腐すぎた。詩人を気取っている校医は、それを風と名付けた。

――――何やら懐かしい風が吹いてくるな。
 とたんに泣きたい気持になった。目頭が熱くなったところで、自分を取り戻した、背後から忍び寄ってくる看護婦の声もそれに荷担したのかもしれない。

「先生、どうなさったんですか ―――」
「いや、何でもない」
 平静を保ちながらスケッチブックを閉じた。
 それが閉じられるか閉じられないかという瞬間に、チャイムが鳴った。啓子は、何事もなく教室に入れたのかと軽く気になりながらも、渡された書類の山を処理し始める。学校という場所がらにもかかわらず、嘱託とはいえ、歴とした医師免許を持った医師がおり、その上、看護婦までもが揃っている。その恵まれた環境は、有名私立ならではのことだろうか。
 モニター上に次々と数字やら文字列を打ち込んでいく。それは俗にカルテと呼ばれるものだが、そのようなものが学校に常備されている辺り、とても尋常とはいえない。
まるで指の筋肉尿酸を溜めるついてに言った感じで、キーボードを打ち込んでいると、看護婦が年齢に似合わない若い声をかけてきた。

「先生、ちゃんと身分証つけないと文句言われますよ」
「そうだな ―――」
 校医は、縦6センチ、縦15センチの長方形に収まった藤沢省吾という文字を見つけて、今更ながらに、自分がそのような名前をしていたことを思いだした。それまで、別の感覚に支配されていたのである。
――――あのデッサンを見てからか、それともあの少女が担ぎ込まれてからか。
 省吾の視線に刺激を受けたかのように、あおいは目を開けた。そして ――。
「あ、ウウ・・ウ」
 少しばかり呻いたが、彼と視線が合うと、すこしばかり顔を赤らめて目をそらした。そして、起きるばかりか、寝台から降りようとする。

「ああ、もうすこしようすを見ようか。それとも家族の方を呼ぼうか、ええと ―――」
 少女の名前を失念した省吾であったが、すぐに思いだした。
「榊、あおいさんだったね ――――」
「・・・・・・・・?」
 どうして、あなたが知っているんですか?という顔で、少女は校医を見上げた。
 省吾は、その言葉を呼吸のついでとしか見なしていなかった。あまりにも、突然に、脈絡もなく出現したのである。100年も解けない難問に挑む数学者が小休止に、お茶を入れようと気を抜いたときに、小悪魔から妖しげな数字を囁かれたときのように、彼はそれを簡単に解答だと受け取ってしまったのである。
 だから、彼も何の注意もなく、その言葉がついで出た。
「ダンナさんによろしくね ―――?!」
「え?!」
 あおいは、口を疑問符の形に歪めたが、それを言った本人こそ驚いていたのである。
 それこそ気が変になったのかと、脳外科医の友人の顔が浮かんだほどだ。



テーマ:官能小説 - ジャンル:アダルト

コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック