由加里は、可南子に、命じられるままに、そのおぞましい料理を噛み続ける。
「ふふ、よく噛んでから、呑みこむのよ。そうじゃないと消化に悪いからね」
「フグウ・・ウ・・ウ・・ウ」
さらに畳み掛けてくる可南子の言葉に、戦慄すら憶える。由加里は、自分の口が自分のものではないような気がする。今、動いているのは、何ていう器官だろう。何のために上下しているのだろう。
咀嚼しながら、五里霧中の思考を続ける。
「あははは、タルタルソースはどうかしら?」
可愛らしい口の端から、はみ出た精液を見て、おもわず口元が緩む。可南子は、高笑いを響かせる。当然、声を抑えているために、それほど大きな声で笑うわけにはいかない。
しかし、由加里にとってみれば、ロックコンサートのスピーカーに縛り付けられるようなものだ。四方八方から、可南子の笑い声が、響く。それは、由加里の骨にまで染みこんでいく。
「これから、あなたが大好きになるものよ、食事しながら、ココをこんなにしちゃうなんて、さすがに、将来のAV女優ね、あははは」
「アゥウウ・・・・ひぐひぐ!」
由加里に、息つく暇も与えぬとばかりに、可南子の指が、少女の未成熟な性器に触れる。そして、しかる後に、貝を呑みこむ海星のように、その妖しげに長い指を、少女の苺に這わせていく。
「ググググ!、やあ・・・・・」
「ほら、ヤメテほしかったら、ちゃんと完食なさい、ほら、テレビを見てゴラン、あんな細い体で、あれほどの量を食べるのよ。それとも、本心はもっと弄ってほしかったりして! あはははは」
ちょうど、備え付けのテレビの中では、異様な競技が行われていた。可南子の言うとおりに、とても大食とは縁がなさそうに痩身の女性たちが、それぞれ、多量の食物をほおばっているのだ。
テレビの中で行われているのは、いわゆる、大食い大会である。
由加里の目をひいたのは、数居る競技者の中でも、ひときわ、華奢でひ弱そうに見える子だった。まだ、20歳をいくつも越えてないのではないか。見方によっては、少女といってもおかしくない。
たまたま、画面に顔が大写しになったので、由加里もはっきりと見る機会を得た。その卵形の小さな顔には、これでもかと化粧が塗りたくられている。まるで白粉のようだ。
しかし、べつだん、不快な印象をうけないのはどうしてか。ただ、何かから隠れようとする自我の哀しさだけが、異様に、際だつ。
それが、何か、彼女を別の惑星の人間のように見せていた。
由加里は、そこに自分との共通点を見て取った。
しかし、今は、他人の競技の心配よりも、自分もことをこそ気に掛けるべきである。まだ。少女が完食するべき、料理は、お皿の上で風変わりなダンスを踊っているのだ。しかも、吐き気を催すソースがたっぷりと、かけられている。
「はぐうぅ・・・・ぁああううゥゥ・・・・・ぁ」
「ははは、なんていう声を出すの? 何処までいやらしく出来ているのかしら?」
可南子の情け容赦ない指は、由加里の大事な苺を揉んで、ぐちゃぐちゃにしている。すると、中から、いやらしい液が、流れ出してくる。
果汁だ。
苺は、ひしゃげて、あふれる果汁によって、濡れそぼっている。
それを、さらに、ねりつけて、音がするほど、揉みこんでいく。
「あぶぅ・・・・・・・・!!」
おもわす、口の中のものがあふれそうになった。
しかし、そのような汚物で、身体が汚れることは、彼女の清潔感から見て、ありえないことだった。 だから、ひっしに、口の中のモノを押しとどめた。皮肉なことに、口の中ならば、耐えられるという命題が生じるが、それは深く考えないことにした。そう、大便をじかに触れるなどということは、ありえないが、じっさいに、人間はそれに触れているのだ。大腸という器官は、どんなに否定しようが、あなた自身ではないか。どうして、手で触れることは耐えられないのに、大腸ならば、我慢できるのだろうか。人間といういきものは、ほんとうに不思議な動物ではある。
いま、由加里は口腔をとおして、精液に触れているわけだ。
由加里は、しかし、それを考えないことにした。見えないものは存在しない。それが少女の考え出した苦肉の策である。
何の策か?自分をだますこと、要するに欺瞞である。そうしないと、どうかなってしまいそうだったからだ。鼻を突く刺激臭。それは、耐えられないことだが、少女自身の口腔から、催しているのである。 可南子が言うところの、タルタルソースは、じっとりと、唾液と絡み、少女自身の口腔にへばりつく。
可南子に、性器を陵辱されていることと、相まって、まさに強姦されているような気がする。まだ、フィクションでしか知らぬ行為を先取りしているような気がする。
マンガで見た、ある場面を彷彿とさせる。
ある少女が、男子に輪姦されるという、その手の劇画においては、よくある内容だ。
彼女は、犯されている上に、膨張したペニスを頬張らされている。それだけでなくて、艶ややかな髪の毛や、制服にまで、精液をぶちまけられている。
今の由加里は、その少女に酷似していた。
少女の口の中には、精液まみれになった食物が、詰め込まれている。それがペニスと何が違うというのだろう。女の子の大事な部分は、可南子によって蹂躙されている。これも、ペニスに攻め込まれるのと、何が違うというのだろう。
男性的な精神の発露という意味においては、何も変わることはないだろう。
「うぐぐぐィ!!」
さらに、下半身から迫ってくる肉感は、呑みこむことを邪魔する。
しかし、可南子はどう見ても、異性にはみえない。
想像のなかだけの、異性たち。
相手が見えないだけに、想像力をいやでも刺激した。
香取信吾、27歳とは、どのような男性だろうか。
―――そうだわ、子どもが欲しいんだったら、きっと、やさしい人にちがいない。
由加里は、すこしでも、言い方向に物事を考えようとした。しかし ――――。
どすぐろい白濁の臭いは、いやがおうでも、少女を陵辱するアクマのような男性像を彷彿とさせた。
――――ああ、からだが奪われる!
何かわけのわからない力に、身体を絡み捕られる。濁流に、揉まれて、子鹿は、為す術を持たない。茶色に汚れた水が、ありとあらゆる穴に侵入してくる。目や口はおろか、鼻の穴や性器や肛門まで、到るところすべて。逃れる方法はない。
しかし、濁流とても、流木や土石によってせき止められることもある。
そのとき、ドアが開いて、花束がまず由加里の視界に入ってきた。
「あ・・・・ミチルちゃん ―――!?」
由加里は、思わず、口の中をはきだしてしまった。まさに汚物としかいいようのないものが、吐き出される。いままでの努力は水の泡になったわけだ。可南子はほくそ笑んだ。
「・・・・・・・・」
由加里にとって、幸運だったのは、可南子が陵辱を止めたことだ。
二人の前で、それをされるのは、とても耐えられない。
ミチルは、黙って花を持ってき花瓶に活ける。
水を入れて、花をさすという一連の行為が、まるで予定されているように見えた。運動部の決まり切った練習のように、自動的で機械じみている。しかも、目の前で、由加里が食物を吐くという普通ではありえないことを披露されても、一顧だにしない。一連の行動を支障なく実行することだけに、重きを置いているようだ。
「み、ミチルちゃん、貴子ちゃん・・・・・・・・・・」
ほんとうに由加里の声が聞こえないのか。それとも、彼女の構音機能が、異常をきたしているのか。すると、いま、聞こえる自分の声は何なのだろう。単なる錯覚が、もしかして、気が狂ってしまったのか。いや、ミチルと貴子の姿すら、幻像かもしれない。
しかし、二人が幻像だとすると、可南子の反応はどうなのだろう。二人は、彼女とは会釈を交わし合っているではないか。
――――ミチルちゃん、貴子ちゃん、由加里はここにいるのよ! どうして無視するの!?
どんなに無言で、訴えようとも、目によって必死の懇願をさしむけようとも、二人は、可南子の姿しか、目に入らないようだ。
由加里のことは、完全に無視している。あたかも、ここにいないかのようだ。そして、決定的な言葉を吐いたのだ。ミチルである。
「看護婦さん、西宮先輩に、よろしくおねがいします ―――。今、検査でもしているんですか、あえなくて残念です ――」
「ミチルちゃん!!」
ついに、由加里は声を張り上げたが、ついに、全く反応を示さなかった。
「今、検査に行ってるのよ、よく言っておくわ」
可南子も示し合わせに、参加して、演技をしているかのように、ごく自然に、言葉を紡ぐ。
二人とも、単に予め決められた動きを、こなす。それだけのために、来たとでもいうのか。
その様子は、江戸時代に作られた人形のようだった。それは精巧なからくりで製作されているのだ。その人形はお盆を掲げているのだが、それに茶を乗せると、主人のところまでそれを運んでいく。 そして、主人が茶を持ち上げると、元来たところまで帰っていく。
ミチルと貴子は、まさに、その茶坊主人形そのものに見えた。鑞を縫ったように、凍り付いた表情など、その身体の中に仕掛けがあるのではないかと、疑問を抱かせるほどだ。
はたして、そこに心がこもっているのだろうか。
由加里は、しかし、そこに二人の大きすぎる心を感じた。
破裂しそうな風船のように、そこにある、たしかに。しかし、触れることはできない。すこしでも触れたら、病院ごと消し飛んでしまいそうだ。
「ウウ・・ウ・・ウ・ウ・ウウ!」
由加里は、思わず、可南子が側にいることを知りながら。声を上げて泣いた。幼児のように、食べ物をまき散らしながら、そして、それを恥ずかしいという感情も、マヒしていた。おそらく、心をえぐるような悲しみは、麻薬の役割を果たしているのだろう。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・」
しかし、ふたりは何も言わずに、病室を後にしていった。フルーツでも入っていそうなバスケットを置いて。
「み、ミチルちゃん、貴子ちゃん!」
「・・・」
しかし、ふたりは振り向くことはなかった。病室に入ってから、出て行くまで、この間、数分、徹頭徹尾、一貫していた。その機械的な動きは、一見、精神や心というものを感じさせないように思える。だが、その度合いが徹底的すぎるからこそに、裏返しの意味で、精神性が見て取れるのだ。
ふたりの言いたいことは、もうわかっていた。いやすぎるほどに、知っている。しかし、すでにそれを言葉にする気にならない。だから、ふたりは黙っていたのだろう。由加里は、赤ん坊のように顔を拭かれながら、さらに泣いた。その惨めな境遇も、悲しみに拍車を掛ける。
――――しかし、どうして来てくれたのだろう? もしかして別れの挨拶のつもり?! でも、こんなひどいやり方ってないよ!
由加里は、慟哭した。
「ほら、赤チャン、泣かないの!め!」
一体、この人は、どこまで自分を侮辱すれば、気が済むのだろう。
可南子は、さんざん彼女に侮辱のことばを吐きながら、後始末をし終わると去っていった。ちなみに最後の言葉は、「これで、非番もおわりだわ、楽しい休みをありがとうね、赤チャン!」だった。
「ウウ・ウ・・ウ・ウ・ウウ!!」
由加里は泣き声を、心臓の奥へと押し込みながら、苦界をさまよっていた。視界が、涙に滲む。白い世界が崩れると灰色になるらしい。白と黒では、いくら混ざっても色を形成することはない。まるで、いまの由加里の境遇そのものだ。
――――?あんなもの!?
ふと、バスケットが目に入った。ミチルと貴子が置いていったものだ。
ふいに、ものすごい怒りが込み上げてくるのを感じた。
腹立ちまぎれに、投げつけようと思って、手を伸ばす。ただ、ひとつ無事な右手だけだと、うまく摑めない。しかし、不自由な体をよじって、何とか手に入れることができた。すぐに、引き寄せる。意外と重 量があることに、驚く。それでも、なんとか目の前にバスケットを押さえることができた。
バスケットを開けてみると、四角い箱が見付かった。
――――弁当箱?
本能的にそう思った。空腹がそう錯覚させるのだろうか。
――うん?
―――――――バスケットの底に何かある?
それは一枚のノート片だった。
――――何よ、嫌みでも書いてあるの?!それともお別れの言葉!?
それを開いた由加里は、前言を撤回せざるを得なくなった。
―――――――――――――!?
とたんに、白い光が病室中に展開した。
――先輩へ、病院食ってまずいでしょう?食べてください。貴子とふたりで、精一杯つくりました。ミチルより。
この世で、こんなに温かい言葉があるものかと、思った。
はたして、由加里の目の前に展示されたものは、手作りの弁当だった。キャベツの千切りなど、大きさが千差万別で、いかにも、普段、母親の手伝いをしていないことが、明白だが、そのぶん、あふれてくる情愛は、今の由加里には痛いほど感じられた。
メインディッシュは、豚肉のショウガ焼きだった。焼き加減はいいようだが、香辛料が強すぎると言う点において、いくらでもダメだしができそうだったが、かえって、頬笑ましい。
あの不器用なミチルが料理をしている姿を想像すると、温かい笑みがこぼれてくる。いま、自分が置かれている状況など、あさっての世界にうっちゃってしまうのだ。それに比べて、卵焼きの奇麗な色と艶はどうだろう。これはきっと、貴子の技にちがいない。
「ウウ・ウ・ウ・うう、おいしい ―――ウウ!」
由加里は、弁当を頬張りながら、二人がケンカしている様子を見ていた。
「ミチル! 何、考えているのよ!汚いなあ!?ほら、お肉がはみ出てるじゃない!ここは、卵焼きの場所よ!」
「うるさいわね! あんた神経質すぎるのよ!」
まるで、舌にまで、視神経が通っているかのように思えた。たしかに、見えたのである。
「ウウ・ウ・・・ウウウ!ご、ごめんね! ミチルちゃん、貴子ちゃん・・・・・・・・」
由加里は、慟哭しながら思った。米の一粒、一粒まで、深く噛みしめようと、心に決めた。二人の思いを無にしてはならないと、そのために自分は何をしなくては行けないのか、未だに、わからないが、それを探求することは、けっして、止めないと、決意を新たにした。
涙で、滲んで弁当は見えなくなっていた。両者の距離が、現在の二人との間柄をそのまま示しているように思った。
愛おしい二人は、手を伸ばせば触れられるところにいる。
しかし、直接触ることはできない。
両者ともに、思いは接近しているはずなのに、細かな思いが邪魔して、両者を切断している。
由加里はやるせない思いを新たにするのだった。
「ふふ、よく噛んでから、呑みこむのよ。そうじゃないと消化に悪いからね」
「フグウ・・ウ・・ウ・・ウ」
さらに畳み掛けてくる可南子の言葉に、戦慄すら憶える。由加里は、自分の口が自分のものではないような気がする。今、動いているのは、何ていう器官だろう。何のために上下しているのだろう。
咀嚼しながら、五里霧中の思考を続ける。
「あははは、タルタルソースはどうかしら?」
可愛らしい口の端から、はみ出た精液を見て、おもわず口元が緩む。可南子は、高笑いを響かせる。当然、声を抑えているために、それほど大きな声で笑うわけにはいかない。
しかし、由加里にとってみれば、ロックコンサートのスピーカーに縛り付けられるようなものだ。四方八方から、可南子の笑い声が、響く。それは、由加里の骨にまで染みこんでいく。
「これから、あなたが大好きになるものよ、食事しながら、ココをこんなにしちゃうなんて、さすがに、将来のAV女優ね、あははは」
「アゥウウ・・・・ひぐひぐ!」
由加里に、息つく暇も与えぬとばかりに、可南子の指が、少女の未成熟な性器に触れる。そして、しかる後に、貝を呑みこむ海星のように、その妖しげに長い指を、少女の苺に這わせていく。
「ググググ!、やあ・・・・・」
「ほら、ヤメテほしかったら、ちゃんと完食なさい、ほら、テレビを見てゴラン、あんな細い体で、あれほどの量を食べるのよ。それとも、本心はもっと弄ってほしかったりして! あはははは」
ちょうど、備え付けのテレビの中では、異様な競技が行われていた。可南子の言うとおりに、とても大食とは縁がなさそうに痩身の女性たちが、それぞれ、多量の食物をほおばっているのだ。
テレビの中で行われているのは、いわゆる、大食い大会である。
由加里の目をひいたのは、数居る競技者の中でも、ひときわ、華奢でひ弱そうに見える子だった。まだ、20歳をいくつも越えてないのではないか。見方によっては、少女といってもおかしくない。
たまたま、画面に顔が大写しになったので、由加里もはっきりと見る機会を得た。その卵形の小さな顔には、これでもかと化粧が塗りたくられている。まるで白粉のようだ。
しかし、べつだん、不快な印象をうけないのはどうしてか。ただ、何かから隠れようとする自我の哀しさだけが、異様に、際だつ。
それが、何か、彼女を別の惑星の人間のように見せていた。
由加里は、そこに自分との共通点を見て取った。
しかし、今は、他人の競技の心配よりも、自分もことをこそ気に掛けるべきである。まだ。少女が完食するべき、料理は、お皿の上で風変わりなダンスを踊っているのだ。しかも、吐き気を催すソースがたっぷりと、かけられている。
「はぐうぅ・・・・ぁああううゥゥ・・・・・ぁ」
「ははは、なんていう声を出すの? 何処までいやらしく出来ているのかしら?」
可南子の情け容赦ない指は、由加里の大事な苺を揉んで、ぐちゃぐちゃにしている。すると、中から、いやらしい液が、流れ出してくる。
果汁だ。
苺は、ひしゃげて、あふれる果汁によって、濡れそぼっている。
それを、さらに、ねりつけて、音がするほど、揉みこんでいく。
「あぶぅ・・・・・・・・!!」
おもわす、口の中のものがあふれそうになった。
しかし、そのような汚物で、身体が汚れることは、彼女の清潔感から見て、ありえないことだった。 だから、ひっしに、口の中のモノを押しとどめた。皮肉なことに、口の中ならば、耐えられるという命題が生じるが、それは深く考えないことにした。そう、大便をじかに触れるなどということは、ありえないが、じっさいに、人間はそれに触れているのだ。大腸という器官は、どんなに否定しようが、あなた自身ではないか。どうして、手で触れることは耐えられないのに、大腸ならば、我慢できるのだろうか。人間といういきものは、ほんとうに不思議な動物ではある。
いま、由加里は口腔をとおして、精液に触れているわけだ。
由加里は、しかし、それを考えないことにした。見えないものは存在しない。それが少女の考え出した苦肉の策である。
何の策か?自分をだますこと、要するに欺瞞である。そうしないと、どうかなってしまいそうだったからだ。鼻を突く刺激臭。それは、耐えられないことだが、少女自身の口腔から、催しているのである。 可南子が言うところの、タルタルソースは、じっとりと、唾液と絡み、少女自身の口腔にへばりつく。
可南子に、性器を陵辱されていることと、相まって、まさに強姦されているような気がする。まだ、フィクションでしか知らぬ行為を先取りしているような気がする。
マンガで見た、ある場面を彷彿とさせる。
ある少女が、男子に輪姦されるという、その手の劇画においては、よくある内容だ。
彼女は、犯されている上に、膨張したペニスを頬張らされている。それだけでなくて、艶ややかな髪の毛や、制服にまで、精液をぶちまけられている。
今の由加里は、その少女に酷似していた。
少女の口の中には、精液まみれになった食物が、詰め込まれている。それがペニスと何が違うというのだろう。女の子の大事な部分は、可南子によって蹂躙されている。これも、ペニスに攻め込まれるのと、何が違うというのだろう。
男性的な精神の発露という意味においては、何も変わることはないだろう。
「うぐぐぐィ!!」
さらに、下半身から迫ってくる肉感は、呑みこむことを邪魔する。
しかし、可南子はどう見ても、異性にはみえない。
想像のなかだけの、異性たち。
相手が見えないだけに、想像力をいやでも刺激した。
香取信吾、27歳とは、どのような男性だろうか。
―――そうだわ、子どもが欲しいんだったら、きっと、やさしい人にちがいない。
由加里は、すこしでも、言い方向に物事を考えようとした。しかし ――――。
どすぐろい白濁の臭いは、いやがおうでも、少女を陵辱するアクマのような男性像を彷彿とさせた。
――――ああ、からだが奪われる!
何かわけのわからない力に、身体を絡み捕られる。濁流に、揉まれて、子鹿は、為す術を持たない。茶色に汚れた水が、ありとあらゆる穴に侵入してくる。目や口はおろか、鼻の穴や性器や肛門まで、到るところすべて。逃れる方法はない。
しかし、濁流とても、流木や土石によってせき止められることもある。
そのとき、ドアが開いて、花束がまず由加里の視界に入ってきた。
「あ・・・・ミチルちゃん ―――!?」
由加里は、思わず、口の中をはきだしてしまった。まさに汚物としかいいようのないものが、吐き出される。いままでの努力は水の泡になったわけだ。可南子はほくそ笑んだ。
「・・・・・・・・」
由加里にとって、幸運だったのは、可南子が陵辱を止めたことだ。
二人の前で、それをされるのは、とても耐えられない。
ミチルは、黙って花を持ってき花瓶に活ける。
水を入れて、花をさすという一連の行為が、まるで予定されているように見えた。運動部の決まり切った練習のように、自動的で機械じみている。しかも、目の前で、由加里が食物を吐くという普通ではありえないことを披露されても、一顧だにしない。一連の行動を支障なく実行することだけに、重きを置いているようだ。
「み、ミチルちゃん、貴子ちゃん・・・・・・・・・・」
ほんとうに由加里の声が聞こえないのか。それとも、彼女の構音機能が、異常をきたしているのか。すると、いま、聞こえる自分の声は何なのだろう。単なる錯覚が、もしかして、気が狂ってしまったのか。いや、ミチルと貴子の姿すら、幻像かもしれない。
しかし、二人が幻像だとすると、可南子の反応はどうなのだろう。二人は、彼女とは会釈を交わし合っているではないか。
――――ミチルちゃん、貴子ちゃん、由加里はここにいるのよ! どうして無視するの!?
どんなに無言で、訴えようとも、目によって必死の懇願をさしむけようとも、二人は、可南子の姿しか、目に入らないようだ。
由加里のことは、完全に無視している。あたかも、ここにいないかのようだ。そして、決定的な言葉を吐いたのだ。ミチルである。
「看護婦さん、西宮先輩に、よろしくおねがいします ―――。今、検査でもしているんですか、あえなくて残念です ――」
「ミチルちゃん!!」
ついに、由加里は声を張り上げたが、ついに、全く反応を示さなかった。
「今、検査に行ってるのよ、よく言っておくわ」
可南子も示し合わせに、参加して、演技をしているかのように、ごく自然に、言葉を紡ぐ。
二人とも、単に予め決められた動きを、こなす。それだけのために、来たとでもいうのか。
その様子は、江戸時代に作られた人形のようだった。それは精巧なからくりで製作されているのだ。その人形はお盆を掲げているのだが、それに茶を乗せると、主人のところまでそれを運んでいく。 そして、主人が茶を持ち上げると、元来たところまで帰っていく。
ミチルと貴子は、まさに、その茶坊主人形そのものに見えた。鑞を縫ったように、凍り付いた表情など、その身体の中に仕掛けがあるのではないかと、疑問を抱かせるほどだ。
はたして、そこに心がこもっているのだろうか。
由加里は、しかし、そこに二人の大きすぎる心を感じた。
破裂しそうな風船のように、そこにある、たしかに。しかし、触れることはできない。すこしでも触れたら、病院ごと消し飛んでしまいそうだ。
「ウウ・・ウ・・ウ・ウ・ウウ!」
由加里は、思わず、可南子が側にいることを知りながら。声を上げて泣いた。幼児のように、食べ物をまき散らしながら、そして、それを恥ずかしいという感情も、マヒしていた。おそらく、心をえぐるような悲しみは、麻薬の役割を果たしているのだろう。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・」
しかし、ふたりは何も言わずに、病室を後にしていった。フルーツでも入っていそうなバスケットを置いて。
「み、ミチルちゃん、貴子ちゃん!」
「・・・」
しかし、ふたりは振り向くことはなかった。病室に入ってから、出て行くまで、この間、数分、徹頭徹尾、一貫していた。その機械的な動きは、一見、精神や心というものを感じさせないように思える。だが、その度合いが徹底的すぎるからこそに、裏返しの意味で、精神性が見て取れるのだ。
ふたりの言いたいことは、もうわかっていた。いやすぎるほどに、知っている。しかし、すでにそれを言葉にする気にならない。だから、ふたりは黙っていたのだろう。由加里は、赤ん坊のように顔を拭かれながら、さらに泣いた。その惨めな境遇も、悲しみに拍車を掛ける。
――――しかし、どうして来てくれたのだろう? もしかして別れの挨拶のつもり?! でも、こんなひどいやり方ってないよ!
由加里は、慟哭した。
「ほら、赤チャン、泣かないの!め!」
一体、この人は、どこまで自分を侮辱すれば、気が済むのだろう。
可南子は、さんざん彼女に侮辱のことばを吐きながら、後始末をし終わると去っていった。ちなみに最後の言葉は、「これで、非番もおわりだわ、楽しい休みをありがとうね、赤チャン!」だった。
「ウウ・ウ・・ウ・ウ・ウウ!!」
由加里は泣き声を、心臓の奥へと押し込みながら、苦界をさまよっていた。視界が、涙に滲む。白い世界が崩れると灰色になるらしい。白と黒では、いくら混ざっても色を形成することはない。まるで、いまの由加里の境遇そのものだ。
――――?あんなもの!?
ふと、バスケットが目に入った。ミチルと貴子が置いていったものだ。
ふいに、ものすごい怒りが込み上げてくるのを感じた。
腹立ちまぎれに、投げつけようと思って、手を伸ばす。ただ、ひとつ無事な右手だけだと、うまく摑めない。しかし、不自由な体をよじって、何とか手に入れることができた。すぐに、引き寄せる。意外と重 量があることに、驚く。それでも、なんとか目の前にバスケットを押さえることができた。
バスケットを開けてみると、四角い箱が見付かった。
――――弁当箱?
本能的にそう思った。空腹がそう錯覚させるのだろうか。
――うん?
―――――――バスケットの底に何かある?
それは一枚のノート片だった。
――――何よ、嫌みでも書いてあるの?!それともお別れの言葉!?
それを開いた由加里は、前言を撤回せざるを得なくなった。
―――――――――――――!?
とたんに、白い光が病室中に展開した。
――先輩へ、病院食ってまずいでしょう?食べてください。貴子とふたりで、精一杯つくりました。ミチルより。
この世で、こんなに温かい言葉があるものかと、思った。
はたして、由加里の目の前に展示されたものは、手作りの弁当だった。キャベツの千切りなど、大きさが千差万別で、いかにも、普段、母親の手伝いをしていないことが、明白だが、そのぶん、あふれてくる情愛は、今の由加里には痛いほど感じられた。
メインディッシュは、豚肉のショウガ焼きだった。焼き加減はいいようだが、香辛料が強すぎると言う点において、いくらでもダメだしができそうだったが、かえって、頬笑ましい。
あの不器用なミチルが料理をしている姿を想像すると、温かい笑みがこぼれてくる。いま、自分が置かれている状況など、あさっての世界にうっちゃってしまうのだ。それに比べて、卵焼きの奇麗な色と艶はどうだろう。これはきっと、貴子の技にちがいない。
「ウウ・ウ・ウ・うう、おいしい ―――ウウ!」
由加里は、弁当を頬張りながら、二人がケンカしている様子を見ていた。
「ミチル! 何、考えているのよ!汚いなあ!?ほら、お肉がはみ出てるじゃない!ここは、卵焼きの場所よ!」
「うるさいわね! あんた神経質すぎるのよ!」
まるで、舌にまで、視神経が通っているかのように思えた。たしかに、見えたのである。
「ウウ・ウ・・・ウウウ!ご、ごめんね! ミチルちゃん、貴子ちゃん・・・・・・・・」
由加里は、慟哭しながら思った。米の一粒、一粒まで、深く噛みしめようと、心に決めた。二人の思いを無にしてはならないと、そのために自分は何をしなくては行けないのか、未だに、わからないが、それを探求することは、けっして、止めないと、決意を新たにした。
涙で、滲んで弁当は見えなくなっていた。両者の距離が、現在の二人との間柄をそのまま示しているように思った。
愛おしい二人は、手を伸ばせば触れられるところにいる。
しかし、直接触ることはできない。
両者ともに、思いは接近しているはずなのに、細かな思いが邪魔して、両者を切断している。
由加里はやるせない思いを新たにするのだった。
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