「イヤアアああああ!!」
泣き叫んで暴れる由加里は、瞬く間に、四股をいじめっ子たちに押さえつけられた。
「ほら、もう一度、ママのお腹の中に卵を戻してやンな」
はるかが命ずる。
すると、有紀はほくそ笑みながら、性器に卵を埋め込んでいく。
「ぅぐっっ!!」
「何よ、処女みたいな声だして!おかしい!」
「あははは!ねえ、西宮さん」
照美が、甘い声を披露したときは、ものすごい秘策があるときだ。由加里は、身構えた。
「ねえ、コレ見てよ、何かオワカリ?」
ぴあのは、一枚の布をヒラヒラさせた。
「ひっ?!」
由加里は、それを見ると、思わずひるんだ。
「そう、あなたに、是非とも必要なモノよ」
「・・・・・そ、そんなひどい!」
少女は呻くように言葉を漏らした。
「答えなさいよ、これから、あなたがお世話になるものなんだから」
はるかが、耳元に囁いた。
「ほら、わからないの!?」
「ひ、い、痛い!イ!お、おむつです!!ウウウウウ・・・・・・・ウウ!そ、そんなのいやです!」
以前、由加里がおむつを見たのは、妹の郁子の時だった。一体、何年前のことになるのだろう。ぴあのが引っ張ると、キチキチとゴムが収縮する音がする。
「ぴったりと、西宮さんのだらしない下半身にフィットするからね」
「それとも、みんなの前でおもらししてもいいの?」
「お、おもらしなんてしません!・・・・ウウ・・・う!」
由加里は、自分にふりかかってくる現実に、全身の血が凍り付くのを感じた。
「自分で、その姿視てゴランなさいよ」
照美は、有紀に鏡を用意させる。
「ほら、とくと視てゴラン?」
「ァアア・・・・・あ!いや!」
由加里の目の前に、突然、鏡が現れる。顔を固定されると、目を無理矢理に開かされた。
「コレをおもらしって言わずに、何をおもらしっていうのカナ?」
「それに、みんな迷惑するじゃない?あなたの臭いおま○んこから、漂ってくるニオイにはほとほど困っているのよ」
「ウウウウ・・・・・ウ!そ、そんなことない!ウウ・・・・・・うう!」
由加里は力無くも抵抗の意思を示す。それが照美やはるかには、おもしろくてたまらない。いや、興味深いというべきか。ようやく育ってきたプライドに、ほくそ笑んでいるのだ。もっとも、二人は無意識のうちに、由加里を育てていることに、このとき気づいていなかった。
「とにかく、オトナしくしてなちゃいね、由加里赤ちゃん!」
ぴあのから、飛び出てくる赤ちゃん言葉はとにかく気持ち悪い。照美は見られないように、顔を歪めた。しかし、当の由加里は、歪めるどころではない。可愛いカオをゴムのように丸めて、嫌がった。
「ぃい!いやあああああ!!ぶっ!!」
泣き叫ぶ由加里の口を塞ぐはるか。ポールギャグなど、当然ないので、たまたまそこにあった漫画雑誌を噛ませる。
毎週月曜に、発売される人気少年誌だが、相当の厚さがある。ちなみに、1980年代と違って、その厚さだけの価値は、今のその雑誌には、たぶん、――――――――ない。
―――――――いやああ!気持ち悪い!
声にならない言葉が、宙空に閉じこめられる。
下半身を覆う、おぞましいゴムの感触。少女の下半身は濡れそぼっているために、余計に張り付く。まるで厚手のサランラップで巻かれたような感触だ。毛穴の一つ一つ、皮溝の一つ一つにまで、張り付いてくるようだ。
それは、下半身を縛られるようなイメージと言っていい。由加里の下半身が、世界と隔離される必要があるくらいに、汚らわしい。そのように言い渡されているような気がした。
「あはははははっっ!かわいい!由加里赤ちゃん!」
有紀が黄色い声を上げる。
「ママが、恋しいみたいだからネ」
―――――うう!
その言葉は、やはり照美の何かを刺激する。かすかに由加里を押さえる手がゆるんだ。
「・・・・・・・・?!」
はるかだけは、照美の異変に気づいていたようだ。
しかしながら、有紀とぴあのには、そんなことを構う様子はない。自らが吐いた侮辱の言葉に、完全に満足している。そして、どれほど相手を傷付けているのか、その自覚もない。
「うぐぐぐぐ!」
思わず、漫画雑誌を吐き出した。
「暴れないでよ!」
「いやああ・・・・ウウウウう・・・ウウ!いやああ・・・・ウウ・・・ウウ!いやああ!!ア・・・・・ウウウ・・・ウウ!」
涙が中空に、吹き飛ぶ。雷雲のように、泣き叫ぶ由加里。一度浮かんで戻ってきた涙は、きもちわるい温かさを含んでいた。
あたかも、自分に唾を吐かれているような錯覚に陥る。
「ほ~~~~ら、みてごらん、よく似合っているわよ、由加里赤ちゃん!あははははっ!」
有紀が由加里に向けた鏡。その中には、大きな赤ん坊が映っていた。その赤ん坊は、まるで、本当の赤ちゃんのように泣きはらして、頬は真っ赤になっている。
大腿を、はずかしげもなく開いたその恰好を視認してみるといい。赤ちゃんのポートレート以外の何物にも見えないだろう。
「ィイヤアアア!!こんなのいやあああ!!お、お願い、お願いだから、かんにんしてエエエエ!!」
由加里は、心臓が爆発しそうな羞恥心に、身を焦がされ、悶える。身動きする度に、クキクキと、いじわるなゴムは、少女の躰に合わせて、迫ってくる。まるでストーカーのように、由加里の躰に合わせて、執拗に攻め抜いてくる。
「このまま授業を受けてもらうわ」
混乱する由加里に、残酷な判決が下される。
有紀は言った
「ほら、立って!立つのよ!そろそろチャイムが鳴るわ」
「ウウウ・・・・ウ」
こんな恥ずかしい下半身を、制服の下に隠して、みんなの前に行かなくてはならない。こんな屈辱的なことがあろうか。それに、クラスメートはほぼ全員、少女の敵なのだ。彼女が、何かミスでも犯さないだろうかと、その一挙一動を監視している。
そんな監視の元では、この恥ずかしい秘密など、すぐにばれてしまいそうだ。
「ウウ・・・・ウお願いです!ウウ・・・・ウう!許して下さい!」
事、ここに至っても、由加里は許しを乞うのだった。
しかし、犠牲者が嫌がれば嫌がるほど、いじめっ子は喜ぶものだ。
結果、少女は罪人のように、教室に連れて行かれた。
「・・・・・・・?!!」
思わず、仰け反る。
由加里が、教室に入ると、その迫ってくる圧力のために、顔の表皮が剥けそうになった、女子も男子も、ものすごい視線を送ってくる。蔑視、好奇心、嫌悪、嗜虐心、いろんな悪感情がない交ぜになって、由加里に迫ってくる。息がうまくできない。吐き気がしてくる。
「何しているのよ、みんな歓待してくれているのよ、わからない?」
照美は、いつもの調子を取り戻したようだ。
――――うう、そんな目で見ないで!私は、そんなにみんなと違うの?!ふつうの女の子なのよ、お願いだから、そんな目で視ないで!
由加里は、今すぐここから逃げ出したい気持で一杯だった。教室の空気は、腐ったリンゴの臭いに似ていた。クラスメートの囁き声、授業中の陰口などは日常茶飯事なのだが、その日に限っては、様相が違った。
海崎さんたちは、この下半身の秘密をバラしているのではないか。みんな、それを知っていて、笑っているのではないか。そんな思いで頭の中が一杯になってしまう。由加里の周りだけ、空気の硬さが違うような気がする。
そんな辛い授業が続いて、昼休みになった。
昼休みには、恒例のクラス裁判が行われるはずだった。
しかし、突如、2年3組を訪れたふたりの一年生によって、取りやめになった。二人はテニス部の後輩である。荒木こづえと古畑喜美である。言うまでもなく、ミチルと貴子に代わって、由加里飼育係に就任した二人である。
「高田先輩、西宮先輩を貸してもらえませんか」
うやうやしく、高田に願い出たのである。
「いいわよ」
「ありがとうございます」
高田は、いとも簡単に答えた。
「ちょっと!こいつの責任追及はどうなるのよ!」
「正義の実現を、どう思っているんだ!」
クラスメートたちは、ケンケンガクガクの非難を表明したが、何故か、照美とはるかは、無反応だった。
―――海崎さん、鋳崎さん・・・・・・・・・・・・・・・・。
由加里はちらりと二人の方向に、視線を移した。
しかし、二人は路傍の石程度の関心すら見せない。
「西宮さん、二人が呼んでるよ、はやく立ちなさいよ」
高田の声が響く。
「だったらさ、ここでやればいいじゃない?!あんたらが何をしたいのかわからないけど」
「出し物は、本番まで秘密にしておきたいんです」
こづえが言った。
「それはテニス部のことでしょう?あたしら、関係ないもん」
「なんなら、本番に招待してもいいよ」
高田の発言に、由加里はギョとなった。一体、何人の前で、辱めを受けるのだろう。それもいじめっ子は後輩だ。後輩にいじめられることは、筆舌に尽くしがたい苦痛だ。その姿をクラスメートの前に晒すのである。
「わかったよ、裁判は放課後にやればいいか」
「6時限目の道徳の時間にやればいいさ」
はるかの何気ない一言は、つぶやく程度であったにもかかわらず、教室全体に響いた。まさに鶴の一声である。
―――まさか先生が許すはずがない・・・・・・でも ――――――――。
由加里は、担任である大石久子を思い浮かべた。
―――あの先生なら、やりかねない。
「まあ、いいわ、はやく持って行きな」
「ちょっと、西宮さん、今日のエサまだ食べてないから、これを」
「はい」
こづえが渡されたのはいつもの弁当箱だった。由加里の持ち物である。しかし、中身は、春子が拵えたものではない。
「じゃ、行きますよ、部室に!!」
こづえは嬉々として、由加里に笑いかける。
「2年3組の先輩のみなさん、西宮先輩をお借りしま~す!」
こづえと喜美のふたりは、まるでおもちゃを借りるように、手を振る。
―――私は何なの?!モノ?ひどい
まるで、奴隷商人に買われた少女のようだ。それを見送るクラスメート。そして、廊下に集まった他のクラスの子たち。みんな、由加里を嘲笑している。
しかし、由加里は、外に向かって非難の矛先を向ける気にはならない。何故ならば、身の内がひどい状況になっているからだ。一言で言えば、少女の下半身は、洪水状態だ。もしも、おむつに覆われていなければ、スカートまで染みていたであろう。
そんな、自らが恥ずかしい状況なのに、どうして他人を非難できるだろう。
その点では、あの四人に救われたことになるのだろうか。
「ねえ、西宮先輩!聞いてるンですか?」
「・・・・・・」
こづえは話しかけても黙っている由加里に、しびれを切らしたらしい。
それでも、ただだまって、頷くだけだ。
どうしたら、自尊心を守れるのかそれだけを、無意識のうちに考えている。しかし、こづえと喜美の背後には高田がいるのだ。それは、由加里の生殺与奪を握っていると言ってもいい。
だが、照美とはるかが、簡単に許したのはどうしてだろう。
「西宮先輩も、テニス部のみんなに楽しんでほしいでしょう?!」
押しつけがましく聞いてくる。
「・・・・・・」
また、黙って肯く。
「でも、あの安宅の関を超えるとなると、難しいな、休みの日も集まって考えますか」
それは提案ではない。
「・・・・・・・」
肯くしかない。涙がこぼれるのが見えた。
「泣かないでくださいよ」
「でも、後輩にいじめられるなんて、惨めですね」
「・・・・・・・・?!」
由加里は、喜美の言葉に敏感に反応する。キッと睨みつけた。涙がさらに宙を舞う。
「いいんですか?わたしたちの後ろには、高田先輩がいるんですよ!」
「ぐ!」
喜美は、周囲に見られないように、自身の膝を由加里の腹に入れた。
みぞおちに、強烈な電流が走る。
予想しない痛みに、廊下に崩れた。
「何してるんです?謝ってくださいよ!」
「ごめんね・・・・・」
少し間があって、由加里は謝った。しかし ―――――
「聞こえませんね、無礼な言い方は聞こえません」
喜美は、倒れた由加里の前に立ちふさがった。
「ごめん・・・・ナサイ・・・・」
これでも、残った自尊心を切り刻んで、ようやく言ったのだ。だが、――――――――。
「教えてあげますよ、先輩に、礼儀ってものをね。こういうときは『すいません』って言うんです」
「・・・・・・・・・?!」
――――そんな!
由加里は、喜美を見上げた。そして、あさっての方向を見る。
――――これ以上は我慢できない。わたしは先輩なの!
しかし、それはとうてい言葉にはできない。高田の影がちらりちらりと見えた。
「わかっていないようですね!」
「グギ!」
由加里のお腹に、喜美のつま先が食い込む。
「・・・・・・・!?」
強烈な痛みのために、思わず。みぞおちを押さえて、無言のダンスを踊る。先に書いたが、いじめに慣れないものの、行為は、常に危険を伴う。それに精神性がついていかれないからだ。それでも、有紀やぴあのには、照美やはるかがついていた。だから、ブレーキも効く。
「スイマセン!」
由加里は、敏感に我が身の危険を察知したのか、思わず言ってしまった。そして、後悔した。崩れゆく自尊心。
下半身に負けないくらいに、由加里の顔は、涙で濡れていく。
「いいですか?西宮先輩、これからは私たちの言うこと、聞いていただけますね?」
無理矢理に慣れない敬語の羅列は、余計に、由加里を侮辱している。
「・・・・・・ハイ・・」
由加里は、吐きそうな恥辱の中、そう答えた。血を吐くような思いだった。
テニス部室は、もうそこである。
泣き叫んで暴れる由加里は、瞬く間に、四股をいじめっ子たちに押さえつけられた。
「ほら、もう一度、ママのお腹の中に卵を戻してやンな」
はるかが命ずる。
すると、有紀はほくそ笑みながら、性器に卵を埋め込んでいく。
「ぅぐっっ!!」
「何よ、処女みたいな声だして!おかしい!」
「あははは!ねえ、西宮さん」
照美が、甘い声を披露したときは、ものすごい秘策があるときだ。由加里は、身構えた。
「ねえ、コレ見てよ、何かオワカリ?」
ぴあのは、一枚の布をヒラヒラさせた。
「ひっ?!」
由加里は、それを見ると、思わずひるんだ。
「そう、あなたに、是非とも必要なモノよ」
「・・・・・そ、そんなひどい!」
少女は呻くように言葉を漏らした。
「答えなさいよ、これから、あなたがお世話になるものなんだから」
はるかが、耳元に囁いた。
「ほら、わからないの!?」
「ひ、い、痛い!イ!お、おむつです!!ウウウウウ・・・・・・・ウウ!そ、そんなのいやです!」
以前、由加里がおむつを見たのは、妹の郁子の時だった。一体、何年前のことになるのだろう。ぴあのが引っ張ると、キチキチとゴムが収縮する音がする。
「ぴったりと、西宮さんのだらしない下半身にフィットするからね」
「それとも、みんなの前でおもらししてもいいの?」
「お、おもらしなんてしません!・・・・ウウ・・・う!」
由加里は、自分にふりかかってくる現実に、全身の血が凍り付くのを感じた。
「自分で、その姿視てゴランなさいよ」
照美は、有紀に鏡を用意させる。
「ほら、とくと視てゴラン?」
「ァアア・・・・・あ!いや!」
由加里の目の前に、突然、鏡が現れる。顔を固定されると、目を無理矢理に開かされた。
「コレをおもらしって言わずに、何をおもらしっていうのカナ?」
「それに、みんな迷惑するじゃない?あなたの臭いおま○んこから、漂ってくるニオイにはほとほど困っているのよ」
「ウウウウ・・・・・ウ!そ、そんなことない!ウウ・・・・・・うう!」
由加里は力無くも抵抗の意思を示す。それが照美やはるかには、おもしろくてたまらない。いや、興味深いというべきか。ようやく育ってきたプライドに、ほくそ笑んでいるのだ。もっとも、二人は無意識のうちに、由加里を育てていることに、このとき気づいていなかった。
「とにかく、オトナしくしてなちゃいね、由加里赤ちゃん!」
ぴあのから、飛び出てくる赤ちゃん言葉はとにかく気持ち悪い。照美は見られないように、顔を歪めた。しかし、当の由加里は、歪めるどころではない。可愛いカオをゴムのように丸めて、嫌がった。
「ぃい!いやあああああ!!ぶっ!!」
泣き叫ぶ由加里の口を塞ぐはるか。ポールギャグなど、当然ないので、たまたまそこにあった漫画雑誌を噛ませる。
毎週月曜に、発売される人気少年誌だが、相当の厚さがある。ちなみに、1980年代と違って、その厚さだけの価値は、今のその雑誌には、たぶん、――――――――ない。
―――――――いやああ!気持ち悪い!
声にならない言葉が、宙空に閉じこめられる。
下半身を覆う、おぞましいゴムの感触。少女の下半身は濡れそぼっているために、余計に張り付く。まるで厚手のサランラップで巻かれたような感触だ。毛穴の一つ一つ、皮溝の一つ一つにまで、張り付いてくるようだ。
それは、下半身を縛られるようなイメージと言っていい。由加里の下半身が、世界と隔離される必要があるくらいに、汚らわしい。そのように言い渡されているような気がした。
「あはははははっっ!かわいい!由加里赤ちゃん!」
有紀が黄色い声を上げる。
「ママが、恋しいみたいだからネ」
―――――うう!
その言葉は、やはり照美の何かを刺激する。かすかに由加里を押さえる手がゆるんだ。
「・・・・・・・・?!」
はるかだけは、照美の異変に気づいていたようだ。
しかしながら、有紀とぴあのには、そんなことを構う様子はない。自らが吐いた侮辱の言葉に、完全に満足している。そして、どれほど相手を傷付けているのか、その自覚もない。
「うぐぐぐぐ!」
思わず、漫画雑誌を吐き出した。
「暴れないでよ!」
「いやああ・・・・ウウウウう・・・ウウ!いやああ・・・・ウウ・・・ウウ!いやああ!!ア・・・・・ウウウ・・・ウウ!」
涙が中空に、吹き飛ぶ。雷雲のように、泣き叫ぶ由加里。一度浮かんで戻ってきた涙は、きもちわるい温かさを含んでいた。
あたかも、自分に唾を吐かれているような錯覚に陥る。
「ほ~~~~ら、みてごらん、よく似合っているわよ、由加里赤ちゃん!あははははっ!」
有紀が由加里に向けた鏡。その中には、大きな赤ん坊が映っていた。その赤ん坊は、まるで、本当の赤ちゃんのように泣きはらして、頬は真っ赤になっている。
大腿を、はずかしげもなく開いたその恰好を視認してみるといい。赤ちゃんのポートレート以外の何物にも見えないだろう。
「ィイヤアアア!!こんなのいやあああ!!お、お願い、お願いだから、かんにんしてエエエエ!!」
由加里は、心臓が爆発しそうな羞恥心に、身を焦がされ、悶える。身動きする度に、クキクキと、いじわるなゴムは、少女の躰に合わせて、迫ってくる。まるでストーカーのように、由加里の躰に合わせて、執拗に攻め抜いてくる。
「このまま授業を受けてもらうわ」
混乱する由加里に、残酷な判決が下される。
有紀は言った
「ほら、立って!立つのよ!そろそろチャイムが鳴るわ」
「ウウウ・・・・ウ」
こんな恥ずかしい下半身を、制服の下に隠して、みんなの前に行かなくてはならない。こんな屈辱的なことがあろうか。それに、クラスメートはほぼ全員、少女の敵なのだ。彼女が、何かミスでも犯さないだろうかと、その一挙一動を監視している。
そんな監視の元では、この恥ずかしい秘密など、すぐにばれてしまいそうだ。
「ウウ・・・・ウお願いです!ウウ・・・・ウう!許して下さい!」
事、ここに至っても、由加里は許しを乞うのだった。
しかし、犠牲者が嫌がれば嫌がるほど、いじめっ子は喜ぶものだ。
結果、少女は罪人のように、教室に連れて行かれた。
「・・・・・・・?!!」
思わず、仰け反る。
由加里が、教室に入ると、その迫ってくる圧力のために、顔の表皮が剥けそうになった、女子も男子も、ものすごい視線を送ってくる。蔑視、好奇心、嫌悪、嗜虐心、いろんな悪感情がない交ぜになって、由加里に迫ってくる。息がうまくできない。吐き気がしてくる。
「何しているのよ、みんな歓待してくれているのよ、わからない?」
照美は、いつもの調子を取り戻したようだ。
――――うう、そんな目で見ないで!私は、そんなにみんなと違うの?!ふつうの女の子なのよ、お願いだから、そんな目で視ないで!
由加里は、今すぐここから逃げ出したい気持で一杯だった。教室の空気は、腐ったリンゴの臭いに似ていた。クラスメートの囁き声、授業中の陰口などは日常茶飯事なのだが、その日に限っては、様相が違った。
海崎さんたちは、この下半身の秘密をバラしているのではないか。みんな、それを知っていて、笑っているのではないか。そんな思いで頭の中が一杯になってしまう。由加里の周りだけ、空気の硬さが違うような気がする。
そんな辛い授業が続いて、昼休みになった。
昼休みには、恒例のクラス裁判が行われるはずだった。
しかし、突如、2年3組を訪れたふたりの一年生によって、取りやめになった。二人はテニス部の後輩である。荒木こづえと古畑喜美である。言うまでもなく、ミチルと貴子に代わって、由加里飼育係に就任した二人である。
「高田先輩、西宮先輩を貸してもらえませんか」
うやうやしく、高田に願い出たのである。
「いいわよ」
「ありがとうございます」
高田は、いとも簡単に答えた。
「ちょっと!こいつの責任追及はどうなるのよ!」
「正義の実現を、どう思っているんだ!」
クラスメートたちは、ケンケンガクガクの非難を表明したが、何故か、照美とはるかは、無反応だった。
―――海崎さん、鋳崎さん・・・・・・・・・・・・・・・・。
由加里はちらりと二人の方向に、視線を移した。
しかし、二人は路傍の石程度の関心すら見せない。
「西宮さん、二人が呼んでるよ、はやく立ちなさいよ」
高田の声が響く。
「だったらさ、ここでやればいいじゃない?!あんたらが何をしたいのかわからないけど」
「出し物は、本番まで秘密にしておきたいんです」
こづえが言った。
「それはテニス部のことでしょう?あたしら、関係ないもん」
「なんなら、本番に招待してもいいよ」
高田の発言に、由加里はギョとなった。一体、何人の前で、辱めを受けるのだろう。それもいじめっ子は後輩だ。後輩にいじめられることは、筆舌に尽くしがたい苦痛だ。その姿をクラスメートの前に晒すのである。
「わかったよ、裁判は放課後にやればいいか」
「6時限目の道徳の時間にやればいいさ」
はるかの何気ない一言は、つぶやく程度であったにもかかわらず、教室全体に響いた。まさに鶴の一声である。
―――まさか先生が許すはずがない・・・・・・でも ――――――――。
由加里は、担任である大石久子を思い浮かべた。
―――あの先生なら、やりかねない。
「まあ、いいわ、はやく持って行きな」
「ちょっと、西宮さん、今日のエサまだ食べてないから、これを」
「はい」
こづえが渡されたのはいつもの弁当箱だった。由加里の持ち物である。しかし、中身は、春子が拵えたものではない。
「じゃ、行きますよ、部室に!!」
こづえは嬉々として、由加里に笑いかける。
「2年3組の先輩のみなさん、西宮先輩をお借りしま~す!」
こづえと喜美のふたりは、まるでおもちゃを借りるように、手を振る。
―――私は何なの?!モノ?ひどい
まるで、奴隷商人に買われた少女のようだ。それを見送るクラスメート。そして、廊下に集まった他のクラスの子たち。みんな、由加里を嘲笑している。
しかし、由加里は、外に向かって非難の矛先を向ける気にはならない。何故ならば、身の内がひどい状況になっているからだ。一言で言えば、少女の下半身は、洪水状態だ。もしも、おむつに覆われていなければ、スカートまで染みていたであろう。
そんな、自らが恥ずかしい状況なのに、どうして他人を非難できるだろう。
その点では、あの四人に救われたことになるのだろうか。
「ねえ、西宮先輩!聞いてるンですか?」
「・・・・・・」
こづえは話しかけても黙っている由加里に、しびれを切らしたらしい。
それでも、ただだまって、頷くだけだ。
どうしたら、自尊心を守れるのかそれだけを、無意識のうちに考えている。しかし、こづえと喜美の背後には高田がいるのだ。それは、由加里の生殺与奪を握っていると言ってもいい。
だが、照美とはるかが、簡単に許したのはどうしてだろう。
「西宮先輩も、テニス部のみんなに楽しんでほしいでしょう?!」
押しつけがましく聞いてくる。
「・・・・・・」
また、黙って肯く。
「でも、あの安宅の関を超えるとなると、難しいな、休みの日も集まって考えますか」
それは提案ではない。
「・・・・・・・」
肯くしかない。涙がこぼれるのが見えた。
「泣かないでくださいよ」
「でも、後輩にいじめられるなんて、惨めですね」
「・・・・・・・・?!」
由加里は、喜美の言葉に敏感に反応する。キッと睨みつけた。涙がさらに宙を舞う。
「いいんですか?わたしたちの後ろには、高田先輩がいるんですよ!」
「ぐ!」
喜美は、周囲に見られないように、自身の膝を由加里の腹に入れた。
みぞおちに、強烈な電流が走る。
予想しない痛みに、廊下に崩れた。
「何してるんです?謝ってくださいよ!」
「ごめんね・・・・・」
少し間があって、由加里は謝った。しかし ―――――
「聞こえませんね、無礼な言い方は聞こえません」
喜美は、倒れた由加里の前に立ちふさがった。
「ごめん・・・・ナサイ・・・・」
これでも、残った自尊心を切り刻んで、ようやく言ったのだ。だが、――――――――。
「教えてあげますよ、先輩に、礼儀ってものをね。こういうときは『すいません』って言うんです」
「・・・・・・・・・?!」
――――そんな!
由加里は、喜美を見上げた。そして、あさっての方向を見る。
――――これ以上は我慢できない。わたしは先輩なの!
しかし、それはとうてい言葉にはできない。高田の影がちらりちらりと見えた。
「わかっていないようですね!」
「グギ!」
由加里のお腹に、喜美のつま先が食い込む。
「・・・・・・・!?」
強烈な痛みのために、思わず。みぞおちを押さえて、無言のダンスを踊る。先に書いたが、いじめに慣れないものの、行為は、常に危険を伴う。それに精神性がついていかれないからだ。それでも、有紀やぴあのには、照美やはるかがついていた。だから、ブレーキも効く。
「スイマセン!」
由加里は、敏感に我が身の危険を察知したのか、思わず言ってしまった。そして、後悔した。崩れゆく自尊心。
下半身に負けないくらいに、由加里の顔は、涙で濡れていく。
「いいですか?西宮先輩、これからは私たちの言うこと、聞いていただけますね?」
無理矢理に慣れない敬語の羅列は、余計に、由加里を侮辱している。
「・・・・・・ハイ・・」
由加里は、吐きそうな恥辱の中、そう答えた。血を吐くような思いだった。
テニス部室は、もうそこである。
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