昼過ぎにコテージに入った三人は、ミチルの母親が作ってくれたお弁当を手に、樹海の散策に向かった。おやつ代わりだと言うのだ。
もともと、高島家は体育会系の家である。運動少女たちが、どのくらい食べるのか、100も承知なのである。
テニスコートの裏には、広大な樹海が横たわっている。そこは死の別名だ。磁石すら通用しない樹海。そこに、間違って、入れば二度と帰ることができなくなる。一方、自殺者は、それを利用して、自分を苦痛から解放する道を選ぶ。
人間の目に親しい緑は、その迷路の恐怖を和らげては・・・いる。しかし、それ故に、樹海はおそろしいのである。
樹海は、水のない海である。いま、由加里は、その波しぶきを受けている。
――――この先に行けば、もういじめられることはなくなる。家族、それに、大事な後輩たちを心配させることはなくなる。
由加里は、うつろな目で樹海の奥を見ていた。見ようにも、無数の小枝に遮られて、見ることはおろか、伺うことさえ難しい。緑の迷路は、陽光をさんざん切り裂いて、無数のステンドグラスをちりばめる。それが遭遇者に、麻薬めいた効用を与えることがある。それが、死の恐怖をも凌駕させるのだ。
「西宮先輩!」
「え?」
「おやつにしましょうよ」
ミチルの声は、まるで他の宇宙から、響いてきたかのように思えた。
「そちらに、自然歩道がありますから、食べた後に行きましょう、どうしたんです」
「・・・・・・・・何でもない・・・・うん、せっかく、おばさんが作ってくれたんだから、食べよう」
由加里は、自分に言い聞かせるように元気を取り戻した。
「これって、お昼に食べたフォワグラじゃないの?贅沢ねえ」
由加里は、今、口にしたサンドウイッチを噛みながら言った。ミチルの母親である笙子は、あっという間に、手慣れた手つきで、サンドウイッチを作り上げたのである。
食事を終えると、小一時間ばかり、自然道を散策した。その間、始終、由加里は無言だった。心、ここにあらずといった感じだった。三人は、手をしっかりと握りあって、自然歩道に臨んだ。
由加里の体はたしかに、ふたりの側にいるのだが、まるで、心だけ別の世界にいるように見えたが、ミチルたちは、詮索しないようにした。彼女が学校で、どんな目にあっているのか、誰よりも知っている・・・・・・はずだった。
実は、彼女たちが知っているのは、いじめの表面にすぎないことを知るのは、相当、後のことである。
コテージに戻ると、由加里を昼食以上に驚かせる夕食が待っていた。十分すぎるくらいに舌鼓を打った後は、それ以上に楽しい時間が待っていた。まるで修学旅行である。本来、ふたり部屋であるはずの部屋に、ベッドを入れ込んでもらって、三人で過ごすことにした。
貴子が持ち込んだテレビゲームにうつつを抜かすは、深夜まで、長い語らいが続くはで、由加里は、今までのことが信じられないような時間を過ごした。あたかも、たった一夜で、これまでの辛いことが帳消しになるようにすら思えた。
しかし、実際は、由加里には、いじめの恐怖と恥辱が襲いかかっていたのである。童女のような笑顔の裏で、ふたりに心配をかけまいと、必死に歯を食いしばる少女の姿があった。
いつもは、三人だけになると、涙と嗚咽が抑えられなくなり、ただ介抱される時間が続くだけだった。しかし、今日こそは、普段の思いやりに報いるべく、歯を食いしばったのである。それは、家族に対して仮面を被るのとは、また違った力を必要とした。
夜は、いつの間にか眠りを三人にもたらした。修学旅行よろしく、三人の寝相は、笙子を苦笑させるのに、十分だった。
翌朝、三人は、その日どうするか、話し合いをはじめた。
ミチルは言った。これは、言うまいか言おうか、かなり迷ったのだが。
「西宮先輩、テニスやりません・・・・・・?」
「ちょっと、ミチル!」
さすがに、小池貴子は口を挟んだ。しかし・・・・・、由加里はすこしだけ躊躇したが、こう、答えた。
「うん、やる、やりたい!」
由加里は、自分に言い聞かせた。
――――自分は、テニスが好きなんだ。ここは、学校じゃない。いじめっ子はいない。だからテニスを楽しめる。昔みたいに、やるんだ。
「でも、ラケットはあるの」
「ありますよ、うちはテニス一家ですからね、そうでなかったら、こんなところにコテージなんてつくりませんよ」
コテージ支配下のコートは3面あった。夏休み前のこの時期、誰も使っていない。三人は広々とコートを使うことができた。
「はあ、はあ、・・・・・・・」
「大丈夫ですか?先輩?」
由加里は、何ヶ月も、まともにテニスをさせてもらえなかったために、かなり感覚がつかめないようである。いたずらにボールを追いかけるだけで、しばらくすると、ヘタってしまった。
「あ、あ、疲れた!」
驚いたことに、由加里は大の字になって寝てしまった。それは、ふたりの後輩にとって、驚くべき光景である。彼女たちのイメージにない姿だった。別に、いじめられて惨めに泣いている由加里の姿が固定されているわけではない。ただ、おとなしい、ごく控えめなお嬢さんというイメージだったからだ。
「きもちいいなあ!」
由加里は、空に栄える青空を仰ぎながら、急速に介抱されるのを感じた。これまで、填められていた手枷足枷が溶けるのを感じたのだ。
「そうですね、良い風でですね」
ふたりもコートに座ると、気持ちいい風に吹かれてみた。
こうして由加里を見ると、これまでのことが嘘のように思える。真夏が近いというのに、うららかな風は、まるで気節が遅れているかのようだ。春のようなのどかな空気に、三人とも溶けてしまいそうになった。
「え!嘘!あれ、西沢あゆみ?」
貴子の声にふたりとも驚いた。ミチルは、ここでサインをもらったことがあると聞くが、まさか、それが現実になるとは夢にも思わなかったのである。
ふたりとも視線を貴子が指す方向に、向ける。はたして、そこには、西沢あゆみがいた。彼女は、日本で唯一、世界ランキング10位以内に、入っている選手であり、かつ23歳とまだ若いために、将来を非常に、嘱望されているのである。
ポーン・・・。ラケットがボールを叩く乾いた音が響く。
――――え、嘘!西沢さんとやっているのは・・・・・・・・!?
「う、嘘・・・・・・・・?!」
由加里は、思わず立ち上がると後ずさった。天国から地獄に引き戻されたような気がした。彼女の視線の先に見えた人物は・・・・・・・・・。その人物は、長身の西沢あゆみと比べても遜色ない。
「え、はるか姉ちゃん、いつから西沢さんと知り合ったのかしら?テニス協会がらみかな、行ってみようよ」
向こう側のコート。別のコテージ、あるいは個人が支配する範囲だ。
「え?」
由加里は、ミチルの言いように驚いた。
――――はるか姉ちゃんって・・・・・!?
わ、私・・・・・帰る・・・・・・。由加里は、恐怖のあまり、その言葉を言うことができなかった。由加里の脳裏には、教室で、放送室で、さんざん彼女たちにいじめられた映像が蘇っていた。
「鋳崎先輩でしょう?」
貴子は、それほど知り合っている様子ではない。
「さ・・すが、上手いなあ、あの西沢さんとやって遜色ないよ、まあ、手加減してるんだけど・・・・」
「ミチルさん、あの人と知り合いなの?」
―――え?ミチルさんって?
「はるか姉ちゃんですか?照美姉ちゃんが私の従姉妹だって知ってますよね」
―――――――・・・・・・!!
由加里は凍り付いた。血液が凍って、細胞を破壊する音が、じかに聞こえてきた。
「言ってなかったのですか・・・そんな縁で、あたしたち、姉妹みたいにして育ったんですよ、わたし兄弟がいなかったし・・・・どうしたんですか?先輩」
ただ成らない様子の由加里に、ミチルも不思議に思ったようだ。
「私・・・・か」
「はーい、ここまでにしようか」
西沢の声が聞こえた。遠くからでもよく聞こえるハリのある声だ。
ふたりは、肩を組んで歩み寄ってくる。泊まっているコテージはこちらの方向みたいだ。はやくしないと見つかっちゃう。
しかし、このとき、どちらが見つかりたくなかったか・・・・・・。
だが、はるかは、これまで由加里が見たどんな彼女よりもすばらしかった。あゆみとまるで姉妹のような親しさで、肩を組んでいる。
はるかは、こちらを見る。思わず、背を向ける由加里。
「・・・・!」
「・・・・・・・!!」
はるかは、由加里を見つけると一瞬だけ表情を硬くしたが、すぐにミチルに明るい声を声をかけた。
「ミチルじゃない!」
「はるか姉ちゃん・・・・・」
「あ、小池さんだったね」
「鋳崎先輩・・・」
「憶えてくれてたのか、あ、西宮さん、ミチルと仲よかったんだ」
「・・・・!?」
心臓が爆発するかと思った。ドキドキという鼓動が、他人にも聞こえてしまうような気がした。
「こんにちは、西宮さん」
「・・・・ぁ・・・い、鋳崎さん・・・・お、おはようございます・・・・・・」
ミチルは、はるかと由加里を交互に見た。たしかに不審を感じたのだ。
「ねえ、私を忘れていない?」
その時、あゆみが割って入った。身長、178センチは、さすがに圧巻だ。特別に美貌とは思わないが、常人とは思えないオーラを発している。
その気配は、ミチルをも圧倒した。
「・・・・・・・」
由加里は、もはや、頭の中で何が起こっているのかわからなくなってしまった。完全なパニック状態に陥ったのである。
「おっと!」
倒れた由加里をあゆみが抱き留めた。しかし、茫然自失となっていたのは、彼女だけではなかった。あゆみの背後で、はるかは、立ち尽くしていた。
「ほら、何してるの!手伝いなさい」
「・・・・・あ、はい」
彼女に掛かれば、はるかなど単なる小娘にすぎない。
横目で、ミチルをちらりとやりながらも、由加里の足をつかむ。つい数日前まで、さんざん痛めつけてきた肉体だ。脛に、かすかな傷痕を見つけた。もしかしたら、自分の暴力の結果でないかとおもった。はるかの中で、罪悪感と打算が微妙な味のスープを作っていた。
テニス協会を通じて、あゆみと知り合ったのは、ごく最近のことである。だからミチルすら、その事実を把握していなかった。
才能ある少年少女など掃いて捨てるほどいる。その中で、誰もが上に行けるわけではなない。もちろん、あゆみが認めるほどだから相当の才能の持ち主なのだが、外見に似合わず、慎重なところがあった。
ちなみに、あゆみの両親はテニス協会の理事等、重鎮を勤めている。そういう人間とコネクトを保っていれば、将来、何かとやりやすい。
まるで中学生らしくない見方であるが、それがはるかをして、はるかたらしめているなにかだった。いま、戦々恐々として、冷や汗を掻いているのは彼女こそである。しかし、由加里をいじめるのは、いじめる動機があるというのは、彼女の自信でもある。
その根拠は、親友である照美だ。
照美が受けた傷は、どのような手段によってもいやされるべきだ・・・・・・というのが彼女の持論である。
由加里を自室に、運び込むと四人は、コテージの広間に集まった。ここは、ホテルのロビーに該当する。おあつらえ向きのレストランと、お土産屋が軒を連ねている。とりあえず、レストランに居を定めることにした。ちなみに、由加里には、笙子がつきそっている。
もともと、高島家は体育会系の家である。運動少女たちが、どのくらい食べるのか、100も承知なのである。
テニスコートの裏には、広大な樹海が横たわっている。そこは死の別名だ。磁石すら通用しない樹海。そこに、間違って、入れば二度と帰ることができなくなる。一方、自殺者は、それを利用して、自分を苦痛から解放する道を選ぶ。
人間の目に親しい緑は、その迷路の恐怖を和らげては・・・いる。しかし、それ故に、樹海はおそろしいのである。
樹海は、水のない海である。いま、由加里は、その波しぶきを受けている。
――――この先に行けば、もういじめられることはなくなる。家族、それに、大事な後輩たちを心配させることはなくなる。
由加里は、うつろな目で樹海の奥を見ていた。見ようにも、無数の小枝に遮られて、見ることはおろか、伺うことさえ難しい。緑の迷路は、陽光をさんざん切り裂いて、無数のステンドグラスをちりばめる。それが遭遇者に、麻薬めいた効用を与えることがある。それが、死の恐怖をも凌駕させるのだ。
「西宮先輩!」
「え?」
「おやつにしましょうよ」
ミチルの声は、まるで他の宇宙から、響いてきたかのように思えた。
「そちらに、自然歩道がありますから、食べた後に行きましょう、どうしたんです」
「・・・・・・・・何でもない・・・・うん、せっかく、おばさんが作ってくれたんだから、食べよう」
由加里は、自分に言い聞かせるように元気を取り戻した。
「これって、お昼に食べたフォワグラじゃないの?贅沢ねえ」
由加里は、今、口にしたサンドウイッチを噛みながら言った。ミチルの母親である笙子は、あっという間に、手慣れた手つきで、サンドウイッチを作り上げたのである。
食事を終えると、小一時間ばかり、自然道を散策した。その間、始終、由加里は無言だった。心、ここにあらずといった感じだった。三人は、手をしっかりと握りあって、自然歩道に臨んだ。
由加里の体はたしかに、ふたりの側にいるのだが、まるで、心だけ別の世界にいるように見えたが、ミチルたちは、詮索しないようにした。彼女が学校で、どんな目にあっているのか、誰よりも知っている・・・・・・はずだった。
実は、彼女たちが知っているのは、いじめの表面にすぎないことを知るのは、相当、後のことである。
コテージに戻ると、由加里を昼食以上に驚かせる夕食が待っていた。十分すぎるくらいに舌鼓を打った後は、それ以上に楽しい時間が待っていた。まるで修学旅行である。本来、ふたり部屋であるはずの部屋に、ベッドを入れ込んでもらって、三人で過ごすことにした。
貴子が持ち込んだテレビゲームにうつつを抜かすは、深夜まで、長い語らいが続くはで、由加里は、今までのことが信じられないような時間を過ごした。あたかも、たった一夜で、これまでの辛いことが帳消しになるようにすら思えた。
しかし、実際は、由加里には、いじめの恐怖と恥辱が襲いかかっていたのである。童女のような笑顔の裏で、ふたりに心配をかけまいと、必死に歯を食いしばる少女の姿があった。
いつもは、三人だけになると、涙と嗚咽が抑えられなくなり、ただ介抱される時間が続くだけだった。しかし、今日こそは、普段の思いやりに報いるべく、歯を食いしばったのである。それは、家族に対して仮面を被るのとは、また違った力を必要とした。
夜は、いつの間にか眠りを三人にもたらした。修学旅行よろしく、三人の寝相は、笙子を苦笑させるのに、十分だった。
翌朝、三人は、その日どうするか、話し合いをはじめた。
ミチルは言った。これは、言うまいか言おうか、かなり迷ったのだが。
「西宮先輩、テニスやりません・・・・・・?」
「ちょっと、ミチル!」
さすがに、小池貴子は口を挟んだ。しかし・・・・・、由加里はすこしだけ躊躇したが、こう、答えた。
「うん、やる、やりたい!」
由加里は、自分に言い聞かせた。
――――自分は、テニスが好きなんだ。ここは、学校じゃない。いじめっ子はいない。だからテニスを楽しめる。昔みたいに、やるんだ。
「でも、ラケットはあるの」
「ありますよ、うちはテニス一家ですからね、そうでなかったら、こんなところにコテージなんてつくりませんよ」
コテージ支配下のコートは3面あった。夏休み前のこの時期、誰も使っていない。三人は広々とコートを使うことができた。
「はあ、はあ、・・・・・・・」
「大丈夫ですか?先輩?」
由加里は、何ヶ月も、まともにテニスをさせてもらえなかったために、かなり感覚がつかめないようである。いたずらにボールを追いかけるだけで、しばらくすると、ヘタってしまった。
「あ、あ、疲れた!」
驚いたことに、由加里は大の字になって寝てしまった。それは、ふたりの後輩にとって、驚くべき光景である。彼女たちのイメージにない姿だった。別に、いじめられて惨めに泣いている由加里の姿が固定されているわけではない。ただ、おとなしい、ごく控えめなお嬢さんというイメージだったからだ。
「きもちいいなあ!」
由加里は、空に栄える青空を仰ぎながら、急速に介抱されるのを感じた。これまで、填められていた手枷足枷が溶けるのを感じたのだ。
「そうですね、良い風でですね」
ふたりもコートに座ると、気持ちいい風に吹かれてみた。
こうして由加里を見ると、これまでのことが嘘のように思える。真夏が近いというのに、うららかな風は、まるで気節が遅れているかのようだ。春のようなのどかな空気に、三人とも溶けてしまいそうになった。
「え!嘘!あれ、西沢あゆみ?」
貴子の声にふたりとも驚いた。ミチルは、ここでサインをもらったことがあると聞くが、まさか、それが現実になるとは夢にも思わなかったのである。
ふたりとも視線を貴子が指す方向に、向ける。はたして、そこには、西沢あゆみがいた。彼女は、日本で唯一、世界ランキング10位以内に、入っている選手であり、かつ23歳とまだ若いために、将来を非常に、嘱望されているのである。
ポーン・・・。ラケットがボールを叩く乾いた音が響く。
――――え、嘘!西沢さんとやっているのは・・・・・・・・!?
「う、嘘・・・・・・・・?!」
由加里は、思わず立ち上がると後ずさった。天国から地獄に引き戻されたような気がした。彼女の視線の先に見えた人物は・・・・・・・・・。その人物は、長身の西沢あゆみと比べても遜色ない。
「え、はるか姉ちゃん、いつから西沢さんと知り合ったのかしら?テニス協会がらみかな、行ってみようよ」
向こう側のコート。別のコテージ、あるいは個人が支配する範囲だ。
「え?」
由加里は、ミチルの言いように驚いた。
――――はるか姉ちゃんって・・・・・!?
わ、私・・・・・帰る・・・・・・。由加里は、恐怖のあまり、その言葉を言うことができなかった。由加里の脳裏には、教室で、放送室で、さんざん彼女たちにいじめられた映像が蘇っていた。
「鋳崎先輩でしょう?」
貴子は、それほど知り合っている様子ではない。
「さ・・すが、上手いなあ、あの西沢さんとやって遜色ないよ、まあ、手加減してるんだけど・・・・」
「ミチルさん、あの人と知り合いなの?」
―――え?ミチルさんって?
「はるか姉ちゃんですか?照美姉ちゃんが私の従姉妹だって知ってますよね」
―――――――・・・・・・!!
由加里は凍り付いた。血液が凍って、細胞を破壊する音が、じかに聞こえてきた。
「言ってなかったのですか・・・そんな縁で、あたしたち、姉妹みたいにして育ったんですよ、わたし兄弟がいなかったし・・・・どうしたんですか?先輩」
ただ成らない様子の由加里に、ミチルも不思議に思ったようだ。
「私・・・・か」
「はーい、ここまでにしようか」
西沢の声が聞こえた。遠くからでもよく聞こえるハリのある声だ。
ふたりは、肩を組んで歩み寄ってくる。泊まっているコテージはこちらの方向みたいだ。はやくしないと見つかっちゃう。
しかし、このとき、どちらが見つかりたくなかったか・・・・・・。
だが、はるかは、これまで由加里が見たどんな彼女よりもすばらしかった。あゆみとまるで姉妹のような親しさで、肩を組んでいる。
はるかは、こちらを見る。思わず、背を向ける由加里。
「・・・・!」
「・・・・・・・!!」
はるかは、由加里を見つけると一瞬だけ表情を硬くしたが、すぐにミチルに明るい声を声をかけた。
「ミチルじゃない!」
「はるか姉ちゃん・・・・・」
「あ、小池さんだったね」
「鋳崎先輩・・・」
「憶えてくれてたのか、あ、西宮さん、ミチルと仲よかったんだ」
「・・・・!?」
心臓が爆発するかと思った。ドキドキという鼓動が、他人にも聞こえてしまうような気がした。
「こんにちは、西宮さん」
「・・・・ぁ・・・い、鋳崎さん・・・・お、おはようございます・・・・・・」
ミチルは、はるかと由加里を交互に見た。たしかに不審を感じたのだ。
「ねえ、私を忘れていない?」
その時、あゆみが割って入った。身長、178センチは、さすがに圧巻だ。特別に美貌とは思わないが、常人とは思えないオーラを発している。
その気配は、ミチルをも圧倒した。
「・・・・・・・」
由加里は、もはや、頭の中で何が起こっているのかわからなくなってしまった。完全なパニック状態に陥ったのである。
「おっと!」
倒れた由加里をあゆみが抱き留めた。しかし、茫然自失となっていたのは、彼女だけではなかった。あゆみの背後で、はるかは、立ち尽くしていた。
「ほら、何してるの!手伝いなさい」
「・・・・・あ、はい」
彼女に掛かれば、はるかなど単なる小娘にすぎない。
横目で、ミチルをちらりとやりながらも、由加里の足をつかむ。つい数日前まで、さんざん痛めつけてきた肉体だ。脛に、かすかな傷痕を見つけた。もしかしたら、自分の暴力の結果でないかとおもった。はるかの中で、罪悪感と打算が微妙な味のスープを作っていた。
テニス協会を通じて、あゆみと知り合ったのは、ごく最近のことである。だからミチルすら、その事実を把握していなかった。
才能ある少年少女など掃いて捨てるほどいる。その中で、誰もが上に行けるわけではなない。もちろん、あゆみが認めるほどだから相当の才能の持ち主なのだが、外見に似合わず、慎重なところがあった。
ちなみに、あゆみの両親はテニス協会の理事等、重鎮を勤めている。そういう人間とコネクトを保っていれば、将来、何かとやりやすい。
まるで中学生らしくない見方であるが、それがはるかをして、はるかたらしめているなにかだった。いま、戦々恐々として、冷や汗を掻いているのは彼女こそである。しかし、由加里をいじめるのは、いじめる動機があるというのは、彼女の自信でもある。
その根拠は、親友である照美だ。
照美が受けた傷は、どのような手段によってもいやされるべきだ・・・・・・というのが彼女の持論である。
由加里を自室に、運び込むと四人は、コテージの広間に集まった。ここは、ホテルのロビーに該当する。おあつらえ向きのレストランと、お土産屋が軒を連ねている。とりあえず、レストランに居を定めることにした。ちなみに、由加里には、笙子がつきそっている。
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